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2005年10月29日

大崎地区1年生大会初戦松山A・Bチーム共に勝利する

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今日は、天気予報は雨でしたが、ドンヨリ曇り空の大崎中央高校球場で古川高校対松山Bチームが10時少し前に試合開始となりました。山奥の分かりにくい球場には沢山の車が駐車して応援団の多さに驚きました。球場探しに手こずった人もいらっしゃいましたが、山奥の球場は大賑わいでした。7回コールド8:0で古川高校を破りました。

大崎地区 1年生大会の初戦が始まりました。

天気予報は雨降りでした。少し寒い朝でしたが雨の気配はなく、予定より少し早く古川高校対松高Bチームの試合が開始されました。

山奥の大崎中央高校グラウンドにはもう大勢の応援団の方が集まり、駐車場は満車状態でした。主人は道路わきに車を止めて応援席に向かいました。皆さんと朝の挨拶を交わしながらバックネット裏へ行きましたら氏家監督も応援者の人たちと一緒の席で応援観戦をするということでした。

松高Bチームは、2回裏 及川雄介の満塁ホームランで4点を入れ、強気の試合展開でした。
3回裏 1点を追加し、4回裏 3点更に追加で計8点を取り、7回コールド勝ちの試合をしました。

古川高校の最終7回表では、3塁に替わった酒井英至が素晴しい守備を披露し、1塁へ送球しバッターをアウトにしました。主人は「プロ並みのプレーだ。」と感心していました。みんなで拍手を送りました。

今日のバッテリーは柴田裕介・小林竜大でした。柴田完投見事なピッチングでした。

日ごろの練習の成果が発揮され、とても良い試合でした。素晴しい勝利でした。
今日のベンチ入り監督は渡辺浩二コーチでした。シャープな采配ぶりでした。

午後1時からは、球場を古川工業高校グラウンドに移して、小牛田農林高校との試合でした。

松高Aチームのバッテリーは小林弘樹・及川修一郎でした。 小林完投、後半少し力みが見られましたが2点を許しただけで勝利試合でした。松高Aチームのベンチ入り監督は氏家雄亮コーチでした。
氏家監督同様厳しい監督の指示が飛んでいました。

小牛田農林高校は7回表に2点を入れただけでした。

松高Aチームは、2回裏3点、3回裏2点、5回裏1点、8回裏2点 計8点を入れ、勝利しました。

氏家規夫監督は、午前中に試合をした松高Bチームの選手達を全員並ばせ、小牛田農林対松高Aチームの試合を一緒に観ながら具体的に試合の解説をし、試合の進め方などを指導していました。

私は監督が応援席で1年生選手に試合を観戦しながら指導をしている様子、声を出し仲間を応援する事の大事さなどこと細やかに指導をしている様子を見て今日の試合は勉強になるだろうなと思いました。

昨年までは、他の部活から選手を借りたりしながら野球を続けてきて、今年の1年生大会では、2チームを出場させることが出来た現実の喜びを氏家監督は大変に嬉しい事と話して下さいましたが、今日は、ベンチ入りしない氏家監督が、ベンチ入りしないご自身に満足しているようなお顔をなさっていました。

少子化の進む世の中の深刻な大問題に大人たちが悩んでいる時に、松山高校野球部は、小さな努力をこつこつ積み上げ、1年生チーム2チームを育て上げた現実の喜びを町民達は称賛しています。

短期間に、これだけ強いチームに育て上げた氏家監督の凄さに脱帽です。

それにしても、分かりにくい球場、市街地の球場へと足繁く通う松高応援団の皆さんの力強い支えに子供達は精一杯応えています。
それから、又、いつも変わることなく応援している松高ナインの「親の会」 保護者の方達の温かさにも子供達は見事に応えています。

本当に高校野球は、健全なスポーツだと思います。

運動能力の高さだけじゃなく、何よりも精神面が鍛えられています。「スポーツを通して真っ当な人間をつくる。」という、氏家監督の熱い思いがビンビン伝わってきます。

そして子供達に注ぐ監督の深い愛情をずっしりと感じた今日一日でした。

松高A・Bチームの選手の皆さん、明日も頑張って下さいね。

明日は、両チームとも山奥の大崎中央高校グラウンドで、10時からと13時からと闘います。対戦相手は大崎中央高校と松山B,古川学園と松山Aです。

明日も応援宜しくお願い致します。今日は、寒い中、小雨降る中、応援ありがとうございました!!


今日のガンディーの言葉 「自制は、本当の喜びである。」

投稿者 jizai3 : 17:37 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月28日

お元気になられて

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今日は、この前のノルウェー旅行をご一緒した日本画の先生がお元気になられて、元気なお声で電話を下さいました。H先生は、ブログの上の写真で山岳列車「フロム鉄道」に乗り換えの後、周りの素晴しい景色に見とれて怪我をしてしまい、車椅子での帰国となりました。

何度もノルウェーの景色の素晴しさはお知らせしていますが、「フロム鉄道」と、「フィヨルド地区」の絶景は本当に見事で、私も主人が景色に見とれて怪我をするのではと思い、「気をつけて。気をつけて。」と騒いでばかりいました。

主人も夢中になると何も見えなくなる人なので、ずいぶん心配しました。荷物等はそっちのけで、いつも私がキャスター付のバッグを持っていました。デジカメ一つで、シャッター押しまくり状態でした。

怪我をしたH先生もかなり主人に近い方で、お弟子さんと二人連れでしたがお弟子さんもH先生の事を心配していました。フロム鉄道の椅子は自動的に上に上がる椅子で写真撮りに夢中の先生は椅子があるものとばかり思い込み、床に正座をしてしまい右膝を痛めてしまいました。

その夜から凄く痛み出し一睡も出来ず、ノルウェーで医者に罹りました。右膝の辺りに血液が溜まり、抜いてもらいましたが、膝は、左より倍以上腫れ上がりとてもひどそうでした。その後は、成田まで車椅子でした。添乗員は一緒に帰国できる事にホッとしていました。

帰国後も、主人と時々良くなったかしらと話していましたが、今日のお元気な声で大変安心しました。
東京に戻ってからも水が溜まりやすく何度か抜いたそうですが今日でもう良いと言われたそうで、「とても良くなり楽になりました。もう何ともありません。又、いっぱい歩きたいです。」と、おっしゃっていました。

大変明るい方で、海外で怪我をして傷みの強い時でも穏やかでした。私にはとても素敵な人生の先輩と写りました。乗り換え列車の時に、お隣の席でしたのでいろいろな話をしました。

大変意欲的、前向き、穏やか、おおらかという感じの方で、楽しいお話が出来ました。それに、とても無邪気で可愛らしい人でしたので話が弾みずーと前から知り合いのような感じでしたので、この後の怪我には、私もショックを受けました。

帰国後、先生の所属団体にメールを入れたのですが、返事が来ないので心配していましたが思いがけずお元気な声を聞く事が出来、大変安心しました。まだ絵は描いていないそうですが、ノルウェーの景色の素晴しさは目に焼きついているそうです。私も今でも時々、景色の素晴しさの夢を見ます。

H先生とは今回の旅行ではじめてお合いしたのですが、あれ程の抜けるようなおおらかさを持っている方にお会い出来たことは大変嬉しい事でした。

ご自分では「私は鈍感な人間なのよ。」などと謙遜していましたが、お弟子さんは「先生はいつも同じで
不機嫌な先生を見たことがない。」と話していらっしゃいました。

H先生は日本画ではかなり有名な方のようでしたが、気さくで話しやすく、とてもハッピーな人のように見えました。たとえ不幸なことが近づこうとしても、H先生の明るさに踵を変えて何処かに行ってしまいそうな感じさえします。

H先生の明るい声が耳に残りました。声は正直ですね。その人自身をストレートに現わします。

今日のガンディーの言葉 「経験を積めば積むほど人間自身が、不幸と同様、その幸せの源泉なのだと実感する。」

投稿者 jizai3 : 13:09 | コメント (1) | トラックバック

2005年10月27日

若者の可能性・若い力

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今日の午前に主人の同級生Oさんが、「中学校卒業者等 自衛隊生徒募集!」のチラシを持って、ギャラリーにいらっしゃいました。チラシには ~めざせ! ヤングエンジニア~と書かれていました。
中卒者(見込みの者も含む)で、17歳未満の男子のみに応募資格があります。女子は駄目のようです。

同級生Oさんがお帰りの後、何十年ぶりかで、高校時代の友人から電話がありました。

本当に驚きました。「良く私の電話が分かったわね。」というと「ご実家に電話をして聞いたの。」ということでした。何かしら悩みでもあるような、あまり良い電話ではない雰囲気を感じました。

案の定、友人は娘の孫の事で悩んでいました。一番下の中学2年生の男のお孫さんの事を心配していました。

私が保育科に進み、幼稚園の先生をしていた事を覚えていて、幼稚園の先生だった私の意見を聞きたかったみたいでした。「子育てに関わり、私が甘やかした事が原因みたいで責任を感じている。」と話していました。

中学2年生の男の子は、学校へは休みがちながらも登校しているそうです。ただ、無気力で無口で何かほしいものがある時にだけ口をきくそうです。両親からは「おばあさんが甘やかして育てたから。」と責められすっかり落ち込んでいました。

私は「両親でもない貴方が必要以上に責任を感じることは無いと思う。」と言いました。
それに付け加え「共働きをして助けてもらったのに、いまさら子育ての思わしくない現象を全て悪と決め付け、全責任を貴方のせいにする両親の方に問題があると思う。」と言いました。

私は、「出来るかぎりの子育てのお手伝いをしただけで子供に対する責任は、親である貴方達にある。私に責任を押し付ける事は止めてほしい。まだ、中学2年生なのだから人生終わりのような決め付けた見方は止めなさいと言いなさい。」と言いました。

話して気が楽になったと言っていましたが、とても他人事ではありませんでした。

このような子供のことで悩んでいる人々は結構多いと思います。

昨日のブログで、我が家の一番下の孫の話をしたばかりですが高校を卒業する年齢までは、「子供が思わしくない事をしたりした時には、責任は親にある。子供じゃなく大人側にある。」と思って、思わしくない現象、行為、行動を凝視する勇気を大人が持たなければなりません。

私の経験で言える事は「子供達は大人の狡さを見抜く力を持っています。本気の人間とそうでない人間を判別する力を持っています。」恐い事は、自分の周りにいる大人を誰一人信じなくなる事です。一人でも二人でも心を開く大人がその子の側にいれば、私は何とかなると思っています。

若者の可能性・若い力を信じられない大人も不幸な人間だと思います。

今日のチラシには、若い力を育てて、挑戦し、入学と同時に通信制で、高校3年間の学習を履修し、教育隊(学校)の中で日課時限に基づき規則正しい生活を送るとありました。試験は一次、二次とありますが
若いエネルギーは、いろんな可能性を引き出すかも知れません。

今回私は初めて自衛隊が中卒者の試験を行っている事など知りましたが、一番難しい年頃の子供達の
教育隊での日常生活を想像してみますと、将来、特別職国家公務員として採用され給与を支給され、国を守る人間として生きてゆく道が開ける事になるわけです。

このような事を考えて見ますと10人子供がいれば、10人それぞれに可能性のある道があるわけです。
その準備期間が、家庭、学校であるわけですから、親や先生方が真剣に一人一人に合う道探しをアドバイスし、若い未知数の力をどれだけ育てあげられるかだと思います。

若い時は、まだまだ精神も肉体も未分化です。それだけに可能性もあり、迷いもあるわけです。

最終的には自分自身の力で自分の道を切り開くわけですが、切り開くだけの力を私達大人が充分に着けてやったかが問題です。不十分と思ったら充分と思うまでは、突き放すわけには行きません。

今日は、友人と話をして「子育て」の難しさをつくづく考えさせられましたが、同時に、いろいろな道探しをする行動力と、若い人の力を信じて見守る辛抱強さ、おかしな線引きをしないで見守る温かさなどが求められていると感じました。

今年中に今度は私が友人Sさんに電話を入れるつもりです。そして、Sさんを温かく支えられたらと思います。若い時の友達は、何十年音沙汰が無くても昨日の話しの続きをしているように何のわだかまりも無く話せます。未熟だった時のあの頃にタイムスリップします。大事な大事な友です。


今日のガンディーの言葉 「真理は確固たる信念が常に伴っていなければならない。」


投稿者 jizai3 : 18:16 | コメント (1) | トラックバック

2005年10月26日

神野美伽コンサートを聴いて

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このバラの花は昨日の私のお誕生日に息子と孫から送られたプレゼントです。ギャラリーにあるフラワーアレンジメント中に活けました。昨夜は息子にお夕食をご馳走になりました。先日は孫の就職祝いをし、4人で外食をしました。主人は「孫のお祝いと京子の誕生日を一緒に。」と言いましたが、息子が私の誕生日にと言うので続けてのお祝いとなりました。

今日は、演歌歌手の神野美伽さんのコンサートに誘われていたので、昼頃、お友達と三人で古川市民会館へ出かけました。

始めに地元歌手の方の歌があり、その後は、1時間40分ほどの神野さんのコンサートでした。

司会の方はいらっしゃらなくて、本人が軽妙におしゃべりをしながら歌を歌い進行して行きました。

旦那様が作詞家の荒木とよひささんです。今日、神野さんの話で初めて「四季の歌」の作詞をなさった方だと知りました。

現代の歌を聞いて「良い歌詞」と思うと荒木とよひささんのものが多いので、凄い才能だなと思っていました。

良い歌声は、詩をきちんと伝えています。神野さんご夫妻は、22歳の歳の差があるそうですが、作詞家の旦那様を尊敬している様子が伝わりました。

演歌のコンサートは、初めてでしたが、プロの歌声の素晴しさを堪能してきました。

今日は、神野さんのマイクの使い方を注意して見て来ましたが、お友達も「マイクが身体と一体になっている。」と言っていましたが、本当にその通りだと思いました。声量もあるし、感情移入も見事でした。

歌の3分間ドラマをとても上手く伝えています。歌詞の中に理想的な男女の生き方などが書かれています。その詞を流れるようなメロディーにのせて歌手が伝えます。表現者であるわけですね。

昨日は、家族4人で食事会をし、今日は、素晴しい歌を聴き、楽しい時間を身近な大事な人や、友人達と
過ごす事が出来、幸せだと思いました。
それから、家の幼かった甘えん坊さんが車の免許に挑戦するようになり、働く意思を持ち、成長した事が今の私のとても嬉しい大きな喜びです。

今日のガンディーの言葉 「音楽は喉からのみの発声ではありません。それは、心からであり、感情であり、心の中からの音楽なのです。」

投稿者 jizai3 : 17:42 | コメント (2) | トラックバック

2005年10月25日

友好関係の町、山形県・松山町合併間近か

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宮城県・松山町と友好関係を築いている山形県・松山町がもうすぐ合併し、新「酒田市」となります。
眺海の森薬師公園から見た秋の様子の庄内平野です。下の山門は、總光寺山門です。名勝 總光寺庭園は国指定文化財となっており、素晴しい趣のある禅寺で、静寂の美をたたえています。

今年の夏に、宮城県の松山町文化財愛護協会が移動研修会で山形県の松山町と羽黒町へ行き、文化財探訪をして来たそうです。

松山城跡、大手門、總光寺、松山能などの見学をし、出羽三山では、三神合祭殿、国宝五重塔、表参道杉並木、鐘楼・大鐘、最上川、などを見学研修したそうです。


先日は、町の文化協会 畑中会長が山形県・松山町を訪問しました。今回の秋の庄内平野、總光寺の写真を提供して頂きました。

のびのびとした秋の庄内平野が一望できる素晴しいカメラアングルです。

山形県・松山町は、平成17年11月1日に、松山町、酒田市、八幡町、平田町が合併して新「酒田市」が誕生します。

「松山町」の名称はなくなりますが我が町との友好関係は続け、これからも交流を深めましょうということだそうです。

町村合併が次々と進む中、町の形態も変わり、不都合が出たり、思いとは違う面なども出てくる事とは思いますが、行財政難の苦肉の策である事を忘れることなくお互いの相互理解の下に手を携えて、力を出し、知恵を出し合って新しい時代を生き抜く覚悟が大事だと思います。

山形県の松山町も、11月1日の合併を一週間後に控え、新市誕生の産声を待つばかりの時ですが、新市「酒田市」の発展を心よりお祈りしたいと思います。

来春3月には、私達の新市「大崎市」が誕生します。

明るい希望も持てる大崎市になるよう私達も積極的に町づくりに参加をして新しい大崎市の基礎づくりに
汗を流したいと思っています。


今日のガンディーの言葉 「私の物とか、貴方の物とかの見地から考えている人は、生まれ環境から逃れる事は出来ない。」


投稿者 jizai3 : 13:54 | コメント (1) | トラックバック

2005年10月24日

山奥の球場から感じる事

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この球場は、今度の第4回 大崎地区 1年生大会の球場になる大崎中央高校のグラウンドです。
目印の赤い橋を渡り、対向車が来たらすれ違う事が出来ないくらいの細道を進み登りつめてやっと見つけました。大会当日ならこの山奥の球場を探す事はまず無理だろうと思いました。

今日は、ギャラリーの買い物を済ませてから今度の1年生大会(初戦10月29日 土曜日)の球場下見に出掛けました。

最初は、古川工業高校のグラウンドに行きました。松高の硬式野球部のI副部長先生には先日地図を書いて教えて頂いておりましたのでほぼ理解していたのですが、うっかり、地図を忘れ、頭の中に入れた地図を頼りに出掛けました。

大崎中央高校のグラウンド探しは大変でした。目印の赤い橋と宮沢小学校まではスイスイでしたが、その後は大変でした。小さな川らしきところはいっぱいあるし、一迫方面へ向かい、田尻川を見つけ細道を走り続けて大崎中央高校運動場の看板が目に入り登って行ってやっと到着しました。

本当に山奥の球場でした。球場脇では作業員の人達が数人働いていました。

スコアーボードが掲げられていてネットが張られ、観戦者の椅子も用意されていて、此処が松高Bチーム10時からの闘いの場所と確認してきました。

古川工業のグラウンドでは13時から松山Aチームがそれぞれに分かれて闘います。古川工業の野球部のグラウンドは、江合川の側でヨークベニマルがすぐ近くでした。

山奥の大崎高校のグラウンドは、市街地から遠く離れ、本当に分かりにくい所でしたが、大崎高校野球部の子供たちはこんな山奥の球場で日々練習しているのかな思ったら、大崎地区には珍しい雰囲気を持つチームの底力の強さのようなものを感じました。

誰かがこの山奥を球場にと考えグラウンドに整備したのでしょうが、野球部に対しての愛情を感じました。此処でならいくら大声を出しても良いし、走り回ってもいい、野球を愛する人だけが集まり思いっきり練習に汗を流す事が出来るところだと思いました。

県大会での試合ぶり、応援の様子などを見て、大崎中央高校の活発さなど他校にはないものの強さを感じました。

やはり、運動をするなら運動をする環境が大事で、勉強をするなら勉強をする環境が大事です。

でも、子供たちにとって一番大事なことは、「人的環境」だと思います。

本当に子を愛する親に出会えた人間は最高に幸せです。
本当に野球を愛する人に野球を教えられた人は幸せです。
本当に子供を愛する先生に勉強を教えられた人は幸せです。
本当に地域を愛する人達に見守られて育つ子供達は幸せです。

人間が人間に与える影響は大きいのですから、そのように考えると、親は勿論の事、教師、地域共同体の大人たちの動向、言動一致の姿、大人たちの一貫性などがとても大事になってきます。

それから、若い時に何かに打ち込み、毎日を精一杯生きることはとても大切な事だと思います。
一人一人が夢中になれるものを持ち、それを大事にしながら日常生活を送る術を身に着ける事は自分の道をひたすら生きることに繋がることです。

松高ナインは全員とても良い顔をしています。好きな野球を一番大事にする生き方は野球だけじゃなく子供たちにいろいろな事を教えているのだと思います。

成長過程の途中にいる子供達は、まだまだ正直で自分の心がそのまま顔に出ている子供達が多いように思います。

フラストレーションでいっぱいな子供はそのような表情をしています。いかに大人が早く察して適切な対応をするかが問われています。

そんな風に考えますとスポーツの教育的効果は非常に大きいように思います。

スポーツを通して人間教育が出来ます。いつも近くで氏家規夫監督の指導を見ていますが、監督は野球を通して人間を育てています。監督の指導はそのまま社会人としても大事なことです。

あれほど野球大好きの人に野球の指導をしてもらえる子供達は本当に幸せだと思います。

今日は、やっと探し当てた山奥の球場でいろいろな事を考えさせられました。


今日のガンディーの言葉 「個性化出来ない教育は価値が無い。」

投稿者 jizai3 : 22:17 | コメント (1) | トラックバック