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2011年3月31日

おめでたいことが中止の春でも…


大きな震災の爪痕はいろいろな所に残っています。

2011年3・11から、今日は2011年3・31。

明日からは、新しい4月がスタートします!

家の周りを見てみても、ご近所を散歩しても、地域の風景はあの大きな揺れを思い出し、大津波に襲われて命を落とした人々のことを思い出させます。

今日で大きな震災から丸20日が経過し、少しだけ人々の生活は落ち着いたようにも思えますが、余震はまだありますし、命を脅かす出来事が全て解決したわけではありません。

今回の出来事では、先のことは解らず、人の人生は無常だということを深く悟りました。

しかし、だからこそ、私たちは一日一日を大切に生きるしかないのだと思います。
そして、その一日一日がいつか明るい未来に繋がるように確かな一歩を少しずつ進めることが大切なことだと思います。

来月は、孫と教え子の結婚式が予定されていましたが、孫は延期。教え子は自粛して中止を決めたようです。

このような大きな震災の後では、人を集めることも大変ですし、来れなくなった人もいるようですし、挙式をしないで、入籍だけで夫婦になることの方が自然な流れかもしれないと思いました。

私の周りでは、大震災後に3組のカップルが誕生することになりました。
「おめでとうございます!いつまでも仲良くお過ごしください!!」と言いたいと思います。

いいカップルの誕生は健全な社会生活の営みの第一歩ですから...
そして、何事も第一歩から全てのことは始まるのですから…

今日のガンディーの言葉「格言に『樹木を見よ』ということは、人の心に止める価値がある。樹木は太陽の心を宿し、涼しい影を我々に提供する。我々は何が出来るだろうか?」

投稿者 jizai3 : 10:33 | コメント (0)

2011年3月30日

あらためて無事を確認し、涙して…


東北関東大震災から、20日が経過して自分が生活をしている周りを落ち着いてよく見渡してみますと..意外なところの亀裂を見つけたり、新たなヒビを見つけたりしています。

相変わらず余震がありますが…ここ三日で強い余震が起きる確率は10%というところにまでなりました。

私の周りで皆が心配していることは「宮城県沖地震は、又、来るのかしら?」ということです。

最近は、地震学者と言われている人たちの声が聞かれなくなりました。

想定外の地震発生ということだけで全てを終わらせるのではなく、こんな時にこそ想定外地震に対して発生メカニズムを研究したり、今後の地震災害に関して国民が心しておかなければいけない事などを的確に示し、国民が知りたい情報を正しく流してほしいと願っています。

又、福島第一原発事故に関しても、政府や東京電力が発表していることは本当かしらという気持ちを私は持っています。

彼らは「日本の原子力発電は安心安全」と言い続けてきましたが、決してそうではなかったことが解り…いかに隠ぺい体質であったかが明らかになりました。

耐用年数を経過しても炉を使い続けていたことも原因でしょうが…いざという時に、冷却装置の発動機エンジンが動かなかったという初歩的なミスもあったと思います。

地震・津波・放射能という三大苦に嘆く日本人の姿はあまりにも可哀想過ぎると思いながら毎日の報道に注視しています。

でも、今日は、午前中に少しだけ℡で石巻の方、二人と無事を確認し合いました。
石巻の現状はすざましいものだそうです。
「家に水が入らなかったことが奇跡だった!」と言っていました。

「とにかくお元気でいて下さいね!」と言って電話を切りましたが…お二人共、電話口の声が震えていました。

命があったことを心から喜べる日がきっと来ることを信じて、今は、前を向いて小さな自分なりの歩みを進めたいと思います。

今日のガンディーの言葉「苦しんで神に縋った人は、恐れに負けることは決してない。」

投稿者 jizai3 : 11:45 | コメント (0)

2011年3月29日

お昼に食べたアンパンの美味しさに感激して!


今日は、震災後初めて銀行へ行きました。

帰りにセブンイレブンへ寄ってみようということになり、行ってみましたらセブンイレブンのマークがついた大きな車が駐車場にいたので店内へ入ってみましたら、棚は空いている所が殆どでしたが…パンやお弁当のコーナーには結構品物が並んでいましたので、数点を購入してきました。

牛乳をと思いましたが、牛乳は売り切れとのことでした。

ギャラリーに戻ってきましたら息子が牛乳や卵、ハム、ソーセージなどを持って来てくれました。
息子が持って来てくれた久しぶりの牛乳は美味しく懐かしい味がしました。

本当に今回は息子にもたくさん助けてもらいました。

お昼には買ってきたアンパンを食べましたが、粒々のアンがいっぱい入ったアンパンは最高の美味しさでした。

震災直後、ラジオから流れる「アンパンマン」の歌を聴いて涙が出ましたが…今日のアンパンの美味しさは忘れられないだろうと思いました。

安心して生活できることがどれほど大切なことか…多くの日本人が共通して体験した今回の辛い出来事の本質を見極め、今後の自分たちの生き方に活かして行かなければいけないと思いました。

今日のガンディーの言葉「自制は、本当の喜びである。」

投稿者 jizai3 : 13:45 | コメント (0)

2011年3月28日

今朝の余震は強くて!


2011年3月28日(月)午前10時頃、大崎市松山文化丁区のゴミ集積所に積まれたゴミを市のゴミ収集車が運んで行くところです。

今朝、7時24分の余震は強く、石巻地区には津波警報が出て、震度は5弱でした。
私たちの地域は、震度4でした。

丁度、燃えるゴミを出しに行こうとしていた時でしたので、落ち着いてからゴミ出しに出掛けましたが、大崎市松山文化丁区のゴミ集積所にはゴミが高く積み上げられ、何処に置こうかと迷いながら置いてきましたが….これまでに見たことが無いくらいにゴミはうず高く積み上げられ、もしも余震があったなら転げ落ちるのではないかと思うくらいのゴミの量でした。

私は、ネットの脇の所の隙間にゴミを並べて置いてきました。

ゴミ出しは、いつもの私たちの日常生活ですが…今回のような災害が起きゴミを家の中に放置し、ゴミを見る度に憂鬱な気持ちでおりましたが、久しぶりにゴミ出しの日を迎えられたことが嬉しい朝でした。

当たり前のように思っていて心に留めない多くの事が決して当たり前でないということが今回は大きな悲しみと共に本当に良く理解出来ました。

いつもの日常を取り戻すには多くの時間を要しますが、今は、一日一日を元気に過ごすことだけを考えて行こうと思っています。

夕べ、一番下の孫が「ガス欠になりそう!」と℡を寄こしました。
「高速道路のガソリンスタンドに車を止めてガソリンを入れてから来なさい。」と言いましたが…まだ着いていません。

心配ですが…主人は「これも経験。若いんだからいろいろなことを学んだ方がいい。」と言っています。

孫のSは、会社の寮で生活をしていたので、お風呂にも入っていたし、生活は困らなかったそうですが…松山が心配だから見に行こうと思って、昨日松山に向かったのだそうです。

こんな時には動かない方がいいのにと思いましたが「じいちゃんたちが心配だから!」という答えには…胸が熱くなってしまいました。

私は、おにぎりにぎってSの到着を待っています。

午前11過ぎに孫から℡があり「今、岩沼市役所の所、ガソリンは2,000円分しか入れてもらえなかった。一度寮に戻るから。でも、高速を下りたり、上ったりしながら、ガソリンスタンドを見つけながら行けば行けると思うから。」ということでしたが「今は、来なくていいから。元気だから心配しなくていい。会社で仕事を頑張りなさい。ガソリンが自由に買えるようになったらおいで!それまでは元気でいること。元気ならいいから!」と説得して今は来ないように言いました。

これで、やっと一安心出来ました。

今日のガンディーの言葉「人は、自分から自分を無くして行くことによって、自分自身を見い出して行く。」

投稿者 jizai3 : 10:27 | コメント (0)

2011年3月27日

春の陽射しを受けながら作業所の片づけを…




レッドカードが突き付けられそうな我が家の作業所です。

窓のガラスは破損し、軽量鉄鋼の骨組みが外れ、天井も所々抜け落ち、棚や、ロッカーが倒れ…大変な状況です。

私は、ロッカーにしまっておいた思い出のアルバムだけを運び出しました。

主人は、仕事道具を持ってきましたが、いろいろなものが転がっているし足の踏み場もなく渡り歩くのさえ難儀する状況でした。


「作業所は潰すしかない。」という主人の考えに私も賛成です。

この作業所は主人が二級建築士を取得して自分で造ったものだそうです。
時々手を加え、修理をしながら使ってきましたし、ゴルフのパターの練習なども出来るようにしていた場所でした。
主人は大切にしていましたが…いよいよ今回は自分で始末するしかないという結論を出したようです。

作業所でさえ、このような気持ちになるのですから自宅やオフィースであれば…どんな気持ちで片付けをするのか考えただけで胸が痛くなります。

昨晩は、多賀城で津波の被害に遭い避難生活を送っている主人の親友と℡で話しましたが…会社が津波にやられて大変がっかりしていました。

「再建することが難しいね!あと10年若かったならと思うけど、片付けはとても疲れる作業で!」と言っていましたが…本当に理解できる言葉で、今日、私たちも何度も休みながら行いました。

大震災の後片付けは…本当に疲れる作業です。

いつもの生活が出来るのはまだまだ先のことのようですが、今日は日曜日でも学習塾の先生は、午前、午後、夕方と3回の授業をするそうです。
当分はいつもの夜の授業は無しにするそうです。

お昼は先生と一緒にTVを見ながらネギ入りだけの温かいおそばを食べました。

どんな時でも、子ども達の明るく元気な声は私たちを励ましてくれるものだということが身に沁みます。

今は「明けない夜は無い!新しい朝は必ず来る!!」という合言葉を信じて前に進むしかないと思います。

疲れが出やすい時期ですから、無理をせず、焦らず、少しずつでいいからほんのちょっとだけいいから毎日前進することが出来ればと思っています。

今日のガンディーの言葉「人生は死ぬまで毎日新しくなる。この知識は、我々、精神が向上するよう手を差し伸べるべきである。」

投稿者 jizai3 : 14:45 | コメント (0)

2011年3月26日

寒い朝!断続的に降る雪は容赦なく被災者の気持ちを寒くして…


Blog写真は、昼近くのギャラリー裏に残っている雪です。
大根おろし状の春の雪ですが…今朝はだいぶ冷え込み寒い朝を迎えました。
断続的に降る雪は、被災者の気持ちをますます寒くしています。

暖かくなれば少しは心が和むと思えるのですが…寒いとますます心が沈んでしまいそうです。

人々は、何とか立ち直りたいと頑張っていますが…被害の少ない地域や、被害を受けなかった地域で暮らす人々にはこれからも活発でいてほしいと思います。

日本中全てが元気を失くしてしまうのではなく、元気なところは元気でいて、被災を受けた人々が右習い出来るような生き方をし続けてほしいと願います。

そのような生き方が、やがてはいろいろなところに伝播して元気なところが少しずつでも増えて行けばいいと思います。

とにかく、難しいことは考えずに、今は一日一日を元気で暮らすこと、安心して暮らせるような環境が一日も早く整うことを祈るだけです。

今日のガンディーの言葉「一つの種から生まれる全ての活動は、同じ種とお互いに混じり合う。」

投稿者 jizai3 : 13:14 | コメント (0)

2011年3月25日

我が家の洗濯機は故障かも?

昨日は、通水してとても安心しました。

張り切って洗濯をと思いましたが、我が家の洗濯機はスイッチを入れると、蛇口から水が漏れていつもとは様子が違い、昨晩は水が出ただけで良しとして休みましたが、洗濯物は溜まる一方です。

工房の洗濯機を借りて、午後3時ころまでかかって洗いました。

後から、工房のホースを借りて自宅の洗濯機に取り付けてみましたらOKでした。
自宅の洗濯機の上の乾燥機が斜めに倒れ掛かったので、ホースが引っ張られて水が漏れるようになってしまったようでした。

干すことも一苦労と思いながら、すべて洗いました。

あとは自宅を洗濯干し場にするだけだと思っています。

父が生きていたらすごく嫌がるでしょうが…主人はうるさくないので助かります。

水量は、まだだいぶ弱いようですが、水が出たら出たで…お風呂場のボイーラの調子も設備屋さんに見てもらってからでないと心配なところもありますし、巨大地震の影響はいろいろなところで感じられます。

それでも、インフラが整いつつあることが明るい兆しです。

強い余震のある中で、地域の人々はそれぞれにかけがえのない日常を取り戻すことに勤しんでいるように見えます。

お風呂に入ってパジャマに着替えて、ゆっくりと余震を恐れずに眠りたいと思う日です。

でも、私たちの地域以上に大きな被害を受けたところもまだまだたくさんあるのですから、我儘を言ったらきりがありません。
主人には「一日一つ、いい事があったら、それは最高の一日だと思え!」と言われました。

いつもの生活が如何に貴重なものであったかが身に沁みる毎日となっております。

今日のガンディーの言葉「人生は安楽なことではない。棘がいっぱいある。」

投稿者 jizai3 : 17:30 | コメント (0)

2011年3月24日

2週間ぶりに水が出て!!


2週間ぶりに待望の水が出ました。

すごくありがたいと思いました。

Blog写真は、自在窯&ギャラリーのお台所の水道から出ている水です。

お昼頃に一度水が出て、その後一時Stopし、午後2時半頃からは水量も増えて…本当に感激です。
水道から流れる水の音って「いいな!」って思いました。

地域に回った回覧板では、初めは茶色い水が出ますと書いてありました。
でも、チョロチョロではありましたが…水の色はいつもどおりきれいでした。

今日は午前中に、ご近所の方や主人の同級生たちが、ギャラリーから出た壺の破損物などを地域指定震災用のゴミ捨て場に運んでくれましたので、おかげさまでギャラリーはだいぶ片付きました。

それに、我が家では大変喜ばしい事もあり…本当に素晴らしい一日となりました。

水道をひねれば水が出る当たり前の日常が決してそうではなかったという重い事実をきちんと受け止め、今後は、この震災からの教訓を本当に活かす生き方をすることが生き残った者の役割だと思います。

今日は早めに自宅へ戻り、張り切ってたまっている洗濯をしたいと思います。

息子たちが来てくれて、卵やカップラーメン、お米などの差し入れをしてくれました。

たくさんの「ありがとう!」を言いたい一日でもありました。

今日のガンディーの言葉「我々は、善良な人たちの友を探しています。何故なら、善良な人たちの集まりは我々の精神の糧だからです。」

投稿者 jizai3 : 15:28 | コメント (0)

2011年3月23日

親切心に感謝して!


Blog写真は、午前中にいつも配達をして下さる青汁やさんから戴いた水です。

古川から持ってきてくださいました。
Mさんは「これから野蒜の弟の所へ行きます。」と言って車で出掛けて行きました。

夕べから今朝にかけては、強い余震が多く何となく不安になりますが…巨大地震が発生したのですから新しいプレート同士が折り合いをつけて落ち着く為の余震と思いながら揺れる毎日をゆりかごの中にでもいるような気持ちで過ごしております。

大崎市松山地域の松山公民館に避難している人は現在は30名くらいで、殆どの方達は自宅へ戻ったそうです。

今私たちは片づけに追われる日を過ごしていますが…親切な心遣いには本当に勇気づけられます。

現代社会の営みの中で、10日以上も水が出ないなんて考えられないことです。

甚大な被害は想定外と言えばそれまでではありますが…私たちのこれまでの生活が如何に儚いものだったか思い知らされています。

Mさんからは家庭菜園で育てた白菜と人参も頂きました。

到底自然の力には敵いませんが、人には人の思いやりや親切心という豊かな気持ちがあります。

今私たちは、人間に与えられた素晴らしい精神力でこの試練を乗り越えたいという強い意志を持っています。

昨日までの私は、朝6時半ラジオから流れるラジオ体操の歌を聴くと涙が出ていました。
でも、今朝は、♪「新しい朝が来た 希望の朝だ!」♪と、歌が流れても…少しは胸がツーンとなりましたが…大丈夫でした。

地震から12日目、今日の私は立ちなおりに向けた一歩を踏み出す強い覚悟が出てきたように感じています。

今日のガンディーの言葉「喜びも悲しみもお互いが連続して生じる一組のものであると同様、人生の中で生じる全ての事の真相である。結果として、心の中の本当の平和を持つ事により、反対の組み合わせを克服するに違いない。」

投稿者 jizai3 : 13:06 | コメント (0)

2011年3月22日

被災証明願を申請して!

今日は午前11時近くに大崎市松山総合支所に初めて水をもらいに行きました。

これまでは、大崎市松山文化丁公民館でもらうか、息子たちが運んでくれたもので間に合わせていましたが、被災証明願のことについての申請もありましたので松山総合支所に出掛けたのです。

今まではすごい行列でしたが、今日はラッキーで待たなくても給水が出来ました。
旅行用のキャリーケースにペットボトルなどをたくさん入れ…無事給水が出来ました。

その後、大崎市松山総合所の玄関ロビーで、被災証明の手続きをしました。

大崎市松山総合支所職員の対応は大変親切で、思いやりに溢れていましたが…とても疲れているように見えました。

被災場所の写真を2枚ずつ撮り印刷して持参しましたので、書類に記入し押印してから被災証明願を受け取り帰ってきました。

自宅半壊とか、全壊など大きな被害を受けた人々が、巨大地震の前のような日常生活に戻る為には、これからもいろいろな事を乗り越えなければいけないのだろうと…考えると憂鬱になってしましました。

しかし、焦らず、少しずつより良く生きることを願って私たちは前へ進まなければいけないと思います。

今日午後からは、私たちのPCの先生が古川から自転車で陣中見舞いに来て下さいました。

若い先生ですが、温かくて頼りがいがあり…大変信頼出来る先生です。
PCの様子を見に来てくださいました。

このような先生と出逢えたことを私たちは本当に嬉しく思います。

巨大地震を体験して思うことは、人とのいい出逢い、いい繋がりを大切にしながら、いい人間として生きることだと思いました。

これからも、お互いが人として支え合える関係を大事にしたいと強く思いました。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 16:48 | コメント (0)

2011年3月21日

避難所からのメッセージに涙して…

トタンが所々欠け落ちた作業所です。

Blog写真の奥様からは、畑から採って来たばかりの新鮮お野菜をたくさん頂きました。

東塾・学習塾の看板がありますが、岩渕先生はガソリン代がもったいないからと言い、昨晩は塾に泊り、今日も授業をしてから午後三時に古川の自宅へ帰りました。

彼は「戦時中であっても、どんな時でも教育は大事!」という福沢諭吉の言葉を実践しましたが...大崎市松山地域の塾生たちは、巨大地震の後でもとてもよく学んだそうです。

作業所の内部は軽量鉄骨がむき出しになっている所もありますし、窓はほとんどが破損してしまいました。

巨大地震を経験した私たちは、大津波で犠牲になった人々のことを決して忘れることは出来ないと思います。

TVでは、毎日のように避難所からのメッセ―ジのコーナーがありますが...涙なしには見る事が出来ません。

肉親の安否を心配しながらも、自分の無事を知らせ、避難所でお世話になっていることに感謝し、これだけひどい目に遭っていながらも東北人が持つ誠実で真面目な態度に胸が痛くなります。

電気が無くTVを見られなかった時は、地震翌朝に届いた河北新報社の新聞を見て、地方紙が持つ報道魂に感激しながらも...知った甚大な被害に呆然としてしまいました。
その後、大津波が人々を、家々を、車を、地域すべてを奪った現実が画面を通して繰り返される報道には身体が震えてしまいました。

私も少し長くトイレに座ったりすると、何かしら揺れを感じてしまいます。
これは地震の後遺症だろうと思いますが、それでも、最近「やっと眠れた!」という実感が持てるようになりました。

この頃は毎晩、ラジオを聞きながら寝ていますが...急に目が覚めた時にラジオから流れる穏やかで温かな声や、心癒してくれる音楽は私の気持ちを落ち着かせ、又、眠りに導いてくれます。
先日の夜には、芹 洋子さんが歌う「四季の歌」を聴いて涙がこぼれました。

大崎市松山地域は、水がまだ出ていませんし、ガソリンが買えないでいますし、食料品も不足しているようです。

文化丁区のMさんが隣町のAコープに行ったら「350番の番号札を渡された。」言っていました。
そして「何にも買わずに帰ってきたの。ガソリンがもったいなかったわ!」と付け加えましたが...今の所お買い物は駄目なようですし、給油も出来にくいようです。

今は、あまり動かず、行動範囲を狭くして、その中で生きてゆくしかないかも知れませんね。

私にとって、今回の恐怖体験は地域の絆を確実に強めたと認識しています。
大崎市松山地域文化丁の方々の温かい心に何度も触れることが出来ました。
7,000人弱の地域社会の健全さに支えられ、私は、ますますフランク永井の故郷・松山が大好きになっています。

今後は、自分の気持ちを穏やかに保ち、焦らず、あるがままの状況を受け入れて気長に行くしかないと思います。
そうすれば、多くの人々の意識が変わり、何を大切にして生きることがこれからの日本人にとってベストな生き方かということが深く理解され、大勢の人々と共有できる純な価値観(多くの東北人が持っていると思われる精神性)を再構築することが可能になると信じています。

巨大地震で生命の危険を感じながらも、生き残れたことに素直に感謝しながら、今は足るを知る生き方をより良く実践する時と心しております。

今日のガンディーの言葉「人間は、自己の本性を実感し、本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。」

投稿者 jizai3 : 15:41 | コメント (0)

2011年3月20日

巨大地震から10日が経過して…

地震の爪痕を見て、あの時の恐怖が甦ってきました。

カメラを手にしていた時、強い余震があり、お隣の自転車屋さんのガラス窓の揺れる音に新たな恐怖を感じました。

Blog写真の上と真ん中は、ギャラリーの工房と作業所の裏通りの歩道がめくれあがっている様子です。

主人は丁度この時にここを歩いていて、そばで道路がめくり上がり、道路向かいのアスファルトが剥がれて行くことを目の当たりにしてすごく怖かったそうです。
私と逢った時、主人は青い顔をしていました。

Blog写真の下は、屋根が破け、横の鉄柱が宙ぶらりんの様子です。
「作業所は、危険だから潰すしかないな!」と主人は言っています。

道路の段差に躓いて怪我をした人もいたそうです。

今は、無理をせず、焦らず、時間をかけて少しずつ立ち直って行くしかないと思います。

お向かいの自転車さんのH子さんから「お互い元気が一番だから。頑張りましょう!」と声をかけられました。

H子さんの明るい表情といつものH子さんらしい元気な声に勇気づけられました。

元気ならそれでいいと思いながら、PCに向かっていましたら、多賀城の元同僚が「元気よ!生きてたから!」と電話をよこしました。
彼女は酸素ボンベを抱えている人でしたので何度も℡をしていたのですが…通じなく心配でしたが…とても元気そうな声で安心しました。
今現在、彼女は体育館に避難しているそうです。

「生きていることに感謝する。焦らないようにしているの。」という言葉に涙が出ました。
考えられないような津波が襲ってきたそうです。
家はもう住めないそうです。

「とにかく頑張ろうね!」と励まし合いましたが…心は複雑で、とても胸が痛みました。

今日のガンディーの言葉「貴方のポケットに入り込む全ての平和を辿りなさい。そうすれば、そうする事で、そのような投影の多くを学ぶことになるでしょう。」

投稿者 jizai3 : 12:52 | コメント (0)

2011年3月19日

ありふれた日常のありがたみ!


巨大地震を経験して思うことは、地震前までのありふれた日常が如何に貴重なものだったかということです。

でも、昨日からは電気がつき、スイッチを入れると明かりがつくことの幸せを思い、今までの当り前が、決して当たり前でないことが良く理解できます。

しかし、失ったものが多過ぎて冷静の考えられない人が多いことも事実だと思います。

一日、一日の貴重なものの積み重ねが一瞬でなくなってしまう怖さを思い知らされています。

今日の陽射しは暖かですが…風が強く、自然は相変わらずの力を自慢しているかのようです。

でも、春は確実に私たち被災者の所にも近づいて来ていることを私は信じたいと思います。

今日のガンディーの言葉「人生のどんな時でも私は神の存在を認識できる。それは、誰かを恐れているからだろうか。」

 

投稿者 jizai3 : 15:08 | コメント (0)

2011年3月18日

今を大切に!第4回「フランク永井歌コンクール」は、1年間延期!!


皆様、お元気ですか?

3月11日の巨大地震の恐怖に震え…今日やっとパソコンに向かうことが出来ました。

今現在生きている人は、今を生きることだけを考えた方がいいと思います。

今日・3月18日は、フランク永井さんのお誕生日です。

第4回「フランク永井歌コンクール」は、そっくりそのまま1年間延期します。

来年の同時期に開催予定です。

すでにエントリーを済ませている140組・146人の出場権利は存続します。

お買い求めになっている前売り入場券は有効ですので次回開催まで大切に保管願います。

開催日が決定しましたら、再度ご連絡いたします。

とにかく、お元気で、今だけを見つめて生きて下さい。

今朝、午前3時半に電気がついて、早速電気釜にスイッチを入れご飯を炊きました。

主人と二人で食べたすごく早い朝食のご飯の美味しさと、日本人が好きな梅干しや味海苔…涙が出ました。

一生涯忘れられない朝食だろうと思っています。

今を大事に…積み重ねの日々である1年後の来年3月を信じて!

くれぐれもお身体を大切に、無理をせずにあるがままの自分を受け入れ、自愛の気持ちを大切にしながら一日一日を紡いで下さいますようお願い申し上げます。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

    

投稿者 jizai3 : 17:46 | コメント (0)

2011年3月11日

今日の室内に入る陽射しは柔らかで!


今朝は、室内に入る陽射しは柔らかで少し風が冷たいものの春らしさが感じられる日を迎えました。

昨日頂いた、ばら寿司です。

酢の味がきいていて彩がきれいで季節感を楽しむことが出来ました。

第4回「フランク永井歌コンクール」のパンフレットも出来上がり、町内には看板や幟もたちました。

私たちフランク永井歌コンクール実行委員会は、3月19日予選会・20日決勝大会第4回「フランク永井歌コンクール」へ向けて準備万端整えて、皆様方をフランク永井の故郷・大崎市松山へお迎えする心の準備が出来がりつつあります。

春まだ浅く、寒い日もありますので、暖かくしてフランク永井の故郷へお越し頂きたくご案内申し上げます。

今日のガンディーの言葉「良い考えは香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 12:21 | コメント (0)

2011年3月10日

真冬に逆もどり?


今日は雪が積もった寒い朝を迎えました。

Blog写真は、我が家の老木に積もった雪です。

午前9時頃のギャラリーの構内は、凍っているところと、お日様が照り付け雪が融けて地面が顔を出したところもありましたが、風はとても冷たくまるで真冬に逆戻りしたようでした。

今日はお客様が多く、人の出入りが多い一日となりました。    

一番下の孫も来て、来月のお兄ちゃんの結婚式に「一緒に車で行こう。」と誘われ…電車でと思っていたのですがSの車に同乗することにしました。

Sは、お兄ちゃんの結婚式が初めての結婚式デビューとなるようで「聞きたいことがたくさんあるから。」と言って私たちの所にやって来ました。

いろいろ質問され、全てに答えましたので…彼は納得し「じゃー、来月!連絡するから。」と言って帰って行きました。

午後から夕方にかけては「まちづくり」や「地域活性化」や「地域自治とは」の話しになり、6人でいろいろ議論をしましたが…みんなこの松山地域を心から愛している人たちばかりでした。

地域の自治力を高める為に、私たちがやれること、出来ることを大切にしながらこの地域でこれからも元気で暮らしてゆくには何を大事にしながらどのように活動してゆくことがいいのかなどを地域の行事などを振り返りながら具体的に話し合いました。

地域自治ということを観点して、一つ一つの地域活動を見つめてゆくことが大切だと思いました。

そして、それが地域計画や地域づくりに結びつくように、出来るだけ多くの人々と一緒に力を合わせて行い、達成感を共有できるような活動に発展させることが「自分たちの地域は、自分たちの力で!」という松山地域自治の風になるということで今日の話はendとなりました。

寒い一日でしたが、何となく心が温かくような話をたくさんすることが出来て充実感を味わうことが出来ました。

今日のガンディーの言葉「精神は、善良な人々の仲間がいなければ干上がってしまう。」

投稿者 jizai3 : 20:02 | コメント (0)

2011年3月 9日

昼近くに発生した三陸沖地震に驚き、午後は雪降りに驚いて!!


Blog写真は、夕方6時の大崎市松山文化丁松山派出所前の交差点です。

本格的な雪の降り方になりましたし、大変寒くなりました。
明日の朝の冷え込みが心配です。

今日は、お昼近くに大きくゆったりとした長い横揺れを経験しました。

すぐにおさまるかなと思いましたが…なかなかおさまらず、不安になりましたがギャラリーには主人の他にも人がいたので意外と自分としては落ち着いていたかなとは思うのですが…長かった地震でしたので、怖い思いをしました。

今日は公立高校の入学試験日でしたので、受験性もさぞ怖い思いをしたろうなと思いました。
県内71の試験会場で大きな混乱はなかったそうです。

何人かの方から無事を確かめる℡がありましたが、息子は運転中だったらしく、少しも気づかなかったそうです。
鹿島台地区にいた主人の同級生Hさんたちも外にいて全然気づかなかったそうです。

あの揺れを感じなかったとは、と思いましたが、仙台で暮らす私の叔母は「9階のマンションは揺れて揺れて怖かったわ!初めは眩暈かしらと思ったの。」と言っていました。

私はこの大きな揺れで、宮城県沖地震にも影響があるのではと心配です。

ニュージーランドでの地震があったばかりでしたので…大きな横揺れはTVの画面から流れる被災地を思わせるものでした。

災害は忘れたころにと言いますが…揺れの最中には本当に何も出来ないものだということが良く解りました。
急いでTVを付けて情報を得ようとしただけでした。

大崎市は、震度4ということでしたが私は5弱くらいに感じました。

ゆっくりとした長めの横揺れは、もっと大きな揺れが来るようでとても怖かったです。
でも、何一つ倒れる事も無く、自宅へも様子見に戻りましたが変化は無いようでしたので安心しましたが…太平洋沿岸には津波警報も出ました。

岩手県と宮城県で二人が怪我をしたそうです。

東京にも影響があったそうですが「長周期地震動」は、震源から離れていても弱まらずにゆっくりと続くそうで高層ビルの中での揺れは顕著だそうです。

自然の脅威を感じた寒い一日でした。

今日のガンディーの言葉「人生のどんな時でも、私は神の存在を認識できる。それは、誰かを恐れているからだろうか。」

投稿者 jizai3 : 19:19 | コメント (0)

2011年3月 8日

暖かい春の陽射しに小さな虫たちも這い出て…

 


今日は「啓蟄」から二日が経過しましたが…ポカポカ陽気で本当に虫たちが這い出して来そうな気配がしています。

春の陽射しの暖かさは、季節の移り変わりを知らせながら何となく人々の心を満たしてくれます。

今のこの季節から梅雨前が大好きという人は結構いらっしゃいます。

私のその一人ですが…初夏前までの季節が大好きです。

いつも、いい事が起こりそうな気がしていますが…今年の4月は、孫と教え子の結婚式が続いて行われます。

結婚式に呼ばれることはすごく嬉しいことで、とても幸せな気持ちに包まれます。

先日孫が℡をよこし「挙式の後の宿泊の手配が済んだから。」と言ってきました。

受け答えが大人っぽくなり、逞しさを感じますが…正直言って少しだけ淋しさも感じました。

人一倍幼い子だっただけに成長ぶりが嬉しい癖に淋しさも感じているところですが…やはり喜びの方が大きいと最近は実感しています。

幸せな気持ちや喜びの気持ちを大切にしながら、一人一人が自分らしく生きられたらいいなと思う暖かな一日です。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 14:17 | コメント (0)

2011年3月 7日

新しい場所へ移転してから初めて伺った税務署は…


Blog写真は、昨日の「モラ刺繍作品展」で展示した「お出かけ、お洒落なカメさん」です。

今日は税務署着が10時で、私たちは移転してから初めての新しくなった税務署へ行きました。

お聞きしたいことがあったので、確定申告書を持参して出掛けました。

入口のガードマンの誘導で少しも待たずに駐車をすることが出来、玄関入口で職員の方から番号札をもらい、椅子に座って呼び出しを待ちました。
20分くらいしてから呼ばれ、お聞きしたい事柄を聞き、短時間で用を済ませることが出来ました。

私たちが帰る頃の駐車場の入口は大変混雑で長い車の行列が出来ていました。

「いい時間帯で説明を聞くことが出来て良かったね。」と言いながら一方通行になっている税務署の駐車場を後にしましたが…解らないことがある時には聞くのが一番いいと思いました。

税務署の職員の方々の対応は大変親切で、丁寧に教えてもらっている人たちがたくさんいらっしゃいました。

つくづく思うことですが、税金の使い方は、その国の方向性を決め、国の形が見えてくるものだと思います。

極端な話ですが、国民を飢えさせても国防力を高めようとする国さえ存在するのが現実です。

公金の使い道を吟味し、熟慮に熟慮を重ねて税金を正しく使ってほしいなと思います。

公費助成などという旗印が空しい言葉にならないように、心して私たち一人一人の血税が正しく使われる日本であってほしいと願います。

今日のガンディーの言葉「一滴の水が大洋をつくっている。その理由は一滴の水の中には完全な統合力があり、そして、協調力があるからです。同じことは、人間社会にも同じように採用出来るのではないだろうか。」

投稿者 jizai3 : 13:31 | コメント (0)

2011年3月 6日

菜の花の広場で開催した「佐々木キイ子 モラ刺繍作品展」には大勢の方々がいらして下さって!


3月初めの日曜日は大崎市古川「菜の花の広場」で、佐々木キイ子さんの「モラ刺繍作品展」が開催されました。

どれもこれも力作ばかりで、菜の花の広場には多くの方々が作品を見にいらして下さいました。

時々風が強く吹いたり、小雨がパラついたりとあまりいいお天気ではありませんでしたが、午後3時の終了時間まで人が途切れることなく…皆さんは熱心に作品に見入り、一針一針の心のこもった作品を手に取ったり、佐々木さんに刺繍の仕方を教わったりと大変熱心な作品展となりました。

初めてモラ刺繍を見たという方は結構多くいらっしゃったようでした。

是非、佐々木さんに手ほどきをお願いしたいという方もいらして、介護の合間に時間を作ってモラ刺繍に励んでいる佐々木さんにとってはきちんと決められた時間を持つ事は物理的に無理ということでしたが「クリスマスの前にでも時間が取れたらクリスマスに関した簡単なモラ刺繍が教えることが出来れば言いのだけれどはっきりお約束が出来ないことが残念。」と言っていましたが…これだけにはしたくないというお気持ちも強いようでした。

教えを乞いた方々は、菜の花の広場の出席簿に名前と住所を書いてお帰りになりました。

佐々木さんは「こんなに皆さんに喜んで頂けてとても嬉しいわ!大崎タイムスさんが大きく取り上げて下さったおかげ!!」と本当に嬉しそうでした。



佐々木さんは「やる気さえあれば、誰にでもできること。いいストレス解消になるのよ!」と言っていますが…私は「この根気のいる作業ではかえってストレスが溜まりそう。」と言いましたが、私と同じ考えの人もいらして少しほっとしましたが…奥様とご一緒にいらした旦那様は「良くこれだけのことが出来る暇があるものですね。」とおっしゃったので「佐々木さんは暇などほとんどない方ですが、介護の合間に時間を見つけてモラ刺繍に取り組んでいるのですよ。」と言いましたら「それはいい心がけだね。暇なんて言ってごめんね。」と言ってくださいましたが…本当に力作ばかりで…南米パナマのクナ族の伝統文化への思いなどにも触れることが出来て楽しい半日を過ごすことが出来ました。

今日のガンディーの言葉「人生の喜びは、自分の人生の心配事の中から自分を奪い去るところにある。」

投稿者 jizai3 : 18:14 | コメント (0)

2011年3月 5日

不公平性を感じる年金制度について


年金受給が間知近かな人ばかりでなく、最近は、若い人でも年金のことを心配している人たちが多くなってきました。

それは、年金に対する信頼が揺らいでいるからだと思います。

年金制度は、本来は素晴らしい制度だと思います。

働けなくなってからも安心して老後が送れるのですから…私も若い時には年金をもらうことなどは一度も考えませんでしたが、母が「年金がもらえるから助かるわ!」と言っていた言葉が耳に残っていましたし、主人も「年金はありがたい!」とよく言いますので、今は、本当にそう思っています。

私は主人が会社を自主廃業した時に手続きに行きましたら、古川の社会保険事務所で被保険者の種別を変更し「強」という項目に○を付けてもらいました。


その時に「年金は何歳からもらえるのですか?」と聞きましたら、体格が良く声の大きな叔母様職員から「若いんだから、年金のことなんか考えないで働きなさい!」と言われ、そのいい方があまりにも不自然で可笑しかったので、思わず私は笑ってしまいました。そうしましたら「何が可笑しいの?」と、またまた大きな声で怒鳴られました。

主人には「何を叱られているんだ。」と言われ、私は「叱られた意味が解らなくて困っているの。」と答えました。

でも、その後に行った社会保険事務所の対応は大変親切に変わりましたが、その頃からは不祥事の出っ放し状況になっていて…日本年金機構に名称が変わっても不安定さは相変わらずで、今日まで続いているようです。

日本は自己申告制度が殆どですので、うっかりすると請求できるはずのものが請求できなくなったりということが良くある社会で、あまり親切とは言えない社会構造であると思います。

今回のサラリーマンの奥さんの年金に関してのことは、2年だけ納めれば全てを納めたと見なすということは本当に不公平だと思います。

真面目に納めてきた人と、職業や環境が変わる度にきちんと社会保険事務所へ出向き手続きをしてきた人と、忘れていたのか、わざと忘れたのか解りませんが…本来は25年納めないと受給の権利が無いと言われる制度がありながら、あまりにも片手落ちで、ましてやとても大事なことなのに課長通達だけで行われたなんて考えられないことです。

年金は、納めた人には25年じゃなくても、納めた分だけは支払うべきだと思います。

銀行や郵便局なら、窓口業務として誰が納めたか解らなくなるお金などは到底考えられないことです。

あまりにも考えられないことが起きる世の中の変化には戸惑うばかりですが、こんな時こそ、自分を見失うことなく、振り回されることなく、物事の本質を見極める確かな目を持ちながら生きてゆきたいと思います。

年金も年金の本質を考えて総国民の共通認識のもとにあるべき姿を再構築すべきだと思います。

しかし、国民生活をないがしろにしているような現在の政府の在り方(与党・野党)では本当に難しいことだとは思うのですが....。それでも、年金のことは、乗り越えなければいけない重要課題だと思います。

今日のガンディーの言葉「枝を探して、根を忘れる人は無駄な捜索をしている。」

投稿者 jizai3 : 11:40 | コメント (0)

2011年3月 4日

今日という日を大切に生きる生き方は不安を取り除くと…


「最近の若者は将来が暗くて可哀想!」という人の話を聞き…若者を取り巻く環境が決して良いわけではないと思っていたので「ほんとうね!」と思わず相槌を打ちました。

そんな時、私は祖母の言葉を思い出しました。

祖母が若い頃、お仲人さんをした時に、お見合いをした女性のお母様とお父様が相手の男性の将来性を心配して「残念だけれど結婚はさせられない。」と断って来たそうです。

祖母は、将来性ということを本気で考えたそうですが…毎日毎日を一生懸命に生きることが確かな将来につながる生き方だと思い「お相手の青年の生き方をしばらくの間、見てやってほしい。」と娘さんのご両親にお願いをしたそうです。

半年ほど経ってから「いい若者ですね。娘の婿に相応しいと思います。」と言われ二人は交際をして、やがて結ばれたそうです。

優しい男性は、お父様やお母様からとても大事にされて、口げんかをするとご両親は娘さんよりもお婿さんの味方をするくらい信頼されるようになり、祖母は「いい婿さんを探してもらって!」とご両親には逢うたびに感謝されたそうです。

人はややもすると、自分のことは棚に上げて相手の品定めをすることがありますが…結婚相手を決める時に「将来性がない」とか「学歴が」とか、実にくだらないことに拘りを持つ人がいますが、そのような事で相手を決めるとほとんどの場合は失敗をするようです。


又、先のことばかりを心配して、どうなるか解らない何十年先のことを心配する人がいますが、そのような人も不安定で健康的ではありません。

私は意外とケセラセラで、先のことはあまり心配しないようにしています。

今日一日を大切にした生き方をすることが一番良い事だと思っています。

不安や心配事が頭を占める時には「今日という日を精一杯生きなかったから。」と思うことにしています。

35歳を過ぎた頃からですが…先のことをあれこれ考えないようになりました。


将来とは、毎日毎日の積み重ねが将来につながると思うようになってからは、気持ちがとても楽になり、異常なほどの心配性の母のDNAからやっと解放されたような気分になりました。


私の母は祖母と違って何でも心配する人でしたので、小さな頃から母のようにはなりたくないと思いながら生きてきましたが、何かしら不安になり、心配な気持ちになると、母に似ているなと思い…そんな自分が嫌でしたが、結婚してからは心配性から卒業が出来た思いでおります。

悩みからやっと解放された友人が、以前の同級会で「何か悩みがあったら、身体がくたくたになるような仕事を選べばいいんだ。そうすればくよくよ考える暇もないくらいに身体が疲れてぐっすり眠るようになるはず。ぐっすりと眠れるような生き方をすることが健康的で、情緒が不安定にならない生き方なんだ。何かに熱中して、一日を無駄にしないようにすれば不安や心配事に囚われなくなるよ。自分をもっと楽にすることにエネルギーを使えばいいんだ!!」と明るく言い放ったことがありましたが…その通りだと思います。

あれこれと思い悩まず、今日という日を最高に生きることが将来の自分に繋がると信じて若い人たちには今日という毎日を生きてほしいと思います。

今日のガンディーの言葉「過去は我々の人生にあるが、我々は過去に存在しているわけではない。我々は現在に生きているのだ。我々は未来をつくる人だが、未来に存在しているのではない。」




 

投稿者 jizai3 : 20:21 | コメント (0)

2011年3月 3日

校正の難しさ!大切なことは謙虚であること!!

現在は、連日のように第4回「フランク永井歌コンクール」のパンフレットの校正と向き合う毎日です。

本日が最終の校正日となり後は本印刷となりますが、なかなか校正は難しく本当に一仕事です。

私のJK-Blogの文章でも自分が書いた自分の文章ミスは、なかなか見つけられないものです。

私の場合には、Blog発信の総点検は主人にお願いしています。
時々意見の相違でぶつかることもありますが、そんな時にはどちらの言い分でもなく、まるで違う形での言い回しで落着させるようにしています。

荒さがしのような、重箱の隅をつつくようなことはしたくありませんが、最近では結論ありきの出来事があまりにも多過ぎるような気がします。

結果が決まっているので、その結果に導こうと躍起になり、話の過程がまるで見えてこなくて、大事なことが抜け落ちたまま、結論だけが最優先で…この前の前田検事の話ではありませんが、ストリーが出来上がっていて、体裁を整える為だけに第三者の意見を聞くようなそぶりを見せ、体裁が整えば自分たちの結論に向かってまっしぐらという出来事が多くて、今の時代にはまるでそぐわない手法に対しての反省もなく改めようとする事も無く…指摘されれば開き直りを決めたりと、本当に人間としての成熟さが感じられない大人たちの存在(特に政治家)が大変気になります。

その癖、言葉尻をつかまえてどうでもいい事をいつまでも議論したり、議会傍聴などを見ていると茶番劇のようで嫌になってしまうことがあります。

   

文章の校正で言えば、印刷の出来上がりを前に真剣に過ちが無いかどうかを吟味するのですから、当然第3者的なチェック体制が重要になります。

間違いを見つけてもらう側は、謙虚な姿勢で臨まなければいけませんし、間違いを指摘されることを嫌がっていてはいい印刷には仕上がりません。

何事にも公正に物事を諮る機関を持つことが大切だと思いながら、最終チェックの為、今日も私は歌コン事務所へ出掛けます。

政治家の皆さんにとっても大事なことは、国民の為、市民の幸せの為に政治家をさせて頂いているという、一人の人間としての謙虚さだと思うのですが…。

今日のガンディーの言葉「高きより下へ流れる水の如く、本来謙遜である人の謙遜は、水の如く世に良き流れを与えているようになる。」

投稿者 jizai3 : 13:51 | コメント (0)

2011年3月 2日

春の装い….

    

少し風は冷たいものの確実に季節は変わりつつあります。

芽吹きの春を感じる毎日です。

暖かさを経験した後で冷え込みますとすごく寒さを感じてしまい冬に舞い戻ってしまったのかと思いがちですが…それは違いますね。
寒くても、お日様が顔を出した時の暖かさは、寒い季節が終わったことを感じさせてくれます。

これからもまた時々は寒くなるでしょうが…春はもうそこまで来ているようです。

今月は、卒業式シーズンです。

新たな旅立ちの季節です。

卒業を迎える地域の子どもたちには大きく羽ばたいて自分の夢に向かって力強く巣立ってほしいと願っています。

松山地域で育った子供たち(中学3年生まで)をよく知っていますが、素朴で純粋な子供たちが多いです。
純粋過ぎて少々心配になることもありますが、とにかく礼儀正しくいい子供たちが多い地域です。
挨拶がきちんと出来る子どもたちばかりで、地域社会がまだまだ健全である証拠だと思っていますが、同時に私は、この地域社会の健全さをこれからも大切にしなければと思っています。

大崎市松山地域には、保育所、幼稚園、小学校、中学校、県立高校とそれぞれありますが…これらの学校の卒業式に出席した方々は、皆さん口を揃えて「いい卒業式だった!」と言います。

感動に包まれた卒業式に臨席したことを心から喜んでいらっしゃいます。

学び舎との別れを惜しみ、先生方への感謝を胸に、友人たちと共に更なる未来を信じて力強く旅立つ姿に涙が出るそうです。
いつも思うことですが、この場面には「さようならだけが人生さ!」という言葉が似合うと思います。

出逢いがあれば、必ず別れがあります。

いい出逢いをして、いいお別れが出来るように生きなければと思いますが...人生にはいろいろなことがあると思います。

これから巣立とうとしている子供たちに伝えたいことですが、辛い時には、自分の胸の奥にある喜びの体験を思い出しながら悲しみや辛さを乗り越え逞しく生きて行って!ということです。
最近の子どもたちは精神力がひ弱になっていると言われますが…それは、失敗を恐れる気持ちが強すぎるからだと思います。

生きていれば失敗はつきもので、上手く行かないことの方が多いかも知れません。
落ち込んだ時は、失敗の経験が本人を育てる原動力になると信じて、めげないで逞しく少々図々しいくらいに生きてほしいと願っています。

今日のガンディーの言葉「我々は、全てのものが二面性を持っていることを知る時は、輝いている面のみを見るようにしよう。」

投稿者 jizai3 : 15:23 | コメント (0)

2011年3月 1日

今日から、弥生・春三月!

今日から3月がスタートです。

春というと「弥生」。

私は弥生というと、とても可愛らしい弥生さんを思い出します。

彼女は、3月15日がお誕生日のとてもチャーミングな女性です。

私より少し年上ですが素敵な人です。

彼女はエルガーの威風堂々第1番が大好きで「少し落ち込んでいる時にはこの曲が一番よ!」というのが口癖です。

ですから、この曲を聴くといつも彼女を思い出します。

先月の最終日曜日に美里町文化会館で飯森範親さんの一番新しいCDを購入しましたら、4曲目に威風堂々第1番が入っていました。

それからは毎日のように聴いていますが…本当に元気をもらえる曲だと思います。

別に落ち込んでいる時でなくとも何となく勇気づけられて堂々とした生き方をしたいと思える曲だと思います。

私は、音楽を聴くことが大好きです。
いい音楽は人の心を本当に癒してくれるものだと思いますし、いつも自分の高ぶる気持ちを落ち着けてくれます。
そしてまた、平安な生活をおくることの大切さを教えられます。

とても品のいい立派な人が登場してくるような威風堂々が好きという弥生さんに…今晩は久しぶりに心を込めて手紙を書こうと思いました。

今日のガンディーの言葉「外面の幸せは、心の中の平和が無くては無用である。」

投稿者 jizai3 : 19:51 | コメント (0)