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2011年5月31日

査定主義の限界を感じる5月最後の日を迎えて…


先日の松山まちづくり協議会の通常総会で挨拶をした伊藤市長は「道路の事や、建物のことについてこれまでの査定主義から報告主義になりましたので、危険なところを見つけたり、大規模半壊の建物などがありましたら、直ぐに総合支所へお知らせください。」と話して下さいましたので…私は本当に良かったなと思って帰りました。

しかし、地域の皆さんといろいろ話をする中で、市長の話が現場までは伝わっていないという現実を知り、がっかりしてしました。

相変わらず、現場では「査定が先」と言い張っているそうです。

地方の道路の事や、地域で暮らす人々のことを知っているのは地元の自治体であることが当然なのに、国が頷かない限り何も出来ないという事が今の政治の在り方なのかも知れませんが…これでは地方分権など進むはずもありません。

それに今回の巨大地震は沿岸部だけではなく、内陸部での被害も大きいのです。

道路の危険も数多くありますし、とにかく歩きにくく、車の運転も大変であるということが現実です。

倒れ掛かっている家で暮らすことも生命を脅かす危険と隣り合わせの生活になっているのですから、被災者の言葉を信頼して、非常事態には査定など待たずに報告主義に基づいて市民の危険を取り除くことを最優先するのが自治体の仕事だと思います。

良くこのような事を公の機関に話すと「このようなシステムになっていますから」「決まりですから」などと平気で答えますが…このような決まり文句では最低限の市民生活を守ることなど出来ないのではないかと思います。

動きが鈍すぎて話しにならないと思います。

私は、いつも主人の運転する車の助手席に乗せてもらって出掛けていますが…道路の段差の振動が不快で堪りません。

震災当初は仕方ないと思いますが、穴ぼこには砂利を入れただけで、6月11日が来れば大震災から3ヶ月も経過するのに、大震災後の様子と殆ど見た目に変わりはないというのでは、何もしていないという事と同じではないかと思ってしまいます。

それに、最近では「本気で被災地を復興させようとしてるのだろうか?」と、私は疑っています。

 

今、永田町で起きていることの報道を見る度に国会議員とは何だろう?我々とは異なる人種なのかとさえ思っています。

巨大地震・大津波・原発・風評被害とこれだけ痛めつけられても何とか立ち上がろうと頑張っている被災地の国民を切り捨てないのであれば、政治家たちにはスピードアップしたほんものの誠意を全国民に示してほしいと思います。

私たち国民は、きちんとした国民の為の政治を行うのであれば…政党なんてどこでも構わないとさえ思っているのです。

「今は、与党議員も、野党議員も、いいえバッヂを付けている皆さん全員が信用出来ないでいます」と言っても、誰も私を責める人などいないと思います。

ここまで言い切ってしまうことは本当に悲しい事だと思いますし、私たちにとっては大変不幸なことです。

今日からでもいいですから、ご自分たちの責務を良く考え、国民の気持ちに添う政治を一日も早く行ってほしいと心から願っています。

非常時にはくだらない査定よりも、緊急を要する報告を最優先して対処し、国民が安心して暮らせることを一番に考えるべきだと思います。

マニアルも大事かも知れませんが、もっと人間の五感をフルに使って、想像力を逞しくし、困っている人たちの生活をどう支えて建て直しを諮るのかを真剣に考えて、早く行動を起こしてほしいと思います。

今日のガンディーの言葉「人間は、彼自身の精神の人間性によって、本当の事を知らされている。」

投稿者 jizai3 : 12:24 | コメント (0)

2011年5月30日

大雨注意報が出ている被災地の心配


今朝は天気予報通りの強い雨が降っています。

Blog写真は、大崎市松山文化丁表通り松山派出所前の交差点(午前11時半)の雨降りの様子です。

雨は断続的に強く、風も強く、遠くからは時々雷の音が響いてきます。

TVでは仙台市若林地区の冠水の様子を映していますし、土砂災害の危険があることを繰り返し報道し、通行止めの知らせなども伝えています。

県内では昼過ぎに最も強く雨が降ると伝えていますが、現在午前11時半でもたくさんなくらいの強い雨が横殴りに降っています。

今、JR在来線は全て運行をSTOPしているそうです。

今日の雨は5月としては観測史上最大の降水量になるのだそうですが、東日本大災害の後の大雨なので本当に土砂災害や道路の冠水が心配です。

今夜遅くまでは、注意が必要と警戒を呼び掛けています。

私は「もう、そんなに痛めつけなくてもいいのに...」と雨降りの暗い空に向かって言ってみましたが、少しも弱まること無く、容赦なく激しい大雨と暴風は被災地を大きな不安に陥れています。

今日のガンディーの言葉「人生は安楽なことではない。棘がいっぱいある。」

投稿者 jizai3 : 12:01 | コメント (0)

2011年5月29日

雨の日でも楽しいフリートーキングを…


今日は、台風2号接近の為に朝から雨が降っています。

午後は、菜の花の広場(大崎市古川)へ出掛けました。

特別のテーマを設けずに、今日はフリートーキング形式で、大崎市議会の八木議員を囲んでいろいろな話をしました。

八木議員は、新人議員だけに私たち大崎市民にとってはとても身近に感じる方で遠慮なしに素朴な質問がたくさん出て、関心深い話など…午後4時近くまで楽しく話が出来ました。

昨日の松山まちづくり協議会通常総会と比較するとあっという間の時間の流れでした。

途中からは佐藤荘太郎先生も参加して下さって、巨大地震や大津波の話、介護の話、放射能の話などもしました。

放射能の被曝については、10歳以下に集中するという被曝の話を荘太郎先生から聞いて、小さなお子様たちを抱えている保護者の人々の不安を考えると、涙ながらに記者会見をした小佐古参与さんが子どもの被曝量20ミリシーベルトに拘った意味がよく解りました。

「出来れば子供の被曝量は出来るだけ少ない方がいい」と荘太郎先生もおっしゃっていましたが…私たちは福島第一原発の一日も早い収束をひたすら祈るだけです。

それから、地震に関してですが、免震、耐震に加えて制震という言葉があることを知りましたが、制振でもいいそうです。

制震は、大型建造物にもちいられるもので建物の振動を低減させることを指すそうです。

今日、菜の花の広場に集まった方は20名くらいでしたが…大崎市には多くの課題があり、正直言って憂鬱になりますが、なかでも大震災の被害は相当深刻な様子です。

学校が被害をうけて、間借りをしたりしながら授業を再開した子供達や先生方のストレスも溜まっているようですが、出来るだけ早く落ち着いて学習やスポーツに勤しめるようになることを祈りたいと思いました。

他にも、少子高齢化の問題などについても時間をかけて話し合いましたが、人口減少問題は本当に深刻だと思います。

人口減少問題は、雇用や結婚、住居などにも直結することなので奥の深い問題であると思いますが、大崎市にも一昔前のように、少々うるさがられてもお世話好きのおじさんやおばさんの存在がまだまだ必要だと思いました。

東日本大震災を経験した私にとって、菜の花の広場で出逢える仲間達との語らいはとても充実感を味わえるものです。

今日のガンディーの言葉「我々は、善良な人たちの友を探しています。何故なら、善良な人たちの集まりは、我々の精神の糧だからです。」

投稿者 jizai3 : 19:56 | コメント (0)

2011年5月28日

平成23年度松山まちづくり協議会通常総会に参加して…


今日は、午後1時半から大崎市松山働く婦人の家2F軽運動場で"感じて自治の風"「平成23年度 松山まちづくり協議会通常総会」が開催されました。

東日本大震災で亡くなった方々へ黙とうを捧げてから、通常総会は始まりました。

大崎市松山まちづくり協議会 丸会長の挨拶のあとには、大崎市長が挨拶を兼ね今回の巨大地震の被害状況などを詳しく報告し、議長を選出してから始まりました。

約60名の地域住民が参加しましたが、1,938世帯・会費500円が下支えで活動する地域自治組織の通常総会に関しては…通常総会の在り方をもう少し考えてみてはいいのではないかと思いました。(例えば、各行政区から住民代表を評議員性などに変更して行う総会の方がいいのではないないかと感じました)

平成22年度の各部会説明などには時間がかかり過ぎて、議案第1号と第2号が終わったのが、午後3:45分で氷室議長が10分間の休憩を入れた後には…約半分の人々は帰ってしまいました。

議案第5号と6号議案が終わって、全てが終わって会場を後にした時の時間は、もう午後5時になっていました。

私は最後まで居りましたが…一般の人々が集まって行う通常総会にしては時間がかかり過ぎて…大変疲れました。

夕飯の支度がある方にはきつい通常総会となりましたので、30名の役員さんたちには来年度からの通常総会の持ち方に対して、もっといい方法を考えて頂きたいと思うほどでした。

それにしても、つくづくこのような組織活動のお金の使い方は、難しいなと感じる総会でした。

私も含めてですが…いろいろ質問なども出て活発と言えば活発な総会ではありましたが、合併後5年が経過しての地域自治組織の在り方そのものをも再検討する時期かなとも感じる通常総会でした。

ギャラリーに戻ると「ずいぶん長くかかった総会だったね。活発な意見飛び交う総会だったのか?」と聞かれましたが…答えに詰まってしまいました。

3時間以上の総会への参加は初めの経験となりましたが、今日はとても疲れました。

今日のガンディーの言葉「良き思考を考えることは、一つの事であり、良き思考に従って実行することは、外の事である。」

投稿者 jizai3 : 19:46 | コメント (0)

2011年5月27日

尖閣諸島沖で起きた中国船衝突事件と似たものを感じる福島第一原発1号機注水問題について…


福島第一原発1号機が、注水を中断することなくずっと注水を続けていたという事が明るみになり、今、大問題になっています。

先日の衆議院議員特別委員会・国会中継で、首相が「注水中断の指示を出したのか」と責め立てられている場面を見ました。

首相は「上がってこない報告に対して、注水を止めろとか、止めるなとか言えるはずがない。」と答えていました。

この答弁に関しては、責任のなすり合いと見えなくもありませんが…私には菅首相が嘘をついているようには見えませんでした。

そして、昨日、判明したことは現場の吉田所長の判断でずっと注水をし続けていたことがはっきりしました。

結果的に、吉田所長の現場判断は正しかったと言えると思います。

しかし、現場の責任者が東電本社へ対し、現場所長として報告の義務を怠ったということにはなると思われますが…

私はこの話を聞いて、以前発生した中国船が尖閣諸島沖で衝突事件を起こし、その事件に対して、現場の海上保安庁の職員がとった行動とタブってしまいました。

大震災後、24時間目を光らせて疲労困憊しながらも日本国民を守っている現場の人の考えと、安全なところにいて指示だけを出している人との間に生じる確執的なものを感じてしまいました。

海の上で緊張の連続で日本を守ってくれる海上保安庁の職員と、福島第一原発で放射能物質を恐れながら、のちの健康被害を心配しながらも日本国民の為に現場で頑張って作業をする人間の姿が、大変悲しい存在に思えてしまいました。

現場からの報告は勿論大事ですが、くれぐれも危険な現場で働く人々の士気を削ぐことのないように配慮することはもっともっと大切な事だと思います。

危険な第一線で命を懸けて一生懸命に働いていて下さる人々に「もう、やっていられない!」と思われることは日本国民にとっては大変不幸なことだと思います。

何よりも、一番上に立つ人間には、任せるところはより詳しい人の判断を信じて任せ切ることが大事だと思います。

そして、万が一、失敗した時にこそ全責任を取る覚悟を持って生きることがリーダーに求められる人間像だと思います。

今後は、福島第一原発の検証は第三者機関に任せ、原発が収束することを最優先に考え、国民が安心で安全な日常生活に戻れるようにして、大災害からの復旧・復興へ向け小さくてもいいから灯りが見い出せるような道しるべを付けることを日本政治の大目標にして、全国会議員の方々には国民の為にお互い力を合わせて頑張って頂きたいと切望します。

今日のガンディーの言葉「人間は自己の本性を実感し、本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。反対の行動パターンは、自己の下降に引きずられる。」

投稿者 jizai3 : 13:17 | コメント (0)

2011年5月26日

心のより所を持って生きることの大切さ


今日は、お釈迦様の「八正道を心のより所にしています」という方の話を聞きました。

正しい事には、やはり  が似合いますね。

お釈迦様が最初の説法において説いたとされるもので、涅槃に至る修業の基本となるもの。

人生の正しい生き方、自分の気持ちに偏らないで中道が大切という8つの徳と言われているものだそうです。

「正しい見解」「正しい思い」「正しい言葉」「正しい行い」「正しい生活」「正しい努力」「正しい心配り」「正しい心の落ち着き」…突き詰めて言うと、自分の良識を信じて生きるということと理解しています。

現実社会で生きる限りは、何か自分の力を超えて困難な出来事に遭遇すると、ついつい弱い心を持つ自分は何かに頼りたくなってしまうことがあります。

しかし、その方は、そんな時ほど、現状を正しく判断して、物事を論理的に考え、自分に出来ることを精一杯行うことがとても大事で、それが自分の心を強く保つことになり、自分の心のより所になる思考であると力強く話してくれました。

私も以前、仏教幼稚園で働いておりましたので「四諦・八正道」という言葉は知っていましたが…久しぶりに耳にしました。

東日本大震災後に、改めてこの言葉を耳にして思うことですが、大災害を経験した私たちにとって、この「八正道」は、日本で暮らす全ての人々が目指さなければいけない道で、世界に通じる生き方だと思いました。

そのように考えてみますと、今は、誰もが、最も「正しい心のより所」が必要な時期だと思います。

国会で審議を繰り返す政治家の方々にも、是非「正しい心のより所」をつくってほしいと思っています。

そして、その心の導きに従って一日も早く被災地で苦しんでいる人々に温かい手を差し伸べてほしいと願っています。

悲しいことですが、人は「信頼」「安心」が欠けると...決して心穏やかには過ごせなくなってしまいます。

いろいろとお話を伺って、私も自分の出来ることに励みながら「正しい心のより所」を持って、心安らかに暮らしたいと思っている一人です。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」「正しい事は失敗しない。真実の言葉は、結局、人を傷つけない。」

投稿者 jizai3 : 14:45 | コメント (0)

2011年5月25日

最高のお天気・素晴らしい陽気!


素晴らしい青空が広がりました。

暑くもなく、寒くもなく、とても爽やかな心地よさに、私は午前中大崎市立松山小学校付近を散歩しました。


Blog写真はお隣のお庭に開花したツツジと道路の脇から眺めた大崎市立松山小学校ときれいな5月の青空です。

他にも白や、薄ピンクのツツジが咲き誇っていました。

今、松山地域ではいろいろな所できれいに咲いたツツジを見かけることが出来ます。

昼近くには、青汁の配達がありましたが…Mさんの説明後に「会社からです」とおっしゃって「キューサイ青汁の安全性について」と書かれた用紙を頂きました。

青汁の原料であるケールについて、安全チェック項目には残留農薬検査などだけでなく放射性物質についての検査項目も追加して安全性を確認しています。
今後も万全の品質管理体制で製造しておりますのでどうぞご安心くださいという報告書形式になっていました。

いよいよ青汁のことも心配しなければいけない福島第一原発問題の現実が、今日は大変身近に感じられました。

毎日、口にする食材を心配しなければいけないという事は本当に悲しいことだと思いました。

私たちくらいの年齢になれば何を口にしてもそれほど心配はしませんが、妊婦や、子供たちだけは何とか守ってやらなければと思います。

将来へ対する身体的影響を考えると本当に不安になるという保護者の方達の気持ちは大変よく理解出来るものだと思います。

目に見えない放射線の怖さを聞く度に、よく解らないだけに、未知なる影響がどのようなものなのか、子供たちの10年後、20年後の身体的影響への不安ばかり募ってしまいます。

以前、雑誌で読んだのですが、放射能物質は植物の胚芽につくと書いてありました。

胚芽は、植物の種の内部の芽となって生長する部分ですから、子供たちの場合に置き換えて考えてみますと身体の成長するところという事になるのでとても心配になってしまうのです。

先日、TVに出ていた女性の学者の方は「出来れば放射能の線量は、少なければ少ないほど安全です」とおっしゃっていました。

とても当たり前のお答えでしたが…放射能線量は何ミリシーベルトまでなら大丈夫とか、危険であるとかという数値の話ばかりになっていましたので、数値が無くて「少なければ少ない方がいいです」という単純な言葉が特別な答えのように感じてしまいました。

~日本の四季は、宇宙がくれた最高の贈り物~という言葉を聞いたことがありますが、東北の実りの秋に通じる豊かな食や、素晴らしい開花に繋がる植物の芽が、もうこれ以上放射能物質などに汚されることのないようにと祈るばかりの5月晴れの午後となりました。

今日のガンディーの言葉「間違っていた知識に目をひからかそう。この知識は、真理を止め、真理を離脱させる悪い知識である。」

投稿者 jizai3 : 14:13 | コメント (0)

2011年5月24日

自分の時間を大切にして…


きれいに花開くお花を見ると、とても心豊かになります。

午後に逢った介護に励む友人が「自分の時間を持つようになってからは、これまでよりも介護が苦痛にならなくなったわ!」と明るく話してくれました。

一時は、習い事などは全て止めて介護に熱中したらしいのですが…介護うつ状態になり、通院するようになり、お医者様のアドバイスに従って…頑張りの生活を改めたそうです。

医師は「貴女の周りに貴女を助けてくれそうな人がいたら、出来るだけ助けてもらうようにしなさい」と話して下さったそうです。

彼女には兄弟たちがいます。

さんざん考えた挙句に、彼女は兄弟たちに「助けてほしい!」とSOSを出し...介護当番表を作成して協力を求めたそうです。

東日本大震災後には外出の時間を増やし、習い事などは全て復活させ...ついに頑張り屋さんを返上したそうです。

以前よりも、お母様の失敗を指摘したり、叱ったりすることも少なくなり、何よりも介護されるお母様の表情が穏やかになったそうです。

この頃、彼女の家にはいろいろな人が出入りするようになったので、お母様は彼女とだけ向き合っていた時よりもずっと明るくなったそうです。

「最近ね、今までは介護する人ばかりが大変だと思い込んでいたけれど、介護される人間だって大変なんだって思うようになったのよ!」と声を弾ませて話してくれました。

私は「ゆとりが出来たのね」と言いました。

「出来ないことを叱られても、何故、叱られているのかさえも忘れてしまった人に、怖い顔をして叱りつけることはいい事ではないし、決して相手の為にはならない事だと解ったのよ」と彼女は言いました。

「どのような関係であっても認め合う関係でいることがいい事だと思うし、認めていることを相手に伝えることが大事ね」と言い「でも、これは介護する人、介護される人だけの関係じゃないと思うわ。人との関係の基本だと思うようになったわ」と...彼女自身いろいろ苦しんで辿りついた結論のようでした。

~~介護する時には介護し、介護される時には介護される。~~この関係がごくごく当たり前のようになされるようになればいいのですが...

今日のガンディーの言葉「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 13:56 | コメント (0)

2011年5月23日

伝える言葉の難しさ…


今の季節の花…藤です。

お隣の美里町(小牛田)で見かけました。

薄紫色がとても素敵で見とれてしまう美しさでした。

小さな蝶のような形をした花がふさの形状に垂れて咲く…とても日本らしい花だと思います。

後ろの方の藤棚には幾重にもつるが巻き付かれていました。

控えめな香りが辺り一面に漂っていました。



今日も国会中継・衆議院特別委員会が行われていました。

伝わる言葉、伝わらない言葉…気持ちを伝えることの難しさを感じる国会中継だと思いました。

具体的には、原子力安全委員長が「再臨界の危険性がある」と発言したとの発表内容が、正しくは「再臨界の可能性はゼロではない」だったと訂正しました。

原子力委員長は「専門家としてそんな指摘をするわけがない。怒り心頭だ。」と言っていました。

「再臨界については」という質問に対しての答えについての聞き違いなのか、食い違いがあったわけですが…再臨界について「可能性がゼロではない」ということは「危険性がある」ということに繋がるのではないかと、私は単純に思っています。

可能性危険性は違うということなのでしょうが、可能性がゼロでないということはゼロ以外の危険性があるのだと私は理解します。

要するに危ない事への可能性があり、再臨界が二度と起こらないと断言できないということだと理解していますので、私には、それほど怒り心頭に至る言葉とは到底思えませんでした。

原発への安全神話が崩れたことを素直に認める気持ちがあればそれほどこだわる事でもないのではないかと思いますし…今回の原発問題に関しては、東京電力の判断だったのか、首相の指示だったのかといつも揉めていて、責任の所在を明確にしたい一心なのだとは思いますが、国民から見ると、これらのことは今しなければいけない事なのかと思ってしまいます。

原発問題は、収束することが一番で、今までの事よりも、これからの在るべき姿を考えることの方が大事だと思います。

それに、国策で推進した原子力は、与野党全ての責任だと思います。

日本国の政策である以上、国会に所属している議員全てが決めた日本国の政策であるという観点で物事を考える必要性があると思います。

責任のなすり合い的な場面ばかりを見ると本当に嫌になってしまいます。

どう話せば、他人に自分の気持ちが通じるかを良く考え、的確に発言してほしいと思います。

夕方には友人からの℡で「言葉って難しいわね。私ね、そんなつもりで言ったのではないのに大きな誤解を受けて、人と話すのが怖くなってしまったわ!」という話を聞き…自分の気持ちを相手に正しく伝えることの難しさを考えさせられました。

詳しい内容は書きませんが、良かれと思って行ったことに対して自分の気持ちを述べたところ、解ってもらえず…とても悲しい思いをしたようでした。

私は「誤解も理解のうちと考えて、あまり深刻にならないようね」と言いましたが…友人の声は沈んでいました。

誤解を恐れて生きることもつまらない事だと思いますが、自分の気持ちを正しく伝えられないことも大変歯がゆい事だと思います。

これも、やはりコミュニケーション不足であり、口下手(説明不足)のせいなのでしょうか?

今日のガンディーの言葉「自分の失敗を告白することは難しい事である。しかし、告白なしには、不純を根絶やしにする他の方法はない。」「何度言っても、聞き入れて貰えないとしても、繰り返し、繰り返し言うことを続けるべきである。これが忍耐である。」

投稿者 jizai3 : 18:47 | コメント (0)

2011年5月22日

大震災後にも初夏の花・スズランが開花して…


松山のH子さんのお庭に、東日本大震災後…いつも通りに初夏を知らせるお花・スズランが開花しました。

愛らしい鈴の形をした白い色は今年もとてもきれいです。

H子さんは「今年はいつもよりスズランは少ししか咲かなくて、大震災でお庭がメチャクチャになってしまったからかしらね…」とおっしゃっていましたが、ギャラリーはいい香りに包まれました。

H子さんのお宅も今回の地震では被害をうけ、後片付けなどで大変ですが、いつものようにお元気な表情でしたのでとても安心しました。

夕方、石巻から松山の雇用促進住宅へ避難引っ越しをしていらした方が「大震災後に少し心豊かに暮らしたいと思って、陶器でも買おうと思いまして…」とおっしゃって自在窯&ギャラリーにいらして下さいました。

大震災から1ヶ月が経過した時に大津波にやられた自宅を見て「もうここへは住めない!」と諦め「どこでもいいから安心して暮らせるところで生活したい」と思い、石巻市で避難所生活をする中で罹災証明書を取り…松山の雇用促進住宅に住むことが決まって…松山地域の住民になったのだそうです。

「松山はいいところですね!とても満足しています!!」と明るく話して下さいました。

私は「初めて主人が陶芸家として評価をして頂いたのが石巻市美術展での教育長受賞でした。ですから石巻市には特別な思いを抱いております。これを機に時々遊びにいらして下さいね。」と言いました。

大崎市では今回の大震災後に人口が増加したのは松山地域だけでしたが…駅が近い、松山の雇用促進住宅は本当に利便性が高いと思います。

合併後、取り壊しになるかも知れないという場面もありましたが…松山の雇用促進住宅はそのまま活用されることになり、今回の大震災に遭われた方の住まいにもなり本当に良かったと思いました。

大震災がきっかけとなったご縁ですが、松山地域の人口増加に繋がる今回の出逢いを私は大切にしたいと思いました。

今日は涼しいというよりも寒い感じがする一日でしたが、初夏の装いを思わせるスズランを頂きましたし、新たなる出逢いを経験することが出来たいい日曜日となりました。

今日のガンディーの言葉「喜びも、悲しみも、お互い連続して生じる一組のものである。このことが人生の中で生じる全てのことの真相である。結果として、心の中の本当の平和を持つことにより、反対の組み合わせを克服するに違いない。」

投稿者 jizai3 : 18:13 | コメント (0)

2011年5月21日

風薫る5月・若葉の季節に行なわれた地域恒例行事大崎市立松山小学校運動会


今朝は雨降りで目覚めましたが…午前6時と9時には大きな花火があがって大崎市立松山小学校の運動会は無事開催されました。

東日本大震災後にも多くの方々に集まってもらい、松山地域の恒例行事として運動会がいつも通り若葉の季節に行なう事の出来る幸せを噛みしめながら子供たちは演技や競技に一生懸命に励んでいるように見えました。

子どもの数は確かに減少していますが…今年はいつもの年よりも地域の方々の参加が多いような気がしました。

松小4年生の演技「松小ソーラン」はとても元気で、演技終了後には一際大きな拍手が起こりました。

小学4年生は、今年4月から大崎市立松山小学校の高学年の仲間入りをしたばかりの子供たちです。


晴天とは言えませんが、朝には雨が降っていただけに砂埃もなく、それほど暑くも無く、運動会には丁度いいくらいの天気に恵まれた運動会となったようです。

相変わらず、中高生の姿も多く、彼らにとって小学校はとても懐かしい場所のようです。

久しぶりに逢う友人たちとおしゃべりをしながら…元気な後輩たちの演技や競技に見入っていました。

大きな災害に見舞われても、松山地域では、このように大事な学校行事がいつものように開催することが出来ました。

原発問題が起きている福島県の或る地域では、教室は窓も開けられず、校庭で遊びまわることも制限されているようです。

子ども達は少しも悪くないのに…本当に可哀想だと思います。

地域の子ども達の健全なる成長は私たち地域住民の大きな願いですから、大好きな学び舎でいろいろな事をたくさん学習して逞しい人間に育ってほしいと思います。

今日のガンディーの言葉「自分の欲望を満足させないことは、良い事だ。しかし、それに一旦取り掛かり、それを抑え込むことが出来ないとすれば、自分の欲望を満足させないことは難しい事となる。」「人生の喜びは、自分の人生の心配事の中から自分を奪い去るところにある。」

投稿者 jizai3 : 15:18 | コメント (0)

2011年5月20日

深い自然に包まれて…


加美町のシンボル的な山・加美富士と呼ばれるやくらい山です。

加美町に入るといろいろな所から穏やかな形をしたやくらい山を見ることが出来ます。    

私が暮らす大崎市松山から加美町の方へ車を走らせますと…一段と自然が深くなり、車の窓から入って来る空気の爽やかさが違ってくることを感じます。

薬師の湯あたりには車も多く、賑わっていました。

今日は、半日深い自然に包まれたところで過ごしましたが、素晴らしいお天気ときれいな緑をたくさん見ることが出来て大変いい気分転換になりました。

それにしても、行き帰りともカーラジオから流れる国会中継を聞きましたが、現政権を非難する言葉が多く聞かれました。

これだけの大震災に見舞われたのですから、政権交代したばかりの現政権が非難されることは良く解りますが…被災をした国民は、それでも現政権を頼りにするしかないのです。

このような大惨事にはどうしても政治の力が必要だと思います。

被災地で暮らす人々は、決して良いとは言えない環境の中で…助け合いながら生活をしています。

あの日から数えて、もう70日も避難所で暮らす人たちもいる現状を考えたら、国会議員の方々には与野党関係なしに力を合わせて国民の幸せの為に汗を流すこと、知恵を出し合うことに全力を注いで頂きたい気持ちでいっぱいです。

それに、福島第一原発の収束に一生懸命励む作業員の方々の健康にもくれぐれも気を配ってほしいと願います。

目に見えない放射能のすぐそばで働く人々を、是非、大切にして頂きたいと思います。

原子力の恩恵を受けながらここまで生きてきた私たちですが、原発がこんなにも恐ろしいものだとは考えが及びませんでした。

私たちの便利な生活は、砂の上の生活だったことが解り…とてもショックです。

やくらい山の麓の深い自然に包まれて思ったことは、私たちがこれからの時代をより良く生きる為には、大自然の摂理に従って生きる・善なる生き方を模索すべきだと思いました。

そのように考えますと、今後は少しずつ原発には頼らないで、自然に反しないように足るを知る生き方(我欲を押さえた生き方)へシフトすることが大切だと思います。

今日のガンディーの言葉「運命と人間の努力との間には、長く続けられる葛藤がある。努力を続けよう。そして、結果は神に委ねよう。」

投稿者 jizai3 : 18:17 | コメント (0)

2011年5月19日

「直ちに影響は出ない」という言葉の怖さ…


TVから流れてくる枝野官房長官の放射能に関した質問で繰り返される言葉「直ちに影響は出ない」という言葉の奥に潜んでいる怖さを感じている国民は多いと思います。

健康に影響を及ぼさないという根拠やデーターを示さず「直ちに影響は出ない」と何度言われても…信じられないと思います。

放射能の被害から身を守るにはどうすればよいのか正しい情報がほしいと思っている人はたくさんいます。

「直ちに影響は出ない」ということは、時間が過ぎた後には影響が出るということなのかと疑心暗鬼になってしまう言葉ともとれる、実に無責任な言葉だと思います。

人体に影響が出る放射能の線量は100ミリシーベルトとされているようですが…初めは少量でも受け続けたら放射能が人体に残ってしまうのではないかという深刻な不安があります。

枝野官房長官の発する言葉は、今回の福島第一原発では、急性障害で亡くなったという人はいないようですが…被曝が元で「将来、発がんして死亡することがあるかも知れませんよ」とも聞こえてしまうような怖い言葉にも思えます。

「直ちに」という言葉がとても不安なのです。

大事なことは何でも正しく伝えてほしいと願っているのですが…

今日は、宮城県丸森町でも5倍を超える放射能の線量が牧草地帯から測定されたという情報を聞いて…本当に心配です。

先日、ドバイで暮らす友人のお嬢さんが「日本は危ない国になってしまったの?」と涙声で質問してきたらしいのですが、友人である母親は「そんなことは無い。みんな元気で暮らしているわ。まだ福島第一原発問題は確かに収束していないけど…作業員の方達が毎日一生懸命に頑張ってくれているから…大丈夫だと思うわ!政府の言うことを全面的には信じられないけど、それでも、日本はこれからが本当の国づくりに励むと思うわ!」と言ったそうです。

日本国民として自国の政府の言うことが信じられないなんてとても悲しいことではありますが、これからの時代を生きる私たちは、正しい情報を得る努力を最大限にして、自分で何事も良く考えて判断をして、行動することが重要だと思います。

受け身ではなく、主体性を持って行動することが大切だと強く思うようになりました。

あまり好きな言葉ではありませんが…自己責任という言葉を噛みしめて生きることが大切なことだと思うようになりました。

決して、誰かの話しを鵜呑みにしてはいけないのだと思います。

今日のガンディーの言葉「もしも、関連性がなければ重要性のあることであってもその重要性を失います。どんな小さなことであっても、関連性のあることは重要性なのだということです。」

投稿者 jizai3 : 12:19 | コメント (0)

2011年5月18日

小さな周期で変わる環境に戸惑う人々…


最近、私は、良く耳にするある言葉が気になっています。

それは「大震災後の環境の変化にはついて行けないものを感じる。」という言葉です。

先日再会した友人は、避難所が変わる度に嫌な気持ちになったと言い、変化についてゆくことが大変で…このまま行き場がなくなってしまうのではないかという不安に捉われてしまったことがあったと話してくれました。

しかし、3度目の避難所で毎日来てくれるお医者様と出逢い、いろいろ話すうちに「これでいい」と自分を肯定できるようになってからは考え方や気持ちの持ち方に変化が表れ、落ち着けるようになってきたと話してくれました。

環境の変化は、この東日本大震災を体験した人であれば、大小の差はあっても誰もが感じたことだと思いますが…大きく傷ついた人にはその思いは深刻なようです。

ついて行けないという思いは、置いてきぼりをされている、居場所が無い、孤独だ…などというマイナスの感情に支配されている時に強く感じるものだと思います。

しかし、友人のように「これでいい」という気持ちになるとだいぶ楽になれるようです。

この思いは、誰かがそう思わせてくれることが多いようです。

誰かに受け入れられているとか、認められているとか…承認の気持ちが強くなるといいみたいです。

良く考えてみますと、このような気持ちは大震災の後じゃなくても、承認し合う気持ちは人間社会の中で人として良く生きる為にはとても大切なことだと思います。

でも、大きな出来事の後なので特に強くなる気持ちなのかも知れないと思いました。

マイナスから、気持ちをプラスに変えることは大事なことですが…本気で落ち込んでいる時には難しいことです。

そんな時には焦らないことが一番だと思います。

緩やかで、ルーズな気持ちでゆったり構えて、自分が落ち着けるようになる時を待つ。

そして、少しでも肯定的になれば…きっと楽な気持ちになれると思います。

今、マイナスの気持ちで毎日を過ごしている方には、いつかは楽な気持ちになれるという自分を信じてこれからを生きてほしいと願っています。

今日のガンディーの言葉「経験を積めば積むほど、人間自身が不幸と同様 幸せの源泉なのだと実感する。」

投稿者 jizai3 : 13:38 | コメント (0)

2011年5月17日

心が通じる文のありがたさ!


2011年3月の第4回「フランク永井歌コンクール」への出場するはずだった福岡県の方からとても心のこもったお手紙を頂きました。

第4回「フランク永井歌コンクール」は、1年延期とさせて頂くことを決めました。
来春の同時期に開催を予定しています。

時々「大崎市松山の様子は如何でしょうか?」と℡を頂くこともありますが、福岡県のDさんのようにはがきや手紙をくださる方もいらっしゃいます。

今、大崎市ではいろいろな所で菜の花がきれいに咲いています。

菜の花の黄色は、本当に幸せを感じさせてくれるハッピーな色だと思います。

今日、Dさんのお手紙を読み終えた時、私の心には菜の花の優しい色が浮かんできました。

全てを包み込んでしまうような優しさに溢れたお手紙でした。

今回の大震災では「心が凍りついてしまった!」というような表現をする人たちがいましたが…5月、きれいに咲きそろった菜の花を見て「心が溶けてゆくようでした!」という言葉を聞いた時にはとても良かったと思いました。

あの突然の悲劇から、2ヶ月と1週間が経過しましたが…立ち直りには時間を要しますし、個人差もあるようです。

どんどん孤立してしまう人がいるかも知れませんが、誰か一人でもそばで見守ってあげることが大切だと思います。

でも、身近な人は嫌だという人もいるようですし、本当に一人一人に合う形で寄り添うことが出来ればいいのですが…昨日は「復興、復興と言われることがとても嫌だ!」という声も聞きました。

自分の悲しみをきちんと見つめて受け止めてからでないと次の一歩を踏み出すことが出来ないでいる人もいることを解ってあげることが大切だと思いました。

「復興」という言葉が嫌いだと言っていたT子さんですが、昨日はきれいな菜の花を見てとても心が穏やかになったようでした。

「復興」という言葉を聞くと、T子さんは取り残されるような気持ちになってしまうのだそうです。

彼女は今もご家族の二人が行方不明で…気持ちの整理がついていないのです。

私は「焦らず一歩、一歩ですね」と言いましたが…帰る時には「時々、遊びに来ますね。」と言ってくれました。

少しでも気持ちが楽になればいいのにと思いますが…心を支援することは本当に難しいと思いました。

気分転換を考えたり、美しいものを見たり、音楽を聴いたり、気持ちの合う人と世間話をしたり…と心と身体がほぐれることをいろいろやってみるといいと思うのですが….

今日のガンディーの言葉「格言の『樹木を見よ』ということは、人の心に止める価値がある。樹木は太陽の心を宿し、涼しい影を我々に提供する。我々は何が出来るだろうか?」

投稿者 jizai3 : 10:58 | コメント (0)

2011年5月16日

規則正しく巡ってくる強い生命力の素晴らしさ!


春の香りがたっぷり詰まったを戴きました。

季節感に溢れた旬の食材は、歯ごたえがあり、縦に包丁を入れた時に広がる香りは本当に何とも言えない本格的な春の訪れを知らせるものでした。

お米のとぎ汁で煮てから、筍のお刺身、煮物、筍ご飯にして夕べは戴きましたが…柔らかくて新鮮で旬の香りに包まれ、幸せを感じる食卓となりました。

東日本大震災後に咲いたお花や、野菜などを見て、私たちは、これまでの季節の変わり目とは違うものを感じています。

これだけ大きな災害に見舞われても、規則正しく生命力を見せつける植物などに励まされている人はたくさんいらっしゃるようです。

大震災後、5月8日頃に、塩水をかぶったカーネーションが健気に咲く様子を見て涙を流していた方が「ちゃんと生きなさいと、カーネーションから教わりました。」と話していましたし、桜の木が倒れて横倒しになっている細い枝から小さな蕾を見つけて…とても感動している人の姿も見ました。

私の周りでも、草木はいつものように若芽を出して…本当に何事も無かったかのように花を咲かせたりしています。

植物らが持つ生命力は、大自然のサイクルの中で命を育む確かな力の裏付けがあるからなのでしょうか。

植物らの逞しい生命力に今年ほど感激したことは無かったように思います。

ですから、このような想いで戴いた今年の筍は格別の味でした。

水を張ったボールに筍を入れて冷蔵庫に入れていますが…筍は、本当に素晴らしい保存食ですね。

今夜は、筍とわかめの甘味噌炒めをつくろうと思っています。

これからも、私は、日本の四季を大切に思いながら、四季の訪れを十分に味わえるような生活を心がけたいと思います。

今日のガンディーの言葉「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 12:01 | コメント (0)

2011年5月15日

想像力の大切さ!


今日も大崎市松山地域には素晴らしい青空が広がりました。

今日の午後には宇都宮から孫たちが来て...楽しい時間を過ごしました。

孫たちは塩釜の親戚(高齢のおばあさん)の家から松山に立ち寄りました。

孫たちは「被災した故郷・宮城を自分たちの目で確かめることが出来て良かった。」と言っていました。

「今後、どのような形で復興してゆくのかを知る為にも悲惨な状況をきちんと見ておきたいと思って宮城に来てみたけど…想像以上に大変な状況で胸が痛くなってしまった。」と二人は話していました。

私も昨晩はすぐに熟睡出来た感じがしたのですが、珍しく朝方に目が覚めてしまって…久しぶりに再会した友人が話してくれた、大震災3月11日(金)夕方から翌朝にかけての話を思い出しながら、その聞いた話を想像しながらいろいろ考えてみましたら...何かしら眠れなくなってしまいました。

そして、思ったことですが、想像することは寄り添えることであると思いました。

心配で宇都宮からうちの孫と一緒に一人暮らしの塩釜のおばあさんの様子を見に来た彼女は「隣近所に親しい方がたくさんいらして、大震災後にもお隣の一番仲良しのおばあさんと一緒に2週間以上も暮らしたそうですが、遠くの娘の所よりも慣れ親しんだ塩釜で親しい人たちと一緒に暮らしたいと望むおばあさんの気持ちがとても良く理解できました。」と話しましたが...この彼女の言葉も想像しながら相手の話を聞くことの大切さを伝えていました。

「現代人は想像力が不足している。」などと言われがちですが…今回の東日本大震災は人々の想像力を超えた悲しみを日本中に伝えました。

これからの私たちは、被災した人々の心に出来るだけ寄り添いながら共に復興に向けての歩みを進めることが大切なことだと思います。

その為には一人一人の想像力を豊かにして与えられた困難に立ち向かわなければいけないと思います。

今日孫たちとは「お互いに元気でいましょうね!」と言って別れましたが、家族の絆を再認識する時間でもありました。

今日のガンディーの言葉「きれいな心から叫ばれた言葉は、決して空しく進まない。」

投稿者 jizai3 : 15:27 | コメント (0)

2011年5月14日

ずっと気懸りだった友人と避難所で再会することが出来て…


今日は、3.11以来ずっと気懸りだった友人とやっと逢うことが出来ました。

今日は、朝から素晴らしくいいお天気で、途中、見た松島海岸はいつものような人出はありませんでしたが…点在する島々は、相変わらずの美しい眺めで大震災が襲ったところとは思えないような景色が広がっていました。

松島海岸沿いのお店は、壊れたシャッターを下ろしたままの店舗もありますが、営業をしている店舗もありました。

東日本大震災前のいつもの土曜日と比較すると、日本三景松島の人出は少ないような気がしましたが…観光遊覧船に乗るお客様の姿も見ることが出来ました。

俳人芭蕉が絶句したほどの素晴らしい自然の景色を持つ松島は、夏に向かってはきっとお客様が増えてくることと思いますし、松島が復興を伝えるみちのくの発信地の中心になることを信じたいと思っています。

私の大切な友人は、多賀城市の文化センターすぐ傍の多賀城史遊館に避難していました。

2Fの受付で対応して下さった方は、岐阜県からのボランティアさんでした。
岐阜県からのボランティアさんは、大変親切な方で3Fの彼女の所まで案内をして下さいました。

逢いたかった友人はとても元気そうな顔で私たちを迎えてくれました。

彼女には病気があってハンデキャップを背負っていましたのでとても心配をしていたのですが…元気そうで大変安心しました。

大震災後2日間は、自宅向かいのマンションの方にお世話になり、その後は小学校の避難所で過ごし、現在は史遊館ということでした。

坂病院の医師と自衛隊の医師が毎日避難所を回ってくれるそうです。

「病気を持っている私はとても安心できるのよ。」と話していました。

自宅は2階が大丈夫なので、お父さんと息子さんは夕飯が済むと自宅2階へと戻って行くそうです。

毎日片づけに追われて…旦那様は5Kも痩せてしまったそうです。

リフォームして自宅で暮らすそうですので、彼女は仮設の申し込みをしなかったそうですが…「又、借金をしなければいけなくなるわね。」とその時だけは心配そうでしたが「住むところは大事だから。骨組みはやられていなかったから。建設業者さんになおしてもらうことにしたの。ただ、今は作業をしてくれる人がいないし、建材不足なんですって!」と話していました。

多賀城市は市街地とばかり思っていたので、大津波の被害に遭遇したなんて考えられませんでしたが…友人の詳しい話を聞いて本当に恐ろしい大津波だったのだと理解しました。

「これからは、命があったことに感謝して、今はお洗濯が唯一の私の仕事だから、洗濯をして乾燥機で乾かして、洗濯物をきれいにたたんでお父さんとT君に渡すのが楽しみなのよ!」と、彼女の声は明るく、今生きていることをありがたく受け止めているようでした。

私は「とにかく無理をしないでね!元気でいてね!!」という言葉を繰り返してお別れをしました。

松山に戻る時にもいいお天気で素晴らしい青空が広がり少し風が強いものの気持ちの良い土曜日でした。

松山に到着するとすぐに主人の同級生が亡くなったという知らせがあり、主人は帰る早々お焼香に出掛けました。

一日前まで普通に話しお元気だったそうですが…翌朝、急変してお亡くなりになったそうです。

F氏は、職人気質の優しい方で恥ずかしそうに話しをする人で、お散歩の途中で時々ギャラリーに寄って下さる方でした。

主人の同級生たちは、苦しまないでいい死に方だったと言っていました。

77歳の死は早過ぎるようにも思いましたが、先のことは本当に解らないものですね。

人は常に不確実性の中でいろいろな不安を抱えながら生きていますが…「死」は確実的であり、現実的で、絶対的であると断言出来るものですね。

今日のガンディーの言葉「世の中は反対のことが満ち溢れている。これは、幸せの裏には悲しみがあり、悲しみの裏には幸せがある。太陽光が射している所には、影がある。明るい所には、暗さがあり、生まれのある所には、又、死があります。」

投稿者 jizai3 : 19:36 | コメント (0)

2011年5月13日

被災地で香る旬の味“こしあぶら”


山菜の女王と呼ばれている"こしあぶら"です。

大震災後の被災地宮城県にもいつものように旬を感じさせるこしあぶらが育ちました。

今朝、採れたてを戴きました。

私は、天ぷら、素揚げ、お浸しなどにして戴くことが好きです。

とても上品で何とも言えない香りが、みちのくの春を感じさせてくれます。

最近ではたらの芽よりも人気があると聞きますが…子供の頃、私は山菜が苦手でした。

でも今は、山菜が大好きです。

少しの苦みと香りが言葉では言い表せないような、いい田舎の何かを感じさせてくれるような春の食材だと思います。

先日私がJK-Blogに彩雲のことを書きましたら「あの日、私も見ましたよ!」言って、写真を持って来て下さった方がいらっしゃいました。

これが頂いた写真です。

本当に虹色のきれいな雲でした。

その方も大震災後に見た彩雲を見て「まるで、東北の復興を約束するような縁起の良さを感じました!」と話していらっしゃいました。

こしあぶらといい、彩雲といい....東北みちのくで暮らす人々が一日も早く幸せを感じて日常を送ることが出来ますようにと手を合わせる一日になりました。

今日のガンディーの言葉「真理のような幸せもないし、非真実のような悲しみもない。」「心の中の強さは祈りによって強くなる。」

投稿者 jizai3 : 12:56 | コメント (0)

2011年5月12日

河北新報の「ふんばる」を読んで…


「塩害の畑に再起の芽」~今朝の河北新報を読んで私はとても感動しました。~

「ここで生きる 妻に誓う」という大きな見出しがついている記事です。


南相馬市で農業を営む八津尾初夫さん(61歳)が3・11大震災に遭い大津波の被害で奥様を亡くし…それでも、農業経営で再度立ち上がろうとしている写真と話が掲載されていました。

八津尾さんが、大震災後に塩害の被害をうけた畑で試験栽培に取り組み…大根の葉が出始めた畑の前にしゃがんでいる写真が掲載されていました。

大根は4月9日に種をまいたそうです。
小さな緑の葉をつけている写真が、希望の芽のように可愛らしく並んでいます。

八津尾さんは、26歳で結婚して奥様とお二人で小さなハウスで野菜作りを始めたそうです。

その後、近隣の農家仲間と苗つくりの研究を重ねる八津尾さんと経営計画やパートの人の労務管理を担う奥様と二人三脚で企業的経営の夢を育ててきたそうです。

八津尾さんは福島県の農業賞(農業経営改善部門)を4年前に受賞しました。

その時受賞したクリスタルの盾が、津波の後に見つかったそうです。

受賞の半分は奥様の力でしたので、お棺に入れようと思ったそうですが…やるべき仕事がまだあると考えてお棺には入れなかったそうです。

大震災後「塩害テスト栽培」の看板を立てた畑に、インゲン、枝豆、トウモロコシの種をまき、もうすぐトマトやナスの苗も加わるそうです。

「津波の潮をかぶった畑でも何の品種が塩害に強いのかということを良く調べて、生きた情報を農家や県に提供したい!」と張り切っていらっしゃる姿が紹介されていました。

八津尾さんは大震災の犠牲となった区長の後任にも選ばれたそうです。

区長さんは、地域住民にとっては一番身近で頼りになる存在です。

私たち大崎市松山地域の区長さん達も今回の大震災ではとても頼りがいのある存在として地域住民の為に頑張って下さいました。

八津尾さんは5月11日、奥様の2度目の月命日には「企業的農業の夢を若い人につなぎ、地元で農業をして食っていけるよう、もうひと頑張りだ」とお線香を上げて誓ったそうです。

八津尾さんのお気持ちがとてもよく伝わってくる記事でした。

塩害のテスト栽培に再起の芽を托し、見守り育てながら企業的農業の夢をつかもうとしている積極的な生き方が本当に素晴らしいと思いました。

先日、若い人々が力を合わせて売れる野菜を売れるだけ栽培し、農協などに頼らず、自分たちで市場開発をして「農業は、頑張るだけの価値のある職業です。」と胸を張って話す若者たちの力強い言葉を聞いて感激したばかりでしたが…今朝の八津尾さんの記事と相通じるものを感じてとても嬉しくなりました。

若者たちは出来るだけ長く農業が出来るようにと腰を痛めない体操を考案したり、力を入れるところが違うことを認識して農業を企業感覚で捉えて食べて行けるようにしようと話し合っていました。

職業として成り立つ農業になれば、若い人たちも参入してくる新しい農業になるのではないかという期待も感じました。

これからの日本は第一次産業に重きを置く生き方を目指した方が世界からも認められるいい国になれるという確信を私はしているのですが…

今日のガンディーの言葉「仕事が無い為、飢えている個人がいる限り、誰が単純な心で食することが出来ようか。」「苦しんで神に縋った人は、恐れに負けることは決してない。」「決して希望を失わない人のみが、リーダーであることが出来る。」「種と同様に行動することは、結実するには時間を要する。」

投稿者 jizai3 : 11:56 | コメント (0)

2011年5月11日

新緑の季節を迎えた被災地はあの複合大震災から2ヶ月!


本格的な新緑の季節を迎えた被災地は、大震災・大津波・原発と複合的な災害から今日で2ヶ月が経ちました。

私が職場で親しくしていた友人も、相変わらずの避難所暮らしです。

元同僚たちと一緒にお見舞いにと思っていましたが、全員の都合が合わないので…バラバラでということになりました。
私は今週末にでも出掛けようと思っています。

昨日は、防護服に身を包んで自宅へ戻る福島県川内村の人々の様子をTVで見ました。

川内村の住民は「一時帰宅は2時間で!」という設定で警戒区域に指定されている久しぶりの自宅へ戻りました。

本当に異常な光景ですが…これが、原発事故による現実であることを私たちは凝視しなければいけないと思います。

もし、この状態に置かれたのが自分だとしたらという思いを巡らすことも大切なことで、今回の原発問題は、今を生きる私たち日本人共通の課題だと思います。

防護服を着なければ自宅へ入ることも出来ないなんて…本当に悔しく悲しいことです。

菅首相は昨日の記者会見で「これを機にエネルギー政策を白紙の状態で見直す。」と言いました。

更に「原子力政策は国策であったと国の責任を認めて事故を防げなかったことに対する責任があるとして国民にお詫びしたい。」と言いました。

そして「原発重視の政策を転換する。」と言ったのです。

これからは、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを基幹エネルギーという位置付けにすると、はっきり方向転換の政策を打ち出しました。

これまでは原発推進政策が優先で、他のエネルギー政策には目も向けることなく、原発オンリーでむしろ排斥するようにさえ見えましたが…基幹エネルギーを替えるということは、日本の国が目指すものも替わってくることを意味していると思います。

このエネルギー政策が実現すれば本当に日本の再生が可能になると思われます。

東北・みちのくの再生が、これまでの日本人の価値観を替える好機になることを祈りながら…復旧・復興へ向け被災者たちが一歩ずつの確かな歩みを進めるものと信じたいと思います。

今日のガンディーの言葉「人間の強欲は、正に天空まで届くかも知れません。たとえ、どんなに低い高さだとしましてもです。ですから、欲には限界を設けるべきです。」

投稿者 jizai3 : 12:18 | コメント (0)

2011年5月10日

例年より遅い大崎市松山地域の田植えの様子も見られて…


例年より少し遅れましたが、安心できるいつもの大崎市松山地域5月の光景を見ることが出来て…ホッとしました。

見事なほどきれいに植えられたいつもの水張り田んぼを見て、心から安心することが出来ました。

5月の連休の頃には、揃って水が張った田んぼが見られるのに…今年は遅いので心配していましたが、連休明けのころから田植えが始まり、今日は田植えが終わっている田んぼを数多く見ることが出来ました。

当たり前のように見ていた5月の景色が、今回の大震災で見られなくなったら大変だと本気で思っていた私は…とても安心しました。

でも、沿岸部の人たちの田んぼは、塩害でいつものように作業することが出来ない状況だろうと思うと、又、胸が痛くなります。

最近は、胸が痛くなる話が多く、先程も石巻で8人家族全員が津波に流され、松山の斎場で火葬することが出来たという話を聞いたばかりでした。

彼は「でも、見つかって弔いが出来ただけでも良かったと思っています。」と話してくれました。

「遺体が見つからない家族を持っている人は、諦めることが出来ず…立ち止まったままでいますから。」と付け加えました。

そして「利府の私の自宅には4家族が集まり、3週間は合宿状態で過ごしました。」と明るく話してくれました。

福島県にいるお客様たちとは連絡も取れず「℡の呼び出し音が何回も鳴るだけで本当に気の毒です。」と辛そうでした。

今朝、私は、近所のお店で自販機を撤去するところを見ました。

一軒のお店の前に4台も自販機が並んでいる姿を、以前から「あり過ぎ!」と思ってみていた私には、今日は「正常な姿!」と見えました。

このお店の道路向かいの店には、まだ3台も自販機が並んでいます。

全てが無用とは思いませんが…大震災後は、無駄の多い生活を送っていたことに気づかされることが多くなりました。

無くて困らないものを撤去するだけでも、かなりの無駄が省けると思います。

特にエネルギーに関する事には、皆がもっともっと敏感になる必要性があると思います。

昼の番組では、今回の浜岡原発全停止要請に関して中部電力が受け入れたことを批判するような事を言っている人達もいましたが…この大震災を経験したにもかかわらず、危険性の最も高い原発をそのままにしておくことの方が余程おかしいことだと思います。

政治家として菅首相が出した今回の浜岡原発全停止要請の方向性は正しいと思いますし、中部電力が受諾したことも正しい事だと思います。

そして、経済発展第一主義からの脱却が国民の命と生活を守ることの一の一だと私は思います。

日本は今、もう一度、一の一からのスタートを真剣に考える時だと思います。

今度こそ、5月の水張り田んぼが似合う、美しい環境文化立国を目指す時だと思います。

私たちは、この風景が日本人の原風景であることを決して忘れてはいけないと思います。

今日のガンディーの言葉「真理は、確固たる信念が常に伴っていなければならない。」「自制は本当の喜びである。」

投稿者 jizai3 : 14:14 | コメント (0)

2011年5月 9日

菅首相が中部電力へ要請した浜岡原発全停止は大英断!


「浜岡原発全停止」の菅首相の中部電力への要請は正しいと思います。

東日本大震災が教訓となり、即時、国のトップとして震源地の巣の上にある浜岡原発をすべて停止してほしいと要請したことは本当に正しいことだと思います。

敗戦後の日本は米国の傘のもとで安心安全を守ってもらい、経済発展第一主義で国を建て直し、今日までひた走り続けてここまで来た国だと思います。

経済が最優先ですから、勿論、政治は二の次、三の次が現実だと思います。

私たちも、これまでずっと利便性の高い生活を享受してきました。

スイッチを入れて、明かりが灯る生活を当たり前だと思って生きてきましたが、今回の大震災に遭遇して、電気の無い生活が1週間、水のない生活が2週間も続く生活を体験しましたが、少々不便でもいいから、命を脅かされること無く、倹しくとも安心安全の生活が一番良いことだと私は実感しました。

時々停電が起きることも我慢できるつもりでおります。

今回の福島第一原発問題で、原発は事故が起きると暴走し制御不能になることが明らかになり、人間の力が及ばないことが解ったのです。

これまでは、日本のエネルギーは原発でというスローガンの元、国策として原発推進をしてきました。

でも、東日本大震災を体験したこれからは、原発に頼らない安心安全なエレルギー開発を目指すように方向性を変えてほしいと願います。

電気は溜めておけないものとばかり思っていましたが…この前、雑誌で素晴らしい蓄電器を見ました。

これからは、短時間で大量の電気を溜める効率のいい蓄電池を考案する必要性を感じます。

そのような意味では太陽光エネルギーにも大きな可能性を感じます。

国が半分、個人が半分負担で進めることが出来ればもっと広めることが出来ると思いますし、新築の家には義務付けしてもいいのかなとさえ思っています。

私はつい先日、素晴らしい性能を持つ充電器がついた掃除機を購入しました。

この掃除機には想像していた時間をはるかに超える可動性能の蓄電量があり、進歩する科学の力を知って本当に驚きました。

私には国民一人一人のレベルでエネルギー問題を真剣に考えなければいけない時期に差し掛かっていると思える買い物になりました。

高い利便性を追求し過ぎる強い欲望だけでは、人間は決して幸せにはなれないということを、この大震災で私たちは大勢の犠牲者を出しながら学習したのですから…もう同じ過ちを犯してはならないと思います。

勇気を持って経済発展第一主義を改める時だと思います。

何でも話し合いで物事を決めることも勿論大事ですが、トップの英断を支持することも大切なことだと思える浜岡原発全停止要請の話でした。

今日のガンディーの言葉「我々の最大の敵は、外国人ではなくて、外の誰かである。我々の敵は我々自身である。言わば我々の欲望なのだ。」

投稿者 jizai3 : 12:38 | コメント (0)

2011年5月 8日

午前10時半過ぎ竜巻注意報が出された被災地宮城県


午前10時33分、宮城県には竜巻注意報が出されました。

Blog写真は、午前10時50分の大崎市松山文化丁表通りから見上げた空です。
急に暗くなってきて、雨が降り始め、遠くの方から雷の音も聞こえ始めました。

嫌というほど、自然の脅威を見せ付けられた被災地は、繰り返しこれでもかという思いをさせられているようで…本当に憂鬱です。

宮城県は、早朝にもやや強い地震があり早起きをした私ですが…「母の日」なのにという気持ちと、辺りが急に薄暗くなり、雨音が強まるごとに、不安が募ります。

やはり、今日は特別な母の日です。

大きな悲しみの中で迎えた大震災後初めての母の日は…忘れてはいけない母の日になりそうです。

雷の音も強くなっています。
少しでも早く竜巻注意報が解除されることを願っているのですが…

~~11時半頃には雨が止み、空も明るくなってきました。~~とても安心しました。

それにしても、すぐに不安になるのは何かに怯えているからなのでしょうね。

自然現象にとっても敏感になり…自然の素晴らしさは十分解っているのですが、今の私は自然を恐れる気持ちの方が強いようです。

今日のガンディーの言葉「人生は安楽なことではない。棘がいっぱいある。」

投稿者 jizai3 : 11:23 | コメント (0)

2011年5月 7日

「母の日」に思うこと!


5月5日・明日は「母の日」です。

今日は長男夫婦に素敵なカーネーションを頂きました。

先日TVで、大津波の後に行方不明になっている母親を探している息子の映像を見ました。

父親が亡くなってから母親一人で子供3人を育ててきた頑張り屋さんのお母さんが大津波で流され自宅は土台だけという有様でした。

息子は、母親が手入れしていた庭に買ってきたカーネーションを植えて「どんな事をしてもお母さんを見つけるからね!お母さんありがとう!!」と言っていました。

今年の母の日が「特別な母の日」になってしまった人はたくさんいらっしゃると思います。

私たちにとって3・11は、決して忘れることの出来ない悲しい一日となりました。

この大震災で、衣・食・住を奪われた人々がたくさんいらっしゃいます。

衣・食・住が安定していることは、人が生きてゆく上での基本だと思います。

この基本を失った人がどれだけ不安定な生活を強いられているか…想像しただけで胸が痛くなってしまいます。

つくづく思うのですが、災害に遭った東北の被災者の人と、遠くで被災地の復興を考える人との間には大きな隔たりがあるように思えるのです。

そして、この隔たりは時間が経てば経つほど広がってしまうような気がします。

本当に被災地を思うなら、隔たりが広がらないうちに、せめて衣・食・住の安定だけは早くしてほしいと思います。

東北はまだまだ家族関係がしっかりしていますし、地域社会も健全だと思います。

だからこそ、衣・食・住の充実に力を入れることが大切だと思います。

喪失感の大きさを埋めるには時間が必要だと思いますが、その時にも衣・食・住が安定さえしていれば辛い時間を乗り越えることもかなり乗り越え易くなると思います。

今の日本なら思い切ったことが出来るのではないかという期待もあるのですが...

今日のガンディーの言葉「外面の幸せは、心の中の平和が無くては無用である。」

投稿者 jizai3 : 18:16 | コメント (0)

2011年5月 6日

焼き肉なのに何故生で?


私は個人的にはお肉はあまり好きではありませんし、とにかく食べる時には良く焼いて食べますから、生で牛肉を食べることは考えられないことです。

しかし、お肉が大好きな人たちは牛肉に関しては「ベリーレア」を好む人がたくさんいらっしゃいます。

主人もその一人で、ステーキの焼き加減を尋ねられるといつも「ベリーレア」と答えていました。

でも、或る時から「良く焼いて下さい。」と私と同じように答えるようになりました。

昨晩は、戴いたものですが、自宅で仙台牛の最高の霜ふり牛肉をホットプレートで良く焼いて戴きました。
とても美味しかったです。

焼肉屋さんへは一年に2度くらいは出掛けますが…「ユッケ」と名称は今回初めて知りました。

日本人は生ものを好むと言われますが「焼き肉」と言うくらいですから、お肉は焼いて食べることが一番美味しく食べられると思います。

加熱して戴くことは安心して食することが出来ることだと思います。

原発だけじゃなく、人生は安心安全であることが一番だと思います。

菌が身体の中で暴走して命を奪うなんて…今も暴走を止められないでいる原発と同じように思えてしまい…私はとても憂鬱です。

人間の欲求の中で一の一のことではありますが、安心安全であることは人がより良く生きてゆく上では最も大切な条件ですから、衣・食・住の分野でも決して疎かにすることなく大切に考えてゆくことが大事だと思いました。

もうこれ以上の犠牲者を出すことなく、重症の患者さんが一日も早く良くなることを心から祈りたいと思います。

牛肉大好きな人には本当にショッキングな出来事だったらしく、私の周りでもショックを受けている人がいらっしゃいました。

今日のガンディーの言葉「心から出てこない自制は、我慢出来ることではない。」

投稿者 jizai3 : 11:58 | コメント (2)

2011年5月 5日

今日は「こどもの日」…顔を見せたひごい達の笑顔は最高!


今日は「こどもの日」。

復興を祈る鯉のぼりが元気に青空を泳いでいます。

朝早く「これから、松島へ行ってきます!」と言い、瀬峰の子ども達(5人)が元気な顔を見せてくれました。

元気な子供たちの笑顔は最高ですね!

つくづく思うのですが、どんな時でも子どもの存在は私たち大人にとり、明るい未来を感じさせるものです。

今回の東日本大震災の大きな被害をうけた後でも、避難所にいる子ども達の存在は周りの人々を勇気づけ、沈みそうになる被災地の方々の気持ちを助けているようです。

この大震災で、親を失ってしまった子供たちもいるようで…胸が痛みます。

子どもは、私たちが守るべき存在ではあるのですが、同時に希望を感じさせてくれる存在です。

振り返ってみますと「子供って素晴らしいな!」と思うことが何度もありました。

以前、幼稚園の先生として子ども達の前に立つ自分が、良く考えるといつも子供たちに教えられていたような気がします。

子どもの発想の豊さにはいつも感動していました。

それから、具合の悪い時でない限り、子供たちはいつも元気でエネルギーの塊です。
ですから、子ども達の傍にいると、こちらも元気になれましたし、くよくよ考え込んだりする事など一度もなかったように思います。

そして、何より大きな収穫は、私自身、何でも食べる大人になることが出来ました。

好き嫌いの多かった私はお弁当の時間が心配でしたが、おかげさまで何でも食べれるようになり、食べ物の好き嫌いを克服することが出来ました。

常に、じんましんに悩まされていた私もお勤めをしてからは2回じんましんに罹っただけで…その後は一度も罹らず、今日に至っています。

私の青春は、子供たちと共に過ごした楽しい思い出です。

今でもこれからの、日本の将来を担う子供のことに関しては…敏感です。

子どもには、自分たちが持ち合わせていない可能性があります。

この一人一人の子どもの可能性の目を摘むことなく十分に伸ばしてやる環境を整えてやることが一番大事なことだと思います。

そうすれば、自分で自分の人生を切り開いて行ける自主性のある人間に育つことが出来るのではないかと考えます。

人は一人一人みんな違いますし、人間としてこの世に生まれてくる時に神様から授けられているものを持って生を受けるのですから、このすでに授けられている能力を精一杯発揮して生きることが出来ればそれでOKだと思います。

7の能力を授けられている人は7を発揮して、2の能力を授けられた人は2を発揮し、1の人は1を、5の人は5を…そして、大切なことはそれをお互いに寛容することだと思います。

寛容さは、その人の人間性に繋がることですから…現代社会を生きる上ではとても大切なものだと思います。

寛容さということを深く考えると根底には祈りの気持ちがあると思います。

今日5月5日は、大きな可能性を持つ一人一人の子供たちがすくすく育つことを祈らずにはいられない大震災後に迎えた穏やかな「こどもの日」となりました。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」


投稿者 jizai3 : 11:37 | コメント (0)

2011年5月 4日

春を知らせる彩雲が…いよいよ被災地にも本格的な春が訪れて!


春の訪れを感じさせる彩雲を見ました。

虹のように見えるきれいな雲でいろいろな色が混じっているように見えて短時間でしたが…とてもきれいでした。

長い時間空を見ていると時々見えることがありますが…気付く人は少ないようです。

昔から虹のような雲(彩雲)を見た人は幸せになれると言われています。

子どもの頃、母に「きれいな雲を見たよ!」と言うと「それは、幸せなことよ!」と言われました。

彩雲を見た人はラッキー!幸運と言いますが…私は「被災地に一日も早く幸せが訪れるように!」と思わず手を合わせました。

もうすぐ「母の日」。

いつもこの時期になると彩雲らしき雲を見ることが多いような気がするのですが…自然の規則性が確実である証のようで、またまた感心してしまいます。

相変わらずの余震の多さにまだ少し怯える私ですが、きれいな雲の発見は束の間の安らぎを感じさせてくれるものになりました。

今日のガンディーの言葉「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 12:52 | コメント (0)

2011年5月 3日

今日は憲法記念日!現在の日本は個人的尊厳が守られている国と言えるのでしょうか?


今日は連休真っ盛り、大崎市は昨日の強風も止んで穏やかで爽やかな陽射しに包まれています。

しばらくはいいお天気が続くようです。
連休最終日8日には雨降りになるという予報が出ていますが、それまではいいお天気のようです。

自宅の庭で見つけたタンポポですが…所々に咲いていました。
春にはとてもお似合いの黄色です。

この季節には黄色や赤、緑などの原色がとてもいい感じで、季節にピッタリの花が咲き始めています。

植物が持つ規則性にはいつも感心していますが、植物が持つ生命力の強さには脱帽です。

敗戦後、被爆地には植物は育たないだろうと言われましたが、植物は自然の規則性に従ってあんなに悲惨な日々の後にも…見事に芽吹きました。

小さな蕾や花咲く花びらを見て被災地の人々はとても感激したという記事を読んだことがありましたが…今回の東日本大震災後も大自然の大きなサイクルの環の中で逆らわずに生き続ける植物の姿には本当に感動です。

今日は憲法記念日。

もうすぐ大震災から2ヶ月を迎えようとしているのにいまだに避難所生活をしている人々がたくさんいらしていて、この現状を見る限りにおいては、憲法で定めるところの基本的人権である個人の尊厳が保たれている国家とは言えないと思いながら、今日の憲法記念日を過ごしている私です。

菅首相は8月までに仮設住宅をすべて造り終えると国会で述べ、その後自分の想いを述べたものと言い直しましたが、プライバシーの無い生活を余儀なくされている人々のストレスなどを考えると本当に胸が痛みます。

大震災前の日本を考えると決して良い方向へ進んでいるようには思えませんでしたし、このままではいけないという気持ちを持ちながら生活していたように思っていましたが…巨大地震・大津波・原発・風評被害など次々と発生する衝撃的な出来事に、今度は大きく振り子が振り替わり、極端から極端へと、日本全体の立つ位置がすっかり変わってしまった変わりように大きな戸惑いを感じているというのが今日の日本の現実だと思います。

これを機に、私たちは、自分の生活の在り方を問い直してみることが大切だと思います。

そして、自国の柱である憲法を良く考える必要性を感じています。

誇りが持てる国になる為には、誇りが持てる憲法を持つことが絶対条件だと思います。

東日本大震災後は、つくづく平和であることの大切さ(当たり前の日常が送れることの幸せ)を思う日々を過ごしている私です。

今日のガンディーの言葉「一つの種から生まれる全ての活動は、同じ種とお互いに混じり合う。」「精神が目を覚ました時、全ての悲しみは消える。」

投稿者 jizai3 : 17:49 | コメント (0)

2011年5月 2日

朝から強風!!



今日は、朝から強風が吹きつけています。

被災地には強い西風がゴーゴーピューピューと呻り声をあげ吹き荒れています。

あの日から、自然の猛威を十分に思い知らされている被災地にとって、今日の吹き荒れる強風は大震災の恐怖を思い出させるような強い風になっています。
時々、揺れかなと思うくらいの強風です。
午前11時10分過ぎには小さな揺れも体感しました。

TVやラジオでは「屋外での作業にはくれぐれもご注意ください!」とアナウンスを繰り返しています。

昨日の夕方、仙台の叔母と℡で話をしました。

17日から熱っぽく休んでいるということでした。

叔母は「今日TVで見たんだけど、松島の観光船に乗っている人たちの映像を見たの。この前、石巻の友人が遊びに来て大津波にさらわれてしまった人を助けられなかった話を聞いて、二人で泣いたのよ。彼女は、もう海は見たくないと言っていたわ。海は大好きだったのに。私なんか冬にも海が見たくなって出掛けたこともあるのに…しばらくは見たくないと思っている。それなのに、まだあの大震災からそんなに経っていないのに…遊覧船に乗るなんて考えられない。私、チャンネルを変えたの。」と言っていました。

その前には、ギャラリーにいらしたお客様が「松島に観光客が戻ったようで良かったですね。遊覧船にも乗れるようになったそうで本当に良かったこと!」と話していったばかりでした。

同じ宮城県で暮らしていて、同じように東日本大震災を体験しても…まだまだ立ち直れず立ち止まっている人もいますし、前を向き歩き始めた人もいます。

もとの日常に立ち戻ることが先決ですが…受けた傷の深さは人によって違いますので、時間をかけてゆっくり焦らずに、人それぞれの立ち直りを見守るしかないと思います。

そのような十分な時間と、ゆとりを持つことが、今は大切なのだと思います。

叔母の友人は大津波に遭い、傍にいた人を助けることが出来なかったことで自分を責めていたようですが…その事を叔母は心配していました。

「自分を責める気持ちは時間が経てば経つほど強くなるもので…辛いのよ。私も経験があるからよく解るわ!」と、とても心配していました。

「でも、二人で手を取り合って泣いたから、少しは気持ちが軽くなったと思うけど。このような思いは体験者じゃないと解らないものだから。辛い経験がある私なら解ってあげられると思ったんだけどね。」と言っていましたので、私は「きっと叔母さんが受け止めてくれたことは解ったと思うわよ。」と言いました。

心優しい叔母ですので、思いは通じたことと思います。

津波で逃げる時は「てんでんこ」。という話を聞いたことがあります。
一人一人がそれぞれに逃げることだそうです。

地震後に津波の被害に遭うところと、そうでないところでは注意喚起がだいぶ違うようです。

地震の震度や、場所を知らせるよりもよりも、津波が起こるかどうかを知らせることの方が大事という人たちが大勢いらっしゃいます。

海沿いで暮らす明治生まれの或るおばあさんが「震度2でも大津波が発生したことがあるから、揺れたらとにかく高台へ!が、命を守ることです。」と話してくれました。
その言葉が今も心に残っています。

先人の言葉には素直に耳を傾けることが良く生きる為の知恵だとつくづく思いました。

「今は、あまり遠出をしたくない。」という人の気持ちに頷いてしまう私ですが…少しずつ行動範囲を広げたいと思っています。

しかし、怖がってばかりはいられないという気持ちは少しずつ強くなってきていますのでこの気持ちを持続したいと思っていますが…叔母も同じ思いでいるようでした。

今日のガンディーの言葉「苦しんで神に縋った人は、恐れに負けることは決してない。」

投稿者 jizai3 : 11:31 | コメント (0)

2011年5月 1日

宮城県女川は壊滅的な被害を受けたのに避難場所となっている女川原発の存在…


巨大地震・大津波の後に宮城県の女川原発が女川住民の避難場所になっていることを知った時、私は驚きましたが…避難場所になっているのだから放射能の心配は無いのだろうと勝手に思い込んでいました。

しかし、大崎市松山地域のM氏はすごい剣幕で「女川の放射線量がどうなっているのか?宮城県は放射線量を図ったのか?報告がまるで無いのに避難場所になっていることが問題だ!」と怒っていました。

その3日後、宮城県の放射線量は問題が無いと判明して私たちは胸を撫で下ろしました…が。

今回の福島第一原発の問題は、今も増々大きな波紋を広げています。

広島長崎が多くの被爆者を出した原爆による被爆と、今回の大震災・大津波の後に発生した福島第一原発事故の被曝は違うのに同じように捉えている人の多いことと、レベル7でチェルノブイリと同じになってしまった原発事故である事がショックです。

それにしても、今回の東日本大震災の震源地に近い女川原発が女川住民の避難場所になったということの意味は大きいと思います。

女川地域の被害は極めて壊滅的であるにもかかわらず…女川原発は地域住民の避難場所を担っていたのです。

「安心安全の日本の原発」と言われたことの意味が見つかるかも知れないと思っていますが…東京電力と東北電力の本質的な安全基準体制の違いなのでしょうか?

それとも、どちらも巨大地震後大津波の被害を受けましたが、女川原発が深刻なものにまでならなかったのは偶然的な違いなのでしょうか?

今すぐに原発からの脱却というわけには行かないでしょうが…東電も日本政府も原発を最優先に考え、他のエネルギー開発を疎かにしてきたことに問題があったと思います。

でも、これだけ深刻になれば、もう新たな原発を自治体に勧めることは困難になると思います。

この際、原発は事故が起きればいとも簡単に安心神話は崩れ去り、国の一大事になるということが明らかになったのですから、他のエネルギーを本気で開発することが安心安全な日常生活を求める日本国民の気持ちに添うことなると思いますので、今後は原発に関する正しい情報開示をお願いし、一日も早く福島第一原発の暴走が止まり、そして、収束することをひたすらに祈りたいと思います。

原発に関しては、国民的な話し合いが必要だと思います。

原発問題は、これからの日本が何を大切にして日本人として生きるのかという問題だと思います。

皆がじっくり考えなければいけない重要課題になると思いますし、日本の第一次産業をどのように考えるかという日本再生への道しるべになることですので、長い間、農耕民族として生きてきた歴史を持つ日本人のDNAを本気で活かす政策を考えることが日本の再生への展望だと思います。

今日のガンディーの言葉「間違っていた知識に目をひからかそう。この知識は真理を止め、真理を離脱させる悪い知識である。」

投稿者 jizai3 : 16:10 | コメント (0)