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2005年6月 9日

2005 松山町 夏祭り第一回実行委員会開催

昨日、大崎商工会松山支部において 2005松山町 夏祭り第一回実行委員会が開催されたそうです。
地域の祭りをどうするか?の話し合いですが、実に多く人達が集まったそうです。
役割分担など、各自責任を持って実施し、「町民参加型の手づくり夏祭り」を目指すようです。

今日の夕方、ギャラリーには、松山高校野球部後援会のスタッフ、羽黒神社の宮司さん、区長さん、松山町の彦左衛門的存在のOさん、食堂のオーナーなどいろいろな人達が集まり、昨日の夏祭り実行委員会に実に多くの関係者達が集まり、今までにないくらい活発な話し合いが行われたことなどが、話題にのぼりました。

合併を前にして、町の行事をどうするか、多くの人達が出席して話し合う事は大変良い事だと思います。

自分達の町の行事を、行政中心から、町民の手に戻す事は、本来の町に住む町民中心の手づくり行事になるわけですから、地域自治という事を考えた場合、大変理想的な活動になると思います。

昨日は、ほうねん座のことを話しましたが、「祭り」の原点は、きっと素朴で、誰もが楽しみに出来る共同体の大きな楽しい行事だったはずです。

子供達が喜ぶ事を、大人達が真剣に考え合う事が成功への秘訣だと思います。

今回の夏祭りも「松山囃子」中心でということだそうです。子供中心の楽しい踊りも出てきそうです。

子供達が多く参加し、大人全員参加の盆踊りなどがあったら、きっと楽しいでしょうね!!!。

恒例の夏祭りは、8月14日がメイン日で、15日は提灯七夕となるようです。

このような身近な行事を皆で考え、責任者を選び、その人を中心に役割分担をして、行事を実行し、町の行事を中心に、共同体が共有体験を多く持ち、その中で学び合い、助け合う事は長い目で見ると、そのまま、松山町民の「生涯教育」に繋がって行くことだと思います。

今、松山町は、「野球」で結束力が高まっていますが、松山町民の行事「夏祭り」に向けても  S実行委員長中心に協力体制が整いつつあるようです。

お祭りは、理屈ぬきに大人も子供もお年よりも皆が楽しめるものです。
元気の源になるような楽しい夏祭りになるようにしたいものですね。
私達商工会女性部は、「食べ物屋さん」を出店するはずです。美味しいもので、大いに夏祭りを盛り上げたいと思います。

今日ギャラリーに集まった人達は、皆、活き活きして、張り切っていました。
すごく良い事だと思います。  ”元気な事は良い事です。”

今日のガンディーの言葉 「人生の楽しみを喜ぶのではなく、人を喜ばす事が、楽しみである。」

投稿者 jizai3 : 20:15 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 8日

民族歌舞団ほうねん座 松山町公演について

2005年 6月18日(土) 午後6時30分より 松山町町民体育館に於いて「どどんと 元気 ふれあいまつり」が開催されます。
民族歌舞団ほうねん座が、松山町にやってきます!!!

しっかり大地を踏みしめて 腹の底から唄を唄い はち切れんばかりの 興奮おさえきれずに踊りを踊り
仲睦まじく囃しましょう ふれあい 心つなぐ 元気がでるお祭り舞台~~~> これが、今回の松山町公演の、ほうねん座のうたい文句です。

ほうねん座は、1964年に宮城県で産声をあげました。

キャッチフレーズは、『種撒く限り豊作を願わぬ者はない』です。    日本に古くからのこる民衆文化、民族芸能で舞台創造をしながら上演活動をしている舞台創造集団です。

私は、今回の公演の企画制作 Sさんの話を聞き、本当に舞台大好き人間の集団である事を知りました。

お囃子、踊り、民謡、などは、日本に古くから伝わる郷土のお祭りです。

松山町の夏祭りの原型です。日本全国何処にでもあるお祭りの元の姿にこだわり、いかに昔の人達が
元気だったか、いかに共同体がしっかりしていたか等、素朴な喜びを表している舞台だと思いました。

現代社会で暮らす私達に、何かを感じさせてくれるものだと思いました。

「米」は、日本文化そのものです。春に田植えをして、秋には収穫を喜ぶ。大自然の中で、生活をする者にとっての姿は、現代人が忘れてはいけない日本人の原点だと思います。
そこには「祈り」があり、収穫を心から「喜ぶ」、地に足のついた生活を営む人間のどっしりした暮らしがあります。

Sさんは、「お子様からお年寄りまできっと楽しんでもらえると思います。」と、大変張り切っていました。
今日も、会場の町民体育館を下見して、舞台の構成を思案してきたそうです。

松山町で、有名なほうねん座の舞台が観賞出来ることは心弾む事です。

ギャラリーでも前売り券を取り扱っていますので、ご案内いたします。
*大人の券2000円です。        (当日200円増)になるそうです。

今日のガンディーの言葉 「人生の喜びは、自分の人生の心配事の中から自分を奪い去る所にある。」


投稿者 jizai3 : 16:08 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 7日

氏家規夫監督 なぜ松山町に?

以前東塾の塾頭仲間だった、県南の東塾F進学教室のSさんご夫妻がご来店して下さいました。
彼の第一声は、「どのようにして、名将氏家監督を松山町に呼んだのですか?」でした。
高校野球は、監督の「チームを育てる力があるかどうかで決まる。」と断言していました。

Sさんは、野球選手の経験あり、野球監督の経験あり、野球審判の資格ありの方でした。

私は、塾頭仲間として知り合ったので、「野球」の話など一度もしたことがなかったし、病気がちの人とばかり思っていたので、彼がスポーツマンで、しかも野球をしていて、野球の事に詳しい人であることに驚きました。

その彼は、松山高校野球部監督に氏家監督が就任した事が驚きだったようです。

私もこの件に関しての経緯は知らないけど、監督のお宅と松山高校野球部 大志寮の間に自在窯&ギャラリーがあるので「氏家規夫後援会事務局」を、お引き受けしたと話しました。

県南の高校にも氏家監督をお呼びしたいという声はあったそうですが、Sさんの近くの人達は、マスコミで取り上げられる報道を見て「なぜ、松山町に?」と皆さんが不思議がっていたそうです。

Sさんは、「氏家監督は、甲子園に子供達を連れて行ける可能性を持った素晴らしい監督だよ。高校生を鍛えるのは監督の力量しだい。いかに基本練習を大事にするか。高校生の身体は一日で変わる事もある。鍛えれば、鍛えるほど筋肉がつくし、すごく伸びる可能性を持つ、素晴らしい時期の子供達なんだ。とにかく素晴らしい指導者との出会いで全て決まるんだ。」と熱く語りました。

私の知っているSさんの違う面を見て、私は、大変戸惑いました。
奥様は「すごく野球大好き人間で、スポーツマンでしたのよ。驚いたでしょう。」とおっしゃっていました。

私は「具合悪いと言っているSさんしか知らないから。」と言ったら「学習塾を始めてから体調不良だけど、
その前は、運動一筋人間だったんだから。」と言って笑っていました。

帰り際、「氏家監督のいる松山町に越してきたいな。」など話していましたので、「是非来て。」と言いました。スポーツは、する人だけじゃなく、応援する事も楽しいし、「一つになれる力を持つもので、机に向かう勉強よりも子供たちを育てる力がある。」と、力説していました。同感ですネ。

* 昨日のお知らせTV放映は、KHB東日本より、変更電話ありで、6月15日(水)になるそうです。
時間は同じ、夕方6時頃からだそうです。

今日のガンディーの言葉『誰か言っている。「この道を真っ直ぐ行きなさい。」教えられた方向へ従えば、間違いなくその目的地に着くことが出来る。そのような道が真実と言える。その道に沿って進む事が、最も、短い時間で、その目的に到達する。』

投稿者 jizai3 : 17:43 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 6日

「家族」について

今日の午後、可愛いらしいお客様がいらっしゃいました。
氏家監督ご夫妻のお孫さん Y君です。
Y君はもうすぐお兄さんになります。元気いっぱいです。この前より背が伸びています。

午後一番のお客様は、氏家監督ご夫妻と、Wコーチ、監督ご夫妻の孫のY君です。
風の冷たい寒い時期に一度お会いしていましたが、だいぶ、身長が伸びて大人びて見えました。

皆さんと一緒に、Y君はジュースでお茶飲みをしました。

氏家監督より、昨日の練習試合の事なども報告がありましたのでお知らせ致します。

6月4日(土)松高対仙台東 3:5で負けました。守備の些細なミスがありましたが、最終回は、全員一丸となって戦い1点を返しました。この事は、大きな成果だったそうです。
6月5日(日)松高対中新田高 9:5で勝利。 松高対富谷高 5:1で勝利。
二試合とも、朝練の疲れはあっても、集中力に欠くことなく、ナインが一つになって良い試合展開をしたそうです。大きな自信につながる試合だったそうです。

* 6月15日(水)夕方6時過ぎからKHB東日本放送で、松山高校野球部のことが放映されます。
            「大志寮」のことも初めて紹介されるようです。 是非ご覧下さい。(日時変更です。)

監督達といろいろな話をして楽しい時間を過ごしてから、TVをつけましたら、「悲しい家族」の事を報道していました。夫が妻を何時間も殴りつけて殺した事件、母が風邪をひいて死んでしまい、どうしたら良いか解らず、放置していた事件でした。
先ほど、可愛い年頃の子供を見て、主人と二人で「一番可愛い時だね。」と話したばかりでしたので、家族の中で起きる事件の残酷さに驚き、子供が誕生する原点である父母のあり方、母子のつながりの強さなど、もう一度、我々日本人は、きちんと考えるべき時期なのかなと思いました。

家族関係の中で、生まれた子供は、初めての人間関係を、父母を通して学び、男親の中の男性を、女親の中の女性を知ります。初めての異性との出会いです。人間関係の原点は家庭にあります。

今日のY君も、父母の存在で、人間関係の第一歩を学び、監督ご夫妻である、おじいさんおばあさんの
存在で、過去にさかのぼる訳です。そのように考えて見ますと、理屈では割り切れない、「人の縁」を感じてしまいます。

最も大事な存在の妻を殺してしまう夫との人間関係はどのようなものだったのでしょう。
亡くなった母をそのまま放置しておく娘の心理はどのようなものだったのでしょうか。

今日のY君の愛らしさを見ていると、深い人間関係の縁を感じます。この縁の中で、すくすくと3歳までの人生を生きてきたのだなと思います。やはり、昨日の話しのように父母の縁の大事さ、顔も知らない自分のご先祖さんの縁によって今現在の自分の存在があるのですね。そう考えて見ますと、どんなことがあっても、かけがえのない人の生命を奪う事は許せません。
絶対にしてはいけない人間の行為だと思います。

人が人間として育つ 原点である家族、 家庭を見つめなおし、お互いが特別深い縁で結ばれている事に感謝し、自分の家族、家庭が全ての始まりになる事を認識し、この強いつながりを大切にしてほしいと願わずにはいられません。この気持ちは、祈りに近いもののように思います。そして、Y君がこれからも、明るく元気に周りの人達から一杯愛されて成長して欲しいと思います。私は、Y君があまり可愛いので、ポストカードを作ってプレンゼントをしましたら、喜んでくれました。

今日のガンディーの言葉 「信仰する事は、理屈を超えます。しかし、理屈は理屈に反対するものではありません。」

投稿者 jizai3 : 14:21 | コメント (2) | トラックバック

2005年6月 5日

平成十七年度 梅花流全国奉詠大会の話を聞いて

2005・6月1日・2日 山口県吉敷郡阿知須町「きらら元気ドーム」で、平成十七年度 梅花流全国奉詠大会が盛大に開催されたそうです。
曹洞宗管長大本山永平寺貫首 宮崎禅師(104歳)のお言葉も頂いたそうです。

今回の梅花流全国奉詠大会に参加をした方々から、「大変感激をした」というお話を聞きました。

松山町では、龍門山石雲寺住職ご夫妻はじめ数人の講員さん達が参加し、きらら元気ドームのステージで、1日に「宮城県」として400人ぐらいの人達と登壇し、「盂蘭盆会御和讃」をお唱えをしてきたそうです。

登壇奉詠曲 「盂蘭盆会御和讃」は、しみじみと想いを込めてお唱えするそうですが、一番をご紹介します。心にじーんと迫るお唱えのことばです。

(一)まぶたをとじれば ありしひの おもかげうかぶ みほとけを よろこびむかえし うらぼんえ
   いのちのつどい ありがたや

亡くなった方を偲ぶ心が、とても良く伝わります。

住職の奥様は、宮崎禅師のお姿に感激したと話していらっしゃいました。

宮崎禅師は、TVで何度か拝見していますが、100歳を越えていらっしゃる事に驚きです。
「生きた仏」と言われている方です。

宮崎禅師は、ご挨拶文の中で、「父母」の事を述べていらっしゃいます。自分がこの世に存在する時、必ず父母の存在があり、その父母には、それぞれに父母がいて、一人の自分に二人の父母、二人の親には4人の親と、その数は倍増しになって過去世とさかのぼると話し、私一人の体に途方もないご先祖の血が通っていて、お釈迦様は、そのご先祖に孝行することが「戒」だと申したそうです。

人一人の生命の尊さ重さを理解し、殺す事の出来ないのが生命だと話しています。

昨今の国内外の殺伐とした事件や紛争に心を痛めていらっしゃいます。世界には、その国の法律や憲法がありますが、宮崎禅師は、その国にしか通じないものでなく、それを超えた教えが必要だとおっしゃっています。

お釈迦様の教えは、時を超え、国境を超え、人種を超えた大宇宙の真理のお悟りですと説き、お釈迦様の教えを実行することが仏道ですと話し、会場に集まった講員さん達に「詠道」を実践し、詠道に励んでくださいと激励をしていらっしゃいました。

梅花流のお誓いは、正しい信仰に生き、仲よい生活をし、明るい世の中をつくるという誓願だそうです。

今日は、思いがけず良い話を聞く事が出来、毎日お伝えしているガンディーの言葉とも重なる話に、良い教えは、全てを超越している事を再認識しました。

ガンディーの故郷 インドはお釈迦様の生誕地です。

今日のガンディーの言葉 「「非暴力、真理とかは、自己が発光しなければならない。それらは、他の方法では、本物ではありえないからだ。」

投稿者 jizai3 : 14:26 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 4日

もの忘れについて

体験自体を忘れてしまう「もの忘れ」は要注意だそうです。
年をとると誰でも、もの忘れは多くなりますが、単なるもの忘れと、認知症は違うようです。
朝食のメニュウを忘れても、朝食を食べた事を覚えていれば大丈夫。食べた事を忘れたら要注意。

午後、お客様と話しをしていて、旅行の話になり、そのお客様は会話の中で、「人の名前や地名などこの頃、思い出せなくて困る。」と、おっしゃっていました。
主人も「俺も、ぽこぽこと忘れて、変な時、思い出したりします。やはり、年のせいでしょうか。」等と言っていました。

私は、先日TVで、「一昨日の夕飯のメニュウは何だったでしょうか?答えられない人は、認知症を疑ってみましょう。」と言うような事が放映されていて、夕べのメニュウは覚えていましたが、一昨日の夕飯のメニュウはすぐには、思い出せませんでしたので、ギョ!!!としました。

夕方、偶然目にした雑誌に、「もの忘れ」 話/高山 豊(精神科医師)先生の話が掲載されていました。

高山先生は、国立精神・神経センター武蔵病院「もの忘れ外来」の医師として多くの患者さんを診ていらっしゃるそうです。
「人によっては程度の差はありますが、年を取るともの忘れは誰にでも起こります。」と話しています。
ただ、もの忘れは、老化によるもの他に、病気によるものもあるので要注意。
例えば、アルツハイマー型痴呆や、脳出血、脳梗塞の影響を受けた部位の神経細胞が壊死して起こる脳血管性痴呆や、ノイローゼやうつ病の症状の一つとしてもの忘れが表れる事もあるそうです。

アルツハイマー型痴呆や脳血管性痴呆は、現在の医療技術では、完治は難しいそうです。
しかし、うつ病など精神的ストレスが原因によるものは、原因そのものを改善すれば、もの忘れも自然に解消されるそうです。

もの忘れは、脳の中の「海馬」の働きの衰えが原因だそうです。
海馬をいたわる健康的な生活を送る事が一番良いそうです。してはいけない事は、 ・強いストレスを受ける生活。・酒の飲み過ぎ。・睡眠不足。
もの忘れを防ぐコツは、~・何かに関連付けて覚える。・書いたり、声に出して読んだりする。・繰り返し思い出すようにする。・好奇心を持って過ごす。~ことだそうです。

出来るだけ頭を使う事。単調な刺激のない毎日を送らないよう心がける事。趣味を大切にする事。適度な運動を毎日実践する事。~~>脳に良い刺激を与えることが一番良いことのようです。

一昨日の夕飯のメニュウを忘れても心配ないことが解って大変安心しました。”まだ大丈夫なようです。”

今日のガンディーの言葉 「病気そのものの恐れより、病気を恐れることにより、多くの人は死ぬ。」

投稿者 jizai3 : 17:44 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 3日

小雨の中 中総体開催

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小雨の中、中総体が開催されました。
ブログ用の写真の提供があり、今回は、テニスを紹介いたします。
松山町のテニスは、以前にもお知らせしておりますが、歴史 伝統を持つスポーツです。

中総体 テニスの試合会場でもある、松山町のテニスコートで、小雨にも負けず、試合開始だそうです。
日ごろの厳しい練習が試される時です。

最近は、松山高校野球部が朝5時起床で頑張っていることや、グラウンドで頑張る様子を目にしてか、良い波動が伝播しているせいか、中学生の運動部も張り切っているようです。

自転車で登下校する中学生が大変元気です。自転車を漕ぐペダルに乗せた足も力強く見えます。
それから、松小の運動場からは、いつも子供達の元気な声が聞こえてきます。

子供達が、元気で明るい事は、私達大人にとっては、とてもうれしい事です。

今朝の雨で、今日の中総体は延期かなと思いながら、私達は主人の年一度の大腸検査に仙台 八木山の日赤病院まで朝早く出掛けました。
東北道は、かなり雨が強く、「中総体は延期だね。」と主人が言い、私もそう思いました。
でも、帰宅したら、添付メールが届いていて、中総体の写真があり、小雨の中での開催を知りました。

中学3年生にとっては、中総体が終わると本格的な受験勉強が始まり、中総体は大きな区切りの学校行事です。でも、勝てば県大会への出場もあり、中学生生活、最後の中総体は思いで深いものになるようです。卒業の思い出の中で、「中総体」と答える子供は多いそうです。そこには、達成感の喜びがあるからだと思います。人間として生きて行く上で、勝敗は別とし、「精一杯、頑張ること」は、大事な体験だと思います。

東塾の子供からの情報ですが、野球は、一勝一敗で翌日、再試合だそうです。
テニスは、女子は勝利。男子は、郡内の他校には、テニス部がないので、女子、男子とも、県大会へ。
という事でした。情報が入り次第、他の部活の結果はお知らせしたいと思います。

今日のガンディ-の言葉 「自分のなすべき事を、やり遂げた静かな喜びは、
                                      どんな喜びとも比べられない。」


投稿者 jizai3 : 16:53 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 2日

87th 全国高等学校野球選手権 宮城大会 パンフレット用写真撮影

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今日は、午後4時から、2005年  朝日新聞社・宮城県高等学校野球連盟主催 「87th 全国高等学校野球選手権 宮城大会」のパンフレット用写真撮影が行われました。
松高ナインは、みんなすまし顔です。 大変、張り切っています。

写真撮影は、松高グラウンドで行われました。
みんな、良い表情で、夏の宮城大会に向けて戦いの強い意志を表しています。

昨年のパンフレットを、開いてみますと、宮城県 東北高校出身の佐々木主浩さんのインタビュー記事が掲載されています。

「高校野球を熱く語る」と題して、インタビューに答えています。

その中で、Q,高校野球を通じて得たものは?
A,高校野球3年間の経験がすごく役立っています。苦しい練習に耐えた経験が、社会人になって壁にぶつかった時でも、跳ね返す力になり、高校時代に精神面も鍛えられました。

Q,練習はどうでしたか?
A,練習はきつくて何度もやめたいと思いましたが、それ以上に甲子園でプレイする夢のほうが大きかった。だから、苦しい練習にも耐えることが出来たと思います。

Q,宮城県の球児にメッセージを。
A,監督からは「練習は厳しく、試合は楽しく」と言われ続けましたが、県大会を楽しく戦った事はありませんが、甲子園に出場して全国の強豪と戦う事が出来てすごく楽しかった。3年生にとっては、最後の大会、悔いのないよう全力で戦い、高校野球を楽しんでほしいと答えています。

佐々木投手も同じ宮城大会で戦い、一球、一球を大切に投げ、「甲子園」という大きな夢に向かって、今日撮影をした、皆さんと同じ気持ちで、3年間の高校生活を送っていたことを知る事が出来ます。

長い人生の中での高校生活 3年間を、いかに充実したものにするかは、皆さんしだいです。
 
松高ナインは、いま、毎朝、朝練をしていますが、社会に出ても決して負けない、強い身体、強い精神を野球を通して鍛えてください。毎日、日の光を浴びて心も身体も逞しく育ってほしいと願っています。
大きな夢に向かって前進あるのみです!!!。

明日、明後日は、中総体の為に朝練は中止。松山町の球場は中学生が使用するとの事で、練習に関して、氏家監督は思案中だそうです。

今日のガンディーの言葉 「悪習は、暗闇の中で繁盛する。そして、太陽の光の中で消え去る。」


投稿者 jizai3 : 16:58 | コメント (1) | トラックバック

2005年6月 1日

岩出山町の総会に出席して感じたこと

今日は、大崎ブロック商工会女性部連絡協議会の平成17年度通常総会が岩出山町 スコーレハウスで午前10時30分より開催されました。
松山町からは、私を含め3人出席でした。
合併により、7ブロックとなり、今年10月には岩出山町と鳴子町が合併予定です。

議事はスムーズに進み、役員選出も、執行部案で決まりました。ブロックの総会は、予算も少なく、事業もわずかなので、すべて承認で30分くらいで閉会解散となりました。
その後は、3人で、岩出山町 「あ・ら・伊達な道の駅」で、少し早い昼食をとりました。

今日は視察観察のつもりでゆっくり見てみようと思いました。
以前、鬼首のホテルへ向かう時、トイレ休憩に立ち寄りましたが、その時も大勢の人達で賑わっていました。駐車場が狭く感じるほどでしたが、今回も混雑していました。

私達もそれぞれに買い物をしました。
店員さんが「これは、地元の人が、昔の着物をたおして作ったものです。今では、もうない布地ですよ。可愛いでしょう。全て手作りですよ。」とコマーシャルをしてお客様を呼び込んでいました。

私は「ここはいつ来ても混んでいますね。大繁盛ですね。」と言いましたら、「東北で唯一、黒字の道の駅です。」と元気良く答えました。
「立地条件がいいですものね。」と言いましたら、「そうですね、最高の場所ですもの。おかげさまで岩出山町は元気になりました。」と張り切って答えていました。辺りを見てみますと、結構、地元の町民の人達が利用していました。

外にも、多くの人達がベンチに座っておしゃべりをしていたり、おいしそうにアイスを食べていたり、爽やかな、のんびりの時間が流れていました。

何よりも、地場産品の多さ、新鮮野菜の陳列、働く地元の人間の元気さ、観光客だけじゃなく、地元の人間の利用客の多い事などが、鳴子、鬼首、山形方面へ向かう人達の休憩所と、うまくリンクして相乗効果を生んでいるのだと思いました。

そこは、本当に活気に満ち溢れ、ちょっと一息したくなる空間がありました。

来春4月には、ご一緒になる岩出山町ですが、松山町も負けないよう、元気の元を探り、見習いたい町の活気だと思いました。

今日のガンディーの言葉 「一つの種から生まれる全ての活動は、同じ種とお互い混じり合う。」

投稿者 jizai3 : 15:11 | コメント (1) | トラックバック