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2006年12月31日

穏やかな大晦日に想うこと

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いよいよ大晦日。今年一年ももうすぐ終わりです。ギャラリーのこのお人形さんがとても平和そうな顔で飾られています。ホッと思わず笑みが漏れそうな良い表情をしていますが、来年こそは、多くの子供たちから幸せな微笑が見られることを望みたいと思います。もう嫌な出来事には、「No」と、叫びたい心境です。

今日の大晦日は、穏やかな天気です。

昨晩、家の孫たち(男の子二人)が、帰ってきました。Mは、子供頃のような無邪気な良い笑顔を見せて帰りました。

明日は、SとMと二人の孫を交えてみんなで会食予定です。

主人は、孫達の顔を見ると、途端に張り切り始め、張り切りすぎていろいろお説教なども出てしまいますが、私は、「もう社会人だから。」と、諌めますが効果なしで、おじいさんとしての立場で、ついついお小言など言ってしまいますが、、、、孫達はいつも関心にニコニコしながら聞いてくれます。

反抗しない孫達にはいつも驚きです。私の若い頃には反抗心むき出しで、いつも衝突でしたが、孫達は陶芸家になった主人の言う事には静かに耳を傾けています。

会社の経営をしていた頃には、結構うるさがられていましたが、、、今は、認められている様子です。

Sが、「じいちゃんは偉いよね。松山町の町史に載っているんだ。」と言い始めた頃から、少し尊敬されるようになったようです。主人も誰に認められるよりも、孫達から認められる事が嬉しいようです。

このように時々全員が揃う我が家ではありますが、たまに会うと余計小野寺ファミリーを意識します。

離れていても元気で仕事に、学業に頑張ってくれるのが一番安心なことです。

私達は、孫達自身の人生は自分達で切り開いて行くものと、かなり遠くから見守っているつもりです。

距離を感じて淋しいと思うことも少々ありますが、人間の自立は、最も大事なことだと思いますので、このまま良い状態を大切にしたいと思っています。

今日は、午前中に、松山地区防犯パトロールのチラシが入り、年末年始特別警戒中である事が伝えられていました。

この時期には、いつも回ってきますが、今年のチラシには、『冬休み期間中、、、、子供たちに目を向けて!』と、いう文章がありました。

家庭に向けての文章でしたが、なかでも最後の文章、「非行のきざしは、早いうちに、そのつどさとす。」と、ありましたが、本当にその通りだと思います。今は、知らんぷりの大人。無関心の大人。、、、、の事が時々話題になりますが、地域の子供達の気になる様子に気づいたら、早めに対処して、その都度何度でも諭す事が教育の根本だと思います。

諦めないで、切り捨てないで、繰り返し繰り返し、何度でも解るまで諭す。

根気強い温かい、通じる愛情が大事だと思います。

私達大人が、如何に強い忍耐を持っているか、子供たちに試されている時なのかも知れません。

安心できる地域づくりを目指し、来年の課題も山積みではありますが、決して諦めることなく、子供たちが明るく健やかに育つように祈りを込めて新年を迎えたいと思います。

今日のガンディーの言葉
「何度言っても聞き入れてもらえないとしても、繰り返し、繰り返し言うことを続けるべきである。これが、忍耐である。」

投稿者 jizai3 : 12:01 | コメント (1)

2006年12月30日

今年最後の墓参りをしてホッとした私

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宮城県指定天然記念物 石雲寺のコウヤマキです。本当に真っ直ぐにそびえ立っています。大変丈夫そうな感じを受けます。「悠仁さま」のお健やかな成長を願うかのようにすっくと大空見上げて屹立していました。今日は、今年最後の、お墓掃除と、お墓参りをして来ました。とても安らかな気持ちになりました。

この頃、ずっとお墓の事が気になっていました。

亡くなる前から主人の義母には、私が死んだら、生花よりも造花を上げて頂戴ね。と言われていて、時々取り替えの造花を持って行くのですが、この頃忙しくて、造花は準備しているのにお墓には行っておりませんでした。いつでも行けるようにと車の後部座席に入っているのに、、、、菩提寺の石雲寺には行けずじまいでしたので、今日は、12月30日です。

午前中主人に言い、二人でお墓掃除と、墓参りをして来ました。

とても清々しい気持ちで本当に行って良かったと思いました。

一番気がかりだった事が解決して、心安らかになりました。

今年は、年賀状の写真つくりも時間がなく出来ませんでした。1年に1度のことで、合成写真づくりはなかなか難しい事で、忘れていることが多く四苦八苦してしまいました。

主人が、「今年は忙し過ぎたのだから、年が明けてから寒中見舞いにしたら。」と、言ってくれましたので
、、、、、、、甘えて「寒中お見舞い」を出すことに決めました。印刷のはがきも準備OK状態になりました。

やっと、一段落で、自宅のお掃除は済んだので、夕方までかかり自在窯&ギャラリーのお掃除をすれば年が越せそうです。

それ程丁寧じゃなくても自分なりに新年を迎える準備をしたいと思います。

今日は、k子さんから「JK-Blog」は、2年目じゃなく3年目では、とご指摘を受けました。

丸2年が経過して3年目に入りました。チェックして下さる方がいる事に感謝です。

早速、訂正させて頂きました。

今朝の河北新報が、安倍晋三首相の昭恵夫人がブログを開設したと伝えていました。

早速開いてみましたら、写真入の大変読みやすいブログが公開されていました。

主人は、「旦那様を支える内助の功が、発揮できればいいね。」と、言っていました。

公人の旦那様を、奥様の目で捉え率直に伝えようとしている気持ちが良く出ている事に好感が持てました。首相でありながらも一人の人間としてくつろぐ姿などを伝え、公人安倍晋三首相の私的な部分を、文章化し、奥様がレンズを通して国民に伝えるという、新しい試みだと思いました。

旦那様の窮地を何とか救いたいという昭恵さんの思いは良く理解出来ます。

夫婦は、二人三脚で困難、試練を乗り越えるものだと思います。お互いを助け、支え合って人生を生きるのが夫婦の姿だと思いますから、充分に昭恵夫人の力を発揮してこの国のトップリーダーを支えて頂きたいと思いました。

正直言いまして、官邸メールマガジンよりもずーと読みやすく、気どらない一人の人間としての安倍晋三さんがとてもよく伝えられていると思いました。特に、お粥を食べながらりラックスしている表情からは、私がTVで拝見している安倍晋三首相とは雰囲気がかなり違いました。

首相夫人ということで昭恵さんの生活も大きな変化が生まれ、戸惑いも多々おありだと思いますが、、、
お身体に気をつけ、美しい国づくりに励む旦那様をしっかり支えて来年に向い、しっかりとした第一歩を踏み出せるようにお願いしたいと思います。

Blogは、大変身近にその人を伝える働きがありますから、きっとプラス効果が生まれるものと思います。

私も来年に向けて、JK-Blogを充実したものにしてゆきたいと思いますので宜しくお願い致します。


今日のガンディーの言葉 
「一つのアイデアを実行すべく努力を推し進めている時のみ、アイデアだと言われる事が出来るだろう。」


投稿者 jizai3 : 14:14 | コメント (1)

2006年12月29日

「JK-Blog」 3年目に突入・親の深い悲しみを知る

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2006年12月29日午後5時の松山地区文化丁通りの夕暮れ時です。今日は、昼頃から時雨れて夕方には雪でも降るかなと思いましたが、晴天になり思ったよりも暖かくなりました。少し日没が遅くなったようにさえ思いました。今日は午後から今年最後の主人の眼科検診へ涌谷まで出掛けました。

新年早々目薬が切れそうなので、その旨を伝えましたら、「29日まで診察を行いますから予約なしでいらして下さい。」と、言われ午後、時雨降るなか涌谷のT眼科まで出掛けました。

丁度昼休み時で、主人と二人読書をしながら、午後の診察を待ちました。

毎日忙しくてゆっくり本を読む時間もない生活でしたので、今日は1時間くらい夢中で本を読みました。

私は、「虹とひまわり娘」を読みました。

この書物は、2001年6月8日(白昼) 大阪教育大池田小 児童連続殺傷事件のことが書かれた悲しい物語でした。お子様(優希さん)を、亡くされたお母様、本郷由美子さんがお書きになられたものでした。

白昼、池田小に、刃物を持った男が乱入し、8人もの子供の命を奪い、15人の人々に重軽傷を負わせた事件で、日本国じゅうが大きな衝撃を受けた大変悲惨な事件でした。

開かれた学校という場所での危機管理問題などが大きく問われた大変ショッキングな事件として取り扱われました。関係者である家族の二次、三次被害などについても議論され、連日、マスコミも激しく取り上げた、極悪非道な行為として私の心の中にもはっきりと刻まれている悲しい悲しい事件です。

本郷由美子さんの本には如何に優希さんを大事に可愛がって育てていたかが伺える文章がたくさん出てきて、、、、涙がこぼれました。どれ程の言葉を発しても、ご両親の無念さ、悲しみを表現する事は出来ないだろうと思います。

ご両親は、優希さんには「いつもお話しをする時には、相手の目を見てお話しなさいね。」と、言いながら育ててきたそうです。 お名前は、優しく、いつも諦めないで最後まで希望を持って生きるようにと、祈りを込めて『優希』と、命名したようでしたが、優希さんは、お名前どおりに大変健やかに順調に小学2年生の人生を生き抜いて、8人の天使となり、空へ昇って行ってしまいました。

優希さんを失ってからのご家族の苦しみの様子も涙なしには読めませんでした。

朝元気に「行って来ます!」と、家を出て行き、突然亡くなってしまったと言われても、その現実を受け入れる事の残酷さ、放心の日々、形を変えた深い悲しみを彷徨う姿など、、、母親としてのかけがえのない我が子を失った底知れぬ寂しさが伝わってきました。

お父様の苦しみも大変なものでしたし、優希さんの幼い妹さんの悲しみも書かれていました。

少しずつ温かいカウンセリングなどを受けながら、立ち直ってゆく様子も伝わりましたが、お父さん、妹さんと家族三人で深い悲しみを共有するようになり、家族の強いつながりと、周りの温かく見守る人々の支えで、自分達が生存する限り、優希さんの魂は永遠という考えに達して、必死になり救いを求めて生きる様子が面々と綴られていました。

最後の文章では、裁判のなかでのご両親の「意見陳述書」が書かれていました。

犯罪人 宅間 守に対してきちんと目を見て言うべきことを言うという場面の描写がありますが、ご両親の極刑 死刑を望む血を吐くような声が聞こえてきそうでした。

本郷さんもおっしゃっていますが、宅間 守のような人間を育てない事が社会の果たす役割だと思いました。この犯人には、日本の矯正教育は、まるで効果がなかったと断言できると思います。

矯正教育も義務教育も、家庭教育も幼児教育も、高校教育も大学教育も、、、、日本の『教育』は全て見直すべきときに差し掛かっているのだと思います。

「オウム事件」が起きた時に、日本人は、戦後の教育の過ちを正すべきだったと思います。

日本教育の最高学府の教育を受けた人間たちが、麻原のような人間の指示に従い、人を殺したということに対しての反省心が薄すぎたと思っていました。この問題は、宗教も絡んでくるので厄介な出来事ではありますが、、、、、、、。人を救うべき宗教が人殺しをしているうちは、平和は望めないと思います。

人殺しを促す宗教は間違っていますし、まやかしの宗教です。
人の心を持って生きるように育てない教育は間違っています。

本当は、どんな人でもそれぞれに幸せになるはずなのに、、、。やりきれない気持ちでいっぱいです。

現代を生きる我々は、いろいろなストレスを抱え、胸がつぶれそうになる時もあるかも知れませんが、優希さんのように生きたくても生きられなかった人生の重さをしっかりと捉えて、荒みそうな心を慰めて前を向いて生きる生き方を見つけ、少しでも居心地の良い場所で、ほっと出来る人たちと生きられるように環境を整えてゆきたいと思いました。

思いがけない書物に出会い、胸が痛くなりました。

ひまわりのように明るいお嬢さんは、優しいお母様の心のなかで、きっと永遠の命をもらったものと思いながら本を閉じました。


今日は、JK-Blogをはじめて3年目に入る記念すべき日です。
独断と偏見で書いているJK-Blogですが、多くの方々に読んで頂き恐縮しております。

自分の思いをぶつける事は、予想以上の快感がありますが、言葉では表現出来ない事などもあり、自分の限界を感じてしまうことも多くありますが、、、、自分なりにその日のことを振り返る時間を持つことは、それだけで有意義です。

物事を掘り下げて考えるようになりましたし、問題意識をもってことを見つめる癖がついたようです。

今年も後二日だけとなりました。

いつもと同じと思いながらも、何となく気忙しい雰囲気に流されてしまいそうですが、主人はマイペースで楽しそうに轆轤を回しています。   いつもどおりの揺ぎ無い手つきを見て、ホッとしました。


今日のガンディーの言葉  
「精神が目を覚ました時、全ての悲しみは消える。」


投稿者 jizai3 : 17:02 | コメント (1)

2006年12月28日

批判を受けて明るみになる「協働のまちづくり」の精神

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昨日Blogへ載せました、大崎市松山出身の人生演歌を歌う及川清三さんのCDです。来春3月に「道標」
発売・歌手生活45年記念を節目に発表会を行うそうです。発表会当日、3月18日(日)には地元大崎市松山からも応援の人々が東京に駆けつけます。歌ひとすじの揺ぎ無い人生をお祝いしたいと思います。

及川清三さんがここまで歌ひとすじに歩んできた人生は、きっと大変だった事だろうとお察し致します。

しかし、清三さんはいつも明るく、いつお逢いしても、いつの℡でも、声に張りがありお元気でいらっしゃいます。苦労の「苦」の字も感じさせないタフな人です。

昨晩は、初めての清三さんの発表会に駆けつけた人がいらして、駐車場をめぐっての失敗談などお聞きしましたが、その時代の東京のおまわりさんの人の良さ、田舎から駆けつけた人々の素朴さ、純真さなど笑いながら当時の話しをたくさんお伺いしてみんなで大笑いしました。

本当に古き良き時代の話でした。

その当時から、及川清三さんは「歌で身を立てる」という強い信念のもとに歌を勉強し、民謡の指導者となり今日、大勢の生徒さんを指導していらっしゃいます。

「歌」で生きる事を決意したのは、この大崎市松山地区で幼少期を過しササニシキ米を食べ、常に田舎の素朴な風景を想い出しながら歌の勉強一筋に生きた信念の人生物語があり、田舎に支えられた人生があるからなのです。

これからも及川清三さんには、伸びやかな歌声を聴かせて頂きたいと思っています。


ところで、今朝の大崎タイムスに 大崎市教委 「給食センター建設へ」 三本木、松山の小中に供給
08年度完成予定  と報道されていました。

タイムスの記事には、伊東敬一郎教育長は「自校方式は柔軟なメニュー構成が可能でセンター方式よりも望ましい。」としながらも、「ひとつの市になったこともあるので、松山の住民の思いに配慮しながら計画を進めていきたい」としている。、、、、、とありましたが、自校方式が望ましいとまではその通りですが、最後に伊東教育長は、「行政は住民の声を無視しない。」と、はっきりと言いました。

一つの市になり行政の財政難から南給食センターの建設を進めなければと主張したのは、奈須野教育次長でした。このことは大きく訂正したいと思います。

今回の記事を読み、私は、古川が生んだ偉大な政治家 吉野作造博士の事を思いました。

吉野先生の主張をマスメディアとして情報提供の場を与えた「中央公論」の素晴しさを感じました。

中央公論は、「主権がどこにあろうと、政治の目的は国民の利福にある。」
        
政治の決定は、国民全体の意向に基づく。」と、いう言葉をマスメディアとして指示したのだと思います。

現代のマスコミに対し、恐怖すら感じている私としては、今日の大崎タイムス社の記事は正確性に欠くものと思い反発を感じました。教育長と教育次長の答弁が混ぜこぜで書かれていました。

しかも、もっとはっきり言えば、この時代のまちづくりとして「協働のまちづくり」を提唱している大崎市に対して、この給食センターの案件は、これからの大崎市のまちづくりの方向性を見極めるうえでとても大事な試金石となりうる要素を含むもので、『大崎流地域自治組織』、そのものが問われるものでもあると思います。

地域住民とのパートナーシップがどれだけ重要視されるか、、、大崎市の大きな舵取りの問題だと思います。

このような大事なことに対して地元新聞社がどのような考えを示すか、時の政権にどれだけマスメディアとして意見が述べられるかが問われている事だとも思うのです。

私は伊東教育長の言葉を最後まで信じたいと思います。

直接話をして、私が感じた事が一番だと思いますから。  真に「協働」のまちづくりを目指すなら、納得できる話し合いは、民主主義の根本なのですから、、、、、、、、、。

及川清三さんが歌一筋に生きてきたように、伊東教育長も教育一筋に生きてきた人だと思いました。

私は、「自校方式が望ましい。」と断言するなら、正しいと思うことを貫くのが教育者だと思っています。

教育者は、利益第一主義ではいけないと思いますし、「信念」の人であってほしいと願います。

財政難の時だからこそ、他のことは我慢しても子供の未来の事、教育に関してだけは妥協できないという態度が必要なのではないかと思うのです。

良く思案をしていただき、大崎市議会議員さんたちの力も借りながら、良き解決策を、、、と、思います。

松山地区は、センター方式には反対です。

「食育」の時代に逆行するもので、今まで旧松山町が大切にしてまちづくりをしてきた理念に反するものだからであり、これからも大崎市になっても自校方式の学校給食が子供たちに望ましいと住民たちが考えているからなのです。


今日のガンディーの言葉 
「抵抗する事は、人をつくる。」
「何故、人は、不真実ではなく、真実を話し実行する事に億劫がるのだろうか。」

投稿者 jizai3 : 12:32 | コメント (0)

2006年12月27日

大崎市松山出身歌手 及川清三「道標」・人生の応援歌を歌い上げる

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2006年を後4日にして、今日の天気は大荒れ天気。強風の一日でした。Blog写真は午後4時半の自在窯&ギャラリーの構内から見上げた夕暮れ間近かの空の様子です。日没をすぐ目の前にして、大荒れの冬の一日は暮れようとしています。でも、今日はフェーン現象のせいか、暖かい一日でした。

「暖冬」と聞くと、厳しい寒さに対して優しい冬の印象を受けますが、、、、温暖化の影響を受けた暖冬は自然環境破壊に繋がる問題があり、私達が生きる環境はかなり深刻なようです。

太古の昔から人々は、それぞれに生活を営んできたわけですがどのような人生を歩むか、分からないままに人は自分に与えられた人生を生き、やがては誰もが終焉を迎えます。

今日は夕方、主人の同級生の及川 寛さんがいらして、東京でご活躍の寛さんの弟さん 及川清三さんが、歌手生活45周年の記念作品(CDとテープ)を出したからと言い、男の人生演歌「道標」(みち)を持ってきて下さいました。

夕方、三人で「道標」のCDを聴いてみました。

~~1、天を掴みに この山登り 越える坂道 いばら道 名人(うえ)に立つのが 男の華と 心燃やして 明日に生きる 富士に男の 富士に男の 夢を見る~~

これが一番の歌詞ですが、清三さんの歌声は大変聴きやすく、男の生きざまが伝わってきます。

人生の節目には、ピッタリの歌詞で、覚えやすい旋律でした。第一興商のレーザーに入るそうです。
B面は「三階節子守唄」で、間奏には~米山さんから雲がでた~が入ります。

及川清三さんは、大崎市松山が誇るテイチクの専属歌手です。

東京で民謡教室を開き、たくさんのお弟子さんを抱え大活躍していらっしゃいますが、苦労が実り、歌手生活45年を迎えられたことは本当に喜ばしい事だと思います。

今、主人の制作した「赤富士辰砂壺」は、ユネスコへの世界遺産登録(文化遺産として)事業に参加の為、静岡県へ行っていますが、、、、、今回の清三さんのCDのパッケージには富士山が印刷されてあり、歌詞カードにも富士山がのっていました。共に来春3月頃を目的に、清三さんはCD発売と発表会を催し、主人は富士山に関しての美術展が開催される事になっています。

日本人にとって「富士山」は、特別な意味を持つお山なのです。

霊峰富士は、日本人が誇りにしている心の山です。

及川清三さんも、主人も人の生きざまを、夢を具現化するのに「富士山」をモチーフにして自分の人生を見つめています。

「富士山」は、今現在も、日本人で絵画を描く多くの人々のテーマにもなっています。


人間如何に生きるべきか。何を大事にして自分の人生を生きるのか。明日への夢を如何につなぐか。、、

大崎市松山出身の及川清三さんは、人生演歌、人生の応援歌を力強く、そして優しく歌い上げ、聴く人々を温かく励まします。


今日のガンディーの言葉
「自分自身を理解した時、救われる。」

投稿者 jizai3 : 16:34 | コメント (1)

2006年12月26日

生命の根っこに在るものは?

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Blog写真は、クリスマスに頂いたお花です。所々に、綿が入っていました。今日は大崎市岩出山地区へ出掛けました。新規開店をするログハウス「山小屋」へ行きました。正式オープンは、1月3日だそうです。
同じ大崎市と思うと、何となく心が和み、親近感が出てドライブ気分で出掛けることが出来ました。

昨日のお天気とは大きく変化して、雨模様の寒い一日でした。

古川から岩出山「山小屋」までは、道に迷うことなく無事到着でした。 暖冬の気配を見せていますが、明日は寒くなりそうです。この時期に雪が降らないのも少し淋しいような気がしていますが、、、、、、、、

今年もいよいよ後5日間だけとなりました。

忙しいことを口実にお掃除もまだですので、、、明日からは少しずつ新年を迎える準備に入るつもりです。

今朝は、出掛ける前に何時も私が使用している基礎化粧品会社の社長の記事を読みました。

タイトルは「実り多い2007年、生命の根っこを見つめて。」でした。

その冒頭に、精神、そして生命の根幹を担う「食」を見つめ、立て直すことは、教育や政治、社会全体を正しく導くことにつながるはずです。~~~と、ありました。

健全な精神は健全な肉体に宿ると言いますが、その肉体を作っているのは食です。と、私達が言い続けていた事と同じことを主張していました。そして、次も同じ朝食を採らない子供の将来を心配しています。

私がこのV化粧品を使うようになったのは、O社長の「私は、化粧品で革命を起こしたい。」と、話し、「会社が倒産しない程度の利益が残れば、後は出来るだけお客様に還元する。」という言葉を聞き、V化粧品を使うようになりました。来年で10年を迎えますが、、、、あんなに敏感肌で苦労していましたのに、今はおかげさまでトラブルなしで生活しています。

O社長の自論は、「化粧品はもとより、食品のように人の命に密接に関わるものにまで利益第一主義が貫かれたら、私達の将来はどうなるのだろうか?利益追求型の企業は、食に関わるべきではない。」と、はっきりと言い切っています。

安全で美味しいものを、米や野菜の食文化、日本の食生活の良さを再認識しようと声がけをしています。

命を大切にとは、やはり「食」を大切にということなのです。
命を繋ぐことを疎かにしては、健康的で健全な生活は、望めないのです。

O社長には経営理念があります。  ~~Simple Life~~

「素直に、まっすぐに、正直に」  

決してV化粧品のコマーシャルをするつもりはありませんが、私も同じようにSimple Lifeを心がけていますので、共感するところがありました。

この時期に、大崎耕土のど真ん中で生活している大崎市民は、地域のお米の収穫の喜びに素直に感謝して、日本の食文化の原点であるお米を再認識して、大崎地域の「食を見つめなおす」べきだと思っています。

連日、学校給食の話が持ち上がっていますが、「食」は教育の基本で、文部科学省も今年春から「食育」という言葉を使い、命に繋がる食を大事にすることを積極的に指導し始めました。

「美しい国」は、「正しく安全な食育」が守られてこそ、実現可能になるはずと信じます。

命の根っこには、「食」がありました。  食べることは、命をつなぐことに大きく関わり持つことなのです。
 
今日のガンディーの言葉 
「一滴、一滴の水が湖を一杯にするのと同じように、嘘、偽りのない信仰者は常に、心に良き事を執り行う。」

投稿者 jizai3 : 18:05 | コメント (1)

2006年12月25日

2006年のクリスマスは、暖か陽気!

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今日は、素晴しい小春日和のクリスマスで、ぽかぽか陽気の気持ちの良い、得をしたような一日でした。
午後、主人の薬を貰いに地域の病院へで掛けましたら、駐車場は満車、待合室には具合悪そうな人々がたくさんいらして、菌が蔓延しているような気がして診察券だけを出して薬は後で取りに行きました。

今日のBlog写真は、古川のラーメン屋さんのサンタさんです。

小さな子どもたちが、サンタの前にしゃがみ込んでサンタさんに話しかけていました。

「今夜は、サンタくるかな?」と、言ったら「きっとくるよ!」と、元気いっぱいに答えました。
サンタさんの存在を信じる年頃は人生のなかで最も可愛らしい時と思いながら、子供達と別れました。

今夜は、三日月が左右のとんがりを二つ上にして輝いていました。

昨日の学校給食説明会の話の余韻がまだまだ残っている今日の松山地区は、ギャラリーにいらっしゃった方も、皆さん思いは同じで、今まで旧松山町が大事にしてきた子供たちの給食は、大崎市松山になっても大切にして地域の子供たちの学校給食を従来どおり守って行こうという結論で話しは収まりました。

私が幼稚園で働いていた時から「食」という行為は、人間の基本的な欲求で大事なこととして捉え、あの頃も、お弁当の時間を大切なものと位置づけて日々保育を実践していました。

「食」が命をつなぐもので大事なテーマとして研修会や、研究発表会などでも取り上げられていましたが、反面、子供の家庭を浮き彫りにするものでもあり、先輩の先生方は、「お弁当を見ると家庭が分かる。」などと話していて、私も同じようなことを感じていました。

有名私立幼稚園では、ご父兄向けに「お弁当の詰め方、インスタント物は入れないこと、デザートは必ず入れること、、、、」お弁当に対して厳しい注文などをつけ、守らないと母親が注意をされるそうで、友人は「たかがお弁当なんて言ってはいられない。」と、話していたことがありました。

でも、その友人は、「食べる事について厳しく言ってもらうことに対して、初めはすごく個人的なことで、そこまで指導されるなんて嫌だなって思ったけど、食べる事をとても大事にしてくれる幼稚園なので、今はありがたいと思っているの。娘の好き嫌いはお弁当でなおったわ。」と、話してくれたことがありました。

『食』は、人が生きて行く上でとても大事なことで、「生」への第一歩だと思います。
その第一歩が第二歩、第三歩と進み、「命」をつなぐ行為になるのだと思います。

「命を大切に!」ということは「食を大切に!」にということなのだと思います。

この度の説明会を機に、「食」の原点に立ち返って「食育」を考えると同時に、地域の「学校給食」の在り方などをみんなで考える事が出来て良かったと思います。

そのように考えますと、今回の大崎市教育委員会主催の学校給食説明会は、松山地区にとって大変有意義な話し合いだったと言えると思います。

松山地区の住民が、地域の学校給食を考える事は、地域で育つ子供たちのより良き成長を考えるわけですから、私達地域の大人たちは責任重大です。

出来るだけベストの考えで、美味しい愛情溢れる学校給食を食べさせたいと思いました。


今日のガンディーの言葉
「人生は、死ぬまで毎日新しくなる。この知識は、我々、精神向上するよう手を差し伸べている。」

投稿者 jizai3 : 17:26 | コメント (1)

2006年12月24日

大崎市教育委員会 松山地区学校給食説明会開催

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今日は、12月24日(日)クリスマス・イブです。松山地区にとっては、重大な地域の子供たちの「食育」に関する学校給食についての説明会が行われました。左が伊東教育長、教育次長、教育課長と三氏が説明会にいらして下さいました。松山地域住民は「はじめに三本木給食センターありきの話しには、No」を突きつけました。

今日のクリスマス・イブの会合の参加者は、多くはありませんんでしたが、青少年交流館に集まった人々は、日頃から松山地区の為に、汗をかき、地域住民の為走り回っていて、旧松山町の時から、問題意識を持ちながら生活している心優しき人々でした。

今日は、私もそんな仲間に入れて頂いた心境で参加させて頂きました。

初めに大崎市教育委員会伊東教育長が、いろいろと行事の多い中、お集まり頂きありがとうございましたと、話し始め、今回の(仮称)大崎南学校給食センターの件につき説明をし、自校式と同じくらい美味しい給食を提供できる事、調理したものを搬送する手段、行事に合わせた給食、バイキング形式のもの、バラエティーに富んだ季節感のある給食を提供できる事などを説明しました。

次に奈須野教育次長が、給食センターの建設年度は平成20年、オープンは21年4月と説明し、これが合併効果を引き出すもので、短期財政の無駄を省くことが、給食センターの建設であるというような説明をしました。そして、これが松山地区の総合計画にあったので出て来た話であると説明し、松山を包括して一緒に三本木で行う事が南学校給食センターの話であると述べました。

その後、搬送方法についての具体的時間の経過、温度についてなどの説明が続きました。

地場産の食材については、出来るだけ地場産の食材を使うようすることで登録をしてもらうと話しました。

それからは、質疑に入りました。

この給食センター建設の件は、財政面からの説明で大事な「食育」の考えはどう考えるか?
又、文部科学省は、学校給食をどのように捉えているのか?
子供の生活の乱れについて、「食」が果たす役割は大きい。食育を大事と思うなら、こだわりを持って学校給食自校式を守るのが道理である。

これらの質問に対し、伊東教育長は、自校式が最も望ましい。家庭での食事に最も近いと答えましたが、教育次長は、国はセンター方式が55%、宮城県は75、3%に達していてセンター方式を進めるような言い方をしましたので、私は、合併は今年の3月、文部科学省が『食育』の大切さを力説して「食育基本計画」を決めたのは、4月。自校方式の学校給食が教育効果があると定めたのですから、国の方針の方向転換があった事を認めるべき。
松山地区では、旧松山町の時から教育の基本である「食」を大事にして子供たちを育ててきた歴史を持つ地域で、まちづくりの理念を持っている。理念なき説明は私達の心には届きませんよ。初めに三本木の給食センターありと、いうようにしか聞こえませんと言いました。

その後にも、合併協議会小委員会では、自校方式でとお願いしていたそうですが、いつ変化したのか?
建設を決めて我々を納得させる気なのか?
大崎市全体で学校給食についての構想はあるのか?
仙台でセンター方式の学校給食を食べてきたが、松小での給食は安くて美味しく感謝している。「食育』の大切さを痛感している。松山の自校式給食は素晴しいからこのまま続けてほしい。
美味しい愛情たっぷりの松小の学校給食を食べて育ちました。大崎市の未来を担う子供たちには自校式の給食を食べさせたい。
他の事は我慢するが、子供のより良き成長にはお金をかけてほしい。、、と、活発な意見が続きました。

最後には、ここにいる松山地区住民達は、センター方式には反対だが、反対を押し切っても南学校給食センターを建設するのか?、、、、、という厳しい質問が出ましたが、伊東教育長は、「私は、自校式が良いと思います。住民合意については、地元の声に全く耳を傾けないで、無視することは無い。行政は無視はしない。合意を得てからと思っています。」という答弁をして下さいました。

終了間近かに、大崎市議会議員 木内知子さんが、先日の定例議会で学校給食について質問した伊藤議員同様、今日の住民説明会で地域住民の考え方を知ったと思いますが、地域住民の気持ちを汲み、仕切りなおしてほしい。初めにセンターありきでは通じない。この際、学校給食の在り方を大崎市全体で見直して道筋を決めるべきではないかと松山を代表する大崎市議会議員の言葉として締めました。

帰り際、階段のところで伊東教育長は、「率直なご意見ありがとうございました。私は、今日ここからこの話しはスタートしたと思っていますから。」と、おっしゃって下さいました。

私は「今日の気持ちが松山地区の住民の気持ちですから、時間をかけて話し合いを持って頂きたいと思います。」と、頭を下げました。

今日は本当に、松山の学校給食について、多くの方々がそれぞれに意見を述べました。

いつもは穏やかな方々も、大事な子供達の食育のことなので、真剣に、厳しい意見を述べていたことにつては、心強い地域性を感じました。

学校給食が果たす「食育」の役割の大きさを考えると、無関心ではいられません。食べる事は命をつなぐ大事なことです。50年後、100年後に愛情たっぷりの学校給食自校式を主張した事が正当な出来事として、松山地区の歴史で評価されることを願いながら帰宅しました。

薔薇色の合併で、イケイケドンドンムードでの合併が、初年度から財政破綻を心配しなければならない事が真実と解り、大崎市松山住民は「こんなはずでは、、、、、」と、思いながら毎日生活をして9ヶ月が経過しました。今度こそは、納得の行く学校給食をとの思いを強くしていますから、最後にお話をした「地元の声を無視しない。」と、いう伊東教育長の言葉だけは信じたいと思っています。

今日のガンディーの言葉 
「我々の理想に近づけば近づくほど、我々は信用するようになる。」
「人間は、彼自身の人間性によって、本当のことを知らされている。」

投稿者 jizai3 : 16:40 | コメント (1)

2006年12月23日

理念を持つ松山地区のまちづくりを期待して

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冬枯れの大崎耕土が見えます。辺り一面、冬の装いを始めました。
今年も後8日を残すだけとなりました。今朝の冷え込みは一段と厳しく、きっと雪が降るだろうと思うくらいの寒い朝を迎えました。明日の「学校給食説明会」を目前にして松山地区住民達の間でも、「食育」が、大きな話題になっています。

大崎市が誕生してから、9ヶ月が経過しようとしています。

いろいろな事が明るみに出て如何に市民を欺いた合併であったかが大崎市民全体の知る処となりました。それに伴い、地域エゴ、相変わらずの経済原理に基づくまちづくりに走ろうとする姿なども見え隠れしています。

旧松山町は、茂庭のお殿様を中心に歴史、文化、教育を大事にして町づくりをしてきました。

この史実は、これからも松山地区住民の誇りとなるべきものと思っています。

合併により、七十七銀行の支店が出張所に格下げされた地域社会であることも事実です。

このことは、経済一辺倒の地域ではないこと、経済市場から見てマ-ケット向きではない地域というレッテルを貼られた地域であると見られたことを意味するものと思われます。

市場原理一辺倒開発の悲劇は、我々は嫌というほど見てきています。

人間疎外の社会は、冷たい社会です。いくら便利で、何でもある世界であっても、冷たい地域社会は、子供の成長には一番不適格な場所だと思います。

人間が外に追いやられ、お金中心に全てが優先的に動く社会では、温かい心を持つ子供たちを育てることは不可能だと思います。

松山地区の地域を活かした町づくりを考えるには、松山の歴史、松山の文化、米どころ松山の教育が、この松山地区のまちづくりの理念だと思います。

これからの地域づくりは、何処に視点を置くか、どのような子供たちを育てたいか、しっかりとした生き方の哲学が必要だと思います。どこかの町がやっているから、あの町がはじめたからなどというものではなく、その地域独自のまちづくりの理念を持つことが求められている時代だと思います。

今回の大崎市教育委員会主催の松山地区 学校給食説明会は、松山地区のまちづくりの理念に関わる重大な問題だと思います。『食』は、米づくり、日本文化そのものです。ですから、『食育』は、松山地区のまちづくりの基本理念に基づくもので教育の根幹に関わる問題なのです。

いろいろな意見が活発に出て、松山地区住民の「食育」に対する声を聞くことで、松山地区がどのような方向に向かい、合併後のまちづくりを進めようとしているかが浮き彫りになる日になるかも知れないと思います。

今日は先日の、宮城テレビ「OH!バンデスを見て」と、言うお客様が次から次といらしてギャラリーは、大変賑やかでした。主人の以前の仕事関係者の方や、東塾の卒業生のご父兄などもいらして、久しぶりの対面に喜び合いました。     TV効果に感謝です!!


今日のガンディーの言葉 
「良き思考を考えることは、一つの事であり、良き思考に従って実行することは、外の事である。」

投稿者 jizai3 : 13:53 | コメント (0)

2006年12月22日

「冬至」を迎えて

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今日は「冬至」、県立松山高校は、学校集会の後は冬休みに入りました。松高ナインもそれぞれの家庭に向い最高の笑顔で帰って行きました。来年1月8日、正午に集合、午後からは、早速、松山球場で練習を行うそうです。今日は大崎市議会も最終日で活発な質疑が行われていました。

以前、松山柿もぎ隊の方から頂いた、干し柿が食べごろで、ギャラリーにいらっしゃるお客様から、「干し柿、食べごろのようですね。」と、良く言われます。

冬至の今日、いらしたお客様も「干し柿、おいしそうですね!」と、おっしゃいましたが、主人は「おけばおくほど甘さが出るから」と、言い食べる気配はありませんでした。

松高ナインは、全員帰郷しました。

大崎市松山文化丁の界隈は、急に静かになりました。年末年始は、淋しくなりそうですが、来年1月8日
正午には全員集合です。午後からは、大崎市松山球場で、早速、練習を開始するそうです。

17日間の貴重な休暇をご家族と共に過し、有意義な年末年始を迎えてほしいと願います。

今日は、大崎市議会定例会の最終日でもあります。

午前中は、議員の中から、発足したばかりの大崎市が財政破綻状態であることに対して、市長が短期財政の見通しについて住民説明会を開催しなければならなかった事への労いの言葉が出ました。

その後、合併協議会委員や元首長に対して「売国奴」と言う言葉を出して質問をした議員もいました。合併に至るまでのレール引きをした人々に対して「町を売った」と評価している大崎市民が多いと発言をしました。(今回も傍聴者が多く、PC LIVE中継での傍聴者を意識した言葉も出ていました。)

私も松山町を閉町した時に、町を閉じるということは、松山町を売ることと考えていただけに、今回議会のなかで、はっきりと言葉にした議員もいて、、、多少複雑でした。

合併する時には、”七色の虹が輝く大崎市”と言いながら合併したのに、、、はじめから財政再建団体に転落への恐れありなどと脅かされ大崎市民としては話が違うのではと言いたい気持ちでいっぱいです。

今回の議会でも、いじめを含む教育問題について多く時間をかけて討議したようですが、三本木の議員が「食生活」について質問をしました。最近は、「良く食べ、良く遊び、良く学び、良く休み、良く眠る」と、いう今までは、当たり前の事がなされていないので、「朝ごはんを食べる事」という条例までつくった町のことなどを紹介していました。

朝ごはんは、一日のスタートとして大事な時間帯だと思います。「食育」の基本ですが、朝食抜きの児童は、残念ですが増えているようです。

昔、学校給食の目標は「欠食児童を救うこと」にありましたが、、、、、、、、、現代はこんなにも豊かなのに、朝食抜きの為に、気力低下、体力低下、学習力低下などが目立ち子供の成長から見て思わしくない状況が見られ、食べられなかった頃の貧しい時代と同じような状況に陥っていますから、この状況は、家庭だけの問題じゃなく地域社会全体の問題として考えなければならないと思いました。

教育の課題は、このように子供たちの学習環境として教育現場を捉えることは当然ですが、この教育環境の深いところには「命」の問題があると思います。

命をどのように捉えるか、命を如何にかけがえのないものとして位置づけていろいろな事を考えるかによって、命の重要性が見えてくると思います。

一人一人のかけがえのない命を何よりも貴重なものとして捉えることを徹底して教育することが大事だと思います。そして、そのための方法論、具体的な教育指導をきちんと示して日々実践教育を施す事が大切になると思いますが、そのように考えますと根本のところに「食べる事」という教育があると思います。

明後日、大崎市松山青少年交流館において10時より12まで、松山地区学校給食説明会が開催されるそうです。

教育上の効果から学校給食は、「自校調理方式」でという方法が「食育」を考えた上では、最適という事が、今年の春、文部科学省「食育推進基本計画」で示されています。

しかし、噂によると松山新校舎では、初めは新給食室も建築と話していたのに、急に三本木の給食センターから運ぶセンター方式でということになったということで今回説明会をするということです。

「大崎市の未来を築く大事な子供たち」などと、夢のあるスローガンは良いのですが、実際に行われる事には、矛盾を感じるものです。大崎市古川の学校は、全て学校給食は自校方式を採択しています。

何故、同じ大崎市なのに松山地区は、センター方式になるのでしょうか?

これでは、吸収合併のようにさえ見えてしまいます。子供達の事、教育の事、命に関する事に対してだけは、妥協出来ないこと、納得できないことだと思います。

最終日の議会では、ほとんどの議員達がいじめ問題、教育について質問し、伊東教育長ももっともらしい答弁をしていますが、、、、、「食育」が大事と考えるなら、自校式での学校給食が一番良いわけですから、せめて教育に関しては、言動一致の誰が見ても解る姿を見せてほしいと思います。


本格的な冬を向かえ、後二ヶ月は厳しい季節が続きますが、暖かい春を迎える頃なには、明るい大崎市の兆しが感じられるようになってほしいと願います。
 

* 学校給食説明会には多くの地域住民の方々に参加をして頂き、私達の地区で暮らす子供達のより良い成長の為に、これが最後の大崎市教育委員会に直接訴える機会ですので是非ご参加を頂きたいと思います。「食育」の大事さを皆で考え、大いに議論し合いましょう。

         ””松山地区の子供達の教育の為に是非、ご参加願います。””
         12月24日(日)10時から12時 大崎市松山青少年交流館にて


今日のガンディーの言葉 
「自己欺瞞の容量は驚くべきである。」

投稿者 jizai3 : 14:41 | コメント (1)

2006年12月21日

健康が一番!!

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ブログ写真は、大崎市松山小学校新校舎2階の音楽室から見える、風力発電・コスモス風車です。子供たちの昇降口突き当りの展示室を照らす200wの電気を供給出来るそうです。夢を感じさせる風車です。
今日は、風邪気味で具合が悪く、夕方まで休んでいました。健康じゃないと良い夢を見ることも出来ません。昨日は、主人と一緒にインフルエンザの予防接種をして安心して帰宅したのですが、マスクなしで病院に入った事が気になっていましたら、案の定、風邪をひいてしまったようです。  健康が一番!!

投稿者 jizai3 : 15:00 | コメント (1)

2006年12月20日

寒い朝でも、早起きは三文の徳

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12月のフラワーアレンジメントです。お花を習っている方が、「ギャラリーに飾っておいて下さい。」と、言い持ってきて下さいました。今回の花材には、キラキラとラメ入りのものもあり、クリスマスを考えてのフラワーアレンジメントだそうですが、難を避ける為と、言われるナンテンが今年も色鮮やかに入っていました。

今朝は、第三水曜日 「燃えないゴミ」の日でした。

朝6時に起床しました。まだ暗い冬の寒い夜明けです。
いつもは7時過ぎの起床ですが、1時間早く起きた朝は、外の雰囲気がまるで違いました。

主人は、私よりも40分くらい遅くおきましたが、その頃には、外が明るくなり始めましたが、今朝の冷え込みは厳しく感じました。

毛糸の手袋をして今日は主に瓶を出しました。

当番の人達は、元気に「おはようございます」と、大きな声で挨拶をしながら、手早く瓶などを片付けていました。寒い時の当番さんは本当に大変だろうなと思いました。今朝のような燃えないゴミの日など、朝早い時間帯に地域の皆さまとお逢いしますと、この人達が自分にとって一番身近な人々なのだなと、つくづく感じます。

通学途中の子供たちも口々に「おはようございます」と、声をかけて通り過ぎて行きました。

暮らしやすい大崎市松山文化丁の平和な朝の様子から、今日の一日がスタートしました。


「早起きは三文の徳」ということわざがありますが、、、、、本当ですね。久しぶりの早起きは、爽快感がありましたし、ゆっくりと新聞を読み、午前中の時間帯に充実を覚える事が出来ました。

今日は今年最後のBP教室があり、午後には主人の二ヶ月に一度の定期健診があります。
夜には、今年最後の「フランク会」があります。
文化丁の喫茶「フランク」に、唄好き仲間たちが集まります。集まった人が会員になる気楽で、フランクな楽しい集まりです。今夜もフランク永井さんの歌を歌って始まりとなります。

月曜日の「OH!バンデス」の放映が話題になっていますが、番組のなかで、フランク永井さんを松山の宝としてご紹介して下さった高橋佳生さんに大変感謝しています。

ギャラリーにいらっしゃる方が、「改めて、フランクさんの声の良さは魅力的だね。あれだけの歌声で歌を歌える人はいないからね。本当に松山の宝だね。TVを見ると合併をして元気の無い地域には見えないよね。良い番組だつた!」と、話して下さいました。

本当に楽しくてゆったりしていて穏やかで人の良さが感じられ、素晴しい水と空気と酒と刀と土をPR出来たことは本当に良かった事と思いました。

これからも大崎市松山の良さを残しながら、プラス、松山高校硬式野球部を育て上げ新しい松山地区の歴史を築きたいと願っています。

自分の暮らすまちが、活力ある安心できる地域社会であることを祈りながら来年も良い年であることを願っています。

早起きをして得をしたような気分で、一番早いJK-Blogが出来上がりました。


今日のガンディーの言葉
「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 08:43 | コメント (1)

2006年12月19日

大崎市議会 第3回定例会 LIVE中継は合併のメリット

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ブログ写真は、吉野作造記念館前の「核兵器廃絶 平和のまち 古川市宣言」です。
旧古川市が平和のまちとして平和宣言をしている言葉が刻まれています。 これはそのまま、大崎市で暮らす未来の子供たちへ贈る一番大事な、命を大切にして命をつなぐ言葉であると思います。

「平和」であることは、生きる上で一番大切なことです。

平和でなければ、人としての欲求、第一番目の「安心安全」が得られないことであります。

要するに平和でなければ人間らしい生活は営めなくなるのです。

戦後一度も他国と争うことなく、「平和憲法」を守り、生き抜いてきた日本国民の誇りを感じます。

価値観の多様化などで、「教育」に関しては大きな歪なども出てきていることは確実だと思います。

戦前の揺ぎ無い教育は多くの人々を不孝にしました。
その反省からか、自信をなくしてしまった大人たちの考えの振り子は大きく揺れ、激しい動揺を抱えたまま今日に至り、先日、国会では「愛国心」という言葉を教育基本法に入れて教育の再構築を目指したようです。

「愛国心」は、大事ですが行き過ぎると戦争を起こしてしまう事に繋がる言葉だと思いますが、国を愛する心を持たずに成長する事は、人間としていかがなものかとも思います。

私は、正直言いまして、教育基本法に入れる言葉として「愛国心」には抵抗を感じています。

自分の家庭を愛する言葉、自分の学校を愛する言葉、自分の暮らす地域社会を愛する言葉、、、、素直に日本人として自国を愛する言葉としての「愛国心」だとは思うのですが、この言葉の根底には「国益」という事があるように思うので、どうしても国同士のエゴのぶつかり合いを感じてしまいます。  

我々一般国民には適切じゃない言葉に思うのですが、、、、、、。


そんな事を考えながら、この平和宣言をよく読んでみると、為政者の責任は考え以上に大きいと思います。今日は、丁度、大崎市議会 第3回の定例会が開催されていました。 会期は16日間です。

合併の大きなメリットは、この市議会の様子をPC LIVE中継で傍聴出来るようになった事だと思います。

三本木まで行かなくとも自宅で傍聴できる事で、議員質問、市長答弁、教育長答弁、関係者答弁を聞く事が出来るので大変助かっています。合併してすぐに、予算破綻状態である事が判明し、合併協議会が如何にいい加減な組織だったかが分かり、しかもこのまま進めれば財政再建団体に転落するかも知れないなどと脅かされ、薔薇色の夢を抱き合併したはずなのに、、、、、、大崎市民としては、大崎市政に対して無関心ではいられなくなりました。

この思いを強くした時に、議会が自宅で傍聴出来るようになり、本当に良いことで、我々、大崎市民も知りませんでしたとは、言えなくなりますし、夕張市のように箱物をどんどん建てる事にも「NO」と言い張る事が出来るし、誰がどんな質問をして、誰がどのように答えたか、、、LIVEで知る事が出来ます。

チェック機構にもなりうるものだと思います。今日も時間を延長して暗くなるまで議員達は活発に質疑をしていました。質問をするということは、勉強をしていなければ出来ませんので、大崎市民の代表として、それぞれの分野でしっかり勉強をして質問をしてほしいと思います。

質問をする事で、いろいろな事柄が明るみに出て、私達にもはっきりする部分が出てきます。
私達には、行政のことはなかなか見えませんし、分かりにくい所があります。しかし、議員たちの厳しい質問、的を得た質問ではっきりする事が多々ありますから、大崎市民の代表として是非、頑張って頂きたいと思っています。

今日も大崎市のいじめ問題、産廃問題、大崎の観光問題,,,いろいろ質問が出ていましたが、何と言っても『財政』の問題は、大きな漬物石が頭に覆いかぶさっているような大きな問題で、短期財政見通し計画が上手く行かないと、全てに響いて来ますので、新都市計画の見直しなども平行して進めながら事業に関しては再構築して、一日も早く健全財政への道を歩む事に全精力を注ぐことが大切だと思います。

大崎市古川は、偉大な政治家 吉野作造博士の故郷です。

民本主義を唱える土壌がある、地域社会であります。あの時代に、「主権がどこにあろうと政治は、国民の利福の為」と、主張した偉大な政治家 吉野作造博士の教えに導かれて、市長はじめ市議会議員たちには大崎市民全体の幸せの為の市政をお願いしたいと思います。

吉野作造記念館には、独特の雰囲気があります。たくさんの書物があり、ゆっくり勉強するには最適な空間があります。政治を志す人々には、時々訪れて、吉野先生の心に触れてほしいと思います。

吉野先生の政治理念は、現代には、ピッタリと当てはまりますし、大変身近に先生を感じる事が出来ると思います。今こそ吉野作造博士の政治の心が求められている時代だと確信します。


今日のガンディーの言葉
「政府が耐えられないほど悪化した時、人は政府に対して非暴力の抵抗を申し入れるべき、個人の自由さえ犠牲にします。」
「局面が本当に難しい時、信仰がテストされる。」
「自分自身を理解した時、救われる。」

投稿者 jizai3 : 16:13 | コメント (1)

2006年12月18日

魔よけが必要と思われる今日の日本の現状を如何お考えですか?

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今日のブログ写真は、「天狗の葉団扇」と、言われれているヤツデです。初冬に白い球状に集まった花をつけます。大きく裂けたような葉が大変印象的です。主人の同級生のOさんが「これはここら辺では、魔よけだって言われているんだから。」と言い、置いて行って下さいました。日陰を好む植物だそうです。

「魔よけ」が、必要と思うくらい、いろいろ嫌な事件や事故などが起きています。

もうすぐ、大崎市松山の羽黒神社でも「大祓い」の恒例行事が行われますが、、、、、いろいろなことを祓い、身を清めて新年を迎えたい心境です。

良い出来事もありましたが、悲惨な事故や事件も多く、仙台でもネットでのいじめ問題が起こり、こんなにも経済発展しても、毎年3万人もの自殺者が出ているなんて、、、、本当に心が痛くなるような出来事の多さに、何かしら危険な予感がする時代になって来た事を認識しないで生きる事は出来ないような気がしています。

先日の河北新報の朝刊に、12月2日に、103歳でお亡くなりになった「ありのまま舎」理事長、斉藤久吉先生の「残照」の記事があり拝読いたしました。

私は、斉藤先生には、尚絅女学院短期大学保育科の学生の時に、「宗教学」を教えて頂きました。
学長自らの授業で、難しいけれど学生には人気の講義でした。


大変に温厚な方で、人格者という雰囲気の方でした。

いつも黒い宗教服に身を包み敬虔な牧師様でした。利府では、農繁期に子供たちを預かり、保育実習を経験し、この時の実習で子供達と出会い、私は幼稚園の先生になりたいと思うようになりました。

ただ一度だけ、最前列で講義を受けていた時に、どうしても眠くなり、うとうとして、、、、眠ってしまったらしいのですが、斉藤学長は、肩をたたいて私を起こし、「君、君、眠るなら、後ろの席で眠りなさい。目の前で眠られると授業がやりにくいから。」と、おっしゃいました。

私は「ごめんなさい。」と、謝り、後ろの席に移動して、その後は眠らないで講義を聴いた覚えがありました。

しばらくは、本当に悪い事をしてしまったと、深く反省しました。

新聞記事を読み終えた時、斉藤学長が私に注意をする穏やかな声が聞こえてきたように思いました。

友達からも「学長の前で居眠りするとは、、、、。」と、さんざん呆れられました。

講義の終わりに斉藤学長は、「神が与えた試練で乗り越えられないものは無い。」  「自分を無くして、奉仕の心で生きなさい。」と、よく話しました。 何度も、繰り返し、繰り返し聞いた記憶があります。

残念ながら、宗教学として教えられた学問はすっかり忘れてしまっていました。

本当に素晴しい方で、このような立派な人間がこの世の中には居るのだなと思うような、正しく人格者と呼ぶにふさわしい方でした。

先生は、亡くなる前には、社会の右傾化を憂い「危ない時代になってきた。平和についていまこそ考えなければ。」と、語っていたそうです。

立派な斉藤先生が、今はこの世にはもういらっしゃらないと思う事は、本当に寂しいことです。

温かい奉仕の心で地域を包み込み、地域の実践者(牧師)として生涯を生きた学長先生のことを忘れずに、私も先生の教え子として、地域社会を大切に考える大崎市松山の一地域住民として、これからも生きようという気持ちだけは持ち続けたいと思いました。

夕方、先日取材を受けた「OH!バンデス」が放映になり、いろいろな方々からお電話を頂きました。

温かい励ましの言葉をたくさん頂きまして本当にありがとうございました。
これからも、二人三脚、ヤジキタ重一・京子コンビで頑張りますのでどうぞ宜しくお願い致します。


今日のガンディーの言葉
「全てが貴方を見捨てても、神は常に貴方と一緒に居るだろう。」
「事実、人が居るだけ多くの宗教があります。しかし、自分の宗教の根元に達する時、事実、宗教は一つである事を見出すでしょう。」


投稿者 jizai3 : 14:32 | コメント (1)

2006年12月17日

大崎市立松山小学校現校舎及び新校舎見学会

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昨日と今日と二日続けて、大崎市立松山小学校現校舎及び新校舎見学会が大崎市教育委員会 松山支所・松山小学校の主催で行われました。私達は、午前9時ちょっと過ぎに出掛けましたが新校舎内には、大勢の方々がいらっしゃいました。木のぬくもりがいっぱいに広がる明るく素晴しい小学校でした。

小学校は今も昔も、地域の歴史文化を継承する中心地ですが、地域の情報発信の拠点でもあります。

素晴しい大崎市立松山小学校新校舎が完成しました。

すごく温かくて、明るくて、木の香りがいっぱいの新校舎です。2Fの音楽室からは、冬枯れの大崎耕土を見渡すことが出来、のどかな眺めを見る事が出来ます。

1時間くらい経過したら、見学会に参加の人々はどんどん増えてきました。文化丁にお住まいの方々にも大勢お逢いしました。小学6年生のお子様がいらっしゃるご父兄は、「3学期だけでも、新校舎に入れることが出来て良かったです!」と、喜んでいらっしゃいました。

見学会には子供たちも多く、自分のクラスを見つけては声をあげて喜んでいました。

多様な学習に対応できるようにオープンスペース活用の教室になっていました。主人は、仕切られていない教室で集中して勉強出来るのかなと心配していました。

各学年2クラスで、私が育った頃(10クラス)とは違い、少子化が確実に進んでいる事が窺えました。

主人が「こんなきれいな校舎で1年生からもう一度学びなおしたいものだね。」と、言いましたので、、、、
「一緒に学ぶ子たちは、嫌でしょうね。」答えて笑いましたが、、、、。他の人たちも「こんな所でもう一度勉強したいわね!」と、口々に話していらっしゃいました。

なかでも、「花と歴史の香る町」をイメージした蔵を形どった屋根瓦、200Wを起こせる風力発電・コスモス風車、床暖房設備、木材使用の室内など本当に大崎市松山に相応しい新校舎が誕生しました。

帰り際、5年生くらいの男の子たち、5,6人とすれ違いましたら、「俺、旧校舎見たら、涙でたよ。」と言う言葉を聞きました。すると、他の子供たちが「俺もだ。」と、口々に話していました。

私は、今日、芳賀所長が、コンピューター室で「一年間の思い出」(昨年12月19日から)を、大スクリーン
に映し出していましたが、その中で、作業のおんちゃん達と子供達の素晴しい交流の場面が数多くあり優れた感性を持つ松山地区の子供達の良い笑顔をたくさん見ました。

先ほどの旧校舎への想いも聞き、この子達は本当に素晴しい学習をしているのだなと思いました。

「学ぶ」と、いうことはこのようなことだと思いました。

しっかり学んだからこそ、新しい校舎への期待と同時にお世話になった旧校舎にも思いを馳せる事が出来るのだと思いました。どちらも大事な、子供らしい素直な気持ちだと思います。

この子供達は、道であった先生にも旧校舎への思いを伝えていました。

私も子供たちのみずみずしい感性に触れて、お世話になっている現校舎とこれからの学びや新校舎をJK-Blog写真へ載せました。健全な成長を目の当たりにして大変安心し、嬉しく思いました。

3学期からは、この新校舎で学ぶ子供達ですが、いろいろな事をたくさん学習して、生涯、自分を支えてくれる楽しい小学校の思い出を胸いっぱいにして、ここから巣立ってほしいと思っています。

今日は芳賀所長から、松山小学校建設工事 ふれあいと応援の記録(子供達と先生と地元の皆様に感謝して)というCDを頂いてきました。      2005年9月15日~2006年12月15日までの温かい交流が見られます。   ご希望の方へはお貸し致しますのでご連絡を頂きたいと思います。
                        
                      * 問い合わせ℡55-3735  自在窯&ギャラリー 小野寺京子


今日のガンディーの言葉 
「人は、自分自身を外部で探す事によっては、高めるはずがない。   成長への展望は内部に存在している。」
            

投稿者 jizai3 : 14:57 | コメント (1)

2006年12月16日

大崎市古川の偉大な政治家・吉野作造博士について

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午前中、古川の吉野作造記念館で館長の田中昌亮氏による「吉野作造講座」を受講してきました。講師変更があり、急遽田中館長が講師になり、昭和初期の農民運動の話しをして下さいました。 吉野作造博士の日記を拝読すると、お金の事が記されている事が多くあり、現代と同じと言う感を持ちました。

田中館長は、はじめに吉野作造氏が、赤松克麿立候補演説会で応援弁士を行った事から話しました。

昭和3年は、初めて普通選挙(衆議院議員選挙)が行われ、吉野作造氏の故郷 宮城一区からは赤松克麿が社会民主党候補として立候補したのだそうです。宮城県でも無産党は離合集散を繰り返し、労働農民党が大きな力を持ち、社会民主党は下部組織が弱かったそうです。

そこで、労働農民党宮城県支部連合会は、社会民主党宮城連合会と政策協定を結び選挙戦を戦うことにしたそうです。

古川座での赤松氏の応援演説会には、古川の金持ちの人々はほとんど聞きに行かなかったそうですが、多くの一般の人々で会場は埋め尽くされ2階まで満席状態だったそうです。

吉野先生の応援演説が始まると日本の大学者に敬意を表して警察官は全員奥へ引っ込み、吉野先生は一人演壇で話をしたそうです。赤松君をよろしくと言うような話しはせず、松方財政の話と、普通の人が食べるのに困って米を盗むと罪になる、政治家が悪い事をしたり、多額の賄賂を貰っても罪にならないと、言うような話しをしたそうですが、一度も弁士中止にはならなかったそうです。

選挙結果、赤松氏は落選したそうです。吉野先生の日記には、選挙でのお金の工面のこと、金額まで書いてありました。その時、吉野先生も負担があったようで、悩んでいる文面がありました。

他には、袖井開氏、師義三氏、大友為三郎氏のことについての話しをお伺いしました。
応援演説会での司会進行係が大友氏、師義三氏は、無産者代表の話しをしたそうです。現在、袖井氏は、伝記を出すと話しているそうです。

会場にもこれらの人々を良く知る人達がいらして、いろいろ話して下さいました。途中で、納税書なども見せて頂きましたが、お名前の出ている方の後継者の人達が現在も頑張っている現実には、ご先祖様の遺志を受け継ぎ今日に至っている姿に感激でした。

昭和初期の農民運動は、警察権力に対しても虞を植えつけるものだったそうです。
宮城県では、農民の力が爆発した前谷地事件が有名ですが、古川では米屋さんが一軒倒産しただけでしたが、仙台では、すごい米騒動が起こったそうです。それが、全国的に見ても権力志向と闘い、普通選挙へとの流れをつくったそうです。

この昭和初期の時代と戦後の時代が大きな変革期の時期ですが、戦後は敗戦の現実に直面して、米国の影響を受けて日本国は大きく変貌しました。

しかし、昭和初期の出来事は、自国の長年にわたる多くの不平不満の渦巻くなかで、民衆の心は爆発寸前に膨れ上がり、民本主義を唱える吉野作造氏の考えは民衆に受け入れられたのだと思います。

回覧で見た文章に、大友為三郎の古川町政への主張「正義を叫ぶは常に弱者のみなり」という言葉が最後にありました。あの時代の言葉は、今の時代にもピッタリと当てはまりますし、大変新鮮な言葉として心に届きました。

軍国主義と言論弾圧の時期に吉野作造博士は、積極的に論文を書き、そして、中央公論は吉野作造氏の論文を取り上げて論文発表の場を提供していたのです。

政治理念を持つ政治家の姿と、真のジャーナリズムの姿を見る事が出来ました。

帰り際に、主人は吉野作造博士の本を手に取り見ていましたが「主権がどこにあろうと政治は国民の
利福の為に行われるものという考えは正しい。政治の基本は、吉野先生の考え方だ。」と、言いました。

車で帰宅する時には、昭和2桁生れ(10年生まれ)の主人は、昭和1桁生れの人たちの話しをたくさんしてくれました。そして、その時代には問題意識を持つ人達が多く、町民大会や組織準備会などは、いつも盛況で大勢の人々が集まった現実に対して、皆、生きる事に必死な時代だったんだという結論に至りました。

このような時代を経て、今があるわけですが、この時代の流れをもう一度、この機会に勉強し直して見ようと思いました。今日の講座には、32名の方々が集まりましたが、年齢の高い方が多くいらっしゃいましたが、高齢者方々には、きっと懐かしいお話だったと思いました。皆さん田中館長の話しを熱心に聴いていらっしゃいましたが、、、、。この激動の時代の話しは、今の小中高生にも是非聞かせたい歴史話だと思いました。

戦前、戦中、戦後の話しを良く知る事で、自国の成り立ちを理解出来ると思うのですが、どうもこの辺りが勉強不足だと思いますから、大崎市の偉大な政治家「吉野作造博士」を学習することで、しっかり学んでほしいと思いました。

意外と、この時代の歴史認識は、人によってかなり異なります。父の話すことと、叔父の戦争へと向う話しもかなり違いましたし、教科書から受けるものも違う感じがありましたから。

戦後60年以上が経過したわけですが、このあたりで、日本人として共通の歴史認識も必要なのではという思いを強くしました。


今日のガンディーの言葉 
「人間は、自己の本性を実感し、本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。」


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2006年12月15日

「信頼する」ことの大切さが子供を正しく育てるはず

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ブログ写真は、沖縄へ修学旅行へ出かけ、帰ってきた子供たちを出迎えて挨拶をしている氏家監督と、じっと監督の話しに耳を傾ける松山高校の2年生の松山高校硬式野球部員達の様子です。ギャラリーの薄暗い構内で、身じろぎもせずに目で話しを熱心に聞く子供達の健康的な強い精神力を垣間見ました。

いつも、氏家監督と子供達の向き合う姿をもう何度となく見ていますが、この子供達は、監督から人の話しを聞く態度をきちんと躾けられているので、私には耳で話を聞くのではなく、目で話しを聞いているように見えます。

氏家監督が居ても居なくても、私達と会話する態度は同じです。

もうしっかりと人の話しを聞く態度とか、人に話しをする態度とかが習慣として身に着いているのです。

私が食後に歯を磨くのと同じようなもので、しっかりと習慣化されています。

氏家監督が大切にしていることで、当たり前の事を当たり前に出来るまで徹底して、繰り返し、繰り返し教え込むという指導の結果だと思います。

見事なほどの人間教育を目の当たりにすると、心打たれます。

「野球を通して人間を育てる。」と、いう氏家監督の強い意志を感じます。

子供たちに、はっきりと努力目標を示し、日々目標達成の為に何をするかということを実践指導しているわけですが、子供たちからて見て、氏家監督は、この人の言うことは、間違いがないと思わせるだけの力を持つ人で、絶大な信頼感を寄せる人物なのです。

今、指導者と呼ばれている人が最も欠如していると思われる力を、氏家監督は確実に持っています。

このような大きな信頼を抱くことの出来る大人たちが少ない事が一番の原因で、いろいろな子供に関する不祥事が起きるのかも知れないなと思いました。

国の成り立ちを考えても、国を信頼できる国民がどれだけいるかでその国が良い国かどうかを量ることが出来ると思います。良き人間同士の在り方では「信頼」出来るかどうかは、大変大きな人間関係のキーポイントになります。

地域社会の中でも「信頼関係」は、人と人の良き関係を築く重大な人間的要素です。

今日はお向いの古川警察署 松山派出所へ、古川警察官友の会(松山支部)の会員有志が、日頃の地域の安心安全を守ってくださる地域の交番へ1年間の御礼に出かけました。

おまわりさんは、地域の子供の教育問題を一番気にかけていたようでした。

家庭、学校だけじゃなく地域社会全体で大事な地域の子供たちを育てるという考えを持つ事が、良き地域社会の絶対条件と話していたそうです。少し前に問題になっていた松山駅前のたむろ現象はすっかり無くなり、健全な松山駅になったそうですが、、、、、、、地域の大人達の日々のパトロールが功を奏することになったそうです。

小さなことでもそのままにしないで、きちんと向き合い、対処する事で、大きな出来事にならずに済むことはたくさんあります。特に教育に関しての思わしくない出来事は、小さなうちに見つけてきちんと向き合うことでかなりの事は、大事にならずに済みますから、事に対してきちんと対処できる信頼される大人として子供たちから見られることが先決だと思います。

信頼される大人は、子供たちには力強い存在としてうつるはずですから。

子供が良く育つ為には、良き人との出会いが大事なはずですから、一人一人の子供たちが良き人と巡りあうように心から祈りたいと思いました。

今日のガンディーの言葉 
「我々の理想に近づけば近づくほど、我々は信頼するようになる。」

投稿者 jizai3 : 11:34 | コメント (1)

2006年12月14日

綺麗なシクラメンとは対照的にいろいろな醜い事件が起きる年の瀬

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ピンクの濃い色のシクラメンを頂きました。毎年、シクラメンを見ると年の瀬を感じますが、この時期になると本当にいろいろな出来事が起きますね。いよいよ、松山でも「俺、俺、詐欺」らしき電話が入り、家族が気づき未然に防ぐ事が出来ましたが、今月に入って2件も松山派出所に届けがあったそうです。

今日は、歌のお仲間から綺麗なシクラメンを頂きました。

昨年も頂きましたが、彼女のおばあさんがディーサービスを受けている所で育てたシクラメンだそうです。

昨年のシクラメンは、今の時期に綺麗に咲いています。昨年のシクラメンは薄桃色でしたが、今年は濃いピンク色で、丈夫そうに綺麗に咲いています。

M子さんのおばあさんは、認知症気味で、「自分の誕生日だけは分かるけど、他は駄目なのね。季節はいつも春5月なのよ。そして、電話には出ないでねと、言っても、はいはいと言って出るのよ。変な電話なんか来たら困ると思い心配なのよ。」と、話していました。

本当に良く面倒を見ていらっしゃいますが、みんなは「こればかりは順ぐりだから。お世話できる時は、お世話をしてやることよね。お世話をしてもらうほうは当たり前と思っているのだから。あんまり神経質にならないで、人の助けを借りる時には、上手く借りてお世話するほうがいいわよ。」などと良く話します。

私も主人の母を看取りましたが、出来る事をしてあげて本当に良かったと思っています。
本当に素晴しい人で、私はおばあさんが大好きでした。最後までしっかりしていた人でした。

夕方、お客様といろいろなお話しをしていましたら、古川警察署 松山派出所の泉所長から直接被害は受けなくて済んだけれど、松山にも「俺、俺、詐欺」らしき出来事が起きたから注意を喚起するようにBlog
で知らせて下さいと言われました。

1件目は、息子らしき人からの電話で、携帯番号を変えたからとの電話が入り、2時間後に電話が入り、「俺だけど、今から言う口座にお金を振り込んでくれ。」と言われたが、そばで2,3人の話し声が聞こえ、何となく息子の声にしては変だと思い、「俺、俺、詐欺じゃないのか?」と言ったら電話を切ったそうです。

2件目は、遠く離れた息子と思う人物から消え入りそうな声で「高額なローンを組んでしまい困っている。支払いが滞り、このままだともう生きては行けない。」と自殺をほのめかすような電話が入り思わず父親は息子の名前を言ってしまい「そうです。」と答えられて、すっかりパニックになり、「すぐにお金を送るから。」と、答えたそうですが、家の嫁さんが、「振り込め詐欺」じゃないかと気づき、いろいろ調べたら息子さんは会議中で携帯電話がつながらなかったことが分かり、被害には遭わずに済んだそうです。

今回は、2件とも未然に防ぐ事が出来ましたが、このような詐欺まがいの話しは、松山では久しぶりの出来事になりますが、このところ毎朝、国税局を名乗る人からの還付金話しが報道されていますが、、、、、本当にこの時期になるといろいろな事件が発生します。

年の瀬の醜い出来事だと思いますが、人騙してお金をとるという行為は、許せないことだと思います。

いろいろな報道などを聞いていますと騙されて被害に遭っている人が結構いらっしゃいます。

電話を通しての出来事が多いように思いますが、顔が見えないだけに、人の不安を煽り、電話を受けた人の心配を上手く利用してお金を騙し取る手口に乗らないためには、まずは言われたことを鵜呑みにせず、誰かに相談してみる事が大事だと思います。

当事者は、頭真っ白状態でも、第三者は冷静に話しを聞く事が出来ると思うので、是非、困り事を一人で背負わないで、誰かに話すことをしただけでも被害に遭わずに済むと思います。

誰かに相談する行為は、人が生きる上で大切なことだと思います。犯罪に遭わないだけじゃなく、人と共に生きる上で大事なことだと思います。  お話しをするだけでも楽になれるはずですから。

夕方遅くに松山高校2年生の野球部員たちが修学旅行から帰りました。
氏家監督が、出迎えの挨拶をしました。その後解散になり、寮に帰って行きました。
             ~~~おかえりなさい~~~明日から又、がんばってね!!~~~

今日のガンディーの言葉
「どんな小さな悪い事でも、不真実は、一滴の毒がミルクと混合するように人駄目にする。」
「悪しき考えも又、病気の前兆である。だから悪しき考えから自分自身を守ろう。」

投稿者 jizai3 : 17:19 | コメント (1)

2006年12月13日

「OH!バンデス」の取材を受けた大崎市松山の自在窯&ギャラリー

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今日は、午後から宮城テレビ放送 「OH!バンデス」 毎週月曜日放送の番組、「佳生のいつかきた道ぶーらぶら」の取材を受けました。放映は、12月18日(月曜日)5時15分ころになるそうです。松山粘土を素材にして制作をしていること。赤い辰砂釉を特徴にしていることなどを一生懸命に熱く語りました。

今回の番組は、宮城TV 「OH!バンデス」のなかの毎月曜日放送「佳生のいつかきた道ぶーらぶら」で放送されます。放映は、12月18日(月)5時15分頃になるそうです。

高橋佳生さんが、いろいろな市町村を訪ね歩き、地域社会で暮らす人々の横丁人情を紹介してゆく番組で人情&情報コーナーです。佳生さんは、カメラマン達と一緒に訪れて、いろいろな市町村で暮らす人々の人情と、情報を実に温かく伝えてくれます。

今日も佳生さんは、ほとんど打ち合わせなしに 「こんにちわ!」と、ぶーらりと、大崎市松山の自在窯&ギャラリーを訪ねて下さいました。

大変温かい感じの方で、あまり緊張せずにお話する事が出来たように思いますが、主人は「俺は、どうもカメラが動き始めると緊張してしまう。ちっとも慣れない。」と、ぼやいていました。

それでも、地元の粘土をブレンドして(信楽の粘土と、松山の粘土を混ぜて使用)使い、制作出来る喜びと大病をしても、轆轤を回したい一心でリハビリに励み、ここまで回復出来た喜び、「自在窯」は、自由自在の自在じゃなく、般若心経の観自在から頂いたもので、自らの存在を観て確かめて生きる喜びを感謝するようにとの気持ちで命名したことなどを一生懸命に話しました。

どれだけ伝えられたかは分かりませんが、取材後には、同じ松山文化丁の法華三郎信房さんが奥様手づくりのお菓子を差し入れてくれたり、主人の同級生で松山文化協会長の畑中敏亮さんが来てくれたり
、、、、、、松山町の人の温かさなどがじんわりと伝わってきた時間でもありました。


「赤富士辰砂壺」のことなども聞かれましたが、、、。「赤富士辰砂壺は、ただ今、富士山を世界遺産の文化遺産として登録しようとする運動に参加のために静岡県のほうに行っています。」と、お伝えしました。


「赤い色の陶芸作品は珍しいですね。」「赤の色が個性的ですね。」などと言われ、陶芸家の間では、「辰砂をすると、身上をなくす。」と、言われている色であること。「私の赤は、原料だけ買ってきて自分でつくっている色で、オリジナルカラーである。」ことなども付け加えました。

それ程長い時間の取材ではなく、本当に気楽な雰囲気のなかで終りましたが、主人は「18日が心配。又、変なこと言ったかも知れない。」と、言っていました。

大崎市になり、縦長の旧一市六町ですが、、、、、「合併して良かったね。」の声はまだ聞いておりませんが、今日は宮城TVのスタッフの方々が帰る時に「氏家監督、率いる松山高校で有名な松山ですよね。短期間ですごく強くなった高校ですよね。僕らも注目していますから、頑張って下さい!!」と、大変嬉しい励ましの言葉を頂きました。

「松山高校」の名前を知る人が多くなり、活躍を喜んでくれる人と出会うと私はとても嬉しくなり、すごく親しくなれそうな気がします。

今日の終わりは、松山高校で有名な松山という言葉でしたが、いつかは、自在窯&ギャラリーで有名な大崎市松山ですか?と、聞かれるようになりたいと思いました。


今日のガンディーの言葉 
「単純のなかで大きさがあるように、良き事は存在している。決して豊かさの中ではない。」

投稿者 jizai3 : 17:41 | コメント (1)

2006年12月12日

おせっかいおばさんの大事な役割とは

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可愛らしいミンクのブローチと、大判のハンカチです。なかなかお嫁さんを貰わないで困ると愚痴る、悩み多き母親から頂きました。今日の昼のワイドショーで福井県の「おせっかいおばさん」報道がありました。このような人々がいないと、結婚相手を見つけることは難しい世の中になってしまったのしょうか?

福井県のおせっかいおばさんは、大変心温かく、70歳以上の女性の人たちでした。

上手く縁結びをして、めでたくゴールインをしても、その後も相談にのったりいろいろお世話をしています。

昔で言うと、お仲人さん的な人たちです。

今は、結婚適齢期になっても結婚をしない人達が増えています。私は、必ずしも悪いことだとは思っていません。私自身の結婚もかなり遅かったので、、、、、自分で納得をして結婚したいと思う相手と結婚をする事が一番良いことだと思っています。 結婚適齢期とは、自分が結婚を望んだ時と捉えていますから。

誰かの紹介で結婚しようとは思いませんでしたが、お見合いの経験は、何度かというより、、、かなりありました。みんな親戚の紹介とか、、、断りきれない人との紹介で、私の場合は、殆ど断るつもりでのお見合いでした。

その頃の私は、自分の生涯のパートナーくらいは自分で見つけるという思いが強く、設定されての交際に対しては抵抗がありました。誰かとの出会いを夢見ていたなどという事はありませんんでしが、友人のなかには、素敵な人との出会いを夢見る人もいましたが、「結婚」とは、現実的なものという気持ちのほうが強かったので、憧れなどはまるでなく、大喧嘩しても嫌いにならない人というのが、私のパートナー選びのキーポイントでした。

亡くなった母は、主人の事が大変お気に入りで、「京子は良い人と結婚して良かった!」と、皆さんにふれ回っていたそうです。私も若い頃は、親不孝な娘でしたが、結婚して安心させた事が、一番の親孝行と思っているくらい、、、、、、相性の良い相手と巡りあう事が出来きて本当に良かったと思っています。


「結婚は、賭けだ。」と、いう人がいますが、斉藤一人さんは、「その人に相応しい人と巡りあうもので、結婚相手と上手く人生を生きることは、永平寺で修行する以上の修行である。」などと、言っています。

現代の男女の生き方は、実にさまざまで、結婚願望を持たない人、結婚したいけど出来ない人、結婚はしたくないけど恋人はほしい人、伴侶はいなくても良いけど、子供だけはほしい人、子供を持たない夫婦として生きたい人たちなどと、本当にいろいろです。

私も若い頃は、ボーボワールとサルトルの生き方が理想と思いながら生きていたのですが、、あっさりと結婚をしてしまい、友人達からは大変驚かれました。結婚式は挙げず、入籍だけで済ませました。

今日のTVに登場のおせっかいおばさんの言葉で気になったのが、「最近の女性は強くなり、男性が弱くなり会話の下手な人が多く、女性の心を掴む事が出来ない人が大変増えた。」と話していたことでした。

単純に口下手の男性ということかしらとも思いましたが、もっと奥は深そうでした。

自分の気持ちを相手に解るように伝えるということは、今を生きる人達がもっとも苦手とする事だとも思いました。男の子は、お母さんを通して女性を見つめるわけですから、、、、、、、このような現象に対して、男の子を育てる母親の責任は大きいのではとも思いました。、

お父さんとお母さんは、子供が生まれて初めて出会う男性と女性で、初めての異性でもあります。

子供にとって良き出会いであることを願わずにはいられません。

悩み多き友人は、息子の結婚は、お見合いでと考えているようでしたが、、、、何度も断られると、息子がすっかり傷ついてしまってと、、、、、気落ちして話します。その息子は30歳半ばですが、「縁があればいつか決まるから、あまり深刻にならないで。息子の結婚を母親が心配しても、なるようにしかならないのだから。」と言いましたら、彼女に、「相変わらず無責任ね。」と、言われてしまいました。

一昨日、千葉先生からアドバイスを受けたばかりなのに、彼女の気持ちになって、彼女の立場で物事を捉えていない自分の言葉にハットしました。特に男女間のことについては、以前から立ち入る事が大嫌いでしたので、ついついあのような言い方になってしまい、大いに反省しました。

「すぐに良いご縁にめぐり合えば、解決することよ。母親としての心配は良く解るけど。もう少し長い目で見てあげたら。」と、付け加えましたら、彼女は、「いつも、息子に良きご縁をと、願ってはいるのだけれどね。」と、話していました。「まだまだこれからよ。早婚が良いとは限らないわ。」と、話しました。

「私も、本当に好きな人と結婚してほしいと思ってはいるのだけれど。」と、彼女は優しく言いました。

チャッチボールの言葉のやり取りで反応がまるで違うことを知りました。相手の気持ちに耳を傾けることの大切さを実践で学んだような気持ちがしました。

私の物言いで、返ってくる言葉が違いました。気をつけなければと、思いました。


現代は、結婚がしにくくなり、離婚がしやすくなった世の中のようです。

しかし、離婚で心を痛めている親達も多いのですが、、、、、。

本人に好きな人が出来れば、現状打破で立ち向かうのではとも思いますが、結婚しない人が増えれば、少子化にも拍車がかかって来る事で、先行き心配なことではありますが、要は、「自立」していない人が多くなり、親に依存して生きる生き方を望む人が多くなったのでは、、、とも思いました。

30歳過ぎの息子や娘の世話が忙しくて何処へも行けない、何も出来なくてなどと言う人の言葉を聞くと友人の悩みも決して取り越し苦労の話とは思えなくなりますし、意外と深刻な問題かも知れないなと思ったりもしています。

私達が暮らす大崎市にも福井県に登場しているようなおせっかいおばさんの登場が必要になっているのかも知れないなと、友人の話しなどを聞きながら今日は真剣に思いました。


                            <お知らせ>

先日、12月9日(土)古川庭球協会主催で、新人戦庭球大会が行われ、松山中学校は、男女とも優勝したそうです。       ~~「おめでとうございます!!」~~

加美、遠田、美里、大崎を含む一市4町での試合だったそうです。

松山中学校庭球部員は、伝統校の強みを活かし、毎日の練習に励み、見事男女共に優勝しました。

今日のガンディーの言葉
「自分自身を理解した時、救われる。」

投稿者 jizai3 : 12:47 | コメント (2)

2006年12月11日

沖縄に寄せる思い

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日没後の松山球場です。今は、午後4時半には薄暗くなりますから、その後の練習は、大変です。球場事務室の明かりと、投光機の明かりを頼りに午後6時半頃まで練習をします。緊張を要する練習をするわけですが、松高ナインにとっては松山球場での練習には自ずと熱が入ります。

今日から、県立松山高校2年生は、沖縄へ修学旅行に出掛けました。

高校時代の最高の思い出は、「修学旅行」と、答える人々はたくさんいらっしゃいます。

課外活動の最たるものが修学旅行だと思います。「沖縄」は、日本人として一度は行くべき場所と、思っています。       沖縄戦の傷跡を自分の目で見て、日本人として沖縄をどのように考えるかが大事だと思います。今も米軍基地の問題、雇用問題など、いろいろな深刻な課題を抱えています。

私は、2回沖縄へ行きましたが、2回とも「本土と沖縄」ということを考えさせられました。

2回目は主人と一緒でしたが、バスガイドさんの恨みがこもったような案内には、辟易しました。

車内の雰囲気を壊すような言動には、お客様から直接苦情が出たりもしました。

「すごく不愉快だ」と、言い怒り出したおじいさんたちもいました。

このガイドさんは、「沖縄の人々は、本土の犠牲になって死んでいった。」と、主張しました。

戦争体験を持つ高齢人達は、「自分達だって同じだ。亡くなったのは沖縄の人たちだけじゃない。」と、言い張り、正面からぶつかりました。

このガイドさんは、今現在このバスの乗車の方々は大事なお客様だということをすっかり忘れているかのようでした。ドライバーの人は、このガイドさんを諌めていましたが、聞く耳持たん状態でした。

以前の時にも、此処まではあからさまではありませんでしたが、沖縄の人が本土の人間の犠牲になったということを言い表している感じは確かに受けました。

その時にも、大勢の修学旅行生たちを見かけましたが、若い感受性でこの沖縄をどのように捉えるのかしっかり何かを掴んで帰ってきてほしいと思ったものでした。

ひめゆり平和祈念資料館、植物園、首里城観光、万座ビーチ、、、、エキゾチックな所が多く大変楽しめる観光旅行でしたが、他の観光地とは異なる独特の雰囲気がありました。


日本で暮らす若い人達が、沖縄を訪れ、「ひめゆり部隊」と呼ばれた人々のことを知る時、戦争を心から憎む気持ちが沸き起こると思います。この敷地内を歩く修学旅行生は、みんな神妙な顔をしています。

私も2回ともこのような表情の若い修学旅行生たちと遭遇しました。

戦争がどのようにして起きたのか、戦争がどれ程の人々を不幸にしたか、、、、日本人として深く考えさせられる場所であることは確かだと思いますから、若い時にこの地を訪れて考えることは大変良い事だと思います。今も日本のなかで多くの米軍基地を抱える沖縄の現状をじかに見てくることは、世界の平和を考える上で大変有意義なことだと思います。

松高ナインは、いつもは野球に明け暮れている毎日ですが、若々しいフレッシュな心で沖縄を充分に観察してきてほしいと思います。 ~~三泊四日の素晴しい時間を過してきて下さいね。~~


今日のガンディーの言葉
「取り巻く環境に奴隷の如く生きている人は、心が鈍くなっています。」

投稿者 jizai3 : 12:35 | コメント (1)

2006年12月10日

久しぶりに訪れた松山中学校での講演会に参加して

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今日は、久しぶりに松山中学校へ行きました。学習塾を経営していた頃は、中学校の自由参観日には、塾講師と良く中学校へ出向きましたが、5年ぶりぐらいに校舎に入りました。今日は親御さん方が多く、今日の講演会場は、3f音楽室でした。講師は歯科医師の千葉俊一氏でした。約40名の参加者でした。

今日は、K子さんのお誘いで、大崎市松山中学校へ講演を聴きに出かけました。

松山球場を見下ろす形で存在している松山中学校は、大変、自然環境に恵まれた場所にあります。

午前10時20から12時10分までの講演会でした。

4人1組のロールプレイング形式に分けられて話し合いが進められました。始めに、千葉先生は、人との関係の話しをしました。1、自分が気持ちが良い。2、相手も気持ちが良い。3、自分自身が嫌な気持ちになる。4、自分は、大丈夫でも相手が何かを悩んだりしている時。5、自分も相手もどちらも腹を立てている時。と、いう事で5つのケースに分けて説明しました。

自分以外の人の考えに触れることが、グループワークショップのメリットです。人を非難しないわけですから話をすることに抵抗がありません。突拍子のない意見でも受け入れてもらえます。

次は自己紹介と身近な人の紹介をしてその人間を褒めることが課題でした。
私のところの4人は、この会の主催者と、中学校の先生、PTAの父兄と私でした。
先生と私は、自己紹介後は自分のパートナーのことを話し、後の二人はご自分の娘のことを話しました。

その後は、応答文の記入があり、千葉先生との会話がありました。

相手の話しに耳を傾けるということは、自分の立場で話を聴くのではなく、あくまで相手の気持ちを優先的に耳を傾けることという事だと先生は話します。

大事なことは、相手の嫌な気持ちを消すことに努めるべきと言います。入っているコップの水を捨てて、ジュースを入れることが大切と話しました。相手が自分の話しを分かってくれたと思わせることが大事だとおっしゃいます。繰り返しをして話を聞き、相手の気持ちを汲むことが大事と話しました。人は、常に良き理解者を求め続けるということを実感しました。

次に、いろいろな年齢に見える女性の絵を見せてくれました。
この絵からは、人によって、見方がまるで違うということを知りました。人は自分の経験をもとにして全てのことを考えるものだから、相手の目線でものを見ることをしなければならない。相手のフィルターを通して相手の心を知ることが大事と、千葉先生はおっしゃいました。

最後には、家庭を離れて巣立つ子供に対する愛情を歌ったCDを聞かせてくださいました。
ラストソングは、「時よ、この子を守ってください」と、歌い上げる綺麗な旋律の歌でした。真実と思える、親子の愛情に溢れるもので、素晴しい歌声で締めくくるものでした。


このような講演会を聴く度に思うことですが、あまりの配慮のありすぎは、子供たちをひ弱にしてしまわないかと、大変心配しています。世の中は容赦のない言葉をかける人のほうが多いはずですから、、、、。

むしろどんなことにも、負けない強い精神力を持つ事のほうが数倍大事なことのような、気がしています。

そうなる為には、自分で自分自身をしっかり受け止められるような人になることだと思います。自分を受け止められない人が、他人の苦悩など受け止められるはずがないと思うのです。


よいお話でしたので、これから、子供を産み育てる人や、子育て最中の多くの保護者の方々に聴いて頂きたいと思いました。今日の中学校には、大勢のご父兄の方々がいらっしゃいましたが、、、、。是非、聞いて頂きたいと思うような人は、欠席でした。私は、このような欠席者に是非、聞かせたい内容だと思いました。

どんなことでもそうですが、自分から何かを求める人や、自分から働きかける人、自分から耳を傾ける人など、人は生きることにおいて、能動的であらねばならないと思いながら、k子さんの車に乗せてもらい帰宅いたしました。能動的人間は、少なくてもひ弱ではないはずですから、、、、、。

今どんなに辛い思いをしていても、生き抜く人であってほしいと願います。そして、出来れば良き理解者を持ちながら、失敗を恐れずに生きてほしいと願います。


今日のガンディーの言葉 
「我々は、善良な人達の友を探しています。     何故なら善良な人達の集まりは、我々の精神の糧だからです。」

投稿者 jizai3 : 13:22 | コメント (1)

2006年12月 9日

「大雪」の翌日は、すごい寒さ!!

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今日は、朝からすごい寒さでした。本当に寒い季節がやって来ました。小雪が舞散り、指先が冷たくなってきました。午後からも小雨になったり小雪になったりで本格的な冬の到来です。ニ十四節気の「大雪」の翌日は寒い日でしたが、二十四節気は、理にかなった中国伝来の季節わけと、いつも感心します。

今日は、吉野作造記念館で、館長と後藤一蔵先生の講演を聴く予定でしたが、、、会場に入ってから、急用が入ってしまい、大変残念でしたが、すぐに帰宅しました。

Democracyという言葉は、宮城県古川出身の吉野作造氏が主張した政治理念として私達は認識していますが、この民本主義(Democracy)という言葉を耳にするたび、あの時代に「主権がどこにあろうと、政治の目的は国民の利福にある」と、主張した吉野作造氏の偉大さには深く心打たれます。

現代にも勿論通じる言葉ですが、、、、政治の決定は、国民全体の意向に基づくという政治原理を元に、吉野作造論を展開したわけです。

天皇機関説と共にバランスを取ろうとした政治理念でしたが、成功したわけではなかったと記されています。激動の時代にあって民本主義は成功しないで終ってしまった現実があるのです。

しかし、主権に拘らずに政治の目的が、国民の幸せにあるという考えは、正しいことだと思います。

丁度、後藤一蔵先生の話す「地域社会の厄災は、郷土愛護の精神で消防団が守る。」という言葉と相通じる心を感じます。国民の財産を守る消防団は、防災の組織として国民を守ります。

政治の目的は、国民一人一人の幸せにあると思います。
最も弱い立場にある人をしっかりサポートすることだと思います。

防災意識の高まりと共に、今を生きる人々の心を打つ吉野作造氏の政治理念は、現代にこそ求められるものだと思います。現代は、強い政治理念を持つ政治家があまりにも少なすぎると思います。

理念を持たない政治家は、その場その場で、上手く時勢を見て動きますが、、、理念の政治家は、例え反対者が多くても、後々の国民の為と信じるなら反対を抑えても自分の政治理念を通し、国民を説得する強い力を発揮するものだと思います。

イギリスのサッチャー首相は、”ゆりかごから墓場まで”の思想がはびこるイギリスを救いました。

政治理念に裏打ちされた人だけが持つ強さで英国を救いました。

「主権在君」の時代に主権がどこにあろうと政治の目的は、国民の利福であると主張した吉野作造博士
の考えは現代を生きる私達には新鮮に聞こえてきます。

このような偉大な政治家を生む土壌が宮城県古川にあったのだという現実に、古川で暮らす人々は誇りを感じているだろうなと思いました。

合併で大崎市となり、宮城県大崎市の吉野作造博士となり、私達にとっても大変身近な政治家として話が出来ることになったことは嬉しい限りです。

亡くなった父も「大正デモクラシー」の話しは、良く話して聞かせてくれましたので、このDemocracyと、いう言葉だけは強く耳に残っていました。   ごく一部の人々のためにだけ動く政治では、一般国民にはいつまで経っても幸せは訪れないことになると思います。

講演会を聞かずじまいで大変残念でしたが次回は16日ということですので必ず参加したいと思います。


今日のガンディーの言葉
「我々は、心の中の光で照らされなければ、正しいことは何も行うことは出来ない。」

投稿者 jizai3 : 17:53 | コメント (1)

2006年12月 8日

古川税務署主催の決算説明会が行われる・県の合同庁舎にて

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今日は、午後2時から大崎市になって初めての古川税務署による決算説明会が、宮城県大崎合同庁舎1階大会議室に於いて行われました。今日が最終の日程で会場は大勢の人々でいっぱいでした。話のなかでは所得税特別減税(一割、今年度だけ)と、地方税大幅アップという事が大変印象に残りました。

税務署員は、冒頭、地方税5%が10%へ大幅にアップしますので、通知をもらっても驚かないで下さいと話しましたが、、、、、、倍に上がるのでは驚くだろうなと思いました。

所得税特別減税は、今年から廃止と思っていましたら、今年だけは1割実施だそうです。

特別減税は、今年度で終わりという事になりそうです。

県の大崎合同庁舎には、決算説明会最終日とあって、本当に大勢の人々が集まりました。

大崎市民に混じって、涌谷町、美里町の人々もご一緒でした。

具体的な説明に入る前に、e-Tax インターネットでの税の申告について説明がありました。

届け出が必要で、その後IDカードの番号がくるそうですが、現在はネットでの申告者は少ないそうです。

それから、最近流行っているのが、税務署員を名乗る、「振り込め詐欺」だそうです。

税務署では、振込みで税を徴収することはないので「疑問があればすぐ税務署にお電話下さい。」とのことでした。還付金の話や、税の督促通知や滞納通知に伴うものですが、、、、税務署が市民に振込みを強要することは決してありませんと話していました。

本当に物騒な世の中になりましたね。悪知恵の働く人は、いろいろな最もらしい手を使い、善良な市民を騙そうとしています。変だなと、思ったらすぐ確かめる勇気を持つこと。自分ひとりでお金の処置をしたりしないで、誰かに相談してみることも大事なことだと思いました。

後は、記入方法や、いつもどおりの説明で特別変化した部分はありませんでした。

今日は決算説明会の最終日ということでしたので、会場には空席なし状態で大勢の市民が集まり熱心に説明会を聞きました。いつもは出欠調べがあるのですが、、、、、、今回は、パスでした。

この税務署主催の決算説明会に参加すると、「今年も、もうおしまい」との感じを強く持ちます。

私達青色申告者は、自主申告です。税の優遇控除を受けることが出来ます。

税の申告時期は、いつもどおり、来春の2月16日から3月15日までとなっています。

事業経営者にとっては、少々煩雑な日々が続きますが、申告用紙に記入完了するとホッとします。


今日は二十四節気の「大雪」です。

本格的な寒さの季節がやって来ました。

風邪ひきさんが、たくさんいらっしゃるようですから、手洗いうがいの励行に努めて、一人一人自分の健康管理には充分に気をつけてほしいと思います。


今日のガンディーの言葉 
「ルールなくては、何事も成就しない。ルールで動いているなかで、ちょっとでも違反が、もしもあったとしたら、全体の太陽系のシステムも部品に分解されてしまう。」

投稿者 jizai3 : 19:33 | コメント (1)

2006年12月 7日

2006年12月7日 氏家規夫監督を囲んで会員達と楽しく「納会」

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今日は、午後6時半から自在窯&ギャラリーに於いて氏家規夫監督を囲んで会員達と楽しく今年の締めくくりの「納会」を行いました。風邪で欠席の人たちもいましたが、20名の会員が集まり楽しい時間を過しました。氏家規夫後援会恒例の一分間スピーチでは、いろいろな意見が出て楽しい飲み会をして今年一年間の監督の愛情溢れる厳しい指導を讃えました。これからも監督を支えますので宜しくお願い致します。

投稿者 jizai3 : 20:28 | コメント (1)

2006年12月 6日

良い時代を生きる女性たち

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お隣の町、美里町 ジョイフル駐車場からの冬枯れの田んぼです。空には暗く厚い雲が立ち込めています。今日は、比較的暖かで、小春日和の一日でした。これからは、今日のようなお天気だと得をしたような気分になります。季節は、どんどん冬に向かい、朝晩の冷え込みは厳しさを増しています。

今日は、陽差しが暖かく、小春日和の良いお天気でした。

久しぶりにお隣の町 ジョイフルへ行きました。昼時の店内には、女性のお客さんたちが目立ちました。

最近は何処へ行っても、女性同士でお茶を飲みながら会話を楽しむ様子や、楽しく友人同士で食事をする女性たちの姿を多く見かけます。

時々主人が「最近の女性たちは、元気だね。男性負けてるね。」などと言う時があります。そんな時、私は「やっと、良い時代になったのね。女性達が遠慮しないで、外でお茶や食事を楽しむようになったことは、本当に良い事だと思うわ。」と言います。


今日は、午後に若くして亡くなった樋口一葉の記事を目にしました。

一葉は、鷲神社の冬祭り、酉の市の賑わいなどを書きながら、下町の情景を情緒豊かに描き出しています。そこには辛い人生を一生懸命に生き抜く人々に対しての一葉自身の下町の人々に対する温かい思いやりを根底にした人として生きることへの共感があります。

明治という時代を生き抜いた一葉ですが、、、、。女性であるが故の悲しさや不安をいっぱいに抱えながらも懸命に生きていた姿を見ることが出来ます。

一葉の日記に『われは女成けるものを』という一節があります。

女性であることの意味を問う、女性であることへの切実な不安を抱えた言葉のように感じました。

明治の頃は、女性は男性より劣ると思われ、「男尊女卑」の思いが多くの人々の心にありました。

一葉は、「大つごもり」「たけくらべ」「にごりえ」などを次々に発表して、森 鴎外から激賞されたそうです
が、それでも、女性である為の壁はかなり厚かったようです。

 いつも大きな不安を抱えながらも、24歳の生涯を閉じるまで諦めずに精一杯生きた素晴しいバイタリティー溢れるとても心温かい女性だと思いました。

今の時代を生きる私達は、一葉と同じ女性ですが、あの時代とは比較にならないほど、女性は社会にどんどん進出していますし、能力があればいろいろなことが可能になりました。

本当に良い時代に生きてる私達は、恵まれた環境に安住することなく、一葉のようにとまでは出来なくとも、地域社会のより良き地域住民として、女性らしい気持ちで地域社会を見渡し、自分の出来ることを、自分らしくしなければならないという気持ちを強く持ちました。

今日のガンディーの言葉
「我々は、自分自身の運命の製作者である。」

投稿者 jizai3 : 14:16 | コメント (1)

2006年12月 5日

時には、ゆっくりお月様を眺めながら、、、、、

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昨晩、自在窯&ギャラリーの構内を照らしていた、師走のお月様です。時刻は18時30分でした。冬の空に薄い雲を従えて煌々と輝いていました。殆ど真ん丸で、冬の空気が澄み渡る中、地域社会を明るく照らしてくれました。太古の昔から、お月様は変わることなく誰のことも明るく照らし続けているのですね。

昨晩の師走のお月様は、本当に明るく、自在窯&ギャラリーの構内を隅々まで照らしてくれました。

ほんの短い距離ですが、じっくりお月様を眺めてから、鼻歌を歌いながら自宅まで帰りました。

昔々から、このお月様は、ずっと変わることなく誰の事も照らしてくレていたのだと思い、胸がキューンとなりました。最近は、心痛むような事件や事故が多く、ゆっくりとお月様の煌々とした輝きを眺めることなどもなく、私もその一人ですが、、、、、、いつも慌ただしく生活しています。

一つの出来事をじっくり考える時間もないほどに、次から次からといろいろな事が起こり、目の前にあることを片付けてゆくことに心奪われ、お月様に照らされ、お月様を眺めながら物思いに耽ることなどもなく、時間だけが過ぎて行き、忙しい暮らしに追われていたような気持ちになり、昨晩は、寒い中、主人と二人でじっくりお月様を眺めました。

主人も「太古の時代の人々も同じお月様を見ていたのだろうなぁー。」と、感慨深げに言いました。


見事なお月様を見て、家に帰ったら、「冬道安全運転1,2,3運動」というニュースをしていました。

期間は、今年の12月から来春3月までということでした。

1、一割スピードを落としましょう。2、二倍の車間距離で運転しましょう。3、三分早めに出かけましょう。

冬道凍結時の安全運転をということで、この運動をと警察では呼びかけていることと思いますが、いつも主人に乗せてもらうときに、私がうるさくいう言葉でもありました。

出掛ける時には、慌てないで行くよう少し早めにといつも心がけていますし、スピードは控えめに、そして
車の後ろにピッタリつかないでとうるさく言いますので、主人には「俺がぶつけたことあるか。」と、言われる事もありますが、、、ついつい言ってしまう口癖になっている言葉でもあります。

お友達には、「車間距離を取り過ぎると、横から車に入られてかえって怖いのよ。」と、言われることもありますが、そんな時には、「スピードさえ出さなければ防げることっておまわりさんが言ってたよ。」と、言います。弟などは、「重一さん、俺だったらうるさく言うなら降りろ  って、言いますよ。」などとも言われますが、一番はスピードを出さなければ大きな事故にはならないと、言う、おまわりさんの言葉が正しいと思うのです。

あと怖いのは、急ブレーキですね。「急」のつくことをしないことだそうです

急ブレーキ、急ハンドル、急な加速、、、これらのことを守ると滑走事故をかなり防げるそうです。


先日ある人が、「飲酒運転の弊害が至るところで見受けられる。」と、言いました。

その前にもいろいろ議論をして険悪な雰囲気でしたので、それ以上の議論は避けましたが、私は、「なんと言っても、どんな事があろうと、乗るなら飲まない、飲むなら乗らない事を守ることが絶対よ。」と、強く言いましたので、その人もそれ以上の反論はしませんでしたが、、、、、。飲酒をして運転する人は、常習者が多いので、長年しているから大丈夫。と思い込んでいる人が殆どでまるで他人事なのです。

やはりこれは、「家庭から・お茶の間」からの交通安全への意識づけが大事だと思います。

丁度今、「交通安全母の会」からですと、配布物が届けられました。

年末にかけての交通安全防止のチラシと小袋入りの乾燥ワカメ、ホットカイロ、反射印刷した袋など頂きました。いろいろな働きかけをして交通事故防止に取り組んでいる様子でした。

チラシの中に、高齢者運転マークの文もありましたが、家では、主人が病気をしてからはつけています。

追い越されることも時々はありますが、主人は、以前と比べてそれほど運転に変化はありませんが、高齢者マークをつけることで、むしろ他の人が気をつけてくれると思うのでこのマークも、初心者マーク同様に良い事だと思います。

ハンドルを握る人同士が気をつけて運転してくれることが一番良いことですが、歩きの私達も、より一層気をつけて、運転手さんが見やすいような服を着用するとか、お月様が出ていない夜道を歩く時の配慮なども、もっともっとあるのかも知れないなと思いました。

今年も残すところ、26日だけとなりました。健康や事故や怪我にも気をつけてこの年末を過し、新しい年を迎えたいと思いますので、どうぞ皆様方も充分に留意して良い年末年始をお迎え頂きたいと思います。


今日のガンディーの言葉 
「単純の中で大きさがあるように良き事は存在している。決して豊かさの中ではない。」

投稿者 jizai3 : 10:52 | コメント (1)

2006年12月 4日

一週間でこんなに育ちました・キャロットくんの成長ぶり

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ブログ写真は、時々、私がみずやりをして育てた人参です。丁度一週間で、こんなに葉が育ちました。
今夜のお味噌汁に刻んで頂く予定です。人参の端っこですが、捨てずに水をやっていると活きの良い葉が育ちます。お浸しやお味噌汁などにちょっと添えて頂きます。  小さな我が家の楽しみです。

主人がつくった辰砂の皿と小さな器に水を張って育てました。

ガラスの入れ物で育てたよりも、陶土の入れ物のほうが成長が違います。何度か実験をしてみましたが、「土」の入れ物の方が葉の色が濃く、活きが良いのです。

今は、殆ど主人のつくった粘土の入れ物で育てています。

それにしても、植物の成長にはいつもいつも感心させられています。

今朝、ギャラリーの植物に水をやっていましたら、昨年、クリスマスの日に満開になったクリスマスカクタス(サボテン科)が、一つだけ花をつけていました。

昨日は、一つの蕾も開花していなかったのに、今朝は開花を発見しました。ギャラリーのガラス向きの陽あたりの良い方に顔を向け、綺麗なピンク色の花びらをつけていました。葉の先々は、濃く色づき始めていて、開花間近かを感じさせています。きっと、又、今年のクリスマスの時期には、満開の姿を見せてくれることと思います。

とても楽しみです!!

ギャラリーの室内は、エアコンが入っていて、植物の成長には良い環境ではないと思うのですが、お花は、なかなか枯れずに日持ちしますし、一緒にフラワーアレンジメントを習った人々からは、「ギャラリーには、きっと、何かしらの”気”があるのかしら。すごく日持ちするよね。」と、いつも言われます。

本当に植物達は良く育っています。そして、この植物達から、いつも、私はいろいろな事を学んでいます。

規則性の正しさを植物自身が認識して、誰に褒められる事もないのに、時期が来れば開花して、枯れて行く。、、、、そして、又、時期が来れば、規則正しく繰り返し、植物の命ある限り繋がって行く。

この植物が生きる素直な姿から、規則正しく繰り返しの生き方を学ぶことが出来ます。

我々の人類の子孫の生活が出来る限り長く繋がって行けるように、私達は、「自然環境・人的環境」と「地域社会の人間関係」の明るい未来を共に大事にしながら生きなければと思いました。


今日のガンディーの言葉 
「人は、知覚と、そして、それを超える心の声を授けられている。しかし、両方とも自分自身の分野によって、いずれも必要である。」

投稿者 jizai3 : 11:49 | コメント (1)

2006年12月 3日

フランク会”2006”発表会&忘年会 大崎市古川「シャトー」で開催

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今日は、私達のカラオケ教室の発表会を兼ねての少し早めの忘年会が、大崎市古川「クラブ シャトー」で行われました。   ブログ写真、中央の茶色のスーツを着用している方が私達のカラオケの指導者、フランク松山先生です。オープニングソングを歌っているところです。外は小雪舞散る寒い一日でした。

今日は12月になって初めての日曜日。私達のカラオケ教室の発表会&忘年会が行われました。

教室の一年に一度の先生と生徒達の恒例行事がやって来ました。

今回で私は、10回目の参加となりました。10年一昔と言いますが、、、、。この10年は、本当にあっという間の年月でした。今回の発表会では、いろいろな事情で閉じてしまった教室もあり、30名弱の参加者数で一番少ない人数での発表会となりました。

大崎市古川の「クラブシャトー」での開催となりましたが、いつものプロの音響さんではないので、いろいろアクシデントなどもありましたが、午前11時から午後3時までの楽しい時間を過しました。

他の教室の皆様方とお逢いするのは、一年に一度のこの発表会で、いつもは教室ごとにそれぞれフランク先生から週一レッスンを受けています。

フランク会発表会 開会の挨拶でも話しましたが、歌が歌える人生は素晴しいことだと思います。

人間は、本当に辛い時は、鼻歌も歌えないのだそうです。Y子さんから、以前「京子さん、私ね、主人が亡くなった時、鼻歌も歌えなかったのよ。歌が口ずさめることがどんなに幸せなことか、良く分かったの。歌が出てくると心が安定してるのよ。歌えることは、それだけで幸せなの。歌えることを大事にしてね。」と、言われたことがありました。

その時、自分の人生の中で、歌を歌うことを大事にしてゆきたいと思いました。

今回、私は演歌「雪の海峡 津軽」を歌いました。演歌は苦手で、人前ではあまり歌いませんが、今回は10回目ということで挑戦してみました。歌ってみて、日本人の心の奥底にピィタッと、はまるのはやはり演歌だと思います。主人は、地元出身歌手フランク永井さんの「東京午前三時」を歌いました。

それぞれに教室ごとに歌を披露して、最後はいつものようにフランク松山先生が締めました。

先生は、フランク永井さんの「こいさんのラブコール」「おまえに」「妻を恋うる歌」などを歌い、最後にはこの度の合併を記念に11月に発売した、ご自分の故郷 私達の故郷 松山町を歌った 「花と歴史の香る町」を歌いました。

オリジナルのフランク松山先生の歌ですが、歴史と文化の香りがプンプン匂ってくるような松山町の香りが漂うとても素敵な歌です。「男性も女性も歌えるキーですので大勢の方々に歌ってほしい」と、フランク先生は話していらっしゃいます。

近じかこの「花と歴史の香る町」の歌の発表会も考えていらっしゃるようです。詳細は後日ご連絡します。

いつも、この会が終了すると、一年が終わることを実感します。


本当に寒い寒い一日でしたが、明日からも寒さは続きそうですから、風邪をひかないようにして、忙しい師走の日々を有意義に過ごしていただきたいと思います。

今日のガンディーの言葉 
「事実、私共の生活の中は音楽でいっぱいであるべきです。それから、甘いメロディーは、唯一、私共の全ての行動に沁み込むようになっているのでしょう。」

投稿者 jizai3 : 20:09 | コメント (0)

2006年12月 2日

大崎市松山「キャリア教育」小中高4校での体験談発表を行う

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ブログ写真は、先日11月30日に大崎市松山青少年交流館に於いて子供たちに正しい職業観を植えつける為に、文部科学省の「キャリア教育推進地区指定事業」により宮城県内で唯一、推進地区に指定された大崎市松山の小中高4校が、2004年から3年間のキャリア教育の実践結果の成果発表の様子です。

このキャリア教育の記事は、今日の河北新報 みやぎ 地域ニュースにもありました。 

「働く楽しさ学んだ」と題して体験談発表の様子が掲載されていました。

実践結果を報告したのは、松山小、下伊場野小、松山中、松山高。就業体験を行ったのは松山中と松山高の生徒達で、子供達は、この時の実践体験談の発表を行ったそうです。

キャリア教育は、一人一人の人生や生き方に大きく影響を与えるものと位置づけて行われているようで、地域社会の協力を要するもので、地域社会の連携の中で子供達を育てようとする強い意思を感じさせるものだと思います。

キャリア教育は、人との係わり合い、就業の大変さ、就業の辛さを経験しながらも、就業の喜びを体験して自分の生き方、自分が選ぶ人生について自ら積極的に考えて、人生を切り開いてゆく力を育ててゆくのだとおもいますが、以前、松山高校のスローガンを目にした事がありましたが、、、まさにそこで目指すものがキャリア教育の目的だと思いました。

それは、~学ぶ楽しさを知った時、自分の未来を創ることが出来る。共に歩もう夢の一歩から~

この言葉が、共に学習して、夢のある自分の未来を創ろう。まずは第一歩から。すべてのことは、何でもそうですが、力強い正しい第一歩を踏み出すことだと思います。

物事に対して主体的に正しく動き出すことはとても大事なことです。

現代は、いろいろな問題が山積していますが、活き活き働いて、活き活き生きている大人たちの就業の様子を見て、実際その就業を体験して自分の将来設計の参考にすることなど大切になってきた世の中になってきたようです。実際の就業体験が教育として大事になってきました。

実社会に出て、サラリーを頂く事が出来れば、本当に一人前の人間として社会の一構成員として生きてゆけることになりますが、そこに至るまでには、いろいろな事を学び、教育を受けるわけですが、文部科学省も、キャリア教育の必要性を重んじるようになりました。

時代背景、時代が抱える課題などを通してキャリア教育を開始したのでしょうが、一番大事なことは、子供たちが関わる大人たちが、元気に就労している姿を見せることだと思います。身近に良い大人のモデルを見て生きること、見習って生きることが大事なことだと思います。

松山小学校は、第3学期から新校舎での学習となりますが、松小生達は、目の当たりに新校舎の建築の出来上がりの様子を見ながら、工事現場で働く人々を大勢見て、作業をする人々とのふれあいを通じて、大変素晴しい人間同士の交流が生まれました。
私は、将来、建設現場で働きたいという希望を持つ子供たちが多く育つのではないかと密かに期待しています。

身近で主体的に一生懸命に働く大人たちを見ることは、最高の人間教育だと思いますから、大崎市松山が今回の地区指定事業を受けたことが、子供たちに働くことの意義を考えさせることに繋がるきっかけになり、働くことの楽しさを実感出来たようです。  大変有意義な発表をすることが出来たようです。

自分の夢に向かい、一歩一歩着実に歩んでゆける元気な若者達になってほしいと思います。


今日のガンディーの言葉 
「我々は、最大の努力ということにどう名づけたら良いのでしょうか。割り当てられた仕事ではなく、自分のエネルギーを全て費やすような努力です。成功することは、一般にそのような清純な努力に通じることです。」

投稿者 jizai3 : 15:47 | コメント (1)

2006年12月 1日

いよいよ、四季の果てる月がやって来ました

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2006年12月1日の自在窯&ギャラリーから眺めた夕暮れ時の様子です。主人が「きれいな夕陽だ!」と言い、シャッターを押しました。今日から12月 師匠の僧がお経を上げる為、東西を馳せる月と解釈する
「師馳す(しはす)」の到来です。走るのは先生じゃなく、お坊さんと言う事を知った時は、意外でしたが。

今日の素晴しい夕陽を眺めて、「いよいよ、12月か。」と改めて思いました。ほんの少しの時間帯でどんどん周りの景色が変わって行きます。

30分が経過すると、もう薄暗くなり、夕陽はなくなり、暗い雲だらけの寒々しい景色に変わりました。

あの見事な夕陽の景色は、ほんの短時間でしたが、大崎市松山の地域をきらきら輝かせていました。

師走とは、先生が走り回りものと思っていましたが、本当は、平安末期「色葉字類抄(いろはじるいしょう)」に、「しはす」注として説明されているのだそうです。

だいぶ、大人になってからか分かったことでしたが、、、。

「師馳す」説は、民間語源で、この説を元にして「師走」の文字が当てられたと考えられているそうです。

その他、「年が果てる」意味の「年果つ(としはつ)」が変化したとする説。「四季の果てる月」を意味する「四極(しはつ)」からとする説。「一年の最後になし終える」という意味の「為果つ(しはつ)」からとする説などがあるそうです。

「師走」一つを取り上げてみても、日本語の情緒、趣のある言葉で、奥深い自国の言葉の素晴しさを知り
大いに感服しています。     「母国語」の語源や由来を知ると改めて先人達の教養の豊かさに頭が下がります。

今日は午後に、学習塾の先生が、この前の交通事故のことについて「無事に円満解決出来ましたから」と、報告に来てくれました。

保険適用などで無事に決着がついたようで、私も大変安心致しました。

先生は神妙な態度で「この頃、塾と自宅の往復だけでも、なんか運転することが怖くてね。以前とは違って、毎日すごく神経を使いながら運転していますよ。」と、話していました。

今回初めて交通事故を起こしてしまいましたが、車を運転することが怖いと本気で思ったようでした。

「車が走る凶器」であるという認識の下に運転をすれば、いつも安全運転に心がけて車を走らせる、ドライバーになるわけですから、今回の出来事を肝に銘じて、運転する人であってほしいと思いました。

私は、「今年最後の月の始まりの日に、円満解決で決着がついて良かったわね。」と言いました。
更に、「これからもますます気をつけてね。」と、言いましたら、「ハイ」という返事でした。

先生は、今回の出来事で相手の若いお兄さんにも誠心誠意で対処して、自分の過ちを許してもらったことで、何となく人間的に一回り大きくなったように見えました。

今までは、交通事故等は、遠い問題と思っていたのに自分の出来事として事故を捉え、自分の起こした問題を凝視し、その上で相手の方に許しを乞い、許してもらい、保険のありがたみも充分に感じ、「これぐらいの事故で済んで本当に神様に感謝ですね。守ってもらったと思います。」と、大変謙虚でした。

先生には、これからもこのような気持ちを忘れることなく、ハンドルを握ってほしいと思いました。

四季の果てる月の始まる日のちょっとした出来事でした。


今日のガンディーの言葉
「我々は、心の中の光で照らされなければ、正しいことは何も行うことが出来ない。」

投稿者 jizai3 : 16:00 | コメント (1)