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2006年11月30日

今年で松高ナインは、「ありのまま舎」作業慰問2年目

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大崎市松山は、すっかり冬間近かの様子に変化しつつあります。松山高校硬式野球部員たちは、今年分の全ての練習試合を終え、今は、松山球場でのいつもの練習に励みながら、強い身体を鍛える為の身体づくりに一生懸命の日々を過ごしていますが、先日、「ありのまま舎」の作業慰問に出掛けました。

昨日、氏家監督夫人の恵子さんから、11月26日(日) 「ありのまま舎」 作業慰問についての話しをお伺いしました。

1年生部員にとっては、初めての『ありのまま舎』作業慰問となりました。
先輩に従って一生懸命に掃除に励んできたそうです。

その日は、午後2時少し前に到着したそうです。野球部員34名、大人5名で、玄関、ホール、廊下、個室の掃除、窓拭き、トイレ、換気扇、、、、掃除を一生懸命にしたそうです。

その後は、個室で、入所している方々との会話を楽しんだり、きれになった廊下を車椅子で散歩をしたりしたそうです。

松山高校硬式野球部員の活躍をTVで見て知っている人もいて、その事を「あいうえおボード」に書き、教えもらい、とても嬉かったそうです。

氏家監督率いる松高ナインは、今回で2回目の作業慰問になりますが、監督ご夫妻は、いつも松山高校硬式野球部員達に対して、「健康体で野球が出来ることに素直に感謝できる人間を育てたい。」とおっしゃっています。

世の中には、いろいろな人々がいて、生まれながらにしてハンディーを背負い人生を送る人々もいるのに、健康体で生まれたことを当たり前と思い、感謝を忘れている人もいます。「ありのまま舎」に入所している人たちは、ハンディーを背負いながらも明るく前向きに生きている人達が大勢いらっしゃるそうです。

監督ご夫妻は、このような人々に接することで、野球部員達には、もう一度自分を見つめ直してほしいと思っていらっしゃいます。健康体で生まれたことに感謝することで、人生をしっかり考えられるようになると信じていらっしゃいます。だから、練習試合が全て終了する季節に作業慰問を続けたいと話しています。

作業慰問の後には、子供たちには変化が見られるそうです。

自分の恵まれた境遇に対して、ありがたいと素直に思えるようになると子供たちの日頃の言動にも変化が現われると言います。

監督ご夫妻は、まさに、野球を通して人間教育指導を実践していらっしゃいます。

社会人として地域社会に貢献できるような人間を一人でも多く育てたいと、いつも意欲的に話していらっしゃいます。

野球というスポーツを指導することで、氏家監督は「凡時徹底」を教え込んでいます。

人間として当たり前のことを、当たり前に実践できるように、繰り返し繰り返し徹底指導しています。

真の指導者は、決して諦めず繰り返し繰り返し、何度でもその子供が習慣として身に着くまで温かく、そして厳しく、導くことが出来るのです。真の指導者者は、強い忍耐力を持っているのです。このような人を子供達は、心から信頼し、厳しい毎日の練習にもついてゆく事が出来るのだと思います。

丁度、ギャラリーにいらしていたOさんと作業慰問の話になった時に、Oさんは「学校が変わっても、甲子園に何度も子供たちを連れて行く事が出来る監督さんは、違いますね。人間性が素晴しい!」と、大変感服していらっしゃいました。    ホント、その通りだと思います。

氏家監督ご夫妻は、「これからも大事にして行きたい作業慰問です。」と声が弾んでいらっしゃいました。

本格的に寒くなる前の松山高校硬式野球部員達の恒例作業慰問として、これからも継続してほしいと思っています。

今日のガンディーの言葉
「何度言っても聞き入れてもらえないとしても、繰り返し、繰り返し、言うことを続けるべきである。これが忍耐である。」
「決して希望を失わない人のみがリーダーであることが出来る。」

投稿者 jizai3 : 10:53 | コメント (1)

2006年11月29日

メキシコ州から頂いた認定書を見て想うこと

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ブログ写真は、今年の9月に開催された「World Peace Art Exhibition in Mexico 2006」の美術展でメキシコ州立文化局 アグスティン グァスカ大臣からの認定書と、エンリケ ペニヤ ニエト メキシコ州知事から頂いた認定書です。大変な来場者が集まり現地美術館史上最大の国際平和美術展となりました。

この国際平和美術展は、TV、ラジオ、新聞などでの告知が行き届いていたこともあり、大変大勢の方々にご来場頂いたそうです。

州知事から頂いた認定書の文面の中に、『貴殿のこの上ない価値ある活動が、「国際平和美術展 in メキシコ」 において、日本とメキシコ国民の共存を再認識させ両国の友好親善に寄与されたことをここに称する。 新しい次の千年の始まりにおいて、芸術は人類の絆を強化し、国境を越える。』とありました。

今回のメキシコでの国際平和美術展は、現地美術館史上最大のご来場者が集まり、大変恵まれた美術展であったとの嬉しい報告を受けました。

平和へのメッセージに寄せられた言葉には、~~お互いの無知が戦争を生む。平和が一番大事。日本とメキシコの間で共に交流が出来たことが喜ばしい。”平和”というテーマでの美術展が非常に良い。その精神に賛同します。アートは、言語の壁を乗り越えるものだと確信できました。~~と、いかに平和が大事であるかということを訴えるものばかりでした。しかし、今現在、世界のどこかではこの時間帯でも、人が殺され、負傷者が出ていることも悲しい悲しい現実です。

なかなか争いごとの無い世の中づくりは難しいことのようで、本当に残念でなりません。

先日「大崎知ろう会」の記念講演をして下さった、江刺洋司先生が「国連では、日本の平和憲法の評価は大変高いものである。」と、胸を張ってお話して下さいました。  本当に日本の平和憲法は、世界が理想とする憲法だと思います。

この国際平和美術展の理念は「芸術を通じて未来の平和を願う気持ち」です。
メキシコの歴史ある壁画運動の精神と重なり訪れた人、全ての鑑賞者に共感を呼んだそうです。


今回のメキシコでの会報を見ても、こんなにも平和を望んでいる人々が大勢いらっしゃるのに、、、。武器を持ち人間を傷つける人が何故、この世からいなくならないのでしょうか?

私達も何度か国際平和美術展には作品と共に参加していますが、美術展会場に足を運んで下さる方々は、平和の大事さ、争う事の愚かさ、国境を越えて手を取り合うことの大切さなど、良く理解して下さり、
お互いの国を認め合い、尊重しながら、異なる文化に触れ、芸術の素晴しさを認識して下さっています。

私達は、他国の現地での平和への熱い想いを肌で感じて、感激して、制作意欲を掻き立てられながら、帰ってきます。

私は、これからも、この「国際平和美術展」の精神を大事にしながら、主人には、宮城県大崎市松山の陶芸家として平和の礎を築くことに微力ながらも貢献できる活動を大切にしながら制作に励んでほしいと思っています。


今日のガンディーの言葉
「無暴力を通してのみ独立を果たすことが可能となる。神に身を委ねることによって生きるのである。人を殺すことによっては、永遠に出来ない。」
「暴力的な行動には限界があり、そして失敗する。非暴力は限界も無いし、失敗することは決してない。」

投稿者 jizai3 : 16:41 | コメント (1)

2006年11月28日

毒のある言葉は、人を駄目にする。

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今年も大崎市松山文化丁 大志寮のクリスマスツリーが点灯しました。
昨年も今頃から12月25日 Xmas迄、夕方から夜にかけて灯りがともります。子供たちが立ち止まって見ていました。これからは、子供たちが喜ぶ冬休みと、年末年始の楽しい行事が盛りだくさんになります。

先日の集まりの時に、S子さんから、12年連続納税金額10番以内という日本記録を打ち立てた斉藤一人さんのCDを頂きました。今日午前中に主人と二人で聴きました。

以前、主人は、斉藤一人さんの本を購入し読んでいました。

丁度、大病をした後で、いろいろな本を読んでいた頃に、斉藤一人さんの本と出合い、「感謝の心」で生きることがどれだけ大事なことかが、実感として解ると主人は話していました。

私も、主人の病気の後は、助かったことに本当に感謝しました。ですから、斉藤一人さんの言葉は、私の心にも響きました。

今日のCDのなかで、人間は幸せになるために生きている。誰でも心持ちしだいで幸せになれる。
幸せになるためには、『言葉』が大事であると繰り返し何度も話していました。

ののしりあう言葉、不平不満の言葉、泣き言、悪口、愚痴などの言葉からは毒が出ている。このような人に幸せは来ない。悪口を言えば言うほど、それ以上の悪口を言うようになってしまい、毒のある言葉しか出てこないようになってしまう。

言葉は、天国行きの言葉を使うように心がけることが大事であると一人さんは、語りかけていました。

人に言う言葉を変えるだけでも、現象は変わってくるはずと話しています。

人生は、今の貴方に丁度良いことしか起こらない。今の貴方に起きていることは、今の貴方に丁度良いのである。悪口ばかり言う妻に悪口ばかり言われる夫は、丁度良いということなのだそうです。

どうしても耐えられないのなら別れる筈なのに、悪口を言いながらも別れないというのは、最高の相性の相手ということになるのだそうです。CDは、講演中のものですが、この場面には笑い声が起きていました。

仲の悪い両親の言い争う言葉を聞いてその中で子供が育つと、子供はその毒のある言葉を吸って成長するのだそうです。毒の言葉を吸いながら大きくなる子供の未来は明るいものとは言えないと思いました。ある時々で、子供に思わしくない現象を見た時に、毒の言葉を吐きながら育てた両親はそのことを反省出来るのでしょうか?

この場面の話しは、怖い話しだなと思いました。

親を選んでは生まれて来ることが出来ない子供の背負う宿命の重さを思うと、良い両親との出会いを願わずにはいられませんでした。

もうすぐ、12月、冬休みの時期を迎えますが、一人一人の子供たちが幸せを実感しながら、楽しい年末年始を過してほしいなぁと思いました。

斉藤一人さんの言うように、今年一年を感謝で終わり、来年も感謝の気持ちで新年をスタートさせたいと思っております。  いつも、小さな出来事に素直にありがたいと思える人でありたいと思っています。


今日のガンディーの言葉 
「どんな小さな悪いことでも、不真実は、一滴の毒がミルクと混合するように人を駄目にする。」

投稿者 jizai3 : 13:45 | コメント (1)

2006年11月27日

急ぎ過ぎない人生の大切さ・たっぷり時間をかける喜び

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久しぶりに陶芸教室を行いました。主人は人に教えることは苦手だからと言い、いつもお断りをしていましたが、、、、どうしてもと言う事で、手びねりのものと、今日は、轆轤での基本粘土の上げ下げを指導しました。すごい集中力を発揮しての挑戦でした。「陶芸に、はまりそう!」という声を聞きました。

主人は陶芸を初めた頃は、「陶芸のすそ野を広めたい。」と、言い、陶芸体験教室なるものをしていた時期もありましたが、「俺は人に教える事は、やはり向かない。一人で気の向くまま自分の楽しみの陶芸をやることのほうが良い。」と言い、一切陶芸の指導は止めて、自作のものだけをつくるようにしていましたが、ほんの時々、どうしてもと言う人には少しだけ教えていましたが、、、、、条件ありで、出来上がり迄の工程を全て自分でやるということでお引き受けしていました。

今日お集まりの皆様は、これで2回目ですが、今日は、初めて電動轆轤を体験しました。

「3回ぐらいで陶芸を覚えようと思っていたけど、、、難しいね。」の連発でした。

轆轤びきの基本粘土の上げ下げに苦心していました。粘土を板に張り付け、上下に引き上げますが、手の掌で引き上げるという作業が大変そうでした。

でも、すごい集中力で、初めてとは思えないくらい上手に出来上がりました。

世界にたった一つの「オンリーワンのカップ」に満足そうな表情でした。

このあと乾燥させて、素焼きをして釉薬をかけ、本焼きをします。

出来上がりの喜びは、まだまだ先ですが、、、、とても楽しみにしている様子でした。

前回の手びねりの作品に、今日は釉薬をかけました。

Oさんは、「子供の頃に遊んだ粘土遊びと同じだ。陶芸っていいね!」と大喜びでした。

「私も子供の頃、泥のおまんじゅうをたくさん作って遊んだわ!」とH子さんの声は弾んでいました。

誰もが経験している子供の頃の楽しい思い出を時には感覚として、粘土を通して思い出すことも私達大人たちにも大事なことかも知れませんね。

主人は陶芸を始めたばかりの頃、「俺にこんな楽しい遊びが残っていたなんて!神様に感謝だ!!」と言いながら、夢中で陶芸の世界にのめり込んで行きました。

最近は初期作品を見て、「最近の俺の作品は気に入らない。初期のものに負けている。」と言いながら、大きな粘土での作品を潰してばかりいますが、、、、、でも、楽しそうに轆轤を回しています。

陶芸は仕上がりまでの工程には時間がかかりますが、今の時代には、なかなか出来ないこと、完成するまでに時間を要することなど、集中力が必要な作業などを数多く体験することなどは、人間として生きてゆく上でとても大事な要素だと思います。

簡単に答えの出ないもので、人から見てどう評価されようと、自分が作った世界でたった一つのかけがえのない自作のものを使い、食事を楽しむ、ティータイムを過す、、、、、自己を受け入れ、自己を認め、そして間単に諦めない粘り強い精神を育てるなど、陶芸には素晴しいものづくりの世界があります。

今日の皆さんを見て、「陶芸」の奥深さ、喜びなどを改めて見つめなおしました。

旧約聖書に、何処の章かは、忘れましたが、、、、、。職業として「陶芸家」が出てくる章があるのですが
轆轤を回してものを創りあげる様子を見よというような言葉が書かれているのですが、今日の皆様方の満足げなお顔を見て、陶芸の素晴しさを深く感じました。

是非、出来上がった自作のものを使いながら、楽しい充実した時間を楽しんで頂きたいと思います。

私も主人がつくってくれたものを使いながらの人生は、より充実感のある時間を過ごしているように感じています。

今日のガンディーの言葉
「仕事や、あるいは考えだろうと、自分の限界を超えるような人がいる時、病気に襲われ、怒りによって苛まれるようだ。そのような急ぎ過ぎは、人生の浪費であり、又、有害なことに違いない。」

投稿者 jizai3 : 17:51 | コメント (1)

2006年11月26日

余韻が残る講演会・夫婦で遅くまでディスカッション

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2006年11月ラストの日曜日、午後4時の文化丁自在窯&ギャラリー構内から眺めた晩秋の秋空です。
もうすぐ夕暮れの雰囲気が漂っています。30分が経過する頃には薄暗くなって来ます。昨晩は、素晴しい話しに感激して、久しぶりに午前1時まで主人とディスカッションしました。余韻が残る講演会でした。

夕べ自宅へ戻ったら、BSで、「火星探索」のことを放映していました。

江刺先生は、地球が辿る運命、次は火星で、、、、というようなことを話していましたが、後1500年くらいすると、人類は、地球に住めなくなり、火星へ行くことになるでしょうというのです。

自宅のTVに電源を入れたら、丁度「火星探索」のことを話していたので二人で驚いてしまいました。

それからは、いろいろな話に花が咲き、午前1時頃まで大いにディスカッションしました。

主人のおじいさんは、発明家気取りで、いろいろなことにチャレンジしていたそうですが、、、主人をはじめ
家族は、道楽おじいさんと思っていたそうです。

おじいさんは、「メタンガス」の話しを亡くなる寸前までしていたそうでした。

主人は「重吉さんの考えは、人類愛に基づいた素晴しい考えだったんだな。」と、しきりに感心していました。  私は、江刺先生が、公共施設の下へメタンガスを溜め込み、煮炊きはこのエネルギーで出来るというお考えでしたが、素朴な意見として、、、爆発の心配はないのでしょうか?

金儲けより、安心安全を第一に。物事を大局的にトータルコストのものの考え方をするように。  人類の子孫のことを考えて行動することが大事という言葉は心に沁みました。

私も、いつも子供達の未来が大事と考えてはいましたが、、、、、だいぶ間違った考え方を正しいことと信じていたところもありました。幻想の無農薬野菜のことや、砂漠への緑化運動の進めなど、、、、。

エナジーのクリーン化。エナジーの自給体制を考えるなど。課題山積みの日本列島の姿が見えてきますが、生き方への哲学理念の強い信念を持ち、実行力、指導力などが備われば、現代のいろいろな思わしくない現象を抑える力も出てくるのではないかとも思いました。

どれだけ深い人類愛を持って物事を考えられるかが突きつけられている時代なのかも知れません。

昨年秋に、ノルウェーへ行きましたが、北欧の生き方が、自然との共生を図りながら、地域の人々が生きているように思いました。フィヨルドの船旅で見た光景は、まだ冬には程遠い季節でしたが、、、。厳しさを感じさせるものでした。

ものすごく急な場所、もう転げ落ちそうになりながら草を食べているヤギの姿や、急な坂道を上り下りする人々の姿でした。現地ガイドさんは、「酷寒のこの地に日本人は住めないでしょう。」と、話していましたが、厳しい自然と共生している北欧の人々は、自ずと利便すぎる生活は、環境破壊に繋がるものと会得しているようにさえ思いました。

江刺先生の話しを伺い、その気持ちはますます強くなりました。ノルウェーは、殆どが水力発電で賄っているそうです。
ホテルでもレストランでも空港でも、ノルウェー国民の自宅にも木材がふんだんに使われ、ぬくもりが伝わるような佇まいが存在していました。北欧は、水と木材を中心に生活している所なのだと感じました。

アメリカやヨーロッパにはない文化を感じましたが、今回の講演を聞き、大変納得できました。

自然との共生を目指し、環境破壊を惧れ、選挙では、我々の為に働いてくれる人を選び、一人が持つ一票は貴重と胸を張って言い切る国民性の素晴しさ、質素、堅実な生き方を貫いている強さは、自然の厳しさを体験として知っているからなのではないかと思いましたし、ノルウェー人は、厳しい自然との共生を根底に置き、物事を考えている国民だから、、、、、、社会福祉大国と言われ、ご老人達がまるで皆さん映画俳優さんのように良い表情をなさって生きていられるのだと理解できました。

自国への強い信頼感を抱いていることが言葉の端はしから受けた時、私は、正直恥ずかしさを感じてしまいました。

「ノルウェーの人達は、ノルウェー国家を信頼しているのですね。」と言いましたら、「当然です。」と言い切った答えに、国民性の違いと羨ましさも感じてしまいましたが、、、、、私達有権者の怠慢が一番いけないのかなと思いました。~~夕べは遅くまで、そんなことも熱くなって話しました。~~

主人は、今日は一日がかりで、江刺先生からお伺いした話しを整理すべく、PCを使い、調べものをしています。「メタンガス」については、大変面白い記事を見つけました。今、アメリカで起きている簡易トイレでの爆発訴訟問題などについて調べて、、、、、、、、、いろいろ教えてくれます。

やはり爆発は起きていました。

正論と思うことが逆説だったり、その反対のことなど、、、、、勉強不足を認識させられましたが、本当に楽しい講演会で、余韻たっぷりの一日を過ごしました。

今日のガンディーの言葉 
「自分を支配することが出来ない人は、他人を支配することで成功する事は出来るはずが無い。」
「きれいな心から叫ばれた言葉は、決して空しくは進まない。」

投稿者 jizai3 : 16:01 | コメント (1)

2006年11月25日

「大崎を知ろう会」設立総会・江刺洋司先生の話しに感激!

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今日は、午後1時から古川ロイヤルホテルにおいて、「大崎を知ろう会」の設立総会が開催されました。
ブログ写真は、総会協議後に「大崎を知ろう会」の顧問、本間俊太郎さんとトークをして下さった東北大学名誉教授 日本樹木種子研究所所長 理学博士の江刺洋司先生です。素晴しいお話に感激しました。

今朝の冷え込みは厳しく感じましたが、日中はお天気に恵まれ、冬を間近かにした大崎市古川の空は澄み渡り、コートなしでも歩けるくらいの良いお天気でした。

今日は、「大崎を知ろう会」の設立総会が、大崎市古川ロイヤルホテルに於いて、午後1時より開催されました。

何度も何度も幹事会を開きながら、ここまでたどり着いたという感じでした。

いろいろな人と人とのご縁を大事にし、そのつながりの中で、新しく誕生した大崎市のより良き地域住民となりましょうとの呼びかけのもとに、まずは勉強をと、いうことになり、今日は、62名の人々が集い、委任状参加者を入れると約90名の会員で「大崎を知ろう会」が発足致しました。

力不足ではありますが、私が「大崎を知ろう会」の会長に選任されました。
地域の幹事さんも女性が多く、私は喜ばしいことだと思いました。

とにかく貪欲にいろいろなことを学んで行こうと思っています。

会則案についても承認され、活動計画、予算案も承認され、役員選出も事務局案が承認され、その後は、顧問の佐藤氏の祝辞、同じく顧問の峰浦氏の祝辞と続き、講師の江刺洋司先生の到着を待つ間は、本間俊太郎さんが豊かさの限界点、2020年問題の話をして下さいました。


江刺洋司先生は、100年後の発想で物事を考えて、我々の子孫、人類の子孫のことを考えて生きる生きかたが大事で、循環型社会への発想の転換が必要であるとおっしゃいました。

税金を出させることだけに一生懸命だと自然破壊への道に繋がってしまう。地域に合ったまちづくりをすることが大事。将来の環境を見越して地域づくりをすること。観光は衰退する。(炭鉱の町から観光の町を目指した夕張市の失敗を教訓に)冬の間の田んぼの利用にヒントが隠れているのではないか。有機野菜、無農薬栽培は駄目。ハウスでの野菜作りには限界がある。砂防ダムは火山の所にだけつくること。とにかく温度の上昇を抑えることが大事、、、、、、、、。


『ことの本質を見抜く目』を持つことがとても大事なことだと思いました。

現代社会は、生存の為の条件を全て満たしてしまったわけですが、自然との共生を目指すなかで、如何に地域の特性を生かした生き方をするのかという問いかけに対して、大崎市は、田園文化都市を目指せる可能性があると思いましたし、私は、合併後初めて明るい兆しを感じました。

太陽エネルギーを利用することと、メタンガスを取り出す省エネの循環型の生活を考える。、、、新しい乗り物のリクエストを私達が考えて自動車会社に要求するなど。

江刺先生は、目からうろこが落ちる話と、ウキウキする話しを聞かせてくれました。

私には江刺先生の言葉が、「宮城県の大崎市なら、理想的な人間が暮らす地域づくりが出来そうですよ。」と、言うように聞こえました。

ロマンを持つことが大事で、伊達政宗の偉さをもう一度考え直し、モデルになる地域を一箇所つくることが出来れば、、、、、と江刺先生は結びました。

このような素晴しい方とお逢い出来、お話を御伺い出来ただけでも最高ですし、国際的に活躍している江刺先生が、私達と同じ宮城県人であることが大変嬉しく、誇らしく思いました。

この大崎市から素晴しい何かが生まれるような可能性を感じ、先生にお礼のMailを入れましたら、先生はすぐ返信Mailを入れて下さいました。

江刺先生の口から何度も「自己責任」という言葉が出ましたが、一人一人がしっかりとした正しい考えを持つことがどんなに大事か。、、、、、今日の感激をかみ締めながら、大崎市を知ろう会の会長として、皆さんと共に、大崎一円の発展と活性化を図り、こよなく故郷を愛する人々の集まりとして成長し続け、いつも自由な議論が出来る会でありたいと思います。


今日のガンディーの言葉
「私共の心の中の平和と幸せは、正しい事で、正当と見なして行う行為の中にあり、他人が言うから、他人がするから行うという行為の中にあるのでは決してない。」

投稿者 jizai3 : 19:43 | コメント (1)

2006年11月24日

文化丁地区「松山まちづくり協議会」説明会開催

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今日は、午後7時より、文化丁集会所において、文化丁地区「松山まちづくり協議会」説明会が開催されました。主催者側6名、住民参加10名と参加者は少人数でしたが、まちづくり協議会の役員さん達ととても近い間柄で話し合いがなされました。大変良く理解出来ましたし丸 会長はじめ役員さん方の苦労が伝わりました。文化丁は地区総会での決議で了解されるものと思いました。自治は自分達の事ですから。私は自主防災と同じような捉え方をすると、大変身近な私達の地域自治組織になると思いました。

投稿者 jizai3 : 22:15 | コメント (1)

2006年11月23日

勤労感謝の日の思い出

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今日は勤労感謝の日で祝日でした。昨日は、二十四節気の「小雪」でした。北海道では、雪が降っていました。季節は、規則正しく巡って来ます。異常気象のことがだいぶ問題になってはいますが、、自然の凄さには人間は到底かないません。自然を侮らず、自然と共生して楽しく暮らせたらと思うこの頃です。

最近は、今までに無いくらい、深刻な問題が次から次と起こっています。

環境問題とか、人間としての基本的な生き方が問われるような問題が起きています。

大自然のなかに人間の生活もあるのですが、自然を侮り、人間中心の生き方を貫いてきた結果ゆえの現象なのでしょうか?

家庭のあり方、男女間の問題、人間教育の問題、いじめ、自殺者の多さなど、、、、本当に深刻な問題ばかりです。経済発展を遂げた日本人に突きつけられている現代の課題は重すぎるものばかりです。

戦後の日本人の生き方が、今、「これでよいのか。」と、問われているのだと思います。

もう一度、日本人の価値観を見つめる時なのだと思います。

「飲酒運転」一つとっても、あれだけの悲惨な事故が起きても、飲んで運転している人がいるのが現実です。確かに飲んだら運転をしないようになった人が増えたのも事実ですが、相変わらず、常習で運転している人がいることも事実なのです。

良く主人と人間の性善説、性悪説について議論しますが、、、、、人間は両面を持ち合わせていることも確かですし、時と場合でどちらかに偏ることも現実ではありますが、飲酒運転は、完全に悪の行為なのですから、悪が跋扈する世の中は、許せません。

お酒に関して寛大な日本人の悪い所は、是非、みんなの共通認識で、「許さない!!」と声を大にして言うべきだと思います。

このように誰にでも通じる共通の価値観の構築が一番大切な時期にあるのだと思います。大人から子供、老若男女を問わず、日本人全体に通じるもので、誰もが理解可能な価値観です。

例えば、盗みをしない。人を殺さない。自殺しない。苛めない。挨拶をする。悪いと思ったらすぐに謝る。
、、、、、価値観の多様化のなかでも、決して負けない、人間として当たり前の誰にでも通じる日本人の価値観の構築を急ぐべきで、出来るだけ幼い時期にきちんと身につけることが大事なことだと思います。

私が勤労感謝の日のことで思い出すことは、幼稚園で働いていた時、何でも良く出来る活発な女児が、
急に退職をしてしまったクラスの後任を引き受けた私に、お弁当を食べることが遅い女の子に対して「京子先生、Mちゃんは、いつもびりなのよ。前のT先生の時にもずーっと、びりだったのよ。」と私に告げました。Mちゃんは、とても悲しそうな顔していましたが、私は、「遅くても最後まで頑張る人が頑張りやさんだと思うわ。」と励ましました。

私に教えた子供は、クラスのみんなの信頼を受け、はきはきしていて本当に何でも良く出来る子供でした。何日か経過して、ある日Mちゃんは、びりから二番目に食べ終わったのです。

私は、食事の後の自由あそびをしていた,何でも出来るH子ちゃんを呼び、「H子さん、今日は、M子さんは、一番最後ではないわ。貴女は私にM子ちゃんはいつもびりと言ったけれど、今日は違うわ。人を決め付けることはいけないことだわ。」と強く注意をしました。

そうしましたら、素直にM子ちゃんに謝り、私にも「これから気をつけます。ごめんなさい。決め付けたりしませんから。」と、言いました。

その子が、勤労感謝の日に、いつも牛乳を運んでくれるお兄さんに、「今日、私慌てて牛乳瓶を落として割ってしまいました。」と、泣きながら謝ったことがありました。

クラスのみんなに一目も二目も置かれている子供でしたので、、、、みんなは泣いたことも、ミスをしたことにも驚きでした。

私達の幼稚園では、勤労感謝の日には、子供たちにとって身近な大人の人として、牛乳配達のお兄さんに、カードや絵画などを贈り感謝を表わしていましたので、私は、この祝日には、いつもH子さんを思い出します。

とても素晴しい女性に成長をして、今は二人の子供のお母さんをしています。

H子さんは、自分のお子さんで、幼い頃の自分と良く似ているお姉さんに、「人を決めつけると、自分が視野の狭い人間になるわよ。」と、話して聞かせていますと、私に教えてくれました。
私の注意が肝に銘じたらしいのです。「あの時のこと忘れていません。」とも話していました。

素晴しい子供でしたので、私のほうが恥ずかしいくらいなのですが、、、その後も順調に成長しました。

彼女は、本当にそつの無い子で、欠点を探すのに大変なくらい、バランスの良いはきはきした賢い子供でしたが、あのことがあってからは、本当に思いやりのある優しい言葉で話す子供に変わりました。

人間は自分の人生のなかで、自分の価値観がひっくり返るくらいの出来事に遭い、自分を見つめ直す事も大変大事なことだと思いますし、誰にでも通じる共通の価値観を持ち、悪が跋扈することを決して許さない強い意志を持つこともとても大事だと思います。


今日のガンディーの言葉 
「自分自身を知る為に、自分の殻を破り、自分自身を冷静に見つめなければならない。」


投稿者 jizai3 : 17:04 | コメント (1)

2006年11月22日

木枯らしの季節に聞こえてくるもの

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大崎市松山地区の晩秋の風景です。冬を間近かにしている様子が伝わってくるような雰囲気です。
今日は午後からは、ピューピューと音を立てて風が吹いています。師走の足音が聞こえてきそうで、季節が変わることを告げているかのように聞こえます。皆さんも風邪などには充分気をつけて下さいね。

午後には、「師走」間近かを感じさせるような北風が吹きまくっていました。

これからは、寒くなる一方に季節が変化します。来年の2月末までは、東北地方には厳しい季節がやって来ます。いつもの事ではありますが、、、、、私にも苦手な季節です。

今朝は、TVで、夕張市の厳しい状況を放映していました。約300億円以上のお金を20年で返済するという趣旨の住民説明会が開催され、住民の怒り心頭の様子が写し出されていました。

市長は60%減、職員30%減の処置をとっても住民の理解は得られていませんでした。

地域住民は、老夫婦二人の生活では、26,000円負担増ですが、40歳くらいの人は、保育費の値上げなどで、120,000円も負担が増加しており、夕張市を逃げ出す人も増えたそうです。

炭鉱の町夕張が、観光の町夕張にシフトし、返済限度額を超えた明らかに無理な事業計画立案の無謀さが露呈したわけですが、箱もの行政は、建造物を建てるだけじゃなく、管理維持にもかなりの経費がかかるわけですから、、、、、このあたりの事をきちんとしないと無駄なものを建てて、財政を圧迫するだけで邪魔な建物として無価値なものになってしまいます。

夕張市は、地域住民生活を無視し、観光事業を重視しすぎた為の大きな過ちを冒しました。


夕張市では、学校の統廃合、文化施設の廃止、公衆的なものの廃止、保育料の大幅値上げ、公共料金の値上げ、、、、、、夕張市民を圧迫するものばかりでした。

泣きながら訴える人、怒りを行政にぶっつけて席を立つ人、など財政再建団体へ転落することの悲惨さが放映されていました。

夕張市のこの現状は、決して他人事ではありません。

一人当たりの市民の借金額を知ること、返済可能な金額かどうか常に検討しておく必要があると思います。教育、健康、福祉に関しては借金をしても行政としてやらなければならないことは確かにあると思われますが、これら分野はいち早く切り捨てられていることが現実のようです。

地域が活性化することが大事だと思うのですが、歳出減だけの対策では、住民の活力を奪うだけで、そこからは何も生まれず、ヤル気なしの、ストレスだけが溜まる市民生活を送れと言っているようなものだと思います。何故、財政再建団体に転落したのか、総括は必要だと思います。

以前のTV放映では、退職した夕張市長が、質問する報道陣から「満額の退職金を貰って恥ずかしくありませんか?」と言われた時に「決まりですから。」と答えていた姿を見て、、、、唖然としました。

この市長を選んだのは誰かと思う気持ちと、これがトップの言葉かと耳を疑いました。

こんな答え方では、返済可能な借金だったのか、まるで検討などしないままに這い上がれない深みに陥ってしまったのだと思いました。又、自分が暮らす自治体に対する愛情など持ち合わせていなくて市長に立候補したのかと、大変腹が立ちました。

自分がこの夕張市の最高責任者であることを忘れてしまっているような答え方でした。

まるで他所の市の出来事のように答えていたのが印象に残りました。

この前、病院で目にした雑誌に、たしか、「逃げ出す夕張市民!!」というようなタイトルで書かれていた文章がありました。この地域社会では子育ては出来ないので引越しを決めたということが書かれていました。

ギャラリーに戻ってから、二、三人の人たちと、このことについて話しましたが、、、、。例え財政再建団体になっても、大崎市松山を出ることはしないという人と、全て売リ払い海外で暮らすという人と意見は分かれましたが、余程しっかりしないと決して他人事ではないことを肝に銘じて生きることが大切だと思いました。

晩秋の景色を見ると、何となく淋しくなってしまいますが、午前中、主人の同級生のTさんが、「修證義」(しゅしょうぎ)の話をしてくださいました。

曹洞宗の教義で、四つの教えに基づいて生活するようにと人間の生活態度を示したものです。

1、仏教を信じて自分を見つめ反省して、迷いの無い生活をしなければならない。
2、生活上の規律は絶対守り、正しい毎日を送らなければならない。
3、自分だけの事を考えないでいつでも周囲の人々の幸せの為に生きることを心がけなければならない。
4、仏教の教えを学び、その教えを実践し、常に感謝の気持ちを持って生活しなければならない。

私も仏教幼稚園で働いていた時には、仏様の教えがいつも身近にあり、正しく生きようと心がけていましたが、、、、、、久しぶりにTさんから「修證義」の話しを伺い、心洗われる思いがしました。

市政者には、3項目の、人々の幸せを一番に願う気持ちが一番大事なように思います。
その気持ちがあれば、返済不可能な借金をするなどということは考えられないことですから。

地方行政の最大の課題は、借金行政からの脱却だと確信します。

借金の足かせは、地域住民から活力を奪い、住民負担だけを強いて、何ものの生み出しません。

離婚できない結婚をしたのと同じ大崎市は、この結婚の形態を見直して、お互いの負の財産額をきちんと見極め、これからの自治体としてより良く生き延びる方法をしっかりと考えなければならないと思いました。

それから、地域で生きる大人として、正しく生きる姿を、子供達に見られても恥ずかしくない生き方を実践し続けて行くことが大事だと思います。


今日のガンディーの言葉 
「無私の行動は、力強さの源泉である。なぜなら、無私の行動は神に対する崇敬と同等だからだ。」

投稿者 jizai3 : 13:48 | コメント (1)

2006年11月21日

少し離れた所で暮らす心優しき友人からの頂きもの

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大崎市松山より北に暮らす人からご自分が育てた大根と、長芋を頂きました。小さな大根はおろしに、中くらいの大根はサラダに、大きな大根は煮物にと。長芋は、自然薯と山芋が混ぜ合わされているものだからということでした。ご親切な人の厚意に感謝しながら頂こうと思います。晩秋の温かい贈り物でした。

今日は一日中お天気が良く、ギャラリーは暖房なしでもぽかぽかの一日でした。

気持ちよく多くの仕事をこなしました。

私は、忙しい時は、本当に忙しく次々にしなければいけないことが増えて、てんてこ舞いをします。

主人の同級生のTさんも毎日忙しく、疲れた様子でした。「今日は少し疲れが溜まったから、これから昼寝でもしようかなと思って。」と、話していらっしゃいましたが、本当に疲れた時には少しでも横になると楽になります。「とにかく、自分で気をつけないと駄目よ。疲れたら少しでも横になることは、大事だから。」と言いました。

私の友人の知り合いの方が、すごく仕事が忙しくて、寝る間も惜しんで働き続けて倒れたという話しを聞いたばかりでしたので、、、、、、お互い疲れたら休息を取りながらということを守りましょうと言いました。

この人は、まだお若いのに脳の病気を発症して入院中ということでした。
でも、少しずつ回復に向かっているそうです。

忙しいと食事も不規則になり、ますます良くない方向へと向かってしまいます。

「食」は、大事にしたいと思います。

私は小さな頃は、あまり食べられるものが無いくらい、好き嫌いが多かったのですが,、、、長芋は大好きでした。お味噌の汁でといたとろろご飯が大好物で、5杯くらいおかわりをして、母に「食べすぎよ。」と注意をされたこともありました。

主人も長芋は大好物で、やはりとろろご飯が大好きだったそうです。

私の弟は、何でも食べる丈夫な子でしたが、とろろご飯は苦手でしたから、私に「好き嫌いが多いくせに良くとろろご飯食べられるね。」と言っていました。

今も長芋は大好きです。千切りにして食べたり、うどんやそばにたっぷりかけて食べることも大好きです。
今夜はとろろご飯を頂くつもりです。

最近の大根は、辛味の少ないものが多くなりましたが、私は辛いほうが好きです。今日頂いた小さな大根は、辛味がありそうで、私好みの大根のような気がします。

このように自分で育てた野菜を友人におすそ分けをしたり出来る事は、幸せな行為だと思います。

私の父も、晩年近くには、小さな畑を作り、野菜つくりをするようになりました。気難しい人間でしたが、
畑つくりをするようになってからは、とても穏やかになりました。

ご近所に自分の手がけた野菜を配り、喜んでもらえることを素直に喜んでいました。義妹は、「野菜作りで人間が変わったみたいね。もう少し前から菜園作りに励んでほしかったわ。」などと言うくらいでした。

私が実家に行くと父は、野菜作りの記録を書いた大学ノートを見せてくれました。

なすと大根には自信があったみたいで、「ご近所に配ると、知らない人からも、ほしいと言われるんだ。」などと嬉しそうに話していました。    手抜きをすると育ちが悪いのだそうです。

もうすぐ師走だというのに、今日は、一日中良い天気で、晩秋の淋しさは感じられないくらいの陽気でした。でも、道路の木々を見上げると落ち葉の季節で冬まじかを感じさせていました。

今夜は、Wちゃんが育てた野菜をいっぱい頂こうと思います。   ””心優しき友人に感謝です””

今日のガンディーの言葉
「親切で寛大であることが、慈愛である。」

投稿者 jizai3 : 17:54 | コメント (1)

2006年11月20日

2007”のカレンダーが出来上がる・「分水嶺」

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来年のカレンダーが出来上がりました。「分水嶺」を撮影してもらいました。この作品は、カナディアンロッキーのさも無い丘の上で大西洋と太平洋に分れる分水嶺を見た時の想いを、「明と暗」「善と悪」「高と低」「白と黒」、、、、というように物事、表があれば裏があるという思いを表現したものです。

この「分水嶺」は、2年前、南米アルゼンチンでの「国際平和美術展」に出展した作品です。

さも無い丘の上にある分水嶺が、見事な自然の変化を見せ、広大なロッキー山脈の迫力ある素晴しさに感激し、主人は帰国後、酸化焼きと還元焼きを同時に表現して、物事の両面性を表現しました。

アルゼンチンは、「南米のパリ」と呼ばれているところです。

国境を越えて、地球の両端をアートで結び、友好、平和希求と題して世界の恒久平和を願う国際平和美術展への出展でした。日本の裏側は、南米と言われているので、この分水嶺が最も相応しい作品と思い送り出しました。

分水嶺は、アルゼンチン共和国文化大臣より、トルクワト・ディテーラ芸術大賞と、アルゼンチン共和国副大統領より、アルゼンチン文化功労賞を受賞致しました。

現地では「分水嶺」という言葉が大変日本的ということで説明を求められ、答えるとすごく納得して頂いたそうです。
「和」の趣を持つ作品で、壺の中にもきれいな釉薬の流れがあり、ギャラリーでも人気がある作品です。


今日は、午前中に主人の三男の同級生さん達がギャラリーにいらして下さいました。

現在は、松山小学校完成間近かの状態になっていますが、三男の同級生の方々は、解体される前の古い校舎前で、恩師の先生方、同級生達と一緒に記念撮影をするのだそうです。

解体される古い校舎と、出来上がったばかりの新校舎、まさしく分水嶺を思わせます。

古い校舎への思い出、新しい校舎への希望と、、、、、、物事は表裏一体ですね。

どちらも真実です。恩師の先生方は80歳以上だそうです。当然現職ではないわけですが、「恩師」としていつもお招きを受けることは、先生冥利に尽きることだと思います。良い先生は、いつまで経っても良い先生として、子供たちの心に残るのでしょうね。

記念品を納めさせて頂きましたが、このような時には本当に嬉しく思います。

佐世保で暮らす三男は忙しくて参加出来ないようですが、、、、、。今日の出来事をMailで知らせようと思いました。


お一人の方は、いつも松山高校硬式野球部の応援バス隊でご一緒する方でしたので、長野遠征のことや、一昨日の今年最後の練習試合のことなどをお知らせしました。

「松高の頑張りはまちづくりに貢献してますよね。まちの人達は、合併しなければと思っている人が多くて、この頃元気ないようですが、頑張っているのは松山高校だけですよね。」と、話していました。

松山高校に対しての応援者の方でしたので親近感があり、楽しくおしゃべりが出来ました。

今日は朝からの雨降りで肌寒い一日でしたが、心温かいお客様がいらして下さり、ホットなお話をたくさん伺うことが出来て嬉しく思いました。

主人と二人で久しぶりに三男Kのことも話しました。ついでに℡も入れましたが、留守でした。

留守電にメッセージを入れて旧校舎が解体されることも伝えました。

きっと淋しがることだろうと思いました。時々帰ってくると『松山は良いね!!』と言うのが口癖ですから。

今日のガンディーの言葉 
「全ての人は、自分の存在の源を探すべきである。」


投稿者 jizai3 : 11:54 | コメント (1)

2006年11月19日

寒い日には、温泉にでも浸る生活を、、、、。

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大崎市松山地区にも、冬の訪れが近いことを表わす風景が多く見られるようになりました。寒い冬には、「温泉で過すのも良いわね。」と友人と電話で話しました。主人は、「退屈過ぎて、俺は嫌だ。」と答えるものと思いましたら、今日は、驚き、意外な言葉が返ってきました。

もうだいぶ前になりますが、大雪の降る中、岩手県の温泉に出かけたことがありました。

「大名ツアー」というふれ込みに参加をしたことがありました。丁度年末時期で、大雪の降り続く3泊4日の温泉旅行でした。到着後は、まわり一面雪だらけで、何処へも出かけず、旅館の中で、芝居を見たり、本を読んだり、いろいろな温泉に入り、夜には、お酒を頂きながらカラオケを楽しんだりしましたが、、、。

私には、初めての経験で、何もしないで、ぼんやり時間を過す贅沢さに浸っていて、結構満足していましたが、主人は、二日目の朝に「俺は、こういう生活は向いていない。発狂しそうだ。」と言いました。

それからは、温泉旅行などという事はしておりませんが、今日は珍しく「冬の温泉も良いよね。」などと話しかけてきましたので、「発狂するんじゃないの。」と言いましたら、「今度は70歳になったから大丈夫じゃないですか。」などと他人事のように答えていました。

偶然見た雑誌に、「肘折温泉」の湯治の里の記事が掲載されていました。

肘折温泉のお湯は、保温性が高く湯冷めしにくいことが特徴だそうです。ぽかぽかしていて、いつまでも素足でいても平気だそうです。一日に何度もお湯に浸り、お布団は、敷きっぱなしで、いつでも湯あみが出来るように浴衣に下駄履きが正装ですと書いてありました。

私のおばあちゃんも温泉大好き人間で、良く蔵王のふもとの温泉に出かけていました。

小野寺の家のおじいさんもおばあさんを誘い、良く湯治に出かけていたそうです。

昔の人々のほうが、のんびりしてたのかも知れませんね。私達の生活では、余程時間をうまく使わないと、湯治の里へのお出掛けは無理なようです。何日も温泉に浸ってなんて、、、、、、想像も出来ません。

以前、中央本線上諏訪駅前で行われた約6000年前の縄文時代のものと思われる遺跡の発掘調査で、硫黄の湯垢がついた湯船らしいものが見つかったということを、聞いたことがありましたが、温泉が文献に書かれるようになったのは、奈良時代のことだそうです。

「温泉」は、時代を超えて、日本人に愛されています。

小説家のテーマにもなっています。

川端康成「雪国」「伊豆の踊り子」、有吉佐和子「日高川」、井上 靖「氷壁」、三浦綾子「塩狩峠」、、、、温泉地を舞台にして書かれた小説はたくさんあります。

私も温泉大好き人間です。小さな頃、おばあちゃんが湯治をしている処へ何度も陣中見舞いをしたことがありました。そして、何回もお湯に浸りました。  

温泉は、何となく日本人の原点を感じる場所で、郷愁を誘うところだと思います。

しかし、私は同時に主人が自宅の朝風呂に入り、上がってから具合を悪くしたので、何となくお風呂は、脳梗塞発症のトラウマにもなっているので、今は、温泉に対して躊躇していることも事実です。

主人には口癖のように「長風呂しないでよ”」と言うことも本当なのですから。

主人の場合には、あの頃は、自分の健康を過信しており、だらだら汗をかいても、水分を充分取らず、一時的な脱水状態に陥ったものと思いました。サウナで汗をかくより、自宅のお風呂のほうが長く入ると汗がたくさん出るといい、24時間風呂にいつも入っていました。

医師からは、直接の因果関係があるとは言えない、大きな要因は、動脈硬化によるものと言われました。数値的には小野寺さんより高くてもならない人もいるし、危険水域じゃなくても起きることもある。人間の身体の不思議です。との説明でした。

今は水分補給にだけはかなり気をつけるようにしています。

大崎市には、鬼首、鳴子、東鳴子、川渡など、医学的に見ても素晴しい源泉を持つ温泉を保有しているのですから、大いにPRしてほしいとなと思っています。大崎市の温泉は、医学効果の高い本物の温泉ですから、時々は利用させて頂きたいと思っています。

温泉は、いろいろな治療効果が生まれるところとして積極的に位置づけをしていらっしゃる先生方もいらっしゃいますから、いろいろなリハビリ効果も上がると聞いております。お湯に浸るとリラックスできます。

日本人の原点を感じさせる温泉を大いに利用して、時々はのんびりムードに浸り、日頃の煩わしさを忘れることも、健康的に生きる為には必要なことではないでしょうかの結論に至りました。


今日のガンディーの言葉 
「人の大きさは、心の中にあるもので、頭の中、いわば、知力にあるのではない。」

投稿者 jizai3 : 13:32 | コメント (2)

2006年11月18日

松山球場での今年最後の練習試合&親の会親睦試合

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最高の野球日和・大崎市松山球場で、いつも大変お世話になっている宮農高との練習試合と、親の会親睦試合を行い、今年最後の練習試合を締めくくりました。大崎市松山広岡台の松山球場には、両チームの親達もたくさん集まり、又、地元の松高ファンも共に集い、今年最後の練習試合を観戦しました。

大崎市松山広岡台地区にある松山球場からは、元気いっぱいの子供たちの声と共に親達、地元ファンの声もあがり、最高の野球観戦日和を楽しんでいる様子が伝わって来ていました。

バックネット裏に座ってスコアーボードを見ると、松山は、6点を入れていました。

野球大好きのY子ちゃんに聞いたら、「松山は、気持ちよいくらい打って取った点数よ!」と興奮気味に教えてくれました。

第一練習試合は、柴田、及川のバッテリーから小林、小林のバッテリーに交替。その他にも多くの選手が入れ替わりながら、有利に試合を進め、20:1で宮農高を大差で引き離しての勝利を納めました。

それでも、所々では、氏家監督の厳しい檄が飛ぶシーンも数多くあり、有利に試合が展開しても、決して油断するなと、教え込む監督の指導がありました。ブログ写真上は、第一練習試合のあと、ベンチ前に集まり、氏家監督の話しを聞く、松高ナインの姿です。

第二練習試合は、1年生中心のチームで、はじめは、佐藤、小林のバッテリー。 4回戦からは、山本、相澤のバッテリーに交替をして、5回で終了、3:0で勝ちました。

殆どの子供たちがプレーをしていたように思いました。

以前氏家監督は、「守備に二人ずつ置いてノックが出来て本当に嬉しいです。」と、話していた時がありましたが、、、、、、、競わせて、緊張感を持たせながら、ミスをすれば交替。、、、と言うことは、厳しさはありますが、同時に努力すればチャンスありということを、いつも伝えていたのだと思います。

私達は、秋の大会と長野遠征以来の観戦でしたが、みんなとても上手くなっていました。

投手陣の投球に安定感が増し、守備も上手くなったように思いました。 久しぶりに練習試合を見て、毎日の努力の成果が確実に見て取れました。若い人たちの成長の姿を見ることが出来る事は、本当に嬉しいことです。

いつも変わらずに応援し続けていらっしゃる保護者の皆様方の気持ちを考えると胸がいっぱいになります。
素晴しい親子関係を見ることが出来ます。

氏家監督ご夫妻に大事な我が子を托し、いつも遠くから愛する子供を見守るお父さん、お母さんたちの深い思いは、確実に子供たちに届いていると思いました。

二試合が終ってから、昼食時間をとり、午後3時からは、親達の親睦ソフトボール大会が始まりました。

ブログ写真下は、勢揃いした、親の会の選手の皆様方です。

子供たちが後ろを取り巻き、子供たちが親達を見守って、親睦ソフトボール大会が始まりました。

親の会の人たちは、とても楽しそうにプレーをしていました。

つるべ落としの晩秋の広岡台松山球場は、和やかな笑い声に包まれながら5回戦の親睦ソフトボール大会を終了しました。6;4で、松山親の会が勝利しました。


これからは、日増しに寒くなりますが、冬の練習をどれだけ充実したものにするかで、春先からの練習試合や、夏の大会などに、はっきりとした成果としての結果が出てくると言われています。

1年生に入学したばかりと思っていた、現高校2年生は、4月からは最上級生、高校3年生となります。

本当に高校生活の3年間は短いものなのですね。

悔いの無いように精一杯の充実した高校球児としての毎日を送ってほしいと祈っています。

今年最後の素晴しい練習試合を見せて頂いて、本当に感謝しています。どうぞ、健康管理をしっかりしながら、寒い大崎市松山の冬を乗り越え、春、そして夏に希望を繋いで頂きたいと思います。

私達は、これからも変わらずに松高サポーターとして応援してゆきたいと思っています。


今日のガンディーの言葉 
「真の愛は、どんな疲労をも取り除く。」

投稿者 jizai3 : 16:40 | コメント (1)

2006年11月17日

だるまの片目が入るような出来事とは、、、、

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必勝祈願のだるまさんです。物事の達成を願い、叶った時に片目を入れてお祝いをします。Yさんからの頂き物です。Yさんの場合には、病気回復、全快祝いでした。だるまを見ると何となく元気が出ます。
単純な色合い、ユニークな表情、滑稽さもあり、まわりがパッーと明るくなります。子供達は喜びます。

ギャラリーにだるまさんが来てからは、そのまわりが明るくなりました。

ちょっと嫌なことがあった時など、横目で見ると、滑稽な表情に可笑しくなり、憂鬱な気分がほぐれます。

リレーの優勝を願って、生徒会で立候補した時に当選を願って、合格祈願に、、、、、、。だるまに片目を入れる事を目的に頑張った記憶があります。

小さなお子様は、だるまを見ると指差して「だるまさん、だるまさん。」と言いながら喜びます。

時々「ほしい!!」と、言われることがありますが、「叔母ちゃんね、今ね、お祈りしていることがあるから、それが叶うまではあげられないのよ。」と、やさしくお断りをします。  ~みんな納得してくれます。~

今日は、午後からH班長さんが「小野寺さん、出来るだけ出席願いますね。」と、言いながら、「松山まちづくり協議会」 文化丁地区説明会開催のお知らせを届けに来て下さいました。

7月29日に松山地区では、「地域自治組織」として設立総会を開催してからは、各部会ごとに活動を開始しているようです。広報紙「コスモネット」を配布して松山地区の地域情報などの発信にも努力しているようです。

松山まちづくり協議会への認識を深める為に、又、住民協力を求める為に、私の暮らす文化丁説明会は11月24日(金)午後7時から、文化丁集会所で開催されるそうです。

この自治組織については、9月本会議の席上でも、大崎市長は、「合併が成功するか、しないかは、この地域自治組織によるものと認識をしている。」というような答弁をしていらっしゃいました。

本来の合併法での地域自治組織は、市長の諮問機関だけの機能を持つものですが、大崎市の場合には、大崎流と言う言葉がついている地域自治組織です。

大崎市は、旧一市六町が合併した地域ですから、まるでイタリア半島のように縦長地形で、総延長約80キロもあります。鬼首・鳴子から鹿島台までには、それぞれの歴史文化、郷土芸能を持ち、各地域独特の行事を持っています。

今回の地域自治組織は、このようなそれぞれの地域にあるものを、それぞれに、これからも大事にして行きましょうと、いう共通認識の合意を大事にする為に大崎流地域自治組織と命名したのだそうです。

地域自治組織については、いろいろな意見があるようです。

松山地区では、地域自治組織住民負担は、一戸500円だそうです。

この金額、徴収方法については、まだまだ不徹底なようですが、、、、、、。自分たちが暮らす地域の行事、活動をして行くなら、自分達の地域での活動費として、何がしかのお金を納めることは当然の事と考えます。

しかし、地域住民がこの自分達の組織のことを何も知らずに、行政中心で補助金交付を決めたり、上のほうから全て決めてゆく方法には、地域自治という言葉を使うなら、順序が逆なような気がしています。

とにかく、これからの地域の組織ですから、なんと言っても地域住民の為の組織であることを知ってもらい理解を求めて、認識してもらうことに努力すべきと思います。

説明会の資料を事前配布で送付されていました。

当日は資料持参での開催ということですが、この中には大崎市まちづくり協議会条例が綴じられていますが、一般市民に対して、松山総合支所の職員が「条例に書いてないから、だからやれない。」とかというようなことばかり言っていると言う噂なども聞いておりますが、職員は、どちらのほうを向いて仕事をするのか、自分達にとって大事な人は誰なのか、、、、ということを忘れて条例に囚われてばかりいると、せっかくの住民中心(協働の精神)の地域自治組織の本質がないがしろにされてしまうので、余程気をつけなければと思います。


伊藤市長は、財政に対して危機感を抱いているので、合併後の新組織としての地域自治組織の重要性を訴えているものと思います。

地域自治組織については、地域住民の一人として、松山まちづくり協議会説明会成功のだるまの片目が無事に真ん丸く、黒々と入ることを祈っています。


今日のガンディーの言葉
「貴方が本当に謙遜であるならば、夢の中でさえも、貴方のように質素な生き方をする人を見下すようなことを決して考えてはいないでしょう。」

投稿者 jizai3 : 14:18 | コメント (1)

2006年11月16日

今年もあと45日だけ・アッと言う間の一年が過ぎようとしています

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素焼きをしたばかり作品です。粘土を使い、自分の作りたいものを作り、乾燥させ、素焼きが終りました。
手びねりのものは、乾燥させ素焼きをしてから、いろいろ削ったりして形を整えてから、陶芸最後の工程である、釉薬をかけて本焼き、窯詰めをします。そして世界に一つだけの自分の物が出来上がります。

団塊の世代が第一線を退き、退職をしたら何をしたいですかの問いに、「陶芸」をあげる人が多いそうです。今日ギャラリーにいらしたお客様も「団塊の世代の人は、退職したら陶芸をやりたいと言う答えを出した人が一番多いのだそうですよ。」と言い、「習いたいと言う人がやって来そうですね。」と話していましたが、主人は「俺は教える人には向かない人間ですが、陶芸をしたいという人が増えることは嬉しい事です。」と答えていました。

私達団塊の世代は、ベビーブームの中、成長し、常に競争競争の人生だったように思います。

中学生の頃、テストが終わると、トップから、ラストまで名前を張り出され、テストのたびに成績順のクラスわけをされ、ホームルームの時間だけ、自分のクラスに戻れました。
その頃の私は、、良いクラスに入りたいと思い、勉強嫌いの私でさえ一番勉強をした記憶があります。
仙台の台原中学第1期生の思い出です。

しかし、2年後、この張り出し成績表が親達の間で問題になり、私の弟の時には、廃止となりましたが。

朝には、子供たちが自主的に各クラスで試験問題を作り、テストをし、帰りには、暗記テストなども行っていました。先生の指示じゃなく、クラスのみんなが交替でテスト作成などをしていました。

出来る人が出来ない人を指導したりして、先生に教えられるより友達の方がわかり易いなどという意見も出ていましたが、先生に言うと悪いからそれは言わないでクラスの底上げを真剣に考えたり、私達には、クラスの人のことはクラス全体で面倒を見ようという一致した考えがありました。

出来なかった人が、良い点数を取ると教えた人と共に喜んだり、口喧嘩などはありましたが、同じクラスの仲間意識だけは強かったように思います。

かなり競争をさせられた思いもありますが、今振り返ると、先生らしい先生が多かったように思います。

S先生の言葉ですが、「この世に、人間として生まれてくる可能性を考えると、摩訶不思議の世界です。
一人一人の人間は、生まれてきただけで尊いのです。自分の周りにいる人々は、全員かけがえのない人たちなのです。どうでも良い人は、一人も存在しません。」と。

クラスのなかで意見が衝突して、このことが担任の先生の耳に入り、ホームルームの時間にG君が「意見がまとまらないのは、B君がいるからだ。」というような事を言った時に、担任のS先生は先ほど話したようなことを私達に話して下さいました。

家に帰って、おばあちゃんに話しましたら、おばあちゃんは「人は、縁を大切にする生き方をしないとね。」と言いました。  S先生の言葉とおばあちゃんの言葉は私の心に響きました。

私達団塊の世代は、そろそろ第一線を退きますが、、、、、、競争社会を生き抜いてきただけに、陶芸のように、上手下手は関係なしの、自分だけのオリジナルの世界に惹かれるのかも知れません。

自分だけの物は、自分が満足できるものが一番良いのです。

他人の評価を気にせず、自分だけの世界を自由に切り開くことの出来る、陶芸粘土の世界に魅せられるでしょうか?

主人も「粘土は素直だ。」と、いつも言います。粘土遊びは最高の遊びだそうです。

厳しい競争社会を生き抜いた人々が、地域社会に戻ってくる時には、今までの経験を活かしながら、地域貢献出来る人々がたくさん増えてくると思います。地域ボランティアを目指したり、趣味の世界に没頭したり、ユニークな人材を発掘出来る大きな人的可能性を感じます。

昔の人に比べたら、今の60歳は若々しいのです。70歳でも、80歳でも大変若々しい人は増えています。
健康であることを大事にしながら、退職後の人生を心豊かに生きようとしている人は、大勢いらっしゃいます。

オリジナルな考え方を尊重しながら、新鮮な地域づくりを目指すにも、きっと団塊世代の人々は役立つはずですから、地域社会の中に、新しい風を吹き込むことが出来ると思います。

因みに私の友人たちは、気の合う友人、同じ趣味を持つ人、、、、、志縁関係を大事にする生き方をと望んでいるようです。今更、『気を使いながらの人間関係はもうたくさん』と、言い切っていました。

私達の歌仲間の発表会も、もうすぐという季節になりました。私にとっての一年の締めくくりの恒例行事は、今年で10回目を迎えます。「10年一昔」と言いますが、、、、、、松山に嫁いでからの年月は、結構、充実した歳月でした。

今年もあと45日だけとなりました。

一年がアッと言う間に終ると感じる年齢になりました。一日一日を大切にしなければと思う毎日です。


今日のガンディーの言葉 
「真理のような幸せもないし、非真実のような悲しみもない。」

投稿者 jizai3 : 16:43 | コメント (1)

2006年11月15日

いい続ける事の大切さ・繰り返す、摺りこみ教育の大切さ

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「今年、最後のほうずきだ」と言いながら、頂いたほうずきです。本当に可愛い形と鮮やかな色合いです。
自然が織りなすものは、傑作ぞろいですね。幼い頃には、破らないように気をつけて小さな種と実を取り出し、口に中にほうずきの袋を入れて音を出して楽しんだ懐かしさ溢れる私の遊び道具でもありました。

幼い頃、ほうずきの袋をきれいな箱に入れてしまっておいた事がありました。

いたずら弟が、それを見つけて「お年寄りが、大事にしている入れ歯みたい。」と言い、大喧嘩をしたことがありました。私は、高校生の頃までは、きれいな紙、可愛い箱、、、、、、とにかく私が見てきれいな物などは何でも捨てられず取っておく癖があり、自分の机や、整理箱の中にきれいにしまっておきました。

時々弟が、こっそり見て私をからかうのでいつも喧嘩をしていました。

母もなかなか物が捨てられずに溜まる一方の人でした。

いつの頃からか、私のその癖はなくなり、どちらかというと物がいらない方の人間に変化してしまったようにさえ思います。私の姪がそのほうを受け継ぎ、大人になっても何でもきれいにとっておき、物が捨てられない人で、自分でも少々困っているようです。

母は、小さな姪を見て「子供の頃の京子そっくりね。」と良く言っていました。

自分の机の引き出しに整理箱のようなものを入れて何でもきれいにとっておく子供で、 「私は、何でも、もったいないと思うの。もったいないと思うから捨てられないの。」と言います。

義妹は、「私の家にはR子のような人は一人もいないから、きっとお姉さんの方の血を引いたのだと思うわ。」と話していました。私にも小さな頃は何でもとっておく子供の頃の記憶がありますが、今は、何故逆のほうに傾いたのか、幼稚園の先生の頃は、「京子先生は、何でもいらない人ね」とか、「物を増やすのが嫌いな人」とかと言われていましたので、すごく極端な人間になってしまったようです。

でも、今日は、ほうずきを見て、宝物のようにほうずきの袋を大事にしていた頃の自分を思い出しました。

人間は小刻みに振り返って見ることって大切なのかも知れませんね。

私は、どちらかと言うと前だけを見て生きてきたような人間です。失敗をしても仕方ないとかと軽く考えて
深刻に原因を突き詰めたりしないで生きてきたように思います。

結婚をしてからは、「自分だけじゃないのが結婚だから、自分の言動には気をつけるように。笑われる時は、貴女だけじゃない。貴女は笑われても平気かも知れないけど、貴女が軽率だと、重一さんが笑われるのよ。」と、いつもいつも母に言われました。

母は、もうだいぶ前に亡くなっていますが、、、、、、、。独身で生きると思っていた娘をもらってくれた奇特な人間と主人を評価していました。ですから母は私との会話の終りには必ず「きかなくして重一さんに嫌われないように。」でした。私は『大丈夫よ。』と、いつも少しムッとして答えていました。

今こうして自分のことを振り返ってみると、だいぶ変化していることがわかります。

そして、大事だと思うことは繰り返し繰り返し、伝えながら育てることが如何に大切かが分かります。

まさに摺りこみ教育を徹底することが、人間を育てることと言っても過言ではないと思います。

「忍耐」ということにも通じることですが、人間が生きる為には「忍耐」は、大事な処世術で人間として身に着けなければならないことだと思います。

繰り返して身につけたものだけは本物です。自分の身体の一部にまでなりうるものだと思うのです。

難しい現代を生き抜くためには、「どんなに辛いことがあっても、生きぬきなさい!!最後まで生きぬくことが人間として生まれてきた者の使命ですよ。」としっかり教え込むことが大切なことだと思います。

色鮮やかなほうずきを見て、いろいろな事を思い出したり考えたりしました。

今日は、午前中BP教室があり、新会員さんが入会しました。BP教室の1時間だけは、本当のリラックスタイムです。

Fさん曰く「私の貴重な癒しの時間」。

毎回眠くて眠くて困ってしまいますが、、、、、、。私の生活時間の中で、この1時間だけは、自分自身の自己解放の時間です。

1時間が経過するといつもの私に戻りますが、、、、不思議と心の奥底からリフレッシュ出来のです。

何らかの形で、このような時間を持つことは大事だと思います。
ついでに昼寝もプラスすると、最高の一日の仕上がりとなります。

今日のガンディーの言葉 
「何度言っても聞き入れてもらえないとしても、繰り返し、繰り返し言うことを続けるべきである。 これが忍耐である。」

投稿者 jizai3 : 13:41 | コメント (1)

2006年11月14日

地域を活かした、それぞれの地道な活動

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ブログ写真上は、お隣の地域、NPO法人小牛田セミナー主催のビニールハウスでの陶芸教室で作成した素焼きの作品です。子供が制作したカブトムシが活き活き見えます。この陶芸教室には、高齢者から子供まで幅広い年齢の人々が集まります。下の写真は、松山フラワーアレンジメント教室の作品です。

各地域の文化祭などの大きな行事が終わりました。

来年へ向けての作品づくりに意欲を見せている元気人にお逢いすると、とても励まされます。

地域社会で暮らす人々が、それぞれの小さな楽しみを大事にしながら、同じ趣味を持つ人々や、気の合う仲間達と共に活動することは、人間関係を豊かに築く上ではとても大事なことだと思います。

昨日、NPO法人小牛田セミナー主催の陶芸教室での作成した素焼き作品を本焼きしました。

G先生が自ら火の管理を務め、夕方遅くに火を落としました。

今回の作品は、手びねりのものが多くあり、個性的な作品が多く、本焼きの出来上がりが楽しみです。

私は、大きなカブトムシが目に付き、G先生にいろいろお聞きしましたら、おばあちゃんと孫と二人で陶芸教室に入会している方のお孫さんが作ったカブトムシだそうです。

「おばあさんに、この写真を見せたら喜ぶだろうな」と、G先生は言いました。

大変、孫を可愛がっている方だそうです。

この教室には、小さな子どもたちから、高齢のおじいちゃんやおばあちゃんまでと豊かな年齢層で活動しているそうです。皆さん出来上がりの自分の作品と対面した時は、本当に嬉しそうで、大事に抱えてお帰りになるそうです。

世界に一つしかない自分だけのオリジナル作品に大変ご満悦だそうです。

「この喜びの笑顔を見る時が、主催者側としては、一番幸せな時です。」と、G先生も嬉しそうに話して下さいます。

私は、本当に幸せな人は、いつも、小さな喜びを心から喜べる人間だと思っていますので、G先生の言葉には本当に納得です。

ブログ写真下のフラワーアレンジメントの作品は、今回の松山文化祭に出品したTちゃんのお花です。

Tちゃんは、「ギャラリーに枯れるまで置いて下さい。皆さんに見てもらって下さい。」ということでした。

Tちゃんは何でも一生懸命で、松山を大変愛していらっしゃる人で、家の孫達が大きくなるまでには本当にお世話になった方で、とても優しい人です。

今話題の枯れない花、「プリザーブドフラワー」の勉強会も主催するそうです。

開催日   11月27日(月)AM10:30~

場所     割烹・江戸川

参加費   4200円 (ランチ代、花材費込み)

申し込み締め切りは、11月16日(木)  お問い合わせ:フラワーサロン・フレージュ 090-6456-6069
                              又は、江戸川へ直接お申し込み下さい。 55-2028

これまでも、Tちゃんはいつも前向きにいろいろな活動をしてきました。

地域社会は、このような人々の熱い情熱に支えられて活性化するのでしょうね。
一人一人の小さな力の結集が一番大切なことで、この力がやがて多くの人々に伝わる確かな力に育ってゆくものと思います。

それから今日は、松山地区の「集いの広場」の人達が育てた、大根と春菊を買いました。

とても美味しそうな大根と活きの良い春菊でした。今夜は鍋料理と思っていますが、、、、、、、。

集いの広場の人たちは、指導者に導かれながら、とてもきれいに丁寧に野菜づくりに励んでいます。

自分たちの育てた野菜を地域の人々に購入してもらい、ますます野菜づくりに励み、収入を得る喜びを体験して、野菜づくりやいろいろな活動を通して、生きがいを感じられるような地域社会であれば良いのにと思います。皆さん方は、「どうもありがとう」と大きな声でお礼を言いながら、リヤカーを引きながら、次のお客様の所へ向かいました。

政治の支援対策が、隅々まで行き届いて、誰もが活き活き生きられる社会であればと、、、思いました。今日お逢いした集いの広場の皆さんの表情はとても明るく、自慢の野菜が売れたことを大変喜んでいらっしゃいました。   小さな喜びを共に大事に出来る人間でありたいと思いました。


今日のガンディーの言葉 
「自分の成すべき事をやり遂げた静かな喜びは、どんな喜びとも比べられない。」

投稿者 jizai3 : 10:28 | コメント (1)

2006年11月13日

豊かな風土で生きる日本人

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晩秋の大崎市松山文化丁に広がる秋空です。丁度、午前8時の空は、冬が近いことを感じさせる雲が暗く大きな広がりを見せていました。日本の四季は、常に私達に季節の移ろいを知らせながら、微妙な変化を伝え、島国、列島文化の素晴しい風土に囲まれて生活している日本人の心の豊かさを導きます。

昨日、私は古川に用事があり出掛けました。

私が大変尊敬している人と出会い、心優しき仲間たちとも出会い楽しい時間を過しました。

その時に、Sさんから、日本という国の成り立ち、日本文化についてなどの話しをたくさん伺いました。

モンスーン気候に恵まれ、海と川に囲まれた列島文化には、縄文の時代からの素晴しい食文化を持ち、身体に良いものを食し、今は、世界中から日本の、酒、みりん、わかめ、魚介類などが注目を浴びているということでした。

三内丸山遺跡を見ても、吉野ヶ里遺跡を見ても、「貝塚」が見つかりました。何処を掘っても、きっと日本中から、昔の人々が食したと思われる貝が出てくるものと思われます。

農耕社会に物々交換をするような市場が出来、家畜業が遅れた日本人が肉を食するようになったのは、明治以降で、ずーと魚や木の実など、身体に良いものを長い期間食べ続けていた日本人の祖先の賢さが理に叶ったものであり、島国の地形の豊かさ、四季のある自然環境の素晴しさが日本人を育ててきたのだと思いました。

人間の生き方で大事なことは、言語と宗教そして生活の仕方ということでした。

日本は、1万年以上も続いた話し言葉文化が続き、次に5世紀頃、卑弥呼の時代には文字が入ってきて
手写していた木版時代から寺子屋時代までの書物文化、そして活字時代の印刷文化、それからメディア文化と言われる映像、TV時代となり、現代は、映像とコンピューターの融合の文化で、新しい文化の時代に突入したと話し、この時代をいかに生きぬいて乗り越えてゆくかが、我々現代を生きる人々の課題であると話して下さいました。

全く新しい時代に入ったことを感じましたが、、、、、いかなる時代でも人間だけが主体的に生きても良いという証はありません。

自然環境と上手く折り合いを付けながら、人間がコンピューターに支配されないように、人間が主体的にコンピューターを使いながら、より良く人間らしく生きられる新しい時代であれば良いのですが、、、、。

現状のPCの弊害などを考えますと、使い手である人間のマナーの悪さには呆れていることも本当です。

いろいろな話しを伺いましたが、、、、いつもSさんは良く勉強していらっしゃいますし、日本人としての人間の生い立ち、特性など観察力も鋭く、さすがだなと感服しています。

何をお聞きしても嫌な顔一つせずに丁寧に説明をして下さいます。

大変温かい人間性をお持ちの方です。

Sさんは、「日本人は素晴しい国民なんだよ。秩序正しい国民なんだ。」と話して下さいました。

お逢いするたびに、不思議に私は、「日本人として生まれてきて良かったな。」と、素直な気持ちになれる人なのです。何か大事なものをもうすでに超越しているような雰囲気を醸し出しながらも可愛らしいところがあり、大変魅力的な人間性を感じさせる人です。


今日のガンディーの言葉
「打算的な心を持っている人は、自己実現に達することは出来ない。」

投稿者 jizai3 : 10:43 | コメント (1)

2006年11月12日

大崎市松山文化祭・二日目 そして盛会裏に終了

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今日は、松山文化祭最終日で、肌寒い一日でした。きれいに着物を着付けてお接待をする、お茶席コーナーは大人気でした。日本文化の奥ゆかしさを感じる風景です。ブログ写真下は、新松山小学校建築現場展示コナーの様子です。『地域の夢』を育てる松山地区の子供達の成長が見られる展示でした。

今日は、雨が降ったり、止んだりして一日中肌寒いお天気でした。

晩秋の様子を見せる大崎市松山地区では落ち葉が舞い散り、寒い冬が近づきつつあることを感じさせていました。

大崎市が誕生して初めての松山文化祭が盛会裏のうちに終りました。

今回の松山文化祭に初出品した、「新松山小学校建築現場交流コーナー」のことが話題です。

自分の家の子供や孫が書いた、作文や絵を見て感激したお家の人達がたくさんいらっしゃいました。

作業現場で働く人々に、「気をつけて!」とか「一日も早く造ってね。」とか「風邪をひかないように。」とか
「怪我をしないで下さい。」とか、「日本一の校舎で一生懸命勉強することを約束します。」とか「本当に私達の為に、雨の日も風の日も働いてくれてありがとう。」、、、、、、、たくさんの松小の子供達のメッセージが展示されていました。

H所長さんは、松山地区の松山小学校、この松山地区で暮らす人々、みんなに愛される松山地区の小学校ということを大事にして松山小学校造りに取り掛かったようです。

もうすぐ完成です。子供達にとっても完成までの過程をいつも間近かで見ていたわけですから、自分達の学び舎として、もう心の中では、大きな存在に育っているようです。

いろいろな教育現場での不祥事が続き、夢をなくしてしまいそうな今のこの時期に、大崎市松山小学校の子供達は、大きな夢や感動を文章にし、絵に描いています。

子供達の成長の様子が見て取れる展示物がたくさんありました。

そして、温かい人間同士のふれあいを見てとることが出来ました。

今回の展示を見て感じることは、昨日のコメントにもありますが、建造物を予定金額や予定期日で建築しただけでは決してありません。それ以上のものを建てて頂いたのだと思います。松山小学校に在籍している子供たちは、そのことを良く知っています。

日々、作業現場で働く人々を観察し、新校舎で勉強したり遊んだりすることに夢を抱きながら毎日を過しています。

熱い情熱を持ちながら生きる大人の姿をしっかりと見ています。

熱い大人の姿を見ることが出来る子供は幸せですし、その姿をしっかり見せることが出来る大人も幸せだと思います。

昨日、会場の体育館で出会った子供たちも、とても活き活きしていました。

私達地域住民は、子供達から夢を奪ったり、希望を失ったりしないように気をつけて一人一人の子供達を見守り大事に育てなければならないと思います。

完成を楽しみにして、夢を膨らませている新松山小学校の子供たちの幸せを心から祈りたいと思います。そしてこの建築に携わった全ての人々に感謝したいと思います。

あと少しですからくれぐれも事故や怪我のないように気をつけて働いて頂きたいと思います。

                          <お知らせ>

今日の松高ナインは、仙台高校のグラウンドで仙台高校と闘いました。
5:3で勝利しました。小林投手が完投しました。後は、18日の松山球場での宮農高との闘いだけです。


今日のガンディーの言葉
「知識とは、唯、自分自身を知ることが出来ることである。  他の言葉で言えば、知識とは、自己実現を意味する。」

投稿者 jizai3 : 18:53 | コメント (1)

2006年11月11日

雨の中での大崎市誕生記念第1回松山文化祭・第3回松山邑まつり合同開催

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今朝は、天気予報どおりあいにくの雨降りのなか、大崎市誕生記念 平成18年度第1回松山文化祭と、第3回松山邑まつりが合同で開催されました。正午近くで雨脚の強い時でしたので、あまり混み合わず、ゆったりと観ることが出来ました。酒ミュージアムギャラリーでは、民具農具の展示もありました。

本当にあいにくの天気のなかで、秋の大きな行事がスタートしました。

松山の恒例行事の文化祭ですが、今年は大崎市が誕生して初めての大崎市松山文化祭です。

松山邑まつりは、3回目を迎えますが、同時開催となり、酒ミュージアム周辺は賑わっていました。

修復をした体育館は、床もきれいで広々とした感じになり、たくさんの松山地区の人々の作品が飾られていました。子供たちの作品も数多く展示されていました。

新松山小学校建築関連の展示もあり、新校舎の小学校に対する夢と期待でいっぱいのコーナーがあり大変興味深く見せて頂きました。

H所長は、「先ほども子供たちがご父兄の方々を連れて自分達でいろいろ説明をして、保護者の方々に自分の作文や絵など見せていました。」と、とても嬉しそうに話して下さいました。

子供たちの作品展示は、書、絵画、書道、工作、はり絵、、、たくさんありましたが、小学校工事現場の作業員の人々との交流は別らしく、きれいに飾られた写真、絵日記などは、特別らしく活き活きとした作品が並べられていました。

感動が大きいと、特別な動機づけなどしなくても、活き活きした絵や文章を書くことが出来ることを、良く理解しました。

この子供達との交流は、最高ですね。

校舎に入る前から、自分達が勉強や遊ぶところとして、夢や期待感を抱かせており、もうとっくに自分達の小学校として受け入れられている。出来上がってから、どうぞ、お入り下さいと言うのではなく、基礎工事から見守り関わりを持ちながら、出来上がりに期待を寄せている待ちに待った松山小学校なのだということが伝わってきました。

あとわずかで完成だそうです。

農具民具の展示会場は、大勢の人々で酒ミュージアムギャラリーはいっぱいでしたが、縄ないなどをしている人もいました。昔々に思いを馳せ、俵のようなものを作っている人もいました。
その顔はみんな真剣でした。

子供に混じって、大人の人達が大勢いました。懐かしい雰囲気があるのでしょうね。

大崎市松山総合支所K所長の静物画の展示もありました。

k氏は、いつも展示なさっていらっしゃいますが、今回は大崎市松山総合支所長になり初めての展示になりました。私には、静物画のなかに描かれている美味しそうな食パンが大変印象に残りました。

他の題材には感じられない食パンの柔らかさと、食パンの色彩がとても目立ち、いつも静かなKさんの絵画に静かな動きのようなものを感じました。

松山の総合支所長が自ら絵筆を握り、作品展示をすることが、大崎市松山にとっては、歴史文化芸術を大事にしながらまちづくりを進めてきた松山にふさわしい事であり、K所長には、これからもお忙しいでしょうが、一地域住民として、作品展示を続けてほしいなと思いました。

お天気には恵まれませんでしたが、それだけにゆっくり時間をかけて見ることが出来ました。

帰りがけには、一ノ蔵でつくった無農薬のそば粉で練った十割そばを賞味してきました。

量は少なめでしたが、歯ごたえのある美味しく身体に良い添加物ゼロのおそばを頂いてきました。

最近の大崎市松山は、銀行が出張所に格下げになり疲弊している感じを受けて、元気がありませんでしたが、今日の体育館、公民館、酒ミュージアム周辺は雨降りでも活気に溢れていました。

やはり、地域が元気で活力あることは大事ですし、地域の行事もとても大切であると思いました。

子供たちも、大人も、高齢者の方も、老若男女を問わず地域住民みんなが楽しめるイベントは、いつの時代にも大切な地域の行事だと思いました。大崎市は旧一市六町の合併ですから、その町や、市が大事にしてきたものはそれぞれなはずですから、七つの特色を活かしながらまちづくりを進めることが、大崎流の地域づくりなのだと理解しながら帰って来ました。

松山邑まつりは今日だけですが、松山文化祭は、今夜は午後8時まで、明日は午後3時まで開催です。

一年に一度の地域住民の展示を是非、ご覧頂きたいと思いました。~力作ぞろいで楽しめます。~


今日のガンディーの言葉
「人生は、死ぬまで毎日新しくなる。この知識は、我々、精神向上するよう手を差し伸べるべきである。」

投稿者 jizai3 : 14:10 | コメント (2)

2006年11月10日

~~光陰矢の如し~~時の流れを考えて

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今日は、霧の濃い朝からスタートしました。霧のかかった朝の始まりは、予想どおり日中は暖かく曇り空ではありますが、どことなく寒い季節が近いことを感じさせます。松山高校硬式野球部は今年11月18日(土)の練習試合 (宮農高)との練習三試合が最後になるそうです。試合会場は、地元松山球場です。

昨日は、長野遠征の練習試合について、氏家監督からお話を伺いました。

諏訪湖を望む高台のホテルに泊まり、素晴しい眺めに松高ナイン達は、感嘆の声をあげたそうです。

松商学園との練習試合には、「土手っ子クラブ」の大勢の人達が見守るなか、野次が飛び交うなかでの練習試合を体験してきたそうです。松商学園とは、5:3の勝ちゲームでしたが、、、、、、敗れた松商学園に対しての野次の激しさに監督は、驚いたそうです。

練習試合でも、ものすごい車が行列をなしての観戦だそうです。

今回の練習試合は、実り多いものと氏家監督は、手ごたえを感じている様子でした。
長野遠征での練習試合は、三勝二敗の勝ちこしの成績を納めました。

今後の課題は、寒い時期の練習にあると話していらっしゃいました。

大崎地方の冬の厳しさをいかに充実練習をして過すか。
11月~2月までの寒さの中での頑張りが子供たちを、より逞しいスポーツマンに育てるはずです。

今年最後の練習試合は、松山球場で、宮農高と三試合闘うそうです。

子供たちの練習試合の後には、親同士の試合もあるそうです。

是非、最後の練習試合観戦にいらして頂きたいと監督も話していらっしゃいました。どうぞ、くれぐれも温かくして松山球場に足を運んで頂きたいと思います。 11月18日(土)第一練習試合開始は、9:30です。

氏家監督は、松山高校硬式野球部監督就任以来、大変お世話になっている宮農さんとの練習試合で、今年も締めくくるそうです。松山が此処まで頑張ることが出来たのは、「宮農さんのおかげ!」と、いつも感謝の言葉を付け加えていらっしゃいます。

来春になると氏家監督は、松山に着てから4年目に入るそうです。

月日が流れるのは本当に早いものですね。  ~~~光陰矢の如し~~~

人生は片道切符です。突き進むだけで、逆戻りはしません。一日一日を大切に過ごして上手に年をとることがつくづく大事なことだと最近は、いろいろな事が起きるたびに、そう思います。

生ある限り、積み重ねの人生を大切にして、自分で納得できる人生を送りたいと思っています。


今日のガンディーの言葉 
「人間は、彼自身の精神の人間性によって、本当のことを知らされている。」

投稿者 jizai3 : 13:04 | コメント (1)

2006年11月 9日

生き抜く人生の見事さ

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今夜は、主人の同級生Mさんのお母様が先日95歳の生涯を終えましたので、十数名の同級生達が揃ってお別れに出掛けました。Mさんのお母様は、小柄でいつもニコニコしていてとても可愛らしい人でした。
現代を生きる我々のお手本となるような生き方を貫き、生を全うした力強い生き方を示してくれました。

明治生まれの可愛らしいおばあさんが亡くなりました。

95歳の人生を見事に全うしました。

先日、主人の同級生のMさんから、亡くなる時のお話を伺いました。

その日は、いつもと変わらない様子で一日を終え、少し早めの就寝だったそうです。

休んだと思っていたら「頭が痛い」と、言い起きてきて、、、、、、、顔色が悪いのでMさんは、異変を感じすぐに救急車を呼んだそうです。

病院に付き添い着いた時に、お母様は息子のMさんに「おいためかけてすまないね。」と言ったそうです。

この言葉がお母様の最後の言葉だったそうです。

95年間、生きぬき、息子に「すまないね」と、ねぎらいの言葉をかけて亡くなりました。

Mさんは、このお母様を大事にしていましたし、文章などをよく読んでいて、いつも前向きに明るく生きるお母様を大変尊敬していることが、会話の所々に現われていて、私は、とても良い母と息子の姿を感じていました。
お母様には、何処でお逢いしても「いつも息子がお世話様です。」と丁寧にご挨拶を頂いていました。

95歳の人生を生きぬいた見事な人生を思う時、明治生まれ方の精神力の強さに頭が下がる思いです。

戦後の日本人は、敗戦により、人としての誇りを失いました。

現代が抱える深刻な問題の深い闇を思う時、主人の同級生Mさんのお母様の与えられた生を全うした見事な人生は、本当に立派だと思います。

大変な苦労をして子供たちを育て、どんな時にも明るく力強く生き抜いたそうです。

親や先生、人生の先輩にあたる全ての人々は、後輩達には、生き抜く姿をしっかり見せることが一番大事なことだと思います。かっこ悪くても、躓いても、転んでも、病気をしても、仕事を失っても、離婚をしても、失敗をしても、苛めにあっても、、、、、、、。人間として生き抜くことが大事なのです。

95年も生きていれば、死にたくなるような辛い目にあうこともあったと思いますが、、、、。見事に生き抜き最後を迎えました。人間として立派な生き方だと思います。

今この時に、死ぬほど苦しい思いをしている人でも、自ら命をたつことだけはしないでほしいと思います。

今日のブログ写真は、カーネーションですが、カーネーションは「母の日」に贈る花とされていますが、今を生きる人は、誰でも母を持っていて、今の時代、共にこの世に存在しています。

人間として今の時間を呼吸して生きているだけで、一人一人が、かけがえのない尊い存在なのです。

苛め自殺などの報道を聞くたびに、心が痛みますが、今日の95歳の人生を全うする生き方が、本当の人間の生き方であり、終焉を迎える真の姿であることを大人も子供もしっかり学ぶべきだと思いました。


今日のガンディーの言葉
「我々は、自分自身の運命の製作者である。」

投稿者 jizai3 : 19:23 | コメント (1)

2006年11月 8日

「干し柿」の思い出

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今年の干し柿です。先日の「柿もぎ隊」のA隊長さんが持ってきてくれたものを主人がむき、私がギャラリーの角に吊るしました。子供の頃には、たくさんの干し柿をつくり、軒先に吊るしていました。私は、干し柿は苦手でした。不衛生な感じがして抵抗がありましたが、今は、懐かしさがいっぱいの干し柿です。

年齢を重ねると、感じ方が変わるものって、たくさんありますね。

干し柿がそうです。

子供の頃、秋晴れの下で、曾祖母や祖母、母、叔母達が縁側に座り、良く柿を剥いていました。

たくさんの柿をむき軒先に吊るしていました。少しは皮むきを手伝いましたが、一度も食べませんでした。

おばあちゃんや母から「干し柿は栄養があるのよ。風邪をひかなくなるから食べなさい。」と、いつも言われましたが、食べませんでした。

私には、すごく不衛生に見えてとても嫌でした。

固い柿は大好きですが、柔らかいものと干し柿は、苦手でした。

今でもあまり好きではありませんが、、、、。主人は干し柿が大好きです。

でも今回、ギャラリーの角に吊るして見たら、すごく懐かしい気持ちがして、古い家の縁側の様子などを久しぶりに思い出しました。

柿の木にも登りましたし、子ども達同士の楽しい遊びなどもいろいろ思い出してしまいました。

私はどちらかというと、過去を懐かしんだりしないほうの人間ですが、干し柿を見たらいろんなことを思い出しました。大変人の出入りの多い家で、祖祖母も、祖母も社交的な人でした。

母は、あまり人付き合いはしない人でしたが、大家族が一緒に生活をしていた家なので、いつも賑やかでした。子供の頃の私は、今思うと子供らしい子供ではなかったような気がします。

弟があまりにも子供らしすぎるので、変に大人ぶっていたように思います。

誰にでも忘れられない思い出や、大事なこと、悲しかったことなどがおありだと思いますが、、、思いがけないことで、あの時点では理解出来なかった出来事にハッと気づく事ってあると思います。

干し柿を見て、母に言われたことが理解できました。

大変プライベートなことなので、具体的には言いたくありませんが、、、、納得できました。

40年以上経過して、柿をむきながら母に言われた言葉がやっと理解できました。

今日の私は、難関校にでも合格した気分です。長く生きてみないと解らないことってありますね。

謎解きが出来て、スッキリした気分です。


今日のガンディーの言葉
「自我が死んだ時、神は心の穴を満たす。」

投稿者 jizai3 : 12:05 | コメント (1)

2006年11月 7日

惧れもなく断固現実を凝視する大崎市長、熱弁をふるう

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昨晩7時より、大崎市松山総合支所 2F 大会議室において、大崎市の短期財政見通しについての住民説明会が約100名くらいの松山地区住民を前に開催されました。伊藤市長は45分間も厳しい財政についての熱弁をふるい現実の厳しい大崎市の財政を凝視し、パートナーとしての住民に語りかけました。

私は、昨晩の説明会場には、初めて入りました。以前の旧松山町役場も2Fには入ったことはありませんでしたので、、、、、。松山地区の全地域住民に対する会場にしては狭すぎないだろうかと心配しました。

でも、前の方には空席も目立ち、私には新市市政に対する不信感の表れのようにさえ思いました。

副市長一人がまだ席についてはいませんでしたが、(仕事が残っていたそうです。)定刻に住民説明会は始まりました。伊藤市長とお逢いするのは、選挙前の公開討論会以来でした。

伊藤市長は、選挙公約違反での船出に対して、いかに大崎市の財政が厳しいか、熱弁をふるって説明してくれました。合併の見込みの甘さが露呈しました。

民間の考えでは、収入は最低値に、支出は最大値に、、、「入るを計りて出ずるを制す」の経営方法をとります。現実に入ってくる金額で、予算を立て経営(事業)を考えます。

入ってくるものでだけしか経営は出来ないのです。

取らぬ狸の皮算用は禁物です。今回の大崎市の船出は、初年度から財政破綻状態であることが、はっきり露呈しました。伊藤市長は、大崎市民一人当たりの借金額は、90万円くらいと話しました。

経済収支比率は、91,8パーセント。このお金は、黙ってただ出てゆく金額です。 固定費です。

市長が自由に使えるお金は、8,2パーセントだけです。解りやすく言うと旅行にも行けない趣味もしたいが何も出来ない状態と伊藤市長は、大変解りやすく説明して下さいました。

ですから今の状態では、病院建設は無理なことです。伊藤市長は、質疑の中でも、選挙公約違反と責められましたが、現状の財政に対しての理解を求め続けました。

この会場には、元鹿島台町長、元松山町長も参加していらっしゃいましたが、、、、臆することなく、断固として現実凝視の姿勢を崩しませんでした。市長、副市長は、合併協議会には、全く関与していらっしゃいません。数値をはっきり把握しているのは、事務方の人だけだとは思いますが、この厳しい現実を私達に何とか解ってもらおうとする気持ちだけは理解出来ました。

この後、大崎市短期財政見通し、大崎市の総合計画と行政改革について、事務方の担当者からもそれぞれ説明が続き、最後に質疑が行われました。

私も勿論言わせていただきました。

本当に厳しいのなら、先日の開市式の中での合併功労者表彰を止めるとか、市の交際費にあたる交流事業の見直し、短縮など、、、厳しさを訴えるなら耳障りの良いことを取りやめて言動一致の市政を大崎市民に見せてほしいと言い、今日まで松山で暮らす人々から「合併して良かったね。」の言葉を聞いていないと言いました。合併効果ということではなく、いい事だけ言われて合併したが、厳しい現実に戸惑い
協働のパートナーシップを求められても、素直に「はい」と言えない心情を話したつもりです。

その他にも、5人くらい住民が質問しました。
民間なら必ず財政が苦しくなれば、我が身を削ることをします。  主人も自主廃業前には、自分の役員報酬を減らしました。

最後の質問者も、人、物、金を減らすしかないのではと、言いました。

私は自分の質問の中でも言いましたが、「隗より始めよ」の具体的得策はありますか?と、お聞きしましたが、この精神がないと、なかなか人は動かないのではないかと思います。

市民の理解を得る為の方策は、大変大事ですが、合併協議会を引きずっていないだけに考えようによっては、かなり割り切れる事柄もあるし、廃止、見直しなど、ヤル気さえあれば如何様にも出来ることがたくさんあるような気もしました。

足元を凝視した住民説明会第一日目が終りましたが、正直言って素直に協働という言葉には頷けないことは、残念でしたが、「ない袖は、ふれない。」という一貫した伊藤市長の態度から、厳しい大崎市財政の深刻さだけは確かに伝わりました。

10時近くまで、住民説明会は続きましたが、全ての説明会終了は、今月の末までの予定のようですが隅々まで行き届く住民説明会にしては、回数が少ないのではと、思います。

船出した大崎丸に我々大崎市民は乗船してしまった現実を真摯に受け止めて、力を合わせて漕ぎ出すしかないという気持ちを強くした説明会でした。

しかし、財政難で、お金のないことが現実ではありますが、いろいろな人達とも知り合えて、交友関係が広がったことは、嬉しい事です。ある程度の年齢になると、交友関係は狭まるものですが、私の場合はますます広がるようで、とても嬉しいことだと思います。
 
大崎の「縁」で知り合った人達を大切にしながら、いろいろ事を学び、大崎市のより良き市民となり、みんなと一緒に心豊かな人生を送りたいと思います。

今日の昼には、猛烈な集中豪雨がありました。今日のブログ写真の下方が、その時の様子です。
夕方には、ピューピューとうなりながらの強風が吹き荒れました。

自然の摂理のなかで「正しく生きよ!!」と、大いに"檄”をとばされたような思いの激しい雨でした。


今日のガンディーの言葉 
「心にあることは、遅かれ早かれ、必ず出てくるにちがいがない。」
「借金は、言葉ではなくて、行為によって償われている。」

投稿者 jizai3 : 12:01 | コメント (2)

2006年11月 6日

大崎市 短期財政見通しについての住民説明会が今日からいよいよ始まる

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こののどかな景色は、秋の夕暮れ間近か、大崎市松山伊場野地区沿いの鳴瀬川で遊ぶ白鳥です。ブログ写真下は、松山柿もぎ隊の隊長が、息子の所の空き地から、もいだ柿をダンボールにたくさん詰めて持ってくきてくれました。4個だけもらいました。10年も続いた秋の行事に張り切っていらっしゃいました。

昨日の続きですが、夕方の大崎市松山伊場野付近、鳴瀬川の夕暮れの様子です。

素晴しいのどかな眺めでした。

私達の前に先客があり、自転車を止めてジーと見入っている人がいました。

私達もしばらく車を止めて見ていました。帰り際には、4羽だけが連なって飛び立ちましたが、しばらくすると、又、仲間達のところに戻り、水あそびを始めました。

寒い冬が近いことを感じますが、とても心安らぐ眺めでした。

今年の柿もぎ隊の参加者は、こどもは、一人だけで後は全員大人たちだそうです。

隊長のA君は、「みんな懐かしいんでしょうね。」と言い、「もう10年続いています。」と付け加えました。

私の息子のお隣さんですが、大変忙しい商売をしながらも、いつも地域社会のことを真剣に考えていらっしゃる姿には感心しています。松山地区にはとても大切な人材です。

いつも気さくで明るくて、楽しい方です。私はこの年代の人たちの頑張りがこれからの大崎市松山には、重要な役割を果たすものと確信しています。

何でもそうですが継続は、確実な力を貯えてくれます。その力が仲間を支え、会を育ててくれると信じています。A君にはこれからも地域の為に、ますます頑張ってほしいと願っています。

今日は、夕方7時から大崎市の短期財政の見通しについて住民説明会があるので、事前勉強でもと思い、大崎市のHPを開きました。

良く見ましたら、先日配布されたばかりの広報「おおさき」に誤りがある事が分かりました。

起債制限比率、地方債現在高比率、将来にわたる財政負担比率などに億単位の過ちでした。

数字についてはプロの集団が、重要な過ちを犯していました。でも、住民説明会前に、HPで訂正はしてありますが、私も数字には弱いので人のことは言えませんが、、、、。

合併を1年延ばしたことが、充分な検討とか計画などに力を入れず、どんどん借金を増やすことにだけ繋がる時間になってしまったのだと思いました。

昨晩、「功名が辻」と「信長の棺」のTVを見ましたが、戦国時代を生きた人々の暮らしを思えば、現代を生きることのほうがずーと楽に生きていられと思いました。いつの時代にも、正直者、悪知恵の働く人、ずる賢い人、、、、、いますが、問われるのはしばらく時間が経過してからというのは間違いありません。

私達、松山で暮らす人々は、茂庭のお殿様の城下町という歴史にプライドを持っています。100年後に平成の合併を振り返った時に、大崎市の中で最も優等生の町としての評価がされるかも知れないと考えて、、、、、自分を慰めました。

決めたら間髪を入れずに行動を起こす事の大切さを教えられました。9月本会議のライブ中継でも、決算審議の空しさは、浅ましさも感じながら見ていました。

財政非常事態宣言を出している大崎市が誠意ある説明をするかどうかが問われるところだと思います。

住民理解を得る為には、ある程度の合併に対する総括が是非とも必要との思いは強くなるばかりです。

大事な説明会は、回数不足ではと思いますが、松山地区では、今夜19時からです。

多くの松山の人たちと説明会を聞きたいものと思います。

住民説明会の詳細は、明日のJK-ブログで、お知らせ致します。

今日のガンディーの言葉 
「精神は、善良な人々がいなければ、干上がってしまう。」

投稿者 jizai3 : 13:11 | コメント (1)

2006年11月 5日

花と歴史の香る旧松山町・大崎市になって初めての文化祭が開催される

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今日は、大崎市松山の第一回目の文化祭が、大崎市松山文化協会主催で開催されました。 ふるさと歴史館では、「フランク永井展」が同時開催されていました。大崎市松山地区は、文化祭花盛りという雰囲気に包まれていました。秋晴れの天気に恵まれて大崎市松山公民館周辺は大賑わいでした。

今日は朝から素晴しい秋空に恵まれて冬を間近かにしていますが、素晴しく良い秋晴れの一日でした。

室内にいては、もったいないくらいの秋晴れでした。

今日は、大崎市になって初めての大崎市松山文化祭でした。

丁度、ふるさと歴史館では、魅惑の低音歌手「フランク永井展」が開催されていましたので、主人と二人で見てきました。以前の旧松山町での展示と比較すると、たくさんのフランクさんの私物の展示がありました。私たちは、4月頃に「吉田 正音楽記念館」で、フランク永井さんのステージ衣装なども見て来ましたが、、、、、。お姉さまが、今回たくさんのフランク永井さんの愛用品を故郷へ寄贈して下さったことで
今回の企画展示が可能になったそうです。

ステージ衣装、ゴルフ道具、優勝楯、賞状、フランクさんお気に入りのファンが編んでくれたユニークなセーター、、、、、見ごたえのあるものがたくさん飾られていました。

コナーでは、フランク永井さんが歌っているDVDが流されていました。

私が入館した時には、10名ぐらいの人々がいらっしゃいましたが、画面のフランクさんの歌に合わせて歌を口ずさみながら展示物を見ている人、画面の前に座って涙を流しながら聞き入っている人、、。

本当にフランク永井さんは、故郷の松山に帰ってきたように思いました。

まさしく「ラバー カムバック トゥ ミィー」・フランク永井さんのデビュー曲「恋人よわれに帰れ」です。

私達のフランク永井さんが、旧松山町に帰ってきたのです。私は今日は、そんな気持ちでフランク永井さんの歌声を聞いてきました。

本当にいつ聴いても素晴しいソフトな歌声で、最高の歌唱力を持つ偉大な歌手だと思いました。

今回は、来年の1月21日までの企画展示ですが、係りのMさんに、「フランク永井さんの展示は常設展でお願いします。」と強く要望してきました。

好きな時に、いつでも松山地区でフランク永井さんと出会えることは素敵なことだと思ます。

「フランクさんの歌に励まされたよ。」という声が今日もふるさと歴史館内で聞くことが出来ました。

大崎市松山が声を大にしてPR出来る人・フランク永井さんが故郷へ帰ってきた雰囲気の展示でした。

その後で、大崎市松山青少年交流館で第1回目の大崎市松山文化祭の舞台発表を見てきました。

大勢の出演者が、きれいに着飾り、日頃練習の成果を発表していました。

私は、今日は結構長く会場にいましたが、その中でも、詩吟「松山詩吟愛好会」(しょうざんしぎんあいこうかい)の独吟、連吟が大変新鮮に耳に残りました。

主人のいとこのAちゃんを思い出しました。朗々とした声で「風林火山」を披露してくれたことなどを思い出しました。トテモいい人だったAさんは、4年前に亡くなりました。

今日の連吟のなかで、「日本を愛す」という詩吟を聞きましたが、、、、、、、、、””力を合わせて未来を築かん””この国を愛す""と、いう女性三人の声が大変心に染みわたりました。

主人の同級生、文化協会長の畑中敏亮さんの連吟も、とてもよく伝わり、Aちゃんの「詩吟はいいよ!」という声が聞こえてきそうでした。

会場は、温かい拍手を送る人々でいっぱいでした。 合併して大崎市になり、大きくなりましたが、大きくなって、ますますこの松山地区が自分にとってかけがえのない大事な処だと自覚する一日でした。

帰りがけには、伊場野地域を流れる鳴瀬川に飛来する白鳥の姿も見てきました。

白鳥のことは、上野地区で暮らす、チャーミングなH子さんから教えて頂きました。

丁度、羽根を休めて水辺で遊ぶ姿をしばらく見てきましたが、私達のそばで自転車のおじいさんもジーと
西日の沈みかけた鳴瀬川を見つめていました。


心が休まる秋景色も充分に堪能してきました。

とても充実した一日を過ごし、松山の良さを味わうことが出来た秋の一日を過ごしました。

                        <お知らせ>

今日松高ナインは、夜8時頃到着予定です。今回の最終練習試合は、松商学園と闘いましたが、5:3で勝ちました。今回の長野遠征は、大きな収穫を得た練習試合だったようです。明日から又、地元松山球場で練習を行いますので、温かくして球場に足を運んで、勝ち越しで帰った松高ナインの練習の様子を見て頂きたいと思います。  ””これからも宜しくお願い致します。””


今日のガンディーの言葉 
「川は源泉が枯れた時に干上がる。それと同じように、我々の源泉、すなわち、神から切られた時、我々は干上がる。」「精神は、善良な人々の仲間がいなければ干上がってしまう。」

投稿者 jizai3 : 17:04 | コメント (1)

2006年11月 4日

大きな式典を終えた大崎市の素顔は?

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完成近い、大崎市松山小学校です。蔵をイメージした地域の松山小学校が出来上がりつつあります。今は、最後の内装チェックなどに入っているのでしょうが、、、。松山小学校の子ども達は、早く新校舎で思いっきり、勉強したり遊んだりしたくて、ウズウズしている様子で、登下校する顔がほころんで見えます。

昨日は、大崎市の開市式が行われたようでした。

大崎市の主だった人々が大崎市民会館に集まり式典を催し、「大崎市の誕生」を祝ったそうです。

お祝いムード一色の時に水を差すことはためらいますが、本当にお祝いムード一色でよろしいのでしょうか?大崎市で暮らす未来ある子供達のことを考えますと、このままで良いとは決して思いませんが、、、財政危険水域に達している大崎市が、お祭りムードに浸っている時間はあるのでしょうか?

私は、究極の行財政と位置づけられた、この度の合併の第一歩は、短期財政見通しの説明会(大崎市全体で9回実施)からが、本格的な大崎丸の船出だと思っています。

薔薇色の合併ではなく、財政再建団体への転落の危機があるかも知れないという厳しい現実を受け止めながらの船出をしたということからのスタートであることを再認識してから説明会に臨むつもりです。

松山地区の住民説明会は、11月6日(月)19時から松山総合支所大会議室で開催されるそうです。

広い大崎市で、たった9箇所での住民説明会で、大崎市の5年間の短期財政見通しと行財政改革について、広く住民達の理解を得ることが出来るのでしょうか?   ~ 心配しています。~

しかし、考えようでは、お祭りムードが終って、これからが、厳しい現実に目を向けながら真剣な議論がなされる状況にやっとなったのかも知れません。

私の祖母は、「誰かと一緒になる時には、その人の嫌いなところを見ても好きだったら結婚しても良いけど、好きなうちに結婚すると失敗するよ。」と良くお年頃の娘達に話していたことを思い出しました。

全ての宴は終わり、今日からが現実の大崎市のスタート考えて、荒波に船を漕ぎ出す準備に本格的に入る時期になったと思います。

今回の合併には、別れて元の松山町に戻る選択はないわけですから、、、、、このまま突き進む道を選択するしか方法がないわけですから、深刻な出来事です。

漕ぎ出した船を沈めないように、私達は偉大な歴史に道を学びながら、大崎丸を座礁させないよう、細心の注意を払いながら、船出をする強い覚悟を持つ本当の時が来たのだと思います。

施政者だけの責任にはしたくありませんが、財政破綻寸前の現実を大崎市民にきちんと伝えて、大崎市財政の建て直しを一番に掲げ、大崎市民一人一人に協力してもらうよう丁寧な現状に対する説明を手がけて頂きたいと望みます。

ここにこそ「協働の精神」が強く求められると思いますので、施政者には丁寧な説明を求めたいと思います。大崎市民が今の危機的状況を共通理解して、一丸となって現状打破を目的に気持ちを一つにして乗り切るしか道は無いように思いますので、「入るを図って出を制する」施策を徹底して、危機的状態を乗り切ってほしいと願っています。

<お知らせ>

今日の松高ナインの練習試合結果報告
     武蔵野工大二 とは、11:3で勝ちました。明科高校とは、5:14で負けました。
     松高ナインは、明日帰ります。


今日のガンディーの言葉 
「もしも、真理が誰にでも切実に自覚させるべきものであれば、疲れを知らない忍耐は必要とされる。」


投稿者 jizai3 : 15:06 | コメント (0)

2006年11月 3日

「合併おめでとう」とは、言えない私

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ブログ写真は、ギャラリーの構内にある工場のシャッターに広がる紅葉の様子と、見事に開花したホワイトベルです。秋の自然が醸し出す景色の素晴しさに心奪われます。今日の地元紙大崎タイムスは、大崎市開市式特集号を出しました。表彰や郷土芸能などとあり、大崎市民会館で開催されるそうです。

大崎市が誕生してから、半年以上が経過しました。

今日の大崎タイムスの市長の挨拶文には、「感動を奏でるまち」と初代大崎市長伊藤康志氏の言葉が掲載されていました。「市民総参加の感動を奏でるまち」の実現を目指すとありましたが、財政再建団体に転落かも知れないという状況の中で、真実なのかと訝っています。

先日配布の「広報 おおさき」で、「財政非常事態宣言」をしたばかりの同じ市長の言葉と考えると、混乱しています。

開市式の一部では、合併功労者として旧一市六町の首長と議長16人に総務大臣表彰が贈られるとありました。私は、この表彰は、大崎市には該当者なしだと思っていましたので、大崎市役所に抗議Mailを送っていましたが、返信なし状態でした。

本当にこんな状態での船出で良いのでしょうか?

多額の借金を持ち、合併した人が、現代の大崎市を財政難に落としいれ、財政再建団体の転落への惧れを導いた張本人たちです。何故、そのような人々を表彰するのでしょうか?

まずは、謝罪が先だと思います。1年遅れた合併であればそれだけ準備期間もあり、検討時間もあったはずです。それなのに、単年度の多額の借金を、合併した大崎市に払わせようとする人々に表彰状を渡す行為をどのように理解すれば良いのか、理解に苦しんでいます。

今日の式典には、来賓や一般市民ら、約800人が出席して新市の門出をお祝いするそうですが、、、、
総人口約14万人の中には、大崎市の開市式を心からお祝いできない人々もたくさんいらっしゃると思います。私もその中の一人です。お祝いの新聞広告も依頼されましたが、「おめでとう」の気持ちがないので、お断りいたしました。

旧松山町には、「合併しなければ良かった。」という人達がたくさんいらっしゃいます。

解りやすく分析すると、多額の借金を抱える人と結婚してしまい、返済金額、返済方法を考えて、頭を抱え込んでしまっている伴侶の気持ちです。

現実の社会生活をしながら、何も買わず、全て我慢の生活を強いられている状態を想像して、こんなはずじゃなかったのに、、、、騙されたと思い、離婚したいけど、離婚が許されない同士の結婚を嘆いているという現実を何とか受け入れて、この苦境を乗り越えようとあがいている状態だと思います。

このように考えると、借金は現実だけど、いつも一緒にいたかったという気持ちが真実だったというのであれば少しは救われるような気がします。それは、他者に伝わる誠意が見られるかどうかだと思います。

これからは、一般大崎市民に対して、短期財政見通しについての市職員による住民説明会などが開催されるそうですが、、、、、、、その時に、選挙公約違反でのスタートに対しての反省と誠意が感じられるかどうかがキーポイントになると思われます。

伊藤市長は、合併協議会とは無関係で市長に当選された方ですし、副市長お二人も同じなのですから
「知らなかった」と、言い訳が出来る立場にいるわけですし、非常事態宣言に相応しい行動に出ることは容易に出来ることだと思います。

嘘偽りをなくして、信頼を勝ち取ることに全力を注ぐべきだと思います。

少なくとも私は「誠意」は通じるものと思っている人間です。  ~ごまかしのない真実は伝わります。~

正直者が、胸を張って生きて行けて、子ども達が明るい未来に希望が持てる大崎市になれば、感動が奏でられるまちにもなれそうな気がします。ですから、おかしいと思うことは勇気を出して「STOP」「No,」と言って、意思表示をして頂きたいと願います。

ただ、私がこんな風に思っていても、子供達の作文を読むと希望や夢がたくさん見つかりました。

私は私なりにこの子供達の夢や希望を大事に育ててあげたいと素直に思っています。

協力する時には協力し、おかしいと思う時には声をあげる大崎市民でありたいと思いました。

子供達の作文を読み内心ホッとしています。

子ども達の作文に共通していることは大崎市の自然の素晴しさを体感していることです。

自分の故郷を愛する気持ちを持っています。大崎市民としての原点を大切にする気持ちが芽生えていれば、紆余曲折の人生であっても、大きな間違いをせずに生きて行けると信じています。


いつの日にか””合併おめでとう””と、小さな声ででも言えたらいいのにと思っている私です。


                             <お知らせ>
 
     昨晩、夜中に長野遠征に向けて出発した松高ナインは、今日は、二練習試合をしました。
     第一試合: 対丸子実 1:2で負け。小林完投。  第二試合: 4:2で勝ち。杉山完投。
     二練習試合とも同高校との闘いでした。今夜は諏訪泊まりだそうです。

今日のガンディーの言葉 
「彼の本性を抑える時は、慎重さを必要とする。」
「時を節約しようする人は、唯、それぞれ無用なことをする事は、決してないだろう。」

投稿者 jizai3 : 16:20 | コメント (1)

2006年11月 2日

フランク松山が歌う・閉町した故郷・松山町の愛唱歌「花と歴史の香る町」

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この度、私のカラオケの師である、フランク松山先生が、閉町した私達の故郷、松山町を忘れずに、地域で暮らす人々に何かの時には口ずさんでほしい愛唱歌として、宮城県松山町のキャッチフレーズであった「花と歴史の香る町」という歌を吹き込み、テープが出来上がりました。

「花と歴史の香る町」は、名残ゆかしき城下町・茂庭の城に昔をしのび、松山町民の故郷、松山町を歌っています。閉町してしまった現実を踏まえて聞いてみると、大変心に残るきれいな旋律で、懐かしさで胸がいっぱいになるような歌です。

私の歌の先生であるフランク先生は、レッスンも厳しく、言葉遣いも荒く、人から誤解されやすい人ですが、歌に対する溢れる情熱を持ち、やはりこの松山町で生まれ育った人で、ご自分の故郷をこよなく愛していらっしゃる方です。

今回の歌は、フランク先生が親しくさせて頂いている福居城大先生が作詞作曲をして下さったそうです。

福居先生は、迫力ある津軽三味線を見事なまでに弾きこなすことで有名な先生です。

何度か私達の発表会などにもご一緒して下さった事のある気さくで楽しく親しみやすい先生です。

フランク先生が話す松山町をイメージして、作詞作曲をして下さったそうです。

覚えやすい歌で、ご当地ソングとしても皆さんに気軽に口ずさんで頂けるメロディーです。

偶然ですが、先日親しい方から、新井 満さんの「この街で」というCDをお借りしました。

この街で生まれ、育ち、この街であなたと出会い、恋をして、結ばれ、お母さんになり、二人はどんな時も一緒で、この街で二人は共に年をとり、好きなあなたといつまでも歩いて行きたいという、、、、ほのぼのとした気持ちになれる歌を聴いたばかりでした。


二日続けて懐かしさが溢れるCDと、テープを聴きましたが、いつまでも自分の原点を忘れず大事にしたいという気持ちが伝わってくる、どちらも心温かい歌でした。

今の時代に求められるものが、いっぱい詰まった歌声を聞き、合併で大きくなっても、自分の故郷を愛する気持ちを持ち続けて生きて行く事の大切さが伝わってくる歌声です。

自分の故郷を想う気持ちは、自分自身を見つめることでもあります。

かけがえのない自分と、かけがえのない人々の存在を認めることでもあります。同じ地域社会の中で、生活をしている人々は大変身近で、大事な人々です。

フランク先生の歌を聞きながら、合併をして松山町がなくなり、大崎市松山として生まれ変わった地域社会が本当にこれで良いのか、疑問をいっぱい抱きながらも、より良い大崎市を目指しながら、良き大崎市民にならなければと強く思いました。

    
      「花と歴史の香る町」のテープは、一本1000円で発売するそうです。
ご希望の方は、大崎市松山文化丁 カラオケ喫茶「フランク」で、お求めになることが出来ます。
                                        お問い合わせ℡:0229-55-3128

お聞きになりたい方は、自在窯&ギャラリーでも聞くことが出来ますのでご遠慮なくお申しで下さい。


                          <お知らせ>

  明日から松高ナインは、長野遠征練習試合に出かけます。二泊三日で5試合予定だそうです。

今日のガンディーの言葉 
「全ての人は、自分の存在の源を探すべきである。」
「自分自身を知らない人は、没落する。」
「事実、私共の生活の中は音楽でいっぱいであるべきです。それから甘いメロディーは、唯一私共の全ての行動に沁み込むようになっているのでしょう。」

投稿者 jizai3 : 17:45 | コメント (1)

2006年11月 1日

「何かをつなぐ」という役割は一体誰が?

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ブログ写真は、つるうめもどきです。秋色らしく、赤橙色の可愛らしい実をたくさんつけています。
田舎の秋は、秋色一色で、見事な自然の移り変わりに目を見張る思いです。この美しい大崎市の自然の深い恵みに感謝し、大事な命の営みを次世代へきちんと繋がなければと思います。

昨日は、松山に遡る鮭のブログを書きましたが、反響の大きさに驚いています。

鮭の壮絶な習性について、改めてご自分の人生、嘘の多い人間の生きざまを考えさせられた人々が大勢いらっしゃいました。

人間は、内省心を持ち合わせています。    鮭にはありません。
自分に与えられた習性に従い、厳しい人生をただ全うするだけなのです。~大いなる猛省も可能です~

今度、11月6日(月)19時から 松山総合支所大会議室に於いて、逼迫状態の大崎市の財政について
短期財政の見通し、住民説明会を開催するそうです。

「広報 おおさき」でのお知らせです。
旧一市六町に、大崎市職員が出向き,健全財政を目指しての住民説明会をするそうです。

合併に関しては、虚偽の数値を出し、無駄な出直し選挙を行い、先に「合併ありき」の方針を打ちたて
住民を煽り、まるで一つのイベントをするかのように、各一市六町では、閉市式、閉町式を催して慌ただしく合併をしました。  この合併は一体何であったのか?誰の為の合併だったのか?

まずは、持ち寄り金額を守らず合併した市、町の合併前の最後の、単年度に対する財政に対する総括をしてから、合併後の破綻予算に対して、短期財政見通しを説明すべきだと思います。

もう大崎市として船出をしたからと言い、何の反省もせず、いくら短期の財政計画案を立て、説明をしても、空しい言葉としてしか伝わらないのではないかと懸念しています。

この説明会は、大崎市民にとっては、大変大事な説明会になると思いますが,、、、新市誕生に対して大きな不信を抱いている大崎市松山で暮らす住民達は、今回の説明会に素直に耳を傾けるかどうか心配しています。参加者数が多ければ良いのですが、、、、、、。

虚偽の塊で合併に突入し、合併しなければ明るい松山の未来はないと脅かされ、今度は財政再建団体に転落かも知れないと不安にさせられた地域住民たちの気持ちを、嘗ての指導者達は、どれだけ真剣に受け止めているのでしょうか?

殆どの人々は、大きな不安、苛立ちを抱えているように見えます。

大崎市の広報は、財政再建団体に転落すると、市営住宅の家賃、保育料など各種使用料・手数料の引き上げ、障害者の福祉タクシー利用助成や自動車等燃料費助成など、市が独自に行う行政サービスを廃止・縮小しなければならないほか、学校施設や道路市民生活に欠くことのできない施設の整備についても実施できなくなるなど、市民生活に大きな影響が及びます。~~~と、伝えています。

このような状況下においては、徹底的な事務事業の見直しが必要になりますが、歳出削減だけじゃなく
歳入確保の道は、全くないのでしょうか?

予算配分等については、これからは、ガラス張りで、解りやすい情報公開を要望したいと思います。

地域住民が、大崎市を見放すことのないように、各まちの文化歴史を重んじる心があれば、各まちの各種団体の補助金減らしなどに手をつける前に、やるべき事があるのではないかと思いますし、市の執行部として、行財政改革を実施するにあたり、”隗より始めよ”の具体的得策があれば、是非、私達に示して頂きたいとも思います。

個性あるまちづくり。七色のまちづくり。、、、、、浮かれた言葉はもう聞かれなくなった厳しい現実を正直に大崎市民に知らせる為には、11月3日の開市式の在り方も大いに考えなければならないと思います。

ごまかしを更にごまかす上塗りをすれば、不信感は膨らむだけと思います。

本気で短期財政見通しと行財政改革を実施するつもりなら、言動一致の姿を曝け出す事を望みます。

大崎市の未来への命の繫がりの鎖は、私達大崎市で暮らす大崎市民によってのみ、次の世代へと確実に繋がれる真実を重く受け止めて、生あるもの、全てを慈しむ心を決して忘れることなく、まちづくりを考えてほしいと思います。

明るい未来を繋ぐ心は、温かい心を持つ人々が育てて、命を営み、生命の鎖をつなぎ、それを繰り返すことが出来るのだと思います。命の鎖を断絶しないように気をつけて、繰り返すよう、我々は最善の配慮をしなければならないと思います。

信頼されない市政もお気の毒ですが、信頼しない市民も気の毒で共に不幸です。

財政再建団体寸前の大崎市の現実からがスタートと考えて、「協働」の精神で頑張るしか道はないようですので、6日の夜には、嫌味の一つぐらいは言って、しっかり説明会を聞くつもりです。


言ってもしょうがないことですが、、、「合併なんかしなければ良かったのに。」と、いう ”ぼやき言葉”は毎日のように耳にしています。元に戻すことが出来ない現実を、そろそろ凝視しなければと思います。


今日のガンディーの言葉
「自己欺瞞の容量は驚くべきである。」
「人間は二つの目を持ち、二つの耳を持つ。しかし舌は一つである。それ故、見たことの半分を喋るようにさせよう。そして、再び聞いたことの半分を言わせよう。」

投稿者 jizai3 : 09:19 | コメント (0)