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2007年11月23日
第13回おおさきブランド戦略会議(飛翔会議)松山で開催


勤労感謝の今日は、午後3時から大崎市松山青少年交流館に於いて「おおさきブランド戦略会議」が開催されました。大崎市長、副市長二人と大崎市のリーダー達が勢揃いした飛翔会議でした。講話をした聖和学園短期大学 菊池恵子先生や公開デスカッションの先生方は、熱い心で大崎市を語る素晴しい内容の飛翔会議でした。
今日の飛翔会議の出席者は、30名くらいでしたが、殆どは市職員たちでした。
素晴しい講話と、デスカッションでしたので一般地域住民が極端に少ないことは大変残念なことだと思いました。広報「おおさき」でだけのお知らせでしたので、私のように見た時にすぐ手帳にでも書けばいいのですが、、、、、、、、PR不足という感じを受けました。
大崎市民にとっては大事な話しですから、回覧板などで何度か重複しても、もっと、伝える努力をすべきだと思いました。市民が不在ではどちらに顔を向けた会議なのか疑問が残ります。
はじめに大崎伊藤市長が挨拶をしました。
「人づくり」は「地域づくり」。「学びの郷・大崎」と話し出し教育の大事さを強調しました。
ものづくりの発展軸として自動車工場進出の話しをしましたが、従業員が相模原から単身でくるのか、家族連れでやってくるのか、、、、、キーポイントは「教育」だと話しました。そして、相模原には無い魅力を大崎からPRしたいと意気込んだ話しをしていらっしゃいました。
その後には、すぐ講話になり菊池慶子先生が壇上に上がりました。
テーマは「『学都仙台』の成り立ちと大崎」でした。
藩校「養賢堂」が近世の「学都」の基盤を築き、大槻平泉による学制改革が教育の充実を図り、江戸に負けない文化都市が宮城県にはあったという開かれた学びの歴史からお話を始めました。
青柳文庫は、日本の公共図書館の先駆となり、宮城県立図書館へと繋がっていると話し、養賢堂からは近代教育の基礎を築く指導者が輩出され、宮城県の近代教育は明治初年に私塾による教育からスタートして、師範学校、私学の充実、特に女子教育に力を入れ、その後、帝国大学が開設されるという流れに繫がり、明治30年には教育地として天下が認める「学都」に相応しいところ「仙台」として、河北新報が報道していました。
戦前には、小倉 博氏が「仙台」の中で、学校の種類と数を掲げ「学都」としての認識を深めています。
大学一から、高等専門学校八、中等学校二一、専修学校一四、小学校一五、幼稚園六と記されていました。昭和3年、宮沢賢治が仙台を来訪した時にも父親に宛てた葉書には「大学を見せてもらひました」
とあり、仙台には帝国大学があることと、古本屋で浮世絵を見たことなどが伝えられていました。
仙台には至るところに千古の俤を抱かせる自然山河があり、どの家の庭にも花木があり、まち全体が学びの都に相応しい処であると伝えられ、昭和3年の市民讀本には他の都市には見られない森の都をなしている。
青年学生には勉学の好適地であり、学都仙台といはれるのも偶然ではないと記されていました。
戦後には、桑原武夫氏が仙台が「杜の都」と言われたことに触れ、まちのなかにも樹木の繁りあり、「杜の都」と「学都仙台」に繫がりを持たせ環境の素晴しさを述べていました。
菊池先生は「学都仙台」の結びは、「学都仙台」の歴史から「学都コンソーシアム」へと、、、、、今まで続いた長く素晴しい教育環境の歴史を大切にしながら、学生も市民も地域との交流を大事にしながら、共に一緒に学ぶ連携教育が都市の活性化、地域の活性化に役立つはずとおっしゃいました。
この考えの先に「大崎市の学びの郷づくり」が見えてくるとお話して下さいました。
歴史的財産の再確認と共有化が大切で、「生涯学習」のシステムの充実が大事で、市民を満足させる為のものを如何につくって行くか。
大崎市のそれぞれの地域で暮らす市民を点と線で結べるようなルートをつくり、交流させてこの地域に生まれて良かったと思えるような地域づくりが大事と話し、子供から大人、お年寄りまで全ての大崎市市民が「合併した大崎」について語れるようにすることが大切ですと話しました。
学生には奨学生制度など充実させて、地域づくりのレポートなど課題を与えて地元を活かすやり方を共に考えてもらうようにして、伝統産業なども地元できちんと育て上げる事が大事で、地域の人々を学校に呼んで話を聞いたり、学生と学びあえる環境をつくることが大切でこのようなことが地域の担い手の伝承に繋がり、学校が積極的に地域と連携をとる事が重要性を持つようになると話し「大崎市文化協会」と共に交流しあって地域行事などに取り組み、新しい市民へ何が提供できるか、如何に大崎市民を満足させるかを本気で考えることが大事であると結びました。
菊池先生は、大崎市のHPについて、「訪問者向け」観光案内を「市民向け」にもリンクするようにお話下さいましたが、、、、、、、、、その通りだと思いました。
しかし、そうであれば「大崎市観光協会」の設立は不可欠だと思いました。
大崎市の発展の為には「大崎地域全てを含む観光協会」の一体感だけは急がれる課題だと思います。
この後は少しの休憩の後に、「公開デスカッション」が行なわれました。
テーマは「おおさき学都戦略」。座長は大泉一貫先生、 パネリストは矢内 諭先生、伊藤克秀先生、菊池慶子先生でした。自己紹介の後には、それぞれに地域に対する熱い想いをお話下さいましたが、矢内先生が松山高校の文化祭に触れ、文化祭に行かれた人?と、会場に声をかけましたので、私は「ハイ」と手をあげました。数人が手をあげました。
宮城県図書館からのレプリカの世界地図(織田信長時代・中華思想で世界を見ている地図)と茂庭家屋敷(上野館)の地図を展示して、松山の郷から世界を見渡そうとした素晴しい試みだと絶賛しました。
地域と深く交流をしている地域の高校として松山高校を取り上げてくださった事を嬉しく思いました。
伊藤先生は、家庭教育、幼児教育の重要性と子育て支援の問題点をお話くださいました。親を孤立化させない子育て支援の新しいシステムづくり構築して、時代をつなぐ子供たちの教育が何より大事であると力説なさいました。
菊池先生は、学校という環境には可能性がたくさんあると話し、生涯教育などもきちんと拠点をつくり良いものを実践すべきとお話下さいました。
最後に大貫先生が「学都を創るのに王道は無い。」とおっしゃり、大崎市は地域蜜着の教育が大事で吉野作造を生んだこの地で「学会開催」などを行なうことも良いことだし犯罪が少ない農村地域には品性あり、「学都」と呼ばれるにふさわしい所という話でデスカッションは終了しました。
5時半頃に全てが終わりましたが、、、、今日の話で学んだことは、私達一人一人の自立した考えが民主主義の根本で、それが自己実現につながるということでした。まさに現代は如何に一人一人が自己実現出来るかという時代で、、、、、これが心の豊かさだと思いました。
もう、私達は物質的な満足だけでは満たされない人間になってしまったのだと思いました。
一人一人が責任を持って自立すべき時にあり、一人一人が自分の暮らす地域を見直し、地域を再構築すべき時になっているのだと再認識しました。行政にだけ頼る時代ではないのです。
すごく勉強になる話を聞きましたが、メモを取るのに机がなかったことが一番残念でした。
でも、今日会場にいらした方々は殆どメモをしていない人が圧倒的でしたが、、、「おおさき学都戦略」と題するなら、私は、机はあるべきだと思いました。 ~~~学ぶ=書くが基本ですから。~~~
今日のガンディーの言葉「同情すべきことは、私共の使命は何であるかを知っていながらその事を実行しようとして失敗してしまうことである。誰でも皆、自分自身にしっかりした返答をさせようではないか。」
投稿者 jizai3 : 2007年11月23日 18:20