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2011年6月30日

6月最後の一日は、まるで真夏日!気温はぐんぐん上昇して!!


今日は燃えるゴミ出しの朝から太陽が照りつけて、気温はぐんぐん上がり、真夏のような陽射しが降り注ぎ、容赦ない炎天下の陽射しを浴びると眩暈がしそうになりました。

冷たい水が一番美味しく感じられ…何杯も水を飲みながら熱中症予防に気を付けていましたが、梅雨時の猛暑日は堪えますね。

午前中は用事があって仙台方面へ出掛けましたが、車の中も暑く、先日までは窓を開けて頑張っていましたが、今日はエアコンをかけての走行でした。

それでも、陽が当たるところは暑く、日焼けが心配な一日でした。

明日からはいよいよ7月。


夏本番となりますが…最近は、何かしら身体の調子が悪いという人の話を耳にするようになりました。

今日の午後には、ご近所の方が「眩暈と吐き気で点滴をしてもらって何とか落ち着いたけれど、食欲が無くて何も食べたくなくて困っているの。夏バテかしらね~」と言っていました。

いつもはとてもパワーのある方ですが…今日は本当に元気が無く声も沈んでいて、顔色も悪く、心配になりましたので「無理しないで休んでいた方がいいわよ」と声をかけました。

風も暖かく熱風のようです。

それでも、この地域は夕方には涼しくなるので助かりますが…都会の熱帯夜は熟睡も出来ないので睡眠不足が続いて本当に辛いと思います。

睡眠不足は、熱中症の大きな要因とも言われていますので、寝るときぐらいは、寝苦しくない夜であってほしいと思うのですが…

毎年、暑くなると思い出すことがあるのですが、梅雨時の東京でホテルに着いてネクタイを外した主人のネクタイを絞ったら絞れるほどの汗が出たことがありました。

汗びっしょりで下着を脱ぐことも大変で、吹く風は熱風で…あの時ほど「嫌な暑さ!」と思ったことはないくらいでしたが、ここ二日間の暑さも、あの頃を思い出すようなムシムシする暑さになっています。

今日は来客が多く…政治談議などにも話が及びましたが、とにかく我慢をしてこの暑さにも耐えている被災者の気持ちを考え、被災者の心に沿う政治を行って一日も早く被災者が安心した日常を送れるようにしてほしいという結論になりました。

皆は、復興庁の早い設置を望んでいるようでした。

全ての国会議員には、政治家本来の使命に目覚めて与野党関係なしに、今はひたすら 被災者の為に行動してほしいと願っています。

とにかく、被災地の復旧・復興へ向けて動き出すことが大事なことだと思います。

今日のガンディーの言葉「人間は自己の本性を実感し、本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。反対の行動パターンは、自己の下降に引きずられる。」

投稿者 jizai3 : 18:39 | コメント (0)

2011年6月29日

東京電力の株主総会は、6時間かけて協議しても個人株主の意見は一切通らず…..


昨日から何度もTVでは東京電力株式会社の「第87回定時株主総会」の様子を繰り返し報道しています。

見れば見るほど空しい総会だったと思います。

どんな動議を出して協議をしても全ては原案通り可決で…6時間もかけ休憩も無しで話し合っても全ては筋書き通りの総会でした。

株主総会ですから、その定款に則って定時総会は進行したわけですが、株式総数からいうと個人株主は44%で、残りの56%は大口株主だそうです。

どんなに個人株主が頑張っても結果は明らかで全ての議決には大口株主の意見が反映されることが決まっているのです。しかも、圧倒的数の委任状によりです。

東電が管理、統制している福島第一原発は、大きな事故を起こし、まだ収束もしていないのに。

最後の議案「脱原発」もあっさりと否決されてしまいましたし、古里を離れ不自由な生活を強いられている福島県の避難者との思いとは大きく乖離する議決でした。

暑い中、会場に足を運んだ多くの個人株主と、大企業の相変わらずの独断的体質と、委任状提出の大口株主との間には大きな溝があるようで…大きな力の前では、個人は、いくら頑張ってもどうにもならないのだという事を見せ付けられた感じがして…私はとても不愉快でした。

安定株という事で電力株を持っている人は多いようですが、中には今回の事故に対して真摯に向き合い、福島県で原発被害に苦しむ人々の心に沿って自分が持っている電力株の行方や方向性を一生懸命に考えている人もいましたが…怒号飛び交う会場は本当に空しい株主総会となったようです。

原子力発電所の再稼働問題でも、まだ福島第一原発が収束もしていないのに経産大臣は安全宣言をしましたが…何を基準にしての安全なのかも解らないままに再稼働を許して良いのでしょうか?

原発問題に関しては、国民的な議論が必要だと思います。

原発の安全神話が崩れたことや、最終の核処理が出来ない事、核はトイレの無いマンションで暮らす事であるという事実を全ての国民にきちんと知らせるべきで、その上でこの地震国の日本に相応しいエネルギーなのかどうかを、日本人みんなで検討すべきだと思います。

そして又、この問題は世界にも通じる問題なのですから重要課題だと思います。

今すぐに、全ての原発をStopさせることは出来なくても、古い炉は廃炉の方向へ、又、新規の原発はつくらないなど…方向性を示すことは出来るわけですから、国策で進めてきた原子力問題を、国民全体で話し合う事は必要だと思います。

出来れば、これまでの原子力に関する予算を他の再生可能エネルギー開発などに振り替えるなどして、資源が乏しい日本にでも相応しいエネルギーがきっとあるはずですから、日本の国に合うエネルギー開発に力を注ぐべき時だと思います。

東日本大震災を契機にして、一人一人の日本人が真の生き方を見つめ直す事が出来れば、大きな悲しみの中からでも、一筋の灯りを足掛かりとして、これからの時代を生きるはずの子ども達の未来を照らす道しるべになる可能性があるような気がしています。

私たち大人が道を間違わないようにする為には「一人一人の子供の健やかな成長をベースにして、物事の基本を考える」という心を持って物事と向き合い、深く考え抜くことだと思います。

今日のガンディーの言葉「人間の強欲は、正に天空まで届くかも知れません。例えどんなに低い高さだとしてもです。ですから、欲には限界を設けるべきです。」「もしも、毒があった場合、そのミルクを投げ捨てよう。混合された偽善を持っているような、見かけの良い事を拒否するのと同じようにである。」

投稿者 jizai3 : 14:21 | コメント (0)

2011年6月28日

朝の連続ドラマ「おひさま」は、傷ついた被災地と重なって…


NHK放映「おひさま」を見ている人たちが、被災地にはたくさんいらっしゃるようです。

今回の東日本大震災を経験した高齢の方達が「朝のドラマ・おひさまは、日本の苦しかった時代を思いださせる」と話していますし、若い人たちは「戦争は知らないけど東日本大震災を体験して、戦前、戦中、敗戦、そして、戦後の今の時代へと繋がることで、NHKの朝ドラ・おひさまを毎日見て、敗戦後の日本がとても身近かに思えるようになった」と言っているようです。

今朝の「おひさま」は、春樹お兄さんの戦死の知らせを受けて悲しむ家族の様子と、主人公の陽子が兄の愛読書(詩集)「心に太陽を持て」を嫁ぎ先の家に持ち帰って、兄との思い出に浸っていました。
そして、いよいよ陽子が勤務する小学校にも、広島に原爆が投下されたという情報が入り…8月の終戦を迎える日へと近づいてゆくという場面で今朝のドラマ(15分間)は終わりました。

亡くなったお母さんやお兄さんの思い出のシーンが、陽子に「悲しい時は?」と尋ねると、いつも幼い頃の陽子が登場して、泣きそうな顔で、それでも「笑う」と答えるのです。

どんなに辛い時でも、無理にも笑って生きることの大切さを何度も伝えています。

「心に太陽を持て くちびるに歌を持て」~~ツェ―ザル・フライシュレンの祈り~~は誰もが耳にしたことのある詩ですが、被災地で暮らす人の心には、ずしーんと響く言葉だと思います。

3月からは始まったNHK連続朝ドラ「おひさま」は、幼い頃に母を失くした娘がすくすく育ち、戦争中と戦後を生き抜く明るい主人公・陽子の物語ですが、被災地で暮らす人たちには陽子が一生懸命に生きる気持ちと、どこか重なる部分が多いようで…3.11の大災害後の放映は「とても相応しい!」と、好評の朝ドラのようです。

主人公が女性というのがいいですね。

女性の視点で世の中の動きや流れを見つめ続けてゆくことは大切なことだと思います。

今の時代は「何か大切なものを守る為には、どうすることが一番良いのか」という事を根本において、物事を深く掘り下げて考えることが大事だと思いますが、このような考えは極めて母性的ですから…女性には最適だと思います。

男性の中でも「与党だ!野党だ!」と権力闘争に大騒ぎをしているよりも被災地の心に沿って考えることを最優先するという母なるものを根底にして物事を考えられる男性たちが指導力を発揮して動き出すことが大切なことだと思います。

ですから、男性でありながら、母なるものを基本にして物事を考えることが出来る人であり、心温かさを第一に人として生きてゆくことに意義を見つけることのできる男性は素敵だと思います。

今日のガンディーの言葉「立身出世の本当のしるしは、その人の優しさと成熟さの成長である。」「心に平和も強さも持っていない人が、どのようにして知識を持つ事が出来ますか。」「単純の中で大きさがあるように、良きことは存在している。決して豊かさの中ではない。」「人は、自分から自分を無くしてゆくことによって、自分自身を見い出して行く。」

投稿者 jizai3 : 14:18 | コメント (0)

2011年6月27日

みちのく奥州「平泉」が世界遺産に登録決定!


再挑戦で、見事「平泉の文化遺産」の登録が決定しました。

登録名称は「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園および考古学的遺跡群」です。

岩手県平泉町 中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山の5ヶ所で、今回はイコモスの勧告に沿って、構成資産を9つから5つに絞り込んで再挑戦したそうです。

東北で初めての文化遺産として認められたことは本当に嬉しい出来事だと思います。

今回の「平泉の文化遺産」登録は、多くの日本人が持っている、心の奥底にある素朴な信仰心を呼び覚ましたと思います。

みちのく奥州で暮らす人々が大切に守ってきた浄土思想が息づく平泉町は、東日本大震災の被災地でもあります。

この度の大震災では、東北地方三県にかけて多くの方々が犠牲になり、大変不本意な形で尊い命が奪われてしまいました。

このような悲惨な出来事を体験した東北地方・岩手県平泉が文化遺産として登録を決め、世界の平泉として認められることが私にはとても偶然とは思えませんでした。

この大震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りするのに、浄土思想に基づく思いは犠牲になった方々の魂をきっと安らかにしてくれるものと信じます。

千年に一度の大震災の傷跡が癒えるにはまだまだ時間がかかりますが…「平泉」の嬉しい知らせは、復旧・復興へ立ち向かう人々の気持ちを励ますものになったようです。

被災地にとって、明るい兆しとしてみんなが受け止めることが出来ればいいなと思いました。

私たちもそのうち、心落ち着くみちのく奥州の安寧の地・平泉を尋ねてみたいと思っています。

今日のガンディーの言葉「局面が本当に難しい時、信仰がテストされる。」「真の宗教は、領土的な限界は知らない。」「信仰とは、不運に直面しても、不動であることである。」

投稿者 jizai3 : 12:04 | コメント (0)

2011年6月26日

政府の復興構想会議が打ち出した「減災」という言葉の重みを噛みしめて動く政治を!


スタートラインがやっと見えてきた政府の復興構想会議が提言の副題「悲惨のなかの希望」を添えて菅首相に答申を提出しました。

本当に、この大震災がもたらした悲惨の中で希望の光を見い出せるとしたら、それは政治の力だと思います。

「減災」という言葉も、大災害を前提にして被害の最小化を図ることを打ち出したのですから、それには政治家全員が力を合わせて事にあたらなければいけないと思います。

そもそも「政治」とは、社会を住みやすくするために、国や地方の大きな方針を決め(て実行させ)ることです。

そして、政治家とは、この仕事に携わる奉仕の精神の志を高く持つ人たちのはずです。

大災害の前にも現在の日本は政治的課題山積状況でした。

特に、財政再建問題は歳入よりも歳出が多い不健全状態が長期的に続いていました。

子子孫孫までの大きなツケが大問題になっていましたが、このことは社会保障問題とも連動している事柄なので、税の見直しという事も話題になっていました。

そこへ起きた今回の東日本大震災は、巨大地震・大津波・原発という複合的災害であり…福島第一原発問題はまだ収束していません。

今回の政府構想会議は、原発に関してはきちんと収束してからの復興への提言が妥当なのではないかと私は思っているのですが...

とにかく被災地は、実に悲惨な体験をしました。

被災者の「失った日常を元に戻してほしい!」という気持ちはとても強いと思います。
そして、殆どの被災者たちは3・11以前の生活は暮らしやすかったと思っているはずです。

政治が、本当に社会を住みやすくするためのものであるなら、安心安全の社会生活を営むことを望んでいる国民の為に汗をかくことは政治家本来の在るべき姿です。

連日のように見せつけられる政治家の本筋を忘れたゴタゴタ劇に、多くの国民は失望しています。

それほど政治に期待しながらも、政治家不信に悩まされ続けているのです。

そして、自分たちが選んだことに自己嫌悪さえ感じている人さえいます。

このところの政治に関するマスコミ報道も扇動的で…問題を感じる時も多々あります。

そんな時ほど、私たち国民は常に冷静であるべきだと思います。

今は、被災地の心に沿うように一日も早くやるべきことを政治の力でひたすらにやってほしいと願うだけです。

くれぐれも、我慢に我慢を重ねている被災地から小さな希望を奪わないようにしてほしいと祈るだけです。

今日のガンディーの言葉「絶望することが、人を駄目にする。」

投稿者 jizai3 : 11:37 | コメント (0)

2011年6月25日

指導者の力の大きさ!


今朝は、東大生を生む奇跡の授業 "伝説の国語教師" 27年ぶりの授業と題して、2回だけの特別授業(土曜講座)をする98歳の橋本 武さんの姿を映し出しているTVを見ました。

灘中学校には、受講予定者50名を超す約100名の子どもたちが集まり「スロウ・リィーデング」の提唱者である伝説の国語教師・橋本 武さんの銀の授業を受講していました。

銀の授業の教材は「銀の匙」(中 勘助著)です。

橋本先生の夢は「もう一度授業がしたい!子供たちにいつまでも覚えておいてもらえる授業がしたい!!」ということだったそうです。

27年ぶりの授業再開に喜ぶ橋本先生は「遊び感覚を大事にして学ぶことが大切である」と説きました。

時間をかけてとことん一つの事に拘る授業の面白さを伝えていました。

自分で考え、自分で気付く。ややこしい事や無意味に思えることも記憶すると楽しくなる。と話していらっしゃいました。

今日の授業は、"学ぶを遊ぶ"ことと位置付けて~~あそぶ。まなぶ。うかぶ。~~五十音図で「ぶ動詞」を学習させていました。

「ぶ」は楽しい事。答えを追求する面白さを知らせたいと橋本先生は話していらっしゃいました。

橋本先生が現役の時に教材として使用していた「銀の匙」は、3年がかりで学習させていたそうです。

解らない時には、著者である中さんへ直接手紙を書いて子供たちは聞いたりしていたそうです。

文中に「百人一首」と出てくれば百人一首についてとことん調べ、百人一首で遊びながら、自ら参加して遊ぶ面白さを体験しながら、自分で考えることを自分の身に着くまでやらせたそうです。

生徒の中には、遅々として進まない授業を心配する子供もいたそうですが…橋本先生は「すぐ役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」として学ぶことの真髄に気づかせ、学ぶ力の本質を生徒自からが、物語から学ぶように仕向けて教鞭を取ったそうです。

橋本先生の授業は、自分で考える力と参加する喜びを伝えながら、課題解決に向けて自分で考えて課題を解決する力を養うことに力点を置いていました。

ここに、指導者としての力の大きさがあると思いました。

今日、土曜講座を受けたある男子生徒は自宅へ帰ってから「ぶ動詞」の復習として、自分で解った「ぶ動詞」と、誰かが気付いた「ぶ動詞」を色分けしてノートに書き出していました。
その子は「答えを探し出すことが面白いです」と答えていました。
とてもいい表情をしていて楽しそうでした。

「銀の匙」は、中 勘助氏による自伝的小説だそうですが…私はまだ読んでいませんでしたので…読んでみたくなりました。
早速、ネットで注文しました。

一冊の本を3年かけて読み込むというスロウ・リィーデングを徹底すれば、それは、まさしく「自分だけの本」になると思います。

98歳の橋本先生の授業は、今の時代に最も欠けていることを指摘なさったように感じました。

現代人は、事のおさまりを急ぎ過ぎて、何でもマニアル化し、対策ばかりに追われる生き方をしていますが、あらゆる物事を自分の目でしっかり捉え、自分の頭でじっくり考えて、どのように物事を解決することが一番いいのかという事を導き出す力が不足しているように思いました。

それにしても、良き指導者に出逢うことは素晴らしい人生だと思いました。

出来れば、多くの子ども達一人一人に「良き人との出逢いを!」と、祈らずにはいられませんでした。

今日のガンディーの言葉「知の人は、克己心を通してのみ、心の静けさを達成する。」「我々は、自分自身の運命の製作者である。」

投稿者 jizai3 : 17:26 | コメント (0)

2011年6月24日

「片付けが一番先!」というボランティアさんの話に頷いて…


湿度の高い一日となりそうな朝でした。

午前中は主人と二人でいろいろとギャラリーの片づけをしました。

節電の効果なども確かめながら、無駄が無いかどうかも調べました。

そこで気づいたのが、ギャラリー入り口の自動ドアですが、開けっ放しの方が空気の流れが良くなるし、節電にもなるということで電源をoffにしようと思い電源を探したのですが、なかなか見つからず、苦労しましたが、やっと見つけることが出来て電源をoffにして…自動ドアは開放のままにしました。

風通しが良くなってとても涼しくなりました。

午後には沿岸部を中心にしてボランティア活動に励んでいらっしゃる方にお話をたくさん伺いました。

彼は「まずは、片付けが一番である」とおっしゃっていました。

「一に片付け。二に片付けですよ。きれいな空間をつくらなければ、なにものもつくれませんよ。きれいにするといろいろな構想が浮かんでくると思います」と現場を良く知る人の言葉に頷きながら、苦労話なども聞きました。

今朝は早くに長年の付き合いのある工務店の社長が来て下さって、我が家でも地震による依頼事がありましたので見て頂きましたが「何事も遅い。なんでこんなに時間がかかるんだ。非常時なのに…」という話しを聴き、大崎市の行政業務が非常時に機能していないことを知りました。

「何もかも初めての出来事だから仕方ないと言えば仕方ないんだけどね~」と言いながらも「もう少し何とかならないものか」と気を揉んでいらっしゃる様子が窺えました。

現場第一主義で事をどんどん進める体制づくりをしないと駄目だという意見には大賛成です。

現場を見ていない、あるいは見ても気づかない人や、現場を知らない人では話にならないと思います。

いつも現場にいて、現場の辛さを理解できる人物が指揮命令を出すようにすべきだと思います。

そのような観点からいうと、原発問題だって同じだと思います。

被曝のことを心配している人々に向かって、自分たちは常に安心安全なところにいて「今のところ、健康被害に問題はありません」とおっしゃいますが「今は良くても、その後はどうなるのだろう」と不安になるのは人として当たり前のことだと思います。

本当に安心安全であるなら、社会的メッセンジャーは、その場に住み、そこで毎日の生活を送り、その場所から情報を発信してほしいものだと思っている私です。

もうすぐ、7月になろうとしているのにまだまだ多くの瓦礫も片付いておりませんし、福島第一原発問題も収束していません。

今年の梅雨は、一段と蒸し暑さも増して気持ちも憂鬱になりがちです。

大震災後は、いつも心の奥深い所に何かが渦巻いている感じでスッキリと晴れやかな気持ちになれません。

今朝は、東京のお友達とも℡で話したのですが…彼女も「あの日以来、いつも心の奥に何か塊のようなものがあって晴れ晴れとしない!」と言っていました。

瓦礫の山がきれいに片付いて、福島第一原発が収束をすれば、その時は晴れやかな気持ちになれるのだろうかと思ってみたりするのですが…

でも、原発問題は、そう簡単には解決しないだろうと思います。

原子力の問題は、一度事故が起きれば、止める、冷やす、閉じ込めることが困難であり、これまでは、事故は起きないものと多くの国民を騙し、原子力に対し安全神話を作り上げていましたが、それが崩れ落ち、一度事故が発生すれば人間の力で、原子力は暴走を止めることが出来ない機械であることを知ってしまったからには、国民の気持ちが脱原発へ向かうことは止められないと思います。

多くの国民は、少々の不便さは我慢しても安心安全で平和な暮らしを望んでいるのですから。

今日のガンディーの言葉「我々は、何かを差し出そうとする時、自分自身の真なる部分を差し出さねばならない。」「自分の過ちを自分の過ちとしない事は、その過ちを繰り返す事になり、その過ちを隠そうと、更なる罪を犯す事になる。」「他を思う時、唯、自分自身を思うことさえ休止するだろう。」

投稿者 jizai3 : 14:45 | コメント (0)

2011年6月23日

当然の行為が特別な事として映るのは何故?


私は昨日、自民党の河野太郎議員が力のこもった言葉で「会期延長の為に反対する理由はない。世の中は永田町の理屈に辟易している」と自民党の集まりの中で訴えている姿をTVで見ました。

私からみれば河野議員はすごく当たり前のことを主張したと思いましたが、河野議員からはある種の覚悟のようなものも感じました。
私たち国民から見ると、永田町ムラの論理にはうんざりです。

以前「この大震災の時に、国会に夏休みはいらない」と言っていた自民党が、今度は会期延長に反対とは...本当に理解に苦しむ行為です。

今回の大震災の事を考えれば一日でも早い復旧・復興を願うのは人間として当たり前のことだと思うのですが。

予定よりも遅く始まった国会の中で、自民党の河野議員と岩屋議員の二人は、民主党の70日の会期延長案に賛成し起立しました。

他には被災地出身の議員である小野寺議員と秋葉議員は「与野党を超えて復旧・復興を急ぐべき」として採決には欠席したようでした。

賛成多数で70日の会期延長は決まりました。

その後、自民党石原幹事長は、造反議員に対しての処分を検討すると話していましたが…永田町で行われていることを理解することは本当に難しい事で、私には理解できる事柄ではありません。

今朝は7時前に結構強い地震がありました。

岩手県沖には津波注意報も出されて…またまた心配な朝を迎えることとなりました。

東北の被災地で暮らす人々のことを考えれば政治の役割は自ずと解るはずだと思うのですが…永田町だけは特別なのでしょうか。

何よりも国民の為を思って仕事をする人々の集まりの場所であるはずなのに...政治は空転ばかりで、本当に情けない思いでいっぱいです。

正午からは、66年平和への祈り 沖縄「慰霊の日」の式典が行われています。

もうすぐ、私たち日本人には忘れることの出来ない8月がやって来ます。

日本の美しい都市、広島と長崎に原爆が投下され、8月15日の終戦記念日が、又やって来るわけですが…東北地方の今年の夏は、あの頃の悲惨な景色と重なって見えてしまうくらいの悲劇が今も起きているのです。
この暑さの中で、緊急を要する大事なことは何も解決されないままなのです。

これが今の日本の状況なのでしょうか。

沖縄の人の中には、今回の東日本大震災の様子を見て66年前の沖縄を思い出し…具合が悪くなったと話していらした人もいました。    

「平和は何事にも代えがたいもの」という言葉が今年はなぜか一層空しく聞こえてしまいました。

これだけの経済発展を遂げ、豊かだったはずの日本の姿が、本当は砂上の楼閣だったという事なのかと思えるほどの悲しい出来事を2011年3月11日午後2時46分に東北地方は体験したのです。

政治に期待することや、心ひとつに頑張る国会議員の方々の姿を思い描くことには無理があるのでしょうか。

今日のガンディーの言葉「自分の本当の価値を理解しようとせず、又、防御出来ることもしない人は、人生の中で他の何を防御することが出来ようか。」

投稿者 jizai3 : 14:42 | コメント (0)

2011年6月22日

今日は夏至。今年最高気温の一日になりそう!朝から気温上昇の気配!!



昨日梅雨入りしたばかりの東北地方は、朝から気温は上がるばかり。

こんな時は、あっさり漬けのかぶが美味しいですし、食もすすみますね。

「日本全国、今日は今年の最高気温になるでしょう!」と報じていますが…風はあるものの気温は予報通りぐんぐん上がっているようです。

今日は、二十四節気の夏至です。
最高気温をマークするはずの今日の日本は、夏至ということで一年の中で一番昼の長さが長くなる暑い暑い一日になりそうです。

国会は夏休みを取らずに、会期延長70日で調整を図り折り合いをつけたようです。

これからは被災地へ視点を移し、現場第一主義の観点で東北全体を視野に入れた復興庁を設置し、本格的に動き出しスピードアップを図りながら、全力投球で仕事をしてくれることをひたすら祈りたいと思います。

多くの国会議員たちを、主に被災地三県に分けそれぞれ貼りつけて責任ある仕事をしてもらえば、国会議員の活躍は手に取るように私たち国民から見えるようになると思います。

地元紙の河北新報社の朝刊には毎日囲い太文字で再生へ 心ひとつにとありますが、国会議員の皆様方に是非ともお願いしたい言葉だと思っています。

これまでの政治のゴタゴタを見せ付けられている国民としては、こんなにも大変な時に、何故、心を一つにして被災地で暮らす人たちに温かい手を差し伸べることが出来ないのか…私には不思議でなりません。

一人一人の国会議員の人たちが、国会議員を志した時の原点に立ち返って今の政治を直視すれば、私を超えて人々に奉仕することに意義を感じて政治家を目指したはずの本来の自分の心を取り戻すことはそれほど難しい事ではないと思います。

国会議員が一丸となってこの国難に立ち向かうことに必ずや正当性を感じるはずだと思います。

平常な時であれば、どちらの言い分がいいのかとか、どちらの政策がいいと思いますかと、問う事もいいでしょうが…今は非常時ですから東北の被災者を救うことをあらゆる国会議員の大義にして、東北の再生へ向けて、心ひとつに頑張る時だと思います。

法治国家でありながら、被災地で暮らす国民に対しては大震災後100日以上も我慢をさせ、憲法違反(第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)とも思えるような劣悪な環境を強いる生活をさせていることに猛省すべきだと思います。

大震災後は、私たち国民にとっては政治が救いであるはずなのに…政治不信が高まるような事ばかりが目につきます。

このような事は、もういい加減にして、今後は、復興東北を目指し、再生へ向け心ひとつに汗を流す国会議員たちの姿を見せてほしいと心から願っているのですが…

今日のガンディーの言葉「無私の行動は、力強さの源泉である。何故なら、無私の行動は神に対する崇拝と同等だからだ。」

投稿者 jizai3 : 11:28 | コメント (0)

2011年6月21日

例年よりも少し遅れて、本日、東北地方が梅雨入りしたと…


いよいよ東北地方が梅雨入りしたそうです。

今日は午前中、用事があって出掛けましたが、帰るとすぐに自在窯&ギャラリーの裏口に一人のお坊さんが立ち「拝ませて頂いてもよろしいでしょうか?私は日本三景松島大本山不動院から伺いました。短いお経ですから」とおっしゃいましたので、私は「お願いします」と言って拝んで頂きました。

とてもいいお声でお経をあげて頂きました。

托鉢にいらした僧は、驚くほどの若いお坊さんでしたが…厳しい修行を思わせる、きりりとした托鉢姿が大変良く似合っていました。

お経の後には、御札と厄除守本尊と書かれた用紙を頂きましたので、私も気持ちをあげさせて頂きました。

「大震災の被害はありませんでしたか?」と尋ねましたら「おかげさまで寺は大丈夫でしたが、境内までは水が来ました。」ということでした。

後姿をカメラに納めさせていただきましたが…私たちは偶然ですが、今日、このお寺の前を往復しました。

お坊さんの姿を見送りましたら…急に雷鳴が聞こえ始めましたので、私は少々遅れ気味の梅雨入り宣言かなと感じました。

「今年は、から梅雨かもね!」などと話していらした方もいらっしゃいましたが…いよいよという感じです。

東北地方の今日は、これから夕方にかけて不安定な天気という予報が出ています。

空が暗くなり始めましたので…雨が降りそうです。
そう思っているうちに…強い雨音が聞こえ始めましたので…「あのお坊さん、雨に濡れたのではないかしら?」と、とても気になりました。
雷の音も近くに聞こえてきました。

やはり、天気予報通り不安定なお天気の気配に包まれてきた大崎市松山地域の午後です。

今日のガンディーの言葉「宗教は、自分の人生の必須の部分になった時、宗教と言える。衣服のようなものではない。」

投稿者 jizai3 : 15:03 | コメント (0)

2011年6月20日

東北高速料金無料化スタートの渋滞ぶりを見て…思うこと


東日本大震災の被災地支援の為として東北地方の高速道路20路線で被災者らを対象とした無料化が6月20日午前0時からスタートしました。

今朝のニュースは、自治体発行の被災・罹災証明や運転免許証を料金所で提示する場面が映し出され、すごい渋滞ぶりが映し出されていました。

政府には、高速料金所での証明書の提示で渋滞が発生するという想像は無かったのでしょうか?

今回の無料化は国が高速道路無料化を決め、被災・罹災証明の基準は各自治体に任せたようですが、自治体の基準はまちまちで停電や断水でも被災・罹災証明を発行したところもありますし、まだ1枚も発行していない自治体もあるようです。

各自治体に於ける被災・罹災証明書の基準はバラバラでした。

高速道路を利用する人々の証明書をいちいち目視で確かめるには時間がかかりますし、このような提示にどんな意味があるのだろうかと思いました。

いっそのこと、本当に東日本大震災の被災者支援の為ならば、被災地に入る人たちの車、全てを無料にした方がいいのではないでしょうか。

被災地に入れば、ボランティアだろうが遊びだろうが…なにがしかのお金は落ちるのですから、水戸から青森までを全て無料にして、料金所で被災証明書や運転免許証を提示するなどの時間のロスがあることは止めて、渋滞防止に務め…無駄なことはしない方がいいと思います。

政府の考えが世の中に良い流れをつくる為のものなら大歓迎なのですが…何故か私にはそう思えないのです。
何となく中途半端さを感じてしまうのです。

それに被災地で被災をして大変な思いをしている人々にはそれほどのメリットは無いように思います。

後片付けに追われ、これからの事を真剣に考えなければならない被災地で暮らす人々には、車を使っての広範囲の移動はあまり考えられない事だと思います。

突き詰めて考えますと、本当に東日本大震災の被災地支援の為の東北地方高速道路無料化なのかと首をかしげてしまう私なのですが…

或る人が言っていましたが~~人間の想像力なんて小さなもの。やってみて変な時にはどんどん変えればいい。変化を恐れてはいけない。今回の大震災で、自然の力には勝てない事がはっきりしたのだから。決して人間の力を過信してはいけない。人間は、もっと謙虚であるべきです~~と。

今日のガンディーの言葉「高きより下に流れる水の如く、本来、謙遜である人の謙遜は、水の如く世に良き流れを与えるようになる。」

投稿者 jizai3 : 11:47 | コメント (0)

2011年6月19日

大震災から百か日が過ぎて…


昨日で大震災から百か日が経過しました。

昨晩はギャラリーでささやかな集まりを行いました。

お花をつくってもらおうと思ってお花屋さんに行きましたら、カウンターには仏前用のお花がたくさんつくられていました。

若いオーナーは「今日でもう100日なんですね。午後の慰霊祭に出掛ける人に頼まれたものなんですが、今の季節は華やかなお花がたくさんありますが、やはり御仏前用となると少し寂しい色合いになってしまうものですね。」と話してくれました。

私は可愛らしく華やかにつくってもらいました。

私がお花を差し上げた彼女も今はあまり体調が宜しくないようですが、昨晩は楽しいおしゃべりをいっぱいしながら心うち解ける時間を過ごすことが出来ました。

Blog写真は、心癒すハーブです。

爽やかで心癒す香りは、気持ちを落ち着かせる効果があるようです。

人は我慢し過ぎると、自分の辛さを自分で意識出来なくなって、自分ではコントロールが出来なくなって…自分の身体に異変が現れるそうです。

毎日夜になると急に血圧が上がるとか、身体の一部分が痛くなるとか、意識を失ってしまうとか、本当に怖い症状に襲われることもあるようです。

自分でその辛さを吐き出してしまうとだいぶ楽になるようですが、悩んでいる本人は「どうせ、自分の辛い思いは誰にも理解されないだろう」と思い込んでいるので、打ち明ける機会に恵まれないと、なかなかその頃あいを探ることは難しいようです。

被災者にとっての百か日は確かにあるけじめを意識する時でしょうが…大震災で亡くなった方には、それぞれの気持ちがあの大震災で断ち切られたという思いがあるでしょうから、その思いを考えると、残された方の無念さには心が詰まってしまい…言葉は出て来ません。

石巻の職場へ毎日通っているH氏が「大震災直後よりも、辛さや疲れを意識するようになった。あの悲惨な状況を目の当たりにしていた頃よりも、本当に辛さは増してきたね。」と話していました。

いろいろと状況が変化する中で、自分を見失わないで生きることの難しさを改めて感じている私です。

今日のガンディーの言葉「人生とは不確かなものである。死は現実であり、確実な事である。」

投稿者 jizai3 : 15:21 | コメント (0)

2011年6月18日

迷った時は自分の原点に還って一歩を踏み出そう!


人は、色々な場面で立ち止まったり、迷ったりするものですが、そんな時には、表に現れた事だけに捉われないで根本的なところまで遡ってじっくりと考えてみる事が大切だと思います。

原点に立ち戻って、自分の足元を見つめてみると、自分のしたい事、自分が望んでいた事、自分の進むべき道が解るようになることがあります。

私も何故ここにいるのだろうとか、何を悩んでいるのだろうとか、いろいろ突き詰めて深く掘り下げて考えてみますと今の自分の原点がはっきりしてきます。

そうなると不思議と自分が立つ位置や、役割が自覚出来るようになります。

若い頃、とても素敵だと思っていた年上の女性から「女性がいつまでも幸せでいられる秘訣は、好きになった時の気持ちを持ち続けて生きることよ。いい結婚はね、結婚した時の喜びをいつまでも忘れないで日常生活を送り、この人と出逢って良かったと心から思えるように生きることよ!」と教えられたことがありました。

「迷った時には原点に立ち還る勇気を持つことが大事!」という父の言葉とも重なる言葉でしたので…私には大変心に響く言葉となっております。

それぞれの立場で、今の自分の原点は何かという事を自問自答することは意義深いことだと思います。

政治家なら自分は何を目指して政治家になることを志したのか?

何故、学校の先生になろうとしたのか?

親の仕事を継いだのはどうしてか?

結婚当初の相手に対する自分の気持ちはどうだったか?

子どもが生まれて初めて子と対面した時の気持ちはどんなだったか?~~~いろいろ振り返ってみますと、実に感慨深いものがあると思います。

人は、常にこのような気持ちに突き動かされて…一歩、一歩の歩みを進めて現在の自分に至るのだと思います。

どんなに孤立しても、四面楚歌になろうとも、何事も恐れずに自分の信じる道を歩む人間で在りたいものだと思う今日この頃の私です。

今夜はそのような意味で、或る事の原点を忘れないでいることを伝える為のささやかな集まりが催される予定です。

これから、準備に取り掛かりますが…楽しい時間になりそうな気がして…ウキウキしています。

今日のガンディーの言葉「人間は、彼自身の精神の人間性によって、本当のことを知らされている。」「貴方のポケットに入り込む全ての平和を辿りなさい。そうすれば、そうする事でそのような投影の多くを学ぶことになるでしょう。」

投稿者 jizai3 : 15:19 | コメント (0)

2011年6月17日

亡くなってしまった愛娘の思い出探しをする母親の姿…


昼のニュースで、幼稚園バスに乗ったまま大津波にさらわれ愛娘を喪った母親が他の母親たちと一緒に我が子の思い出探しをしている様子が映し出されていました。

「もう、諦めて歩き出さねばならないと思って!」と話していましたが…とても辛そうでした。

このTVの映像を見て、義母が話していたことですが「子供に先立たれることぐらい親として悲しく辛いことは無い」と言っていた言葉を思い出しました。

義母も辛い経験をしていただけに亡くした子供の話をする時には、いつも目に涙をいっぱいためて悲しみにひたすら耐えて生きている年老いた親の姿をさらけ出していました。

今日TVで見たお母さんはとてもお若い方でした。

まだお若いのに、これから先も3・11の大津波で亡くしてしまった我が子のことを思いながら生きて行かなければならないのだろうと察すると本当に辛くなってしまいました。

以前、禅問答を行っていた喫茶店で、或る和尚さんから聞いた話ですが「何処にいても、人は手を合わせることが出来ますよ。何よりも手を合わせる気持ちを持って生きることが大事なのです。亡くなった人のことを忘れないで話題にして話すこともご供養になるのですよ」と。

辛いかも知れませんが、時々は思い出して話をしてあげてほしいと思います。

義母も辛い話なのに、さんざん話をすると、どこかしらふっ切れたようにも見えました。

それは、諦めて生き直そうとする悲しみの底から見つかる力なのかも知れませんね。

今回の悲惨な出来事は、多くの人々が共有して恐怖の体験をしたわけですが…一人一人にそれぞれの物語があるようです。

自分たちが遭遇した恐怖の体験から、何かを学び取りながら、被災者と共に負けることなく逞しく生きてゆきたいと何度も何度も思っている私です。

今日のガンディーの言葉「人は肉体のある所でなく、心が在る所に存在する。」

投稿者 jizai3 : 13:03 | コメント (0)

2011年6月16日

松山地区学校支援地域本部実行委員会に参加して


今日は午後3時から大崎市松山公民館視聴覚室に於いて松山地区学校支援地域本部実行委員会が開催されました。

菅原 満会長の挨拶で始まり、自己紹介、事務局からの22年度の決算報告と事業報告、23年度の事業計画、その他の協議、最後は及川留太郎副会長の閉会の言葉という流れで散会となりました。

平成20年にスタートした松山地区学校支援地域本部実行委員会の事業は委託事業としては終了しましたが、形は変わっても「みんなで支える学校・みんなで育てる子ども」の目標は変えることなく、このような機能は地域に残すべきであるという総意に基づき、松山まちづくり協議会教育文化部会の協力も得ながら、学校と地域の連携をこの事業の柱として継続し、時間をかけながら松山らしい学校支援事業をやって行きましょうと再スタートを切った組織は更なる発展を誓って、活発な話し合いが行われました。

松山地域から始まったこの学校支援事業が大崎市の他地域にも広まることを願っていますが、このような事業体制は無くても多くの人々は地域の学校や子供たちの成長には大いに関心を持っていることと思います。

この事業は、私たちの生涯学習の実践の場ともなりますし、ボランティアを経験した人々の表情は明るく、多くの皆さんは子供たちと過ごした時間の楽しさをニコニコして話して下さいます。

学校と、ボランティアを行う地域住民を繋ぐ三人のコーディネーターの役割は結構大変そうですが、充実感もあるように見えます。

教職員の要請に従って、先生方の負担軽減をという事を考えて地域住民が出来ることをお手伝いするわけですが、今年度からは事務的な簡便さなども考慮しながら地域と学校の結びつきを再構築するようにしてゆきたいという意見なども出ました。

このような事業は試行錯誤を繰り返しながら、よりよき体制を目指して地域全体でつくりあげてゆくことが大切だと思います。

子ども達の成長は、地域の未来です。

大震災後は尚更のことだと思っています。

松山地域として子供たちの健やかな成長を願うことは全ての住民たちと共有できる大目標ですから、私は、今回も少しでもお役に立つことが出来ればという思いで参加してきました。

今日のガンディーの言葉「運命と人間の努力との間には、長く続けられる葛藤がある。努力を続けよう。そして、その結果は神に委ねよう。」

投稿者 jizai3 : 20:00 | コメント (0)

2011年6月15日

人生相談するなら女の人がいいと言う、悩み多き男性の言葉に…


今日はBP教室があり、とても爽快な気持ちでギャラリーに戻ってきました。

M先生が導く優しい声に何度も眠りそうになりましたが…何とか最後まで眠気とたたかい、解放感に浸りながら身体がリラックス出来たことを確認してお昼前にBP教室を終えました。

M先生に導かれながら、私は「悩みがある時は、女性に話を聞いてもらうといい」と言っていた或る男性の言葉を思い出しました。

私も何かを尋ねる時には女性の方が話し易いような気がしています。

悩み多きその男性は「俺はマザコンでは無いと思うけど…悩みを聞いてもらう時には女性の方がいい。俺が一方的に話しても相槌を打ってくれる女性の声を聞くと何となく、又頑張ろうという気持ちになるから不思議だよな!」というので「母なるものの存在にはそのような力があるのよね。安心するんじゃないの」と言いました。

以前は「それがマザコンの証拠よ!」などと言ったこともあるのですが…私自身もよく考えてみますと、母が生きていた頃には何かあると何となく母に聞いてもらい、母に話すと落ち着くという事がありましたので…「マザコンなんて、もう人には言えないな」と反省したことがありましたので、それからは言わないようになりました。

私の友人T子さんは「認知症になった母親に、答えが無くても困った時にはいつも話しかけるのよ!」と言い…「答えはいつも自分で出しているんだけどね!」と言っています。

悩み多きその男性は時々困った事がある時は人生相談の℡を利用するそうです。

彼は「誰にも話さず、一人で落ち込むことは良くない事」と言います。

「気軽に利用することで何度かの危機を乗り越えた」なんて言いますが…私にはそれほど深刻な悩みがあるようには思えないのですが、人は見かけによらないとも言いますから……

でも、本当に話すだけで、聞いてもらうだけで…楽になることはたくさんあると思います。

日本は先進国の中では非常に残念ですが、自殺者の多い国になってしまいました。

昨日のTVは「原発さえなければ...」と、走り書きを残して亡くなってしまった福島県で酪農を営んでいた男性の死を報道していましたが…とっても心痛む出来事でした。

奥様や息子たちとも離れ、一人で暮らすうちに絶望感に襲われてしまったのでしょうか。

原発問題さえ発生しなければ家族揃って幸せに暮らすことが出来たでしょうに…と思うと本当に残念でなりません。

どんな時でも、自分を追い込まない生き方を探すことはとても大事なことだと思います。

そのような意味では、自己の危機を乗り越える為、誰かに悩みを話してみることは本当にいいことだと思います。

自分を追い込まないで生きる上では、こっちが駄目なら、あっちなどと柔軟性を持ち、時にはいい加減にだらだら生きてみてもいいのかなと思うこともあります。

そして、辛い時には、いい気分転換と話し易い話し相手を持つことが大切だと思います。

白い中にでも、黒い物を見い出したり、少々不本意でもグレーな気持ちやグリーンな気持ちで生きてみたり、時には自分と妥協しながら上手く生きてみる必要があるように思える今日この頃です。

今日のガンディーの言葉「人生の喜びは、自分の人生の心配事の中から自分を奪い去るところにある。」

投稿者 jizai3 : 14:04 | コメント (0)

2011年6月14日

だいぶ伸びた田んぼの稲穂!


今日は、午前中用事があって古川まで出掛けましたが途中で見かけた田んぼの稲穂がだいぶ育っていました。

大震災後はいつもよりも遅い田植えでスタートしましたし、塩害の為に田植えの出来ない田んぼなどもあり…今年は複雑な気持ちでさなぶりを見守った地域の人々が多かったことと思っていました。

白い雲と青空を背景にきれいに植えられた稲穂は初夏を思わせる周りの雰囲気になじんですくすくと生長していました。

爽やかな風と爽やか陽気に満足できる車窓からの眺めでした。

ここでも母なる大地の力強さを感じながら、私にとっては、母なるものの大切さや母なるものの恵みなどをありがたいと思いながらの往復となりました。

昨今では、被災地からの新たなる苦悩が伝えられていますが、合わせて行政側の想像力の欠如や国の対応の遅さなども指摘されています。

仮設住宅に入れる状況にありながら、仮設に入らない人がいるようです。

金銭面での支援が十分でないので避難所で暮らした方が楽であるという事が理由のようです。

災害に遭遇して、立ち上がろうとする時、一番大事な「自助」にStopをかけてしまうような行為に思えてしまいますが、良く考えてみますと、毎日の食事のことや具体的な生活に対する不安が大きくて仮設に入れないという事が本音のようです。

抽選なので、本当に仮設を希望している人に当たらないなど、いろいろな事情なども分析しているようですが…いつかは避難所から出なければいけないのですから、それぞれの個人に合う自活の道を模索しなければいけないと思います。

災害直後の不安とは違って、将来に対する新たな不安に苛まれる時期であることを慮って接することがとても大切なことだと思います。

行政側は、そのあたりのところまで踏み込んで大切な自助の精神を高めることが出来るように接しなければいけないと思います。

ですから、このことに関しても思いやりのある優しい考えで災害を受けた人々の心に沿って、自活できる日まで支え続けていく必要があると思われます。

未曽有の大災害での混乱は理解できますが、非常時には非常時の、従来のものとは違うやり方があるのではないかと思います。

このような災害時の縦割り行政では柔軟性がなく、住民の立場になって物事を見る目が曇ってしまいますので、行政サービスの窓口は一本化すべきで、被災した人々が利用し易いように気を付けて十分に配慮して心優しいサービスを心がけてほしいと思います。

先程「守るべきものがあると本当に強くなれる!」と母親になった人が話しましたが、母の愛は本当に深く強いものだと思いながら…若い頃にはひ弱そうに見えた彼女の逞しさを見事なまでの変身と感激しながら、私は輝く彼女の表情を見つめました。~~まさに"母は強し"~~

今日のガンディーの言葉「人間は自己の本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。反対の行動パターンは、自己の下降に引きずられる。」

投稿者 jizai3 : 14:09 | コメント (0)

2011年6月13日

仙台市で行われた脱原発の市民デモの根底にあるのは強い母性愛!


先日、6月11日に仙台市で行われた「脱原発」を訴えた市民デモ約400人の様子がTVに映し出されていました。

遠方から駆けつけた母親たちは「『何かしないと!』と思って、今回のデモに参加しました」と話していました。

子ども達を何としても守りたいという母性愛が一心に伝わってくる市民デモの様子でした。

「菜の花の広場」も圧倒的に女性が多い会ですが…女性たちが政治を見る目や課題などを考える時は、男性たちとは違うなと感じる時が多いです。

しかし「菜の花の広場」に集まってくる男性たちからは、一般的な男性の思考よりも母なるものをベースにして物事を考える人々が多いように思います。
教育の大切さや、未来の子ども達の健やかな成長をきちんと考えている人々が多い集まりです。

これまでの日本は、全てが男性的な考えに基づいて物事が動いていたように思えます。

しかし、今回の東日本大震災による被害、福島第一原発の被害もそうですが…被災地の人々を救う為には母なるものの愛が根底になければいけないと思います。

先日、国会で繰り広げられたドタバタ劇などは、母なるものとの対極にある現象だと思います。

これからの日本は、母性愛を根本において国づくり・地域づくりを考えなければ、立ちいかなくなると思います。

いわゆる男性原理中心で物事を考えることに対する限界を見せ付けられたような気持ちでおります。

本当に男らしく、頼りがいのある男性の思考は意外と母性的であると感じている私なのですが。

大切な人や、物を守りたいという切実な思いは、人間としてとても大事なことだと思います。

Blog写真は、菜の花の広場がお借りしている早坂邸のお庭と玄関先ですが、ここには古き良きものを感じさせてくれる佇まいがあります。

私たちが日常生活を送る中で、見失いかけてるものを思い出させてくれるような心穏やかな居住環境があるのです。

早坂邸を出る時には「今日もたくさんの優しい会話が出来た!」と満足出来る小さな喜びを感じることが出来るのです。

これからの時代を心安らかに生き抜くには脱原発を掲げ市民デモ行進に参加をしたお母さん達のように、未来を託す大切な子供を守りたいという母性愛で物事を考えることが出来る正しい知恵を持って言動を実践行動に移す人たちを出来るだけ多く育み、安心安全の社会生活が営めるように日本人の精神を再構築することが重要だと思っています。

今日のガンディーの言葉「心に平和も強さも持っていない人が、どのようにして知識を持つ事が出来ますか。」「天空の下で眠っているような人を、誰が奪うことが出来ようか。」

投稿者 jizai3 : 11:18 | コメント (0)

2011年6月12日

平成23年度「菜の花の広場」総会開催


今日は午後1時半から大崎市古川千手寺 早坂邸にて平成23年度「菜の花の広場」総会が開催されました。

20名以上の会員が集まり、高橋幸七会長の挨拶で総会はスタートしました。

佐々木キイ子議長を選出してから、今年度の会計報告と事業報告が行われ、その後には今後の活動について、1年を振り返りながらいろいろと活発な意見が出されました。

昨年5月に設立をしたばかりの「菜の花の広場」は1年が経過しましたが、仲間たちとの和の精神を大切にしながら2年目の活動に入ることになりました。

今年度も幸七会長を中心に美味しいお茶を飲みながら、おしゃべりを楽しみ、時には真剣に勉強会に臨み、議員の皆様たちと意見交換をしたり、医療や健康福祉にも関心を持ち、放射能について学び、文化的な事柄も取り入れ、又、大崎市古川開催の祭り参加なども積極的に行い、締め付けたり、排斥したりすることなく、温かくてゆるーい会則を大切にしながら今年も共に活動しましょうということでまとまり、散会となりました。

尚、会費はお一人1ヶ月500円です。

今月から会費徴収を開始します。(支払い方は個人任せです。毎月でも、2ヶ月おきでも、半年分でも、すべて前納でも構いません)

会計は、今年度も板橋と菅原です。

*「菜の花の広場」は、大崎市のことに関心をお持ちの方はどなたでも気軽に参加できます。随時入会可能です。

「菜の花の広場」お問い合わせ℡

板橋090-6785-1059

葛西090-9633-1574

今日のガンディーの言葉「我々の理想に近づけば近づくほど、我々は信頼するようになる。」

投稿者 jizai3 : 17:34 | コメント (0)

2011年6月11日

東日本大震災から3ヶ月…東北再生へ向けた将来像が見えないのは今回の大災害が大都会での発生ではないからなのか


Blog写真は、昨晩午後7時頃の大崎市松山地区文化丁表通り古川警察署松山派出所交差点の大雨の様子です。

帰り支度をしていたら急に強い雨が降ってきてTVの音が聞こえにくくなりました。
でも、大雨は短時間で止み…私たちは一安心をしてから自宅へ帰りました。

今日は、6月11日(土)です。
あの東日本大震災から3ヶ月を迎えました。

東日本大震災復興基本法が10日午後衆院本会議で、民主、自民、公明3党の賛成多数で可決され、次は参院の審議を経て17日にも成立する見通しがつくところまで漕ぎ着けたようです。

これで、やっと被災地へ向けて動き出す体制が出来つつあるのかなと思い、少し胸を撫で下ろしながら…大災害から3ヶ月目の朝を迎えました。

大災害を経験した人々は、大震災の直後には「助かってよかった!」という思い、そして、毎日毎日をひたすら過ごして来たという思い…でも今は将来に対する大きな不安を抱えながら必死に生きていると思われます。
被災者の不安は募るばかりです。

私は、政治の混乱がこれほどまでにひどい状況であることに対して「これは、東北で起きた大震災だからであって、これがもし、大都会で起きても同じような政治が行われていたのかしら?」という疑問を感じ始めています。

大都会で同じような現象が起きれば、全国会議員は与党も野党も無くいち早い対応を一番に考えるのではないだろうかと…ついつい意地悪な考え方をしてしまいました。

それから、認識の違いについて、先日くり広げられたドタバタ茶番劇ですが、マスコミは、こぞって「菅首相 退陣を表明!」と伝えましたが、私はTVで見た代議士会で菅首相が話したことを「一定のメドがついた時には若い人に引き継ぐ」が、それまでは「続投する」と受け取りました。

その後の採決では、ある時期までの続投を許したからこそ、多くの民主党議員は不信任案の採決を否決したものとばかり思っておりましたが…そうではなく、二人以外の民主党議員の多くは、首相の言葉の重さを信じ、優先順位の異なる確認書に記載した内容を辞任と受け止めて…青票を投じたのだそうです。

このことについては多くの民主党議員のHPに「首相の言葉は重い」というような表現で書かれています。

採決前の最後の時間にだけ、首相としての言葉の重さを感じたという事なのでしょうが…私には全く理解できないことです。

いつもは首相の言葉を信じていなくて、採決前の言葉だけを信じて「首相の言葉は重い」なんていうことには…政治家特有の偽善を感じました。

これは、たぶん永田町で暮らす人との認識に違いなのでしょうね。

私の周りでは「野党は勿論、身内からもあんなに辞めろ!辞めろ!と、言われても頑張っている菅首相は大したもんだ!!今は打たれ強い人物がいいのかも知れない。」等と話す人もいます。

採決で青票を投じたことについては、ある時期が来るまでは続投することを受け入れたと思っている人が多く、むしろ、マスコミのミスリードと受け止めている人々も意外と多いようでした。

私たちは、あの瓦礫の中から必死に立ち上がろうとする人々を後ろから押したりすることなく、前に回って手を差し伸べその人たちの心に寄り添ってしっかりと支える人間でありたいと思う気持ちを強くしているのです。

大災害は、これまでの利便性の高い生活が如何に脆いものであるかを教えました。

私たちは、多くの犠牲者を出したこの歴史的な辛い教訓から得たものを生涯忘れることなく、自分の足元をきちんと見つめ直して生きて行かねばならないと思っているのです。

出来るだけ早く東日本大震災復興基本法に則り「復興庁」を被災地に設置して、政治家の皆様方にはこれまでの政治の体たらくを全て改めるくらいの真の名誉挽回に努めてほしいと思います。

私たちは、少しでも信頼できる何かを見つけたいと心から願っているのですから。

今日のガンディーの言葉「自分の成す過ちは小さくて、他人のすることは大きな過ちだと思う人は、心の底から底知れぬ無知の境地に入る。」「万一、全く不適合と思ったことさえ、十分、心の深から信じている人には、自分にとっては正しい事であり、適当で妥当な事である。」「義務を実行することによって発生する正義は持続する。」「絶望することが、人間を駄目にする。」

投稿者 jizai3 : 13:11 | コメント (0)

2011年6月10日

ドタバタ劇だけじゃなく、議論が進んだことの報告も大事!


大崎市松山地域の刀匠・法華三郎信房さんが育てたカラーが今年も咲きました。

大震災後に開花したカラーを今年は複雑な気持ちで頂きましたが…とても相応しいと思われる辰砂壺「時間と空間」に活けました。

大震災の前も、大震災後も時間軸は確実に繋がっています。

周りの景色がどんなに違っても…「心・精神」の断絶が無い限り、全てのあらゆるものは螺旋状に繋がっているのです。

法華さんからは、むらさき玉ねぎも頂きましたが、柔らかくて美味しかったです。

大震災後には、何かしら、些細なことにも感動したり、感激したり、今までの当り前が決して当たり前の事象でないことに気づかされている私です。

昨日の夕方は、主人の同級生Mさんもいらしたので…話題は、昔、採れた野菜の話になりました。

最後には消費者が悪いのか生産者が悪いのかというところまで話が発展してしまいましたが…私たちの間では不揃いの形を嫌う消費者と、買ってもらうことばかりを考えて農作物をつくる生産者も良くないということになりましたが、虫がつく野菜、農薬の危険性など、子供の頃からきちんとした事を教え込むことが大切だということになりました。

少し飛躍した話ですが「この大震災で、自助の精神を忘れて、モラルハザードが起きることを懸念している」という言葉が心に残りました。

9日、午後には「衆議院議員東日本震災復興特別委員会」で、民主、自民、公明の三党が合意した復興基本法修正案が本会議に提出することが可決されたそうです。
参議院審議を経て17日にも成立する見通しだそうです。


修正案には「復興庁」の早期設置を明記しています。

このところ国会議員によるドタバタ劇の中にあって、与野党協調のもと大きく議論が進んだことを私は評価したいと思います。

財源確保の為に発行する「復興債」の事と「経済特区制度」も盛り込まれているようです。

出来るだけ、早い時期に法制を整え、被災地で不安を抱えて生きている人たちへ力強いメッセージをおくることが出来るように頑張ってほしいと思います。

しかし、この時期、復興財源確保の為に増税して償還することに、私は賛成出来ません。

「復興庁」を何処に設置するかですが…私は、東北の中心である仙台市が一番いいと思っているのですが…

それから、大切なことですが、縦割り行政の弊害を出来るだけ無くして、国民の為に窓口サービスは一本化することを本気で考えてほしいと思います。

今回の東日本大震災は、1,000年に一度の大災害なのですから、従来とは違うやり方で非常時を乗り越えるためにスピード感を伴った知恵が必要だと思います。

後は、茶番でなく、まともな国会に於ける2次補正の編成と成立を望んでいます。

相変わらず「次の総理は誰がいいかな」どという報道ばかりですが、大事な動議を賛成多数で可決したことなども、被災地で暮らす人々にとっては、設置すれば具体的な企画立案、調整機能を持ち、実施の権限なども持つ組織になるのでしょうから、とても大事な「復興庁」の早期設置を促すような東日本大震災復興特別委員会の動き出した報道もほしいと思いました。

もう、明日で大震災から3ヶ月なのですから…いい加減くだらない争いは一切止めて、日本国として政治が一丸となり、私達から国民から動きが見えるような復旧・復興に真剣に取り組むべきだと思います。

今日のガンディー言葉「目的を唯一にすることによって、どんな物事も完遂することが出来、一意専心、一つの事に集中する人は、最終的にどんな事でも出来る能力を得る事が出来るだろう。」

投稿者 jizai3 : 14:12 | コメント (0)

2011年6月 9日

大震災後、初めての窯だし!


今朝、主人はすごく早起きをして大震災後、初めて焼いた辰砂の作品を取り出しました。

巨大地震後の窯の調子をとても心配していましたが…辰砂の赤色はきれいに発色していました。

余震がまだまだ続いていますし、今朝も揺れを体感しましたが、昨日の主人は少々ナーバスになっていて一生懸命ですが落ち着かない様子で、久しぶりの火入れにだいぶ緊張したようでした。

夕方、火を止めた時にはやっとホッとした表情になりました。
夕食後の午後8時頃には椅子にもたれ掛って居眠りをしていました。

辰砂の赤が出て、一安心したようでしたが、いろいろ工夫をした部分も確認することが出来て満足げでした。

そんなわけで、私も今朝は早起きでしたが、洗濯物を干す時にきれいな蝶蝶が飛んできて何度もまつわりつき、すりガラスの所に止まって羽を休めたりしていました。

我が家の庭のツツジもやっと開花し始めて、大きくて太ったミツバチがブンブンブン飛んでいました。まさに♪ブンブンブン はちがとぶ♪の世界でした。



今日は夕方からは雨が降るようですが…大崎市は、さわやか陽気に包まれています。

この数日は、気持ちの良い初夏を思わせるようなきれいな青空が広がっています。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 11:26 | コメント (0)

2011年6月 8日

復興リーダーは、憲法第25条を尊重できる心温かい人物に!


先日の政治のドタバタ劇から、数日が経過し、国会の混乱がおさまる様子はまだ見えませんが…菅総理の退陣は本決まりのようです。

今日で、菅政権は発足から1年を迎えたわけですが…辞任の時期が来たら、私は「ご苦労様でした」と言いたいと思います。

民主党の優先順位が間違っていると思われる確認事項を基に、大震災の復興に向けて本当に被災者の気持ちに沿うことが出来るのかどうかは疑問ですが、国会として大震災の復興並びに被災者の救済に国会議員全員が責任を持つということを大義にして、心一つに苦しんでいる国民の為に努力を続けることはそれほど難しい事ではないと思います。

一人一人の国会議員そのものの使命感に目覚めれば、心を一つにして努力することは歴史的な非常時なのですから容易に出来ることだと思われます。

日本国憲法第25条には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とあります。

巨大地震・大津波・原発という大災害に見舞われ、もうすぐ3ヶ月を迎えようとしている被災地で暮らす人々は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を持っていてその資格がありながらも、
残念ですが…今はその環境には無いように思えます。

一日も早くこの環境を整えてやるように復興に向かい一生懸命に汗をかくことに喜びを感じる人物のみが国民の為にバッジをつけるべきだと思います。

確固たる信念もなく、自分に与えられた本来の使命感も忘れて、ただただ権力闘争に明け暮れる姿は本当に醜いものだと思いました。

大震災の復興リーダーには、日本国憲法第25条を尊重できる心温かい人物に務めて頂きたいと、ひたすら祈るだけです。

今日のガンディーの言葉「我々は、何かを差し出そうとする時、自分自身の真なる部分を差し出さねばならない。」「人の大きさは、心の中にあるもので、頭の中、いわば、知力にあるのではない。」「自己管理のきっちりとした、尺がねを持ち、そして、自分の仕事に一生懸命に取り組んでいる人は最も少ない言葉で表現する。演説と行動は悪い影響をもたらす。自然に目を向けよ。自然はひと時も休むことなく行動を続けており、しかも、音もたてずに続けているのだ。」

投稿者 jizai3 : 13:50 | コメント (0)

2011年6月 7日

今回の永田町ムラの住人達が見せた茶番劇を責任転嫁蔓延と心配する人々….


二晩続けてきれいな三日月を見ました。

とても素敵な三日月さまで、一晩目にはかすんで見えたり、はっきり見えたりとロマンチックな様子でしたが、次の夜、昨晩はくっきりときれいな三日月のラインが見えました。

カメラを向けたのですが…失敗で、うまく撮れませんでした。

今日は主人の同級生が午前中にギャラリーに来て下さいました。

主人と二人の会話は、今回の政治家たちの茶番劇・ドタバタ劇とその後も限りなく続いている混乱ぶりに呆れている話でした。

「子供たちには見せたくないものだ!」とだいぶお怒りの様子でした。

私は「中学生の生徒会の方がずっと機能していますよ。それに生徒会長のもとに各委員たちは力を合わせることをしますよ。」と言いました。

「バッジをつけている誇りが無いんだな。恥ずかしい限りだ!」と言い「日本国中責任転嫁が蔓延するんじゃないかと心配だ!」と嘆く声が上がりました。

今は、主人たちのように思っている人はたくさんいらっしゃいます。

「福島県の学校の校庭の隅にブルーシートをかけて積まれた放射能を浴びた土を見る度に具合が悪くなりそうだ!」とも主人の同級生は話しました。

一日も早く福島第一原発の敷地内に運んでほしいと思っているのですが…何故、国は、それをしないのでしょうか。

このような重大なことも出来ないでいることも全て菅総理のせいなのでしょうか。    
菅総理が辞任すれば全ての事が上手く行き、全ての事が解決するのでしょうか。

重要性のあることに対しても、子供たちが考えても解りそうなことに対しても、次から次へと信じられないような事ばかりが起こることに大きな戸惑いを感じながら…呆れ果ててしまっています。

良く「前例がないので…」という言葉を使う人がいますが…平時のときの口癖が、今回の大震災にはまるで通じないわけですから...よくよく考えてみれば右往左往の様子は想像がつきます。

多額な義援金が集まっても被災地の人々にはほとんど渡っていないということですが…全てを失くした人、原発の影響で全てを捨てなければならない人などには、正確でなくても、少額でもいいから、一日でも早く義援金を差し上げてほしいと思います。

これだけの大災害を受けたのですから、従来のやり方に拘らないで、不安な気持ちで毎日を過ごしている人々に早く救いの手を差し伸べる姿を実行して見せてほしいと思います。

永田町ムラで暮らす住人達が演じる、くだらない権力闘争を見せつけられることはもうたくさんです。

「東日本大震災の復旧・復興・福島第一原発の収束に向けて」ということを大義にして非常時に心一つに努力を続けてくれる国会議員の姿を多くの国民は求めているのですが…

今日のガンディーの言葉「後天的は、達成することが難しいと、或る人は言います。確かにその通りでしょう。しかし、私達が得ようとすれば、いつも難しい事のみなのではないでしょうか。持続しながら、そして、心を一心に行っている努力のみが、難しい事を容易にするのではないでしょうか。」

投稿者 jizai3 : 14:15 | コメント (0)

2011年6月 6日

日曜日の楽しみ!


Blog写真は、お隣の大崎市立松山小学校と上空に広がるきれいな青空です。

最近は、気持ちが沈んでしまうようなことが多く、お天気に恵まれても憂鬱な気持ちになったりもしますが…私は、日曜日の夜のTVを楽しみにしています。

午後8時にはNHK「江」。午後9時からはフジテレビ系列のドラマチック・サンデー「マルモのおきて」。そして、日曜のラストは午後11時からNHK放映の韓国ドラマ「イ・サン」。

歴史物語の醍醐味はスケールの大きさと、その時代を逞しく生き抜いた人間の魅力に溢れていますし、その時代背景などを思い浮かべながら見入ることが出来て、大変楽しいです。

昨晩の「江」は、茶々の心境を通して、女性の視点で女心を描いていましたが…いつの時代も男と女の繋がりの不思議さや思考停止に陥る恋愛の本質を描いていて、人間の気持ちそのものは時代を超えて理解できるものだと思います。

「イ・サン」にも同じように重なる部分がありますが「イ・サン」は素晴らしい朝鮮王朝時代を築いた王様の物語です。

国のトップとして見事な資質を備えた名君として描かれています。

波乱万丈な物語の展開と、悩める王の姿が大変素敵です。

男女の恋愛にしろ、家族愛にしろ、国を愛する気持ちや自国民を愛する気持ちは普遍的であり、万人共通の思いがあります。

人間としての大切な思いは時代を超え、いつの時代にも妥当性を感じるものだと思います。

それから「マルモのおきて」には大変愛らしい双子の兄弟(かおる&ともき)が登場しますが…笑顔がとても可愛らしくて自然体の演技のうまさには感動して涙が出てしまいます。

血の繋がりが無い高木護さんが高校時代野球でバッテリーを組んでいた亡くなった友人の双子の子ども達を育ててゆく物語ですが、今の時代に欠けているものや崩れかけているものを思い出させてくれますし、子供たちの成育環境に悲壮感はまるで無く、明るく健気で楽しい日常の出来事を描いています。

子ども達は高木護さんを「マルモ」と呼んでいます。~~呼びやすかったのでしょうね。きっと~~

おしゃべりが出来る犬の目線が三人の生活を見つめているようです。

護さんと双子の子ども達が、日常生活を送る中、三人で楽しく暮らす為の掟をノートにしたためて、掟を守って生きて行こうとしている姿がとっても楽しいのです。

登場人物の豊かな表情や、驚きの声、いい笑顔、楽しい会話、さりげない温かさ…来週の展開が楽しみになるファンタステイックなとても面白いドラマです。

昨晩は、亡くなったと思っている子供たちのお母さんとの対面シーンがありました。

一時は子育てを放棄した母親が、自分を責め悩みながらも我が子を思い続けて生きてきた辛い現実が伝わってきましたが、対照的な子供たちの無邪気さには涙が出てしまいました。

ドラマの中で、お母さんが作った美味しそうなパンケーキが映し出されましたが、私も大好きだった「ぐりとぐら」の絵本を久しぶりに目にすることが出来てとても嬉しかったです。

「ぐりとぐら」は、幼稚園の子供たちに大人気の読み聞かせの絵本で「ぐりぐら! ぐりぐら!」と、大声で子供たちが合唱しまうような絵本でした。
昨晩は、私の楽しかった幼稚園教諭時代のことも思い出してしまい二重に楽しませてもらうことが出来ました。

満足できる日曜日を過ごし、今日は爽やかないい日和にも恵まれ、午前中には誠実さを感じる℡を頂き、充足感に浸ることが出来て嬉しく思いながら午後を迎えそうです。

「一生懸命」とか「誠実」とか「信頼」など、人としてとても大切なことが通じないような出来事ばかりが目について嫌な思いが続いていたのですが…今日の私の心には青空が広がったようです。

今日のガンディーの言葉「人間は、彼自身の人間性によって本当のことを知らされている。」「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 12:18 | コメント (0)

2011年6月 5日

大震災後に行なわれた地域の自主防災訓練(安否確認)と防災講話


今日は午前10時から大崎市松山文化丁公民館に於いて安否確認の訓練を中心とした自主防災訓練と、地域の消防署と地域の警察署から派出所の所長さん達を招いて防災講話を聴きました。

今日は40名の方々が参加して文化丁公民館の入り口で各班長によって行われた記載による安否確認後に公民館内に入室し、文化丁自主防災組織・佐々木規行区長の挨拶から始まりました。


佐々木区長は「本日の訓練参加者が39名(のちに1名参加)です。」と報告し「これまでの文化丁区の防災訓練が役立ったのかということ考えながら、今回の3.11の大震災について、消防と警察からの地域状況を含めての話を聞いて下さい。」と挨拶を兼ねた話をしました。

始めは、消防からということで松山消防派出所の大森さんと今野さんが話しました。

○あれだけの大きな災害になると安否確認は難しくなる。

○避難する行動パターンが従来と違うので全ての事は行政区長を中心に対処することが大事。

○自主防災の確認 自助(自ら助ける) 公助(自衛隊、消防、警察などの援助) 共助(自主防災組織であり地域力)3.11の大災害では公助は無力になってしまう、大事なのが自助と共助である。

大森さんは、この後に自主防災の目的を話しました。

まず、災害の拡大を防ぐ。避難誘導を行う。混乱を避ける。地域の状況を把握する。備蓄(食糧、生活用品、燃料など)。安否確認。救出。防火。情報伝達…しかし、個人の力には限界があって危険なこともあるので地域の組織力(共助)が有効ですとおっしゃいました。

その後には、各家庭で気を付けることとして、慌てないこと。日頃から一人一人の役割分担を各家庭で決めておくこと。家庭内の危険場所の確認をしておくこと。家具の配置を変えるなどして家庭の中に安全場所を確保しておくこと。備品のチェックをしておくこと。災害時の連絡方法と避難場所の確認を事前にしておくことなどの重要性を話しました。

そして、グラッときたら~~自分の身の安全を図る。机の下に隠れる。屋外ではブロック塀や看板の傍には行かないようにする。運転中の時には左側によってウインカーを上げて駐車する。海岸沿いにいた時には高台へ逃げる。揺れがおさまったら安全を確認して火を消すなどする。脱出場所の確保。火が出た時には消火する。怪我人や病人のお世話をする。落下物に注意をする。狭い道路を避けて安全な所へ徒歩で避難する。防災グッズを用意しておく。指定場所へ集団避難するようにすること。~~しかし、これらのことは被害状況に応じて臨機応変に行ってほしいということでした。

次は、実際に皆さんが体験した東日本大震災について話しますということで松山地域の被害状況などについての報告がありました。

大震災が起きたことで、行政機関の被害が甚大であり、ライフラインが断絶され、119番もOUTだったそうです。
地域の消防署としては、直ぐに巡回消防にあたったそうです。
広域の連絡網も寸断され連絡は無線のみだったそうです。
松山総合支所へ消防所員一人を出向させて負傷者と臨時救護の体制を整え、急を要することは松山総合支所で受け付けたそうです。

被害状況:全壊1棟。半壊9棟。一部損16棟。負傷者9名。行方不明者1名だったそうです。通行不能箇所は志田橋と堤防(現在も通行不能)。道路は全体的に痛んでいる状況。(砂利を入れただけ)  ○3月14日深夜 火災1件発生(火災原因は、暗がりの中でろうそくの火が倒れて)全焼でしたという報告でした。

今野さんからは、「文化丁婦人防火クラブ」の報告書を読んで、緊急連絡を心配している方に対しては、松山総合支所へ依頼するようにという話でした。

それから、火災報知機の訪問販売には気を付けて下さいという話がありました。
火災報知機は6月から義務付けられていますので2階がある家の方は階段にも付けて下さいということでした。

家庭での食糧保存については小さな保冷剤を使って小分け保存をするようにということでした。
家具の転倒防止に配慮して、家の中の危険を遠ざけましょうということでした。

*尚、来年の3月には消防署の松山派出所は無くなり、広域となって鹿島台地区へ移転し「志田分署」になるそうです。(火を出さないように気をつけねばと思いました)

続いては、古川警察署松山派出所の梅津所長の講話です。

これだけの大災害だとマニアルに沿って行うことには限界がある。

安否確認や避難場所までの移動の難しさなど、一人一人の臨機応変の判断の難しさを感じることと、人間はいざという時は何も出来ずに、最終的には個人の判断によるところのものが多い。

阪神淡路大震災や中越地震の時には使えた警察℡と無線が今回の東日本大震災では全く使用出来なかった。

警察が言う公助とは、今回のように松山地域の町の商店街で1棟が全壊した時「この家の方は無事ですか?」と聞き「はい大丈夫。無事です。」と言われれば、もう次の巡回場所へ移動する。
もしも、人が挟まれていれば助けるところまでが公助になりますと、具体的に話して下さいました。

梅津所長は「自助共助が公助に繋がる力です。」とおっしゃいました。

防災マップの見直しと、いざという時を想定してのイメージトレーニングが大事だと話、171番の伝言メッセージ利用も非常時の問い合わせには有効であることを教えて下さいました。

最後には、滑り止めやペンライト。アルファルファ米やウオーターバッグ。LEDランタンなどの防災グッズを紹介して下さって、12時5分前に終了となりました。

区民による意見交換までは出来ませんでしたが、佐々木区長は「もし大災害で、自主防災組織の区長や役員が負傷などをしてしまった時の体制づくりなども話して置きたかったのですが、時間が無くなってしまいましたので、考えておいてください。」ということを宿題にし、後は文化丁からの報告事項を述べて全ての区の行事が終わりました。

私も安否確認の具体的方法や、防災無線についての要望、防災マップの見直しと併せて指定避難所の見直しなどについても話したかったのですが、質疑の時間は無くなってしまいましたが、今こうして文化丁公民館にいる人、全員が同じ揺れを体験して、このように生きている現在を考えれば、共通体験が具体的なだけに意見交換などもたやすく、余震も続いている中での反省にも力が入りますし、まだまだ安心できない現状認識を地域の自主防災組織の一員として共有するという再認識をすることが出来ましたことは大変良かったことだと思いました。

"備えあれば憂いなし"も本当のこととして体験出来ましたので、このことはこれからも心しておきたいことです。

又、ここに集まっている人たちが自分にとって一番身近な地域の人々だと更に強く確認出来るとても有意義な大崎市松山文化丁区の自主防災の会合となりました。

私たちにとって、大崎市松山地域の文化丁区自主防災組織の根底には「永田町ムラ」の住人達に欠けていると思われる信頼という二文字が強く地域の絆として結ばれていることを感じながら帰宅することが出来たことはとても喜ばしい事でした。

今日のガンディーの言葉「我々の理想に近づけば近づくほど、我々は信頼するようになる。」

投稿者 jizai3 : 17:04 | コメント (0)

2011年6月 4日

人の心に寄り添うということ…


時々言われる言葉ですが「人のことだと思って!私の気持ちなんか解らないんだから...」と。

このような言葉を交わせるのはかなり近い人間関係なのですが…

例えば、病気を患った時のことを考えてみて下さい。

病人からすれば「こんなに辛い痛みや、苦しい胸の内は誰にも解ってもらえない」と思うかも知れませんが…解らないからこそ、想像を逞しくして病人の気持ちを汲んで看病や介護や見舞いが出来るのだと思います。

同じ痛みや、辛い胸の内が同等に伝わってきたら、とても看病など出来そうもありませんから。

それに今は健康であっても、明日のことは解らないのです。

先日、ある所で、若い女性のP子さんがお付き合いをしている男性について「将来性がないのよね。だから、結婚へは踏み込めないの!」と言いました。

私は「将来の事なんて誰も解らないんじゃないの?毎日の一生懸命さが将来に繋がると思うわ。結婚に対して将来性などという言葉に振り回されると誰かと共に生きることなんて出来ないと思うけど」と言いましたら…「無責任。人の気持ちが解らない人。」と言われてしまいました。

「相手の将来性をあるとか、ないとか決めつける方が余程無責任だと思うけど」と反論しましたら…ご当人には嫌な顔をされてしまいました。

最後には「結婚は、今の自分が好きだと思う人とすることが一番よ!」と言って帰って来ましたが…後日聞いた話では、私は、人の気持の解らない人という烙印を押されてしまったようです。~~少しも気になどしませんが…~~

大震災を経験して、私は「先のことは解らない。生きることとは無常である。」という思いを深くしています。

そんな中で、大津波に遭遇して家を失い、仮設住まい(大崎市松山雇用促進住宅在住)をしていらっしゃる方が「最近は喜べることが多くて!お花を見ても幸せを感じるし、お茶を飲んでも幸せと思えますし、あんなに悲しく辛いことに出逢っていながらも、前よりも小さなことでありがたいと思えるようになったのですよ。」とニコニコして話して下さいました。

とてもいいお話だと思いました。

その方は「先のことをくよくよ考えてもなるようにしかならないから。主人を亡くした時から諦めるということも覚えて、最悪の時でもいい方へいい方へと物事考えるようにしましたら、些細なことにでも心から感謝できるようになりました。とても単純な人間になりましたのよ。」と素晴らしくいい笑顔で話し「松山が気に入りました。いいところですね!」と付け加えて下さいました。

人が生きる上では、気持ちの持ち方やプラス思考が大切だと思いました。

辛い事や悲しい事を同時に体験することは出来なくても、想像力を働かせてその人の気持ちに寄り添って話を聞くことはいくらでも出来ることだと思います。

「言った。言わない。」「詐欺師。」「ペテン師」などと言い合っている醜く特別な永田町ムラの住人達よりも、大変な思いをしても明るく前を向いて一日一日を一生懸命に生きている人の姿は美しく輝いて見えました。

今日のガンディーの言葉「幸せいっぱいということは、不幸を呼び込む。本当の幸せは、悲しみ、そして、苦悩から生まれる。」「我々は、全てのものは二面性を持っていることを知る時は、輝いている面のみを見るようにしよう。」

投稿者 jizai3 : 19:02 | コメント (0)

2011年6月 3日

大震災からの再起を願って…「遠い日の記憶」




Blog写真は、この度「第25回記念日洋展」(2011)会友賞を受賞した簡野寛山氏(寛義さん)の作品「遠い日の記憶」です。

昨日の政治のドタバタ劇を見せ付けられただけに、簡野さんの清々しく落ち着いたポストカードの写真は...私の心を安らかにしてくれました。

昨年の秋の日展に出展した「夏の終わりに」のシリーズものだということが伝わってきますが...白く折り目のついたクロスの上に置かれたマスクが大震災前と大震災後を繋ぐものとして深い意味を感じさせているように見えました。

このマスクを通じて覗く世界が、苦しい記憶と負けまいとする強い思いを同時に表現しているように見えました。

私たちにとって、2011年3月11日の出来事は生きている限り消えることのない悲しい出来事です。

でも、この日から、私たちは復旧復興を誓い新しい日本を目指し、再起に向かって歩き始めようと覚悟を決めた歴史的な祈りの日がスタートしました。

静かな簡野さんの絵画を見て、何かしらイライラしていた私の心はおかげさまで穏やかになりました。

「遠い日の記憶」は、6月8日まで東京・国立新美術館に展示されているそうです。

簡野さんは絵を描くことで、大震災からの再起をひたすら祈っていらっしゃいます。

簡野さんの記事については「フランク永井の故郷から」にも掲載しています。

政治は、ますます混迷を深めているようにも見えますが...続投が決まった以上は、期限を決めての救国内閣に徹してほしいと思います。

それでも、選挙を回避できたことだけは本当に良かったと思いました。

国会議員の皆様方には、被災地の再起を祈る共有できる気持ちを確認し合いながら心を一つにして国民の為に頑張ってほしいと思います。
今の私は、日本人の心の奥底にある「和」の精神と「恥じる」気持ちに一日も早く目覚めてほしいと願っています。

今日のガンディーの言葉「格言に『樹木を見よ』ということは、人の心に止める価値がある、樹木は太陽の心を宿し、涼しい影を我々に提供する。我々は何が出来るだろうか?」

投稿者 jizai3 : 14:12 | コメント (0)

2011年6月 2日

被災した人々の気持ちと、人心かい離する国会の姿…


午後のTVでは、昨日の党首討論の後に提出された不信任決議案について、採決へ向けて賛成、反対の討論会を映し出しています。

今回の東日本大震災・福島第一原発問題と大きな国難に見舞われている時期の政治家たちの動向には、一般国民としてはどうしてもついて行けないものを感じながら国会を見つめています。

被災をした人々の気持ちを逆なでするような事を平気で述べるような、国民の代弁者であるはずの国会議員の言葉が空々しく聞こえます。

完璧な人間など一人もいるはずが無いのですから、このことを良く考えれば、このような国難の時には全員の国会議員が力を合わせて、大震災をまずは乗り切ること。原発の収束を最優先して知恵を出し合うことが大切だと思います。

不信任決議案は、大差で否決され、この時期に選挙することが無くなったことには胸を撫で下ろしました。

選挙を回避できて本当に良かったと思いました。


被災地は選挙が出来るような環境にはありません。

永田町と被災地の間に存在する、人心かい離が本当に嘆かわしく感じます。

国会議員の方々には、もっと苦しんでいる国民の心に添うことを学んでほしいと思います。

この際、これを機に、是非、選挙の為の政治はもう止めてほしいと心から願っております。

今回のことで思うことは、人は誰でも自分の原点を見失ってしまうと道を間違うということです。

政治家を志す方は、政治家になろうとした気持ち。念願の政権交代をした民主党は政権交代を果たした時の気持ち…それが原点だと思います。

そのような意味では、民主党が、自民党の提出した不信任決議案に賛成をするなど、あってはならない事だと思います。

党内での意見交換を多く持ち、十分な意見の摺り合わせが必要だと思います。

たとえ、意見が違っても十二分に話し合うことで解決策を見い出すことが大切なことだと思います。

そして、苦しんだ末に導き出した解決策や結論は、よく原点を確認してから次の段階へ進むことが大事だと思います。

誠実な人は、大義が感じられないものに賛成はしないと思います。

そして、大義は国民の為であるという裏付けが無いと国民の心に通じることは無いと思いますし、大義には政治家としての政治生命を賭けるべきだと思います。

政治家の方々には、国の法律を作ることが出来る立法の在るべき姿をきちんと見つめ、心して良識のある行動をとって頂きたいと切に願いたいと思います。

多くの国民は、権力闘争・政局に明け暮れる姿を見ることには本当に疲れ、呆れ果てているのです。

このような時こそ、与野党の壁を破って、足りないところは補い合い、意見の違いを超えてもお互いに協力するという、人としての美しい姿を国民に見せてほしいと願っているのですが…

今日のガンディーの言葉「自分自身の過ちを見ようと望むことは無い。しかし、他人の過ちを探し出すことに喜びを持つ。多くの不幸は、この習性から生起するのだ。」

投稿者 jizai3 : 16:23 | コメント (0)

2011年6月 1日

今日から6月~寒い中でもスーパークールビズがスタート!


今日は6月1日です。

朝の燃えないゴミ出しの後に、私たちが毎年6月1日に行っている石雲寺のお墓参りに出掛けました。

大震災の後には、息子たちがお墓の様子を見に出掛けて、直せるところは直してきたらしいのですが…私たちにとっては大震災後初めてのお墓参りとなりました。

法名碑は倒れ、入口の灯篭も倒れて破壊、墓石は横向きになったものを息子たちが直したようでした。

我が家の墓所の上には茂庭家霊屋があり大木があります。

墓所の後ろの石垣には土砂崩れの様子もあり大木の根が剥き出しになって、その根が我が家の墓石の後ろ側の石垣に繋がっていますが、この石垣には大きな亀裂が入っていて、石垣も倒れかかり、我が家の墓石にぶつかってかろうじて止まっている状況でした。

それほど強い揺れでなくても、大木も倒れそうですし、そうなれば亀裂の入った石垣はもたないと思います。

ですから、石垣が崩れれば墓石もどうなるか解らない状態に見えました。

今の状態ですぐに直すよりももう少し様子を見てから、手を加えるしかないわねと、主人と話をしてきましたが、お墓の敷地そのものもどうなるかわからない状況にも見えました。

我が家の御先祖様たちには「もうしばらく我慢して下さいね」とお線香を上げ丁寧に手を合わせてきました。

それにしても、今日は本当に寒く6月の天候とは思えませんが、環境省や大企業では今日からスーパークールビズがスタートしたようです。

TVのニュースでは、多くの方々が夏の装いで働いていましたが...「寒い!寒い!」を連発している人もいました。

夕方には、ますます低温になってきたようですので、私も一枚重ね着を追加して過ごすことにしましたが、肌寒い時のクールビズファッションの実践者には「くれぐれも風邪をひかないように!」と言いたいと思いました。

今日のガンディーの言葉「人生とは不確かなものである。死は現実であり、確実なことである。」

投稿者 jizai3 : 17:45 | コメント (0)