« 宮城産牛も出荷停止に! | メイン | 悲しみいっぱいのシュプレヒコール!「フクシマから脱原発」を!! »

2011年7月31日

「原発からの撤退を」の意見書一票差で可決して総理大臣らに送付した大崎市議会の活動!



今朝の新聞折り込みチラシの中に6月定例会市議会報告(日本共産党大崎市議会議員団)が入っていました。

「原発からの撤退を求める意見書」が一票差で可決した事は知っていましたが…誰が原発賛成で誰が原発反対議員なのかは知りませんでした。

脱原発に反対している議員が誰なのかを知りたいと思っていましたし、賛成17。反対16。という大崎市議会の可決には一市民としては大いに関心を持っていましたので…今朝の市議会報告書は大変助かりました。

あのような悲惨な、福島第一原発事故が起きても「狭い国土の日本では原発を無くすのは無理である。」「安全保障上 危険。」と、本気で考えている市議会議員が予想以上多いことが、私にはとてもショックでした。

市民の代弁者であるはずの市議会議員との考えの違いに大きな隔たりがあると感じてしまいましたが…原発反対議員の名前を見て少し納得できる部分もありました。

でも、一票差であれ可決出来て、総理大臣と衆参両院議長へ「大崎市議会として原発からの撤退を」の意見書として提出したことは良かったと思います。

原子力事業に関しては、女川原発を抱えている宮城県も県民や子供たちの為にも真剣に考えなければいけない重要案件ですから、そのような意味では、宮城県大崎市議会が原発からの撤退を可決して意見書として提出したことは大崎市民として高く評価したいと思います。

私たちは、3・11の大震災を体験する前と体験後では、原子力事業に関する考えは大きく変わりました。

今や「原子力の安全神話」は地に落ちたのです。

いまだに収束出来ないでいる福島第一原発事故を体験しても、相変わらず原子力を推進しようと考える市議会議員が多い大崎市議会の現実を私たち市民は真剣にしっかりと受け止めなければならないと思います。

まことに私的な意見ですが…日頃、まともな考えをしていると思える議員は「原発からの撤退を!」という意見を持っているように感じました。

これからも、揉めた議案や、拮抗した可決などの時には、是非、議員名を公開してほしいと思います。

市民の代弁者として相応しいか、そうでないかを判断する為の大切な判断材料になると思いますので、これからも明らかにしてほしい事だと思っています。

それから、チラシの裏面には市民病院建設についてのことが書かれていました。

この際、大崎市にくれぐれも要望したいことですが…これまでも地盤のことが大きく問題視されていた市民病院建設地・穂波の郷について、2011年3月11日 東日本大震災を体験した大崎市民としては、今回は大崎市議会の要請に応え、工事の為の実施設計とは別に大崎市民病院建設地として、穂波の郷で本当にいいのかどうかという安全性の検証を市民が納得するようにしっかりと行うべきだと思います。

現在大崎市古川千手寺地区にある大崎市民病院は、大震災に見舞われた中でも、きちんと医療行為を行い滞りなく仕事が出来ました。

後から「まるで、野戦病院のようだった!」とも聞きましたが…そんな中でも仕事をしたことは立派であり、市民の一人としてはとても喜ばしいことであると思っていました。

大崎市民病院は、耐震工事をしていて本当に良かったと思いました。

「災害に強いまちづくり」という事を考える時に、一番先に頭に浮かぶのが市民の命を預かる自治体病院のことですので…建設に関しては安全性の検証だけは是非お願いしたいと思います。

今日のガンディーの言葉「人間は、彼自身の精神の人間性によって、本当のことを知らされている。」

投稿者 jizai3 : 2011年7月31日 11:58

コメント

福島原発事故は決して偶然でも想定外の事故でもなかったということがだんだん明らかになっています。今までの検証によれば東北の原発はほぼ例外なく震度6で破壊されるということが実証されていると中部大学の武田邦彦先生が述べておられます。 また斑目原子力委員はインタビューに答えて「あんな変な不気味なもの」と断じています。今まさしく原発の恐ろしさ、始末の悪さが明らかにされました。未来永劫我々人間に対して復讐し続ける、一時の欲望と快楽を得んがために、深い考えもなしの引き換えに手にしてしまった「悪魔の火」。一体人類の未来を犠牲にして何が原発なのでしょうか。 罪のない子供たちから希望を奪って何が原発の必要性なのでしょうか。世間一般にどうしようもなく蔓延している「やらせ」の気運を当然のこととして何事もなく運営されてしまっている議会、各種委員会、市民会議と称されるもの。マンネリなどと言う言葉で処理されてはなりません。今こそ誰もが人間としての原点に立ち返り、真剣に人類の未来について考えなければなりません。微力な自分で、老人になってしまっている今さらながら、人間として最後の仕事は原発を止める動きに連動して行くことだと私は思っています。

投稿者 板橋睦子 : 2011年7月31日 18:42

コメントありがとうございます。これまでの原子力発電事業に関しては「原子力の安全神話」を良く考えもしないで何となく信じていた自分がいました。このことに関しては大変反省しております。「絶対」などと言葉は「死」に対してだけ使える言葉で、機械などには決して使える言葉ではないはずなのに...土地を捨て、家を失い、雇用も失い、何もかも全てを失ってしまった福島県民が唱える「脱原発宣言」は、人間の悲しみでいっぱいのシュプレキコールです。私も今は、子供たちを守らなければという強い思いで...このままでは死ねないと思っています。地域独占の電力事業の醜さを聞く度にこれまで通りの原発事業推進派の人々には考えを改めてもらわなければいけないと思っています。暴走を止められない原発と善良な市民は共存など出来ないと思います。17:16という一票差でも、内閣総理大臣らに宛てた、この度の大崎市議会の「原発からの撤退を!」という意見書提出を私は評価したいと思います。原発からの撤退に反対する16人の大崎市議会議員には市民の代弁者であることをもう一度原点に立ち返って考え、又、古里を追われた福島県民の気持ちを想像してみてほしいと思いますし、女川原発を持つ宮城県が同じことになっても、それでも原発がほしいのでしょうか?この問題は人間の生き方を問う重要課題だと思います。16人の議員には、もう一度良く考えてほしいと思います。

投稿者 自在窯&ギャラリー Author Profile Page : 2011年8月 1日 10:50

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)