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2011年4月30日

花曇りののどかさから雨降りの午後へ…

今日は花曇りの午前中でしたが、午後からは雨が降り出しました。

寒くはありませんが、雨が降ると少し気温が下がったような気がします。

朝から何度か余震がありました。
それほどの強い揺れではありませんが…何となく嫌な気持ちになってしまう揺れです。

TVでは、楽天がオリックスと戦っています。
3連勝への勝負の中盤戦です。
6回表 楽天が1点上回っています。
2:1で頑張っています。

星野監督になってから、楽天はだいぶ頑張っているようですが…東日本大震災の被災地であり地域のプロ野球・楽天、今季こその熱い思いで東北の人々を勇気づけたい一心のようです。

なかなか後一本が出すに…今日の楽天は苦しんでいるようです。

主人は、午後から大津波の被害を受けた親友と℡で会話をしていました。

工場が被害を受け、大震災直後は元気を失くしていた親友は元気に立ち上がり、前向きになっていた様子です。

℡を切った後、主人は「A君が元気で安心した!やる気をなくしていなかった!!」と声が弾んでいました。

℡の声は正直なようです。

高校時代の友人の安否を盛んに気にしてあちらこちらに℡かけをして、やっと無事を確かめた時、本人と話が出来た時の喜びが大きいだけに…その後の生活を心配していましたが、多賀城で暮らす友人は立ち上がって仕事をしていました。

経営者としてのやる気を失くさずにいたことを主人は心から喜んでいました。

親友と気持ちが通じる喜びを味わった主人は、落ち着いた表情で、現在東北楽天の勝負に見入っています。

今日のガンディーの言葉「我々は、自分自身の運命の製作者である。」

投稿者 jizai3 : 16:01 | コメント (0)

2011年4月29日

今日は「昭和の日」で休日!…昭和は遠のくばかり?…


今日は「昭和の日」でお休みです。

午後1時20分から「ANN報道特別番組」を見ました。

2011年3月11日(金)午後2時46分に、私の大好きな東北・宮城県は壊滅的な被害を受けました。

大震災の報道は今も変わらず続けられていますが…あの時のことは思い出しただけでも、強い揺れが甦るようで嫌な気持ちになってしまいます。

でも、今日TVを見て、巨大地震の後に人々を襲う大津波の光景は恐ろしくて再び身体が震えました。

先日、佐世保から来た三男の嫁が、リアルタイムで流される映像を思い出し、話をしながら何度も涙を流していましたが…今日はその時の気持ちが本当に良く解りました。

私たちの地域は、すぐに停電でしたのでTVはしばらく見ていませんでしたし、大津波のことは翌日の河北新報の新聞報道で知ったのですが…とてもショックを受けました。

TVの映像は、残酷さ悲惨さを伝えていますが、同時に伝えることの無力感も感じていた様子でした。

伝えなければいけない事が目の前にたくさんあるのに十分に伝えられないもどかしさ…報道なのか、救援なのか…そこには自問自答するTVの姿がありました。

私はこれまでインターネットで大震災の映像を見ることは一度もしませんでした。

JK-Blogの発信に関しても被害状況の大きいところなどの映像を流してほしいなどとも言われたのですが...自分の家の周り以外の映像を撮ることはしませんでした。

昨日、1ヶ月以上経過した地域の商店街の様子を載せましたが。

あの日からは、遠くへ出掛けたりすることも無く、行動範囲を出来るだけ狭くして...唯々いつもの日常が戻ることをひたすら祈っていました。

心の奥底にある不安を払拭することが出来ず、福島第一原発の問題が起きてからはこの不安感は増すばかりで、報道は何かを隠しているのではないかという気持ちが強くなり、私には戦争中の大本営発表と重なるものとしてしか受け取ることが出来ず...不信感は募るばかりです。

そのような意味では、TVから流れる映像は敗戦後の日本を思い出させるものであり、今回の大震災は自然がもたらした事ではありますが...私には敗戦後の映像に繋がってしまうのです。

未曽有の大震災から50日。

戦後生まれの私にとって、平成の時代になってからは昭和がどんどん遠のいて行く感じがあったのですが、今回の大震災は色々な観点から昭和を想い出させ...何もかもを失くした敗戦後の日本人の姿と重なるものがあるのです。

それだからこそ、あの時も、今も、ひたすらに復旧・復興・立ち直りを信じて被災地で暮らす一人一人が元気に生き抜くことが大切だと思います。

大崎市松山地域では、今日から5月8日まで地域の顔である「法華三郎信房氏の刀剣展」が開催されます。

大崎市松山地域も東北の被災地として立ち直りを目指し、日本の伝統文化を代表する刀剣展を震災復興の足掛かりとして是非ご覧いただきますようご案内を申し上げます。

今日のガンディーの言葉「信仰とは、不運に直面しても不動であることである。」

投稿者 jizai3 : 15:43 | コメント (0)

2011年4月28日

被害を受けた大崎市松山商店街…


今日は久しぶりに地域の美容室に出掛けました。

2011年3月11日以来、大崎市松山地域の商店街は道路に面して店頭が斜めになったように見え、Blog写真の商店街は、大震災直後には車両通行禁止区域だったところです。

私がいつもお世話になっているA美容室は、大崎市松山酒ミュージアム近くで商店街のはずれのところですが…大震災で道路に倒れ掛かった店などもあり、松山商店街の被害は意外と大きく、これから取り壊しをする店舗・家屋なども多いようです。

A美容室では、4月11日夜の地震の被害の方が大きかったそうです。
11日の夜の地震の方が壊れたものが多かったという方は本当に多いようです。

今日もA美容室に着くなり…震度3(震源地が宮城県沖)の地震がありました。
朝も、燃えるゴミ出しから帰った時に地震があったばかりでした。

余震が怖いという人がいて「毛染めが5分くらいで出来るといいのに!」というお客様が多いそうです。

「お客様たちも本当に疲れているようですね。」と美容室の先生が話していらっしゃいました。

先生は、大震災の辛い話をたくさん聞いたご様子で、胸が痛くなったと話していらっしゃいました。

私たち女性にとって美容室は本当にホッとできるところですので安心していろいろな話をしてしまいます。
地域の情報などもたくさん集まるところです。

余震も落ち着き、以前のように楽しいおしゃべりをしながら髪をきれいにしてもらい、気持ちの良い時間をリラックスして過ごすことが出来たらいいなと思いながらお昼前に帰って来ましたが…久しぶりに訪れたA美容室は、いつも通り、私の心のオアシスと感じられるところでした。

大震災の話ばかりをたくさんしましたが、怖い共通の思いは人の心を近づけ、より親しさを増したように感じました。

後継者不足の大崎市松山商店街ではありますが、店を建て替えて頑張ろうとしている所もありますし、地域の再生を真剣に考えている人たちもいます。
しかし、地域が変化しつつあることだけは確かなようです。
言葉を変えて言えば、変わらざるを得ない状況にまで追い込まれていると感じることもあるのですが。

「大震災に負けないぞ!」という強い気持ちで生き抜くことと「恐怖心を持ち過ぎないように!」と自分に言い聞かせながら昼食の用意をした私でした。

今日のガンディーの言葉「恐れないということは、死の恐怖、肉体的傷害、飢餓の恐れ、侮辱される恐れ、社会的に非難される恐れ、幽霊を怖がる恐れ、悪しき心の恐れ、誰でも持っている怒りへの恐れなど、あらゆる種類への恐れに心捉われないようにすべきである。それらの恐れから解放されるようにし、そして、それらの恐れから恐れていないように気持ちを持続することである。」

投稿者 jizai3 : 14:50 | コメント (0)

2011年4月27日

「頑張れ!」という励ましの言葉が辛いという被災者の声を聞いて…


今日は、初夏を思わせるようなきれいな青空が広がりました。

天気予報では、夕方から明日にかけて雨が降ると言っていますが…信じられないくらい、いい天気です。


今日の午後は、あの大震災から45日が経過しても相変わらず不自由な避難所生活をしている人の話を聞きました。

「あの日・3月11日から私はあらゆることを我慢して頑張っているつもりなのに、それでも頑張れ!と言われると、もっと頑張らないともう幸せにはなれないような気持ちになってしまって…ひとりでに涙が出てしまうの。精神的に参っているのでしょうね。」と辛そうに話してくれました。

「頑張れ!」という言葉は、とても使いやすい言葉でついつい使ってしまいますが、本当に頑張っている人には「これ以上頑張れというのか!」と追い詰めてしまう言葉になっている事が良く理解できました。

人は言葉でコミュニケーションを図りますが...思いやりのある心がこもった言葉でないと相手には通じません。

何気ない言葉が人の気持ちを傷つけてしまうことがあります。

大きなショックを受けた時などは、心が大変敏感になり、ちょっとした言葉に大きく反応したり、涙が出たりすることがあります。

彼女は、これまでの苦しかったいろいろな事を話して下さいました。
避難所生活にはプライバシィーが無く...彼女には一番堪えたようでした。

それと、熟睡できないことが辛かったようです。
物音に敏感で、何度も目が覚めて、困ったと言っていました。

いつも心の奥底に不安感があり、落ち着かないと言っていました。

私にも解る感覚でしたので...余震のせいかしらとも思うのですが、あの日以来、いつも小さな不安を抱えている自分に気づくことがあると言いましたら...「同じですね。」といい、表情が少し明るくなりました。

それと、ACのコマーシャルがとても耳障りだと言っていました。

私もACのCMに関しては「偽善ぽくって嫌いです。」と答えました。

繰り返し何度何度も流されるACのCMが嫌だという人はたくさんいます。

スポンサーの都合なのでしょうが…本当に耳障りですね。
もう少し被災者の心に添うことを考えてくれればいいのにと思っています。

お話が進むにつれ...共感できるところが数多くありました。

私は、別れ際「宮城県人ですから、互いに被災者ですね。これからは生きていて良かったと思える時まで元気で暮らしましょうね。是非またお逢いしましょう!」と言いました。

話をすることはとてもいいことだと言いますが、今日は本当にそう思いました。

人は話すだけで気持ちが楽になることがたくさんありますし、共感できる部分があると心が通じて話し易くなります。

私の日常は、彼女の置かれている環境とは比べものにはなりませんが、想像して彼女の気持ちに寄り添うことは出来たように思いました。

仮設住宅を申し込んだそうですが...入居できるといいのにと思いました。

天皇皇后両陛下は、今日宮城県にいらっしゃいました。

彼女は3月16日に、ラジオから流れた天皇陛下のお言葉を聞いて涙が出たと話していましたが...天皇陛下のお言葉には心が在ると言っていました。

慈悲深いお優しい声には立派なお人柄が滲み出ていたと話していました。

私も感激しながらラジオに耳を傾けた時に、敗戦の玉音放送を聴いた多くの日本国民と気持ちが繋がったような気がしましたと言いましたら...彼女もまったく同感です。戦争を知らない人間ですが、あの時代をとても身近に感じることが出来ましたと言っていました。

彼女には、震災に負けずに、頑張り過ぎないでホッと出来る時間を充実させ、これからの毎日を過ごして頂きたいと思いました。

今日のガンディーの言葉「人生の喜びは、自分の人生の心配事の中から自分を奪い去るところにある。」

投稿者 jizai3 : 15:20 | コメント (0)

2011年4月26日

市の罹災証明の現地調査に立ち会って


今日は午後から、大崎市税務課職員による罹災証明に関する自宅の調査を受けました。

最終的には一部破損の項目にチェックがつけられましたが…小さなペンライトを当てながら外壁やクロスなどを丁寧に調査してもらいました。

私が気付かないところもチェックして頂きました。

我が家に来て下さった職員は二人体制でしたが…一軒一軒を調査するには大変だろうなと思いながら立ち合いました。

まだまだ余震が続いているようです。
最近は、時々突き上げるようなどーんというような短時間の揺れを感じることがあり…心配です。

強い揺れは家が傷む元にもなるので、何とか落ち着いてもらいたいという、祈るような気持ちで毎日を過ごしているのが本音です。


今、国会中継・衆議院予算委員会がTV中継されていますが…政治がとても空しく思えるのは私だけでしょうか。

日本の政治家たちは、国民がこんなにも大変な思いをしながら毎日を過ごしていることを本当に認識しているのだろうかと思ってしまいそうな国会中継です。

御身大事な人々で、保身の為に政治を行い、選挙の為に政治を行っている人々なんだという気持ちばかりが強くなってきて…「これではいけない!」こんな時ほど政治が大事なのにと思いながら画面を見ていますが、国民の安心安全が一番であるという単純で大事な観点が欠如しているから、国民を助けるというスピード感がこんなにも遅いのだと感じています。

災害援助はスピード感が一番大事だと思います。
もう1ヶ月半が経過しようとしています。
相変わらず瓦礫の山は…そのままです。

本当に疲れが出てくる時期ですので、被災者の気持ちが萎えてしまわないように一日も早く救ってほしいと思います。

我慢に我慢を重ね、歯をくいしばって精一杯頑張っている国民に、元気の出る温かい思いやりの言葉を発して、決めた事は早く実行に移してほしいと思います。

お互いを非難する言葉ばかりを繰り返す国会議員の姿はもう見たくない、聞きたくないというのが私の本心です。

今日のガンディーの言葉「もし、真実なら一つの言葉でも十分であり、不真実の言葉であれば、どんなに多言であっても何の役にも立たない。」

投稿者 jizai3 : 16:39 | コメント (0)

2011年4月25日

大崎市長に被災者支援策を緊急要請した大崎市議会の提言…


先日、私は大崎市長が「大震災があっても大崎市民病院建設を止める如何なる理由も無いので予定通り自治体病院は建設する。」と言ったと聞いたばかりでした。

穂波の郷の大崎市古川第5小学校の液状化現象による被害写真などを見ていた私は「市民病院建設は無理だろう。再検討が必要だろうから…凍結かな。」などと思っていただけに市長の話として耳に入った言葉はとても意外でした。

しかし、今朝の新聞報道で大崎市議会が21日に大崎市長に対して東日本大震災の復旧や被災者対策に関する要望書を提出したことを知りました。

その中には大崎市民病院建設予定地の安全性の再検討が含まれていましたので少しホッとしましたが…今の大崎市は、道路の痛みがひどく、亀裂や段差が至る所に生じている状況です。

或る人が、夕暮れ時に散歩をしていて歩道の段差に躓いて転倒し、骨折をしたと聞きました。

又、歩道の陥没が多くて「夜は怖くて歩けない!」などという声も聞きます。

道路の補修は手つかずの様子ですが…大崎市松山地域のひどい所には簡単に砂利を敷いただけです。

車が何台も行き交う場所はせっかく敷いた砂利も少なくなり…埃が舞い散っています。
どうせ直すならもう少しきちんと補修してほしいと思っているのですが…

今回の大震災による復旧・復興にはかなりの時間もかかりますし、金銭的な負担も大きいものと予想されますので…無駄なことは一切しないようにして必要なものにだけ税金を使うことを決めて、大崎市としては、被災者が少しでも希望が持てるような元気発信をしてほしいと願っています。

今回、多くの市民は、現在の(大崎市古川千手寺)大崎市民病院が大震災前も、大震災後も同じように市民に迷惑をかけることなく立派に仕事をしたことを高く評価しています。

行政は、一度決めた事を撤回できない組織とは言いますが…緊急非常事態が発生した時には再検証して撤回するか、凍結を考慮することも大切なことだと思います。

これからは、柔軟な考えを持つ事と、事に当たってはスピード感を持って対処することが求められると思います。

そして、このような時こそ、行政は市民の声に謙虚に耳を傾け、市民の代弁者である市議会議員の提言にきちんと対応すべきだと思います。

今日のガンディーの言葉「立身出世の本当のしるしは、その人の優しさと成熟さの成長である。」

投稿者 jizai3 : 12:35 | コメント (8)

2011年4月24日

昔々の日本人は、自然を敬う気持ちが強かった!


大震災後に一番気がかりなことは…やはり皆さんと同じで「原発」のことです。

福島第一原発問題は、日本国民全体の問題です。

単純な事ですが…しばらくの停電後に、電気がついた時にはただただありがたかったです。

でも、大地震・大津波の後に発生した原発問題は私たちの生活の在り方を根本から考え直さなければいけないところまで来ているようです。

差し当たってのこととしては…今年の夏の電力不足が喫緊の課題となりそうです。

サマータイムの実施や、消費電力ピーク時をずらすことや、大企業よりも個人個人が節電を心がけて実践するなど…いろいろ考えられていますが、個人的な心がけを工夫すれば現代人の生き方を考え直すところまで突き詰めることが出来るのではないかと思います。

そして、このことを契機にして、将来的には原発に頼らない生き方を考えることが現代人に与えられた大きな課題だと思います。

私は、日本人の原点は東北にあると思っています。

今回の大震災後も被災地の人々の生活や発言を聞いても、実に東北人は日本人らしい日本人だという感想を持ちました。

それは、厳しい自然条件の中で日常生活を営んでいるという現実があるからだと思います。

積もった雪の下にも春の訪れの気配を感じながら、春を待つ心を持ち寒い冬を耐える力を自然に対する畏敬の念を育みながら生きてきたという歴史を持っています。

東北人の日々は、この東北の厳しい自然の歴史を受け入れながらこれまで続いてきたのですから。

ですから、私には昔々の日本人の精神が力強く息づいている所が東北だという認識を持っているのです。

今回の東日本大震災からの復旧・復興は…日本の再生そのものだと思うのです。

今後も支援や援助を中途半端にすることなく、東北の発展こそが日本の元気と位置付け、この地域の立ち直りに全力を注ぐ行為こそが日本全体を救う道だと確信しての長期の援助をお願いしたいと思っています。

私が子供の頃は、祖母も母も自然を恐れる気持ちがとても強く、日が昇るとおてんとう様に手を合わせ、眠る前には仏壇・神棚を拝み、私がいけない事をすると、一番先に仏様に謝罪をさせられ、その後に謝罪相手に「ごめんなさい」をさせられました。

ですから、子供心に神様や仏様は何でも見抜き、嘘はつけないと思い、嘘をつくと自分と大いなる者だけは知っているということを恐れながら育ちましたが、やはり、常に何かを恐れながらも人間としてより良く生きることが大切なことだと思います。

人間が傲慢になった時、自然は牙をむき、威力を見せ付け、人々をねじ伏せます。

或る時には素晴らしくきれいな景色を見せて魅了し、或る時にはこれでもかと自然の威力を発揮し、或る時には何事も無かったかのように静かな表情を見せます。

自然は、いろいろな表情を持っています。

いつも、見事な変化を何度も何度も私たちに見せてくれます。

飽きることのない自然の変化を見せ付けます。

大漁を授けてくれる海が…信じられないような恐ろしい大津波に変化する海なのです。

私たちはこの現実をしっかりと見つめ、更に熟慮を重ねながら、安心安全を軸にした平穏な日常生活を再構築をしなければいけないと思います。

今週末には5月連休のことが話題になる時期でもありますが、被災地で避難所生活を強いられている被災者が少しでも前進出来るようないい知らせが実現できることを祈りたいと思いながら…春に咲く可愛らしい花々を見つめている私です。

今日のガンディーの言葉「人は何かを成し、成したことを実行した後で後悔するような場合、整然たる思案をしないで、そのかわり、強い欲望のみで実行したということを表している。」
「エゴイズムの暗黒さは、その者が持っている暗黒さよりも一層計り知れない暗黒である。」

投稿者 jizai3 : 16:18 | コメント (0)

2011年4月23日

高層ビルの揺れの怖さを再び聞いて…


今日の早朝、佐世保から震災見舞いに訪れていた三男坊夫婦が帰って行きました。

久しぶりの再会でしたが…「5年後にでもまた逢いましょう!」と言いながら帰って行きました。

お昼近くに仙台で生活をしている娘さんで今回の大震災でマンションには住めなくなって引っ越しを余儀なくされ…今現在、娘家族全員を自宅で面倒を見ているという友人がギャラリーに来てくれました。

今回の巨大地震で高層ビルの揺れの怖さを体験した方々は…皆さん口を揃えてその揺れのすごさと恐怖を伝えますが、大きな揺れは半端じゃなく、娘さんのところも大変だったそうです。

娘さんのマンションは14階建てで、彼女の住まいは8階だったそうですが…家の中は足の踏み場もない状況で、鍵もかからない状態で…引っ越しすることを決めたそうです。

でも、一時引っ越しは実家である友人の家にして、大震災以後は荷物運びの毎日だったそうです。
「疲れて、疲れて!」と言い…本当に疲労とストレスが溜まっている様子でした。

他にも友人や親戚でマンション暮らしの人たちは「耐震で大丈夫だと解っていても、今回の揺れには本当に参ってしまった。渦巻の中に引き込まれてゆくようで怖かった!」と言っていました。

最上階に住んでいる私の叔母は、エレベーターも使えず…「孤立感だけが深まった。」と言い…今では「小さな一戸建てにすれば良かった。」と嘆いています。

グルグルと振り回されるような揺れで、7日の夜の揺れの時にはベッドごと窓から飛び出してしまうのではないかと思うような恐怖の揺れを経験したと言っていました。

高層ビルに住む人の中には情緒不安定や不定愁訴と診断される方が多いと言われていますが、地に足がつかない生活は人々を不安定にしてしまうものなのでしょうか。

でも、大津波の時にはお向かいの9階のマンションに逃れて助かった友人もいるので…一概には言えないと思うのですが…

今は、誰もが、何となく底知れない不安を持って生きている感覚があるのではないでしょうか。

そんな時は、今この時を大切にして生きるしかないですね。    

私は、この今を大切にする気持ちだけが…確実な自分の将来に繋がる確かな道だと信じています。

「人生は常ならず」~~今回の東日本大震災は、私たちに強い無常観を抱かせ、多くの傷跡を残し、被災地にはこれでもかというような仕打ちで、余震という日々の不安と非常に大きな原発の心配を突きつけて立ち去っていますが…私は、無常観を根底に置きながら、人としてより良く生きる為の人生を再度深く考えたいと思います~~

そして、その後は本気で「ケ・セラセラ」と言えるような生き方をしたいと思っているのですが…。

今日のガンディーの言葉「運命と努力との間には、長く続けられる葛藤がある。努力を続けよう。そして、その結果は神に委ねよう。」

投稿者 jizai3 : 13:18 | コメント (0)

2011年4月22日

「被災地からの声」を聞く度に胸が痛くなる日々


毎日のように放送される「被災地からの声」の番組を見る度に胸が痛くなります。

1ヶ月以上が経過してもまだ見つかっていない人もいますし、相変わらず避難所で暮らしている人々がいらっしゃるのが今の日本の現状です。

少し前までは「災害に遭えば3日、自力で我慢すれば後は大丈夫!」と本気で考えていた私には今の日本の現状を凝視することはとても辛いことです。


自然は大きなサイクルの中で、規則性を最優先して私たち人間の前に立ちはだかります。

たとえ、大地震や大津波が発生しても、歴史から学ぶという謙虚な気持ちを大切にして生きていたならば…これほどの大災害に見舞われることは無かったのではないかという思いに駆られることが度々です。

今日は冷たい雨が降り、被災地で暮らす人々の心は重くなっています。

「原発問題」は深刻過ぎて、報道を見たり、週刊誌に目を通し…憂鬱になるばかりです。
知れば知るほど嫌になってしまいます。

「原発」の報道を見て今回の政府の対応に関し、心の奥底から全面的に信頼できないという自分の気持ちに気づくと本当に悲しくなります。

素朴に正直に生きてきた人々に対してのあまりにもむごい仕打ちには怒りを通り越して悲しみでいっぱいになってしまいます。

「避難勧告」という言葉も実に無責任な言葉としか思えませんし、被災者の大きな喪失感をどうしたら埋めることが出来るのでしょうか。

「今後の日々の暮らしが不安だ」という被災者の気持ちは本当に良く理解できます。

政府主導で、一日も早く被災者自身が「何とかなる!何とか生きられそうだ!」と思えるような配慮をしてほしいと願っているのですが…

もう、決して「想定外の大災害」とは言わないでほしいと思います。

私は、この言葉は大嫌いです。
言い訳にならない無責任過ぎる言葉であり、被災地の人々には無神経な言葉として心に突き刺さり…誠に耳障りな言葉です。

それでも、これからの「明日」という灯をともすのは、やはり明日を信じる自分の強い気持ちが一番大事と思っている私です。

今日のガンディーの言葉「『神は万物の中にあり』と、神自身が言っている。その時、誰に対して敵意を心に留めるのだろうか。」

投稿者 jizai3 : 14:48 | コメント (0)

2011年4月21日

東日本大震災に寄せて...



2011-04-21.jpg東日本大震災に寄せて大崎市古川在住の高橋義宣さんが「大地震と原発事故」「大津波と原発」というテーマでご自分の想いを詠みました。

私たちだけが読んだのではもったいないと思い、皆様方にも読んで頂きたいと思い...ご紹介します。

高橋さんの素直な心情が表現されています。

 

2011-04-211.jpg是非、ご覧頂きたいと思います。(クリックすると大きくなります)

今日のガンディーの言葉「人間は、彼自身の精神性の人間性によって本当のことを知らされている。」

投稿者 jizai3 : 19:14 | コメント (0)

JR東北線全線再開…40日ぶり!


大崎市松山地域でも、水仙の花がたくさん見かけられるようになりました。

黄色い色は爽やかで、幸せを感じさせてくれますから、大震災の後に花開いた水仙を見つめる目は例年とは違い小さな勇気というか…鮮やかな黄色は私たちに前を向くことを伝えているかのように…蕾を次々に開花させています。

少しずつ大震災前の生活を目指し、いろいろな事柄が修復されていることを感じる毎日です。

朝晩の冷え込みは昨年よりも厳しいようですが…日中はいいお天気になりました。

今日から、JR東北線は全線再開となりました。
40日ぶりのことです。
こんなにもJRが復旧するのに時間がかかるとは思いませんでしたが、被害の大きさを思えば…「早かった!」という人たちもいるくらいです。

週末にかけてお天気はまた崩れるようですが、一日も早く暖かくなってほしいと思います。

昨晩は、佐世保から来た三男坊夫婦、瀬峰のご夫妻、長男夫婦と私たちと…8人で夕食を共にしました。

主人は会食の前に挨拶をしましたが「夫婦仲が良い事はとてもいいことだ!」と話しました。
私たちは意見が合わないことは結構あります。
言い争いをすることもありますが、それがしこりになることは無く、安心して喧嘩が出来る間柄ですから…皆さんには「相性がいいのでしょうね!」と言われます。

これからも、縁あって知り合ったことを大切にしながら生きて行けたらいいなと思います。

大震災後に入籍届を提出したカップルもいたようですが…大きな大変な出来事を体験して一人で生きるよりも二人で生きることがいいと思った人が多くなったということを伝えていたTV番組があり…ゲストの心理学者の方が「縁あって知り合い夫婦になった男女が寄り添って生きることが人間らしく良い生き方ですね。」と結んでいました。

今後は、大きく人生観が変わるような体験をしたことをいい形で活かせるような生き方が出来たらいいと思います。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 14:27 | コメント (0)

2011年4月20日

可愛い子供たちの交通安全教室を見守って…


今日は昨日の雨も上がり、大崎市松山地域は曇り空ですがそれほど寒くも無く静かな午前中でしたが…大崎市立松山小学校に入学したばかりの新1年生の交通安全教室が行われました。

クレーン車暴走事故が栃木県鹿沼市の国道で起きたばかりでしたので、引率の先生方や交通指導隊やおまわりさんたちも緊張しているように見えました。

子ども達が、手を上げて歩道を渡り終えた時にも「信号が青になって手を上げて歩道を渡っている時にも、脇から来る車にも気を付けながら歩道を渡るように!」と歩道を渡り終えた時に、先生は少人数の子ども達を集めて再三注意を促していました。

いつもよりは小グループに分かれての交通教室に見えましたが、子供たちが注意を怠らずに交通ルールを守っていても、ドライバーが居眠り運転をしたのでは…どうしようも無いと思いますし「はねたことは、覚えていない。」などと答えられたのでは…歩行者はどうすればいいのでしょう。

今日私が見ている限りにおいては、青信号で手を上げて子供たちが渡っていた時には、そばを通る車はみんなスピードを落とし、とても慎重な運転をしているようでした。



小さな子供たちを守ってやるべきは、私たち大人だということを決して忘れてはいけないと思います。

無くならない居眠り運転や飲酒運転、スピードオーバーなどはハンドルを握る人間が気を付ければ確実に防げることだと思います。

ドライバーが、気を付けることで事故が防げることについては、ハンドルを握る個人に対しての交通安全教育を徹底するしかないと思います。

交通ルールを破った人に対してのペナルティーも今よりもっと厳しくすべきだと思います。

私たちと同じように大変な出来事(東日本大震災)を体験した子供たちですが…子供たちの表情は明るく、私たちに未来を感じさせてくれる貴重な存在です。

これからも、ますます地域の子どもたちの顔が曇らないような環境づくりをしなければと強く思う私でした。

私の周りでは、少しずつではありますが地域全体がいつも通りの日常生活へとハンドルが切られているように思えることがホッと出来ることになっています。

今日のガンディーの言葉「ルールなくては、何事も成就しない。ルールで動いている中でちょっとでも違反があれば、全体の太陽系のシステムも部分に分解されてしまう。」

投稿者 jizai3 : 13:21 | コメント (0)

2011年4月19日

佐世保から駆けつけてくれた三男坊夫婦の顔を見て…


一昨日夕方遅くに到着した三男坊夫婦に…やっと逢えました。

6本入りの重い天然水やラーメン、菓子などのお土産をたくさん持参して二人はやって来ました。

主人には「桜島」という芋焼酎を持って来てくれました。


昨日と今日は休肝日でしたので…約束は守り、明日の夕食時を楽しみにするということになりました。

あまりべたべたした親子関係ではありませんが、今回の地震は本当に心配したらしく…息子たちは何度も佐世保や福岡から℡をくれました。

災害ボランティアということも考えたそうですが、素人が災害現場へ入って迷惑をかけてもまずいと思って、今回は実家と親戚周りを中心と考え直して宮城県入りを実行したそうです。

私たちと逢う前にもいろいろ親戚を尋ね、安否を確かめ、久しぶりの再会を果たしてきたようでした。

親戚にも家が半壊や、建て直しが必要で引っ越しをしていたり…野蒜や石巻方面の被害は彼らの想像以上で「これからが大変だね!」と心を痛めていました。

家じゅうの車が全て流されてしまった親戚もいたそうです。

道路の被害も大きくて、大きい段差にはパンクも心配と言っていましたが、まだまだ混乱は続いている様子で、今はあまり動き回らない方がいいと言っていました。

息子たちは、金曜日まで滞在するようですが、まだゆっくりと一緒に食事をしたりはしていません。

人数が多くなると全員の都合を合わせることが難しくなってしまいますが「水曜日にでも....」ということにしました。

いつも私たちは二人だけで生活をしていますが、今回のような出来事があると、自分たちの周りに人々が居ただけでも安心できるところがあるものですね。
この巨大地震を体験してからは、一人暮らしの心細さを訴える友人の気持ちが良く解るような気がしました。

そして、私は「地震の前だって一人暮らしだったでしょう!」と言ってしまったことを後悔しました。

あの頃は、地震の直後で気が張り詰めていた時でしたし、余震が度々で、落ち着いて物事を考えられないような時でしたので、友人の心細さに関しても貴女が選んだ人生で、この前までは一人暮らしの気楽さを楽しんでいるようにしか思えませんでしたので…ついつい言ってしまいました。
夕方にでも又℡をして慰めたいと思っているところです。

主人は、久しぶりに逢えた息子夫婦の顔見て本当に安心した様子でした。
「仲良く暮らしてくれることが一番の親孝行だ!」と言っていましたが…その通りですね。

仲の良いカップルにはいい雰囲気が漂っているもので、何となく温かい気持ちになるものです。

私は、仲の良い夫妻が営んでいる佐世保市松山町カフェ&ギャラリー「Nobucafe」の木工商品をお土産にもらいました。

木のぬくもりが伝わる箸とヘラはとても使いよさそうです。
大切に愛用させてもらいたいと思っています。

今日のガンディーの言葉「良い考えは香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 12:19 | コメント (0)

2011年4月18日

大崎市水道お客様センター(古川リオーネ)へ、漏水による申請を済ませて…


今日は、午前中に東日本大震災の被害の為に大崎市古川リオーネに設けられた「大崎市水道お客様センター」へ出掛けました。

ギャラリーでは、東日本大震災後の通水の後に漏水が見つかり設備屋さんに修理してもらいましたが…検針の時に漏水を指摘され、申請により減免処置が出来るという案内を頂いていましたので、今日はその手続きに出掛けました。
 

大崎市発行の復興支援特集 広報「おおさき」にも水道料のことが掲載されていましたので、よく読んで出掛けました。

水道検針票と印鑑と被災証明書と、簡単な申請だけで済みました。

今月は、申請により口座引き落としせずコンビニ払いになるそうです。
そして、来月からはいつもの口座引き落としになるそうです。

ほんの少しの時間で申請は終わり、担当の係の職員も親切でしたが、多くの方々が入れ替わり立代り水道料金や下水の事や漏水のことなどを尋ね…手続きに追われていました。

出掛ける前までは、各地域の総合支所で申請が出来ればいいのにとも思いましたが…リオーネの場所なら大崎市民は誰もが知っていますし、手続きだけなら短時間で駐車料金も無料で、大崎市全体の申請が一度に出来るので事務処理の煩雑さも簡略化されて、むしろこれでいいと思って帰って来ました。

今回の巨大地震では、いろいろな所で水道管が破損して、市民は通水のない生活を強いられました。

私たちは、当たり前のように水道をひねると水が出る便利な生活を送っていましたので…今回の断水はとても大変でした。

地震後に、はじめて通水した時は本当に感激しました。

4月7日の夜の余震時にも揺れがおさまった後には、私はすぐに水を溜め始めました。

水のない生活の不便さを嫌というほど味わった私には断水が一番堪えたことでしたので…災害時・非常時には水の保管は一番大切なことです。

ですから、漏水を指摘されて、作業所の裏で漏水場所を発見した時には「水がもったいない!」と思いました。

T設備屋さんは、すぐに通常通りに通水出来るように処置をして下さいましたのでとても助かりました。

現在私は、改めて通水のありがたさに感謝しながら日常生活を送っています。

平穏な日常が自分にとってかけがえのないものだということを思い知らされ、つまらない不満などは取るに足りないものだということを再認識する日々であります。

今日のガンディーの言葉「後天的に成長した人のしるしは、要するに仕事を滞らせないことである。」「自制は本当の喜びである。」

投稿者 jizai3 : 13:33 | コメント (0)

2011年4月17日

素敵で古き良き日本家屋に移転した「菜の花の広場」


菜の花の広場ホームページ

今回の東日本大震災に於ける被害で、大崎市古川七日町バス停前で開設していた「菜の花の広場」は、大崎市役所プレハブ庁舎北会議室駐車場出口前のお屋敷に移転しました。

今日は、移転後初めて主人と二人で古き良き日本家屋に出掛けました。

Blog写真は移転した「菜の花の広場」・庭のしだれ桜です。

大崎市の桜はまだ蕾のところが殆どですが...移転場所「菜の花の広場」のしだれ桜は素敵でした。

落ち着いた日本庭園に囲まれた日本家屋は独特のいい雰囲気を醸し出し、懐かしさと穏やかさを感じさせてくれる和の空間は私たちに安らぎを与えてくれました。

午後には会員の仲間が次々と集まってきて、お互いの無事を喜びながら、親睦を深めながら美味しいお茶を戴きながら楽しいおしゃべりをしてきました。


3・11の巨大地震後には、ハムやお肉や、卵、牛乳、野菜などを低価格で販売して多くの人々に喜ばれ、多く市民から「菜の花の広場の活動に助けられた!」というお褒めの言葉を数多く頂いてとても嬉しかったという報告を受けました。

加美町のF氏が片道50分かけて自転車を漕いで食材を積み、菜の花の広場で販売をした行為が皆に喜ばれたということでした。

牛乳も卵もなかなか手に入らない時に、菜の花の広場ではそれらを提供することが出来...皆様に喜んでもらえたそうで、販売を手伝った会員たちもとても嬉しそうでした。

今日の再会は、本当に久しぶりでしたが、水のない時に水を運んでくれたり、おにぎりを届けてもらったり、電話やmailで励ましてもらったり...たくさんの励ましを頂き、いい仲間の存在が大変心強く、頼もしい限りで...とてもありがたいと思いながらの帰宅となりました。

*当分の間「菜の花の広場」は、毎日曜日午前10時から午後3時半まで開設しておりますのでどうぞ気軽にお出かけ下さいますようご案内申し上げます。

今日のガンディーの言葉「精神は、善良な人々の仲間がいなければ、干上がってしまう。」

投稿者 jizai3 : 16:31 | コメント (0)

2011年4月16日

雷が鳴り、茨城県付近では強い余震が、そして大崎市の昼はまるで夕方のような暗さに…


今日は昼近くに茨城県沖発生の地震があり、緊急地震速報のチャイムが鳴りました。

速報の注意地域に宮城県はありませんでしたが…それでも体感の揺れを感じました。

その頃からは雷が鳴り、辺りはどんどん暗くなり、何となく不安になるような景色が広がりました。

揺れの後には風が強くなり…雨も降り出しています。

遠くからは、雷の音が時々聞こえてききます。

地盤が緩んでいる所に雨が降りだしたのでは…と、土砂災害が心配になります。

もう十分に痛めつけられている被災地で暮らす人々の不安は増すばかりだと思い、憂鬱な気持ちになってしまいました。

被災地ではお天気がとても気になります。
雷の音と昼の暗さを想って…いよいよ天変地異の始まりなのかなどと思ってしまいました。

でも、天気予報では夕方の3時頃には天気は回復するでしょうと言っています。

午後からは、気温は下がるようですが…春らしい落ち着いた陽気がとても待ち遠しい私です。

今日のガンディーの言葉「人生は安楽な事ではない。棘がいっぱいある。」

投稿者 jizai3 : 12:02 | コメント (0)

2011年4月15日

簡素化して行われた松山地域の鎮守さま羽黒神社春季例祭


今日は、例年行われている大崎市松山地域の鎮守さま羽黒神社氏子総代会総会は5月に延期ということにして…羽黒神社の春季例祭が行われました。

羽黒神社でも、社殿や境内構造物などの破損があり東日本大震災の被害が少なくないということで、簡素化した中でも神事に則り春季例祭を執り行ったそうです。

事前案内のお知らせ文で、今年は神輿渡御を行わず、寄付金(献膳料)も頂きませんということが伝えられ、御神符(お札)だけは頒布しますということでした。

毎年、総会後の午後には天狗様が先導する神輿が出て、笛や太鼓の音色が松山地域内に響き渡るのですが…今年の春季例大祭はとても静かで…物寂しい感じです。

今年は主人の帰りも早く、お酒も無かったそうでした。

丁度、一番下の孫がギャラリーに着いた時でもありましたが、孫も子供の時は「羽黒神社のお祭りが楽しみだった!」と話していました。

孫のSは、岩沼の会社の寮で生活をしていますが、大震災後も何不自由なくいつも通りの生活が送れたそうです。

但し2週間だけ工場が元に戻る間だけ仕事なしの状態で退屈だったと話し「仕事が出来ることは幸せなことだと思った。」と話していました。

被災地の工場再開でいち早くNHKが報道した工場でした。

丁度、私たちもTVを見て「Sの会社だね。再開出来て良かったね!」と話したことを伝えました。
頑張りの先駆けになって勇気をもらったという反響もあったそうです。

孫の会社では、社員の中には住むところを流されたり、自宅が半壊状態で住めないので、今も家族が寮で一緒に生活を送っている人もいるそうです。(6畳の部屋に3人もいるんだよと言っていました。)しかし、家族も社員も「寮があって助かる!」と大変感謝しているそうです。

Sは、思わず絶句してしまうような悲惨な状況も見たそうです。

高速道路にも、段差注意の標識があり、すごい段差の所もあったと話していましたが…こちらに向かう道路は渋滞していたそうです。

孫は、昼食を共にし、タイヤ交換だけをしてから職場のある岩沼に戻りました。

帰り際に「今回の地震は、人生観を変えたね。将来のこといろいろ考えさせられたよ。」と言いましたので「考えさせられるような体験を活かす生き方をしなければね!」と言って別れましたが、私たちだけじゃなく、20代前半の若者たちまでもが、今後の生き方を深く考えるようになることはいい事なのかなとも思ったりしました。

「ピンチはチャンス!」という言葉を呪文のように唱えている人がいるとも聞きますが…負けない心はとても大事だと思います。

~~音楽で伝えたい~~というコーナーで本田路津子の「一人の手」という歌を聴きました。

♪一人の小さな手 何もできないけど みんなが集まれば 何かできる 何かできる♪という歌詞に励まされている人々が沢山いることを知りました。

久しぶりに聴いてみて…私も歌詞は良く知っていて、歌えました。
すごくいい歌だなと思いました。

今回の大震災に関しても、日本人皆が力を合わせればきっと立ち直れると本気で思えるような歌でした。

今日のガンディーの言葉「親切で寛大であることが(神そのもの)慈愛である。」「どんなに台風の暴風雨が大きくても、海は、その半面の静けさを捨てはしない。」

投稿者 jizai3 : 16:55 | コメント (0)

2011年4月14日

一時ですが、余震の怖さを忘れて見入ったTVで観た映画「ブラッド・ダイヤモンド」



今日は午前中に先日の夜の地震で倒れたアンテナを立て直してもらいました。
    

自宅のTVは、7日の夜の地震から地上デジタルが駄目で、BSだけが見られる状態でした。

S電気屋さんに「見て下さいね。」と話していて…忙しい中でも、今日来てくれました。
そのようなわけで、私たちは8日からはBSだけを観ていました。

昨晩は、お風呂から上がりもう寝ようと思いましたが…何気なく主人がチャンネルを回しましたら…丁度、2006年制作のアメリカ映画が始まるところでした。

「面白そうだ!ディカプリオが主演だぞ!!」と主人が言いましたので…私も「じゃー、観る。」と言って見始めましたが…人類の富の象徴であるダイヤモンドを巡る社会派サスペンス映画で、今を生きる私たちに重く突き刺さるテーマを持った素晴らしい映画でした。

夢中になって最後まで観ましたが…観終わった時に、余震の怖さをすっかり忘れている自分に気づき驚いてしまいました。
主人も「地震のことをすっかり忘れていたよ!」と言っていました。

「すごくいい映画を観た!!」と満足しながらベッドに入りました。

ダイヤモンドに目が眩むと子供たちが悲劇に見舞われるということが本当に良く伝わってくる映画でした。

アフリカのシエラレオネ共和国では、政府軍と反政府軍RUFによる内戦で、同じ国民同士が利権を巡り襲撃・虐殺を繰り返しています。

しかし、単なる内戦ではなくこの争いの奥にあるものが先進国の人々の限りない欲望であることに気づいてゆくと、画面を凝視することが辛くなるような内容でした。

人間の強い欲望が何でもビジネスになるという考えと、それを売る人々を断罪するだけでは根本解決にはならず、その恩恵を受けて日常を送っている人間が無頓着では何事も解決しないということを思い知らされる物語は…現代にも確実に通じる内容であると深く考えさせられてしまいました。

涙がこぼれてしまう親子の愛情、悪しき連鎖を断ち切らなければ本当の平和は来ない…と、重いテーマを持つ内容は、今、日本で起きている福島第一原発の問題とも重なりあって、豊かさの裏にあるものをきちんと見極めなければいけないということを深く考えさせられる映画でした。

それにしても、この映画の中でのディカプリオさんは、私が知っているレオナルド・ディカプリオさんではなく、まるでディカプリオそっくりの別人格のディカプリオさんと思えるような見事な演技力でした。

社会的な意義を持つ素晴らしい映画は、いつも余震に怯えている私を一時すっかり解放してくれました。

今朝は、強い風もおさまり、春らしい爽やか陽気となり…気持ち良い一日となりそうです。

今日のガンディーの言葉「所有しないということは、我々は、今日必要としない何物も貯蔵すべきでないということだ。」「自分の欲望を限りなく持ち出すことは罪深い事である。」

投稿者 jizai3 : 12:13 | コメント (0)

2011年4月13日

暴風注意報が出ている大崎市と石巻市…昨日より強い風にあおられて!


今日は朝から強い風が吹いています。

昨日も風が強かったのですが…今日は昼過ぎには大崎市と石巻市には暴風警報が出されました。

ビュービューと何度も風が呻り声を上げてすごい勢いで吹き荒れています。

瓦礫の山に強風が吹き荒れる様子や砂ぼこりが立ち上がっている様子を想像しただけで…憂鬱になってしまいます。


相変わらず広範囲な余震も続いています。

私も今朝続けて2回揺れを体験しましたが、先にギャラリーに来ていた主人は「余震は、これまでに3回あったよ!」と言っていました。

意外と主人は敏感で震度1の揺れにも気づくようですが…私の場合には震度1の揺れはほとんど気づかないでいます。

最近は、揺れに対して怒りさえ感じているような人もいます。

すごくイライラしている姿が気の毒ですが…相手は地震。
怒りを抱いても決して相手になどしてくれるはずもない存在ですから、揺れが始まったらひたすら耐えて怪我をしないように気を付けて、ただただ自分を守るだけだと思います。

逃げるが勝ちとしか考えられない相手ですが、この地震の力を何かエレルギーにでも利用することは出来なのかしらと思っている私なのですが…

今日のガンディーの言葉「人生の喜びは、自分の人生の心配事の中から自分を奪い去るところにある。」


  

投稿者 jizai3 : 14:51 | コメント (0)

2011年4月12日

巨大地震から1ヶ月・続く余震に不安は募るばかり…でも、負けては駄目!

昨日の夕方5時過ぎから、何度も続く余震に不安は募るばかりです。

昨晩は、巨大地震3.11から1ヶ月が経過し、第4回「フランク永井歌コンクール」実行委員会が開催されました。

大崎市松山総合支所分庁舎には11名の実行委員たちが集まりました。
これまでの会合では一番少ない人数での会議となりました。
でも、女性は5人参加しました。

夜7時からの会議でしたが、あんなにも何度も余震が起きたので出席者はもっと少ないかなと思うぐらいでした。

私たちは、1年後の思いを描きながらいろいろ協議はしましたが…4月11日現在で、はっきり言えることは1年延期で第4回「フランク永井歌コンクール」開催を予定しているということです。

会場である大崎市松山体育館の改修工事もありますし、今年いっぱいかかっての改修工事の進捗状況などを検討しながら、開催を決めたいということになりました。

パンフレットのご協賛を頂いている方々にもこのことをいち早く伝え、第4回の歌コンは1年間延期でパンフレットはこのまま使わせて頂くことになりました。

巨大地震の影響はとても大きく、余震がどの程度に落ち着いてくるかもまだ解らない状況です。

昨日から、今朝にかけ、とても広範囲で余震が多発していますので…心配です。

第4回「フランク永井歌コンクール」は、そのまま1年延期ということでありますから、入場券も大事に保管して頂ければそのまま使えますし、払い戻しを希望なさる方には前売り入場券をお持ち下されば1枚につき1,000円を払い戻しすることになりました。

それにしても、とうとう福島第一原発の事故評価は最悪のレベル7になりました。

暫定的とは言え、現状評価がチェルノブイリで起きた原発事故と同じ評価になってしまったことが…大変ショックです。
大津波が起きることに対して考えが甘すぎたと言わざるを得ませんが…放射生物質の拡散飛散が、これからの人々の身体にどのような影響を与えるのか大変心配です。

解らないことだらけで生きなければいけないという不安はとても大きいのですが、私たちの先人・貞観地震経験者たちも今よりももっともっと解らないことだらけでも強く生き抜き…平成の時代まで日本人の歩みを止めることなく繋いできたのですから、平成を生きる私たちも逞しく生き抜かなければと思います。

お日様は顔を出していますが、強い風が吹き荒れています。

自然は平然といろいろな表情を見せ、いつも何事も無かったかのように冷静です。

私は、TVから流れる緊急地震予報のチャイム音を聞くといつも心臓がドキドキします。


平静ではいられなくなる自分に不安が募り…情けないなと思いますが、それが正直な気持ちです。

大自然を前にして人知が無力であることを再認識し、自然の力を恐れる気持ちが子供の頃のように強くなってしまった私です。

平穏な来春を夢見て…今年は複雑な気持ちで桜の開花を待ちたいと思っています。

今日のガンディーの言葉「人生のどんな時でも、私は神の存在を認識できる。それは、誰かを恐れているからだろうか。」

投稿者 jizai3 : 12:14 | コメント (0)

2011年4月11日

巨大地震3.11から1ヶ月が経過して….


忘れることのできない、あの巨大地震2011年3月11日から…1ヶ月が経過しました。

今朝、早くに東日本大震災直後から依頼していた作業所の片付けが始まりました。

片づけにいらした業者さんも大きな被害を受け、今までは家族全員避難所生活をしていましたが、7日の夜の強い余震の日に新しい家を借りて家族みんなで引っ越したばかりだったそうで…「びっくりするような引っ越し祝いをしてもらいましたよ!」と笑って話してくれました。

社長は、地域の中でもいろいろと活躍されているようで、震度5以上の時には一人暮らしの家を回るそうです。

「地震のトラウマになって体調を崩した人がいて本当に気の毒だ!」と嘆いていらっしゃいました。

被災者の多くの人々、私もそうですが…揺れや物音に対してすごく敏感になっていることは本当です。

社長の所では、工場も半壊状態だそうです。

社長からは「少しずつ時間をかけて片づけさせてもらいますので...」という話を頂きましたので、私たちは「そのようにして下さい。」と答えました。

若い社長は明るく前向きで、傍で見ていた主人は「さすがプロ!すこぶる手際がいい!!」と盛んに褒めていました。

休憩の時、若い社長に「フランク永井歌コンの入場券すでに購入済みなんだけど、歌コンクールはするんでしょう?」と、聞かれ「ハイ、来年の同時期に行う予定です。1年間延期させてもらいますが、入場券は来年そのまま使えますので大事に保管願います。」と答えました。

「俺、フランク永井大好きだから。この歌コン楽しみだから…」と言われ、私は社長に対して親しみを感じました。

主人は、この社長の前の社長(お父さん)からのお付き合いだそうですが、先代も面白くて気さくで明るい人だったそうで「息子も、お父さんに似てきた感じがする!」と言っていました。

巨大地震の後にも強い余震があり、まだまだ不安の強い日々を過ごしていますが…「負けないぞ!」という気持ちだけは持ち続けたいと思っています。

1ヶ月が経過してもゆっくりとお風呂にも入れない人がいる現状を出来るだけ早く回復させ、一日の中でゆったりとした時間が持てるようになってほしいと願います。

まだまだこれからですが、東北人らしい粘り強さで今後も余震の揺れと向き合って行きたいなと思います。

今夜は、夜7時から大崎市松山総合支所分庁舎で、1年延期を役員たちだけで決めた(3月13日大崎市松山公民館での会議)ことについて、仕切り直しになる第4回「フランク永井歌コンクール」実行委員会が行われます。

「夜の会議は怖いね!」と言っている人もいますが、余震はいつ来るかわかりませんので…「必要以上に怖がらないようにしましょう。」とだけ言いましたが…

今日のガンディーの言葉「後天的に成長した人のしるしは、要するに仕事を滞らせないことである。」

投稿者 jizai3 : 11:57 | コメント (0)

2011年4月10日

昨日の夕方にも強い揺れが….


今日はとてもいいお天気で、暖かく、大崎市の上空を見上げると余震の怖さを忘れてしまいそうなきれいな青空が広がっています。

昨日、ギャラリーから帰ろうとした時に…又、揺れました。
短時間でしたが、大崎市は震度5弱の揺れでした。

これからも、大きな余震は続くだろうと覚悟してJK-Blogを書き終えたばかりの時でしたので「その通り!」と言わんばかりの揺れに、心の奥底では「もういい加減にして!」と叫びたい気持ちでいることも確かではあるのですが…大自然の偉大さにはどんなに抗っても敵わないということを再び嫌というほど思い知らされた気がしました。

今朝のNHKの報道番組で「日本は地殻変動期の活発時期に突入した。」と言っている学者の方がいらっしゃいましたが、私はこの話を聞いて、日本列島至る所で揺れが発生するかも知れないと考えて生きる共通の思いが必要だと思いました。

4月7日(木)夜の強い揺れのことですが…栗原市で暮らしているご夫妻ですが、いつもは2階でもう寝ている時間帯でしたが、その日に限り炬燵でうたた寝をしていて強い余震を感じて飛び起きたそうです。
後から2階へ上がってみたらテレビが飛び、家具は布団の上に倒れ…その光景を見て二人はゾッとしたそうです。

3月11日の時の巨大地震では、寝室の家具が倒れることなど無かったので…油断していたそうですが「これからも、強い余震が続くものと思って家具を止めた。」と言っていました。

我が家では、備え付けの家具しか無いので家具が倒れる心配はありませんが、揺れに備えて考えられる対策をすべて行うようにしたいと思っています。
いつ断水なってもいいようにと水の保管もしていますし、PCでLEDランプのランタンも二つ購入しました。
真っ暗い中での小さな灯りは本当にホッと出来ますし、水が使えることはありがたいことです。

私は今、昔、貞観地震の恐怖を体験しながらも逞しく生き延びてきた日本の先人たちの知恵からいろいろなことを学ばせて頂きたいと真剣に思っています。

今日のガンディーの言葉「もしも、関連性がなければ重要性のある事であってもその重要性を失います。どんな小さなことであっても、関連性のある事は重要性なのだということです。」


投稿者 jizai3 : 12:43 | コメント (0)

2011年4月 9日

余震とは思えないような強い余震を体験して!


4月7日(木)夜11時32分頃に、またかと思うような大きな揺れを体験しました。

すぐ停電になり…今度は真っ暗の恐怖感に襲われました。
「落ち着いて行動をして下さい!」と、呼びかける大崎市松山総合支所の防災無線を聞きながらも、なかなか寝付けないまま…朝を迎えました。

翌朝の新聞は、勿論遅い時間での出来事でしたので大きな揺れのことについては書かれていませんでしたが…今朝の河北新報には「復旧さなか再び緊迫」の、大きな第一面見出し記事が掲載されていました。

大崎市は震度6強の大きな揺れでした。

マグニチュード7,4と発表されましたが、その後7,1と修正されました。
宮城県沖で震源の深さは約40Kでしたが、その後60Kに修正でした。
深いところでの地震でしたので津波は起きませんでしたが…つい先月の巨大地震が頭をよぎり、本当に怖い思いが呼び起されて…4月8日の朝を迎えました。

落ち着きを取り戻しつつある時でもあり、疲れなども出始めている時でしたので「もういい加減にしてほしい!もう嫌!!」という気持ち真実でした。

避難所生活をしている大勢の人たちのことを考えると本当に切なくて堪りません。

又、この前と同じようになるのかという思いが、ぐるぐると頭を巡りました。

停電、断水、物資不足、そして、原発の心配…本当にもううんざりですが、相手が自然である以上、私の声など届くはずもありません。

昨日の朝は小鳥のさえずりで目が覚め、今朝は小雨の音で目覚めました。

人間に対して、再びあんなすごい恐怖を与えながらも、自然は何もなかったかのように清々しい朝を送ってくれました。

義妹が℡を寄こし「仙台では、又、食料品などの買い占めが始まっている感じがするの。」と言っていました。

今日、都市ガスが開通して久しぶりに入浴できると喜んでいましたが…義妹は「私は水が出るだけでも感謝だわ!お湯が出なくても通水してくれただけでありがたいと思う。最近、すごく謙虚になったような気がするの!!」と言っていました。「同感です!私もすごく謙虚になりました。」と言いましたが…悪夢の再来は多くの人々にいろいろな思いを抱かせているようです。

それでも、今から1,000年前の時代にも日本では貞観地震(869年)という巨大地震が発生したわけですが…情報も極端に乏しい中で、ただただ震え、大きな揺れがおさまることを祈りながら…ひたすら耐えた人々のことを思いますと、現代を生きる私たちは、今回の地震・余震に負けるわけにはいかないと思います。

多くの学者たちは「今後も5強クラスの余震は続く!」と言っていますが、地殻が比較的安定していた時代は終わりを告げ、本格的な地殻変動真っ盛りの時期に入ってしまったのかも知れませんね。

「1,000年に一度」と言われる巨大地震が発生して、もう日本列島地殻変動真っ盛りというパンドラの箱の蓋が開いてしまったのかも知れないという思いでおります。

7日の夜に起きたような地震が度々起きるかも知れないと思うだけで本当は恐怖ですが…強い精神力で1,000年前にも同じような恐怖を乗り越えた先人の知恵を頼りに、ひたすら生き延びられるように多くの人々と力を合わせ、地震国である日本の再認識を深め、エネルギー問題などに関しては国民的課題と受け止め、政府や電力会社の言いなりにならず、全面的・盲目的に信頼することも止めて、国民一人一人が特に深く掘り下げて考えながら…本来の日本人が持っているはずの強い精神性を支えに逞しく生きたいと願う今日の私です。

今日のガンディーの言葉「人間の強欲は、正に、天空まで届くかも知れません。例えどんなに低い高さだとしてもです。ですから、欲には限界を設けるべきです。」

投稿者 jizai3 : 18:31 | コメント (0)

2011年4月 7日

在り来たりの日常のありがたさを想って…


今日も暖かな一日になりました。

今日は、午前中に久しぶりに大崎市松山保育所の可愛い子供たちが先生たちとお揃いの空色の帽子をかぶってお散歩している後姿を見かけました。

これまでに何度も見かけた光景が、今日は特別のことのように見えてしまいました。

ごくありふれた在り来たりの日常生活のありがたさをつくづく感じている今日この頃です。

今日は水道の検針がありました。

検針をして下さったおばさんが「漏水があったようですね。すごい漏水量ですから、市のお客様センターに問い合わせをして下さいね。適切な指示が受けられると思いますから。」ということでしたので、早速、大崎市の水道お客様センター(℡0120-366-171)へ℡を入れました。

とても親切な市水道職員のTさんという方が、解りやすい説明をして下さったので助かりました。

この地震による漏水に関しては広報「おおさき」で申請案内をするそうです。

広報を見てから水道料に関する申請の手続きをして下さいという指示を受けました。

水道料は、口座引き落としなのでお客様番号を伝えてから電話を切りましたが「疑問がある時には、再度お電話をお願いします。」と大変親切な応対でした。

最近は、毎日のようにいろいろ方々から、地震被害のお見舞いはがきを頂いております。
心配する気持ちがビンビン伝わってくる言葉に、ただただありがたいと思いながら...相手のお顔を思い浮かべて頑張りますからと、返信をしています。

同じ宮城県でも沿岸部に比べれば、私たちが暮らしている大崎市の被害は少ないようですが…余震に怯える人は少なくありません。

今朝、ギャラリーにいらした方も、ちょっとでも音がしたり、揺れたかなと思うと…驚くような怯え方でこちらまで怖くなってしまいました。

私が「もう、あれほどの強い揺れは無いでしょうから…」と言いましたが「解っているけれど…身体がビクリとなってしまって。敏感になってしまってどうしようも無いの!」という答えが返ってきました。

このような事がある度に、いつもの生活がどれほど大切なものであったかを思い知らされています。

こんなにも、いつもの在り来たりの日常が有難い日々であったかを想っている私です。

今日は、いつものように灯油を配達してもらうことが出来ました。
「有難いな!」と素直に感謝することが出来ました。
~~~最近の私はすごく謙虚です。~~~

今日のガンディーの言葉「綺麗な心から叫ばれた言葉は、決して空しく進まない。」

投稿者 jizai3 : 14:19 | コメント (0)

2011年4月 6日

久しぶりのBP教室で伸びやかに…


今日は、久しぶりに午前10時から大崎市松山公民館の2F和室でボディーポテンシャル教室がありました。

お互いの無事を確かめ合うことが出来て、とても安心しました。

都合により欠席者が2名いましたが…M先生の優しい声に合わせてBP教室が始まりました。

教室が終わる頃には、身体が伸びやかになった感じがしました。

BP教室の体操は、全てが無理なく心地よい動きなので、今日も本当に気持ちよく不思議な骨の体操が実感できました。

勿論、震災後初めての教室でしたが…とても気持ち良くリラックス出来、最高の自己解放の時間となりました。

昼食後には、主人の同級生(横須賀在住)のK子さんがレトルトカレーとかサランラップとか、タオル、手ぬぐい...を送ってくれました。
宮城県の被害が大きいということで…だいぶ心配して下さっていたようです。

内陸地の被害はそれほどでもないようですが、地域によってだいぶ差があるようです。
主人がK子さんに「大丈夫ですから!」と伝えましたら安心して下さった様子でした。

県内の校舎の被害は甚大なようで、子供たちの学習環境が懸念されます。
それでも、明るい子供たちの表情に…私たちは本当に救われます。

これからが、疲れの出やすい時期でありますし、本当の意味で喪失感が強くなる時でもあると思われますので、決して孤立化することなく、悲しみや辛さを多くの他の人たちと共有することで乗り越えてほしいと思います。

東北人は、古里を愛する気持ちがとても強いようですが…今は、出来るだけ快適に生活できる場所で精いっぱい生きることを一番に考え、その後の生活のことは少し時間をかけてじっくりと考えることが大切だと思います。

しかし、大地震・大津波・福島第一原発の被害を受けた人たちの気持ちを考えると本当に辛くなってしまって…胸が痛くて堪りません。

本当に落ち着くまでは、莫大な時間が必要ですし、お金もかかりますから…一日も早く具体的な支援が必要だと思います。
温かい支援が無ければ…被災者が立ち直ることは本当に難しいと思います。

現在の先の見えない生活から、ほんの少しでも希望が感じられるような毎日が送れるようになればいいと願っているのですが…

でも、今日はお天気が良くとっても春っぽくて…何となく明るい気持ちになれましたのは嬉しいことでした。

今日のガンディーの言葉「ナナクは、言っています。『額に汗して得たパンを他の人に分ける人こそ、本当に正しい人と呼ばれる人だ』と。」

投稿者 jizai3 : 14:07 | コメント (0)

2011年4月 5日

人間性が見え隠れの大震災を経験して…




今日は、午前中に先日頼まれた壺を箱に入れリボンをかけて納めるばかりとしました。

大震災後、県外からのボランティアにいらした方がコーヒーカップを買って下さいましたが、その後、壺5個の注文がありました。

「箱入れで」と言われましたが、箱を制作する道具が地震の被害を受けましたので、今回は紙箱で納めさせてもらうことで了解して頂きました。

主人も、制作する場所が変わったり、道具の場所を移したりしているので戸惑いがあるようです。
まだ落ち着いて轆轤に向かうことは出来ないようです。

それでも、いらっしゃる方からはギャラリーの作品があまり被害を受けていないので…とても驚きの言葉を頂いています。

私がとても気に入っていた大きな壺「寛容」が破損したことはショックでした。

「寛容」には川砂を入れ、大丈夫と思っていただけに…大変残念です。
バチカン市国での美術展に出品していますが、成形が大変優しく、おおらかで、すごく発色のいい辰砂壺でした。

この前「寛容」の壺の夢を見て、急に目が覚め…破損した事実を思い知らされとても悲しい気持ちになりました。

私が時々「寛容」の話をすると、主人は「形あるものは壊れてしまうのは仕方ないこと!又、つくればいい。寛容の精神の方がずっと大事なんだよ。」と言います。

その通りだとは解っているのですが、いつもの場所に無いあの壺の現実が悲しく、喪失感があります。

ですから、大津波で全てを失ってしまった人々の心を想像すると…本当に胸が痛みます。

今日は昼から、大崎市古川地区の方がいらして大崎市議会議員共産党O議員の身勝手な話を聞き、こんな時には「人間性が浮き彫りになるわね!」と話し合いました。

なかなか手に入らなかったガソリンの話ですが、ガソリン券配布に関した話で町内会役員の優先を指導した話でした。

話の最後、みんなが困っている時には、その人の人間性がそのまま出るものだということで一件落着でした。

役員という立場、議員という立場、区長という立場をどのように理解するかによって…行動はまるで違ってきますね。

立場を利用して自分たちだけが有利にことを運ぶことが役付きの役割と考えるのか。
自分たちのことを後回しにして地域の人々を優先させるようにするのが役付きの責任と考えるのか。

今は、私たち一人一人に対して自制とか自律が求められる時期であり、色々な意味で自己コントロールが大切な時だと思います。

最近ではだいぶ落ち着きを取り戻してきたように見えますが…時間の経過と共に見えてくるものも数多くあるようです。

困った時、苦しい時ほど、その人が持つ人間の深い部分が見えてくるものだということだけは明確なようです。

O議員は謝罪すると言っているそうです。
「一度やってしまった事は、いくら謝罪しても無かったことには出来ない!」とIさんは言っていました。

私が知っているO議員とは思えないような話に驚きましたが…謝罪しないよりは、悪かったと本気で思うなら…私は謝罪した方がいいと思います。

大震災の大動揺で、判断ミスをしてしまったのかも知れませんし...ね。

*4月5日 相田みつを氏の言葉「いいことは、おかげさま わるいことは、身から出たさび」

今日のガンディーの言葉「自分を支配することが出来ない人は、他人を支配することで成功する事は出来るはずがない。」

投稿者 jizai3 : 14:04 | コメント (0)

2011年4月 4日

大震災で出た瓦礫の山が…


Blog写真は「来週の月曜日・4月11日まで受け付けます。」という知らせが入っている大崎市松山地区の大震災で出た瓦礫の山です。

災害用ゴミ捨て場は、大崎市松山地域の駅前住宅空き地に開設されています。

自宅に飾っていた絵画が床に落ち、絵が破損して額にも傷がついてしまったので…持ってゆきましたが、すごい瓦礫の山で多くの家財道具が捨てられていました。

丁度、大きなトラックがゴロゴロとした大きな石を積んで空き地に入って来るところでした。
すごい量の石が捨てられていましたが、大崎市松山総合支所の職員が受付を担当して、災害用のゴミを種別し捨て場所の指示をしていました。

最近では、災害で壊れたものでない物まで捨てに来る人がいて困っているという話も耳にしました。


この時期を見計らっていらない物は捨ててしまおうという考えなのでしょうが、物にはいろいろな思い出もあるし、お金もかかっていますし…津波に全てを持って行かれた人たちのことを考えますと…まだ使える物まで、この際一気に捨ててしまうというのは如何なものかと思っています。

今回の大震災は、人の生き方を根本から問い直す力さえ持っていたと思われます。

大きな恐怖と、大きな悲しみと、大きな犠牲を払った出来事がいつまでも言い伝えられ、しっかりと次世代へ語り継がなければいけないと思いますし、その使命を担っているのが今を生きている私たちだと自覚しています。

このところの、春の暖かさは一進一退を繰り返していますが…確実に春の足音は聞こえ始めています。

被災者の私たちは、かすかに聞こえる春の足音に耳を澄ませながら毎日少しずつでも希望の歩みを進めたいと思います。

今日のガンディーの言葉「認識の試金石は、自分と自分を造ってくれた造成主の間の真実な調和の中に存在している。」

投稿者 jizai3 : 15:27 | コメント (0)

2011年4月 3日

カロリーを気にせず手軽に戴ける「養生にゅう麺」はあっさり味で大満足!



今日のお昼には、先日息子からもらった島原手延べ麺「養生にゅう麺」を戴きました。

とてもあっさり味で、大満足でした。

初めての食感の麺でしたが、身体に優しいという感じあり、少し疲れた胃にはピッタリだと思いました。

亡くなった義母が喜んで食べそうな味だと思いました。

丁度、高校野球の決勝大会が行われ、4回表東海大相模高が2点入れて、九州国際大付属高が必死に守っている所で…1点追加で東海大相模は3点を取りました。

大震災の後、初めてTVらしいTVを観ているという感じがしています。

地元東北高校が闘った時にはあまり落ち着いて観てはいなかったように思っていましたので。。。

4月最初の日曜日が高校野球の決勝大会で、観戦者の多いことも解り嬉しく思いましたし、若い子供たちの真剣なプレーに見入ることが出来、嬉しかったです。

どのような時であっても、子供たちが元気で明るいことは私たちの希望だと思います。

この希望の灯りを大切に出来る生き方をしなければと思う私でした。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 13:31 | コメント (0)

2011年4月 2日

安らげる場所を得ることの大切さ!



今回の2011・3・11大地震・大津波の正式名称が「東日本大震災」と決まったようです。

避難生活が続く中で、多くの被災者は集団生活・共同生活をしています。

自宅で過ごす生活とは大違いで戸惑うことばかりだと思いますが…TVから流れる報道で映し出される画面からは結構明るそうな表情が見られますが、東北人の粘り強さや、我慢強さが伺えます。

命が助かったことにひたすら感謝する姿には本当に涙がこぼれます。

自分の不自由さを訴えることなく、他人の安否を心配する純朴な人々の言葉にはまた涙が出てしまいます。

一日も早く、心から安らげるところでゆっくり休んで、新たなる人生を考えて頂きたいと思っています。

人間にとっては、安心安全が一番強い欲求です。

安心安全が得られる場所でゆったりとした気持ちで毎日の生活が出来ることがどれほど大切なことか…実に多くの日本人が共通体験をしました。

かけがえのない家族と共に、電気が灯った喜び、通水のありがたさ、暖がとれる幸せ、ほしい情報が得られる満足感…これまでの当り前がどれほど貴重な日々だったか…多くの人たちと共に大きな犠牲を払って体験したことをベースにして今後の人生を見つめ直したいと思います。

まずは落ち着いて生活できる環境を整えながら、近い将来を見据える覚悟が大事なことだと思います。

支援される時には、決してやせ我慢することなく支援される側になり素直に助けてもらうことも大切なことだと思います。

人は、時には助けたり、助けられたりしながら、お互いが寄り添い支えあって生きてゆくものだと思いました。

多くの被災者が共に感じ取った人生を生きる上で大切な人との繋がりや絆をこれからもより大切にして生きて行けば、日本人は必ず立ち直れるものと確信します。

一人の人間が多くの人の支えになり、多くの人がかけがえのない一人の為に一生懸命に力を注ぐ行為が、今回の大震災・大津波の後には至る所で見受けられました。
人々が助け合う姿は、本当に美しいものだと思いました。

今日のガンディーの言葉「一滴の水が、大洋をつくっている。その理由は、一滴の水の中には完全な統合力があり、そして、協調力があるからです。同じことは人間社会にも同じように採用できるのではないだろうか。」

投稿者 jizai3 : 13:35 | コメント (0)

2011年4月 1日

いろいろな事で限界を感じることになった今回の大震災!


Blog写真は、昨日の午前中、地域の方から「ギャラリーの裏の作業所脇から漏水している。」と言われた場所です。

水道が通水したのは3月24日ですから、その日から漏水だったのかどうかは解りませんが…見た時には勢いよく水が湧き出ていました。

まずは、大崎市松山総合支所に℡を入れましたが、漏水個所が敷地内ということでしたので民間の設備業者に頼むよう言われましたので、ご近所の設備業者に℡を入れ、止水栓のコックを回して水を止めました。

おかげで、再び自在窯&ギャラリーの水道はStopとなってしまいました。


昨日は、小牛田の後藤先生と巨大地震の時の話をしましたが…その夜の星空の美しさについて深く感動を覚えたと言い、大自然を前にして人知が如何に無力かということを思い知ったと話しました。

今日から、4月がスタートしました。

進級、進学の季節の到来ですが、学び舎の環境が整っていないところも多く、学習すること自体が難しいところもあるでしょうが…学生の方々にはこんな時こそ大いに学んでほしいと思っています。

そして、これからを生きる私たちは物事の限界を思い知った上で、在るべき地域の姿を考え、愛する地域を再構築することが求められますが、全ては必要最低限のものでスタートを始める覚悟が大切だと思います。

出来るだけのコストカットをし、シンプルでスリムで、純な価値観をお互いに共有できるような生き方をすべきだと思います。
私たちは、大きな犠牲を払った大震災から、学べるものは全て学んで貪欲に逞しく生きて行かなければいけないと思います。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 12:15 | コメント (0)