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2007年11月17日

80代を活き活き生きる叔父の人生

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Blog写真は、先日の大崎市松山文化祭展示の部の発表「ろうの花」と「大黒様」です。趣味を持つ生活は人生を豊かものにしてくれます。今日は大崎市社会福祉協議会 松山支所主催の災害ボランティアセンター設置訓練が行なわれました。私はボランティア要請℡をかけましたが、係りの方は皆さん落ち着いて℡対応をして下さいました。

丁度、災害ボランティアセンターに要請℡をかけ、ボランティアの方々が駆けつけてくれた時に仙台から叔父が息子とギャラリーに来てくれました。

叔父達は、何事かと驚いた様子でしたが、災害ボランティアセンター設置の訓練であることを伝えたら、納得をしました。℡は2回ずつかけましたが、℡応対の方々は、昨年よりずっと落ち着いていて頼もしく感じました。元松山町長の狩野さんもボランティアのリーダーとして参加していました。

係りの皆さんは、私の要請℡に応じて、ちりとりや、箒、軍手などを用意して駆けつけてくれました。
私はギャラリーが地震災害に遭ったことを想定して、ガラスの破片、陶器の破損などで片付けのボランティア要請をお願いしたいと℡をかけました。
ボランティアの方々は、ニーズ票の確認をして仕事が完了したことを想定してから、班ごとにお帰りになりました。

そして、全てが終了した時には、ご丁寧なお礼の℡を頂きました。

”いざ”という時に役立つ為に訓練はとても大切だと思います。消火器の扱いなども分かっているつもりでも、使い慣れた人とそうでない人とではだいぶ違うそうです。

「訓練していればこそ、使いこなせるもの。」と、叔父達も話していました。

叔父は、84歳になったそうですが「京子においでと言われなかったから、なかなか来れなかったよ。」なんて言っていましたが、、、、、息子は「もう、84歳だから、少しでも早い方が良いと思って連れて来たんだ。」と言っていました。

叔父は、「80歳を過ぎてからは年はとらないんだ。いつ、おさらばしても良い生き方をしてるんだ。」と言っていました。

大変元気そうで、週3回社交ダンスを踊り、月2回は油絵を習い、時々はシャンソンを歌い、毎日入院している妻を見舞い、悠々自適な生活を楽しんでいる様子でした。

午後、2時間ほど松山文化丁のカラオケ喫茶「フランク」へ行きましたが、叔父はフランク永井さんの「君恋し」を軽やかなステップを踏みながら歌いました。私は初めて叔父の歌を聞きましたが、、、、、とても楽しそうに歌っていました。

叔父は私に自分の手帳を見せて、、、、何でも書いてるんだと言っていました。
手帳には覚えたい歌の曲名、感激したこと、関心のあることなど小さな文字でいっぱい書きこんでありました。

叔父は「今日は、松山に来たことと、京子のことを書くんだ。」なんて言っていました。

ギャラリーの中の展示も一つ一つ丁寧に見てくれて、「60歳からの才能の開花は見事ですね。」と主人に言い、、、、、「人間は、楽しく人生を送ることが一番大事なこと。」と言い切っていました。

叔父は本当に人生を精一杯エンジョイしているようでした。
もともと、楽観論者ではありますが、年を召してますます良い生き方をしているようでした。

でも、親戚の中には、叔父のことを大きな家に一人暮らしで可哀想という人もいますが、、、本人はそのような人生もきちんと受け止めているようでした。意識不明だった妻が、会話できる状態にまで回復出来た事を大変感謝していました。「毎日顔を見に出かけ、後は好きなことをしているんだ。」と晴れ晴れとした表情で話してくれました。

私が小さな時には、一級建築士だったこの叔父様から、木でつくった馬や、象などの乗り物を誕生日のたびにプレゼントしてもらいました。

今日は、大変可愛がってもらった記憶を持つ叔父と逢い、楽しい時間が持てたことを、とてもありがたいと思う一日を過ごしました。

今日のガンディーの言葉「悲しみをくどくどと繰り返す人は、悲しみを倍加する。」
               「清い良い考えは、喋られた言葉より、遥かにもっと効果的である。」

投稿者 jizai3 : 2007年11月17日 16:25

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