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2009年7月 4日

歴史講演会「伊達政宗とホトトギス」

今日の茂庭会・松山文化財愛護協会・まつやま訪ね歩きの会主催で開催した歴史講演会の様子です。会場は大崎市松山青少年交流館で午前10時から行なわれました。

講師は、今年3月仙台市博物館を退職された佐藤憲一先生でした。

佐藤先生には、昨年「篤姫」についても講演をして頂き、、、、その時に伊達政宗が野心満々の戦国武将としてだけではなく、風流人、文化人としての高い教養を持ち合わせていた方だという事を知りましたが、今日は「伊達政宗とホトトギス」というテーマでの講演でした。

政宗は若い時から郭公の初音を聞くことを大変楽しみにしていたそうです。

最後の江戸への参勤交代の時にも前日に青葉山付近(仙台城)に出掛け夕方までかかって郭公の声を聞こうとしたそうですが、、、聞くことが出来ず、江戸行きの途中奥州街道(増田)近くで郭公の鳴声を聞き、家来達は大喜びをしたそうです。 

しかし、政宗は、中国では旅立ちには「不如帰」の意味で嫌われるという事を知っていたので途中で聞いた郭公の声を喜んではいなかったそうですが、、、、、晩年までホトトギスを愛した政宗の和歌を佐藤先生から教えてもらいました。

~~五月雨の夜半もさびしき暁になく郭公友とこそなれ~~

佐藤先生は、政宗にとってホトトギスは「天下」であったとおっしゃいました。

自分の体調の悪い事を悟り、江戸へ向かう前日(寛永13年4月19日)に詠んだ和歌は~~鳴かずとも何か恨みん郭公時も未来の夕暮れの空~~には政宗の諦めの心境があると佐藤先生はおっしゃいました。

真偽は定かでは無いと言いながら、、、、私たちも良く知っているホトトギスを詠んだ句。織田信長~鳴かぬなら殺してしまおうホトトギス。豊臣秀吉~鳴かぬなら鳴かしてみせようホトトギス。徳川家康~鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。という「ホトトギス」からは「天下取り」=「天下鳥」であることが大変良く理解出来ました。

ホトトギスの鳴声は「東京許可局」と聞こえると思っていましたが、佐藤先生は「てっぺんかけた」と聞こえると言いました。地域地域によって鳴声の捉え方はいろいろあるようです。

夏を告げる鳥だとばかり思っていましたが、、、、佐藤先生が「伊達政宗の手紙」を書き終えて瑞鳳殿へお参りに行き手を合わせた時、ホトトギスが15秒ぐらいたて続きに鳴き、先生は時世を超えた存在としてホトトギスの生を感じたそうです。

大自然の懐の深さと、ホトトギスの初音を楽しみに生きた伊達政宗の文人としての趣に触れる時間はとても素敵でした。

歴史講演会は、この大崎市松山地域にはピッタリの講演会で集まった人々は「いい話しでしたね!」と大変満足していました。

そんな中でも、伊達政宗が最も信頼を寄せていた重臣 茂庭綱元(茂庭お殿様)の話しを聞く時の会場の雰囲気は誇らしげでした。

「温故知新」の意味合いを大事にする小さな城下町の試みは、これからも大切にしたい地域の歴史伝承の時間となりました。

今日のガンディーの言葉「神より授かった力は、そのような効果があるのだから、何者も神より授かった力に逆らう事は出来ない。」

投稿者 jizai3 : 2009年7月 4日 13:46

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