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2010年1月27日

夜明け前のおおさき、、、、、、

Blog写真は、早朝午前6時頃の大崎市松山地区の交差点です。本当に久しぶりの早起きでした。夜明け前の大崎市は、車の往来も少なく、静かに静かに夜が明けて来て、目的地の古川についた頃にはやっと明るくなりました。

人は、お世話になっているからとか、頼まれて嫌と言えないからとかの理由で不本意な行動を起こす事があるものであると認識している人は多いようです。

しかし、私に関して言えばそのような事は皆無でしたと言っても過言ではない人生を生きてきましたが、、、、今回の出来事は例外でした。

大好きな人の依頼を受けて、不本意であるけれども早起きをして古川まで出掛けました。

不本意な時間は、1時間くらいで過ぎて行きました。

後は主人が待っている車に乗って松山に帰ってきました。

今朝の朝食は車の中でコンビニから買ったサンドウィッチで済ませ、主人には私を待っている時に、駐車中の車でおにぎりを食べてもらいました。

変則的な一日の始まりでしたが、自在窯&ギャラリーに戻って大好きなフランクさんの歌声を聴いたら落ち着いてきました。

父が病気をした時に思ったことですが、、、人は、何かの時にはこの人だけの言う事だけには耳を傾けようとか、誰が言っても駄目だけど、この人のいう事だけは素直に聞くとかという人が身近にいた方が、誰の言う事も聞かない人よりはずっといい人生が送れるなと思ったことがありました。

頑固な父は、病気をしたことでますます頑固になりましたが、、、最後は弟の言いつけを良く守り、いい最後を迎えることが出来たのです。

人は誰でも死に向かって歩いています。

らせん状に繫がる生命時間をひたすら死に向かって使っているのです。

そのように考えて見ますと、らせん状の1点である私の時間などは実につまらない、豆粒のようなものでしかないのです。その豆粒のような時間をどのように大切にすれば、自分らしくいられるのかと考えますと、私以外の人たちの豆粒のような時間も、又、大変いとおしいものに思えてきます。

不本意な時間さえ、見方を変えると、いとおしいものに思えてきます。

このような考えを抱かせるきっかけをつくってくれたMちゃんには感謝ですね。

Mちゃんに「お願い!」と言われると弱い私は、彼女に対しては何の弱みも握られていないのに、、、、いつものように「嫌なものは嫌!」と言えないのです。これも私の中の変化ですね。

夜明け前の大崎市の風景からは、今の大崎市政が抱える混迷のようなものさえ感じましたが、、、、いつの時代にも混乱、迷走はつきものだと思います。それでも、多くの人々が共通の課題について協議しあう共通の時間をもつことは大切な事だと思います。

「ああでもない」、「こうでもない」という意見の先にこそ、、、、明るさがみえてくるのではないかななどと思ったりしています。

いろいろな事を考えさせられる一日でしたが、友は大事。

志が同じ人は大切と思える一日でもありました。

今日のガンディーの言葉「我々は、善良な人たちの友を探しています。何故なら善良な人たちの集まりは、我々の精神の糧だからです。」

投稿者 jizai3 : 2010年1月27日 09:55

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