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2007年11月30日

「合併自治体から不満」の記事について、、、、、

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Blog写真は、昔この辺りでは良く見かけられた「わらにお」づくりで、制作の途中から仕上げ間近かな様子です。物事は全て過程があるから導かれた結果があるのだと思います。昨日の大崎タイムスの記事をご覧になりましたでしょうか。「合併自治体から不満」という今更何を言うのかと思うような内容でした。
大崎の場合には、合併に関しての住民説明会では合併に大きな財政的効果があり、合併しないと大変というような言葉で元首長達は我々を導き、伊藤市長も病院建設は、選挙公約でもあったわけです。こんなはずではないという言葉は、現首長の言葉としては大変可笑しいと思います。全てのことには結果に至る道筋、過程があるはずです。出来上がりが素晴しかったと褒められる「わらにお」と、こんなはずではない「合併」の結果の違いが何故起きたのか改めて検証は大事だと思いました。今日のガンディーの言葉「単なる見せ掛けであれば、卑下したことにならない。又、同情にも繋がらない。」

投稿者 jizai3 : 17:09 | コメント (0)

2007年11月29日

寒い日に美味しく暖まるかぶら煮は最高でーす!

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Blog写真は、先日頂いたかぶを深鍋に入れ旧式のストーブでコトコトと半日くらい時間をかけて煮ました。もうとろける美味しさで今日のような寒い日には身体の芯から温まりそうです。昨日とは10℃くらいの気温差があるようですが、明日は、又、暖かくなるとの事、寒暖の差があり過ぎて戸惑い気味です。

先日頂いたかぶは、イカとのお煮付けで頂き、シチューにも入れました。

主人は「このとろける食材がかぶとは思えないね。」と言いながら、お煮付けもシチューも食べました。

最後は、今夜の夕食で自家製の田楽味噌をつけてかぶら煮で頂こうと思います。

かぶも味噌も米も、そして、お酒も昔ながらの日本の伝統食ですが、「食の安全」を考えた時に、本当に信頼して口に入れることが出来る数少ない貴重な食べ物だと思います。

明日、午後7時からは「フランク永井の歌コンクール」 第3回目の実行委員会が開催されますが、、、、1,2回の会議の合意点は、3月開催のフランク永井の歌コンクールの実施と、コンクール優勝者達への副賞のことです。

大崎市松山地区で開催の「フランク永井の歌コンクール」 優勝者への副賞は、食の安心安全、信頼出来る地場産品をということで、松山が誇る、本場のササニシキ米と松山金谷仙台味噌工場の味噌、そして一ノ蔵のお酒と、この三点セットは実行委員全員の総意で決定しています。

他のコンクールの例なども考慮しましたが、、、、松山での開催には誇れる地場産品にこだわりを持って提供した方が良いとの事で決定しました。

現代は、「食」に対しては大きく信頼が揺らいでいる時ですから、、、こんな時こそ、昔ながらの安心安全な素朴な食材に目を向けさせる為にも大崎市松山が誇る本物の地場産品を差し上げることが良いということです。時々ですが、主人も私も口内が少しでも荒れた時には、お味噌に熱湯を注いで頂きますと
翌朝には完治します。

日本に昔から伝わっている伝統的な食品は本当に身体に良いものだと思います。
本当に良いものは、時代を越えて繫がりが保てるものであることが良く理解出来ます。

そして、私達は、この素晴しい「食」を次世代の人々にも継承すべき責任を担っているのだと思います。

夕方、ギャラリーに入らした専業農家のOさんが「戦後学校給食が普及して栄養士の方達が、アメリカの子供と日本の子供を比較して、パン食とご飯の食事の比較をしてアメリカの栄養の高さを誇り、農業従事者の俺のことを見下げたことを言ったが、俺はコメの素晴しさを一度も疑ったことはなかったから、、腹が立ったけど、じっと何も言わずに我慢した。ついこの前偶然会ったらあの頃のことを覚えてるんだろうな、、、、、目をそらしていたよ。」と話しました。

Oさんは続けて「コメ、味噌、採れたて野菜中心食が一番いいんだ。」と、私と同感意見でした。

「食」は、人間として命をつなぐ大事な行為ですから、決して疎かにせず、子育て中の方には特に手抜きをしない愛情のこもったお料理を作ってほしいと思いました。

ファンヒーターでない旧式のストーブを使うこの時期には、煮込み料理が適していると思います。
時々味見を楽しみながら、夕食の献立を心待ちにすることが出来ます。
寒さに負けない一石二鳥の美味しい効果だと思っています。

今日のガンディーの言葉「人は、知覚と、そして、知覚を越える心の声を授けられている。しかし、両方とも自分自身の分野によっていずれも必要である。」

投稿者 jizai3 : 14:37 | コメント (0)

2007年11月28日

良き仲間たちの集まりは、お互を高め合う存在です。

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今日は、11月末とは思えないような暖かい一日でした。風は冷たかったようですが、ギャラリー内の窓越しの陽射しは暖かく一枚脱ぎたくなるようなお天気で、午前中の大事な会議は活発な議論の過程を経て、参加者全員の合意を確かめ合って終了しました。素晴しい展開で、やっと一歩踏み出しました。
民主主義は、一人一人が自立し、お互いがお互いを尊重することが原則ですが、多数決の原理だけで決定してしまうと衆愚政治のようになってしまう危険性を孕んでいます。日本の民主主義が成熟しているとは思えませんが、、、、少数意見も尊重して耳を傾ける行為は大切な事だと思います。大きいものや強い意見に流されないように心がけて大事なことを見失わないようにしたいものだと思います。
今日のガンディーの言葉「我々は、善良な人たちの友を探しています。何故なら、善良な人たちの集まりは、我々の精神の糧だからです。」

投稿者 jizai3 : 18:42 | コメント (0)

2007年11月27日

ご飯がすすむ楽しい食卓

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夕方のギャラリーから日没の風景です。今日は陶芸教室がありました。Aさんに畑で抜いてきたばかりの新鮮なかぶを頂きました。「イカと、イカのふを入れて煮ると美味しいわよ。」と言われました。私は、こまく刻んで油炒めをした葉っぱが大好きです。昨晩は、四国へ出掛けたG先生から頂いた、しょうゆのカツオ付けと四万十のりでご飯がすすみましたが、今晩はかぶとかぶの葉で、又、おかわりしそうです。

「食欲の秋」というのは真実だとつくづく思う今日この頃です。

新米がすごく美味しくて、ついついご飯をおかわりしてしまいます。

小さい頃、ご飯をおかわりすると母に褒められました。
母は、いつも少なめにご飯茶碗によそってくれますが、おかわりをすると「いい子ね。ご飯をおかわりする人は、大人になっても元気でいられるのよ。病気をしても負けないから、すぐ元気になれるのよ。」と言いながらニコニコしてお茶碗を渡してくれました。今振り返ってみますと、いつも同じ言葉をかけられて大きくなったような気がします。

もうすっかり、摺りこまれているのだと思います。小さな頃の価値観が今の自分を支えているようです。

先日、TVで聖徳太子の物語を見ましたが、作家の堺屋太一氏が「いいとこ取り」の聖徳太子から現代人は学ぶべきとおっしゃっていましたが、、、、日本人には困難を乗り越える知恵があるそうです。

他国には、到底真似の出来ない独自の文化があります。

堺屋さんもおっしゃっていましたが、「12月にクリスマスを祝って、年が開けたら神社へ出向き初詣をする。それを不思議と思わない国民である。他国には受け入れられない独特の文化を持っているのが日本である。」と、、、、、。
他国では、宗教の違いは、大きな戦争にまで発展してしまう可能性を持つ重大な問題で、現代にまで通じる大変深刻な人類の課題であります。

でも私達日本人は、キリスト教を受け入れ、神様を拝み、仏に手を合わせ、他の宗教を信じることも個人の自由と、憲法で定められている国です。

これは突き詰めると、太古の昔から農耕民族として生きてきたことに由来してると思います。
農作物は、米を中心にして天候に左右されますから、実りの時を迎える時までは、祈るような気持ちを抱いて、農作物を管理しながら、手塩にかけ育てて、喜びの豊穣の秋にたどり着きます。

ですから、日本人はいろいろなもの対してに自然な気持ちで手を合わせながら生きてきたという独自の歴史があるのだと思います。

。。。。原理主義は、何処までいっても争いの連鎖を絶つことは困難ですが、全てのものに大いなる者の存在を認めることが出来れば、、、、、人々はみんな幸せになることが出来るのだと思います。

母がご飯を食べることを大切にして子育てをしたことも、お米だけは捨てられないと言っていた事も納得出来る話です。私も残り物のなかでも、ご飯だけは捨てられません。
お米を大事することは、心から平和を愛することだと思いますし、米文化の素晴しい継承の為にも、世界平和希求の為にも、ご飯を食べることは本当に良い事だと思います。

自国の食物自給率をアップさせることは、それだけで世界平和に繋がる道と信じて今夜も美味しいご飯をおかわりして戴くつもりです。

冬場は、まるで冬眠する熊のようですが、、、、、太ることを少しの間だけ忘れて、美味しいご飯を戴くことを最高の楽しみにして寒さに備えるつもりでおります。


今日のガンディーの言葉「事実、人が居るだけ多くの宗教があります。しかし、自分の宗教の根元に達する時、真実、宗教は一つであることを見い出すでしょう。」

投稿者 jizai3 : 17:50 | コメント (0)

2007年11月26日

吉田 正 交響組曲<東京シンフォニー第5番>~合唱組曲付き~を聴いて

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Blog写真のお花のような爽やかな気持ちで朝を迎えました。昨日の余韻が残る朝ですが、、、昨日の夕方は、アインパルラ浦島の送迎バスに送られて松山に戻り、鹿島台地区の方々も一緒に下車をしてカラオケ喫茶「フランク」で軽く二次会をしましたが、、、、、、その時の話題は、専ら、来春に開催されることになっている大崎市のチャレンジ事業「フランク永井の歌コンクール」でした。

二次会では鹿島台地区のM氏が「皆で力を合わせて全国から応募者を募り、盛大なフランク永井の歌コンクールしましょう!」と、力強く声かけをしました。

皆さん、先日のNHK BSで放映になった「エンターティメントショー昭和歌謡 黄金時代の『フランク永井と松尾和子』」をご覧になっていらして大感激していらした方々でした。

来春の「フランク永井の歌コンクール」について、、、、、私は、大崎市チャレンジ事業に採択されて開催されるこのコンクールは、地域を活性化させ、地域の宝を再発見できる素晴しい地域づくりの為の継続事業ときちんと位置づけて「第1回 フランク永井の歌コンクール」を実施したいと思っています。

第1回目のコンクールは大崎市を中心に県内募集にしましょうということではありますが、、、、、将来的には全国からフランク永井大ファンの人々を募集して質の高い歌謡コンクールにまで育てたいと思っています。フランク永井の歌コンクール実行委員たちの思いはただ一つ、今は、良いコンクール企画の為の計画立案・開催要綱づくりに向っています。

実行委員以外の人達も、こんなにも熱く「フランク永井の歌コンクール」に対してお話しを頂けた事に本当に感謝しました。「趣味の会」が「地域づくりの会」に大きくハンドルを切り替えた瞬間だと思いました。

いつの時代も、スポーツや音楽は、人々を励まし、理屈ぬきに良いものは人の心を癒す力を持つものであり、それに触れることで夢や憧れを抱かせ元気な心にしてくれ、リフレッシュできるエネルギーをたくわえることが可能であるものだと思います。

敗戦の時、戦後の日本人の心を癒してくれた歌の存在は誰もが否定出来ないことだと思います。たかが歌という人もいますが、、、、流行歌の影響は、大なのです。

午前中には、「先日、大和町のまほろばホールで吉田 正先生の作曲した曲のオーケストラを聴いてきました。」という方がいらして、その時に購入してきたCDを持参してギャラリーにいらして下さいました。

Sさんは、奥様と二人で交響曲を聴いてきたそうです。

CDは、指揮 大沢可直 演奏 吉田 正記念オーケストラ 「吉田 正 交響組曲〔東京シンフォニー第5番〕~合唱組曲付き~」でした。

Sさんも、「フランク永井の歌コンクール」について熱い思いを語ってくれました。

昨晩の松山のF氏と同じで「フランク永井の歌コンクールは、松山の人たちの心を一つに出来る事業だと思う。」と話していらっしゃいました。

「小野寺さんのところに少しの期間お貸ししますから、聞いてみて下さい。有楽町で逢いましょうの合唱曲から始まっていますよ。」と言い、CDを置いて行ってくれました。

フランク永井さんの曲は「有楽町で逢いましょう」と、「おまえに」が入っていました。

吉田先生の作品は、夢があって洒落た曲が多く、、、、私も大好きでしたが、交響組曲で聴くとますます
迫力があり、すごく心の奥深いところに響いてきます。

昨日の私達の「2007”フランクカラオケ会 歌まつり」のオープニングソングが「有楽町で逢いましょう」でしたが、CDの合唱組曲で聴く「有楽町で逢いましょう」は、涙が出るほどきれいな旋律で、音楽性の高さを感じさせるものであり、クラッシックで聴く昭和の流行歌は気品に溢れていて、、大変感動しました。

吉田先生は、シベリア抑留の経験を持ち、遠い祖国日本を思いながら作曲したという「異国の丘」が、先生の作曲家としてのデビュー曲になるそうですが、、、、、作曲家としての道をはっきりと歩むきっかけになったのは、フランク永井さんとの出会いであると聞いています。

CDのパンフには、吉田先生は「大衆の心に訴えるもの」と心がけていつも作曲をしたと記されていました。

本当に良いもの、素晴しいもの、感動を与えるものは、誰もが共有出来るものと信じて作曲をなさっていたという強い意思を感じる言葉だと思いました。

午後からも2回CDを聴かせてもらいましたが、素晴しい厚味を感じる音楽を聴きながら、皆の熱い思いが込められた「フランク永井の歌コンクール」は、必ず成功するだろうという強い気持ちが溢れてきて、窓越し冬の暖かい陽射しは、そんな心境の私を心地良く包んでくれました。


今日のガンディーの言葉 「我々は、心の中の光で照らされなければ、正しいことは何も行うことが出来ない。」

投稿者 jizai3 : 10:43 | コメント (1)

2007年11月25日

「2007”フランクカラオケ会 歌まつり」楽しく開催、そして、無事終了

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今日は私達のフランク歌謡教室の「2007”フランクカラオケ会 歌まつり」が、古川アインパルラ浦島で開催されました。私達の歌の指導者 フランク松山先生は会主コーナーでフランク永井さんの歌4曲を歌いました。教室とフランク会の会員達が一人ずつ歌い、午後3時に歌まつりは時間通り終了しました。本当に充実した楽しい時間を共有する事が出来た歌仲間たちは、来年の再会を約束してお別れをしました。とても心強い仲間達です。今日は福居城大先生も最後の特別ゲストとして2曲歌を披露して下さいました。歌わない先生で通っていらっしゃいますが、、、今日は味のある声で歌って下さいました。Blog写真下は、師走、12月を間近かにしたお月様です。満月で歩きで帰る私達を明るく照らしてくれました。
今日のガンディーの言葉「音楽は喉からのみの発声ではありません。それは、心からであり、感情であり、心の中からの音楽なのです。」

投稿者 jizai3 : 18:31 | コメント (0)

2007年11月24日

「善行」の奉仕作業から得るもの

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明日、松山高校硬式野球部員たちは、午後から「仙台ありのまま舎」の清掃慰問へ出掛けるそうです。
今年で3回目の清掃慰問になりますが、過去2回とも入所している方々から大変感謝され充実した半日を過して帰りました。野球練習とは全く異なる時間を送るわけですが、この奉仕作業に精を出した後は、何となく子供たちに変化が見られると監督ご夫妻は話します。健康で学業と野球が出来る毎日を過すことに今まで以上に感謝をし、今まで以上に更に勉強にも野球にも頑張るようになるとおっしゃいます。1年間の締め括りは清掃奉仕でということを考えている監督ご夫妻は、野球を通して社会に通じる人間教育を実践なさっている指導者だと思います。奉仕作業から何かを学んで、更に来年も大いに飛躍してほしいと願っています。    今日のガンディーの言葉 「我々は何かを差し出そうとする時、自分自身の真なる部分を差し出さねばならない。」

投稿者 jizai3 : 18:40 | コメント (0)

2007年11月23日

第13回おおさきブランド戦略会議(飛翔会議)松山で開催

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勤労感謝の今日は、午後3時から大崎市松山青少年交流館に於いて「おおさきブランド戦略会議」が開催されました。大崎市長、副市長二人と大崎市のリーダー達が勢揃いした飛翔会議でした。講話をした聖和学園短期大学 菊池恵子先生や公開デスカッションの先生方は、熱い心で大崎市を語る素晴しい内容の飛翔会議でした。

今日の飛翔会議の出席者は、30名くらいでしたが、殆どは市職員たちでした。

素晴しい講話と、デスカッションでしたので一般地域住民が極端に少ないことは大変残念なことだと思いました。広報「おおさき」でだけのお知らせでしたので、私のように見た時にすぐ手帳にでも書けばいいのですが、、、、、、、、PR不足という感じを受けました。

大崎市民にとっては大事な話しですから、回覧板などで何度か重複しても、もっと、伝える努力をすべきだと思いました。市民が不在ではどちらに顔を向けた会議なのか疑問が残ります。

はじめに大崎伊藤市長が挨拶をしました。

「人づくり」は「地域づくり」。「学びの郷・大崎」と話し出し教育の大事さを強調しました。

ものづくりの発展軸として自動車工場進出の話しをしましたが、従業員が相模原から単身でくるのか、家族連れでやってくるのか、、、、、キーポイントは「教育」だと話しました。そして、相模原には無い魅力を大崎からPRしたいと意気込んだ話しをしていらっしゃいました。

その後には、すぐ講話になり菊池慶子先生が壇上に上がりました。
テーマは「『学都仙台』の成り立ちと大崎」でした。

藩校「養賢堂」が近世の「学都」の基盤を築き、大槻平泉による学制改革が教育の充実を図り、江戸に負けない文化都市が宮城県にはあったという開かれた学びの歴史からお話を始めました。

青柳文庫は、日本の公共図書館の先駆となり、宮城県立図書館へと繋がっていると話し、養賢堂からは近代教育の基礎を築く指導者が輩出され、宮城県の近代教育は明治初年に私塾による教育からスタートして、師範学校、私学の充実、特に女子教育に力を入れ、その後、帝国大学が開設されるという流れに繫がり、明治30年には教育地として天下が認める「学都」に相応しいところ「仙台」として、河北新報が報道していました。

戦前には、小倉 博氏が「仙台」の中で、学校の種類と数を掲げ「学都」としての認識を深めています。

大学一から、高等専門学校八、中等学校二一、専修学校一四、小学校一五、幼稚園六と記されていました。昭和3年、宮沢賢治が仙台を来訪した時にも父親に宛てた葉書には「大学を見せてもらひました」
とあり、仙台には帝国大学があることと、古本屋で浮世絵を見たことなどが伝えられていました。

仙台には至るところに千古の俤を抱かせる自然山河があり、どの家の庭にも花木があり、まち全体が学びの都に相応しい処であると伝えられ、昭和3年の市民讀本には他の都市には見られない森の都をなしている。
青年学生には勉学の好適地であり、学都仙台といはれるのも偶然ではないと記されていました。

戦後には、桑原武夫氏が仙台が「杜の都」と言われたことに触れ、まちのなかにも樹木の繁りあり、「杜の都」と「学都仙台」に繫がりを持たせ環境の素晴しさを述べていました。

菊池先生は「学都仙台」の結びは、「学都仙台」の歴史から「学都コンソーシアム」へと、、、、、今まで続いた長く素晴しい教育環境の歴史を大切にしながら、学生も市民も地域との交流を大事にしながら、共に一緒に学ぶ連携教育が都市の活性化、地域の活性化に役立つはずとおっしゃいました。

この考えの先に「大崎市の学びの郷づくり」が見えてくるとお話して下さいました。

歴史的財産の再確認と共有化が大切で、「生涯学習」のシステムの充実が大事で、市民を満足させる為のものを如何につくって行くか。

大崎市のそれぞれの地域で暮らす市民を点と線で結べるようなルートをつくり、交流させてこの地域に生まれて良かったと思えるような地域づくりが大事と話し、子供から大人、お年寄りまで全ての大崎市市民が「合併した大崎」について語れるようにすることが大切ですと話しました。

学生には奨学生制度など充実させて、地域づくりのレポートなど課題を与えて地元を活かすやり方を共に考えてもらうようにして、伝統産業なども地元できちんと育て上げる事が大事で、地域の人々を学校に呼んで話を聞いたり、学生と学びあえる環境をつくることが大切でこのようなことが地域の担い手の伝承に繋がり、学校が積極的に地域と連携をとる事が重要性を持つようになると話し「大崎市文化協会」と共に交流しあって地域行事などに取り組み、新しい市民へ何が提供できるか、如何に大崎市民を満足させるかを本気で考えることが大事であると結びました。

菊池先生は、大崎市のHPについて、「訪問者向け」観光案内を「市民向け」にもリンクするようにお話下さいましたが、、、、、、、、、その通りだと思いました。
しかし、そうであれば「大崎市観光協会」の設立は不可欠だと思いました。

大崎市の発展の為には「大崎地域全てを含む観光協会」の一体感だけは急がれる課題だと思います。

この後は少しの休憩の後に、「公開デスカッション」が行なわれました。

テーマは「おおさき学都戦略」。座長は大泉一貫先生、  パネリストは矢内 諭先生、伊藤克秀先生、菊池慶子先生でした。自己紹介の後には、それぞれに地域に対する熱い想いをお話下さいましたが、矢内先生が松山高校の文化祭に触れ、文化祭に行かれた人?と、会場に声をかけましたので、私は「ハイ」と手をあげました。数人が手をあげました。

宮城県図書館からのレプリカの世界地図(織田信長時代・中華思想で世界を見ている地図)と茂庭家屋敷(上野館)の地図を展示して、松山の郷から世界を見渡そうとした素晴しい試みだと絶賛しました。

地域と深く交流をしている地域の高校として松山高校を取り上げてくださった事を嬉しく思いました。

伊藤先生は、家庭教育、幼児教育の重要性と子育て支援の問題点をお話くださいました。親を孤立化させない子育て支援の新しいシステムづくり構築して、時代をつなぐ子供たちの教育が何より大事であると力説なさいました。

菊池先生は、学校という環境には可能性がたくさんあると話し、生涯教育などもきちんと拠点をつくり良いものを実践すべきとお話下さいました。

最後に大貫先生が「学都を創るのに王道は無い。」とおっしゃり、大崎市は地域蜜着の教育が大事で吉野作造を生んだこの地で「学会開催」などを行なうことも良いことだし犯罪が少ない農村地域には品性あり、「学都」と呼ばれるにふさわしい所という話でデスカッションは終了しました。

5時半頃に全てが終わりましたが、、、、今日の話で学んだことは、私達一人一人の自立した考えが民主主義の根本で、それが自己実現につながるということでした。まさに現代は如何に一人一人が自己実現出来るかという時代で、、、、、これが心の豊かさだと思いました。
もう、私達は物質的な満足だけでは満たされない人間になってしまったのだと思いました。

一人一人が責任を持って自立すべき時にあり、一人一人が自分の暮らす地域を見直し、地域を再構築すべき時になっているのだと再認識しました。行政にだけ頼る時代ではないのです。

すごく勉強になる話を聞きましたが、メモを取るのに机がなかったことが一番残念でした。

でも、今日会場にいらした方々は殆どメモをしていない人が圧倒的でしたが、、、「おおさき学都戦略」と題するなら、私は、机はあるべきだと思いました。    ~~~学ぶ=書くが基本ですから。~~~

今日のガンディーの言葉「同情すべきことは、私共の使命は何であるかを知っていながらその事を実行しようとして失敗してしまうことである。誰でも皆、自分自身にしっかりした返答をさせようではないか。」

投稿者 jizai3 : 18:20 | コメント (0)

2007年11月22日

大雪の一日、締め括りは一ノ蔵の熱燗で、ご苦労様を!

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今日は、朝から一日中吹雪いて吹雪いて夕方になっても雪は降り止みませんでした。気温もだいぶ下がり寒い一日を過ごしました。水っぽい雪で夜になって凍ってしまったら、、、明日の朝が心配です。
こんなにも早く大雪が降るなんて思いもしませんでした。まだ11月なのにと思っていますが、、、、こんなに寒い日は家族団らんで暖かくして過すのが一番のようですね。夕方主人は「今夜は熱燗でいきましょう」と言ってニコニコしていました。   寒い日には大崎市松山 地酒一ノ蔵の熱燗が最高のようです。
今日のガンディーの言葉「よい考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 17:04 | コメント (0)

2007年11月21日

物を最後まで使い切る美しい心は、人生を豊かにしてくれるもの

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今日、私は松山文化丁地区の燃えないゴミ当番担当でした。厚着をして出掛けましたが、木枯らしの冷たさは、耳に感じました。以前、急性中耳炎になってからは、いち早く寒さは耳が受け止めるようになりました。30分間の当番でしたが、今日は古い釜が穴あき状態で出されました。ついこの前まで使っていたのだそうです。うどんを茹でたり、お湯沸しに使用していたそうです。Kさんは、先日の「わらにお」づくりや、「米俵」づくりの撮影に協力を頂いた方でしたが、、、日常生活の中でも物を大事に最後まで使い切るという生き方を貫いていらっしゃることを知り、私も見習わなければと思った寒い寒い朝でした。
今日のガンディーの言葉 「我々は、皿をきれいに拭く時、神の啓示を皿の上に明らかに読み取れる。」

投稿者 jizai3 : 12:29 | コメント (1)

2007年11月20日

週一の習い事は、私のリフレッシュタイム

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Blog写真は、先日の大崎市松山文化祭で裏千家にお点前でお茶を頂いた時の静かな雰囲気とお点前を披露して下さった素敵な若い女性のお作法の様子です。主人はお茶席があると「のんで行こう。」と誘います。毎年、文化祭ではお茶を頂いていますが、「日本文化を味わえる時」と主人はご機嫌でした。

時々、自宅でお茶を点てていただきますが、先日の文化祭でのお菓子はとても美味しかったです。

主人は、お茶席で頂くお茶とお菓子が大好きです。

私も若い頃はお点前を習ったことがありましたが、、、、先生が親戚の叔母様でしたので、中途半端で身につきませんでした。

それでも、時々懐かしくなり、茶せんを出してこんもりの泡を点てようと思いますが、なかなか上手く行きません。主人に御馳走しますと「お茶の前に頂くお菓子が不十分。」などと言われてしまいますが、、、主人は、お茶よりも御点前で頂くお菓子に関心を持っているように見えます。

先日の松山文化祭、お茶コーナーには一際静かなムードが漂っていて、着物姿の素敵な女性達がたくさんいらしてとてもいい雰囲気でした。

着物とお茶はとてもマッチします。日本の良さを感じる時です。

私の祖母は「習い事は大事。礼儀作法が身に着くし、人としての常識が覚えられます。」と言い自分の娘達にはどんどん習い事をさせたそうです。

母も祖母の影響を受け、幼い私にいろいろ習わせましたが、、、、殆どの習い事の師は、親戚の叔母様たちでしたので、どうしても甘えがあったのでしょう、みんな中途半端に終わってしまいました。

母は、叔母様たちに遠慮して他人のところには行かせませんでしたので、全ての習い事は未完成でした。大人になり、自分で習い事代を支払って身に着けたものの方が役立っているように思います。

「カラオケ」は、習い始めてからもう10年が経ちましたが、、、、、松山に嫁がなければ覚えなかっただろうと思っています。

今度の日曜日には、古川アインパルラ浦島で、私達の教室の「フランクカラオケ会 歌まつり」が行なわれます。

今回は、フランク松山先生と私と二人で司会を担当し、発表会形式でなく「歌まつり」と称して、各教室の枠を取り払って、気楽に和気藹々と集いましょうという呼びかけで開催します。

”手づくりプログラム”も出来上がり、当日(25日)を待つばかりとなりました。

一年に一度の恒例行事ですが、、、、人前で歌うことにはいつまで経っても慣れない私です。

話すことは平気ですが、歌うことはドキドキでいつも膝が震えます。

習い事には、発表がつきものです。

一年間の集大成として人前で披露するわけですが、、私は、あまり上達せずとも元気で一年を過せたことに感謝する日と位置づけて歌うことにしています。

私にとって、教室の仲間たちとの華やいだ楽しいひとときは、心がリフレッシュ出来る貴重な時間です。

これからも大切にしたいと思う、週一の習い事です。


今日のガンディーの言葉 「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 17:36 | コメント (1)

2007年11月19日

雪化粧の朝を迎えて

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初雪の朝を迎えました。松山高校硬式野球部のバスも雪をかぶり寒そうです。練習試合も終了して、一足早くバスは冬休みに入ったようです。Blog写真下は我が家の雪化粧をした小さな庭ですが松山小学校の整備中の校庭が見えます。タイルを敷き詰めた校庭になると聞いていますが今朝は寒そうです。

昨日の夕方の天気予報どおり、今朝は雪が降りました。

雪化粧した大崎市松山文化丁の朝の姿は、一面輝いて見えましたが、木枯らしが音をたてて吹いていました。昨日の寒さも身に沁みましたが、、、、、、今朝は気温もだいぶ下がったようで、今年初めての氷点下の朝を迎えました。

これからは、寒さが増すばかりですから、お互いに風邪をひかぬよう気をつけて過したいものです。

最近、私の知り合いで、Blogの発信が途絶えてしまった人がいます。

辛いことがあり、Blogを書く気になれないという事でしたが、、、、、、、、とても淋しいことです。
夕方、家に帰る前に必ずアクセスしてみるのですが、更新なしの画面を確認する度、悲しみの深さを思い知らされ、、、、早く立ち直ってほしいという気持ちと、力になれないはがゆさを感じてしまいます。

人間は本当に辛い時には、鼻歌も出ないと言います。

以前、最愛の旦那様を亡くした方が「京子さん、歌が歌えるということはそれだけで幸せなのよ。私は、1年間ぐらい鼻歌も歌っていない自分にある時、ハッと気づいて、これではいけないと思い、コーラスをすることにしたのよ。はじめは何を歌っても涙が出てしょうがなかったの。どんな歌詞も、心の深い部分が悲しくて、ビンビン応えて辛かったけど、みんなに励まされて、やっと立ち直れたわ。歌を歌うことは、私の精神状態と健康のバロメーターなの。」というようなことを聞いたことがあり、、、Blogもきっと同じなのだろうと思いました。

人生を生きるということは、悲しいことも喜びも辛さも楽しさも、どちらも体験しながら生きて行くことだと思います。しかもこの道は、進むだけで、、、、、、片道切符です。

人生の卒業式を迎える日まで、それぞれ誰でもが歩む道です。

お天気の良い日もあれば、暴風雨に晒される日、冷たい木枯らしの日、雪の降る日、、、、、いろいろですが、大自然の中で生きている私達には、夜だけの人もいないし、朝だけを迎える人もいません。

夜が来れば、必ず朝が来ます。

照る日もあれば曇る日もありますから、、、、、いつかは深い悲しみから抜け出して、再び人生の喜びを見つけて生きてほしいと思います。

死を迎えれば、そこで人生は「The end」ですが、それまでは何度でも心新たに生き直すことは可能なのですから、、、、いつかは再生した自分との対面を喜べるような生き方を見つけてほしいと願います。

悲しみや辛さの体験は、必ず人を強くして逞しく育ててくれると思いますから、負けないで乗り越えてほしいと願っています。

いつか又、お元気な文面にお逢い出来ることを楽しみにしながら待つことにします。


今日のガンディーの言葉 「苦しんで神に縋った人は、恐れに負けることは決してない。」
               「自分自身を理解した時、救われる。」

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2007年11月18日

今朝の河北新報 「手腕点検」⑥を読んで

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Blog写真は、大崎市松山地区の素晴しい眺めと、大崎市松山文化祭での可愛らしい作品展示の様子です。第一次産業が主幹の米づくりを大事にする大崎市では、田尻産の米(ふゆみずたんぼ)で握ったおにぎりが旅行パンフレットの表紙を飾ったそうですが、、、、全国一のお米として大宣伝されました。

今朝の河北新報「手腕点検 県内の市町村長」第6回目は、大崎 伊藤康志市長でした。

積極的に情報発信に努めているという書き出しで、地域を売り込む市長の貪欲さを評価していました。
私は、この新聞記事を読み、伊藤市長が大崎を宝の都〔くに〕などと呼ばせようとしている意図は、「大崎市」という地域を魅力的に売り込む為の戦略用語であると理解しました。

「宝の都(くに)」たからのみやこと書いて何故、くにと呼ばせようとしているのか、意味不明でしたが、、
積極的に情報発信する為の言葉であると考えれば、情報化時代に合わせた”造語"であると言えるのかなとも思いました。

そして、伊藤市長は機会ある度に、「合併の成功は地域自治組織の確立によるもの。」というようなことを話しますが、、、、、、、地域づくりの専門家である櫻井常矢先生を大崎市にお招きして各地域自治組織の支援態勢を強化してるようです。

また、今回の「年金着服問題は、済んでいるものとして告発せず!」といち早く国に対して返答をしてしまい、大崎伊藤市長は全国的に大変有名になりました。

私の友人からも「少しふてぶてしいよ。」なんて抗議℡があり、、、、早ければ良いというわけではない。
と思ったりしましたし、年金は国が徴収しているものだから、司法の判断をということは妥当性のあることだと思います。

例え、同じ判決であっても、結果的にはこれからのことを考えると公金を扱うことへの厳しさを知らせる為の良い機会だったと思います。

それから、「市民の声 無視」として、病院問題のことが書かれていましたが、この問題は今では、市長選の時に推した元首長7人がこぞって「一病院・四診療所化」に反対を唱えていますが、、、、合併は元首長達が主導して合併協議会というかなり疑問がつく組織を導いて成立したものですから、この問題は決して単純でなく、、、、、、見極めは複雑だと思います。

選挙公約違反とかいろいろ言われていますが、、、、大変な財政難での合併であることは、少なくとも元首長達だけは知っていたわけですから、、、、、、今更、反対の矢面に立つ行為には、どうしても合点がいかないのです。

最後の文面では、遠藤議長は「ない袖はふれないのは分かるが、もう少し市民に近づく努力、多面的な検討を求めたい。」と述べていますが、遠藤議長も、元岩出山町議会議員であったのですから、それほど大切な地域住民の病院という意識が高いのであれば、、、いろいろな岩出山町時代の施設をつくる時にこそ、第一に病院建築を手がけるべきだったと思いますし、多面的な検討はその時点ですべきだったのではないかと思いました。

伊藤市長は「合併直後から厳しい現実を見せざるを得なかったのは心苦しい。、、、、時間をかけて説明をしていきたい。」と話していましたが、私は、この時間をかけてという言葉に期待したいと思いました。

時間をかけて説明をして、解ってもらうという行為は本当に大事なことだと思います。

心から誠意ある説明をして、納得をしてもらう、、、、説得力を持つ指導者であってほしいと思いました。

それにしても、今朝の「手腕点検」は大変バランスよく書かれていたと思いました。

これからの私達大崎市民の課題は、リーダーの説明にどれだけ大崎市民として耳を傾けることが出来るかだと思いました。

説明をする大崎市長と、耳を傾ける大崎市民、相互の関係確立が課題だという認識を持ちました。

大崎市は問題山積み状態ではありますが、、、、いい人的環境、自然環境の良さ、食材の豊かさなどを活かして、これからも暮らしやすく温かい地域であることを祈りたいと思いました。


                           <お知らせ>

昨日の松山高校硬式野球部の宮農との練習試合は、レギュラー戦は6:6引き分け。 1年生戦は0:4で負け。保護者ソフトボール戦は6:7でした。今年の練習試合は、昨日で一切終了となり、これからの厳しい時期は、基礎体力づくりに励む期間となるそうです。


今日のガンディーの言葉「決して希望を失わない人のみが、リーダーであることが出来る。」


投稿者 jizai3 : 15:23 | コメント (0)

2007年11月17日

80代を活き活き生きる叔父の人生

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Blog写真は、先日の大崎市松山文化祭展示の部の発表「ろうの花」と「大黒様」です。趣味を持つ生活は人生を豊かものにしてくれます。今日は大崎市社会福祉協議会 松山支所主催の災害ボランティアセンター設置訓練が行なわれました。私はボランティア要請℡をかけましたが、係りの方は皆さん落ち着いて℡対応をして下さいました。

丁度、災害ボランティアセンターに要請℡をかけ、ボランティアの方々が駆けつけてくれた時に仙台から叔父が息子とギャラリーに来てくれました。

叔父達は、何事かと驚いた様子でしたが、災害ボランティアセンター設置の訓練であることを伝えたら、納得をしました。℡は2回ずつかけましたが、℡応対の方々は、昨年よりずっと落ち着いていて頼もしく感じました。元松山町長の狩野さんもボランティアのリーダーとして参加していました。

係りの皆さんは、私の要請℡に応じて、ちりとりや、箒、軍手などを用意して駆けつけてくれました。
私はギャラリーが地震災害に遭ったことを想定して、ガラスの破片、陶器の破損などで片付けのボランティア要請をお願いしたいと℡をかけました。
ボランティアの方々は、ニーズ票の確認をして仕事が完了したことを想定してから、班ごとにお帰りになりました。

そして、全てが終了した時には、ご丁寧なお礼の℡を頂きました。

”いざ”という時に役立つ為に訓練はとても大切だと思います。消火器の扱いなども分かっているつもりでも、使い慣れた人とそうでない人とではだいぶ違うそうです。

「訓練していればこそ、使いこなせるもの。」と、叔父達も話していました。

叔父は、84歳になったそうですが「京子においでと言われなかったから、なかなか来れなかったよ。」なんて言っていましたが、、、、、息子は「もう、84歳だから、少しでも早い方が良いと思って連れて来たんだ。」と言っていました。

叔父は、「80歳を過ぎてからは年はとらないんだ。いつ、おさらばしても良い生き方をしてるんだ。」と言っていました。

大変元気そうで、週3回社交ダンスを踊り、月2回は油絵を習い、時々はシャンソンを歌い、毎日入院している妻を見舞い、悠々自適な生活を楽しんでいる様子でした。

午後、2時間ほど松山文化丁のカラオケ喫茶「フランク」へ行きましたが、叔父はフランク永井さんの「君恋し」を軽やかなステップを踏みながら歌いました。私は初めて叔父の歌を聞きましたが、、、、、とても楽しそうに歌っていました。

叔父は私に自分の手帳を見せて、、、、何でも書いてるんだと言っていました。
手帳には覚えたい歌の曲名、感激したこと、関心のあることなど小さな文字でいっぱい書きこんでありました。

叔父は「今日は、松山に来たことと、京子のことを書くんだ。」なんて言っていました。

ギャラリーの中の展示も一つ一つ丁寧に見てくれて、「60歳からの才能の開花は見事ですね。」と主人に言い、、、、、「人間は、楽しく人生を送ることが一番大事なこと。」と言い切っていました。

叔父は本当に人生を精一杯エンジョイしているようでした。
もともと、楽観論者ではありますが、年を召してますます良い生き方をしているようでした。

でも、親戚の中には、叔父のことを大きな家に一人暮らしで可哀想という人もいますが、、、本人はそのような人生もきちんと受け止めているようでした。意識不明だった妻が、会話できる状態にまで回復出来た事を大変感謝していました。「毎日顔を見に出かけ、後は好きなことをしているんだ。」と晴れ晴れとした表情で話してくれました。

私が小さな時には、一級建築士だったこの叔父様から、木でつくった馬や、象などの乗り物を誕生日のたびにプレゼントしてもらいました。

今日は、大変可愛がってもらった記憶を持つ叔父と逢い、楽しい時間が持てたことを、とてもありがたいと思う一日を過ごしました。

今日のガンディーの言葉「悲しみをくどくどと繰り返す人は、悲しみを倍加する。」
               「清い良い考えは、喋られた言葉より、遥かにもっと効果的である。」

投稿者 jizai3 : 16:25 | コメント (0)

2007年11月16日

明日、大崎市松山地区は災害ボランティア設置訓練日

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Blog写真は、大崎市松山公民館付近の街並み景観が「蔵」のイメージを強調している場所で最も松山らしさをアピールできる所と、松山高校硬式野球部員達が暮らす大志寮からの風景です。どちらも松山らしさを醸し出していますが、これからも松山地区住民の私達が大切にしたいと思う心和む眺めです。

明日は、大崎市松山地区の「災害ボランティアセンター設置訓練」日です。

だいぶ前から松山地区の社会福祉協議会の方から、明日の訓練について被災者側の対応℡についての依頼があり、協力をお約束していましたが、、、、午後職員の方が、打ち合わせに来て下さいました。

昨年も℡での災害ボランティア派遣の協力をしましたが、今年も訓練の日がやって来るようです。

防災訓練も、消火訓練も、今回のボランティア要請の℡応対訓練も、、、"いざ”という時に役立つ大事な訓練だと思います。

訓練を充分にしておくことで、災害時に慌てずに対応できると思いますし、真剣に訓練することは大変重要性があると思います。

そう言えば、昨年は、さんさん館で昼食(非常食)を頂きながら、反省会にも参加いたしました。

明日は、午前10時頃から全体オリエンテーションが行なわれます。趣旨説明、一日の流れの説明などと、各部門(班)の役割と流れについての説明が行なわれ、その後部門ごとに分かれて綿密な打ち合わせを行なってから、いよいよ訓練開始となるようです。

午前10時40分頃から訓練が始まる予定だそうです。

訓練はスタッフが交替して、2度行なうそうです。支援スタッフ役と支援ボランティア役とに分かれて行なうそうですから、私も2回℡派遣要請を行なうことになります。

この日の為に、関係者の方々は、何度も協議を行い、、、実践訓練を行なうわけですが、ブログ写真にあるような、心和む風景を大切にする為には、防災訓練や、災害ボランティア設置訓練などは、地域住民にとっては不可欠で有意義な訓練だと思いますから、喜んで協力させて頂きたいと思います。

明日は落ち着いてボランティア要請℡をかけるようつとめるつもりです。


今日のガンディーの言葉「種と、同様に行動することは、結実するには時間を要する。」
              「奉仕に費やされた生活は、唯一、実りの多い人生である。」

投稿者 jizai3 : 17:34 | コメント (0)

2007年11月15日

お祝いの「七五三」・日本中の子供たちが幸せでありますように

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今日は「七五三」数え年で男子は三歳と五歳、女子は三歳と七歳を祝い、晴れ着を着せて氏神様に参拝するおめでたい日本のほのぼのとした恒例行事の日です。いつも七五三の日は悪天候が多く、私が幼稚園で働いていた時も強い風吹く中で、七五三のお祝いの飴の袋を持ち子供達と記念撮影をしていました。年少組の子供達の笑顔はみんな輝いていてこの時の写真は今でも私を励ましてくれる大事な大事な宝物です。今日のガンディーの言葉 「外面の幸せは、心の中の平和が無くては無用である。」

投稿者 jizai3 : 10:32 | コメント (0)

2007年11月14日

素直は人生の基本

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Blog写真は、大崎市松山公民館周辺 「駒池」の晩秋の様子です。左奥のもみじの紅葉が見事です。
「真っ赤だな、真っ赤だな、つたの葉っぱは真っ赤だな、もみじの葉っぱも真っ赤だな」という秋の歌がピッタリと似合う光景です。駒池付近は、地域住民の憩いの場所で、心和むところです。

見事な紅葉に心洗われる思いで、松山地区の晩秋の様子を味わってきました。

晩秋の季節は何となく寂しいものです。

学生の頃は秋が大好きでしたが、今は、若葉の季節が一番好きです。

秋の日は「つるべ落とし」と言いますが、、、、、薄暗くなったと思うとすぐに真っ暗になってしまいます。


午後には、私の義妹と、姪が来ました。その後には、陶芸を学んでいる人たちがやって来ました。

暗くならないうちに釉薬かけをして、その後に高台削りと、粘土での制作に挑戦していました。

いろいろなものを制作出来るようになり、主人の指導もアドバイスに変わり、、、、それぞれに個性を活かしながら制作を楽しんでいるように見えるようになりました。

時々、主人は「基本を忘れないように」と言います。

何でもそうですが、ある程度進んだら基本に立ち返って見ることは大事なことだと思います。基本を守っているつもりでも、ついつい自己流で進んでしまうと良い結果には至らないようです。自分のカラーを出すのは基本をマスターしてからとも言いますが
何かを身につける為には素直な気持ちで基本を学ぶ姿勢が大事なようです。

陶芸は、それが如実で形となってすぐ表われます。

粘土は、押せば押したように、引っ張れば引っ張ったように素直に形をつくります。自分の意のままに形づくることが出来る粘土には可塑性があります。主人は「粘土の可塑性が何とも言えない魅力だ。」と言い、轆轤に向います。

今、陶芸に夢中の方々は、「粘土は素直じゃない。自分のいうことをちっとも聞いてくれない。」と、主人とは全く違うことを言っていますが、、、、、、主人は「粘土の素直性を理解しないからだ。粘土が曲がったり、へこんだりするのは、つくり手がそうしているからなんだ。曲がらせたり、へこませたり、ぶつけたりしているからなんだ。粘土の可塑性が本当に解れば、粘土の持つ素晴しい素直さに気づくはずだ。もう一息だね。」と言います。

上達への近道は、何度も失敗することだそうです。
失敗から学ぶしか上達への道はないようです。

今日は午前中、古川へ注文品を届けましたが、、、、やっと間に合ってホッとしました。
今回の納品は、最後には大成功で素晴しい発色で出来上がりましたが、それまでは失敗の連続でしたので少々心配しました。

真っ赤なもみじのような辰砂の色は、秋には大変映える色に見えます。
そして、人を励ます幸せの色であってくれたらとても嬉しいことです。


今日のガンディーの言葉 「他人を克服することは、自分を克服することより、より容易だ。というのは他人は外の道具に頼る事により思いを達する事が出来るのに対し、後者は、自分自身の心によってのみ達成されるからだ。」

投稿者 jizai3 : 16:09 | コメント (0)

2007年11月13日

まちづくり、地域づくりは「健康づくり」へと繋がる道

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今日は午後1時半から大崎市松山青少年交流館において、昨年、大崎市誕生を機に40歳以上を対象に行なった市民健康調査結果公表〔松山地区〕が開催され東北大学大学院医学系研究科の辻 一郎教授の公表講演を聞いてきました。地域づくり、まちづくりが健康づくりへ直結するという結論に今日の私はとても頷けました。

「健康調査から見えてきた健康実態と特徴」という演題で公表講演会は行なわれました。

はじめに大崎市松山総合支所長の佐藤支所長が「健康は全ての基本で、元気で充実した暮らしは全市民の願いです。」とご挨拶をし、早速映像を使っての公表講演会へ移行しましたが、、、、、辻 先生は鳴子病院勤務の経験があり、「大崎市は私にとって第二の故郷です。」と親しみを込めて語り出しました。

今回の健康調査は40歳以上を対象にしたもので有効回答率は64、6%だったそうで松山地区は70%を越えた回答率だったそうで、、、「この地区は健康に対する意識が高いですね。」とおっしゃって下さいました。

高血圧、癌、心筋梗塞、脳梗塞、骨粗しょう症、抑うつ症状、、、に触れながら生活習慣の改善、飲酒、喫煙、食生活など具体的に12年前の調査と比較をしながら、若い人ほど欠食状態で、40代の女性は
11人に一人が朝食抜きであることが判明したというショッキングな話しをして下さいました。

親が朝食抜きなら、当然子供も朝食抜きになるわけですから、、、、心身の健康が悪化していると心配そうに辻 先生は話していらっしゃいました。

飲酒に関しては、1合か2合未満の飲酒は良いが、3合以上になると病気は増えてくるそうです。
大崎市では5人に1人は3合以上の飲酒をしているそうです。

牛乳、乳製品の摂取も65歳以上の人たちは安定しているが、若い人ほどこれらの摂取が不足しているそうで、身体に良い習慣が崩れかけているそうです。
ミカンなどの果物の摂取も若い人ほど減少しているそうです。

果物のほかには、緑茶(カテキン)の飲料も若い人ほど減って、コーヒーなどの飲料が増えているそうです。30代、40代、50代の人々の食生活の改善が急がれるようです。

又、睡眠時間も60代以上の人たちはぎっちり出来ているが、40代では半数以上の人が睡眠不足だそうで、子供たちが一番ほしい時間は、「寝る時間」だそうです。これでは、日本人は寝不足!と言われても反論なし状態だと思いました。

抑うつ、不安状態調査でも、男女とも60歳~65歳は元気。
高齢者は男性の方が元気の無い人が多いそうです。

歯については、「8020」。80歳まで自分の歯が20本ということが理想のようです。
今騒がれている、歯周病は、動脈硬化を促進するそうで、大崎市は歯の悪い人が多く、宮城県も同様で歯の悪い人が多い県だそうです。

「心の元気さ」と関連する項目では、抑うつと食事抜きは関連があるそうで脳梗塞や骨粗しょう症などにもなりやすいそうです。又、相談相手にいない人は、元気がなく、地域活動などをしている人には不安要因が少なく、元気な人が多いそうです。

若者の生活はどんどん都市化していますが、これは孤独感を増すことに繋がるそうです。

特定高齢者については、ソーシャルサポート(社会的支援)を持っているかどうかは大きな問題だそうですが、このことの充実を図ることが地域の課題となるようです。

辻 先生は、最後に地域においては、自由に集う「場」が大事であり、地域活動への参加を多くすることでまちづくり、地域づくりが出来、健康づくりへと繋がることが良いと最後を結びました。

健康づくりの基本は、「歩行」と声を大にしておっしゃいました。

一日の歩行合計が1時間が理想だそうです。ほんの少しの改善、例えば駐車場に車を止める時には、出来るだけ遠くへ車を止めるなど、、、、。変なダイエットブームを信じないで、果物、牛乳など乳製品をしっかり摂取する事。

二、三の質疑応答の時間がありましたが、、、、、先生は「健康日本 日本一」の話を紹介しました。
山梨県の話しですが、山梨では飲み屋さんの入り口に「むじん承ります」の看板があり、50代、60代の人たちのサークル活動が大変盛んでいろいろな集まりに参加している人たちの数が多く、平均月5回
の会合に参加などと社会的ネットワークの中で活発に暮らしていることが健康と深く関与していたという
ことが明るみになった調査があったそうです。

今日は約60名くらいの方々が会場に集まっていましたが、、、、、やはり、若い人は殆どおりませんでしたが、私より年上の60歳以上の方から、70歳くらいまでの方々は、調査どおり大変お元気で活き活きなさっている方達ばかりでした。

この世代の方々にもう少し頑張って頂いて、食生活改善の重要性などを人生の後輩達にしっかりと受け継いでもらうよう再指導してもらわないといけないなとの思いを強くしてきました。

地域の会合や集まりなどに参加することは健康づくりにつながるという話しを聞いて、私は昨晩の会合のことを振り返りました。

「第1回 フランク永井歌コンクール」の生みの苦しみの時期、試行錯誤の時期と考えれば、、、、、、、、良いコンクールを実施したいという合意はきちんと出来ているのですから、開催要綱などで意見の一致がまだ見られないことは、もっと十二分に協議しなさいと教えられているものと捉えて、同じ目標に向かい一歩ずつ確かな歩みをすることが地域づくり、健康づくりへと繋がる道だと確信して、今度は11月30日〔金〕の実行委員会での話し合いに期待したいと思いました。

フランク永井という偉大な昭和の魅惑の低音歌手の歌コンクールが、どうあるべきかということを良く考え、あの時代に歌を歌うということで自分の夢を実現させ、高い志を持ち人生を生きること、運命を決定する大事な人との出会いなど、、、、そこには、地域を越え、時代を越えて、現代人が学ぶべき要素がたくさんあると思います。

いつの時代も、スポーツや音楽、芸術文化は人の心を育み、夢を与え、励ましてくれるものです。

フランク永井さんの爆発的ヒット曲の「有楽町で逢いましょう」は昭和32年の作品ですが、、、第1回目の
フランク永井歌コンクールの年、来年平成20年には50年を迎えることになります。

50年の節目の年にフランク永井さんの歌コンクールを開催出来るというご縁を大切に思えるような、第1回の歌コンクールの意義を大事にしながら、有意義な話し合いを進めてゆきたいという気持ちでいっぱいです。

今日の辻 先生のまちづくり、地域づくりは健康づくりという言葉に大変勇気を頂き公表講演会に参加できたことを嬉しく思いました。


今日のガンディーの言葉 「知識とは、唯、自分自身を知ることが出来ることである。他の言葉で言えば知識とは、自己の実現を意味する。」

投稿者 jizai3 : 15:15 | コメント (1)

2007年11月12日

深まる秋、大事にしたい生き方とは、、、、、

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先日の「JAまつり」の見事なまでの「巨大かぼちゃ」と「クリスマスローズ」です。どちらも晩秋に相応しい秋色です。今朝は、昨日の雨とは打って変わっての秋空が広がっています。朝一番にいらした地域のお客様が「昨日と取替えの日なら良かったのにね。」と言いながらギャラリーにいらして下さいました。

友人曰く「人っていつ死ぬかわからないね。昨日から日記つけたの。日記がつけられるような一日を送ろうと思って。」と、、、、、。

すごく親しくしていた方が急病で亡くなり、だいぶショックを受けた様子でした。

手術後、3ヶ月で亡くなってしまったそうです。「悪いところを切除して元気になってくるから。」と言って別れたのに、それっきりで、そのまま時間が途切れてしまったようで、、、、やっと℡がかけられるようになったということでした。

本人も、家族も、友人も「死」を想定していなかったようです。

それで私の友人は、いつ死んでもいいような毎日を送ろうと思うようになったのだそうです。

彼女から「京子は毎日ブログ書いて、充実した毎日を送っているね。時々かなり怒りを抑えて書いているなと思うこともあるし、あんなにはっきり言って差し障り無いのかなと思って心配したりすることもあるけど、ブログが書けるような毎日を生きているんだと、内心では感心しているんだよ。」なんて言ってもらいました。

彼女は私の叔母のお見舞い日記風の看護日誌のような日記をつけ始めたそうです。

私は、「一行でもいいから書くといいよ。自分流でいいから、長く続けることを目標にすると、書くことが楽しくなり、いいストレス解消にもなるわよ。」と言いました。

自分の思いを綴るということを続けると、自分自身が良く見えてきます。そしてその行為は、問題意識を持って生きることに繫がり、物事に対して積極的に生きる姿勢に良く変化出来ることだと思います。

”心地良い生き方を貫く”ということが大事なことだと思います。

心地良いことは、落ち着きますし、楽しいことで継続可能なことだと思います。それを続ける事が楽しいと思えることを大事にしながら人生を送ることが良い事だと思います。

JAまつりの時には、巨大かぼちゃを栽培した人は「俺がつくったんだ。」と自慢していましたし、クリスマスローズを育てた小牛田農林の生徒達は「僕等が育てました。」と胸を張っていました。

安心な食物、活き活きした植物を心を込めて生育する心は、人間として尊い行為だと思います。
常にその尊さを尊重する心と、その尊さが理解できる人間でありたいと思っています。

深まる秋に向け、秋色を濃くした晩秋に友人の悲しさ知り、日記をつけられるような毎日を送りたいという友の切実な言葉が、とても身に沁みて伝わって来ました。

今夜は、大崎市松山総合支所分丁舎で7時から「フランク永井歌コンクール」第2回実行委員会が開催されますが、開催要綱、予算などが煮詰められ、いよいよ本格的に始動開始となります。

いろいろな方々と協力し合って、昭和歌謡黄金時代を築いた素晴しいフランク永井さんの歌がますます光輝くようなコンクールを実施して、これからもフランク永井の歌を歌い継いで行きたいと思います。

友人の言う通り、課題がある人生はそれだけでいい人生なのでしょうね。   ~きっと~

Blog発信を続けている自分の人生をこれからも大切にしたいと思う晩秋の午後でした。


今日のガンディーの言葉 「世の中は反対のことが満ち溢れている。幸せの裏には悲しみがあり、悲しみの裏には幸せがある。太陽光が射している所には、又、影がある。明るい所には暗さがあり、生まれのある所には、死があります。それらの反対の事柄に影響を受けないような状態にあることは、後天性であることです。これらに勝利する方法は、その事柄に気を止めないことであり、逆にその事柄に立ち向かうことであり、そして、先天的な事柄から自由になることです。」

投稿者 jizai3 : 13:18 | コメント (0)

2007年11月11日

”地域の秋祭り”は晩秋の雨の中、、、、無事終了

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11月第二日曜日の今日は、朝からの雨降りでしたが、昨日に引き続き秋行事いっぱいの晩秋の装いを色濃くした大崎市松山地区では、松山高校硬式野球部員達の大志寮裏のビニールハウスで「餅つき大会」、大崎市体育館では「町民文化祭」展示の部の発表、酒ミュージアムでは「邑祭り」、公民館広場では「JAみどりのin松山まつり」と”地域の秋まつり”真っ盛りでした。

今日の私達は、大志寮から打ちあげられる花火の音を合図に、餅つき大会ヘ出掛けました。
素晴しく音の良い花火の音に急いで駆けつけました。

大志寮裏のビニールハウスには、松高ナイン、卒業した3年生、近所の大人子供たち、ご父兄たちと大勢の人々で賑わっていました。米は、自然乾燥したお米を使ってふかし、「餅つき大会」をしました。
大人も子供も、みんな幸せそうな顔をして美味しそうに頬張っていました。

一人10個を食べることを想定して餅を用意したそうです。

メニューは、あんこ餅、納豆餅、お雑煮と牡蠣の油炒めでした。

すごい量で見ただけで満腹になってしまいそうでした。私は昨日からの疲れで胃の調子が悪くやっと落ち着いたばかりでしたので、、、、主人が代表してお餅を頂きました。

その後は、体育館に移動して文化祭の展示を見てきました。

今回主人は、辰砂壺「登高」と「萌し」を出展しました。

何事にも負けず、登りつめる気持ちを大事にしながら生きる事と、何か良いことが芽生えるようにとの期待感を持って生きていれば、きっと良いことをキャッチできるかも知れないとの意味合いを込めて、、、、「いつも、静かなワクワク感を持ちながら生きましょう」と、メッセージをおくりました。

皆さんの1年間の成果を見せていただきました。

「お茶のコーナー」ではお手前を見せてもらい、裏千家のお茶もゆっくりと頂いてまいりました。
短時間ではありましたが、静かな時間を過させてもらいました。

晩秋の雨が冷たく感じられて、せっかくの秋行事が残念とは思いましたが、、、、、、、、、多くの人々で酒ミュージアム周辺は賑わっていました。


大崎市松山公民館隣、「駒池」の晩秋の景色は風情があってとても素敵でした。
もみじの紅葉が大変きれいで、主人は思わずシャッターを押していました。

深い深い秋が終わりを告げ、これからは木枯らしの季節となりますが、寒さになんか負けないで健康に気をつけて楽しい毎日を過したいと思いました。

今日は、午前中には松山小学校を新築してくださったHさんがいらして、久しぶりにいろいろなお話をしましたし、午後には主人の陶器が大好きというリピーターのお客様がご友人といらしてくださり、中鉢を見つけ「利用価値があるわ。多目的に使えるし、小野寺さんの陶器を使うようになってから、私元気になれたような気がするの。みんなにも言われますのよ。」と張り切っていらっしゃいました。

確か初めていらした時には、長患いの入院をして退院したばかりということを聞いておりましたが、、、。その後、時々年に3回ほどいらして下さいますが、いつもギャラリーの商品を時間をかけてゆっくりと見て下さいます。主人の顔を見たときにも「お元気そうですね。また来ましたよ。」とにこやかに話しかけて下さいました。

リピーターのお客様にいらして頂く事は本当にありがたいことだと思います。
そして、主人のつくった陶器を日々の生活のなかで愛用して頂くことは大変嬉しい事です。
喜ばれるものをつくって、お使いになる方が元気でいてくれたら主人は最高だと言います。

主人のつくった陶器が、あいだを取り持ちお互いがつながっているという感覚は、まさしく”観自在"の世界です。

主人曰く、自分という人間がこの世に存在していることをはっきりと自覚したとき、自分以外の第三者の存在をも認識し、生あるお互いの存在の大事さを尊重し、自分の人生のピンチを救った赤い辰砂釉の器が貴方にも勇気を与えてくれるものであれば、、、、と。 それは主人にとって至福の喜びです。

「赤い器は、私を元気にしてくれました。」と大変嬉しい言葉に今日は本当に感激でした。

「また来ますからね。ご主人お元気でね!」と言いながらお帰りになりましたが、本当に勇気をたくさん頂いた感じで、、、、、とてもありがたいと思いました。

午後3時には、畑中文化協会長に手伝ってもらい無事に展示物は搬出出来て、大崎市になって2回目の「大崎市松山文化祭」は終了しました。


                           <お知らせ>

  昨日の対三高戦は、第一練習試合2:3で負け。第二練習試合7:6勝ち。一勝一敗となりました。

今日のガンディーの言葉「経験を積めば積むほど、人間自身が不幸と同様、幸せの源泉なのだと実感する。」

投稿者 jizai3 : 16:18 | コメント (0)

2007年11月10日

平成19年度「大崎を知ろう会」総会開催

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今日は、「大崎を知ろう会」の総会が古川ロイヤルホテルで開催されました。地域の秋行事とぶつかり委任状提出会員さんが多い総会となりましたが、議事は全てスムーズに進行され自由な融和を核にしてよりよき大崎市民となりましょうという設立当初の理念を確認し合い総会研修として、今回は会員の中の現職市会議員のT氏とS氏、両議員の市政状況の話しを聞きました。大崎市政の迷走ぶりを詳しく説明をしてもらいました。両議員とも病院問題に触れ、船出したばかりの大崎丸が漂流している状態であることを資料やPCで具体的に説明してくれました。お二人とも情熱を持ってお話をし、大崎市の現状を憂いていました。国の借金が770兆円で、その借金額は1秒間に20万円ずつ増えているのだそうです。歳出削減の為には合併は避けては通れなかったということもある程度は理解出来ますが、大崎市がどのような合併をしたのかということは、大崎市民の前に明らかにすべきで、合併協議会の総括は必要なことだと思いました。その上で、今大崎市が抱えている問題を再検討し、第一に財政の健全化を目指すべきだと思いました。より良き市民とは自ら考え、自立していることだと思いました。総会の後には懇親会が設けられ、それぞれに熱い思いを語り合いました。今日のガンディーの言葉「人間は彼自身の人間性によって、本当のことを知らされている。」

投稿者 jizai3 : 22:06 | コメント (0)

2007年11月 9日

劇的な再会

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りんごが大好きな叔母のところへ、やっとお見舞いに行きました。今から約10年前、くも膜下出血で倒れ、医者からはもう無理と言われても、、奇蹟的に命をとりとめました。病院を転々とした後、仙台のカトリック系の特別老人ホームへ落ち着きました。

叔母の息子が来て、今日は文化祭の展示物の搬入を手伝ってくれました。

私とはいとこ同士にあたる叔母の息子は、こちら方面に来た時には必ずギャラリーに立ち寄り叔母さんの様子を知らせてくれます。

主人は、いつも早くお見舞いに行けと言いますが、、、、私はなかなかお見舞いに行けないでいました。

倒れたばかりの頃には、仙台国立病院へ駆けつけましたが、生死の境を彷徨い、助からないでしょうと言われ続けていました。しばらくは意識もなく、植物人間状態でしたが、、、その後、奇跡的に命をとり止めましたが、お見舞いに行っても分からず状態で不機嫌な時も多いと聞いておりました。

叔母は、若い頃は何でも良く出来る人で、ろうけつ染めの教室や七宝焼きの教室などを開き、、、生徒をたくさん抱え、いつも張り切っている人でした。

叔母は息子が三人で、私が中学1年生までは同じ屋敷内に暮らしていました。
叔母の兄弟も双子を含め、回りは男の子ばかりでしたので、、、、、、女の子だった私を大変可愛がってくれました。

そんな叔母の様子を見る勇気がなく、なかなかお見舞いに行けませんでしたが、今日主人は従兄弟の前で「今、窯の火を落としたばかりだから、今日叔母さんのお見舞いに行くぞ。」と言いました。

私も今年こそはと、思う気持ちもありましたので従兄弟の車の道案内で出掛けました。

老人ホームに着いて、エレベーターで階を一つ降りて叔母の病室へと向いました。

2階の扉が開いたら、かん高い声で「京子ちゃん!」と呼ばれました。従兄弟が驚いて「わかるの?」と聞きましたら「うん、わかるよ。京子ちゃん変わんないね!」という言葉が返ってきました。

叔母はニコニコしてとても穏やかな笑顔で、不人情な姪を迎えてくれました。

私はもっと早く来るべきだったと思いながら、再会できたことがとても嬉しいと言いましたら叔母は「私も」と言ってくれました。

ニコニコして私を見つめ、その目はとても優しく私が良く覚えているままの叔母でした。

従兄弟のHは、「これね入院一日目から見舞った人が書いている日記なんだ。今日は京子ちゃんが書いてね。大学ノート48冊目で、今日で3408日目になるんだ。」と言って見せてくれました。

私はざっと目を通して叔母に「R叔母ちゃんは幸せね。」と言いました。
叔母は最高のニコニコ笑顔で「何にも心配ないからね。身体も何処も痛くないから。」と答えました。

叔母の主人の叔父ちゃんがウィークデイは、一日も欠かさず見舞いに来て、息子達は交替で土日を受け持っているそうです。入院してから身内が来ない日は一日もないそうです。

主人を紹介しましたら主人をジッーと見つめて「おいくつですか?」と聞きましたので「72歳です。」と主人は答え、私が「13離れているの。」と言いましたら、目を細めて「そうお、いいこと。」と言いました。

従兄弟が「今日は良く喋るね。」と言いましたら「今日は、京子ちゃんと逢えたから。」と答えました。

陶芸をしていることを話しましたら、「見てみたい!」ということでした。

本当に幸せそうな笑顔をたくさん見せてもらいました。

叔母は熱心なカトリック信者で、倒れた時、牧師さんたちがお祈りを捧げてくれたそうです。叔母は祈りによって救われたと信じていました。

お別れする時には、手をいっぱい振って「またね!」を連発しました。
他の人々も一緒に手を振ってくれて、私達はエレベーターに乗りました。

私は今日、主人の唐突な誘いに心から感謝しました。

元気な81歳のにこやかな叔母に逢えて本当に良かったと思いながら松山に戻りました。


今日のガンディーの言葉 「信仰していれば、絶望の空間はない。」
               「感覚の対象は行ったり来たりする。覚えておくべき点は、感覚の対象が我々を離れる時、我々は哀れに思うことがある。しかし、我々が感覚の対象物を近くに思う時、我々は幸せであり、それは大変に喜ばしいことである。」

投稿者 jizai3 : 19:43 | コメント (0)

2007年11月 8日

二十四節気の今日は、「立冬」・今朝の冷え込みは厳しく

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紅葉のもみじの色もだいぶ濃くなりました。今日は二十四節気の「立冬」。昼間は暖かでしたが、今朝はとても冷え込みました。これからは寒くなるばかりの季節になってしまいます。明日は、大崎市松山文化祭展示の部の搬入日です。「文化祭」・「邑まつり」が終るといよいよ枯葉の季節、冬らしさが増してきて東北地方には冷たい木枯らしが吹く厳しい日々が続くと思うと想像しただけで身震いしそうです。風邪をひかないように手洗いやうがいなど予防に努めて、寒い季節を乗り越えたいものですね。くれぐれもご自愛下さい。今日のガンディーの言葉「身体はいつも丈夫と、私は努めています。自分の精神を知ろうとして同じような努力をしているだろうか。」

投稿者 jizai3 : 17:32 | コメント (0)

2007年11月 7日

俵づくりの妙技を映像に、明日東北放送で放映PM6:16~

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先日、大崎市松山まちづくり協議会が、俵づくりの妙技をハイビジョン映像に収める撮影会を行ないました。このときの様子が、明日、TBC東北放送イブニングニュース特集コーナー(PM6:16~)で放映されます。正確な伝統伝承技術の重要性を記録として残したいという熱い思いからの試みです。

明日の夕方、東北放送で先日の俵づくりの技術を収録した様子が放映されることになりました。

実演をしてくださったのは、田茂三郎さん〔77歳〕、妻郁子さん〔78歳〕、今野芳雄さん〔75歳〕、松山の元気な農家三人の皆さんです。

三人の方々は俵づくりの技術が記録に残ることをとても喜んでいらっしゃいました。

現代では、紙袋が主流をしめ、時々依頼を受けてつくる物は展示用か民芸品用だけだそうです。

松山まちづくり協議会教育文化部会では、昔からの伝統伝承技術は、正しい記録さえあれば復元可能と考え、これからの時代を生きる人々に正しい地域の伝統技術の技を見せたいという熱い思いから、俵づくりの技術をハイビジョン映像に残すことを決め、東北放送の報道制作局のスタッフの方々の協力を得て実現可能となりました。

今回の撮影費用は、今年7月の公開審査で決まった「大崎市地域自治組織活性事業・チャレンジ事業」の交付金で賄うことになっております。

是非、忘れずに明日、11月8日(木)のTBCイブニングニュースをご覧頂きたいと思います。

日本の懐かしい原風景を思い出し、夕食前の心豊かな時間を過ごすことが出来ると思います。

11月11日〔日〕「邑まつり」には、田茂さんたちが、俵づくりやわらじづくりなどを公開実演して農村文化の伝承につなげる活動を行ないます。
「第4回 まつやま邑まつり」は、午前10時から3時までです。

秋色濃い大崎市松山の邑まつりに皆様御揃いで足を運んで頂きたいと思います。 同日は、前日から大崎市松山文化祭の展示の部の発表も行なっておりますので、松山公民館付近は賑やかな一角となることと思われます。

「JAみどりの祭りin松山」も同時開催となります。

芸術の秋のひととき、田舎の良さを感じる大崎市松山地区で、ごゆっくりの時間を過して頂きたいと思い、重ねてご案内申し上げました。


今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

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2007年11月 6日

2008年のアートカレンダー「蒼穹」が出来上がる

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2008年小野寺重一「蒼穹」のアートカレンダーが出来上がりました。辰砂壺「蒼穹」は、平成16年11月「スペイン、バルセロナ国際ビェンナーレ」の美術展へ出品した壺です。スペインの天才建築家、アントニオ・ガウディーの代表作バトリョ邸を展示会場にして美術展は華々しく開催されました。

この時の美術展のテーマは「対話と共鳴」でした。

主人は、展示会場であるバトリョ邸をイメージして、青い空、ぬけるような青い空、大宇宙へ広がる青い空を表現しました。

バトリョ邸のユニークなデザインは、キリストの聖人カタルーニャの守護聖人でもある聖ジョージが、竜を退治した神話をモチーフにしています。アントニオ・ガウディーの建築物は、どれもこれも大変個性的で認められるまでは、かなりひどい悪口なども言われましたが、ガウディー独自の世界観を見事なまでに貫き通した芸術家です。


辰砂壺「蒼穹」の目指すものは、はるか彼方の青い青い空です。
刀痕をイメージした濃いブルーの色は、主人の宇宙へと繋がる熱い思いです。
上部の広がりが果てしない大宇宙を表わしています。

情熱の都・スペインを思い描いて「蒼穹」を出品した思い出深い作品が来年のカレンダーになりました。

本当に早いもので、2007年もあと40日ほどで終わりになります。

最近は「光陰矢の如し」の言葉が妙に真実味を帯びてきました。
「明けましておめでとう」と言ったばかりなのに、又、「おめでとう」という日が近づいています。

一日一日を大切にしたいという気持ちが大変強くなってきています。年をとったせいなのでしょうね。
時々、生前の母の言葉など、、、、、、、思い出す年齢になりました。


今日のガンディーの言葉「誰かが言っている。~ 『この道をまっすぐ行きなさい。』~ 教えられた方向に従えば間違いなく目的地に着くことが出来る。そのような道が真実と言える。その道に沿って進むことが、最も短い時間で目的に到達する。」

投稿者 jizai3 : 12:48 | コメント (0)

2007年11月 5日

時代が求めた昭和の素晴しい歌手の存在は偉大!

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Blog写真は、たわわに実った柿と、我が自在窯&ギャラリーの倉庫の横壁で見つけた秋色です。
昨晩は、午後7時半から9時までNHK-BS2で「エンターテイエメント昭和歌謡黄金時代フランク永井と松尾和子」が放映されましたが、放映寸前夕方のニュースで宮城松山「柿もぎ隊」も放映されました。

大崎市になって2度目の松山文化祭が開催された昨日は、「松山柿もぎ隊」の行事も行なわれました。

まつやま風土研究会主催の恒例秋行事ですが、今回はイージス艦の乗組員さんたちがボランティアで
参加をしてくれていつも参加する皆様方と和気藹々、柿もぎの行事に参加する様子が放映されました。

丁度、フランク永井さんが放映される前のニュースでのことでしたので「宮城松山」の字幕が光って見えました。県内版だけじゃなく全国放映もあり、「柿もぎ隊の宮城松山と、フランク永井さんの故郷松山が上手くドッキングしているかのようで良い趣向だね!」と主人はニコニコでした。

高度成長期、豊かさを求めていた時代に魅惑の低音歌手 フランク永井さんが歌謡界に登場という語り口でエンターテイエメントの番組はスタートしました。

フランク永井さんが現われるまでは、”低音の魅力”という言葉はなかったそうです。

フィーリングはジャズ、曲は歌謡曲というスタイルの新しいスターが誕生という言葉で紹介されました。

高度成長期の入り口の時〔昭和29年〕には、集団就職列車で”金の卵”と呼ばれた若者達が都会に出て、日本経済を支えました。この若者達が故郷を想い"ふるさと演歌" 「別れの一本杉」、、、、など懐かしい故郷を思い出す歌がヒットしていました。
それに対してまさしく高度成長期突入時代〔昭和32年〕歌謡界に都会の生活を豊かに連想させる洒落たムード歌謡が、フランク永井さんの包む込むような甘い低音で歌われました。

故郷演歌とムード歌謡は、時代の分水嶺、表裏一体としてともに大衆受けしたようです。

昭和32年5月「有楽町で逢いましょう」が爆発的大ヒットとなり、低音の魅力 「フランク永井」の名を日本中に広め、リバイバル曲だった「君恋し」で第3回レコード大賞を受賞し、フランク永井さんは日本歌謡界の頂点を極めました。

日本一の昭和を代表する歌手になる大きなきっかけは、運命的な出会いといえる作曲家であり恩師の吉田 正先生との出逢いでした。

吉田先生は、「時代を象徴する歌には、1、良い企画 2、良い詩 3、良い歌手の三つの条件が揃わなければならない。」とおっしゃっていましたが、、、、、昭和の時代に求められたフランク永井や松尾和子は、この3条件を見事満たしていた人と言えるのだと思いました。

又、フランク永井さんは恩師である吉田先生ご夫妻の夫婦愛を歌った曲「おまえに」をヒットさせたいと言う強い気持ちで3回もレーコーデングをしたということを聞き、とても感動しました。

いつも何故「おまえに」は、フランク永井さんの略歴に昭和41年、47年、52年と、3回書いてあるのだろうという疑問を持っていましたが、、、、、、長い間の疑問がやっと解けました。   ”何事3回”トライして、「おまえに」はミリオンセラーになりました。

「おまえに」は、後世に残る名曲として、又、フランク永井さんの数あるヒット曲の中でも、カラオケリクエスト№1の曲として、多くの人々から愛されています。
特に女性からのリクエストが最も多い曲としても有名です。

お姉さんである美根子さんがプレゼントしたレコード一曲「マイ・ベイビーズ・カミン・ホーム」でジャスを覚え、「素人ジャズのど自慢」で見事優勝したエピソードも一途なフランク永井さんらしい話だと思います。

たった1曲のジャズが、フランク永井さんの人生を変え、歌好きのフランク永井さんをプロ歌手へと導いたことになったわけです。

作詞家の佐伯孝夫先生は、常に時代の一歩先を描くことに情熱を注いで詩を書いたそうですが、、、、、
作詞家、作曲家、そして歌唱力抜群、時代の要請を受けた歌手フランク永井が魅惑の低音で、その思いを見事に歌い上げて昭和歌謡黄金時代を築いたのだという事が大変良く理解できました。

又、松尾和子さんを見い出したのはフランク永井さんで、ご自分の妹のように見守り大切にして、吉田先生とも引き合わせ「東京ナイト・クラブ」大人のムードたっぷりのデュエットソングが出来上がったそうですが、、、、お二人とも素晴しい曲がたくさんあり、素晴しい曲との出逢いのドラマがありました。

松尾和子さんは「誰よりも君を愛す」で、第2回レコード大賞を受賞していますが、、この時、フランク永井さんは自分のことのように大喜びしたそうです。松尾和子さんは、頂点に登りつめた後には、もうこれ以上の曲には出会えないのではないかと不安になったそうですが、、、その後、吉田先生作曲の「再会」を歌い、「お座敷小唄」と、、、、、再びヒット曲に恵まれたそうです。

時は、東海道新幹線、東京国際空港、、、、東京オリンピックと続き、その後、フランク永井さんは大阪万博の頃には、「大阪」に関する歌や「京都」に関する歌も歌うようになり、日本全国何処でも、魅惑の低音歌手フランク永井の名前は広く知られ、昭和歌謡界に大きく貢献しました。

テレビから流れるフランク永井さんの歌声は素晴しく、、、来春、フランク永井さんの歌コンクールを予定しているフランク永井の歌コンクールの実行委員達は、全員真剣にテレビに釘付けだったようです。

フランク永井さんの歌がヒットした時代は、一生懸命、がむしゃらに働けば必ず良くなる、豊かさを享受出来るかもしれないと思わせる時代背景があり、そんな中で、フランク永井さんや松尾和子さんは、夢や憧れを与える存在として時代の求めと一緒に”時を共有出来る”歌を歌い続けた人と言えるのだと思いました。

歌を通して時代を共有出来るということが、私達には素晴しい歌手として共感出来る喜びだと思っています。私達フランク永井の歌コンクール実行委員達も、昨晩のTVをみたということを共通のスタートとして、フランク永井さんの歌の魅力だけじゃなく、共感できる時代性、どんな時代でも一生懸命に夢実現の為、ひたむきに努力する事の大切さなども伝えて行けるようなコンクールにしたいと思っています。

「フランク永井の歌コンクール」を前にして、実行委員達みんなで同じ番組を見るという時間を与えて頂いたことにも、何かしら不思議な縁を感じております。

次回、第2回 フランク永井の歌コンクール実行委員会での話し合いに対して、昨晩のTV放映は、良い影響、良い連帯感を植えつけてくれたものと、、、、、、、大変ありがたいと感謝しました。


今日のガンディーの言葉 「心の中の強さは祈りによって強くなる。」
                「精神は、善良な人々の仲間がいなければ干上がってしまう。」 

投稿者 jizai3 : 13:12 | コメント (0)

2007年11月 4日

大崎市になって第2回目の松山文化祭は、シルバーパワーが下支え

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Blog写真は、大崎市になって2回目を迎えた「松山文化祭」の様子です。プログラム11番の合唱「とんぼの会」のコーラスと、22番プログラムラストを飾った津軽三味線 三絃三光会の発表です。今回は午前中から午後4時半まで舞台発表を観てきました。若々しいお元気なシルバーパワーに圧倒されました。

今までは、なかなか最後まで舞台発表の文化祭を観ることは出来ませんでしたが、今日は主人にお留守番を頼んで最後まで、舞台発表の部実行委員会西山副会長の閉会の挨拶まで聞いて帰りました。

合併してから2年目の文化祭ですが、、、、、、「地域のことは地域で」が、合言葉のようになって2年目の文化祭です。

82歳のKさんの「大器晩成」の舞踊。平均年齢72歳のグループの発表。年齢の高い方の発表がたくさんあり、松山地区にはお元気で若々しい方々が歌や踊り、民話、詩吟、着付け、大正琴、レクダンス、自彊術、邦楽、フラなどをそれぞれに楽しみ、若い方に交じってシルバーパワーが炸裂していました。

地域のなかでの楽しみは、高齢者の方々には大変大事な行事だと思いました。

舞台発表者は、みんなきれいにお化粧をしたり、ドレスアップしていて、、、、どなたなのか分からないような人もいました。1年間の集大成を皆様の前でご披露して、明日から、又、活き活き暮らすということは本当に素晴しいことだと思います。

習い事は、人生を豊かにしてくれます。

今日は、「まつやま語りの会」の主宰の高島先生があと語りのなかで、「今回は、嫁と姑の話しをしましたが、昔は今と違い大変な時代ではあったが、語りの中では、昔の嫁は逞しく、嫁と姑の仲を取り持つ人物は、医者とか旅の僧侶とかお寺の和尚さんとかで、肉親は登場せず、二人の間の調整役の人はどちらの言い分も聞き、どちらにもいい事を言い、どちらにも加担するようなユーモラスがあり、先祖の知恵が一杯働いていました。」とおっしゃいました。

個人個人の問題とせず、一目おかれる人が仲に介在して、解決へと導く温かい人々との交流があったことを話して下さいました。民話発表の舞台装置も大変凝っていて、昔の人々の会話を想像してしまうような親しみもあり大変お上手でした。ユーモアがあり、楽しく聞かせてもらいました。

今年は、アロハフラ ピカケ松山のフラの初めての発表もあり楽しませて頂きました。

大崎市松山地区のシルバーパワーはまだまだ健在です。

「温かい地域の行事を大切にしたいね。」と言いながら友人と帰宅しました。


                       <お知らせ>
     
           長野遠征が終り、松山高校硬式野球部員たちは今夜松山に戻ります。
                 勝敗は、一勝二敗の成績だったそうです。
             (対上田東戦勝ち。対松代商業戦負け。対武蔵工大二高戦負け。)

                       <お知らせ>

今夜、NHKーBS2で「エンターテイメント 昭和歌謡黄金時代フランク永井と松尾和子」が放映されます。
                放映時間は、7時半から9時までです。

「フランク永井の歌コンクール」実行委員会を立ち上げた私共の事務局にお知らせをして下さるご親切な℡が、数本入りました。本当にありがとうございました。
きっと、素晴しい歌声を聞くことが出来ると思いますので昭和歌謡曲の黄金時代の真ん中にいらしたお二人の都会的なムード歌謡をたっぷりとお聞き頂きたいと思います。~~とても楽しみです!!~~


今日のガンディーの言葉 「注意深く観察すれば天国は此処、私共の地球であり、空の彼方では無いということが解る。」

投稿者 jizai3 : 16:59 | コメント (0)

2007年11月 3日

日本の明るい未来は、第一次産業を大事に考える温かい気持ちが大切

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Blog写真は、お隣美里町で開催された「2007JAみどりの祭」の様子です。  「結の郷活性化施設」通称「おんべこ」には大勢の人々が集まっていました。テント店がたくさんあり、賑わいがあり、活気付いていました。お漬物から車まで販売されていてJAみどりの結束力、連帯力の強さなどを感じてきました。

今日の大崎地方のお天気は最高の秋晴れで、少し暑いかなと思うくらいの行楽日和でした。

午前中にお隣美里町で開催された「2007JAみどりの祭」に出かけました。今日は美里町では、「ひとめぼれマラソン」なども行なわれており、美里のヨークベニマルを過ぎた辺りから車は渋滞気味でした。

通称「おんべこ」の駐車場には、交通整理隊の方々がたくさんいらして親切な誘導をしてもらい、車を止めましたが、、、、、、大変広い駐車場は次々に埋まり多くの人々が行き交っていました。

世代間の幅も相当なもので、仮説トイレにも行列が出来るくらい人々が集まっていました。

入り口に設けられた受付では、大抽選会の抽選券が配られ、いつもご一緒に松山高校硬式野球部の応援をするOさんに「小野寺さん、こんにちわ!ようこそいらして下さいました。」とご挨拶を頂き、入場しました。

輪投げコーナー、お花コーナー、社会福祉相談コーナー、遊びのコーナー、焼きそば、トン汁、フランクフルト、おにぎり、お餅、漬物、野菜、、、、の露店コーナー、車販売コーナー、エココーナー、、、、、、、、、中央にはステージと、本当に大勢の人々で賑わっていました。

私も主人もいろいろな顔見知りの人々出会い、ご挨拶を交わしました。

今回は、大崎のJAみどりの方々が一堂に介して実施開催したようですが、JAは農家の方々の加盟があって組織されているわけですが、南郷高校や小牛田農林高校も自分達が育てた花を持参して参加していました。生徒も先生も声がけに熱心でした。

日本の第一次産業の力強さ、底力の根強さなどをビンビン感じてきました。

米づくりは日本人そのものの姿だと思いますし、日本文化の原点です。

JAが農家の方々をリードして、これからも日本の第一次産業を、まずはこの食の宝庫である大崎地方から「食文化の大切さ」などを発信してほしいと思いました。

会場で感じる、一体感、連帯感、協調性などは、素晴しい東北大崎のエネルギーだと思いました。

日本人は日本文化の原点を忘れてはいけないと思います。農業に従事する人にヤル気をなくさせるような事をしてはいけないと思いますし、農業は素晴しい人間の営みだと思います。

種をまき、育て、刈り取るという自給自足の営みが人間として人間らしく生きる原点の仕事であることを全ての人々は理解しなければいけないと思います。

豊穣の時、実りの秋で収穫された新米のおにぎりは最高でした!!

宮城米の素晴しさを再発見できた秋晴れの祝日でした。

日本国民の食の自給率アップの為に、JAの果たす役割はこれからもますます大きくなると思いますが
この結束力の素晴しさを最大限に活かす事を考えて、良き農業従事者のリーダーとして農家の人々の心の支え的存在の「JAみどりの」としてますますご活躍頂きたいと思いました。

「文化の日」の今日は、大崎市では、平成19年度の大崎市表彰式が行なわれました。

解らなかった主人の表彰は、松山小学校に新築のお祝いとして差し上げた辰砂壺「分水嶺」であることが判明しましたが、、、、表彰するなら何の為の表彰か事前に本人に知らせるのが親切だと思います。

来年からは、該当者には是非、事前に表彰の封書の中に一言添えるか、広報誌「おおさき」で伝えた方が良いのではないかと思います。

「分水嶺」に関しては、松山小学校の斉藤有司校長先生より大変心のこもった感謝状を頂いておりましたので、、、心当たりがなく何故表彰なのか、№の打たれた番号の意味が解らず、欠席の返事を出していました。

斉藤校長先生は、「分水嶺」のネーミングを大変良く理解して下さいまして、人生に現われる表と裏を良く見極めて生きることの大切さなどについての通り一遍の感謝状ではない、素晴しい文章での謝意を表わして頂き、私達は大変感謝致しておりましたので、、、、、、もう済んだこととしての認識でした。


それにしても、表彰などはされなくとも世の中には善行で生きている素晴しい人々は、たくさんいらっしゃいます。

公に認められても認められなくても、誰に称賛される事がなくても、常に奉仕の精神を持ち、褒められても褒められなくとも、いつも同じように心踊らされることなく、揺ぎ無い心で生きてゆける人になりたいと、国民の祝日、「文化の日」を迎えた私はそう思いました。

強いて言うならば「宮沢賢治の世界」を心の片隅において生きてゆける人で在りたいものです。

今日のガンディーの言葉 「後天的に成長した人のしるしは、要するに仕事を滞らせない事である。」
                「真理は、確固たる信念が常に伴っていなければならない。」

投稿者 jizai3 : 12:09 | コメント (0)

2007年11月 2日

霜月の朝に見つけた深まる秋

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今朝は、小学生の低学年の子供達が我が家と小学校の裏道を走っていました。きっとマラソンの練習だろうと思い、カメラを取りにギャラリーまで行きましたが、戻ってきたらマラソンの練習は終了して子供達は昇降口にいました。Blog写真は、落葉寸前の銀杏と、お隣E子さん宅の見事な柿です。

身近な秋をたくさん見つけました。

E子さん曰く「今年はたくさんの柿が実ったわ。こんなにいっぱいはホント久しぶり!」でした。

大崎市松山小学校の銀杏はもう葉を落とす寸前のようで、葉は黒茶色っぽく、穴あき状態で、寒い季節が確実に近づいていることを伝えるかのようでした。

マラソンをしている子供達の走る姿は軽やかで、ゴムマリのような若いエネルギーがパンパンに詰っているような雰囲気でした。

昨晩、昔、幼稚園で一緒に働いた同僚と電話で話しましたが、彼女は私より3歳年下で現役です。

でも、「この頃疲れるわ。年齢を感じてしまう。」と弱音を吐いていましたが、3歳児クラスの副担任だそうです。「最近は、落ち着きの無い子供達が増えたようで、、幼稚園でも大変なんだから、小学校は勉強が入るから、45分の授業を受けることが困難な子供は増える傾向にあると思う。」と言っていました。

過干渉な親、自分の子供だけ見てほしいと身勝手な親がだいぶ増えたので保育がやりにくくなってきているという話でした。時々、朝のテレビなどで学校に考えられないような苦情を持ち込む親のことなどを報道していますが、、、、Oさんの話と通じる所があり、幼児教育も学校教育もやりにくくなったことだけは確かなようです。

指導者を信頼しない保護者、保護者からの苦情に右往左往する指導者、、、、このような関係のなかで一番困るのは子どもたちなのですが。

人間対人間の関係で最も大事なことはお互いの信頼関係だと思います。

縁があって親になり、縁あって担任となり、縁あって子供を中心とした保護者と先生の間柄になったことを大切に思い、お互いに信頼出来る関係を築くことが出来れば、子供は大人たちをもっと信用すると思うのですが、「信頼」することを教えない教育は、空しいことだと思います。

学ぶことへの環境を整え、何かを覚えることが楽しい事と思えるようなことを上手に伝えることが出来たなら、子供達は自分に与えられた能力を十分に発揮しながら、より良く生きられるのではないだろうかなどと思いながら一生懸命に走る子供達の姿を見た穏やかな霜月の朝でした。

                            <お知らせ>
 
             松山高校硬式野球部は、今夜、長野遠征へ向けて旅立ちます。
           三練習試合をこなし、11月4日〔日〕の夜に松山に戻る予定だそうです。
           
         11月17日(土)の対宮農戦を最終戦として今年の練習試合を終了するそうです。

今日のガンディーの言葉「私共の間違った理解の最も根本原因は信用しないからであり、そして、信用しない原因には、殆どの場合恐れが存在している。」

投稿者 jizai3 : 11:28 | コメント (0)

2007年11月 1日

公開で行なわれた大崎市民病院再編・懇話会初会合の意義

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Blog写真は、お茶の花です。今日から11月、もう今年も後残すところ1ヶ月となりました。温かい飲み物お茶などが嬉しい季節となりました。昨晩は、大崎市民病院再編について懇話会の初会合が公開で行なわれたそうです。市民の命と健康を守る重要課題に対して、診療所化を不安視する意見が多く出されたようですが、病院経営の難しさ、厳しさは、専門的な分野でもあるので、、、、夕張市のようにならない地域医療の再編について良い検討を重ねてほしいと願っています。でも、この検討会議が公開で行なわれたことは意義があると思います。今日のガンディーの言葉「認識の試金石は、自分と自分をつくってくれた造成主の間の真実な調和の中に存在している。」

投稿者 jizai3 : 19:16 | コメント (0)