« 今日という日を大切に生きる生き方は不安を取り除くと… | メイン | 菜の花の広場で開催した「佐々木キイ子 モラ刺繍作品展」には大勢の方々がいらして下さって! »

2011年3月 5日

不公平性を感じる年金制度について


年金受給が間知近かな人ばかりでなく、最近は、若い人でも年金のことを心配している人たちが多くなってきました。

それは、年金に対する信頼が揺らいでいるからだと思います。

年金制度は、本来は素晴らしい制度だと思います。

働けなくなってからも安心して老後が送れるのですから…私も若い時には年金をもらうことなどは一度も考えませんでしたが、母が「年金がもらえるから助かるわ!」と言っていた言葉が耳に残っていましたし、主人も「年金はありがたい!」とよく言いますので、今は、本当にそう思っています。

私は主人が会社を自主廃業した時に手続きに行きましたら、古川の社会保険事務所で被保険者の種別を変更し「強」という項目に○を付けてもらいました。


その時に「年金は何歳からもらえるのですか?」と聞きましたら、体格が良く声の大きな叔母様職員から「若いんだから、年金のことなんか考えないで働きなさい!」と言われ、そのいい方があまりにも不自然で可笑しかったので、思わず私は笑ってしまいました。そうしましたら「何が可笑しいの?」と、またまた大きな声で怒鳴られました。

主人には「何を叱られているんだ。」と言われ、私は「叱られた意味が解らなくて困っているの。」と答えました。

でも、その後に行った社会保険事務所の対応は大変親切に変わりましたが、その頃からは不祥事の出っ放し状況になっていて…日本年金機構に名称が変わっても不安定さは相変わらずで、今日まで続いているようです。

日本は自己申告制度が殆どですので、うっかりすると請求できるはずのものが請求できなくなったりということが良くある社会で、あまり親切とは言えない社会構造であると思います。

今回のサラリーマンの奥さんの年金に関してのことは、2年だけ納めれば全てを納めたと見なすということは本当に不公平だと思います。

真面目に納めてきた人と、職業や環境が変わる度にきちんと社会保険事務所へ出向き手続きをしてきた人と、忘れていたのか、わざと忘れたのか解りませんが…本来は25年納めないと受給の権利が無いと言われる制度がありながら、あまりにも片手落ちで、ましてやとても大事なことなのに課長通達だけで行われたなんて考えられないことです。

年金は、納めた人には25年じゃなくても、納めた分だけは支払うべきだと思います。

銀行や郵便局なら、窓口業務として誰が納めたか解らなくなるお金などは到底考えられないことです。

あまりにも考えられないことが起きる世の中の変化には戸惑うばかりですが、こんな時こそ、自分を見失うことなく、振り回されることなく、物事の本質を見極める確かな目を持ちながら生きてゆきたいと思います。

年金も年金の本質を考えて総国民の共通認識のもとにあるべき姿を再構築すべきだと思います。

しかし、国民生活をないがしろにしているような現在の政府の在り方(与党・野党)では本当に難しいことだとは思うのですが....。それでも、年金のことは、乗り越えなければいけない重要課題だと思います。

今日のガンディーの言葉「枝を探して、根を忘れる人は無駄な捜索をしている。」

投稿者 jizai3 : 2011年3月 5日 11:40

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)