« 2005年10月 | メイン | 2006年2月 »

2006年1月31日

雪降りで遅れていた小学校建築現場へ、今日から生コンが入る

DSCF0446.jpg
DSCF0454.jpg

雪降りの為、予定より工事が遅れていた松山小学校建築現場へ今日から生コンが入り始めました。
今日のブログ写真は、我が家の裏道を徐行運転で走る生コンのトラックと、現在の小学校の新校舎建築現場の様子です。昨日のお天気とは打って変わりどんより寒空、小雪交じりの寒い松山町です。                 

            
          

昨日、松山小学校の新校舎建築現場のH所長がいらして、「明日から、生コン車が出入りします。入り口には誘導の係員を配置しますが宜しくお願い致します。」と、ご挨拶を頂きました。

朝、早くから、大型車の出入りの音が聞こえていました。

三浦医院と、東塾の我が家の入り口の所には、旗を持った誘導の係員の方がいて、生コンのトラックが、ひっきりなしに出入りしていました。

H所長さんの話によると、雪の為、工事は遅れぎみだそうです。

現在の建築工事進行の写真を見せて頂きましたが、まだまだの様子が分かりました。

まだまだ、基礎状態の工事現場の様子が伺えます。

午前中に用事があって家に戻ったりすると、大きな音、振動などを感じます。その音の大きさ、足元からの振動などで、大変大がかりな建築物であることが分かります。

基礎工事にかなりの時間を要していることが分かります。基礎は一番大事ですから、多少の時間の遅れがあっても土台のしっかりした松山小学校を建築してほしいと思います。

従兄弟の友人の仕事仲間であるH所長さんには親しみを感じています。

本当に心に残る良い仕事をして、松山町民から感謝され、愛される松山小学校を建築してほしいと願っています。

また新校舎入学児童には、良い校舎で良い思い出をたくさん作り、いっぱい学び、いっぱい遊ぶ元気な
小学生でいてほしいと思います。


今日のガンディーの言葉 「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 14:01 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月30日

「氏家規夫後援会事務局」看板出来上がる

DSCF0437.jpg

「氏家規夫後援会」の看板がきれいな書体で出来上がりました。龍門山 石雲寺の住職宮本亨一先生に書いて頂きました。昨日、今日と二日続けて穏やかな日差しが降り注ぎ、町内の皆さんの挨拶も「今日は、暖かでいいこと!」に変わりました。春の萌しを感じる今日この頃です。

今日は、本当に穏やかな良いお天気でした。

松山高校野球部員達は、今日は、早い帰りで、午後の暖かな陽射しを浴びて皆、元気に自転車を踏んで、グラウンドへ向かいました。

春の萌しを感じる今日の子供達の表情は一層明るく、大変元気でにこやかでした。

午後に、石雲寺住職 宮本亨一先生が「氏家規夫後援会事務局」の素晴しい書体で書き上げた用紙を持って来て下さいました。

早速、ギャラリーの玄関に貼りました。

宮本先生の書は、すごく読みやすい楷書体で書かれていて、 「氏家規夫後援会」がますます勢いを増すようなそんな雰囲気を感じさせる看板に仕上がりました。

松山高校硬式野球部員達にとって、雪がすっかり無くなったグラウンドで思いっきり練習が出来る幸せを
心から喜んでいる様子で、自転車のペダルを踏む姿にもウキウキ感が出ていました。

松山町町民も、広岡台の松山球場へ練習を見に出かける人たちも増えてきたようです。

午後、ギャラリーにいらした方も、「グラウンドに寄って練習ぶりを見てきた。」と、おっしゃっていました。

「皆、張り切っていたよ~。」と、教えてくれました。

松山町民も、春の足音を聞いて、何かしらそわそわ、ウキウキムードです。

新しい季節が巡り、新しい出来事が起こりそうな気持ちを抱くことは楽しいことです。

私共は、「氏家規夫氏」の後援会会員です。野球を愛する氏家監督の支援者です。

松山町に氏家規夫さん達家族が越してきて、今春で3年目の春を迎えようとしています。

監督達はもうすっかり松山町住民です。3月31日からは、私たちと一緒に大崎市民になります。

氏家監督も「大崎市」に期待感をよせているようでした。

氏家監督が、思う存分氏家野球が出来るように支えて行けたら同じ共同体で生きる人間として大きな喜びです。

今日のガンディーの言葉 「貴方に起きる事を、世の中は称賛しますか。又は非難しますか。 貴方は、                          貴方がしなければならないと思う事をしなければならない。」

投稿者 jizai3 : 17:37 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月29日

赤面するようなメールについて

DSCF0338.jpg

雪があっても何となく遠くのほうから、わずかに新しい季節の足音が聞こえてきそうな松山町の冬景色です。天気の良い日の空気は澄んでいて、冷たい風には身がすくみますが、新しい季節の到来が心待ちです。新年を迎えたばかりの1月があと2日となりました。「節分」を間近にしたのんびり日曜日です。

2006年の新年を迎えたばかりなのに、1月も、もうすぐ終わります。

2月には、節分、そして暦の上では立春がもうすぐそばまで来ています。

ガラス越しには暖かい陽射しの差し込むギャラリーに居ると新しい季節が近づきつつある事を感じます。

最近思うことですが、「自在窯&ギャラリー」は、インターネット上にHPを公開しているので、仕方ないかなと、ずーと思っている事なのですが、、、、、、、。

入ってくる電子メールの内容には、赤面してしまうようなひどいメールがあります。

私は、迷惑メールは、送信元を削除するようにして、以後入らないようにしているのですが、今朝は、14件のメールが入っていました。

送信者が14件、全て個人名で入っていました。「reiko」「mikiko」「sayuri」「yuriko」、、、、、。

件名も、「大至急連絡」「お尋ねします」「ご無沙汰しています」「お久しぶりです」、、、、。もっともらしい件名ですが、メールの内容には、驚いています。

私がインターネットを始めた頃より、内容はひどくなる一方です。殆どが無料申し込み、今すぐ連絡をいうような事が書かれています。

このようなものだと思ってしまえば良いのかも知れませんが、今朝のメールの多さに主人は、「子供達が毎日のように目にしているとしたら恐ろしいことだ。」と憤慨していました。

時には、性描写付きと書いてあるものさえあります。

主人にはくれぐれもマウスを近づけず、間違ってもクリックなどしないよう言っていますが、、、、、、、ITの功罪は相半ば以上かなとも思います。

ただし、そのように言う私ですが、大変メールを活用しています。電話以上に気軽に使っています。
かなり離れた距離の人とも添付メールつきの電子メールのやりとりをし、修正依頼などに関しては、大変重宝しているのが現状です。

あまりひどすぎるメールに対して、先日削除せず、おまわりさんに見て頂きましたが、現段階で取り締まる術はないそうです。おまわりさんも、「青少年達への影響を考えると困るんだけど。」と、おっしゃっていましたが、、、、、発信者のモラルに頼るしか方法は無いようです。

他にも、驚くようなHPを公開しているところもあります。

クリックしてすぐに入ってゆける事に関して大いに疑問はありますが、禁止されればされるほど見たくなる気持ちも分からないわけではありませんが、判断力が育っていない人達への影響力の大きさを考えると確かに頭の痛い問題であります。

法律で取り締まることも大事なことではありますが、何より大事なのは自分の頭で考えて、言動することだと思います。誰に言われるまでも無く、自分で自己コントロール出来る人間であることが大事なのだと思います。

それには、幼い時からある程度の規範性を育てることに重きをおく教育を受けさせることが大事だと思います。

春待ち人として、「子供達を大事にする大人が増えたらいいなぁー」とつくづく思います。


今日のガンディーの言葉 「自制は本当の喜びである。」

投稿者 jizai3 : 11:24 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月28日

龍門山 石雲寺新年会開催

IMG_3828.jpg
IMG_3833.jpg

今日は、龍門山 石雲寺の新年会が開催されました。鹿島台町の「土井」割烹 3階大広間が会場でした。30名の檀家の方々が集まりました。この石雲寺の新年会は15年間継続しているそうです。
結構高齢の方々が多いのですが、皆さんお元気で、唄あり、踊りありの楽しい新年会です。

私達は、主人の病後、初めての参加でした。

殆どの人たちは、鹿島台町の人達と松山町の人達です。

開会の挨拶、閉会の挨拶でも3月31日の合併に触れ、今までも仲良くやって来ましたがこれからはますます協力し合って仲良く生きてゆきましょうというような事が話されていました。

開式は、宮城県のお祝い唄「さんさ時雨」で新年会がスタートしました。

お食事も美味しく、皆さん和やかに会食をし、カラオケが始まり、日舞、フラダンス、マドロス踊り、、、、で新年会が最高に盛り上がり楽しい時間を過ごしました。

年齢の高い方々がたくさんいらっしゃいましたが、85歳以上という方達も参加していましたが、本当に皆さんお元気で、明るく活発で、とてもパワーがあり、大変驚きでした。

久しぶりの参加を喜んで頂き、ありがたく思いました。

やはり、皆と交わることを喜びとし、仲間達を大事にしている人達は、活き活きしているなと思いました。

年齢が高くなればなるほど、個人差が出てきていると思います。

その人の考え方や、交友関係、家族関係など、人的環境は、子供だけじゃなく、年配の方々にとっても大事なことなのだと思いました。本当に長く人生を生きてきた人達が持つ、「落ち着き・ゆとり」といった雰囲気が素敵に見えました。

住職は、「奥さんを大事にする男性。旦那様を大事に思う女性でいて下さい。」と締めくくりました。

いつも、人間の基本は、一人の男と、一人の女。この関係の乱れが世の中を悪くする。男は他の女性に心奪われやすいが、妻は、可愛くあることが大事。一時は、他の女性に惑わされても可愛い人のことは、決して忘れないから、旦那様をいつも大切に思う女性でいてほしい。と話していました。

私も、人間関係の基本は一人の男性と、一人の女性だと思います。この関係が一番大事だと思います。
この関係に乱れが生じると、大事な家庭にひびが入り、いろいろなことに歪みが出てきて、修復不可能になることも多々あります。

お互い、かけがえのない人を大事に思う生き方を大切にする人生でありたいものです。

歳を重ねてもますます、お互いがお互いを大切にしている生き方は素晴しいと思います。

今日は、人生の先輩方の元気パワーを拝見して、私もまだまだ頑張らねばと思いました。

「大崎市」誕生を目前にし、合併をして一つになる事を心から喜んでいる人達の集まりに参加をして、この仲良しの輪がもっともっと大きくなりそうな気がしました。

正直言うと、不安と期待と両面ありますが、今日は、期待感が大きく膨らみました。

人間は、良い面を信じて生きる生き方のほうが元気に生きられるように思います。

今日集まった人達は人生の辛苦を知り尽くしている方達だと思いますが、何かをもう達観しているような雰囲気があり、今の時間を大いに楽しんでいるようでした。

「人生の達人たち」とお呼びするのがピッタリする人達ばかりでした。

同じ菩提寺の方々の温かいぬくもりを感じた一日でした。


今日のガンディーの言葉 「人は、肉体のあるところではなく、心があるところに存在する。」

投稿者 jizai3 : 21:07 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月27日

若い人との会話

DSCF0435.jpg

この写真は、昨日の東塾の教え子との写真です。
こんなに成長した子供と並ぶのは恥ずかしい限りですが、立派な大人になっている姿を見る事はとても嬉しい出来事です。今日は、珍しく高校生の来店がありました。礼儀正しい松山高校の生徒です。

今日は、夕方、地元松山高校生の来店がありました。

かなりゆっくりギャラリーの作品を観てくれました。

私共のギャラリーには、時々は、東塾の卒業生が立ち寄ったりはしますが、中学生や高校生のお客様は殆どありません。

今日の女子高生は、「こんにちわ。見せて貰ってもいいですか?」と声をかけて来店してくれました。

一つ一つ丁寧に観て、「これは何ですか?」と裏にあるアクセサリーの事を聞いたり、運動器具のスカイウオーカーのことを尋ねたりしていました。

主人は、このようにして使いますと、スカイウオーカー漕いで見せていました。

若い人と話すことは楽しいことです。「野球部を応援してくれているのですか?」と聞かれ、「そうです。」と答えました。「でも、野球部だけじゃなく、松山高校全体のこともブログで発信していますよ。」と、付け加えましたら「えー!。すごい!!」と、大きな声を出していました。

いろいろ話すうちに自転車を盗まれ、困っていることを話し出しましたので、おまわりさんに伝えてあげることを約束しました。

紛失日時場所など必要事項を書いてもらいましたので、おまわりさんが派出所に戻ったら届けるつもりです。

丁度、野球部のマネージャーが用事があってギャラリーに来ましたが、Kマネージャーも礼儀正しく、偶然3人の松高生が揃いましたが、3人とも共通していたのは挨拶がきちんとしていたことです。

先日は、高校入試予備登録日でした。松山高校家政科の倍率は、昨年までには届きませんでしたが、今年は1.33倍、普通科は、0.78倍となっています。

今年度は、42校61学科で定員割れで、全日制過去最低の1.17倍ということだそうです。

少子化に伴い、中学卒業予定者が前年度比で八百三十二人減り、公立高校の総募集定員の削減数が五百二十人にとどまったためだそうです。

少子化の進む中では、若い人のフレッシュな力は大事です。

特に高校を卒業するまでは、周りの大人たちの影響は大きいのですから若者達を大切に見守り、正しい認識、道徳心のある、志の高い大人に育つよう人的環境を整えるよう配慮せねばと思いました。

私も自分の青春時代には気付きませんでしたが、「若い」というだけで素晴しい事だと今は、若い人を見る度に思います。「若さ」の持つ未完成部分も可能性を含んだものにつながりますし、若い人たちを大切にしなければとつくづく思うこの頃です。

昨日、今日と連日、さわやかな若者達に接することが出来て大変嬉しく思いました。

今日のガンディーの言葉 「人生は毎日新しくなる。この知識は、我々、精神向上するよう
                                           手を差し伸べるべきである。」

投稿者 jizai3 : 16:41 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月26日

松山町 第52回文化財防火デー・消防訓練日

IMG_2778.jpg
IMG_2777.jpg

昭和24年1月26日は、世界最古の木造建築である法隆寺金堂が、炎上し壁に描かれていた仏絵の大半が焼失した日です。これを機に昭和25年「文化財保護法」が制定されました。大事な文化財を火災、震災から守る為、全国的に文化財防火運動を展開し、日本国民への文化財愛護思想の高揚を目的にしているそうです。

今日は、松山町 「ふるさと歴史館」において、9時30分から1時間の予定で「文化財防火デー」にちなみ
古川消防署松山派出所職員の指導を受けながら、教育委員会事務局職員、松山町文化財愛護協会委員の方々がふるさと歴史館からの出火を想定して、文化財へ対しての消防訓練を行いました。

今日は、風が強く、大変寒く、消火器3本を使っての消火器の取り扱い訓練は、本番さながらの真剣訓練でした。

松山町公民館前での実施には、報道関係者も集まり、大事な文化財をいかにして災害から守るか、関係者達は、火災発生から火災確認、通信情報訓練、避難誘導訓練、火災防御訓練、初期消火訓練のあと、最後にサイレンが鳴り消防訓練終了となりました。

かなり綿密な計画を立てての文化財防火訓練でした。

先日、友人から本当の火災を想定して真剣に消防訓練をしていないといざという時には慌てて役に立たないということをお聞きしたばかりでしたが、本当にその通りだと、消防訓練に参加した、松山町のH文化協会長は、私達に話してくれました。

ギャラリーでは、今朝早くに消火器の点検作業などがあり、専門家の人がいらして、消火設備の点検と、消火器3本取替えが必要ということなど、指導して頂きました。

いろいろ報告を受け、後日、点検結果報告書、消火器などお持ちしますと言われ、料金などをお聞きして全ての話し合いが終わりましたら、「先生、俺のこと覚えていますか?」と、言われました。

ギャラリーの入り口に立った時、何となく誰かに似ているなと思いましたが、分かりませんでした。

名乗られて初めて中学生時代のK君の顔が浮かびました。

東塾の卒業生でした。11年ぶりの再会です。

主人が「とても感じの良い若者だ!!」と私に話し、私も「そうね。」と、答えたばかりでしたので、その事を話しましたら、照れていました。
中学生の頃は、神経質で良くお腹痛いという子供でしたが、礼儀正しく、立派な大人に成長している姿を見て大変嬉しく思いました。

こんな時は、先生をしていた事をとても嬉しく思います。

        ””成長した子供達と出逢えることは大変大きな喜びです””

消防、消火などの関係の仕事に携わっていますが、社会的意義を重く捉えてこれからも大事な仕事をしているという自負心を大切にして頑張ってほしいと思いました。

今日のガンディーの言葉 「後天的に成長した人のしるしは、要するに仕事を滞らせない事である。」

投稿者 jizai3 : 17:09 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月25日

交通ルールを守って元気に下校

IMG_3827.jpg
IMG_3826.jpg

午後、ギャラリーの前の交差点をすごいスピードで車が走り抜けて行きました。丁度松山小学校の下校時間と重なっていましたので、心配で外に出てみました。車は、小学校の脇を通り抜けてコスモスロード方面へ走って行きました。辺りに子供達の姿はありませんでしたので一安心しました。

現代は、いろいろなことに関して倫理観の欠如が懸念されます。

心痛む出来事が多く、哀しくなり、やり切れ無さを感じることがあります。

「人命」に関することさえ疎かに扱われていることに対しては、義憤を感じています。

今日の午後にはギャラリー前の交差点をすごい音とすごいスピードで乗用車が走り抜けて行きました。

丁度、松山小学校の下校時間と重なっていましたので心配で表に飛び出しましたが、子供達の姿は無く本当に安心しました。

車を運転する人には交通ルールを守って頂きたいと思います。

先日、松山駐在所のおまわりさんにお聞きしましたが、町内は時速40キロ走行だそうです。

制限速度をきちんと守っている人は少ないとのことですが、子供を見かけたら、徐々に減速して欲しいとのことでした。今日の運転者は、20キロぐらいは、オーバーしているようなすごいスピードでした。

小牛田方面から来て交差点で左に曲がり、小学校、幼稚園、保育所の前を通ってコスモスロードへ抜けたようでしたが、遅い夜の時間帯には、猛スピードの車の音を聞くことはありますが、今日のような時間帯には大変珍しいことでした。

人生を生きる上では、自己の好き勝手は許されないことが多々あります。

法治国家では、違反すれば逮捕され、刑に服さなければなりません。

幼い時から、いろいろな形で約束事を守るよう躾けられますが、破った時のペナルティーの重さ軽さでも
約束違反に対する観念がそれぞれ違って植え付けられていると思います。

しかし、重大な出来事に対しては、ルール違反が命取りになる事もあり、取り返しのつかない事態に陥ることもあるので、小さな頃から、約束は守るものと、しっかり躾ける必要があると思います。

もしも破った時には、厳しく対処する必要があると思います。

幼い子供の時期には厳格さは通じますからこの時期にこそしっかりと教え込むことが大事だと思います。

先日、松山小学1年生が交通事故に遭いました。
ほんの軽傷で済んだようでしたが、今日のような無謀な大人がいると本当に困ってしまいます。

暴走する大人じゃなく、子供を守る大人であって欲しいと思いました。

そして、交通ルールを守って元気に登下校する子供達をそばから見守っていたいと思いました。


今日のガンディー言葉 「一つのルールを無視した場合、そうすれば全てのルールは破れてしまう。
何故なら、全てのルールは一つの基盤を持っている。それは、一つのルール違反は、自己コントロールの一つの違反になってしまう事だ。」

投稿者 jizai3 : 15:05 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月24日

生涯学習の楽しさ

IMG_3822.jpg

今日は、午後から、個人レッスンのパソコン教室がありました。
H先生に指導を受けているK子さんの様子です。ぽかぽかの陽射しが降り注いでいるギャラリーで、熱心に学習をしていました。いくつになっても何かを学ぶ真剣な姿は見ていて気持ちが良いものですね。

今日は、個人レッスンのパソコン教室がありました。

K子さんのノートパソコンを使って、H先生は、実践指導をしています。

パソコンは実際に使いながら教えてもらうと理解できますが、他の学習とは違い、ある程度の年齢になるとゆっくり、焦らず、繰り返しを重視しないとついつい嫌いになってしまうかも知れません。

個人的に何度も何度も反復しながら覚えると後は楽しくなってきます。

「楽しいな」と、感じるまで操作を覚えてしまうと一区切りで、もっといろいろな事が覚えたくなってきます。

ITには、大きな可能性を感じます。問題が生じるのは、使う人間に問題ありということが殆どです。
使い手側のモラル欠如問題が原因の場合が多いようです。

生きている限り、何かを学ぼうとする姿勢は大事な事だと思います。

熱心な後姿を見ていて、とても爽やかな感じを受け、いくつになっても何かにTRYしようとする事は大変良いことだと思いました。

何かを始めることは、ウキウキ、ワクワクすることです。人間はウキウキワクワクが大事だと思います。

パソコンのレッスン中に、センター入試を終えたばかりの可愛い孫が、弾んだ声で電話をかけてきました。自己採点では、イイセンいったそうです。

英語のリスニングテストもだいぶトラブルはあったそうですが、家の孫は大変良く聞き取れたそうです。

機器の説明時間が長くてあっちこっちボタンを押しすぎて雑音が入りすぎ、聞き取れなかった人が多かったみたいと、言っていました。

久しぶりに元気な声で、1月末には入りたい大学を絞るそうです。

思いっきり全力投球で入試に挑戦して、結果待ちの状態を伝えたいという雰囲気で、「じいちゃん、元気?」と、尋ねる声も明るく充実感に溢れていました。

主人とも電話で話し、「Y子、とても元気そうだったな。」と、主人は久しぶりの電話に安心したようでした。

パソコンを覚えようと努力している人、センター入試を終えたばかりの若者と、それぞれに何かを目標にして頑張っている人達は、生涯を通しての学習を楽しんでいました。

父の口癖「人間は生きている間、学ぶべき。」という言葉が頭をよぎりました。

私も、これからも何かを求め、何かを学びながら、マスターすることを喜びと捉えて楽しく生きて行けたらいいなと思いました。私ことですが、学生の頃よりも、今が一番学ぼうとする姿勢が出来ているようにさえ思っています。若い頃より、ずーと真面目な人間になったように思っています。

主人は、「病気をしてからの方が、英語力が出てきた。」なんて言っています。

歳を重ねて衰える部分と、歳を重ねることで充実してくる部分があるのだなと思います。

充実の部分をもっともっと伸ばして、これからも元気に楽しく生きてゆきたいものです。


今日のガンディーの言葉 「人生のリズムに従って歩いている人は、決して疲れたりしない。」


投稿者 jizai3 : 16:25 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月23日

松高ナイン 筋力測定

DSCF0422.jpg
DSCF0428.jpg

今日は、月曜日、グラウンドでの練習はなく午後4時から監督宅前にダイナミックコーポレーションのバスが来て、バスの中で松山高校硬式野球部員の一人一人の筋力測定(第1回)が行われました。2006年は筋力、体力アップを目的に指導を受け科学的な裏づけに基づいても強い身体づくりを目指すそうです。

今年は、大飛躍の年になるようにとの考えから、監督は、専門家の筋力トレーニングを受けさせ、時々は筋力測定をして野球部員の強い身体力アップを目指して、今日は、初めての筋力測定が行われました。

子供達は、バスの中での筋力測定、トレーニング室での筋トレ、ギャラリー構内での素振りなどに分かれてそれぞれに自分の成すべき事を黙々とこなしていました。

一人一人が自分の努力目標に向かい自分の筋力アップに挑戦する姿が如実になっています。

ゴムなどを使い、それぞれが自分の筋力アップに活き活きと立ち向かっています。

連日の寒い中での練習ですが、月曜日は、グラウンドへは行かず、以前から監督宅のトレーニング室で筋トレ、柔軟体操、素振りなどに励んでいましたが、今回は更に専門家の力を借りて子供達一人一人の
運動スポーツ能力をもっと高めようと新しいことに挑戦しようとする積極性は楽しみなことです。

子供達は皆、とても張り切っていました。

今日は、一段と活き活きしている松山高校硬式野球部員達の顔を見ました。

「目標」を持って生きる人間の強さを見せ付けられる思いです。活き活き生きるコツは、「夢」を持って生きることに尽きると思います。

子供達は、厳しい寒さの中でも心には熱い思いを抱いて頑張っています。

今の時代は、「情熱」を持ちながら生きてゆく事がとても大切なことだと思います。

何か夢中になれるものを大切にして、かけがえのない一人一人の人生を大事に欲しいと思いました。


今日のガンディーの言葉 「我々は、自分自身の運命の製作者である。」

投稿者 jizai3 : 16:35 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月22日

ひたむきさを求めて

IMG_3820.jpg

今日は、午後から松山高校硬式野球部の公式戦の試合予定表をギャラリーの外側のガラス窓に張りました。「松山高校硬式野球部を応援する会のたより」の中で、佐々木弘司会長が「松山町の夢」と題して新年記事を掲載しておりますが、「甲子園」行きは球児達の夢と共に町民の夢でもあります。

松山高校硬式野球部は、発展途上のチームです。

やるべきこと、身に着けるべき技術がまだまだあると氏家監督はいつも話していらっしゃいます。

でも確実に力を着けて来ているともおっしゃっています。

毎日の積み重ねが試合での結果となります。強くなるには、寒くても暑くてもとにかく練習するしか道は無いのです。子供達は監督の話を良く理解しているようで、毎日、ただひたすら練習に励んでいます。

夕べも素振りの様子をしばらく見ていましたが、本当にひたむきにバットを振り続けていました。

回転も速く何度も何度もバットを振っている姿を見ていたらあまりのひたむきさに目頭が熱くなりました。

後から何人かの子供達に「風邪ひかなかった?」と聞いたら「はい。ひきませんでした。」という答えが返ってきました。底冷えするような寒さの中でも、子供達は皆、ニコニコしていましたし、特上の元気印がついているような野球部員達ばかりでした。

子供達は、野球に対して本当に一生懸命で体当たりで毎日練習をしています。

監督は「凡事徹底」ということを心がけて指導をしていらっしゃいます。
当たり前の事が当たり前に出来る人間を育てることを、野球を通して子供達に徹底指導しているのです。
「野球」を前面に出して人間教育を毎日実践指導しているのです。

監督の息子である雄亮コーチは、「部員達も一生懸命についてきてくれます。部員達と目標目指して、がんばり、努力してゆきます。」と話していらっしゃいます。

この言葉の中にも野球部員の子供達と通じるひたむきさを感じます。

「野球」を愛する気持ちを一番大事にして生きてきた指導者が子供達をひたむきに指導し、その指導者に子供達がひたむきについて来ているという事なのだと思います。

子供達がひたむきに生きている姿を見ると、実に清々しい気持ちになります。


春待つばかりの松山町は、野球部員達の夢、指導者達の夢、そして松山町民の夢、、、、、、と大きな夢
「行くぞっ!甲子園!!」という共通の夢を心に持ちながら晴れやかな新年を迎えたばかりです。


今日のガンディーの言葉「純真さが自分の本性の中に深く沁み込んでいれば、純真さは影響を受ける。」

投稿者 jizai3 : 13:23 | コメント (2) | トラックバック

2006年1月21日

球春、待たれる!寒稽古に励む松高ナイン!!

DSCF0083.jpg
IMG_3819.jpg

今年も「行くぞっ!甲子園!!」松山高校硬式野球部の夢に向かって頑張りますので、応援宜しくお願い致します。今日の冷え込みもかなり厳しく、東京では雪が降り、松山町は、小雪が少し舞ったくらいですが、しんしんと身体にこたえるような寒さです。監督自宅前 夕方の松高ナインの寒稽古ぶりです。

昨夜は、松山高校硬式野球部を応援する会の会議があり、平成18年度の「松山高校硬式野球部を応援する会の会員募集について」の話し合いがなされました。

昨年は、200余名の町内外からの入会を頂き、「応援する会」を盛り上げて頂きました。

昨年秋季高校野球宮城県大会では、石巻工業、仙台育英を破り、県大会ベスト8の成績をおさめ、松山高校硬式野球部は大変な注目を浴び、「宮城県 松山町」を県下に知らしめてくれました。

今年も更なる躍進が期待されています。

そこで今年は、300名目標に会員を募りたいと思いますので、どうぞご協力をお願い申し上げます。

年会費:(1月~12月)3000円です。

入会ご希望の方はご近所の幹事、又は、「自在窯&ギャラリー」 担当小野寺京子に年会費3000円を添えてお申し込み下さい。

松山高校硬式野球部員達は、松山球場での寒風の中での走りこみ、素振り1000本、キャッチボール、
と、穏やかな季節と同じスタイルを崩さず、雪の積もったグラウンドや、ぐしょぐしょの雪融けグラウンドの中で粛々と毎日の練習に精を出しています。

今日の夕方も冷たい北風の吹く、監督宅のトレーニング室とその前で素振りをしていました。
身震いしそうな夕方の気温でしたが、子供達は、それぞれに自分のメニューをこなしていました。

全員で元気な挨拶をしてくれて、とても明るい表情でした。

本当に「寒さ知らずの風の子」という良い顔をしていました。

いつも身近でこのような元気な子供達の姿を見ることが出来、私もハッピーと思いました。

硬式野球部の試合予定表(公式戦)のお知らせはギャラリーの外側のガラスに近日中に張り出しますのでご覧頂きたいと思います。

松高硬式野球部に関して、質問などがある方は遠慮なく気軽にお立ち寄り頂きたいと思いますし、℡でお尋ねいただいても構いません。分かっている範囲でお答えしたいと思いますので宜しくお願いします。

                               *自在窯&ギャラリー  ℡0229-55-3735
           
       
                硬式野球部(公式戦)試合予定表

  (春季大崎地区予選) 宮崎球場ほか
     4月14日(金) 春季大崎地区予選、組み合わせ抽選会
     4月22日(土) 開幕戦
       23日(日)、29日(土)、

     5月3日(水)、4日(木)リーグ戦試合日
       6日(土)、7日(日)第4位~第1位代表決定戦
  (春季 県大会)
     5月19日(金)~23日(火)
  (春季 東北大会)
     6月 9日(金)12日(月)
  (甲子園大会予選  宮城大会)
     7月11日(火)開会式~26日(水)
  (甲子園大会=全国高校野球選手権大会)
     8月5日(土)~19日(土)
                               ~8月までの公式戦日程は以上の通りです。~

今日のガンディーの言葉 「努力と沈着によって得られないものは全くない。
                              この、真実が毎日の経験の中で確かめられるのだ。」

投稿者 jizai3 : 17:55 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月20日

大寒の今日、我が家の室温は、朝6時・0度の寒い朝

DSCF0381.jpg

松山町・広岡台からの冬眺めです。
今日は、二十四節気の「大寒」。この冬初めての0度の室内で寒い朝を迎えました。室温0度は、松山町に嫁いで初めての経験でした。立春が待ち遠しい気持ちですが、それまでの厳寒を思うとぞーとします。

夕べは、用事があり古川へ出掛け遅い帰宅でしたが、夜の古川は本当に久しぶりでした。

繁華街は、タクシーがたくさん停まりお客さんを待っていました。

夜のネオンサインも賑やかで台町辺りには冬の古川の夜を楽しむ人々が溢れていました。

気温はかなり低く、裏道はすっかり凍り、すごく寒い夜でした。

案の定、二十四節気の「大寒」の今朝の冷え込みはとても厳しく、ギャラリーの台所の水道も凍りました。主人は、外の水道管に少しお湯をかけました。
部屋が暖まったらすぐ水は出ましたが、氷点下の寒い朝でした。

暦の上の節分、立春までは後2週間くらいですが、厳寒の日々が続きそうです。

今夜は「松山高校硬式野球部を応援する会」の会議が6時から予定されています。

平成18年度の松山高校硬式野球部の活動、応援体制のことなどが討議されると思います。

3月31日には「大崎市」が誕生します。

県立松山高校も松山町の県立松山高校から大崎市の県立松山高校となります。

大崎市には他にもいくつかの県立高校が共存することになりますが、ここ1、2年は今のままでの体制でも多少の変化は出てくるものと思われます。
変化を怖がることなく、変わってよいものは変化する事、良しとしながら時代にマッチしたものへと変貌を遂げることのほうが自然かなとも思っています。

しかし、教育の根本は決して揺るぐことなく、「大崎市の有望な将来人を育てる大事な機関」としての誇りを失うことなく、大崎耕土に根を張る人間育成を願っています。

此処、大崎耕土に根を張る人は、そのまま日本人として地に足のついた人で、世界にも通じる国際人であってほしいと心から願っています。

暖かい春の頃には、新市大崎市が誕生して、可能性のある良いスタートが切れることを祈っています。

今日のガンディーの言葉 「注意深く観察すれば天国は此処、私共の地球であり、空の彼方では無いという事が分かる。」

投稿者 jizai3 : 10:42 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月19日

大事なものを大事にする生き方

DSCF0390.jpg
DSCF0401.jpg

ブログ、上の写真は、松山球場1塁側スタンドです。いつも私達が、ブールーのベンチに座って松高ナインを応援している所です。まだまだ雪が残っていますが、松山町民の熱い心が集まる場所です。下の写真は、公民館通り、酒ミュージアム、ふるさと歴史館のある所です。私の好きな町並みがあります。

連日、「株」のことが話題になっています。

「株」のことで思い出すのは、昨年亡くなった叔母のことです。

石巻の叔母は、小さな頃から大変苦労して大人になりました。

いつも「お金は大事よ。大事にしないとね。いざという時苦労するから。貯えは大事だから。」と口癖のように話す人でした。

私は、逢うといつもいつもお金、お金とばかり言う人なので苦手でした。ある時「私ね、株を少し持っているのだけれど、ちょっと上がると楽しみでね。」と話し出しました。

T叔母が株をやっているなんて思いもしませんでしたので大変驚きでした。

確か、「会社四季報」という分厚い本を見せてくれました。細かな文字がたくさん書かれていました。

その後も、T叔母は、亡くなる寸前まで自分の楽しみとしてわずかな株を持ち、成長性を感じる会社に自分の手持ち金の範囲内で投資をしていたようでした。

それから今度は、都会生活に疲れリターンした若者がインターネットで株をはじめ、株が心配で外出も出来なくなり、両親が大変心配している話を伺いました。

現代は個人投資家が増え、預貯金金利ゼロの時代には、有効利用と称して株に走る気持ちも分かりますが、私が認識している「株」というのは、会社を株式に上場して株主に会社の利益を配当して、会社が成長してゆくことだと思っていました。

ですから株主が可能性を感じる会社の成長を助け、互いに潤う事だと理解していましたが、今回の一連の出来事は、まるでギャンブラーの世界の出来事のようです。

お金の大事さ、どのようにしてお金が手に入るのか、お金を得る貴さが抜け落ち、まるでバーチャルなお金ゲームのようです。

正当な労働の対価としてお金は手に入るものだと思います。そこから考え直さないと日本人の人生観そのものが狂ってくると思うのです。

若い人が、パソコンの前に座り一日中株が上がった下がった事に一喜一憂して人生を送ることに神経をすり減らすようなことだけはしてほしくないと思います。

思いっきり、汗を流し、精神肉体が充実して、床につく毎日の生き方を大事にして欲しいと思います。

そして、自分の大事な所、大事な人達を大切にする生き方を実践して欲しいと思います。


今日のガンディーの言葉 「自分の欲望を限りなく持ち出す事は、罪深い事である。」

投稿者 jizai3 : 10:23 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月18日

第3回企画展 「松山町指定文化財」を観て

DSCF0400.jpg
DSCF0404.jpg

今日は、午前中町の公民館でBP教室があり、その後、ふるさと歴史館で企画している~町の文化財~
「松山町指定文化財」を観て来ました。合併後も、松山町の文化財が保護され後世に継承され行く事を願っての企画展だそうです。町の重要な歴史、文化遺産を伝えて行くという意気込みが感じられます。

松山町は、仙台藩伊達家の重臣茂庭公の下に栄えた城下町で、名所旧跡に富んだ町です。

「大崎市」誕生を目前にして、松山町民、他の市町村の皆様方に我が町の歴史的、文化的遺産を紹介し合併後もこれら文化財の保護、継承に努めてゆくことを心して今回の企画展を開催したそうです。

今日は、いつも親しくさせて頂いている、小牛田牛飼の後藤先生と3人で見せて頂きました。

文化財を通して、松山町の歴史を振り返ろうとする気持ちが感じられました。

茂庭綱元が徳川家康から贈られたという「中白鳥毛槍」(なかしらとりげやり)は、大変豪華で、「槍」の持つ素晴しさが飾りの見事さと合致して洒落た感じで頂き物としては一流品という雰囲気がありました。

書も豪快な筆のタッチで、のびのびしているものばかりでした。

昔の地図なども部落名で展示されていました。

他に甲冑、刀など茂庭家にまつわる物が多く展示されていました。

町の文化財の刀匠 九代目法華三郎信房さんの日本刀が展示されているはずなのに、刀なしで、布だけで心配しましたが、ふるさと歴史館のそばの喫茶店 くらしっくで偶然にも将来の10代目栄喜さんとお逢いしたら「今、刀をおさめてきた。」と言ったので「私は盗まれたのかしらと思って心配したのよ。」と言い、皆で笑いました。

くらしっくのお向いには古い古い格子戸を持つ家があり、主人に写真を撮ってもらいましたが、良く時代劇などでは見かける様な格子戸ですが、大変珍しく感じました。何度か見ているのに今までは何とも思わず見ていて今日は、新鮮なものに見えました。文化財を観てきたせいでしょうか。

今回の企画展は、3月5日まで開催だそうです。

一市六町の合併をもうすぐに控えて松山町の先人達のいぶきを感じてみることも、歴史文化を新たに認識することにつながると思いますし、新たな何かを感じ取れるかも知れませんので、是非ご覧頂きたいと思いました。

今日のガンディーの言葉 「我々は、最大の努力という時に、どう名づけたらよいのでしょうか。割り当てられた仕事ではなく、自分のエネルギーを全て費やすような努力です。成功する事は、一般にそのような
清純な努力に通じることです。」

投稿者 jizai3 : 13:20 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月17日

木枯らしが寒い日にギャラリー 消防の立入検査を受ける

IMG_2769.jpg
IMG_2772.jpg

昨日は、龍門山石雲寺御霊屋開帳のようすをお知らせ致しましたが、昇り口の下から見上げた御霊屋が雪をかぶった修復したばかりの屋根と、周りには昨日の小春日和でも融けない雪がまだ残っています。
それから、1月16日の茂庭家霊廟と坐像群です。この境内では多くの文化財を見ることが出来ます。

今日は、午後1時半から大崎地域広域行政事務組合 古川消防署 松山派出所の方々の立入検査を受けました。

ギャラリー、工房と検査を受けました。

立入検査はOKでしたが、消防用設備等点検結果報告書を提出するようにとの指示を受けました。

後は、消防訓練計画通知書を提出し、避難訓練などをするように指導して頂きました。

消防訓練計画については、ギャラリーは1階平屋で非常口は2つありますが、お客様がいらしているものと仮定し、火事が起きたものと想定して、訓練担当責任者は、お客様を無事避難させ、消火器での消火活動をし、火を消すまでの訓練をして下さいとの事でした。

1年に2回の避難訓練が必要だそうです。

訓練指導は、消防署に要請しても良いし、しなくても良いそうです。

訓練は、総合訓練、部分訓練、基礎訓練と3種類に分かれています。

少し暖かくなったら、避難訓練をしようと二人で話しました。

昨日は、松山町の文化財について話しをしました。

今日は、私共のギャラリーが消防署の立入検査を受けました。

偶然な昨日、今日の出来事でしたが、私は、「火事で大事な文化財が消失しないようくれぐれも気をつけなさい。」と、導かれているような気がしました。

子供の頃、漏電からの火事の体験をしましたが、本当に全てが消失します。大人達の落胆ぶりを見て、火事の恐ろしさをつくづく思い知りましたが、焼けて全てが無くなってしまう喪失感は、その後もなかなか癒されず心に残ります。

自分の所から、火を出さないよう気をつけなければと強く思いました。

そして、大事な文化財を守り受け継いで行くことの責務は、つくづく大きいと思った一日でした。

今日のガンディーの言葉 「我々は、物事を関連付けて考える事により、自分の欠点さえも見ることも出来、正しく直すことも出来る。とは言え、毎日の生活の中で最も、清純な生活の基盤を維持する事は、より良い事だろう。  なぜなら、そうする事によってのみ私共は、本当の人間性の奉仕者の一人となる事を望むことが出来るに違いない。」

投稿者 jizai3 : 17:02 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月16日

松山町の歴史の重み・これからの松山町の元気の源

IMG_2770.jpg
DSCF0385.jpg

上のブログ写真は、昨年12月屋根の修復を終えた石雲寺茂庭家霊屋 1月16日御霊屋開帳の様子です。扉の奥には、初代佐月良直公、二代石見綱元公、三代(松山初代)佐月良元公の木彫りの像が安置されています。下の写真は、雪解けの松山球場の様子です。月曜は、室内外での練習日です。

今日は、冬の龍門山石雲寺茂庭家御霊屋開帳の日でした。

昨年12月に屋根の修復を終えた御霊屋が雪をかぶり、正面の扉を開け、皆さんに見て頂きました。

茂庭家御霊屋は、県指定有形文化財建造物となっております。

松山町は、茂庭のお殿様を中心に栄えた城下町です。

松山町は、町を挙げて伊達家重臣、茂庭家が松山に開府して400年の記念行事を終えたばかりですが松山町の歴史は、茂庭家の歴史が源流となっています。

石雲寺境内には、県指定天然記念物コウヤマキ、町指定文化財薬医門、町指定茂庭家霊廟及び坐像群、町指定史跡文化財茂庭家松山当主及び妻の墓域など、多くの文化財が現存しています。

これらの事を回顧しただけでも、400年の歴史の重みを感じることが出来ます。

松山町は、近隣の市町村には見られないような歴史文化を背景にした町です。

現代を生きる私達が、これらの素晴しい歴史文化をどれだけ大事なものとして後世に伝承できるか、責務は大きいと思います。

茂庭良元公 松山開府400年の歴史を更に500年600年と積み重ねて行く事が「受け継ぐ」者の使命なのでしょうか。歴史の重みを決して堅苦しく考えずに 「ありがとう」 「お世話様」の心でこれからも次の時代の人々に優しく伝えてゆきたいものだと思います。

歴史文化を核として栄えてきた松山町は、今、松山高校硬式野球部の高校球児達を応援することで松山町民の心には、大きなうねりの渦が出来つつあります。

高校野球を応援することで昨年一年間は、町民の心が一つになりました。

松山高校硬式野球部員達の元気な挨拶が町を変えました。

今春「大崎市」になる町は、子供達の野球を応援する事でますます元気になりたいと思っています。

今日の松山球場は、雪融けで、ぐしょぐしょのグラウンドでした。部員達は、月曜日なので、監督宅のトレーニング室と、ギャラリーの構内で、筋トレ、スイングの練習などに汗を流していました。

自分に課した目標に向かい各自基礎体力づくりに励んでいました。

数多く練習したこと、数多く基礎練習をこなしたことが自信につながるのだそうです。

3月下旬からの練習試合に向け、こつこつと日々の練習に励み、練習の歴史を確実に積み上げています。今年も精一杯良いプレーを見せて欲しいと思います。

松山町の明るい未来の活力に大いに期待しています!!

今日のガンディーの言葉 「我々は、自分自身の運命の製作者である。」

投稿者 jizai3 : 18:04 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月15日

仙台・乳児誘拐から1週間が経過・無事保護で安心

今日の河北新報に、先日の仙台・乳児誘拐事件のことが詳しく掲載されていました。
「犯行大胆 計画は稚拙」と、大見出しがついていました。
何はともあれ、この寒い中で、生後11日の赤ちゃんが無事保護されたことは本当に良かったことです。

今回の赤ちゃん誘拐事件では、宮城県警は、赤ちゃんの無事保護を最優先に考えて捜査をし、マスコミの報道協定も適切で、三日目で犯人逮捕となり、本当に安心しました。

生後11日の赤ちゃんを誘拐するなんて何てひどいことをと思いましたし、この寒い中で、母親から引き離されて、どうなるのだろうと本当に心配しました。

犯人が赤ちゃんを連れて行動していなかった事が無事保護につながったものと思いました。

犯人達のことは許せません。大胆犯行で、容疑者は稚拙とのことですが、たとえ今の時代にアナログ的手口と言われても、赤ちゃんに危害を加えることなく無事に返したことは、良かった事だと思いました。

ご両親の元へ赤ちゃんが無事戻り、たいしたことなく無事退院出来、ご自宅へ揃って帰ることが出来て本当に本当に安心しました。すごく心配しましたが、無事解決で大変安心しました。

今は、デジタル化になっているので、逆探知は容易なのだそうです。

今回の事件で、このような誘拐事件が世の中から無くなればよいと思いました。

それにしてもこの誘拐事件の主犯格の人間が、幼稚園のPTA会長として園の行事でご挨拶をしている映像がTVで流れましたが、ご近所の方々は「良い人でした。優しい人でした。」、、、、という人物評価が殆どでした。

外見だけでは分かりませんが、それ程凶悪で、生まれた赤ちゃんを連れ去る人には見えませんでした。

どんな事情があるか分かりませんが、生後間もない赤ちゃんを母親から奪うなどという考えを起こさない生き方をしなければならないと思います。

赤ちゃんを誘拐して身代金を奪い、そのお金で自分の借金に当てる等というふざけた理由で大変な事件を起こしてしまう病巣は一体どこにあるのでしょうか。

その時代時代の犯罪には、時代が抱える問題が凝縮されていて、人世の縮図をみる思いです。

自分の収入以上の生活をすればどうなるか、考えれば分かることなのに、安易な日常をおくる事にマヒしてしまい、拝金主義がすべてで、欲求を満たす為には、犯罪にまでも手を染めてしまうという短絡的犯行が多くなったように思います。

人間の物欲のすごさには恐ろしさを感じてしまいます。

現代を生きる私達は、もう一度人間性回復の道を模索し、一人一人、人間性を大切にする生き方を取戻す必要があると思います。

「今のままではいけない」と考えている人はだいぶ増えていることを感じています。

「心」の再構築が出来る年、2006年でありたいものです。

今日のガンディーの言葉 「人間の強欲は、正に、天空まで届くかもしれません。例え、どんなに、低い高さだとしましてもです。ですから、欲には限界を設けるべきです。」

投稿者 jizai3 : 17:24 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月14日

お正月気分もそろそろ終りですね・1月14日 どんと祭

DSCF0379.jpg

お正月用に生けたお花が少し枯れてきたので、今日は、3種類の菊の花を入れてみました。
中心の「松」が元気で、日本的な感じがしますので、今回は一層日本的な「菊」だけにしてみました。
生け花でなくても日本的で落ち着きがあり、新年を迎えたギャラリーにはぴったりとおさまります。

今日は、1月14日、大崎地方の神社では今日から16日にかけて「どんと祭」の神事が執り行われます。

今朝は朝から小雨が降り、気温も高く裏道の雪もだいぶ融けました。

松山町の羽黒神社でも午後5時から神事を行い、火入れが行われるそうです。

羽黒神社の境内には、縁起物や食べ物屋台が出店し、商工会青年部では、一ノ蔵の「あま酒」振る舞いサービスも行い午後9時頃までの予定で行うそうです。

「どんと祭」は、今年一年の家内安全、無病息災を祈願して日本全国各地の神社で開かれる極めて日本的な行事です。

太鼓演奏、裸参り、餅つき、、、、それぞれの町では昔からの習わしに従い、老若男女が寒い中、神聖な神社に集まって執り行う新年の小正月行事です。

私共の孫は、皆、このどんと祭が大好きで欠かさず参加していました。

古いお札や、しめ飾りなどを納めるのは孫達の役割で、競って羽黒神社へ行きたがっていましたが、今年はどこへ出掛けたものか、高3の孫の行方が分からず電話かけをして探しています。
でも、午後7時頃には、雨足が強くなりましたので、きっと繰り上げ終了になることと思います。

「どんと祭」が終わるとお正月気分もすっかり抜けて、本格的な2006年がスタートします。

今年はどんな年になるのでしょうか?

私達の松山町は、3月31日からは「宮城県 大崎市 松山」となることが決まっています。

今日は、T眼科のある、合併をしなかった涌谷町へ行ってきました。

まるで、昨年秋に行ったノルウェー おとぎの国の家のような可愛らしい病院でした。

待合室もきれいで、オープンスペースの空間が待ち時間を気にせず、リラックスして読書をさせてくれました。最近、毎日忙しくしていましたので、主人を待つ時間の読書は良い気分転換になりました。

皆さん親切で感じの良いスタッフの方々で、院長先生の勤務指導の徹底さに感服して帰えりました。

主人は、目薬を頂いて帰りましたが、次回は、脳梗塞の後遺症としての視界が狭くなる症状があるか、ないかを検査するということでしたので予約を入れてきました。

ある人にお聞きしましたが、「目は心の窓と言いますが、目は、いろいろな病気の早期発見にも大変役立つそうです。目は、異常が表われやすいところなのだそうです。」~大事にしたいと思いました。~

雪融けの涌谷町には、イオン・スーパーセンターが出来、昼時は大変賑わっていました。

一階建ての建物ですが、広いスペースで、駐車場もいっぱいで、奥のほうにやっと見つけ駐車しました。

小牛田町、南郷町と合併をせず、「美里町」の仲間にならず単独の道を歩むこと選んだ涌谷町の元気は、新設のイオン・スーパーセンターには充満していました。

入り口のお雛様飾りの前には大勢の人たちがいて、楽しそうにひな壇飾りや、お内裏様、お雛様を見ていました。いろいろ事はあります、良くない出来事も確かにたくさんありますが、このようなところに来ると今は、良い時代なのだと感じてしまいます。     間違った感覚なのでしょうか?

これからは、未来に起こりうるもので、そこで暮らす人達が元気になれそうなものに力を注ぐ地域づくりが一番身近で、地域住民の同意を得ることが出来、皆で一つになれると感じることが出来る「共有感」のあるものを大事にしてゆく生き方が求められ、支持されることになると思うのです。

そのような事に力を入れた地域づくりが地域密着型 地域住民主体の町づくりだと思います。

時には、自分の町から出て、他所の雰囲気を味わうことも、刺激的で新鮮なことです。

今日のガンディーの言葉  「もしも、関連性がなければ重要性のある事であっても、その重要性を
                                                      失います。」


投稿者 jizai3 : 16:46 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月13日

2006年 国際平和美術展 メキシコ・壁画運動に学ぶ平和活動

DSCF0364.jpg
4.png

日墨協会50周年記念 WORLD PEACE ART EXHIBITION 2006 メキシコ・壁画運動に学ぶ平和活動
が、国内展は6月21日~25日(神奈川県民ホール)海外展は9月21~24日(メキシコ州立近代美術館)に於いて開催されることとなりました。収穫の感謝を表現した作品、辰砂壺「豊穣」を出展いたします。 

国際平和美術展は、小野寺重一が最も力を注いでいる美術展です。

初めての参加は、2002年インド(ラリット・カラ・アカデミー)での開催でした。

次いで2003年アメリカ(ランドマーク・オン・ザ・パーク)   2004年アルゼンチン(パレ・デ・グラ)

2005年ノルウェー(ヘニーオンスタッド美術館) そして今年は、メキシコでの開催となりました。

いつもJK-ブログの終りに「ガンディーの言葉」をつけて締めくくっていますが、  「ガンディーの日記」を、
インドでの国際平和美術展で頂いた事がきっかけで、小野寺重一が和訳したガンディーの教え(人類の平和)の素晴しさを是非皆様方にお知らせしたいとの思いから毎回載せております。

これからも、私共は、国際平和美術展へ作品を出展することで、「世界平和」を願い、作品を通して恒久平和を希求するという活動に力を注いでゆきたいと思っています。

今回のメキシコでの国際平和美術展は、『アミーゴ』の関係がより深くなり、友好関係が更に強化されることを願って、日本人の原点文化、「米つくり」のお手伝いを長年ビジネスとして携わってきた農機具やの小野寺重一が、自主廃業を決断し、総括の意味を込めて作った 「収穫への感謝」を現わす作品、辰砂壺「豊穣」を出展します。

豊穣は「ネオ・ジャポニズムinタヒチ 2006」への出展終了後に、国際平和美術展の国内外展への参加へと向かいます。

日本の米(こめ)文化を如実に現わす作品として、今年「豊穣」は、大活躍する予定です。

2006年の国際平和美術展は、岡本太郎画伯の壁画 「明日への神話」 の返還と、日墨協会50周年にあわせて「メキシコ・壁画運動に学ぶ平和活動」と題して、岡本太郎美術館のある神奈川県とメキシコを結んで展開するそうです。

~~21世紀、日本の壁画から世界の平和が幕をあける・・・・・・がスローガンです。~~

今日のガンディーの言葉 「我々は何かを差し出そうとする時、自分自身の真なる部分を差し出さねばならない。」

投稿者 jizai3 : 18:39 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月12日

寒さに負けないで元気に暮らす幸せ

DSCF0359.jpg

「クロサンドラ トロピカルサンシャイン」寒さには弱い植物だそうですが、2年目の冬を迎えました。
昨年の夏にはオレンジ色の鮮やかな花をつけました。葉っぱに光沢があり、見ていて元気そうなので何となく嬉しくなります。この寒さにも負けないで夏には又、鮮やかな花を咲かせて欲しいと思います。 

今日は、今年初めてのカラオケの教室がありました。

お隣の美里町から新しい会員さんが入りました。高齢の男性の方ですが、「一の一から、じっくり教えて下さい。」と、フランク先生にお願いをしていました。

アイウエオアオ、濁音、早口言葉、発声とみんなの真似をしながら唄仲間になろうとしていました。

先生から歌を選んでもらい、3回ほど練習していました。

レッスンテープを購入して、自宅で聞いて覚えてから先生に唄い方を指導してもらうように話しました。

昨年の発表会の後、新曲を選んでもらいそれぞれ各自練習をして今日は、テープに合わせての練習でしたが殆ど皆、曲は覚えてきていました。

新会員さんは、「私は、楽譜が読めないんですが、そのような時代に青春だったもので。皆さんは読めていいですね。」と言われました。

私は、「楽譜の上がり下がりを見ていると何となく分かるし、後は耳で聞いて覚えれば大丈夫ですよ。」と
言いました。帰ってから主人に話したら「俺と同世代だな。覚える気さえあれば音は耳に入るもんだ。」などと言っていました。

その方は、今日は、用事があり少し早くお帰りでしたが、「何か元気になれそうですし、女性の中の男性で光栄です。頑張りますから宜しくお願いします。」と、ご挨拶をして帰りました。

唄の仲間の中には、「身体の調子が悪い時、休もうかと思いながらも、思い切ってレッスンを受けたら、、あんなに背中が張って気分が悪かったのに、すっかり良くなって、、、、大きな声を出すことが健康に良いとつくづく思ったのよ。」などと話している人達がいます。

「病は気から」ということも本当ですが、気の会う仲間がすぐそばにいることは幸せなことです。

今日もかなり低温で、寒さが厳しいようですが、大きな声を出すと身体はぽかぽかになり、体脂肪も減りますから、私には一石二鳥の効果があります。

寒さ苦手な植物が寒い時期を越して、初夏に花をつける時は、ひときわ感動します。

私達もこの植物達に負けないように厳しい人生、辛い事に出会っても決して希望を失わず、いつか鮮やかに花開くことを夢見て、自分なりの人生を生きてゆきたいものと思います。


今日のガンディーの言葉 「絶望することが人間を駄目にする。」

投稿者 jizai3 : 18:18 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月11日

寒い中での3学期スタート

DSC00033.jpg

このブログ写真は、先日の松山町消防出初式の様子です。新役場前の駐車場には雪がいっぱいです。
今日は、一日中天気が良くかなりの雪解けで、ギャラリーの屋根の雪も大きな音を立てて滑り落ちています。日本海側の大雪の被害は毎日TVで放映されていますが、雪解けの被害も又、大きな心配です。

昨日から、小中高校の第3学期がスタートしました。

松山町では、学校帰りの小学生が交通事故に遭ったそうです。

生命に関する大きな事故ではないようでした。

少し安心はしましたが、松山駐在所のおまわりさんは、「子供の姿を見たらすぐに徐行運転をしてほしい」と話していました。

勿論、子供達にはふざけたりしないで道路を歩きなさいとか、縁石に上がらないで歩きなさいとか注意はしているのでしょうが、、、、、、、。

私達もよく見かける光景ですが、楽しそうに数人で集団で登下校し、笑って友達を押し合ったり、肩を叩き合ったり、道路にはみ出たり、縁石に上がったり降りたり、歩道を歩いていても危なっかしい歩き方をしている子供達を目にすることがあり、、、、、、。注意の声かけをしたりすることも度々ですが、、、、本質的に子供とは、そのようにして大きくなるのかも知れません。

そう考えて、子供達を守るという事を考えると、大人の私達は、2倍3倍もの注意力が必要になってきます。

『子供は何時飛び出すか分からない』と、肝に銘じて車を運転することを心がけなければならないと思いました。

そう思えば、おまわりさんが言う、「子供を見かけたら、まず、徐行運転をする」という言葉は理にかなっていることが分かります。

学校の3学期が、始まってすぐに事故に遭った小学生には一日も早く元気になってほしいと思います。

そして、又、元気に通学して欲しいと思います。

昔から小さな事故は大きな事故に遭わぬようにして起きる出来事と捉える考え方もありますから、出来るだけプラスに考えて、回復に全力を注いでほしいと思います。

松山町も久しぶりの寒いお正月でしたが、全国的な今回の寒波は何十年ぶりかのようです。

豪雪地帯で生活する人達は、大雪が治まれば治まったで、雪崩や、融雪洪水の心配もあるようです。
国や地域自治、行政の力で、このような地域で暮らす人々を是非守って欲しいと思います。


子供達には寒さに負けず、短く大事な3学期を一日一日、充実して過ごして欲しいと思います。


今日のガンディーの言葉 「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」


投稿者 jizai3 : 14:22 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月10日

日本人の原点の生活を歌い続けて45年・及川清三氏の今

DSCF0302.jpg

主人の同級生及川寛さんの弟さん・及川清三氏の記事が産経新聞社発行の「2006年 みんよう文化 1月号」に三隅治雄氏との対談形式で掲載されました。農作業の辛さ、喜びを体験して、民謡の本質を地道に歌い続けて45年の「及川節」を赤裸々に話して下さいました。

松山町出身の民謡歌手及川清三さんは、宮城県志田郡松山町の大きな農家の三男として生まれ、生まれた時から聞いていた民謡の歌い手を志し、上京し、民謡大会などで素晴しい成績を収め、25歳で「及川会」を結成し、民謡に指導にあたり、その後、テイチクレコードに移り、専属契約を結び、現在はテイチク専属民謡会理事長を務めていらっしゃいます。

平成14年、歌手生活40周年記念リサイタルを盛大に開催。平成15年、日本郷土民謡協会より技能賞を受賞していらっしゃいます。

対談の中で、現在は、「何の経験もない人が作業唄を歌う時代ですから」と、三隅さんは話し、清三さんはお父さんから「家の仕事を手伝えばそれがスポーツだから」と言われ、学校へ行く前に一仕事をして、民謡は家族みんなが農作業の中で唄い、生活の中で唄い、お祝い事に唄い、清三さんも馬小屋で馬の世話をしながら「長持唄」などをよく唄っていたそうです。

清三さんが上京した頃、フランク永井さんが世に出てきて、中学校の先輩で同郷のフランク永井さんには
大変刺激を受けたそうです。

清三さんは、フランクさんが低音だから、俺は高音でと思っていたそうです。

宮城県の代表的な民謡「さんさ時雨」は、上京しての祝い事や宴会で良く唄われたそうですが、幼い頃のたくさんの思い出がよみがえったそうです。

歌手になると子供の頃から決めていたそうですが、15歳で上京して鉄工所勤めから始まった東京での生活は、のど自慢コンクール出場の日々だったそうですが、2位の成績が多かったと話していらっしゃいました。

レコードを出すようになり、コンクールとは違う唄い方をマスターして、一味違う「及川節」が誕生したそうです。清三さんは、民謡だけじゃなく、お兄さんの寛さんがやっていた謡曲を取り入れ、発声法を勉強したようです。

「舞踊歌謡」及川清三の名前のほうが良く知られているそうです。現代は、踊りの方が盛んで、民謡の本場でも、地元の人が民謡を知らないそうです。

宴会で始まるのはカラオケで、清三さんは何とかしたいと話しています。

三隅さんは、手仕事でやってきた米づくりは実生活の中の中心で日本文化そのものだつた。と話しています。そして、手づくりの時代は厳しかったけれど、その厳しさを知り、暮らしの中で唄った民謡を地道にじっくりと唄い続けている清三さんの唄には説得力があり、貴重な存在と話し、日本民謡の為にひと肌も
ふた肌も脱いで頑張って下さいと結びました。

それに対して清三さんは、今まで当たり前の事としてやってきたことを、もう一度見つめ直し、民謡と離れてしまった農民の生活を語り継ぐ最後の世代かなとの思いで、命ある限り民謡を唄い続けてゆきますと力強い言葉で締めくくりました。

新年対談でしたが、これから「大崎市」に向けて合併を間近かにした私達には、考えさせられる事が数多くある対談でした。

大崎耕土の「米づくり」を原点に戻って再思考するきっかけになるような話がたくさん詰まっていると思いました。

そこには日本人本来の姿があり、日本人の勤勉な生活様式があることに気づくことと思います。


今日のガンディーの言葉 「全ての人は、自分の存在の源を探すべきである。」

投稿者 jizai3 : 12:07 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 9日

松山町の新春行事~新年祝賀会&新春囲碁大会~

DSCF0356.jpg
IMG_2748.jpg

松山町の新年祝賀会は、2006年1月6日 松山町青少年交流館で松山町民80名の出席で立食パーティー形式で和やかに開催されました。翌日1月7日 松山町老人福祉センターで新春囲碁大会が行われ、大人総なめ 将来の法印坊 古川市の6歳(幼稚園児)A君がBブロックで優勝しました。(写真右下)


今年の松山町新年祝賀会は新市 「大崎市」誕生へ向けての話題が盛り上がり、大崎流の自治組織つくりのことなどに町民の関心が高く、平成の合併への期待感が大きいと祝賀会出席者達は感想を話していらっしゃいました。

「大崎市」は、今春3月31日に誕生します。

一市六町が合併して7つ虹色の都市が新しく宮城県の中に誕生します。

米どころの本場 大崎耕土に名のある歴史を持つ「大崎市」が晴れやかに誕生するのです。

春には大崎市長選挙、市議会議員選挙などで一市六町は賑やかになることでしょうが、新市大崎市の市民になる住民達は、この厳しい冬を越して、暖かい春を心待ちにしています。

希望が感じられて、理想を掲げて、「夢」実現へ向けて一路邁進出来る環境づくりが早急に求められる時ですが、各自、自分に出来る事を見つけて歩き始めているような気配も感じたりしています。

新しい年の初めに皆でいろいろ語り合えることはそれだけでも意義深いことだと思います。

自由に同じ土俵で物が言い合えることはとても大事な事だと思いますし、たとえ意見の一致をみなくとも、エゴとエゴがぶつかっても言い合うことは意義のある事だと思います。

その中で、どう言えば通じるか、何を言いたいのかなどを考える事でディスカッション苦手の宮城県人を少しずつ克服し、ディスカッション得意の「大崎市民」を目指せば多くの可能性を見つける事が出来、日本の良いモデル地域にもなりうることが出来ると思います。

そのような意味からも、高崎先生が指導なさっている「大崎流自治組織」には、可能性を感じています。

それから新春囲碁大会では、町内外26名の出席者のうち、Bブロックの優勝者が古川市の6歳の幼稚園児でした。

A君は4歳から囲碁をはじめ、週2回の囲碁レッスンを受けており、現在8級です。

A君の快挙に対戦した大人達は皆さん苦笑いだったそうです。Bブロック3位の松山町文化協会 H会長(3段)も、「いつまでも粘るわけにはいかないし、負けは負けだから」と、悔しそうでした。話を聞いて、主人と私達は笑いましたが、「希望があり、明るいニュースだね」と、A君の優勝を喜びました。

A君は大変落ち着いて、まだ2年間しか囲碁を経験していないのに「囲碁」の基本をマスターし、頼もしく感じたそうです。

これからの活躍が楽しみです。

松山町公民館・老人福祉センターは、一日中「6歳の幼稚園児が大人を連破して優勝!!」の話題に賑わっていたそうです。

2006年お正月早々松山町は、厳しい寒さにも負けないで、楽しいニュースで盛り上がっています。


今日のガンディーの言葉 「我々は最大の努力ということに、どう名づけたらよいのでしょうか。割り当てられた仕事ではなく、自分のエレルギーを全て費やすような努力です。成功する事は、一般にそのような清純な努力に通じる事です。」

投稿者 jizai3 : 13:55 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 8日

松山町の消防団出初式と成人式

DSC00019.jpg
IMG_2766.jpg

今日は、松山町の大きな行事が開催されました。
午前中は、平成18年度 松山町消防団出初式がありました。町の羽黒神社で消防地域安全祈願が行われ、新役場の駐車場で出初式が行われ、午後には松山町青少年交流館で成人式が行われました。

今日は、午前中に平成18年度 松山町消防団出初式が新役場前の駐車場で執り行われ、消防地域安全祈願を羽黒神社で済ませた団員達が寒い中、来賓達が見守る中、団長の訓示などを受け、又、表彰状などの伝達を披露し、「火の用心」を三唱し、出初式を行いました。

平成17年度の火災発生状況の資料を見せて頂きましたが、近隣の市町村12の中で、松山町はゼロでした。ちなみに近隣市町村12の合計は128件でした。

市町村別救急出動状況は、松山町は、220件で、16年度より37件増えていました。

救急出動のおかげで人命は、たくさん救われていると思いました。

火事は個人個人、各家庭、学校、職場、、、、で気をつけることでかなり防ぐことが出来ると思います。

今年はいつもの年よりだいぶ寒く乾燥注意報も良く出ていますから一層気をつけなければと思います。

あなたです 火のあるくらし 見張り役」のスローガンを良く守り、火事を出さぬよう今年も気をつけようと思いました。

午後からは、松山町の20歳の若者達が、松山町青少年交流館に集まり「成人式」が行われました。

今年成人を迎える若者は、男性59名、女性33名 計92名です。

当日出席者は、72名だそうです。

各テーブルごとに松山町の成人たちが集い、来賓65名、恩師9名の方々から祝福を受けました。

女性の方達は全員晴れ着姿で、会場は大変に晴れやかだったそうです。

結婚をしている人たちも何人かいて、自己紹介では歓声があがったそうです。

家の孫のMも、大きな声で県外で元気に働いていることを報告したそうです。

今日の成人達は、同級生達との久しぶりの再会に時の経つのも忘れて盛り上がることでしょうが、事故
怪我などにはくれぐれも気をつけて、楽しい心に残る成人式にしてほしいと思います。

「中学時代の友は一生の友」と言っても過言ではないくらい大切です。

中学時代に人間性の基礎はつくられると思います。そして、その時の友が生涯の友人で、かけがえのない存在になります。未熟な時の友人には温かい思い出と懐かしさがあります。

これからはますます大人になって行きますが、松山町を離れて暮らす人も多くなると思います。

故郷松山町の思い出を大切にして、又、松山町最後の成人式を大事に思いながら一人一人自分らしく自分の人生を歩んで欲しいと思います。

「20歳 おめでとうございます!!」

<お知らせ>  松山高校硬式野球部員達、元気に松山町に帰って来ました。
          早速のトレーニング開始です。羽黒神社の階段 昇り降りでは、どのような正月を
          過ごしたか一目瞭然との厳しい言葉も聞こえてきました。
                                        「今年も頑張ろう!!」
          夕方からは、一堂に会して新年会だそうです。

今日のガンディーの言葉 「自分の実現が大きくなれば成る程、その人の進歩は大きくなるでしょう」

投稿者 jizai3 : 17:58 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 7日

厳しさを通してやがて身につくもの

DSCF0303.jpg

雪をかぶった庭は、松山町の刀匠 法華三郎信房宅の雪化粧をした庭です。
今年の寒さはひときわです。うんと厳しい冬を過ごした後には穏やかな季節が巡ってくるのでしょうか?
明日、成人式を迎える孫が帰省しました。たいぶ大人になったようですが、、、、少々心配君です。

今年の寒さは何時になく厳しいようです。

昨年の12月からもう何度雪が降ったでしょうか。

明日の成人式出席の為に帰省した孫が、ギャラリーにお土産を持参して顔を見せに来ました。

だいぶ大人にはなりましたが、まだまだ心許無いところのある孫ですが、元気な様子でした。

今度は車を買うそうで1月末に納車だそうです。

頭金は、貯金で支払い、後はローンを組むそうですが、「初めての借金だ」などと言っていました。

保証人なしで保証金はあるそうですが、自力で支払うそうです。「大丈夫?」と聞いたら、「ウン、大丈夫」との答えでした。

孫は、「俺は、技術屋だけど、修理のセンス悪くて、先輩達に迷惑をかけてるんだ。」と唯一の悩みらしきものをうちあけました。

私は、「Mは、小さな頃から不器用だったからそれは仕方ないよ。人間は不器用な方がいいよ。ただひたすらこつこつ努力をする方がいいんだよ。京子ママの幼稚園の先生だった時も、泣きながら保育をした人の方が良い先生になったよ。物事は苦労して覚えたほうがいいんだよ。」と言い、主人も「器用な人より不器用な方が時間をかけてしっかり覚えるからいいんだ。基本はしっかり時間をかけて正確に覚えろ。」と助言していました。

良く分からないのに分かったふりをしたり、出来ないのに出来るふりをしたり、、、最近は、虚勢を張る人が多い中で、Mは、思いがけず正直でした。

中学生の頃は、どちらかというとふりのポーズをする所があり、私は心配でしたが、働くようになったら、ずーと謙虚になったように思いました。

「今は出来ない自分を素直に認め、努力することさえ忘れなければ良いと思うよ」と言いました。

そして、主人は私に、「あと1年。石の上にも3年というから、もう1年の様子見だな」と言っていました。

Mは、今年20歳ですがこの孫の頃から、こつこつした努力を嫌い、出来ないのに出来ない自分を認めないで、たいした努力もしないで成績が上がることを望んだり、一生懸命の姿をダサイとか、正当な評価をしないのか、出来ないのか。、、、、理解に苦しむような中学生がちらほら出現してきました。

何でも身に着くには裏打ちされた小さな努力の積み重ねがあるのに、決して物事を正しく見ずに、うわべだけの上滑りのカッコつけが多く目についた学年でした。

しかし、現実社会ではそれが許されず孫の場合は、ありがたいことですが、初めてサラリーを頂きながら真剣に物事を学ぼうとしている姿を感じました。

孫は 「ゆとり教育を小学1年生から受けた弊害ってあるのかな」なんて言っていましたが、私は、大いにあると思っています。

しかし、ゆとり教育を受ける側よりも、ゆとり教育をする方の意識の違いが、流されやすく、意思の弱い子供達を育ててしまったように思います。

中身がないのに、プライドだけは人一倍強く、傷つきやすい人間を育ててしまったように思うのです。

何の努力もしないで何でも手に入ると思い込み、その思いのままに、行動を起こしてしまう短絡的な人間が増えたように思っていました。

バックボーンがしっかりしていれば流されることはないのですが、そうでないと犯罪や事件などに巻き込まれる可能性を持ち、将来を左右しかねない事にもなりかねません。

現実の自分をしっかり見つめ一歩ずつ、堅実な歩みをして、転んだら自力で立ち上がり、又、こつこつと一歩ずつ確かな歩みで歩き出す勇気を持って欲しいと思いました。


今日のガンディーの言葉 「虚栄心に浸れば、多くの困難が出る。」

投稿者 jizai3 : 13:33 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 6日

古川警察署より感謝状を頂いた小野寺京子

DSCF0349.jpg

今日の午後3時、古川警察署の3階会議室に於いて、古川署管内に住む地域の方で日頃、警察業務に協力をしている方への感謝状贈呈式が行われ、私も32人中の32番、最後に感謝状を頂いて来ました。
古川警察署 高島光男署長のご挨拶の後、皆さんで記念撮影をしました。

今日は、お天気も良く比較的温かく、古川警察署の3階会議室には温かい陽射しが差し込み、紅白の幕は、晴れやかでした。

お一人ずつ、椅子の後ろには名前が表示され今日の出席者は32名でした。

8人ずつ、4列で、32名の出席者でした。

始めに警務課長の号令で、各駐在所のおまわりさんや、警察署の関係者の方々が起立をしてから感謝状贈呈式は始まり、お一人ずつのそばに高島署長自ら出向き感謝状を手渡しました。

私は、ラスト32番目に感謝状を読み上げられ、ありがたく感謝状を頂きました。

主人は、昨年の7月1日に、感謝状を頂きましたが、署長自らそばに出向きお一人ずつ名前を読み上げ、手渡す姿を見て、感謝状は、壇上で手渡すのではなく、「感謝状を差し上げるという気持ち」を良く表わしていると言い、感心していましたが、私も全くその通りだと思いました。

署長の姿に深い感謝の気持ちが表われていました。

その後は、高島署長のご丁寧な挨拶があり、古川警察署が優秀検挙率を挙げたとして表彰を受けたという報告があり、又、年末年始は大きな事件事故もありませんでしたと、重ねて報告がありました。

その後は、署長と一緒に感謝状を頂いた方々と記念撮影をして感謝状贈呈式は終了しました。

今の時代は、地域を守る職業の人と、その地域で暮らす人とが、地域の安心安全の為にお互いが協力し合って「町づくり」してゆくことが求められている時だと思います。

2006年新年早々、私にとっては、ごくごく当たり前の事が、感謝状を頂く事になり、大変恐縮致しております。今後も、この感謝状に相応しい協力を続けてゆくつもりでおります。


警察署へ行く前に、古川のBook・OFFで、偶然、孫に会いました。

孫は、運転免許教習所へ通っていましたが無事合格し、今日午後2時に免許証が交付されるのだそうです。

私達の顔を見たら大きな声で、「じいちゃん、京子ママ、免許取れたよ!!」とニコニコして報告しました。

主人は「じゃー合格おめでとうのお昼を御馳走しよう」と言い、欲しい本を購入してからレストランへ行きました。

孫は2時から教習所へ免許証をもらいに、私は警察署へ感謝状をもらいに行くわけですが、主人は孫に「これは気をつけて運転しろよ。ということだから、じいちゃんの車を借りたければ自分でk保険屋の叔父さんにお願いして手続きの手配をするように。」と、話していました。

とても甘えん坊だった一番下の孫も、早いものでもう高校卒業間近かです。

就職も決まり、社員寮生活を心待ちにしている様子でした。

同じ高校からは、もう一人事務系で入社するそうですが、新しい仕事仲間、新入社員20人の人との交流を楽しみにしているようでした。

孫もいよいよ自分の足で人生を歩き始めるわけですが、ゆっくりで良いから、着実に堅実に自分らしく生きて欲しい思っています。


今日のガンディーの言葉 「一つの種から生まれる全ての活動は、同じ種とお互い混じり合う。」

投稿者 jizai3 : 20:27 | コメント (2) | トラックバック

2006年1月 5日

2006年 打ち初め式 ~火のありがたみ~

DSCF0330.jpg
DSCF0336.jpg

松山町の正月恒例行事 法華三郎信房氏の打ち初め式が松山町文化丁の法華三郎信房・刀匠の工房で午前10時より、町の関係者、法華三郎信房後援会会長、副会長、一般来場者、マスコミの人達の見守る中、羽黒神社足立宮司、法華三郎信房氏、栄喜氏の入場で打ち初め式は厳かに始まりました。

今日の松山町午前中の天気は、晴れでした。

いつもの松山町の正月恒例行事 「打ち初め式」は、小雪舞い散る中で執り行われることが殆どでしたが、今日は、雪なしの冬の晴天の中で行われました。

二十四節気の小寒の頃の行事で、法華さんの打ち初め式を耳にすると年が改まったことを実感します。

今日も足立宮司の祝詞の声が工房に響き渡り、古式ゆかしき儀式が静かに進行して行きました。

神様をお呼びする儀式から始まる降神の儀、祝詞、奏上、玉串奉天、そして法華三郎信房、栄喜親子により、たがねをたたいて火をおこす、採火、火入れ、第一追、鍛錬、そして昇神の儀で、打ち初め式は終わりました。

この打ち初め式の行事は、神様に火になってもらって刀匠が一年間の仕事を始める為の儀式だそうです。(法華三郎信房氏 曰く)

これらのことは、日本古来から伝わる伝統行事そのものです。

日本人の原点そのものを見る思いです。

人間の起源は 「火」からと言っても過言ではありません。

「火」に対する畏れは、人間性の現れでした。

ですから今日の打ち初め式でも足立宮司が火の神様に、刀匠法華三郎信房氏の工房に降りてきて頂き、火がついた後には、又、神様に戻って頂く為の儀式を、仰々しく行ったわけです。

現代人の生活様式の中では、すっかり失われたものが、法華さんの工房では生き続けていました。

だからこそ取材の価値もあるのだと思いました。

このような儀式を年に1度、目の当たりにするだけでも、普段は意識せず忙しさに追われて暮らしている現代を生きる我々は、古い伝統文化に触れ、そこから日本人としてのルーツを思い巡らします。

縄文、弥生の頃の人間達は、火を畏れていました。その中に、神の存在を見ていたのだと思います。

大いなる者を畏れ、敬い、崇めて日々を送っていたのだと思います。

そして火で暖を取ることを覚えた先人達は、どんなにかありがたく思ったことでしょう。

この時代の人達の心の中には、確実に神が存在していたのだと思います。

法華さんは、私達とおしゃべりをする時、良く「火の神様が、、、」という言葉を使いますが、いつも、人間としての原点を考える事を生業にしている人だけに普通の会話の中にもごく自然に出てくる言葉なのだろうと思いました。

伝統文化を継承することの難しさ、大変さは想像以上かも知れませんが、今の時代に、日本人の見失いそうな大事な心が生き続けている貴重な世界ですから、今後も大事にしながら、後継者に伝えて行って頂きたいと思いました。

昨日までの雪が降り積もった法華三郎さんの庭は、静かに伝統行事が繰り広げられる様子を見守っていました。


今日のガンディーの言葉 「神が我々の心の中に秘められているならば、我々は悪しき考えを留めらせたり、悪しき行為をする事は出来ない。」

投稿者 jizai3 : 12:06 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 4日

成長するということ

DSCF0299.jpg

この、ギャラリーの台の上に置かれている植物が昨日ご紹介した、私達夫婦と同じ歴史を持つ植物です。背丈は、丁度60cm(2006年、1月4日計測)ありました。下の15cmくらいの幹の所から急に手前へ細く伸び始めていますが、その頃はまるで成長がストップの状態で、その後は、ずーと順調で今日に至っています。

毎年の事ですが、年賀状の交換だけでお互いを確かめ合っている人達が何人かいます。

その人たちの中で何人かが、近況を知らせてくれますが、大きく生活の変化が表れている文章を目にする時がありますが、そんな時は、思わず書かれている内容と本人の顔を思い浮かべてしまいます。

今年の年賀状では、「ブログ毎日、見ています」という文章がたくさんありました。

その中には、「今度、思い切ってコメントを入れたいと思います」というような言葉もあり嬉しくなりました。

そんな中で、私の保育科時代の親友の年賀状には、「今度、友人達と障害者の作業所のお弁当屋を立ち上げました」というお知らせ文が書き込まれていました。

彼女は、3年ほど幼稚園で勤務しその後は結婚し、男の子を二人育て専業主婦でしたが納得できる仕事ならやりたいけど、、、、、と、言っていました。

子育て真っ最中の時に一度逢いましたが、その時の彼女の言葉が耳に残っています。

それは、「私は、幼稚園で何人もの子供達を見てきたけれど我が子が一番成長しないように見えてしまい、今まで見た誰よりも自分の子供が劣っているように見えて困る。」と、言っていました。

彼女は、学生の頃、成績は良いし優等生でした。

旦那様もすごく優秀な方でしたので私はその時、「優秀な人は、出来ない人の気持ちが分からないから
我が子の小さな成長を見逃さないように、優秀な母親って意外と大事なものを見落としがちだから、気をつける事ね。人の子供を育てる時には客観視出来ることも、自分の子供となると客観的になれなくて、見えなくなる気持ちは理解出来るけれど、S子のように、他の子供と比べて我が子が劣って見えるという気持ちは、危険よ。」と言いました。

「自分の子供のついた嘘を信じてしまうような愛情も必要だと思う」と、言いましたが、その時、「私なら見抜くわ」と答えました。

彼女は、冷静でいつも落ち着いていて非の打ち所が無いような人でしたので私はかえって心配でした。

でも、だいぶ経ってから、「京子に言われたことに気をつけて子育てをしたのよ」と言い、旦那様にも、「人にはそれぞれ、その人に合う成長があるから、我が子でも人格的には一人の独立した人間だから、個人の成長をストップする事だけは止めろよ。一人一人、自分の持って生まれたものを活かして生きればそれで良いのだから。」と言われたのだそうです。

S子は、「今の私、子供の成長にストップかけていないわよね。」と、常に自問自答しながら子育てをしたそうです。

子供達は、それぞれに大きくなり、すっかり親の責任は果たしたと3年ほど前に言っていました。

今回の仕事は、きっと彼女の納得できる仕事だったのだと思いました。

横須賀の海の香りのする町で、彼女はお弁当屋さんの仕事に精を出しているのだろうと思いました。

あのリビングに置いてある植物のように、一時は人の目には成長ストップと映っても、枯れることなく、何ヵ月後には、又、スクスクと伸び、これまでとは異なる育ち方を始めるものもあるのです。

人間だって一人一人皆、違うのですから同じように成長をすることはないわけです。
私達大人は、個の成長を妨げないようにする配慮だけは、心がけなければならないと思いました。

今日のガンディーの言葉 「個性化できない教育は価値が無い。」
                             「個人性を失う人は、全てを失う。」

投稿者 jizai3 : 16:10 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 3日

逞しい生き方

DSCF0293.jpg

昨年の暮れに頂いたシクラメンが大変元気に蕾を次々に開いています。
歌のお友達が、石巻の老人ホームで育てたものを私達に下さいました。頂いた時には、殆ど蕾なし状態でしたが、2006年になったとたん、ピンクの色が濃くなりとても元気に次々に開きだしました。

いつもいつも植物からは、いろいろなことを学んでいますが、毎朝、ギャラリーでお花達に「おはよう」と声をかけると、昨日とは違う顔を見せてくれるのでとても嬉しく思います。

私の人生で今が一番忙しいように思いますが、「お花」を観察したり、毎日水をやったりしていた時間は、これまでにはあまり、なかったように思います。

せいぜい切花の水を取り替えるくらいで、余り植物の変化などには無頓着で生きてきたように思います。

最近は違います。観察して主人と二人でよく感激しています。

主人の大病のせいでしょうか。

「命」ということを考えるようになりました。

人の命、植物の命、ものの命、、、、、以前より何でもいとおしさを感じるようになりました。

主人もそうですが、植物を良く見るようになり、いろいろな気付きを私に教えてくれます。

自宅のリビングに結婚した時に買った南国の植物があります。

テーブルに置ける小さな植物ですが、背が伸びて、又、緑の葉をつけています。

枯れて葉が一枚落ちると、しばらくして、小さな芽が出て葉が又、一枚つきます。

その繰り返しで、今朝も又、小さな目を3つほど見つけました。20年間も水だけで元気です。

一度だけ、葉が全部枯れて木だけになり、捨てようかと思いましたが、何となく生きている感じがしたのでそのままにして、水だけをやっていたら、3ヶ月くらいして小さな緑の棘のようなものが出てきて、それからは又、ぐんぐん伸びています。

木の丈が高すぎて少々不安定ですが、とても元気です。

いつも見ていますが、いつも逞しさに感激しています。

主人も「植物の生命力には教えられる事が多いな。」と、よく言います。

私も、何があっても命ある限りは、逞しく生きてゆきたいと思います。

現代人がひ弱になったように感じますが、生きる上で、逞しい精神力は不可欠要素です。

かけがえのない人生を自分なりに逞しく生きてゆけることは幸せなことだと思います。

自分を発揮し、真の意味において個人を尊重する生き方をそれぞれが選択できたらと思います。

今朝は、本当に素晴しい可能性を感じる若者から嬉しい年賀状が届きました。

寒い八甲田山を見下ろすところで勉強中の身ですが、やがては大きく飛躍できる人物として将来を楽しみにして、私達が応援している大事な人です。

リビングにある植物のような逞しさを寒い青森で身に着け、雄大な八甲田山からいろいろなことを吸収して、自分の天職ともいえる仕事に活かし、大勢の人々に多くの事を伝えて欲しいと願っています。


今日のガンディーの言葉 「目的を唯一にする事に依って、どんな物事も完遂することが出来、一意専心
一つの事に集中する人は、最終的にどんな事でも出来る能力を得ることが出来るだろう。」

投稿者 jizai3 : 11:26 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 2日

松山町の2006年がいよいよスタート

IMG_2739.jpg
IMG_2745.jpg

昭和40年から始まった松山町の元旦マラソンのスタートの様子と、元旦ウオーキングの様子です。
近隣の町からの参加者も多く、今年で40回を迎えました。今回は大雪の後なので、ランナー達は、車道を走ったそうです。

松山町の正月恒例行事、元旦マラソンと元旦ウオーキングの写真です。

近隣の町からも大勢の人たちが参加して賑々しく開催されました。

昨年だけがお休みで、元旦マラソンは今年で丁度、40回を迎えたそうです。

松山町の元旦マラソンはチョッと有名で、他町村からの参加者も多く、寒い中、賑やかでした。

雪道でのウオーキングにも参加者が募り、大人から子どもまで楽しい元旦行事を楽しんだそうです。

来春の新市「大崎市」を目前にして、松山町の最後の正月恒例行事になったようです。

今年のNHK大河ドラマは、司馬遼太郎さん原作の「功名が辻」だそうです。

私が原作本を初めて読んだのは、だいぶ前の事ですが読み終えて大変理想的なご夫婦だなと感じたことだけは良く覚えております。

愚直で、真っ直ぐな一豊と、明るく、夫を励ますことに特殊才能を持つ妻千代が、お互いを求め合い、お互い協力し合い、戦国時代を逞しく生き抜いて行く物語ですが、放映が楽しみです。

現代は、いろいろな問題山積時代で、戦国時代と似ているという人達も沢山います。

そんな中で、私は常日頃思っているのですが、人間関係の基本がおかしくなってきたこと、夫婦も含めて男女の間柄がいい加減になったことに原因があると思います。

男女関係の乱れは、全ての世の中の乱れに通じると思います。

世の中を生きる上で一番、根になるのは、男と女の間柄です。ここが不誠実になると家庭はおかしくなるし、人間関係に亀裂が生じてきます。

個人としての男女の間柄が人間関係の基礎だと思うのです。

人間関係の原点は、一人の男性と、一人の女性の出逢いから縁が生じて全てが始まると思うのです

出逢いを大事に、取り持つ縁を大事にして生きる生き方を良く考えるのに「功名が辻」は、きっと私達に
いろいろな事柄を気付かせてくれ、自分の一番身近にいる人間を改めて見直すことを導いてくれると思います。

2006年は、いろいろな出来事を足元から見直す事を求められる年だと思います。
身近なことを良く見つめ直し、再確認をする事が求められる時だと思います。

良く見つめなおせば、自分で気付くことがたくさんあると思います。

2006年が良い年になるように、もう一度自分の足元をしっかり見つめ直し、確実な一歩、一歩を踏み出す事が出来たらと思います。


今日のガンディーの言葉 「どんな小さな悪いことでも、不真実は、一滴の毒がミルクと混合するように人を駄目にする。」

投稿者 jizai3 : 17:12 | コメント (1) | トラックバック

2006年1月 1日

新年あけましておめでとうございます

DSCF0290.jpg

新年あけましておめでとうございます。
2006年、1月1日 新しい年の幕開けです。今年はどんな年になるのでしょうか?
JK-blogをご覧の皆様方の健康とお幸せを心からお祈り申し上げます。本年も宜しくお願い致します。

2006年がスタートしました。

ギャラリー、新年最初のお客様は、お隣の小牛田町の後藤一蔵先生です。

主人と二人で後藤先生の話をしていたら、「あけましておめでとうございます」と、後藤先生がいらっしゃって、3人で「今年はきっと良い年になりそうですね」と言って初笑いをしました。

後藤先生は、「今年、松山町は、大崎市になるから、地域見直しの良い時に合併をして良い形での船出が出来ると思いますよ。」と、とても素晴しい言葉を贈って下さいました。

「地域防災」を根底に置き、地域を見直してみると地域共同体の新たな人間関係が築けると思います。
何と言っても人的環境は一番大事です。
地域は、そこで暮らす人々との信頼関係が、いろいろな問題を解決する糸口になると思います。

後藤先生は、「私は、松山町の町民ではありませんが、準松山町民のつもりで、松山町のことをご一緒に考えて行きたいと思います。」と、大変心強いお言葉を頂き、新年早々大感謝です。

後藤先生は、「防災」ということについて、ご自分のHPで、論文をたくさん発信なさっています。

月に1度の割合で更新なさっています。各町の区長さんなど、防災責任者の方がご覧になると大変参考になると思いますので、是非ご覧頂きたいと思います。

       *「後藤一蔵」(ごとういちぞう)で、簡単に検索できます。

今日平成18年1月1日 元旦に、「自在窯&ギャラリー」のHP 新着情報でタヒチ大統領府招聘事業
「ネオ・ジャポニズムinタヒチ2006」のことをお知らせしました。

2月に地上最後の楽園と言われている「タヒチ」で、両国の友好親善の集大成として、文化交流事業が開催されます。

タヒチ日本芸術文化大賞選抜展の開催です。

会期は2006年2月14日~17日 
会場はパペーテ市庁舎です。

南太平洋の真ん中に浮かぶ島、フレンチポリネシア・タヒチ。

ゴーギャンがパリを離れ最も愛したコバルトブルーの海と紺碧の空、見事な珊瑚礁、高くそびえる山々。

人は、タヒチを「最後のユートピア」と呼んでいます。

2004年に初めて南国タヒチで「タヒチ日本祭り」を開催し、成功裏に終り、今年2006年・2月に文化交流事業の集大成を迎えるのだそうです。

パペーテ在住のゴーギャンのお孫さん、マルセル・タイ氏からも日本芸術を歓迎するというメッセージが送られてきました。

今回は、辰砂壺「豊穣」を出展します。

来春「大崎市」になる松山町ですが、新市大崎市の基幹産業の米作りを彷彿させる張りのあるフォルム
「米びつ」を連想させる壺で、小野寺重一の農機具販売店経営者として総括の意味が込められている、
「実りの秋」収穫の感謝を現わしている作品です。

「豊穣」が、地上最後の楽園 タヒチの人たちからも収穫の喜びを共感して頂けたら幸いです。

世界中、何処ででも食物が実り、収穫できることはハッピーな出来事です。

食は、生命につながる大事な人間の営みです。その営みを大事に想う優しい心が、人間性回復の萌しだと思います。

2006年は、こんなことをもう一度、原点に立ち返って考える年にしたいと思います。


今日のガンディーの言葉 「我々は、善良な人たちの友を探しています。何故なら善良な人たちの集まりは、我々の精神の糧だからです。」


投稿者 jizai3 : 16:21 | コメント (2) | トラックバック