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2010年3月10日

春の大雪が、、、、、

昨晩から雪は降っていました。昨晩は冷え込みが厳しくしっかりとした雪を踏みしめて帰りましたが、、、今朝の雪は、水っぽく、やはり春の雪でした。10cmくらい積もった所もありましたが、午後には大きな道路の雪はすっかり融けていました。

3月にしては珍しいくらいの大雪が降りました。

裏道は、大根おろし状態で、大変に歩きにくく足をとられそうで気をつけて歩きました。仙台は驚くような春の雪だったそうですが、大崎市は意外と積もることはなく幹線道路の雪はみるみるうちに融けてしまいました。

今日は低温ではなかったので、寒さはあまり感じませんでしたが、裏道のびしゃびしゃは、歩きにくくて大変でした。

午後には、古川で会議がありましたが、話題は勿論4月の市長選挙のことでした。

fプラザで元松山町長の話を聞いていた人が「松山の元町長さんが、元鹿島台町長と一緒に佐藤仁一さんを推すとは意外でした。あの席で元松山町長は私は賞味期限の切れた人間ですからとはっきりと言ったのに、、、。ひな壇に座っていたなんて信じられませんでした。あの町長さんだけは、常識的な人物だと思っていたので。」と言われ、私も「同感です。大変驚きました。」と答えました。

今回の市長選挙では、自民党の現市長と、「本間俊太郎を支持する大崎市菜の花の会」に推されて無所属で出馬のほんま俊太郎氏と、共産党と手を組んだ自民党の佐藤仁一氏が、元鹿島台町長と元松山町長に推され、役員だけが残った「大崎・誠実な市政をつくる市民の会」の名の下に出馬して、三氏が戦うことになりました。

役員だけが残った「大崎・誠実な市政をつくる市民の会」は、リコール署名活動と会長・副会長達は同じですが、すっかり姿を変え、リコール活動の後から入ってきた元町長達三人に組み敷かれてしまった会となっていますが、、、節操のない何でもありの政治理念をまるで持たない無責任なイメージの強い元首長たち(三人)と共産党が足並みを揃えて、4年前には立候補をしなかった佐藤仁一氏を支える構図は何とも理解しがたく、無理を感じてしまうのは私だけでしょうか?

4年前、松山町長(社会党左派)は、自民党の選車に乗って伊藤康志氏を応援しました。その時、私は「狩野町長の行為は地域住民を愚弄している。」と思いました。

今回も同じです。

「元町長の行為は、又、市民を愚弄している。」と思い、許せないなという気持ちでいっぱいになっていますが、主人の同級生のMさんは「町長なんてそんなものさ!だから、町を売ったんだ!」と吐き捨てるように言いました。

合併については、私も「松山地域から、町という名称を無くし、町を売ること。」と解釈していたので、、、、今夜の彼の言葉は心に刺さりました。

地域の良さをそれぞれに活かしながら、暗い夜空でも、七つの星が小さいながらも光り輝くことが出来るような、市長選びをすることが大切だとつくづく思う夜でした。

今夜、主人は羽黒神社の役員会でしたが、、、協議の後には4月の選挙のことが話題になったそうです。

それぞれにいろいろな意見が出たようでしたが、佐藤仁一氏の出馬に関しては「4年前に出なかったくせに、今回共産党と組んで元首長たちに推されて出るなんて本当に無責任だ!」という意見がほとんどだったそうです。

「伊藤と本間の大崎市誕生の原点を見つめ直す選挙が妥当であり、この松山地域からも市会議員をなんとか出さなければ、、、。」という意見が出たそうです。

今はどこへ行っても4月の大崎市の選挙のことが話題になりますが、一人一人がよく考え、良き大崎市の未来を誰に託すことがいいのかを思案する春になりそうです。

今日のガンディーの言葉「一人になった時でも、自分の心の中の声を抑圧すべきでない。」「知の人は、克己心を通してのみ、心の静けさを達成する。」「我々の理想に近づけば近づくほど、我々は信頼するようになる。」

投稿者 jizai3 : 2010年3月10日 18:45

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