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2006年10月31日

松山に遡ってきた鮭に想うこと

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まるで桃源郷のような雰囲気を醸し出す、大崎市松山次橋地区です。松山でも一番美味しいお米が採れると言われている静かな森に囲まれた処です。産卵を終えた鮭の死骸です。先日の大雨で、松山の川にも鮭がやって来ました。気が遠くなるような長旅を終え、精根尽き果てた鮭の姿に何を感じますか?

「松山に鮭が遡ってきたよ。」と警察の泉所長に教えられ、一番奥まっている大崎市松山の次橋地区まで出掛けてみました。

今日も素晴しいお天気で、暑いくらいでした。

次橋地区までの小川を何度も眺めながら鮭との出会いを求めて小川を覗き込みました。

泉署長は、「40,50匹はいたよ。」と話していましたが、何匹かの使命を果たして朽ち果てた鮭の死骸を見つけましたが、たくさんの鮭と出会うことはありませんでした。

先日の連日の大雨で松山にも鮭が遡ってきたのだろうなと思いました。
鳴瀬川へ帰るつもりだったのでしょうか。

小さな頃、鮭の習性の話を聞き、なかなか寝付けなかった時のことを想い出しました。

成熟した身体をぼろぼろに傷つけながら、命がけで自分が生まれた川に戻り、産卵し、産卵が終えれば、その生涯を閉じるという話に大変ショックを受けました。

「どうして、傷つきながら戻るの?」と聞いたら、母は「それは、鮭の習性で自分ではどうすることも出来ない事で、きっと、神様が決めた鮭の人生なのでしょうね。」というようなことを答えてくれました。

「戻らないで、大きな海とかに泳いで行くことは出来ないの?」と言ったら、「出来ないのよ。自分の生まれた川に戻る為に生まれて来たのだから。」と言い、「生まれた時から決まっている定めには逆らえないのよ。どこかに勝手に泳いで行くことはしない。命がけで自分の生まれた川に戻り、産卵したら鮭の生涯は終るの。」と、厳しい顔をして説明してくれました。

なかなか納得できず、、、、。自分でも百科事典で調べたり、友達と何日も鮭の話しをしたりした、昔々の自分を思い出しました。

主人も鮭の生涯を初めて知った時、涙したそうです。

今日は鮭と会う為に次橋地区まで川に沿いながら、車を走らせましたが、鮭の生涯を考えながら、我々人間の生きざまをも考えてみました。

ごまかし、不正、偽造、、、、、の人間社会の思わしくない事件が立て続けに次々起こっています。

「人間の社会に起きている、今の思わしくない連鎖現象」は、生命の神秘を疎かにしている現代人への警告のような気がしてなりません。

鮭の命がけの産卵行為には、何のごまかしもありません。

自分の生まれた川へ回帰し、産卵を果たして閉じる生涯を目の当たりして、我々人間も人間性の原点回の心に立ち帰らないと、命の繫がりを切ってしまうのではないかとさえ思い、大変心配になりました。

今日は、漠然とした不安を感じました。

鮭が遡る川は、海から森へと命を繋ぐ道で、森は海からの贈り物と言われていますが、今日は、小川に沿いながら、次橋地区のこんもりとした森まで行き着いて、この言葉の真理を悟りました。

生命の鎖は、繋がっています。この鎖を断ち切らないようにして、次世代へ渡す義務を、今を生きる我々は背負っているのです。

嘘、偽りのない、傷だらけの鮭の人生から生命の深い営みの真実を思う時、私達人間が果たすべき役割は、この尊い命の全ての鎖が切れないように、知恵を絞って、尊い命の営みを維持して、繰り返せるような生命の螺旋をしっかりと繋ぐことだと思います。

この城下町の松山で、鮭の遡り人生を見るとは思いませんでしたが、松山に暮らす人々のところに鮭がやって来たことが、嬉しくもありました。

それぞれに自分達の原点と思うべきところに帰して、もう一度自分の足元を見つめ直し、生きる勇気を持ちたいものだと思います。原点回帰の心は、人間性回復に繋がります。

人間性を忘れた人生は、空しい人生です。生きている限り、人は何度でも生き直せると思います。
生き直す勇気を持ち、恥ずかしい生き方を改める勇気を持つことが大事だと思います。

そうすれば、そこから、又、再び明るい未来へ繋がる道を歩くことが出来ると思うのですが、、、、、、。


                           <お知らせ>

          松高ナインは、11月3日~5日まで、長野遠征練習試合に出かけます。 
                   2泊3日の5練習試合になるそうです。
                   11月の長野は寒い時期だと思いますから風邪に気をつけて実り多い
                   遠征練習試合を実践して来てほしいと思います。

今日のガンディーの言葉
「神の法に従う人は、神に反する他の法に、決して注意を払うことをしない。」
「忍耐を失う時、非暴力を失うと同様、真理を失う。」

投稿者 jizai3 : 14:19 | コメント (1)

2006年10月30日

11月は文化祭が花盛り・大崎に本格的な秋がやって来ました

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ブログ写真は、お茶の花とお茶の実です。夕べ遅くに主人の同級生のOさんから頂きました。今朝、ギャラリーに出勤したらきれいな花びら一枚とお茶の実が二つ、テーブルに転がっていました。きれいな花びらなのでもったいないと思いました。お茶の実は、まるで椿の実そっくりでした。本格的な秋の到来です。

10月も、あと一日を残すだけとなりました。

私が暮らす大崎市では、旧一市六町・七つの文化祭が、華々しく開催されます。

大崎市松山では、『大崎市記念事業 第一回 松山文化祭』が開催されます。

舞台発表は、11月5日(日)9:30開演 大崎市松山青少年交流館
展示発表は、11月11日(土)10時開会~11月12日(日)9時開会 大崎市松山体育館
           11日は、同時間帯で、第三回「松山邑まつり」も開催されます。 松山酒ミュージアム

ふるさと歴史館企画展  魅惑の低音歌手「フランク永井展」が開催されています。
                展示期間は、10月21日~1月21日までとロングランの展示となります。

前回の企画展も大好評でしたが、今回は、フランク永井氏のお姉さまよりの寄贈で、頂いた数多くの展示物を見ることが出来ます。往年の魅惑の低音歌手フランクさんを懐かしんで頂ける楽しい企画展になる事と思いますので、是非、松山出身の昭和のトップスター・フランク永井さんの愛用品なども合わせてご覧頂きながら、懐かしい歌声に耳を澄ませて頂きたいと思います。


大崎市松山のこれらの行事は、大崎市松山文化協会主催・大崎市松山公民館主催によるものが殆どですが、合併をして、ますます地域文化の伝承に力を入れている様子が感じ取れます。

大崎市松山のまちづくりの核をなすものが何であるか、何を大事に地域づくりをしてゆくか、地域課題に対して真正面から向き合う良いきっかけにもなりますし、松山の文化を足元から見つめ直す良い機会でもあると思いますので、じっくり時間をかけて本格的な秋の行事を楽しみたいと思っています。

11月には、文化の日、立冬、七五三、勤労感謝の日、、、、本格的な秋の行事が盛りだくさんです。

毎日追われるように忙しくして今年も終るのでしょうか?

あっという間に私の一年は通り過ぎようとしています。流されずに、主体的にと思っている私です。


今日のガンディーの言葉 
「単純の中で大きさがあるように良き事は存在している。決して豊かさの中ではない。」

投稿者 jizai3 : 14:22 | コメント (1)

2006年10月29日

10月最後の日曜日は、野球日和

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今日は昨日同様、古川工業グラウンドにおいて、大崎地区1年生大会が行われました。 連投の1年生投手佐藤君が頑張り、松山の9名の1年生選手達が活躍しました。古川学園には8:10で負けましたが、面白いゲームでした。午後は松山球場で古川工業と練習試合でした。9:8で逃げ切り、勝利しました。

10月最後の日曜日は、天気予報はずれで、昨日より温かく、素晴しいスポーツ日和、野球日和でした。

大崎地区1年生大会は、佐藤投手が連投で大活躍しました。

今日は、佐藤君が打たれて奪われた点数でなく、エラーで取られた点数が殆どでした。やはり試合経験不足が目立ちましたが、、、、、慣れる事以外には、ないことでしょうが、点数を取り、勝っていても反撃されると落ち着きを失い、守りのミスが出てきてしまいました。

シーソーゲームのように試合が展開し、見ていては大変面白いゲームでした。

ちょっとのミスで点数が入ってしまうので、きちんと守ることの大切さが、強いチームの条件なのだと思いました。でも、1年生はバントがとても上手だと感心しました。上げるバントがなく、転がすバントでした。

これからも、どんどん練習試合などに出してもらうように頑張ってほしいと思います。

氏家野球は、頑張る子供たち、全てにチャンスありですから、レギュラー目指して頑張ってほしいと思いました。

午後からは、球場を松山に移して、昨日同様、古川工業と練習試合を行いました。

両チームとも良く打ちましたし、ちょっとしたチャンスを逃さず頑張りました。それから、両チームとも投手交替が度々あり、最終回、9:8で松高ナインは逃げ切り、勝利しました。

勝っていても、追いつかれそうになり、ハラハラドキドキの練習試合でしたが、面白いゲームで、今日は、
二試合とも楽しめました。古川工業の選手達も良く声を出し、最後まで粘りましたが、最後のピッチャー杉山君が抑えて、1点差で勝ちました。

子ども達は、秋空の下、精一杯のプレーを見せてくれました。今日は、選手達の家族も多く、おじいさん、おばあさん、小さな子ども達などもいて応援席は賑やかでした。

今日は素晴しいお天気で暑いくらいでした。さすがに夕方は少し寒くなりましたが、スポーツ日和の秋の一日は、静かに暮れて行きました。それにしても氏家監督の声は球場に響き渡り、気力が充実してることが伝わってくるような張り切りでした。

還暦を迎えた松山の氏家監督は、すこぶるお元気なご様子でした。


今日のガンディーの言葉 
「正しい人生を送っている人に結果として生じることの満足感は、その人の健康を増進し、長命に繋がるということである。」

投稿者 jizai3 : 17:14 | コメント (0)

2006年10月28日

幼馴染同士の結婚披露宴に出席して

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今日は、幼稚園教諭の時の教え子同士の結婚披露宴に御呼ばれをして、多賀城まで出掛けました。
幼馴染同士の結婚式でした。新郎は、高校時代にはラグビー選手として活躍し、又、現在は、草野球の選手でもあり、スポーツマンです。新婦は、子供服のデザイナーをしています。友人大勢の宴でした。

今日は、久しぶりに主人とは、別々の行動で一日を過ごしました。

大崎地区1年生大会は、松高対古川黎明高は、6:0で松山が勝ったそうです。
その後は、古川工業のグラウンドで古川工業と練習試合をし、4:3で勝ったそうです。

明日の1年生大会は、同じ古川工業のグラウンドで10時から古川学園と闘うそうです。
その後は、松山球場へ試合会場を移して古川工業と1:30から練習試合をするそうです。

今日は、たくさんの方々が応援にいらして下さったそうですが、明日も宜しくお願い致します。

私のほうは、新婦恩師としてお招きを受け、結婚披露宴に出席しました。

新婦は、この前亡くなったばかりの園長先生の孫で、テーブルの方々とも、「園長先生に花嫁姿を見せたかったわね。」と話しました。

とにかく、新郎新婦とも共通の友人が多く、お仲人さんなしの結婚披露宴で、雛壇には新郎新婦だけでしたが、友人仲間をメインにした賑やかな披露宴でした。

よさこい、歌あり、、、、最後は、二人の為に、草野球の仲間がCD作成してお祝いしました。総勢20名くらいの野球仲間が自分達で作詞作曲編曲を手がけて歌ってご披露し、大変素晴しい贈り物でした。

その時に、二人の幼い時からの写真がたくさんスクリーンに写し出され、それを見た時に、子供の頃のおとなしかった新郎を思い出しました。新婦は、東京でデザイナーとして活躍していましたが、5年ほど前に帰郷し、仙台の子供服の会社に入社し、現在も全国展開をしている、有名子供服のデザイナーとして働いています。

会社の社長の挨拶では、新婦は、結婚後も働くそうなので、新郎の理解を求めたご挨拶をしました。

新郎新婦のご両親たちは、新郎のやんちゃで、我が儘ぶりを心配していました。本当に子どもがそのまま大きくなったような雰囲気でしたが、新婦は、そのような新郎が好きな様子で、世話女房という感じでした。苦労しそうな気もしましたが、、、、、。彼女はとても包容力のある女の子でしたし、すごく優しい子でしたが、今も変わっていない様子で、彼を温かく包み込んでいるようでした。

それから、今日の披露宴では、よくTVに出演している、有名な平塚シェフがご挨拶し、お献立の説明をしました。本当に素晴しいお料理でした。

山陸海の幸サラダに亘理産の苺ソースは、見た目もきれいでしたし、香りも良く素晴しいソースでした。
あとは、松茸入りのコンソメスープ、パイ包み焼きは上品なお味でした。その後には、甘鯛のポワレと気仙沼産のフカヒレのマリヤージュも素晴しいものでした。和牛のステーキもフォアグラをのせた最高のステーキでした。アイスクリームやデザートも本当に気を配ったものでしたが、平塚シェフは、「新郎新婦からのリクエストに、精一杯応えたお料理です。」と、話してくださいました。

元、同僚の先生も、「最高のお料理ね!」と、満足していましたが、本当に心に残るお料理で、帰って主人に話しましたら「そのうち、僕にも御馳走して下さい。」と、言われてしまいました。


帰り際に、新郎には「彼女を困らせないようにね。」と言いましたら、真っ赤な顔をして「ハイ」と、答えてくれました。同僚だった先生は、「二人ともあんなに共通の友人がいるのだもの、何かあってもきっと乗り越えられると思うわ。」と話していましたが、私もそう思いました。

新郎のお兄さんも「京子先生、久しぶりです。約30年ぶりですね。」と言い、彼の奥様と子ども達を紹介してくれました。彼は私のことを「分かりますよ。京子先生の面影あるもの。」と言ってくれましたが、私は、お兄さんの子供の頃の顔は覚えていたつもりでしたが、まるで違うので、驚いてしまいました。

でも、今日の御呼ばれはとても嬉しく、感激でした。

新郎新婦が恋愛感情を抱き始めたのは、3年ほど前だそうですが、、、、、幼い時から赤い糸で結ばれていた二人なのだと思いました。是非、良い家庭を築いてほしいと思います。

結婚式披露宴は、いいなと思います。明るい未来が感じられます。

今日は幼稚園時代の恩師として御呼ばれしたことが大変嬉しく先生をしていて良かったなと思いました。


今日のガンディーの言葉
「純真さが、自分の本性のなかに深く沁みこんでいれば、純真さは影響を受ける。」

投稿者 jizai3 : 19:03 | コメント (1)

2006年10月27日

「国際平和美術展 in メキシコ」の終了報告を受けて

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今朝、国際平和美術展 in メキシコの終了報告の会報や展示会場の様子の写真、出展目録などの配布物が届けられました。この平和展は、日墨協会50周年の記念行事として行われたものでした。9月24日に無事閉幕したそうです。現地メキシコの熱烈な歓迎を受け、盛会裏のうちに終了したそうです。

展覧会場のメキシコ州立近代美術館は、広大な敷地に佇むソンブレロをかたちどったモダンな建物で、周辺には図書館や文化センター大学などが集まる広大な文教地区としてメキシコ国民の憩いの場所になっているところで、初日から大勢の来場者で賑わったそうです。

開催前から、20社以上、30件を超えるマスメディアが、今回の国際平和美術展を取り上げ、メキシコ全土に知らせてくれたおかげで、大勢の来場者で賑わい、メキシコ州立近代美術館で過去最高の集客数を記録したほどの盛況ぶりだったそうです。

国際平和美術展の理念は、「芸術を通じて未来の平和を願う心」です。

今回の会報には、この美術展の理念と、メキシコ壁画運動の精神と重なり、訪れたすべての鑑賞者に共感を呼び、平和運動のさきがけ壁画大国メキシコに大きな礎を築く貴重な展覧会になったことは素晴しい事だと思いました。

来場者の年齢は、さまざまでしたが、子どもたちも多く目立ったそうです。

たくさんのメッツセージが寄せられましたが、「アートは、言語の壁確かに越えられるものと思いました。」
「平和は各国の文化交流によって実現可能なものと知りました。お互いの無知が戦争を生むのだと考えさせられました。」「素敵な作品が多かったので、その作品の詳しい説明がほしかった。」「もう少し長い期間の展示にしてほしかった。」「日本が好きになりました。行ってみたいです。」、、、、、。

とても熱いお国柄で、異国の文化を全身で楽しもうとする姿がありましたとの報告があり、メキシコの壁画運動は、芸術がもつ力を歴史的に証明した一大運動であり、現代を生きる人々にも通じる「平和を愛する心」をアピールしています。

平和が大事の力強いメッセ-ジは、これからも全世界に発信して行かなければならないことです。

ダイナミックな壁画と日本人の作品が共存しあっての感動的な展示風景だったそうです。

主人の「豊穣」を見入っている写真がたくさん届けられましたが、弥生時代を思わせる実りの秋の情景が浮かぶ日本的なフォルムがメキシコの方々からは、大変受け入れられたそうでした。

何処の国でも、農作物の収穫を喜ぶ気持ちは、共通で、収穫に対しての感謝を現わしていますと言うと
皆さんがうなづいてくれたそうで、嬉しい報告を受けました。

本当に現地出席できなかったことが悔やまれました。


<お知らせ>

明日28日(土)  大崎地区1年生大会 古川工業Gで10時から 松高対古川黎明高
                 ”””応援声援宜しくお願い致します。”””

1年生大会は28日、29日です。 決勝戦は、11月3日という予定です。

時々問い合わせがありますが、松山球場での練習試合は、10月11月の土日は殆ど入っておりません。
但し、平日の練習は、午後4時頃からやっております。
土日は、別日程の野球の試合が入っていて地元の松山球場は使えないようです。


今日のガンディーの言葉 
「美しさは外観にあるのではなく唯一つ、真理の中にあります。」
「種と同様に行動することは、結実するには時間を要する。」

投稿者 jizai3 : 12:18 | コメント (1)

2006年10月26日

病を克服して得た幸福感

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ブログ写真は、大崎市松山竹の花地区のメイン通りです。今日久しぶりお逢いした人が、「竹の花地区のコメリーの後ろ側に家がたくさん建ちましたね」と驚いていました。今日はお天気も良く秋晴れで気持ち良い一日でした。私が嫁いだ頃は、田んぼだった所ですが、本当に立派な家が立ち並んでいました。

久しぶりにお逢いした方は、病気をして大変な日々をお過ごしのようでしたが、健康になられて今はとてもお元気そうでした。

主人の病気のこともご存知でしたが、「何処もなんともないようだね。」とお互いの現在の健康に感謝していました。やはり病気をすると人生観が変わるそうで、共通点がたくさんありました。

その人は、竹の花地区の変化を驚いていました。

「俺がいつも松山に来ていた頃は、田んぼ、田んぼだったのに、ずい分変わったね。小野寺商会さんも大変化を遂げたけど。陶芸をやるなんて想像も出来ない。これ全部、会長がつくったの?、、、、信じられないなぁー。」と驚きの声を上げ、話していらっしゃいました。  10年一昔という言葉は本当のようですね。

いろいろな昔話と、健康の話しをしました。

「ブルーマンディー症候群」の話なども興味深く聞きました。

月曜日は、人身事故が多く、交通機関の乱れも多く、工業製品の故障も多いのだそうです。

そして、月曜の朝には、血圧も高く、動悸やめまいなどで会社へ行きたくても行けなくなる人が出て、数にするとそのような症状を訴える人が、他の曜日より多いのだそうです。

月曜日は、現役世代の人が影響を受けやすいのだそうです。

憂鬱な月曜日を乗り切るには「日曜日の夜を楽しく充実して過すこと。」だそうです。

翌日の仕事のことをあれこれ考えないで、日曜ごろ寝をしないで、適度に身体を動かし、楽しいお休みを過ごす事が一番ということでした。

私も若い頃を振り返ってみると、分かるような気がしました。

今はこのような症状が高じると、簡単にうつ病などになってしまうことがあるそうで、今日お逢いした、Mさんは、とにかくじっとしていられなくなり、新聞も、テレビも、読書も駄目で、歩き回っていたそうです。でも、うつ病の診断を受けてから3ヶ月間で病気を克服したそうですが、早く病院へ行ったことが良かったそうです。

「今は、薬や点滴でかなり良くなるから。我慢しないことだよね。私の病気の原因は、内科の治療の為の絶食が、ストレスになったことで、食べたい気持ちを押さえ込むのは、すごいストレスになるね。」と話してくれました。

「元気に食べれて美味しいと思えることが最高に幸せだよ。」、とにこやかに話してくれました。

大変良く理解出来ました。本当に元気なことは最高ですね。

私は、最後に「Mさんも、重一さんも70歳過ぎてから仕事が出来る事は本当に素晴しいことですね。」と言いましたら、二人とも「本当だね。感謝だね。」と、ニコニコしていました。Mさんは「お客様から電話をもらう時が最高だね。」と言い、「古川方面へ来た時には、又、お邪魔しますよ。」と話してお帰りになりました。

大病をしても自分の回復力を信じて、前向きに生きる姿を見て、心強く思いました。

やはり、私は、一生懸命に生きている人間の姿はいいなと思いました。


今日のガンディーの言葉 
「経験を積めば積むほど、人間自身が不幸と同様、幸せの源泉なのだと実感する。」

投稿者 jizai3 : 18:12 | コメント (1)

2006年10月25日

煩わしさの中で生きる現代人

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私が、怖さを感じた、たくさんの木々の生い茂った、うっそうとした森の入り口です。あまりの雰囲気の違いに驚き、恐怖を感じ、立ち入れないものを感じてしまいました。人間はいい加減さ、曖昧さ、適当さ、、、を持っていますが、自然はそのようなものは持ち合わせていず、毅然たる姿を保って廻っていました。

昨日、銀行のATMでお金を下ろしたら、暗証番号を変えて下さいとメッセージが出ました。

だいぶ前にも、暗証番号を変えるよう言われましたが、以前、主人が入院した病院の郵便局のATMでお金を下ろしたら、暗証番号を間違えてしまいました。そうしましたら、大きなブザーが鳴り、ガードマンが駆けつけ、私が「暗証番号を間違えてしまって。」と言いましたら、「でわ、押し直しをして下さい。」と言われ今度はきちんと押して大丈夫でしたが、、、、、、数字は間違いやすいので、間違いの少ない番号でと、思っていたので、なかなか直せませんでした。

でも、主人に話したら、「機械も心配する世の中なのだから、素直に従うべし。」ということで直しました。

数字に関しては、北京の西太后の別荘で転びそうになり、転ばず左手を大きな木にぶっつけて打撲し、左中指が内出血を起こした時に、北京で医者にはかからず、日本に帰り、関西空港の医務室で見てもらいました。その時の保険証の番号ミスで、受け付けの人から「小野寺さんは、真っ直ぐ宮城県へお帰りですか?」と、3,4回聞かれ、後日、保険証の番号ミスがあったことが判明し、「数字・番号」に関しては、良い思い出がないので、、、、、、あの時もし、北京で番号ミスの保険証を使用したらと思うとぞっとしました。ですから番号変えは、とても億劫でした。

でも良く考えれば、それだけ多く、不正なことをして事件が起きていることの証でもあるわけです。
「私は、大丈夫。」と思うことの危険性がたくさんあるなと思いました。

人間は悲しいかな間違いの多い人生を生きる生きもののようです。

私自身を見ても良く失敗をしたり、間違ったりしています。でも、気をつけていますし、反省もします。

しかし、気をつけていても再び間違うことがあることも事実です。

自分では、取り返しのつかない間違いでなければ、人生を生きる上で、失敗を恐れることはないと思っていることも本当です。

あの森が持つ毅然たる様子、近寄りがたい空気は、過ちを犯すことのない者だけが持つ威厳のようなものなのでしょうか?

大自然の厳しさを目の当たりにする時、自分の心が弱っている時などは、人間世界のいい加減さが心地良くさえ感じてしまうことがあります。しかし、自然は、太古の昔からの厳しさを変えていず、今日まで我々に毅然とした姿をさらけ出し、人間に対して本当の生き方を問い続けているようにさえ思いました。

世界の中でも、経済成長率が高く、豊かな国、日本。

しかし、自殺者が倍増、不登校児童が増え、陰湿ないじめが横行し、教師にはそれが見えず。少子高齢化が進み、それに伴う問題が山積み。公務員の次から次への不祥事。カード偽造など、お金にまつわる事件。出会い系サイトの問題続出、ストーカー事件、、、、、、、日本人が、本当に求め続ける生き方を、もう一度日本人の原点に立ち戻り、「脚下照顧」の心で自分達の生き方を見つめなおさなければならない時期に差し掛かっているのだということを実感しないわけにはゆきません。

今日は、小牛田牛飼のG先生がいらして、偶然にもバンクカードを変えたという話しをして下さいました。

お互いに、「本当に嫌な世の中、煩わしい世の中になりましたね。」と話しました。

はじめから悪用されるものとして、最大限の防備をして生きることを求められてような気がしています。


主人は、「自分の番号を忘れたらどうするのだろう。」と言いましたが、その時には、通帳と印鑑と身分を証明出来るものを持参して、無言状態で示してもらえるそうですと先生に教えてもらいました、、が、その姿を想像して思わず笑ってしまいました。

どんな深刻な時でも、笑える事は良いことだと思いました。

今日は、仙台の従兄弟が来たり、いろいろな人が訪れてくれて楽しい一日でした。


今日のガンディーの言葉 
「全てが自分の分野では、正しく、そして適切である。しかし、それは自分の分野以外では、全てのことが不適合である。」

投稿者 jizai3 : 11:16 | コメント (0)

2006年10月24日

森が人間に与えた恵みに対して、私達は何をしてきたのでしょうか

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昨日今日と続けて寒い雨降りのお天気です。ブログ写真は、先日の松高祭の時に、丁度松高の裏山にあたる所を主人が案内してくれました。「クマ・危険」の看板のあるところでしたが、ちょっとだけ入り口付近まで行きました。私の家が所有している山ということでしたが、多く木がうっそうとしている場所でした。

松山高校の裏山の入り口付近に土地を所有していることは、ずーと以前に聞いたことがありました。

今回主人に案内されて、松高のすぐ裏山で、野の草なども咲き乱れていました。

コスモスもきれいでした。二日続けての雨であんなにきれいだった花は大丈夫かなと思いました。

うっそうとした山からは、深い自然を感じましたし、「クマ・危険」の看板が本当のように思えました。如何にもクマでも出てきそうな雰囲気でした。松山の千石という番地は広範囲で、大崎市松山千石だけで聞かれてもわからない事が多いので、部落名で尋ね返しています。

松高の辺りは、大崎市松山千石上野地区になりますが、侍屋敷跡の雰囲気と、裏山の雰囲気、松高駐車場から一望できる松山駅付近までの素晴しい眺めと、高校のお隣の稲荷神社と、、、、。いつ伺っても、本当に素晴しい学習環境だと思います。すごく歴史を感じさせる場所です。

以前、仙塩方面から通学していた生徒と、駅の待合室で一緒になった時、「学校が建っている場所、はじめは駅から遠くて嫌だなと思ったけど、良い所だよね。」と話している女生徒たちの会話を聞いたことがありましたが本当に良いところです。

今回は裏山まで見ましたが、最高の環境だと思いました。

裏山の森林の緑は、まちの中で見かける緑とは違い、濃く深い色をしていました。

人間が生きてゆく上で、森は、人間の歴史発祥の時から、大事な役割を果たしてきました。現代は、環境問題が深刻に扱われていますが、、、、、、森林の伐採が環境破壊に繋がると言われています。この深い森が果たす役割を現代人は深刻に考えなければいけない時にさしかかっている事だけは確かなようです。ある学者は、人間の自然破壊の行動に対して、「自然は牙をむいている。」と言います。

異常気象などは、自然の報復であるとまで言い切っている学者の方々もいらっしゃいます。

うっそうとした森には何者かが棲みつき、私達人間が立ち入りを許されないような、そんな雰囲気を漂わせていました。森の入り口付近でも松山高校付近にはない空気が充満していました。

私は思わず散策している主人に、「早く帰ろう」と、声をかけました。

雨に濡れたあの森の様子はどんなでしょうか? 今日はあの時見た、森の様子が気になっています。  

夕べ読んだ雑誌の後ろに「都会に緑を取戻そう!」という言葉がありました。「緑の党」設立の経緯にも触れていました。

森は人間性を回復させる力を持つそうです。現代人はもっと自然を大切にすべきとも書いてありました。

雨水の大切さも書かれていました。

昔から人間は、「水」で争いをしてきた。

海の水も大事だが、森に降る雨水もとても大事と書いてありました。古代から続いているもの大切さを説き、受け継ぐもの全ての大切さを、今を生きる人に真剣に受け止めてほしいと結んでいました。

私達は、身近にある自然をもっともっと大事にしながら生きなければならないなと思いました。


今日のガンディーの言葉
「神は、何処にもおります。此処から、神は私共に、石、木、昆虫、鳥、動物などを通して話しかけておられます。」

投稿者 jizai3 : 11:01 | コメント (1)

2006年10月23日

信頼関係を築くことの大切さ

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ブログ写真は、秋の山野草です。「紫式部」と言う、ロマンチックな名前がついた山野草の色は本当に紫色をしています。隣には、羽つきの羽根に似た形の野草もあります。この頃は、山野草ブームと言いますが、ファンの気持ちが良く解るような気がします。大崎市では至る所で可憐な野の草花を見かけます。

主人の同級生のOさんは、時々、山野草を手にギャラリーを訪れて、草花の由来など一通り話して可愛らしい草花を置いて行ってくれます。

いつも名称を伺い、感心します。とてもユニークですし、マッチした名前で、原産地の話など楽しく聞いています。Oさんの話しを聞いていると、主人のもそうですが、、、、。故郷に対する深い愛情を感じます。

丁度、今日いらした時には、大崎市議会議員の「議会報告」の用紙がテーブルにありましたが、、、、、、それを見て、「大崎市の船出は大変だなー。」と低い声で言いました。

「合併反対議員を黙らせてまで、強引に合併をして、反省も総括もせずに、このまま突き進むつもりなのか、突き進めるのか、大いに疑問だ。」と大変心配そうでした。

午後に入らしたお客様も、大崎市の話しをしていました。

今は、お茶のみをすると、今回の合併のことが話題になることが多くなりました。
私はみんなが、大崎市政に関心を持ち始めたことはとても良いことだと思っています。

今までは行政お任せで生きてきた人々が、身近な出来事として政治に関心を持ち、住み良い大崎市、暮らしやすい大崎市になれるよう、願いを込めながら生きようとする気持ちは大事なことだと思います。

縦長の大崎市が、それぞれに特徴を活かしたまちづくりが出来れば最高ですが、、、、課題山積みです。

縦割り行政じゃなく、本当に必要なことに優先順位を設け、まずは、命、教育、福祉に関わることが最優先に出来るよう見つめ直して行くべきだと思います。

大崎市は、素晴しい自然環境に恵まれ、全国的に見たら緩やかに流れる生活時間をもてる地域です。

人間が生きてゆく上で何を大事にしながら協働のまちづくりを進めてゆくのかを原点に立ち返って考える時を迎えたのだと思いますから、一人一人がいろいろな事を勉強し、良き大崎市民となる為に知恵を出し合い、努力すべき時だと思います。

今日は雨降りで寒い一日となりました。北海道では、初雪が降ったようです。

これからの毎日は寒い季節に向かうわけですが、、、、厳しい東北の冬は、11月、12月、1月、2月までの4ヶ月間です。3月の声が聞こえれば、春近しとなります。自然は巡り、繰り返します。

「あの時は辛かったけど、乗り切ったね。」と言えるような健全財政の大崎市になることを願います。

その為には、誰が見ても解るような、不明瞭さのないお金の流れをきちんと市民に知らせることが出来ることが先決だと思います。大崎市民との間に信頼感があることが一番大事なことだと思いますから。

信頼感を得るためには、大崎市が市民のほうにいつも顔を向けていることが第一条件だと思います。

大崎市民も自分達が行政と協働の精神で積極的にまちづくりに関わる覚悟を持つことだと思います。

私の周りでは、このような考え方をしている人たちが増えつつあります。大切にしたい人々です。

今日、松高ナインは、東北高校との練習試合を組んでいましたが、雨のため中止となりました。

ギャラリーの構内でのバッテング練習や、トレーニングルームで筋トレ、柔軟体操などに励んでいました。

いつものように黙々と練習に励む真面目な姿を見ました。

この人たちを見ると私はいつも私も頑張ろうと思います。なぜか、清々しい気持ちになれるのです。


今日のガンディーの言葉 
「我々の理想に近づけば近づくほど、我々は信頼するようになる。」

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2006年10月22日

松山に嫁いで21年目の絆・魅惑の花

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昨日は、「松高祭」に出掛け今年のテーマ「絆」を感じさせられて帰りましたが、今日は、私が松山に嫁いだばかりの頃、いつも親切に優しく声をかけて下さったK子さんから、とてもきれいなお花を頂きました。
私の人生の先輩にあたる方ですが、いつも可愛らしく、年齢を感じさせないお洒落な女性です。

K子さんは、大崎市松山文化丁の入り口で暮らしのお店を経営なさっていらっしゃいます。

私が松山に嫁いだのは、昭和60年4月です。

その頃は、文化丁の自宅から、義母のいる町区へ毎日通いました。特別に、「通いなさい」と、言われたわけではないのですが、、、、、午前中は、義母と一緒に時間を過ごしていました。

私は、自分の母以上に義母とは話しやすく、大好きでした。

その頃は、主人と息子が小野寺商会で働いていましたので、私は、2年後の秋に学習塾を経営するまでは、専業主婦をしていたことになります。いつも町の義母の家に行くまでの中間にK子さんのお店があり、「もう松山に慣れましたか?」と優しく声をかけて頂きました。

とてもお洒落で、きれいな人で、感じの良い方で、、、、私が松山に嫁いで初めて声をかけて頂いた人でもあります。私より10歳ほど年上ですが、今もあの頃と変わりなく素敵な人です。

今は、私達のカラオケ教室の仲間でもあります。

今日、頂いた花は、近年デンマークで改良された新しい品種だそうです。
デンマークカクタス「ホワイトベル」と表示されていました。たくさんの白い蕾がとても可憐です。
白い花びらに、花が咲くとピンクの花弁が顔を出す絵が書いてありました。  開花が楽しみです。

K子さんとは実にいろいろな話しをしています。「京ちゃんが松山に来て20年以上過ぎたなんて考えられ
ないわね。松山に来た時は、髪が長かったわよね。重一さんと歳が離れているので、町中の話題になったんだよ。」などと時々言います。そして、「もうすっかり松山の人ね。」と最後にはいつも言います。

自分でも本当にそう思います。松山の人だと思います。此処が一番居心地の良い場所です。

どこへ行っても松山に帰るとホッとします。

私の一番のお気に入りの場所で、落ち着けるところです。仙台が実家ですが、、、、松山以上は落ち着けません。この古き良き歴史を持つ松山を大事にしながら、これからもいろいろ人たちとの繫がりを大切に考えて、楽しい人生を送りたいと思います。

先日、ある人から「ギャラリーは、いつもお客さんがいっぱいね。」と言われました。
そうしたらそばにいた人が「でも全て、商売になる人ばかりではないでしょう。」と言い「待遇が良すぎるから人が集まるんじゃないの。」と付け加えました。

その時にK子さんは、「京ちゃん、人が集まることは良いことよ。商売だけじゃなく集まるなんて素晴しい事よ。人を大事にしなさいね。」と言ってくれました。私も、その通りだと思います。本当に良い人生の先輩です。

主人が大病をした時、医者から「車椅子生活。摑まり立ちがやっと。陶芸は良いが商売は無理。リハビリには、脳の活性化に最適。」と言われましたので、今こうして生活できることに大変感謝しています。

ですから、後援会事務所をお引き受けしたり、自分達以外の事にも心配りが出来るようになりました。

「病気」を体験したことで人生観が大きく変わり、地域を見つめる目も変わりました。人は年齢と関係なく変化することが出来ます。そして、若い頃とは異なる視点で物事を見ることが出来るようになります。

そうすると若い頃には、気づかなかった事に気づいたり、新たな発見をしたり、自分の意外性を見つけたりします。周りの人との関係にも変化が生じたりします。少しではありますが、年齢に即した年齢の可能性を感じたりすることもあります。私の場合には、年齢を重ねることでの一番の変化は、自分の意外性でした。

若い頃の私は、今考えると結構 「決め付け型」だったように思います。

この人とは合わないとか、これは嫌いとか、、、とにかく白か黒かだけで、中間色を持たない人間だったように思います。中間色の存在をどこかで解っていても、認めない人間だったように思います。

この頃は、かなり中間色の存在の大きさを理解し、大事と認めているように思います。

極端の人間がかなり中央に寄り、バランスの良い人間に変化しつつあるように思います。

変化したら生きることが楽になったように思います。これは結婚したことによるものと考えています。

自分に合う人と出会い、お気に入りの土地柄で毎日を過すことの幸せかなと思っています。

合併により、まちは疲弊している様子も本当ですが、、、、みんな、このまちを愛していることも真実です。

この松山で築き上げた人との絆を大事にしながら、「協働」の地域づくりが、我々の地域の課題です。
この課題に向け、どれだけ尽力できるかが問われている時期でもあると思います。

60年に嫁いでから21年間の松山で暮らす人々との絆を確かめ合いながら、仕切りなおしの時期なのかなとも思っている今日この頃ですが、、、、、、、、、、、、。

<お知らせ>

松高対築館高の練習試合結果報告:第一試合18:1で勝利。第二試合6:6で引き分けでした。


今日のガンディーの言葉 
「単純の中で大きさがあるように良き事は存在している。決して豊かさの中ではない。」

投稿者 jizai3 : 12:56 | コメント (1)

2006年10月21日

””松高祭2006””『絆』を大切にする文化祭が開催される

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第27回松高祭が開催されました。初冬を前に空を見上げると芸術的な秋空の下で、大崎市松山上野地区の高台にある松山高校は、今年のテーマ「絆」を掲げ、人間性の根源を見つめるべきテーマに、地域の県立高校生が一生懸命に取り組む姿と、卒業生、地域住民、父兄、先生方など人間同士の温かい繫がりを醸し出していました。

今日は、久しぶりに息子が来ていたので松高祭へは、お昼近くに出掛けました。

大崎市松山上野地区の奥まった高台にある県立松山高校は、元上野の館(茂庭家の屋敷跡)に位置しています。昔々の松山そのものと言って良いところに県立松山高校は建築されたのです。

松山高校の後ろ側は、茂庭家の侍屋敷がたくさんあったそうです。上野地区は、松山の地域内でも風情のあるところです。古き良き時代の名残を感じさせてくれるところなのです。

教頭先生にも話しましたが、素晴しい自然に囲まれた、素晴しい学習環境が整っているところで、最も松山らしいところだと思います。

到着の時、飛びっきりの環境に恵まれた松山高校の校舎からは賑やかな演奏会の様子が伺えました。

丁度、バンド演奏が行われていたようでした。お手伝いのご父兄の方々も大きな鉄板に油を引き、大変張り切っていらっしゃいました。

今回の文化祭は、17のコーナーに分かれ、それぞれに展示がされていました。

先日の松山高校主催の松翠ゼミの時に展示された図書委員会の「古典への誘い」の写真展示などもあり、係りの先生に「あの時に、古事記を読んでくれた生徒さんの音読は素晴しかったですね。」と言いましたら「皆さんからお褒めの言葉を頂きました。」と,とても嬉しそうでした。

私も高校生の時、「古典」の時間にすらすら古文書が読めると嬉しくて、とてもカッコイイような気がして何度も練習したことを思い出し、大変懐かしく思いました。先生からは、大崎市の民話・昔話の資料を頂きました。ギャラリーに帰ってから、資料を開きましたら、松山町の民話が載っていたので主人に尋ねましたら、剣法の名人 「三尺佐吾平」物語のことは大変良く知っていました。

松山入町の小柄な剣術の名人の話で毎日毎日剣術に励み、剣の達人とまで言われるようになったという話ですが、偉くなっても、茂庭家と、恩師に対する感謝の気持ちを忘れずにいた人物として語り継がれていたそうです。今日頂いた資料、松山郷土誌にもそのように書かれていました。

このように伝承してゆく行為はとても大事なことだと思います。人から人へは、まさしく人と人の絆をつくり上げてゆく行為でもあります。このようなことが出来てこそ「文化」が守られてゆくのだと思います。

郷土の文化、地域の文化を守り育てて行くのは、我々地域で暮らす人々の役割です。

温かい人間同士のふれあいが根本に存在することで、人と人の間に絆が生まれ、絆が人間を成長させてくれると思います。私達の地域の絆がとても温かく深いものであることを祈りたいと思いました。

明るく活発な文化祭でしたが、お楽しみな食べ物が全て売り切れだったのは残念でしたが、、、、、、、「玉こん10本」だけは、やっとget出来ました。~1本おまけして頂きました。~

午後2時からは松高生だけで後夜祭が行われ、School Festeval in Matuyama [絆]は終了となります。

活動に参加した生徒、サポートした先生方、お手伝いのご父兄、今日入らしたお客様たちとの間にどんな絆が生まれたか、又、お互いに絆が深まったかなど、、、、いろいろお聞きしてみたいなと思いました。

私は、今日お逢いした方々から、「小指、お大事に!」とお優しい声をたくさんかけて頂きました。


今日のガンディーの言葉 
「水の滴りが大洋をつくっているのと同じに、同様、我々は、又、友情を通して友人の大洋をつくることが出来る。全く、もし我々全ての人がお互いに愛と友愛の精神で生活しているなら世界の形態は、一変させられるだろう。」

投稿者 jizai3 : 14:15 | コメント (0)

2006年10月20日

明日の松高祭をPRして松高生手づくりの前夜祭パレード

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今日は、明日の松高祭の開催を目前にして松高生達は手作りの看板、横断幕持参で松山地区をパレードしました。大崎市になって初めての文化祭ですが、パトカー先導、交通指導隊など昨年までとは違う所があり、松山高校硬式野球部を応援する会の会員達も協力して前夜祭パレードは、無事終了しました。

細かいところにも大崎市になっての変化を感じています。

昨年までOKだった事が、合併により駄目になってしまった事に、又、遭遇しました。

でも考えようによっては、それだけ地域住民の協力が大事になるわけですから、住民主導の行事が多くなる事で地域住民も無関心ではいられなくなる出来事が増えることは必ずしもいけないことだけではなく、如何に地域住民を巻き込んで行事、催しものを開催するか、多角的に物事を見る目を養うか、私達、地域で暮らす者に突きつけられた地域づくりの課題でもあると思いました。

松高生たちは、メガホンで明日の文化祭の出し物、美味しい食べ物屋さん、献立などをお知らせしながら
手作り看板、横断幕を手にパレードしました。

私達は、文化丁松山交番前を担当しました。主人が風邪気味でしたので、Jさんにお手伝いしてもらいました。ついこの間、幼稚園児の列に車が飛び込んできて、死者を出す交通事故が起きたばかりなので、やはり神経を使いながら誘導しました。

パトカーで先導する泉所長も真剣そのものでした。

教頭先生、先生方と子供達と無事に松山高校まで戻ったと聞きして安心しました。

昨日の塾の先生の事故もそうでしたが、事故が起きる時は、ほんの一瞬の出来事ですから、、、周りの車の動きには注意をしてみていましたが、松山地区の車を運転中のドライバーは、パレードを温かく見守り、黄色信号では、ドライバーの人は全員STOPで、小走りに走る子ども達がすっかり渡りきってから、走り出していました。

帰り道、歩道を歩く子ども達に「明日、行くからね。」と言ったら元気な声で「お待ちしています。」の声が返って来ました。松高生はとても張り切っていました。

今年のテーマは「絆」ですが、、、、、、。人との関係は、生きてゆく上の基本です。

松高生には、人と人との絆が大切と感じられる生き方をしてほしいと思いました。

明日の文化祭「松高祭」が楽しみです。

いろいろな方々に、是非、松山地域の松高生たちの学校生活、活動等を見て頂きたいと思います。

松高祭は、午前9時から午後2時まで開催されるそうです。


今日のガンディーの言葉 
「人は自分自身を外部で探す事によっては高めるはずがない。成長への展望は内部に存在している。」

投稿者 jizai3 : 17:12 | コメント (1)

2006年10月19日

運転する人の1秒間の恐怖

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秋の夕暮れの大崎市松山駅前交差点です。コスモスロードへ出る交差点ですから、朝夕は、交通量も多く、登下校の子ども達も多く通る所です。黄色の時に走り抜ける車をよく見かけます。 黄色信号は「止まれ」という認識をしている私ですが、スピードをあげ走り去る車を見て~いいのかな~と思います。

夕方近くに、学習塾の先生から電話があり、「交通事故を起こしてしまって今、事故処理をしているので、塾を開けておいて下さい。」ということでした。

ギャラリーの後ろにある学習塾をすぐに開けましたが、、、心配していましたが、先生が報告に来ました。

黄色信号の時に、走り抜けると思っていた車が急に止まり、衝突してしまったということで全面的に自分が悪いということでした。急停車の車の前におじいさん運転のバイクがあり、先生はバイクには全然気づかず、車は走り抜けるものと思い、車間距離をつめてしまい速度は落としたものの、急ブレーキが間に合わずぶつかってしまったということでした。

車は、若い男性の運転の車で今は身体的にはなんでもないようでしたが、病院へ行ってもらい、事故処理の手続きの後は、保険屋さんに任せるとの事でした。先生の車は、だいぶ痛んだようでした。

相手の車は、大したことはないようでした。

本当にこんなにも身近な人が、しかも一度も事故を起こした事のない人が、、、、、、止まらないで走るものと思い込んだ結果、車運転の1秒間の怖さを話していました。

でも、「バイクを運転している人まで、影響が行かず幸いだったわね。」と言いましたら、「本当ですね。車の前にバイクがいた事に気づかないでいたので、急に止まった車のわけを知り、ぞっとしました。」と言ってました。先生の話しは、事故が一瞬の出来事の怖さだということを伝えていました。

「黄色信号は止まれ」であって、「注意」、「走りぬけろ」、ではないことを認識しました。

以前、お向いのおまわりさんが、「とにかく、車間距離を保ち、スピードさえ出していなければ、大きな事故にはなりませんから。」と話して下さったことが本当だと思いました。

いつも面白い事ばかり言っている先生が、今日は深刻な顔をしていました。

ブレーキを踏んでも車がすっかり止まるまでには、思っている以上時間がかかる事。

車を運転中の1秒間の怖さ。、、、、、、、大変真剣に今日の出来事を捉えていました。何十年無事故でいても明日の事は誰も解らないわけですから、、、、、。車は便利ですが、大変怖い乗り物でもあることを肝に銘じて、くれぐれも気をつけて変な思い込みは排除して、初心者の心で細心の注意を払いながら、スピードを出しすぎないように運転するしかないなと思いました。

「不幸中の幸いと思いました。」と生真面目に話す先生からは、つくづく交通事故の怖さを感じました。

皆様もくれぐれも交通事故には気をつけて、運転をする人には細心の注意を払いながらハンドルを握って頂きたいとお願い申し上げます。


今日のガンディーの言葉 
「人生は安楽な事ではない。棘がいっぱいある。」
「失敗の告白は、箒のように働きます。箒は汚物を掃きます。告白はまさしく、間違いを掃き出します。」

投稿者 jizai3 : 16:30 | コメント (1)

2006年10月18日

本物の「時代」が持つ意味

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今日は、第三水曜日でBP教室がありましたが、右手の小指の打撲でお休みしました。本当に大したことはないのに、小指の打撲でもやはり不便です。小指に触らないように気をつけていますが、水道の蛇口にぶつけたりして、痛さに閉口します。手首骨折の友人の歯がゆさが良く分かりました。

先日、球場で右手小指に当たったファールボールで打撲した包帯の小指を見て「小野寺さん誰に小指かじられたの?」と言われ、周りにいらした人達が大笑いしました。

私は「かじられたじゃなく、かんだでしょ。」と言い返しましたが、、、、。

小指一本でも大変難儀しています。主人には、お米とぎなど、家事を手伝ってもらっています。

大分痛みは取れてきましたが、それでも、触ると痛い箇所があり、気をつけていると余計ぶつけたりしています。大した怪我や病気でも、ちょっとした不都合を体験すると、つくづく健康のありがたさ、丈夫で不都合のない生活を送る事の大切さ、ありがたさを思います。

まだ、両手をついて体重をのせる事は、痛くて出来ませんでしたので今日のBP教室は欠席です。


今日は、注文していた「元気ですか/中島みゆき」のCDが届きました。

私の好きな若草色のCDで、歌詞カードも若草色で、その中に白い子馬が駆けてゆくのが透けて見えるような、希望を感じさせるようなパッケージでした。

中島みゆきさんの歌は、「時代」「化粧」「恋文」「地上の星」、、、、少しは知っていますが、唄った事はありませんでした。何となくどこかのメロディーが分かるくらいでした。

でも今回は、私が大変信頼している方が、『私が、一番覚えたい歌は、中島みゆきさんの「時代」です』と言うことを知りましたので、、、、、CDを取り寄せてみました。

いろいろ聞いてみましたが、素晴しい歌詞ばかりで、シンガーソングライターの中島みゆきさんの素晴しい音楽的才能に魅せられました。私の弟も、「中島みゆきは、いいよ。最高だね!」と言っていますが、良く理解できました。

あの独特の挑戦的とさえ感じさせる唄い方が、メロディー、リズムとマッチしていてとても素晴しいと思いました。

私は、昨日の大崎タイムスの記事「合併協議時代」という言葉に、大変怒りを覚えました。「時代」という言葉を使った事に対する怒りでした。

私には、合併協議会をした時も、合併協議会のいい加減さが露呈した新市大崎市の船出の時も、同じの時代の出来事だと思うのです。それなのにもう過去の出来事のように感じさせる為に、敢えて報道しようとして使った言葉のように思えたのです。地方紙の役割を逸脱したようにさえ思いました。

今日、中島さんの「時代」を聴いてみて、真の時代の意味を的確に捉えた素晴しい歌詞だと思いました。

私の信頼できる大好きな人が覚えたいと思う気持ちが良く伝わってくるような感動できる歌でした。

私も覚えて、私の十八番の歌にしたいなと思いました。

さわりの部分と、二番の歌詞が大変気に入りましたのでご紹介しますね。

「今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて もう二度と笑顔にはなれそうもないけど」

「旅を続ける人々は いつか故郷に出逢う日を たとえ今夜は倒れても きっと信じてドアを出る、、、、」
でも、よく聴けば聴くほど、全て素晴しい歌詞です。

中島みゆきさんが捉える「時代」観の素晴しさを理解しましたら、、、、、、どうでも良いことなのかなと思う気持ちにさえなりました。昨日は正直許せないという気持ちでしたが、今日は不思議にすごく落ち着いて
「時代」の歌をきちんと覚えたいという気持ちでいっぱいでした。

本当に素晴しいものには、そのようなものが備わっているのかも知れません。

時代を超えて、どんな時代にもピッタリと寄り添う事が出来る本物の歌なのだろうと思いました。幸せな時を感じる歌と出逢うことが出来たことを嬉しく思いました。


今日のガンディーの言葉 
「音楽は、喉からのみの発声ではありません。それは、心からであり、感情であり、心の中からの音楽なのです。」
「世の中は、我々を弱者と言うかもしれないが、我々は、我々の理想を低下させてはいけない。」

投稿者 jizai3 : 11:13 | コメント (1)

2006年10月17日

大きな不安を抱えての船出・急がれる大崎市財政の見直し

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今朝の地方紙大崎タイムスは、『大崎市財政見通し 10年度にも再建団体に 伊藤市長 「健全化を最優先」』という大きな見出しをつけて報道していました。大崎市は、16日に、2007年から11年まで五年間の短期財政計画を発表したそうです。具体的な財政健全化の方策はあるのでしょうか?

河北新報社が、「このまま行けば、大崎市は2011年には再生財権団体へ転落」の記事からだいぶ経過してから、地元紙大崎タイムスは、16日の大崎市短期財政見直しの発表を受けてからの記事でした。

今朝の河北新報は、「地元紙の役割」と題して二面を使い大きく掲載していました。

行政と地域住民をつなぐ役割としての使命を持つ地方紙としての情報発信の重要性が多面的に書かれていました。

今回の市長、市議会選挙から、秋の本会議終了、そして明るみになった大崎市の逼迫した財政状況と、合併の目玉だった大崎市民病院の建設延期と、市長公約違反で船出となりましたが、これはむしろ、非難を怖れずの勇気ある決断だと思います。

どんなに言われてもない袖はふれないのですから。早いタイミングでの財政の見直しに着手する事は、賢明な判断だと思います。

今日の大崎タイムスには、後半の文章に『合併協議時代』と大変気になる文字がありました。

私は、今の11年には財政再建団体に転落するかも知れないと気づいた時も、合併協議会を組織した時も、全く同じ時代だと確信しています。ですから、あたかも過ぎ去ったかのように掲載する事は、間違っていると思います。

今回の秋の本会議で、事務方の合併協議会からの引き継いでいたトップの方は、「猛省」という言葉を使い答弁し、合併協議会のいい加減さが露呈しました。

合併したばかりの頃は、「財政問題は解決済み。」と話す大崎市議会議員が多くいました。そして、合併協議会での議決事項を早速新体制の大崎市にやってもらうなどと話している状態でした。

このような事が全て明るみになった今、一番にしなければいけないことは「赤字合併の総括」だと思います。

私は、旧一市六町の首長たちの中から誰も市長にも市議にも立候補出来なかった大きなわけがあったのだと思っています。合併が現状の大崎市の危機的状態であった事は、この方達だけは認識していたものと思うのです。

私達地域住民は、このような出来事を体験する度、政治不信感は大きくなります。

行政のいけないところ、ごまかしの部分を正しく分かりやすく解明し知らせる使命を、地元紙は担っていると思います。その上で地方分権のネックである、「協働」の精神を説くべきだと思います。

11月3日には、厳しい情勢での船出の大崎市が、開市式を開催するとお聞きしていました。
松山地域では、「金津流松山獅子躍」をご披露すると言い、張り切っている踊り手の人たちの話しを聞き、老人クラブの協力で作成したささらをつけてのお披露目と、、、伺いました。

しかし、その後、この開市式では、「合併功労者表彰」があるということを耳にしました。
合併は、国が推進してきた事ですから、国の言うことを聞き合併を推進した首長たちを功労者として表彰したいという気持ちは分かりますが、、、、大崎市の場合には、合併協議会が描いた青写真と違い、新市長は、公約違反のレッテルを貼られての市政の舵取りを行うわけですから、大崎市の場合には、合併功労者の表彰は止めるべきだと思います。

過ちは過ちとして、きちんと正し、しっかり反省をしないと同じような過ちを繰り返す事になると思います。
私は表彰より、「赤字合併の総括」を望みます。

総括をしてから、2年後、3年後、5年後、7年後、10年後の健全財政計画を立てるべきだと思います。

取らぬ狸の皮算用で立てる予算の危険性だけは肝に銘じた出来事として摺りこまれたように思いますが、、、、、、。行政は、どれだけ、大崎市民の方の顔を向けて仕事が出来るかということを真剣に考えるべきだと思います。理解が得られる行財政改革を速やかに実施出来る体制を如何に作り上げてゆくか、課題山積みの大崎市の船出である事だけは確かだと思います。

大崎市は、大変厳しい船出あるということを大崎市民に正しく伝え、地域住民の協力が一番心強いということを理解してもらう努力をし、分権時代の幕開けである「協働」のまちづくりの強固な基盤が築けるよう願っています。


今日のガンディーの言葉 
「称賛、そして、非難は真実の信者にとっては、似たものに違いない。従って称賛に耳を貸さないだろうし、非難される事に怒らないだろう。」

投稿者 jizai3 : 10:21 | コメント (1)

2006年10月16日

いい加減にしてほしい、心無い大人の言動について

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今朝のTVは、福岡で起きた中2男子生徒の何ともやりきれない、いじめを苦に自殺をしてしまった事件を報じていました。いじめの発端が教師の言動によるものという事ですが、この先生は、学年主任を担当しています。クラス担任以上の評価を受けている教師です。「一生かけて償う」という言葉がありました。

ご両親の追及に祭壇の前で発した言葉は「からかいやすかったから」という言葉でした。

この言葉を子ども達は良く使います。

「いじめじゃないよ。からかっただけだよ。」と言います。私は「貴方達がからかっただけといくら言っても、本人がいじめられていると感じればそれはいじめになる。」と言ってきました。

先生達の中には「いじめられる子どもにも原因がある」とか言い、陰湿ないじめがますます高じる事もありました。

私の孫の時にも、ある特定の子どもに対していじめが行われ、いじめられている子どもは、私の塾に来ていましたので、「通りすがりに、追い越しながら死ね」と言われるとか、「通学バックにカッターで馬鹿とかかれた」、、、、、、男の子からも女の子からもみんなに無視されると言って泣いていました。

私の孫と同じクラスでしたので「うちのMも言うの?」と聞いたら「M君は言わないけど見ているだけ」と言いましたので、、、、、孫を呼んで聞いてみたら「みんなは、Fをからかってるだけだよ。ひどい奴は、Fと同じ空気を吸うのが嫌だって言ってるんだ。でも俺は言ってないよ。」ということでした。

Mの父、息子は「空気を吸わないと人間がどうなるか分かるか?死ねと言っている事と同じなんだぞ。単なる、からかいなんかじゃない。」と怒鳴りつけました。

私は「Mは、小さな時から弱いものの味方で、正義感の強い子どもだと思っていたのに」と言いましたら、
泣きながら「俺は、京子ママが思っているような立派な人間じゃない。止めろと言ったらFのこと好きなんだろうと言われて今度は俺がいじめられる」と言い、大泣きしました。

子どもの深い暗い部分を見た気がしました。
その時のクラス担任は「悪ふざけの過ぎる学年ですから、我々は手を上げる事が出来ませんが、親の方たちは、悪い時、度を越したからかいの時には、殴っても教えて下さい。」と話したほどでした。

この子どもが良く使う言葉を教育現場の中で教師自らが使うなんて、、、、、大変呆れました。

その後もいろいろ問題はありましたが、「からかっただけだよ」という言葉は何度も子ども達の中から聞かれました。その度、「本人がいじめと受け取れば、それは、いじめになる。」と言い続けてきました。
「本人が嫌がっているのだから、いじめじゃないと思うなら、からかう事は止めなさい。」と言いました。

心無い大人の言動は、慎み、正すべきだと思います。一生かけて、償いきれるものなのでしょうか?

痛ましい事件から私達は、二度と同じような痛ましい事件を起こさないようにしなければと思います。
強い反省、猛省をしなければならないと思いました。


昨今は、いい加減にしてほしいと思う事があり過ぎて困ります。

我々は、本筋がどこで、どうあるべきかという事を、真剣に考えないと、流れに流され、又は、いつもやっているから、何処でもやっているからと、、、、真実を伝えられなくなる事があると思いますので、多面的に物事を見極める確かなまなざしを養うように常に勉強しなければと思いました。


今日のガンディーの言葉 
「どこに真実があるのかを知っているにも拘らず、不真実を追究することで、自分の人生を浪費することが、不思議な驚きである。」
「罪で、大きいとか、小さいとかは何だろうか。罪は罪である。」


投稿者 jizai3 : 10:24 | コメント (1)

2006年10月15日

楽しい余韻を残して子どもふれあい祭りは、来年へと、、、

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ブログ写真上は、昨日の「子どもふれあい祭り」の餅つきコーナーを担当している係りの方々です。子ども達が早く食べたいと並んでいました。ぺッタンぺっタンとお餅つきに励んでいる心優しき松山地区の大人の方々です。下の写真は、松山球場に来ていた幼い子供たちです。ポーズが決まっています。

お待ちかねの大崎市松山の秋の行事『子どもふれあい祭り』が無事に終りました。

かなりの余韻が残っているようで、子ども達からは「面白かった!」の声が聞こえてきました。

松山の子育て支援を考える会は、こつこつと子ども達が喜ぶような事を多くの人々をボランティアとして募り、子どもたちも、お世話をする大人たちをも良い笑顔にして楽しい会に作りあげてきました。

実に多くの団体、松山高校生、松山地区の企業、個人的なボランティアなど、、、たくさんの人々が協力して子ども祭りが開催されています。幼い子どもたちは、親子で参加していますし、結構大人の人々の満足の表情が大変印象的な会で、大勢の活き活き大人たちに出会える集いです。

これからの更なる活動に期待します。

昨日の午後の松山球場は、宮崎球場で第一練習試合を終えてきたナイン達が集まっていました。

埼玉県の私立狭山ヶ丘高校とは、7:0で勝利し、小林投手の好投が目立つ試合だったそうですが、打線も素晴しかったそうです。宮崎球場から松山球場へ練習試合球場を移して、松山は1年生中心の第二試合を展開していました。私達は3:3の3回戦から観戦しました。

ブログ写真の幼い子ども達が、シロツメクサを持ってきてくれて、少しお話をしました。カメラを持つ主人の前でいろいろポーズを見せてくれるので、主人がカメラを向けたら、カッコイイポーズを決めて得意顔でした。本当に可愛く元気な子供達でした。

試合は、3:3で引き分けかなと思っていたら、最終回9回表に狭山ヶ丘は、3点を入れました。その時、1塁側にファールボールが飛んできて、私は一瞬受けようかとも思いましたが、骨折したらと思い、主人のほうによけましたが、右手小指にボールがちょっと当たりました。すごくしびれた感じがしました。

S君のお父さんが、スプレーで冷やしてくれました。

お騒がせをしましたが、9回裏には、今まで休んでいたレギュラー選手が代打で出て、執念で3点を取り返しました。ですから6:6の引き分けゲームとなりました。

すごく良い試合でした。決して諦めない氏家野球を見せてもらい、今日の小指の打撲と、この練習試合は私にとっては忘れられない思い出になるだろうと思いました。

球場付近を散歩中のW外科の先生に小指を見せたら「打撲だから、右手を心臓より上に上げて冷やすようにと言われ、そのままシップ薬を買いに出かけました。

後から監督にも、硬式ボールが当たって亡くなる人もいるのだからと言われぞーとしました。

昨晩の私の夢には、何度もボールが飛んで来ました。でも痛まずに眠れました。触ると痛みはありますが、だいぶ良くなりました。小指は腫れて黒ずんでいます。

昨日は、午前も午後も子供を間近かに見て一日を過しました。今日は主人の妹がお友達を連れてギャラリーに来てくれましたが、、、、。ついこの前の孫の怪我を聞きましたが、怪我をさせないように気をつけて育てているつもりでも、子育てはみんなで協力して育てないと大変。ママにだけお任せは一番いけないことと話していました。

お友達も、今はいろいろな事が起きる時代だけど、「大人がしっかりしないとね。恥ずかしい大人では子供たちは良く育たないから。」とおっしゃっていました。

恥ずかしい大人の行動を見ては子供は、正しく育つ事は出来ません。子供たちに見られて恥ずかしくない、地域の大人にならないとと、昨日の余韻残る今日は強く思いました。

    <お知らせ>

今日の山形遠征練習試合結果報告
   松高対山本学園は、10:5で勝ちました。松高対山形商業は、3:6で負けたそうです。

        次回の練習試合は、10月22日(日)築館Gで、10時から築館高校と闘います。

*10月21日(土)は、松山高校の文化祭に松高ナインは全員参加しますので練習試合はありません。

今日のガンディーの言葉 
「動物のように行動していて、人間でありますと主張することが出来ますか。」

投稿者 jizai3 : 17:46 | コメント (1)

2006年10月14日

松山っ子が楽しみな「子どもふれあい祭り」賑やかに開催!!

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今日は、第7回「子どもふれあい祭り」が開催されました。いつもと同じように松山っ子達はおうちに方々と元気に参加していました。お昼まででしたが、子供達の元気な声は松山公民館付近からも聞こえていました。大変フラットなこの行事は松山地区の人気行事として確実に定着しています。

子どもたちが、元気で大人も子供も高齢の方々も世代を超えて、一堂に介して、参加者全員が活き活きして見える松山地区の楽しみ行事が賑やかに開催されました。

たくさんのコーナーが設けられ、教える人も教えられる人もみんな楽しそうです。

食べ物コーナーには行列が出来、子供たちは小銭を持って整列しながらお買い物をしていました。

赤い羽根の募金箱もありましたが、お世話役のH子さんは、「子ども達も10円の募金をしてくれるんですよ。」と話して下さいました。「みんな活き活きしていますね。」と言いましたら、「ホントそうですね。子どもだけじゃなく、この会では大人の人たちもとても元気ですから。」とニコニコしていらっしゃいました。私は主人と合わせて100円の募金をさせて頂きました。

多くのボランティアさんたちがいて、お父さんやお母さん達も一緒に楽しい時間を過していらっしゃいました。幼児に人気のダンボールハウスコーナーでは、幼い子供たちがダンボールで作ったお家に出たり、入ったり楽しそうでした。大人でも大丈夫そうなダンボールハウスもありました。

囲碁将棋コーナーにも、考えること大好きそうな子ども達が集まり、真面目な表情で盤を睨んでいる子供もいて、そばで指導している大人たちが楽しそうに見守っていました。

折り紙のお部屋もありましたが、かなり高度な折り紙指導をしていましたが、可愛い女の子が、「あのね、私の岩手のおばあさんも折り紙が上手で、こんなに難しそうなものも出来るのよ。」と言って、パラソルを持った女の子の難しそうな折り紙を指さし教えてくれました。私は「そう。すごいね。これは難しそうね。」と言ったら、ボランティアの松山高校の女生徒が、「教えてあげようか。」と声をかけてくれました。

女の子二人は嬉しそうに「お願いしますー。」と言いながら、折り紙の部屋に入って行きました。

今回も松山高校生のボランティアの生徒さんたちが参加してくれたそうです。

高校生も実際に子供達とふれあい、子どもたちも若いリーダーさん達とふれあい、とても良い交流が出来た様子でした。今日の松山公民館では、七十七銀行松山支店が出張所に替わる落胆もなく、郵便集配業務が鹿島台へ移行する淋しさも感じさせないほど、元気いっぱいで賑わっていました。

今日の子どもふれあい祭りに参加した人々は、この子ども達を地域の宝物として大事に育てなければと思ったはずだと思います。大勢の子ども達は、未来に向けてとても素晴しい笑顔を見せてくれました。

我々大人は、幼い子供をきちんと見つめればどのように生きなければならないか解る筈です。

お酒を飲んで車を運転するようでは、正しいことを教えられる人間にはいつまで経ってもなれません。

子どもを良くするも悪くするも我々大人の責任であるということを肝に銘じて、子ども達にとって良い環境を提供できる大人であり続けたいものです。年二回のこの行事は、松山地区全体を包み込む大事な行事として地域に根ざしてきています。地域づくりの根幹をみる思いがしています。

子ども達を大事に育てることをしっかり実践できることが、これからのまちづくりの基礎だと思います。

大変元気でフラットでみんなが参加者のこの「子どもふれあい祭り」が回を重ねるごとに、松山地区にはなくてはならない行事としての存在感を深め、此処からいろいろ大崎市松山の子ども達を囲む環境などに対しても提言などが出来る組織としても活躍して行ければと思いました。

後は、マンネリ化せずに地域に定着することを望みます。

多くの後援、協力を得て主催しているホップクラブのイニチァチブをこれからも大事にしながら松山地区の子育て支援を考えて頂きたいと思います。

               ””楽しい会を本当にありがとうございました。””

今日のガンディーの言葉 
「真の愛は、どんな疲労をも取り除く。」

投稿者 jizai3 : 13:17 | コメント (1)

2006年10月13日

きれい好き国民性の弊害

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日本人は、細菌に弱い国民と聞いています。きれい好き過ぎる国民なのだそうです。海外旅行に出掛ける時には、消毒液を持ち、ホテルの部屋に入ったらすぐに、真っ先に消毒をします。ドアノブ、テレビのリモコン、スイッチ、、、全て触りそうな所の消毒をします。 ブログ写真は、光触媒フラワーです。

私の叔父で医者をしていた人が、「京子さん、日本人は神経質すぎるね。きれい好きは良いが、きれい好き過ぎるのは、菌に弱いことだから良くない。少しぐらい汚くてもいいんだよ。」と言っていました。

一時海外旅行から帰った主人が珍しく風邪をひき、なかなか良くならず、身体がだるいと言い、外国から悪い菌でももらってきたのではないかと思い大変心配したことがありました。先生は、「食欲もあるし、大丈夫。」と言ってくれましたが、、、、、すっかり回復するのにだいぶ時間がかかりました。

それからは、海外に出掛ける時には神経質になり、お隣の三浦医院へ行き、三浦先生からはうがい薬や、風邪薬など、、、。いろいろ揃えてから出掛けるようになりました。その時、三浦先生は、「部屋に入ったら、すぐに消毒をするといいよ。」とアドバイスをしてくれました。

それからは、先生の言いつけを守り、一番に消毒をします。主人には「何処にも触らないでね。」と騒ぎながら、せっせと拭きます。  主人は、ばかばかしく思って見ています。「病気になる時はなるんだよ。」と言いますが、無視して拭きます。細菌は、肉眼で見えるものではないのでないので怖いと思います。


今日のブログ写真に載せたアートフラワーには、光触媒機能がついています。

とてもきれいに作られたお花の花びら一枚一枚に太陽や蛍光灯の光を利用して空気中の有機物や細菌を分解、滅菌してくれる酸化チタンをコーティングしてあるものだそうです。

気になるお部屋の匂いを消臭し、お部屋をクリーンな状態に保ってくれるという、アートフラワーです。
「きれい好きの京子さんに。」と言って頂きましたが、「もう、私はそんなにきれい好きじゃないから。」とは言いましたが、、、、以前は、神経質な人間でしたので、少し複雑でした。

最近は、以前、夏の夜にたくさんいた蛍もいなくなり、虫が大変少なくなりました。

消毒のし過ぎではないかと思い、気になっていました。

いろいろな場面で消毒しすぎの報道もなされています。

医者をしていた叔父は、「消毒のし過ぎは、人間をひ弱にする。抵抗力のない人間にしてしまう。」と嘆いていましたから、今日はその時の言葉を急に思い出し、きれい好きの人間の弊害が確実に、現代の日本人の生活に現われているような気がして、、、、、考え込みました。

確かに純粋培養は、生きてゆく上ではひ弱です。

抵抗することが、人を強く育てるということも本当だと思います。

清潔を保つことは大事ですが度を越さずにほどほどにということなのかしらと思いました。

幼い時に、いつも「丁寧に手を洗いなさい。」「帰ったら、うがいして石鹸で手を丁寧に洗いなさい。」と言われ続けて大きくなったことで、目に見えない細菌の存在を必要以上に怖がる人間のトラウマなのでしょうか?


今日のガンディーの言葉 
「全てが自分の分野では正しく、そして、適切である。しかし、それは、自分の分野以外では、全てのことが不適合である。」

投稿者 jizai3 : 10:30 | コメント (1)

2006年10月12日

2006年 第27回 ”松山高等学校文化祭”が開催

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2006年10月21日(土)第27回 松山高等学校「文化祭」が開催されます。 地域密着を大事にしている松山高校の文化祭は、地域住民から親しまれいつも多くの松山地区住民達が高校に集い楽しい時間を過ごす人気の秋行事です。9時から14時まで一般公開されますので是非いらして頂きたいと思います。

今日は、ギャラリーの表に今年、第27回 松山高等学校「文化祭」のポスターを貼りました。

大崎市になって初めての「文化祭」です。今年のテーマは「絆」だそうです。

誰との絆、どんな絆を大切に文化祭を催すのか大変楽しみです。

毎年、文化祭にはお邪魔しておりますが、先生方も松高生もご父兄も地域住民もいつも楽しく松山高校に集う楽しい松山地区の秋の行事です。

松山高校の文化祭には多くの松山地区で暮らす人達が集まります。 正に地域密着を大事にして学校行事を行う県立高校の姿を見ることが出来ます。

県立松山高校は、地域住民との絆を大切にしながら、地域に溶け込む努力をしています。七十七銀行支店が出張所に格下げになり、地域住民たちは、元気をなくしています。そんな中で、松高生達は元気です。張り切って松山地区のなかを通り、通学しています。

若者達をたくさん見かけることは、心強いことです。挨拶の言葉は私達を元気にしてくれます。

松山高校の文化祭にたくさんの人達が集まり、県立高校の学習に関心を持ち、地域のなかでの県立高校が、地域住民に愛され、見守られ、そして高校3年間の良い思い出をたくさん作って、元気に希望に胸を膨らませて、巣立ってほしいと願っています。

私は、松山高校の子供たち一人一人にとって、青春を過した『松山』が良いところとして心に残ればいいなぁと思っています。

若い時の良い思い出は、その人が辛い事や悲しい事が起きた時、きっと支えてくれる力になりうるものと信じますので、是非、充実した青春の日々を送ってほしいと思います。

10月21日には、松山高校に足を運び、松高生の活躍ぶりを見て頂きたいと思います。

<お知らせ>

大崎地区の1年生大会の組み合わせが決まりました。10月28日(土)に初戦を迎えます。
松高1年生は、古川工業グラウンドで古川黎明と午前10時から闘います。”応援宜しくお願いします。”

        練習試合:10月14日(土)宮崎Gで、狭山ヶ丘高校と闘います。
               10月15日(日)山形遠征 山本学園、山形商業と闘います。
               10月22日(日) 築館Gで、築館高校と闘います。


今日のガンディーの言葉 
「純真さが、自分の本性の中に深く沁みこんでいれば、純真さは影響を受ける。」

投稿者 jizai3 : 11:12 | コメント (1)

2006年10月11日

2007"「ART FROM JAPAN in Quebec」への出展決定

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2007年春4月に”北米のパリ”と謳われるカナダ・ケベック州・モントリオール市で「ART FROM JAPAN」が開催されることになりました。国際舞台で活躍するエンターテイメント集団の本拠地として知られるこの街、世界遺産都市ケベック・シティーは、多くの人々から最も注目されている文化発信地でもあります。

今回のこの展覧会は、モントリオール万国博覧会から数えて記念すべき40周年に開かれるそうです。

現地では、ここ数年、日本に関して、関心が高まり友好ムードに包まれているそうです。ケベックの文化風土は「人生を楽しく!」だそうです。そのケベックの風土に相応しい作品展を開催し、より深い文化交流を果たし双方の理解を深め貴重な時間を一緒に過ごしましょうということが目的のようです。

モントリオール市は、国際ジャズフェスティバル、F1グランプリ、国際映画祭、、、、、多彩な演出で世界中の人々を魅了し続けている国際文化都市です。

カナダへは、主人と結婚した時に訪れましたが、素晴しくきれいな都市ばかりでした。

それに大自然のスケールの大きさに驚きました。今もナイアガラの瀑布の轟きのダイナミックさは忘れません。ゴミ一つないところで、ボーイスカウトやガールスカウトの服装をした子ども達が、ちりとりと箒を持ち、お掃除をしていたことも思い出しました。

湖の大きさや広大な大自然を見せ付けられたことを思い出しました。21年も前のことですが、、、、楽しい
海外旅行の思い出がいっぱいのカナダです。

日本とケベックの友好は、戦後復興と日本の発展に重要な役割を果たしてきたと教えられました。

ケベックの修道女や宣教師は、日本の医療や福祉活動をはじめ子女教育にも尽力したそうです。

由緒ある学校として名高い、ラサールやカリタス洛星などがその一例になるのだそうです。

ハンセン病患者の介護では、日本国内では、このケベックの修道女の方々には大変お世話になったという歴史があり、日本社会に対して、多大な貢献をしていただいたそうです。

今回の展覧会では、この歴史的貢献の事実を踏まえ、過去の大切な史実をこれからの人々に語り継ぐきっかけになれば良いのにと思いました。日本との歴史をパネル展示にして紹介するコーナーも設けられるそうです。

特別展示として、ケベック人の芸術家作品とイヌイット作品も合わせて展示する予定だそうです。

因みに主人は、「豊穣」を出展致します。

弥生文化の米びつをイメージさせる「豊穣」は、主人の農機具販売店に従事して過した主人の人生そのものを表わしています。農家の方々と生きた人生の総括の意味を込めて制作した作品であり、日本文化を具現化した作品でもあります。

日本人にとって「米」は、日本文化そのものです。

農耕民族である日本人が一番大事にしてきた生業でもあります。  主人の作品の中で「豊穣」は、最も国民性を前面に出している、日本人らしい作品であると言えると思います。

今日のブログ写真は、轆轤を回す主人の両手を撮りました。病を克服した手は力強く、小さな商品づくりには物足りないように見えました。
主人は今日、「この区切りがついたら、大きな作品づくりに入るぞ。」と宣言していました。

ケベックでの海外展の話しに刺激されたようでした。


今日のガンディーの言葉 
「人は自分自身を外部で探すことによっては高めるはずがない。成長への展望は内部に存在している。」

投稿者 jizai3 : 14:03 | コメント (1)

2006年10月10日

満足の尺度とは、、、、、

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大崎市松山文化丁、我が家の裏通りから見た、秋の夕暮れの様子です。今日も一日秋晴れの良いお天気でした。午前中ギャラリー内の絨毯にスチームのクリーナーをかけて久しぶりにお掃除をしました。
大変清潔感のある蒸気の匂いがして汚れた絨毯はとてもきれいになりました。ホッとしました。

蒸気のクリーナーは、大変重く、クリーナーの出し入れが億劫で、大変重いので、1年に一回くらいしか使用しませんが、絨毯のシミが気になっていたので、午前中にやっとかけました。

とてもきれいになり、安心しました。使い終わった後も、底から水を抜いたりと結構大変なのでついつい、
、、、、、そのうち、そのうちと思いつつ今日になってしまいました。

蒸気の匂いは、床屋さんや美容室の清潔感溢れるものと同じで大好きな匂いです。丁度、熱い蒸しタオルの匂いです。熱い蒸気を当てると汚い絨毯の黒いシミは、みるみるうちにとれてゆきます。

本当に気持ちの良い匂いがギャラリーいっぱいに広がり、轆轤を回していた主人が「いい匂いだね。蒸しタオルの匂いだ。」と声をかけてくれました。

蒸気なので環境には優しいし、とても良いのですが、重さに参ってしまい、もっと使用したいとは思うのですが、、、、、。購入してからまだ数えるくらいしか使っていません。でも、本当にきれいになるのでこれからは、もう少し使いたいと思いました。


午後、主人の同級生のHさんがいらして「いろいろな所に合併によるひずみみたいなものが現われ始めているな。銀行の支店のない地域になってしまった。」などと話していらっしゃいました。

私は「大型店進出の心配の全くない地域としてのまちづくりが安心して出来るところ。と考えたほうがいいみたい。」と言い、「やはり、歴史文化を大切にしながら、経済活動中心じゃない地域づくりを考えるべきだね。」と付け加えました。

先日の河北新報に作家 堺屋太一氏が「団塊の行方」としての提言を述べていらっしゃいましたが、私は大変良い提言だと思いました。生き方として同調できるところがたくさんありました。

主人の口癖は「世の中を悪くしたのは、団塊の世代から。」と言い、いつも団塊の世代の私とぶつかり、良く口喧嘩をします。私には、ベビーブームの中で、競争社会を生き抜いてきた逞しい世代と思っていますから、世の中を悪くしたつもりはありませんし、むしろ昭和、平成時代を支えているという自負心を持っているので主人の言葉には、いつもカチンときていました。

堺屋さんは、「好縁社会」楽しもうと話していらっしゃいます。満足の尺度を物量、つまり所得の大きさで量るのではなく、満足の大きさでみる。つまり所得は減るが、満足は増えるということを理解する生き方を提唱していました。

好きなことで結ばれた仲間を大事にする生き方、俳句や旅行、野球の応援団など、、、、好みで結ばれた「好縁社会」を大事にすること。自分が好きなこと、長くしていても疲れないものを探すことと話していらっしゃいます。同好の士が集まり、10年も経てば核になれるとおっしゃっています。情報も入り、70代は賑やかになると見越していらっしゃいました。

介護と保険だけの高齢者産業じゃなく、高齢者が誇りを持ち楽しく生きられることを考えるのが、団塊の世代の課題だと話していらっしゃいました。

私は、この提言を知って、まさしく松山地区は、この提言にもとづて課題に向けて、実践をしているところだと思いました。好みで結ばれた松山高校硬式野球部の応援団を組織して高校野球の応援に出掛けたり、後援会をつくって激励会を催したり、、、、、、自分達の周りには「好縁」で結ばれた人達がたくさんいらっしゃいます。この仲間達を大切にしながら、活き活きと年齢を重ねてゆくことが改めて私達にとってはとても大事なことだと思いました。

そして、この人たちとの共有できる喜びを大事にしながら生きてゆくことに満足感が持てる人生を送りたいと思いました。

七十七銀行松山支店から松山出張所に格下げにされ淋しい現実の時に、堺屋太一さんの提言に出会い、勇気が出ました。人々が何処に満足の尺度を持つかで、幸せ感は違ってきます。

所得の多い人が幸せとは限りません。お金持ちでも不幸な人はいます。

お金、所得はあまりなくても幸せな人はいます。物質的なものだけを求め続けることは、不幸なことです。

「このくらいで良し」とする節度を持ち、その中で満足感が得られれば、その人は幸せだと思います。

今日の私は、蒸気スチーマーで掃除が出来、絨毯のしみを落とすことが出来て、きれいな秋の夕暮れを見ることが出来たことに満足でした。  
(ただ北朝鮮の核実験のことは気になってしようがありませんが、、、、、、、。)


今日のガンディーの言葉 
「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」「単純の中で大きさがあるように、良き事は存在している。決して豊かさのなかではない。」

投稿者 jizai3 : 15:37 | コメント (1)

2006年10月 9日

祝日、「体育の日」は爽やか秋晴れ

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10月第二月曜日は、「体育の日」 素晴しい秋空が視界いっぱいに広がる絶好のスポーツ日和です。
こんなに素晴しい気持ちの良い日に、「核実験、実施北朝鮮科学的に成功と発表」という怖いニュースが報道されました。核保有国としての強い立場をとる事で北朝鮮は米国と交渉をするつもりでしょうか。

秋晴れの素晴しい体育の日に、又、日本の新総理 安倍晋三首相が、中国の胡主席との初会談を終え今日は、韓国ソウルで盧大統領と会談予定の、丁度、その時に、偶然にも世界中を震撼させるニュースが飛び込んで来ました。

これで、北朝鮮は六カ国協議への復帰は、ますます遠のくことになりそうです。

今回の核実験実施について、北朝鮮側は、科学的に成功した。放射能漏れなどの心配はないと発表していますが、鵜呑みには出来ないと思います。

日本では、近隣諸国への影響を調査しますと述べていましたが、しっかり調査をしてほしいと思います。

世界で唯一の被爆国である日本は、戦後61年経っても放射能の後遺症で苦しんでいる人たちがいることが現実です。
毎年の終戦記念日には、あの戦争のこと、多くの犠牲のもとでの今の平和を実感していますが、、、「核・廃棄」に向けてのメッセージは、機会あるごとに送り続けていたはずなのに、残念ですが北朝鮮には届かなかったようです。

核実験の後の制裁決議なども心配なことです。

TVの報道などでは、米国との対話を行う為の外交カード、手段として核実験を実施したと話していますが、米国は六カ国協議が先、二カ国での対話はあり得ないとしています。

今の段階では、核実験についての事実関係を調査中のようですが、親しい中国やロシアにも何の事前相談もないようでしたが、このままだと北朝鮮は、「孤立」への道に突き進む事になると思われます。

世界の関係も、我々が暮らす地域社会の中での人間関係も「孤立」しないよう、「孤立」させないようにしないと、周りの人々には危険が生じ、安心安全が守られない環境になってしまいます。

怖い世界だと思います。

ごく一部の人々だけが良い思いをしたり、個人崇拝の社会では、本当の意味での個人個人の人間性の成長を遂げることは出来ないと思います。

どんな組織にでもいえる事ですが「私物化」からは、発展性は生れません。

「私物化」から見えてくるものは、人の醜さだけだと思います。

話せば解るということも真実ですが、話しても解らない人がいることも真実だと思っています。対話が平行線な人に対しては、私の場合は、話しても解らない人と理解して付き合うようにしているつもりですが、、
、、、、、。とても難しいことです。ややもすると知らんぷりをしてしまいそうですが、自分だけじゃなく、みんなが同じように相手にしない態度が高じれば、「孤立」の道へ追いやることにもなるわけです。

そうすると、孤立の道を歩むことでますます依怙地になり、「周り全員、敵だらけ」の構図になって、孤立は一層深まるばかりとなってしまいます。

何とか同じテーブルに着き、対話が可能な状態になればと思います。

こんなに素晴しい秋空なのに、気が重くなるニュースを耳にして憂鬱な気分です。

でも、こんな時ほど冷静でなければならないと思いました。     あらゆる角度からの情報を収集して、正確な分析をし、日本政府の冷静な対応に期待したいと思います。

<お知らせ>

松山高校硬式野球部の練習試合は、角田高とWで闘いました。11:5と7:2と二試合とも勝利しました。

今日は、松山でもチャレンジスポーツ大会がありましたが、北朝鮮の核の問題で取材を忘れてしまいました。大勢の人たちで賑わい、パークゴルフには、松山地区以外の方からの参加もあり、又、テニス大会も開催されたそうで、松山広岡台付近は、スポーツ大会一色で大賑わいだったそうです。今日の日本は国民の行事「体育の日」に因んで至るところでスポーツの祭典が行われました。「平和」が一番ですね。

これからも恒久的に平和を愛し、スポーツや読書を大切に思う国民でありたいものだと思います。

今日のガンディーの言葉 
「人間の強欲は、まさに天空まで届くかもしれません。例え、どんなに低い高さだとしましてもです。
ですから、欲には限界を設けるべきです。」

投稿者 jizai3 : 12:33 | コメント (1)

2006年10月 8日

大自然の美味しい贈り物は誰から・大崎の秋の恵みを想う時

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主人の同級生から頂いた大自然の秋の贈り物・無花果です。無花果は聖書にも良く登場します。イチジクに関する話しはたくさんあります。主人の同級生は、「身体に良い、万能薬だから同級生に食べさせろ。」と温かい言葉を残し、大荒れ天気で心配なビニールハウスの点検に急いでいました。

無花果の名前の由来は、果実が一ヶ月で熟すから、「一日一果実ずつ熟す」という『一熟』が転じてイチジクと呼ばれるようになったそうです。

初夏に花軸が肥大化した花嚢の内面に無数の花をつけて、果実は秋に熟します。

食用とする部分は果肉ではなく、「花托」なんだそうです。私は果肉とばかり思っていました。

イチジクの用途は、醸造、食品添加物、薬用だそうです。

お友達から、「きれいに洗ったら水を入れないで、砂糖を入れて弱火でとろとろ煮込む事がコツよ。」と言われました。夕べ言われたとおりにとろとろ煮ました。飴色に出来上がり、水分は殆どなくなりました。

朝、主人に味見をしてもらいましたが「とても、美味しいね。」と褒められました。

「今夜、お酒を呑む時にも食べるからね。」と言ってくれました。晩酌にも出すつもりです。

私は、仙台にいた頃にはあまり感じなかった自然を、松山に嫁いでからは、とても身近に感じるようになりました。特に実りの秋、収穫期になると豊かな自然に溢れているこの地域の素晴しさに毎年感謝しながら生きてきたように思います。

合併をして大崎市になった今こそ、改めてこの大崎地区の豊かさと素晴しさを見つめ直そうと思っています。自分の暮らす地域がどんな所なのか、何があって何がないのか。あるものを最大限に活かしながら
まちづくりの基礎を地域住民みんなが考えてより良い地域づくりが出来たらいいなと思います。

今日の「サンディープロジェクト」では、成功事例の自治体を特集していました。

石川啄木の故郷、岩手県滝沢村の柳村村長の12年かけての自治体改革の全貌を映し出していました。

住民の苦情、要望に対しての対応の早さには本当に驚きます。

番組を通して素晴しいと感じた事は、行政と住民の間に、しっかりとした信頼関係が築かれている真実です。滝沢村で暮らす人々も、全ての問題を地域住民の課題として受け止めていることでした。

不可解な予算配分は一切なく、全てガラス張りで行い、財源確保が力関係で行われずに、全ての項目を網羅し、優先順位を決め、誰が見ても一目瞭然に分かるシステムに改革したのです。
決裁も簡潔にし、肩書きなしの自治体にして、柳村村長と部長8人がイニチアチブをとり、後の職員は全員同じ立場で働くということにしましたから、実働職員達が多い職場と化しました。

ピラミッド型職場からフラット型職場へと変換したことで、活き活き働く職員が増えたそうです。

地域住民を顧客と位置づけることにより、職員の意識が変わり、昨年の大雪には150名の職員が除雪作業に加わり地域住民から大変感謝され、地域社会を向いて働く、民間以上の公務員と評価され、住民達からの信頼も厚くまさしく協働の地域づくりに励んでいる成功事例の自治体の姿を見せてもらいました。

そこには、従来の発想を変えた後から見えてくるものときちんと見つめ、思考回路を変えた公務員たちの組織の姿が浮かび上がっていました。みんなが同じ土俵で物が言えて、セクションを越えた議論が堂々となされ、公務員にありがちなこれは私共の管轄ではないという言葉は全くなく、むしろ人の分野にも口を挟み、大事なことは多くの人々で考え議論を交わすという土壌が出来上がっていました。

「地域全体」をみんなで考えるというコンセプトでいち早く問題解決に臨む、明るく元気でチャレンジする公務員の活き活きした顔が見えました。

分権社会を目指し、日夜努力する地域社会の指導者のあるべき姿を見せてもらいました。

「役に立たない自治体は、火をつけて燃やしてやる!」と過激な発言をしていましたが、、、、、。そこには自分の暮らす地域社会をこよなく愛すが為の、深い愛情の言葉であることが良く理解出来ました。

柳村村長は、住民の積極的関わり、参加こそがこれからの自治体に求められる究極の目的と話し、行政だけでは自治体存続は不可能と考えているようでした。
ですから、新しい公務員にはマネージメント能力を評価して採用を決めていました。

人間対人間の意思疎通能力、人との対話能力などということになるのでしょうが、、、現代のような便利な時じゃなく、まだまだ不便な時代に、あちらに行っては、こう伝え、こちらに来ては、こう言い、両者の言い分を良く聞き、仲を取り持ち上手くコミュニケ^ションを諮る、地域のお世話役さん、今で言うなら地域社会の自主防災の長の役割を持つ、区長さんにあたる人の存在がクローズアップされていると思います。

私が住む大崎市松山文化丁のS区長も本当にそのような役割を果たすような人です。地震の時などもいち早く一人暮らしのお宅に駆けつけて安否確認をしたり、燃えるゴミ、燃えないゴミの分別の徹底を区民に促し、、、、、地域社会のもろもろのことにいつも温かい心で問題解決に向けて配慮してくれています。

ちょっと前の日本には、このような人々が地域社会の中には一人や二人は必ずいましたし、大変力強い
存在の人でした。現代はそのような意味からも、地域社会再構築の時代と位置づけてよい時だと思います。全てを足元から見つめなおす絶好の機会かも知れません。

見つめなおした後に見えてくるものを、しっかり見定めて、本当に大事なもの、地域として大切に守り育て
いかなけらばならないものを見極めて、豊かな気持ちで生きて行けることで満足感が持てるものに力を注いでゆくことが、地域住民に活力を与えることなのかも知れません。

分権社会で大切なことは、自分達の地域社会は自分達で守ってゆくという気持ちと行政と協働の心で、ふるさとづくり、地域づくりをするという考えを共有し、行動に移し、より良い地域社会を目指すという覚悟を持つことだと思います。

不明瞭なところがない自治体は地域住民の信頼を得ることが出来ますが、不明瞭なところが多い自治体は、信頼を得ることは難しいので、まずは、見える形に直し、ガラス張りのなかで財政についての議論が出来るように提言したいと思いました。

まずは大崎市については、合併の総括を行い、それから短期での財政健全化を市民が解るよう説明をする事が、信頼の第一歩に繋がることだと思います。

市長選挙の公約違反での船出について地域住民への説明、市長の決意など、大崎市のリーダーとしての考えを表明してほしいと思います。地域住民へ顔を向けた自治体の長として姿勢を期待しています。

大崎市の豊かな自然の贈り物を無駄にしないような基幹産業の見直しなど課題山積みではありますが肥えた土地柄の地域社会を十二分に活かす地域づくりこそが原点回帰の心を取戻し、深い人間性につながることだと思います。

<お知らせ>

本日の試合は、一関グラウンドで一関学院と練習試合をしました。(W)  1:2と0:1で負けました。
        明日は、角田総合運動公園で10時より角田高校と練習試合を行います。


今日のガンディーの言葉 
「思慮のない人生は、動物の人生と似ている。」
「例え、いくら良いことがあっても、そこに偽善がある場合、良いことのみを取り上げようと近づいてはいけない。もし、貴方がそのようにすれば望まれもしない悪との競合となるだろう。」

投稿者 jizai3 : 12:21 | コメント (1)

2006年10月 7日

秋の香り・金木犀

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秋の良い香りをいっぱいに振りまく金木犀を頂きました。
ギャラリーいっぱいに良い香りが漂いました。遠くからでも匂ってきます。春の沈丁花と秋の金木犀は、季節の香り花ですね。私の子供の頃を思い出す懐かしい匂いです。

昨日今日と二日続けての大荒れ天気です。昨晩の強い雨にはびっくりしました。今日は午後からは、雨は小降りになりましたが、風が強く、秋が一層深まったような気がします。

今朝の雨降りの中、「金木犀」を頂きました。

自在窯&ギャラリーの玄関が開いたとたん、ギャラリーは良い香りに包まれました。

ずっーと遠くからでも金木犀の香りは、はっきりわかります。とても秋らしい香りです。雨風には弱い植物なのに香りは強く、子供の頃、家の路地にはたくさん咲いていましたから懐かしい香りです。

朝、主人に℡で呼ばれました
出勤一番にショッキングな話しを聞きました。

主人は、封書を見せながら「これも合併の弊害か、、、、、」と言いました。

封書の中には、「松山支店の松山出張所への変更に伴うご案内」と書かれていました。

これまでの七十七銀行松山支店は、平成19年2月19日(月)をもって、「鹿島台支店松山出張所」となるそうです。

要するにこれからは、支店ではなくなるので融資が受けられなくなるということです。

事業資金の借り入れが出来なくなり、借り入れが必要な時には、七十七銀行の支店のある、近隣の鹿島台か、美里町かで、、、、手続きをして借り入れを起こして下さいというお知らせでした。

主人とは、合併するとやっと念願叶っての松山支店が松山出張所になるのではないだろうかと話した事がありましたが、こんなに早い時期の措置になるとは思いもしませんでした。

先日の厳しい本会議の内容が、いよいよ真実の出来事として、松山地区の住民達にも知らされたということになったと、私は捉えました。

私は、今から19年前に松山進学教室を始めました。
今日の出来事はその時の事を思いださせるものでした。

学習塾を経営するのに、七十七銀行の小牛田支店長に事業資金を借りる為、交渉をしました。支店長は、「松山じゃなく鹿島台か、小牛田で経営するなら小野寺重一の連帯保証人で融資するが、松山で事業はしないほうがいい。松山でやるなら融資は出来ない。」と強く言われました。

私は、「吉田松陰の松下村塾を見て、松山で学習塾を始めたいのだから、松山以外は考えられない。明治の偉大な人々を育てた吉田松陰の塾のイメージは、決して松山に合わないことはない。私にはイメージが一致するし、この地で向学心のある子供たちを育てたい。」と何度もお願いしましたが、駄目でした。

そこで、主人の定額預金を担保にして、不足分は主人の母であるおばあちゃんから借金をして松山進学教室を敷地内に新築をして、丁度、63年の10月からスタートする事が出来たのです。

おばあちゃんには元気なうちに借金を返済し学習塾経営は順調で、おかげ様で塾頭としては15年間従事することが出来、現在は大家さんです。

しかし、支店長には最後には、「奥さんの趣味だから。」と言われ「事業」とは認めてもらえませんでした。

今日は、あの時の悔しさが蘇ってくる思いでした。

経済成長が認められない所として烙印を押された思いがしています。

でも、私のように負けん気いっぱいで新規事業にTRYする人が出てくるかも知れないし、、、。これを機に
松山地区のまちづくりの核を再構築するのに、又は、まちづくりの見直しをするように導かれている時かも知れないなとも思いました。

経済発展の満足じゃないまちづくりに本格的にシフトして行く事を地域住民が真剣に受け止めなければならない時がやってきた事は確かなようです。厳しい現実を受け止めながら、金木犀の変わりのない良い香りに、何かしら地域づくりのヒントがあるのではなどと思いながら重い気持ちで夕方を迎えました。

「大崎市松山」としての地域づくりを本気に考えなければならない時がやって来たようです。


今日のガンディーの言葉 
「力に屈服する事は臆病のしるしである。」「絶望する事が、人間を駄目にする。」

投稿者 jizai3 : 13:32 | コメント (1)

2006年10月 6日

魅力ある地域文化活動を支える大崎市文化協会の役割

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大崎市松山文化協会会報「松が枝」第17号が配布されました。17年度の文化協会の主な活動の報告がされ、18年度の事業計画のお知らせも掲載されておりました。文化協会会長 畑中敏亮氏のご挨拶の中で、8月22日に設立総会を開催し、大崎市文化協会が発足した経緯が伝えられていました。

今回の会報、畑中会長のご挨拶は、「今まで地域で大事に伝えられてきたものは、自分達で守り伝えていかなければなりません。」と、とても大事なことを話していらっしゃいます。

「皆さんで知恵を絞りながら、この厳しい時期を乗り越えてゆきましょう。」と、松山地区で暮らす人々に語りかけ、これは、合併の現実の厳しさを受け止めていらっしゃる言葉として心に響きました。

閉町前の取材で今回17号の「松が枝」に、温故知新 一筋の道として、主人を取上げて頂きました。

最近、地域の方々から、「松が枝、見ましたよ。陶芸の道に進んだわけが良く解りました。」とか、「お二人とも楽しそうな笑顔でしたね。」とか、、、、いろいろお話を頂きましたが、まだ私達は、松が枝を見ていませんでしたし、取材を受けたのがだいぶ前でしたので、忘れかけてさえいました。

昨日、私共の手元に松が枝が配布されましたので読ませて頂きました。

皆さんがおっしゃるとおり、陶芸を始めたきっかけ、辰砂の赤にこだわった理由、伝統工芸である焼き物の世界に、松山の刀匠 法華三郎信房氏の大和伝をイメージして、小野寺重一の思いを込めて作品づくりをするようになり、これが評価の分かれることにも繫がりましたが、、、、主人は自分のつくりたいものを人の評価を恐れずにつくるという制作姿勢を貫く事を決め、現在に至っていること。

病を体験する事で、私達の人生観に大きな変化があり、今はその心の変化を大事にしながら、元気に生きてゆきたいという思いを取り上げて頂きました。

今回の取材は、私達が話した内容を率直に取り上げ、ストレートに書いて頂いたと思いました。

これまでの経緯を大変良くご存知の方に取り上げて頂いた事に大変感謝しております。

文化協会の大きな使命は、「郷土芸能文化の伝承」だと思います。

合併により、各町の文化協会にも少しずつ変化が表れているようですが、地域の大切な行事は、地域住民中心の協働での活動が期待されると思いますので、畑中会長にはリーダーシップを発揮し、魅力ある松山地区の文化活動の率先者としてこれからも頑張って頂きたいと思いました。

私達も出来るだけ協力体制で臨みたいと思っています。

今回の松が枝には、二人の大笑いの写真が掲載されていました。どんな時の笑いだったか全く覚えておりませんが、大口を開け楽しそうに笑っています。主人は「極楽トンボ夫婦みたいだ。」なんて言っていました。本当に恥ずかしいくらいの大笑いの表情ですが、、、、、、、どうぞ、大目に見て下さいね。

       ””肩肘張らず、気楽に、シンプルに暮らそう””が私達の合言葉です。


今日のガンディーの言葉
「大きなことではなく、良いことを考えよう。」

投稿者 jizai3 : 10:19 | コメント (0)

2006年10月 5日

目を見張る成長の喜び

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ギャラリーのユリの花びらが、大きく開きました。今日は、新松山小学校校舎を建築中のH所長さんから今回の新校舎見学の様子の写真、子供達の感想文など見せて頂きました。基礎工事の頃からの文章、絵日記などと比較すると子供達の観察力の向上などが見えてきます。大きな学習成果を感じました。

今日は、午前中に大崎市松山小学校を建築中のH所長さんと、営業のNさんとお逢いしました。

話題は、今回の各学年の建築現場見学会のことでした。

たくさんの写真、子供達の文章、絵などを見せて頂きましたが、、、、、素晴しい見学であったことが伝わってくるようなものばかりでした。子供たちは、写真の中で、手に木材の切れ端を持ち、全員ニコニコ顔で引率の先生方も、建築現場で働く作業員の方々も、本当に良い表情をしていました。

子供たちが手にしている、木材の切れ端は子供達の宝物だそうです。

H所長はじめ、建築作業員の方々との交流の初めの頃と比較すると、絵の表現力も数段上がり上手になり、文章力もレベルアップしている事が解ります。

細かなところの観察が絵でも、文章でも良く表現されています。

本当に子供達の観察力の素晴しさ、感受性の豊かには感激しました。

小学1年生、2年生の素直な表現には、心洗われるものがありました。

子供達の絵でも文章でも「エレーベーター」の事について驚きを表わす子供らしい表現が目立ちました。

私も、以前見学をさせて頂いた時に、H所長さんが「松山小学校は、地域社会の中のあらゆる人達が気軽に尋ねられる場所であって欲しいと思っています。車椅子の方にも、足腰に自信のない人にも松小を訪れて欲しいのでエレベーターを取り付けました。」と、温かい言葉をお聞きして納得致しました。

松山地区には、エレベーターがありません。

子供たちにとっては、エレベーターがある自分達の小学校には驚きを隠せない様子で、絵にも文章にもエレベーターがたくさん登場していました。

私は、今回の小学校建築について学んだことは子供たちにとって、生涯忘れられない出来事になることだろうと思いました。

本当に小学校を取り巻く環境が実に素晴しいのです。真の意味の教育、学習の本質が見えてきます。

私は、学習塾をしていた頃、作文指導に大変悩んだ事がありました。

必ず、「文章が書けない。」という塾生に出会い、、、、、、何でもいいから文章を書くまでの指導が大変でした。今考えると、感動、感激の薄い授業展開に問題があったのだと大いに反省しました。

子供たちの心に、感動があれば素直にその気持ちを絵に表わしたり、文章にすることは出来るのだと解りました。じつに素晴しい絵や文章です。

松山地区の文化祭 (11月) に、H所長さんは、1ブースを設けて「新築校舎松山小学校展」らしきものを展示するそうです。大変張り切っていらっしゃいました。

作業員の方々と子供達の心温まる交流を目の当たりに出来るコーナーだと思いますので、是非ご覧頂きたいと思います。

今日は、松山地区で暮らす子供達の目を見張る成長ぶりに触れてすごく豊かな気持ちになりました。

何もないところから少しずつ小学校らしきものが出来上がり、松山に相応しい蔵をイメージした屋根が出来上がり、勉強をする部屋が出来上がり、エレベーターまで見ることが出来た感激は、子供達の一生の宝物になると思います。

そして、毎日毎日、自分達の為に新校舎造りに励む大人の人たちを近くで見ることが出来る人的環境の素晴しさは、最高の学習、教育環境の提供だと思いました。

仕上がり間近かの新松山小学校からは、元気な子供達の声が聞こえてきそうな気配さえしています。

3学期からは、大いに楽しく学び、楽しく遊んでほしいと思います。

作業員の方々には、最後まで気を抜かず、事故怪我のない建設で終りますよう祈っています。


今日のガンディーの言葉 
「純真さが自分の本性の中に深く沁みこんでいれば、純真さは影響を受ける。」
「真の愛は、どんな疲労をも取り除く。」

投稿者 jizai3 : 19:23 | コメント (1)

2006年10月 4日

季節の旬を頂く幸せ

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ブログ写真は、「山のキャビア」と呼ばれる「ミズの実」です。さっと茹でたものですが、本当に高級食材のキャビアのように見えます。 実りの秋には、キノコや山菜なども美味しく、旬のものを頂く時は、とても幸せを感じます。ミズの実にはぬめりがあり、シャキシャキの歯ごたえが何とも言えません。

秋には、果物、キノコ、山菜、お米、、、、、美味しいものがたくさんあり過ぎて、体重計に乗るのが心配になってくる今日この頃です。

親しくさせて頂いている、J君からミズの実を頂きました。

その後「もう、これが最後だから。」と言って、もぎたての枝豆も頂きました。秋の香りがいっぱいでした。

夜になるとお月様も出て、澄んだ空に見事に輝いています。秋の風情を一層引き立て、何ともいえない日本的な趣を感じさせてくれます。

私の叔母は、「季節感のあるものを頂くのが一番」と言い、旬でないものは出来るだけ食べないようにしています。「最近は、スーパーに行くと季節感のない食材があり過ぎて、良くないことだわ。」と言っています。

一年中、いつでも季節を関係なしに食べられる事は、決して幸せな事ではないと主張しています。

特に子供たちの成長には良くないことと言っています。

叔母は、若い頃、TVの料理番組にも出演したりしていたので、食べる事にはちょっとうるさい人です。

お料理番組で、大事にしていたことは、「食する時には、季節感を味わい、出来るだけ旬のものを頂くようにして日本の四季を感じましょう。」と言いながら、お料理をしていました。

娘の出演のTVをおばあちゃん(叔母の母)は、いつもどこかで必ず見ていました。

おばあちゃんは、「季節感を大事にする人になりなさい。」と良く言っていました。季節先取りの服装をしているお洒落な人でした。私の母も、叔母(母の妹)も、自分の母が大好きな人たちでした。

子供の頃には、おばあちゃんから「これは、今年初めて頂くものだから、感謝して食べなさいね。ビタミンCがいっぱいよ。」、、、、と、ちょっとした口上のあとにみんなで食べました。

私の母の口癖は「これを食べると頭が良くなる。」とか「お利口な人はこれが大好き。」とか「これが好きな人は、みんな記憶力がいいみたい。」とか、、、、、、頭が良くなる食べ物という言葉を耳にたこが出来るくらい聞かされました。

私は、小さな頃、食べ物の好き嫌いが多かったので、母はこれを何とか治そうとして、使った言葉なのだろうと後から思いました。

大人になってからは、どじょう以外は何でも食べられるようになりました。

幼い頃の食卓で「今年初めて頂く、新米ですよ。」とか「今年初物のおりみきのお吸い物ですね。」とか「今年初めての栗ご飯です。」とか「今年の夏、初めてのスイカだから。」、、、、、、と言われ、春、夏、秋、冬と季節を意識して食事をしていたように思います。

父もどちらかというと季節を意識する人間で、居間の絵などを季節に合わせて変えたりしていました。

人間性を培う為には、日本の四季を大切にする生き方は大事なことのような気がします。
この季節の変化によるデリカシィーを大切にして生きることが日本人らしさに繋がることなのかしらとも思います。

美味しい柿、なし、りんご、枝豆、ミズの実、サツマイモ、ブドウ、新米、、、、実りの秋を堪能しています。

”” 満腹感のある幸せを感じています。””


              <ふるさと歴史館企画展についてのお知らせ>

             魅惑の低音歌手「フランク永井展」を開催するそうです。

                 10月21日(日)~1月21日(日)まで
                   ふるさと歴史館企画展示室
               
               
                <2006スポーツチャレンジinまつやま開催>
      
          「いろいろなスポーツにチャレンジしてみよう!!」がテーマだそうです。

              10月9日(月) 体育の日 午前9時から正午まで
           お問い合わせ:大崎市松山B&G海洋センター  ℡55-2800 

今日のガンディーの言葉 
「もしも、関連性がなければ重要性のある事であってもその重要性を失います。どんな小さな事であっても、関連性のある事は、重要性なのだということです。」

投稿者 jizai3 : 12:53 | コメント (1)

2006年10月 3日

見えない背景と、見える現実

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ブログ写真は、美空ひばりさんの歌で有名な「塩屋岬」です。大荒れの天気で、秋とは思えないような海の様子で、まるで初冬のようにさえ見えます。終盤を迎えた大崎市本会議が連日行われていますが、合併初年度とは思えない論議がなされています。大荒れの海の様子と同じ光景が見え隠れしています。

良くこんなはずではないと思える出来事に時々遭遇する事があります。

塩屋岬の秋の模様もそうですし、合併したばかりの大崎市の初年度予算もそのようです。

終盤間近の大崎市の本会議は、いよいよ白熱した議論がなされ始めました。

大崎市議会では、病院問題と、財政難の質問が大変多いようです。今日はなかでも、小沢議員と佐藤昭一議員の厳しい質問に、市長、合併協議会の総務部長や事務長の答弁は、迫力がなく、済んだ事より論議は、未来志向でと言うような答え方に終始していたように思いましたが、今日は、「未来」という言葉が大変空しく聞こえたのは私だけでしょうか?

合併後の財政計画が如何にずさんだったかを露呈する場面があったことは議会の成果だと思いました。

佐藤昭一議員の熱意と怒りの質問は、一般市民の声を代弁しており、政治不信を招く事に対する議員としての本気の怒りが伝わるものでした。

小沢議員は、「政治は最高の道徳である。」と話しましたが、このような大崎市の一市六町の合併船出
に対して、私には「政治は最低の不道徳である。」という思いが強く、今回の合併では、政治不信が一層募ったように思いました。ついこの間までの、七人の首長たちへの不信は大変膨らみました。

第三セクターの課題に対しては、副市長は、現実の認識に立ち、明日を考えますと答えました。そして、金を補うのは人であると答えましたが、合併協議会には、首長はじめ、たくさんの委員の方々がいらしたはずです。新市大崎市の財政計画を立案したのは「人」だったはずです。

この人たちは、どのような人たちだったのでしょうか?

逼迫した財政を基に考えて、大崎市の未来を考えましょう的な答弁ばかりでしたが、私は、きちんと精査をして何らかの見える形での総括は不可欠だと思います。

合併に関して「総括」をしてから第一歩を踏み出すべきだと思います。それをしないと、大崎市民に認められる真実の第一歩にはならないと思います。

最初の一歩を間違わずに正しく踏み出して欲しいと思います。物事は、一の一が一番大事です。

一の一を間違うと二歩も三歩全て違って歩みだすことになりますから、合併初年度の歩みは、特に慎重に、正しく歩んで頂くことを共通認識にして大崎丸の舵取りをしてほしいと思います。

本会議は明日一日を残すだけとなりましたが、議会に望む皆様方には、最後まで熱心な審議を十分して
まちづくりの基本である、大崎市の初年度予算について真摯な審議をお願いしたいと思います。


今日のガンディーの言葉
「一マイルを歩こうと、千マイルを歩こうとなかろうと、最初の第一歩は、常に第一歩を刻む。何故なら第二歩は、第一歩が始まらなければ歩まれないからだ。」

投稿者 jizai3 : 15:44 | コメント (1)

2006年10月 2日

課題山積みの大崎市の進むべき方向性は如何に・個性あふれるまちづくりとは、、、

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今日のブログ写真の蝶々は、昨日の午後に自在窯&ギャラリーの玄関に遊びに来た蝶々です。何時間も入り口から出たり入ったりしていました。ギャラリーにいらしたお客様が、「あら、珍しいこと!」と驚きの声をあげていましたが、私は一昨日の土曜日には、黄色い蝶々を松山球場で見たばかりでした。

今日は、朝からの雨降りでした。昨日は素晴しい秋晴れでしたのに秋の天気は本当に変わりやすいようです。「女心と秋の空・男心と秋の空」、、、、、、どちらも真実のようです。

とにかく秋の空は変化しやすく、気温の変化について行けず、油断すると風邪をひいてしまいそうです。

健康にはくれぐれも気をつけて、元気に「実りの秋」を楽しんで頂きたいと思います。

今日は、午後から主人のリハビリのH先生がいらして下さいました。

昨日は、H先生が勤務なさっている、古川民主病院で、大崎健康福祉友の会古川支部健康まつり実行委員会主催の「第19回 健康まつり」が開催されました。

秋晴れの素晴しい天気の下で中央には舞台発表のステージが設けられ、他にも健康チェックコーナー、歯科コーナー、医師健康相談コーナー、骨密度測定コーナー、憲法九条の会、絵手紙体験コーナー、作品展、その他多くの模擬店が出店されていました。

本当に大勢の方々で賑わい、中央舞台では、カラオケ、躍り、子供達のリズム体操、、、、が行われていました。病院の職員の方も上手に歌を披露したり、入院患者さんを励ます為に友人が踊りや歌を披露したりと大変アットホームな雰囲気でした。

主人が大変お世話になった古川民主病院がこのような行事をしていることはまったく知りませんでしたので、驚きました。
リハビリのH先生も、主人の担当だったケアマネージャーさんも、患者さんと楽しく健康祭りに参加していました。職員も、医師も、患者さんも、友の会員さんたちも皆、健康の大切さを認識しあって、楽しい会を催して楽しい時間を過ごすということは、如何に「健康」が全ての生活の基礎か、如何に大事なことかを考える、良い時間を共有する健康的な行事だと思い感心して帰宅しました。

主人は、今日いらしたH先生に「これからの病院経営を考える上で、あのような健康まつりは、病院を中心に、関わりあう人たちの一体感を育てる最高の行事ですね。皆さん大変満足した様子でしたね。」と言ったそうです。病院に関わる人たちみんなが一堂に集まり健康を大切に考えることは、本当に良い事だと思いますし、特色ある病院を目指していることにもつながる事だと思いました。

病院の隣の田んぼは、稲穂が見事に色づき、秋風に揺れ、頭を垂れていました。秋一色に染まった病院の駐車場は、大勢の人々の笑顔に包まれていました。

それから、今日は一日中、大崎議会中継ライブを流しながら夕方まで過しましたが、今日は議会傍聴者が大変多いと報告をしていました。特に女性が多いとのことでしたが、、、大変良いことだと思います。

お台所の感覚で、市政を考える事は、知に足が着いている考えで大崎市を見つめる事ですから、、、。

これからの大崎市については、女性がどんどん発言して行くべきだと思います。女性の考えを尊重する大崎市であれば望みありかなとも思いますが、、、、。今回の本会議は、市長も議員も、大崎市の財政が如何に厳しいかという共通認識を踏まえた本会議になっています。

合併したばかりの頃には、「合併したから、財政問題は解決。」などと話す議員もいましたが、、、今回は、合併協議会に対する批判や、市長の公約違反についての論議や、財政再建団体への危険性の認識や、合併の目玉であった病院問題や、各、町づくり協議会の重要性などについて、、、かなり共通認識を持って議論が行われたように思いますが、合併協議会の総括と、合併協議会で決めた項目の見直しだけは必要な事だと思います。

かみ合わない議論もあるようでしたが、、、、、大変な財政難での船出という事実だけは、議会場にいる全ての人々が理解し、健全財政の立て直しは先決課題ということだけは強く認識されたと思いました。

後は、子育て支援を含めて幼児教育の重要性を力説する議員さんが多いことには、「未来の子供達」を大切に考えているわけで、人格の基礎を築く幼児教育を重んじる事は、本当に大切な事だと思います。

市長に対しては、行財政改革の「痛み」についての厳しい質問もありましたが、、、、、、市長は、大崎の首長としての気持ちを表明していました。

私はこの厳しい大崎市の財政に対しては、首長として自らの痛みを具体的にどう対処してゆくか。
「隗よりはじめよ」の得策は、どのようなものかを見極めたいと思っています。

決算審議が済んで、これからが本当の大崎市についての議論がなされるわけですが、、、今日は、7時半までの長い議会でしたが、最終日まで真剣に議論し、大崎市の未来に対して少しでも明るいものが感じ取れるような熱心な審議をお願いしたいと思います。

大崎市を代表する皆様方の叡智を結集し、常に大崎市民を巻き込む努力をしながら、「大崎市民、みんなが創る”大崎市”」という意識を育てることが出来る、協働のまちづくりを願っています。
 
                         <お知らせ>
                  松山高校硬式野球部練習試合について
              
              10月7日(土)石巻西Gにて 10時より対石巻西W
              10月8日(日)一関Gにて 10時より対一関学院W
              10月9日(月)角田総合運動公園にて 10時より対角田

            * 10月12日(木):1年生大会の組み合わせ抽選日
                        1年生大会は、10月28日(土)と29日(日)です。


今日のガンディーの言葉
「注意深く観察すれば、天国は此処、私共の地球であり、空の彼方ではないという事が解かる。」

投稿者 jizai3 : 17:54 | コメント (0)

2006年10月 1日

10月1日は、記念すべき心に残る秋の一日

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10月1日(日)、近代消防社発刊の「国民の財産!消防団」~世界に類を見ない地域防災組織~として、消火活動に勤しむ消防団員を表紙にした小牛田牛飼在住・後藤一蔵先生の著書・新書がいよいよ発売になります。書店店頭に並びます。早速読ませて頂きましたが大変きれいな装丁で読み易い書物です。

松山に暮らす人からも何度か尋ねられていた、後藤先生の新書・「国民の財産!消防団」が発刊されました。この本は、書店店頭に並ぶそうです。

私は、早速午後に読ませてもらいました。
大変読みやすい書物です。難しい所がなく、伝統のある地域防災の役割を果たしてきた消防団組織について分かりやすく書いてありました。一気に読みました。

なかでも、第5章阪神・淡路大震災における消防団活動は、私の記憶にもまだ新しい出来事ですが、お一人お一人の消防団員さんの手記を読むと、非常に生々しい体験談が書いてありました。

その中でも、パニック状態になっている時に、私服の時には聞いてもらえない言葉が、家に戻りハッピ姿に着替えた消防団員が、消防団員として声かけをした時には、皆さんに聞いてもらうことが出来き、しかも、信頼ある言葉として聞きいれてもらえたと、使命感に溢れた記述などがありました。

地域の災害に対して、「地域社会の災害は自分達が守る」と言う意気込みが伝わって来る手記でした。

地域社会の安心安全の担い手としての消防団の位置づけを地域の中でしっかりと見直すことで、地域住民との間に温かい信頼関係が再構築されるのではないかと思いました。

地域住民との間に良い形での協働関係が生まれ、近いうちに必ず来ると言われている宮城県沖地震に対しても、地域住民にとって頼もしい存在であり続けてほしいと思っています。

世界に類を見ない日本の防災組織である消防団が地域社会の中で果たす役割を分かりやすく、温かく伝達し、生涯のテーマとして消防団の研究をし続けている後藤一蔵先生の熱心な思いが伝わってくる、防災書物だと思いました。

地方分権が進む現代で私達が暮らす地域防災について「地域を災害からどう守るか。」ということを真剣に考えさせるきっかけになる書物だと思いますし、地域に一大事が起きた時、本当に私達の力になりうる大きな可能性を持つ消防団の地域の中での社会的位置づけを考えさせられる問題提起をしている書物でもあります。

最後まで気軽に読み終えることが出来る書物ですから、是非ご一読頂きたいと思います。

               一般書店で購入できます。定価は945円です。


                            <お知らせ>

          今日の松山高校硬式野球部の練習試合は、東北高校球場で行われました。
   対白石高との闘いは、3:3の引き分けでした。対東北との闘いは、6回コールド14:0で敗れました。

大いに課題が残る練習試合だったようです。明日からは、心新たに、スタートラインに立ち戻り、練習に励んで欲しいと願います。強くなるには、一に練習、二に練習、三、四、五にも練習あるのみですから、、日々精進するしか解決策はないのですから、大きな目標を見定めて頑張って欲しいと思います。

勝負に勝敗は、つきものです。勝つものがいれば、負けるものがいます。勝つ時もあるが、負ける時もあります。反省は大事ですが、負けに拘りすぎても良くありません。打ち勝つ心には、「毎日の練習」が大切だと思います。今夜はぐっすり休んで、又、明日から頑張って下さいね。勝っても負けても変わらずに、これからも、応援をし続けたいと思います。       ~~松高応援サポーターより~~


今日のガンディーの言葉 
            「一つの種から生れる全ての活動は、同じ種とお互いに混じり合う。」

投稿者 jizai3 : 15:33 | コメント (2)