« 2011年9月 | メイン | 2011年11月 »

2011年10月31日

世界人口が、10月31日に70億人を突破する見通しと発表したことの意義は大きい…



今日は、2011年10月31日・10月最後の日です。

国連人口基金が10月26日に発表した「世界人口白書2011」によると、世界人口は10月31日に70億人を(少なくとも象徴的には)突破する見通しだと言っています。

今日生まれた赤ちゃんからは、70億人の大台に乗った赤ちゃんとして数えられることになるようです。

アジアや、アフリカでの人口爆発は想像していたとは言え、世界の大きな課題として今からこの人口増加問題に真剣に取り組まなければいけないと思います。

先進国である日本や、ヨーロッパの一部では人口減少に向かいますが…世界は深刻な人口増加問題に早めに取り組む必要があると思います。

国連人口基金の狙いはここにあると思います。

早く知らせて、国として対策を考えることに意義があると思います。

日本は、世界とは違って人口減少に向かうことは、もうずっと以前から知られていることでしたが...国としての対策は無いに等しく、何もしてこなかったようにさえ思うことがあります。

揉めに揉めた子ども手当も少子化を止める対策にはなっていないと思います。
いつまで続けられるかも解らない子ども手当を受給して安心して子供を産もうとする人など居ないのではないかと思います。

今の日本は、安心して女性が子どもを産んで、安心して子育てが出来る環境ではないと思います。
少子高齢化に歯止めをかけなければいけないのですが…国家的戦略は見えないままです。

この産んで育てられる環境をきちんとつくることが日本の最優先課題だと思いますが、一方、人口増加を迎える世界に目を移すと、食料の問題や、水の問題、エネルギー問題など…重要課題がいっぱいだと思いますので、早めに手を打つことが何よりも大切な事だと思います。

結果がどうなるかはっきり解っているのに、何もしないのは無策であるということだと思います。

以前、児玉龍彦先生が、放射能汚染問題について国会に招致された時に怒りの答弁をしましたが…その時、児玉先生は「国は無策である」と声を震わせ抗議の弁を述べました。

国が、無策では国民は困るのです。

人口が増えるということは、人の命を守り育てるという事ですから、国はあらゆる手立てを考えて大きな責任を持たなければならないと思います。

この日を境にして、人口増加に対して知恵を出し合い、移住などに関しても真剣に考え、一人一人の命を貴ぶ世界をつくるように努力しなければいけないと思います。

今日のガンディーの言葉「生に対してと、死に対してこの見解が正しいことであり、疑いの余地もないものとしたならば、それでは最も軽いことにも関わらず、死を恐れ、死ぬことの悲しみを、そして、生まれることに喜んだりしなければいけないのだろうか。全ての人が、自分にこの疑問をぶつけなければならない。」

投稿者 jizai3 : 18:33 | コメント (0)

2011年10月30日

報道で知らされる真逆の意見をいくら聞いても理解出来ないTPP議論!



最近、私は意識をしてTPP(環太平洋連携協定)交渉参加についての議論や新聞報道に関心を寄せているのですが…正直、正反対の意見を聞かされてますます混乱しています。

「よく解らない」というのが本音です。

しかし、すごく単純に考えてみますと「交渉参加にも参加しないことが国益を損ねないのか」「交渉する前に交渉のテーブルにもつかないのか」「交渉に参加しなければ、主導的役割など果たすことなど出来ないのではないか」「交渉そのものに弱気になっている本当の原因が他にあるのではないか」…多くの疑問があります。

政権政党の中に反対慎重派が多いのに、交渉参加を決めそうな野田政権と今後上手くやって行けるのか?

政権運営に大きな影響が出るのではないかと心配です。

根底には、沖縄の問題や原発問題など、私には日本が抱える国の根幹に関わる重要問題が横たわっているように思えてなりません。

この際、隠れている問題を表に引きずり出して、国民的議論をした方がいいのではないでしょうか。

日本人は、何事もそうですが、本当の問題を正面切って議論せずに、違うところで空しい議論を重ねる傾向がある国民性があると思います。

今日のTV報道のTPP議論を聞いても、全く噛み合わない議論では、何の判断基準にもならず、私の混乱は増すばかりでした。

誤解を恐れずに言いますが、農業に問題を絞って言いますと、守り続けてきた農業が今現在どのような状況であるかを冷静に見てみれば「日本の農業を守る」とTPP交渉参加に反対を唱える人々の声に、何となく嘘くさく感じています。

これまでの日本の農業政策は間違っていたというのが私の思いです。

減反減反で生産者の喜びを奪う政策で、日本の農業が強くなれるはずは無いと思います。

特別扱いは如何なる時にも行き過ぎれば過保護となり、本来持っている力を削ぐばかりだと思います。

強くなるためには、人間性を失わない程度の競争は不可欠だと思います。

もっと言わせて頂けば、政権交代をしても、日本は内部の力だけでシステムを替えることは出来ない国だと思います。

自民党も民主党も政権政党になれば、同じだというのが私の結論です。

本当に変革を求めるならば日本のような国には外圧が必要だというのが私の考えです。

ある程度の外圧を利用して、国のシステムを替えて、手ごわい交渉をしぶとく、敗戦後の日本を立て直した時の情熱を再び呼び戻して日本再生を目指した方がいいのではないかと思います。

今日のガンディーの言葉「私共の間違った理解の最もの根本原因は、信用しないからであり、そして、信用しない原因にはほとんどの場合恐れが存在している。」

投稿者 jizai3 : 12:02 | コメント (2)

2011年10月29日

秋の深まりと共に開催される地域の秋まつり

平成23年「まつやま秋まつり」が開催されます。

「第6回大崎市松山文化祭」&「第8回松山邑まつり」&「JAみどりのまつりin松山2011」の合同開催です。

11月5日・6日は大崎市松山公民館付近には、晩秋の風情を楽しむ人々がたくさん集まることと思います。

地域の秋行事が全て終了しますと、松山地域にも寒さが訪れてきます。

今日はとても暖かく、日中は半袖で十分でしたが夕暮れと同時に急に冷え込みが強くなってきました。

朝晩の冷え込みと寒暖の差の大きさに身体がついてゆけずに風邪気味という方も多いようですのでどうぞお気をつけて頂きたいと思います。

晩秋の雰囲気が漂い始めた松山地域の「秋まつり」にご家族・ご友人お誘い合わせの上どうぞいらして頂きますようご案内申し上げます。

コスモスロードのコスモスは、まだまだ見頃が継続しているようで…とても可憐に咲き乱れています。

我が家の庭の黄色い葉をたくさんつけた樹木はいよいよ残る葉っぱが一枚だけとなってしまいました。

本当に寂しい光景となっています。

葉を落とした木々は本当に寒々して見えるものですね。

今日のガンディーの言葉「一つの種から生まれる全ての活動は、同じ種とお互いに混じり合う。」

投稿者 jizai3 : 17:17 | コメント (0)

2011年10月28日

消防庁による痛ましい発表を知って…


今朝の河北新報の第一面の大見出し記事を見てはっきりと知ったことですが、今回の東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県で、死亡・行方不明となった消防団員は合計で253人にもなったそうです。

多くの消防団員の犠牲があったことは伝えられていましたが…こんなにも多くの方々が犠牲になったことを知ってショックを受けました。

 

消防庁によると、公務中の犠牲者が8割で、住民の避難誘導や救助活動などに関わっていたそうです。

災害時の消防団員の安全をいかにして確保するかという事で消防庁は再発防止の為に年内に検討会議を発足させるそうです。

消防団員は、地域社会との関係が密接ですから、地域の方々の安全を最優先して避難誘導をしたり、救助活動に励んだり、危険を顧みず水門を止めに走ったのだと思います。

消防団員の身近に地域の方々の存在があるだけに、助けたい住民と共に大津波にのまれてしまい、命を落としてしまったのだと思っています。

この件に関しては、お隣美里町小牛田の後藤一蔵先生が「ほとんどの消防団には津波に関する安全確保のマニアルがない。地震直後は各団員が連絡を取り合えない中、過去の経験だけを基に活動した団員が多い」と指摘しました。

今後、消防団員のなり手が無くなるのではないかと後藤先生は危機感を募らせていますが...今回のような大津波に対して、私は、何よりもハード面の限界を感じています。

今朝も「つなみてんでんこ」という事に対して、他人のことを構わずに、他人を助けることなく、自分だけ逃げろという事かというような議論をしていた番組がありましたが...私は解釈が違うのではないという思いを持ちました。

この「つなみてんでんこ」という言葉には、深く悲しい地域の歴史があると思います。

地震の後の津波には必ずある程度の時間があると思われます。その時間内に、危険を知らせて身に危険が迫る前にそれぞれに出来るだけ高台に避難せよという事だと思います。

自分の身を危険に晒すことなく逃げ切ることが大事だと思います。

多くの犠牲者の死を決して無駄にすることなく、しっかりと心に止めて生きることが大切だと思います。

ですから、数多くの消防団員の死は、地域を守る為の悲しい死であったことを忘れることなく、地域密着の消防団員の死を無駄にせず、尊い教訓であることを忘れず、地域の住民教育力にまで高める必要性があると思われます。

今日のガンディーの言葉「人間の精神の平静さは、ヒマラヤ山の孤独の高さで図るのではなく、人間の世の中でのみテストされるべきなのである。」

投稿者 jizai3 : 15:18 | コメント (0)

2011年10月27日

フランクさんの命日に開催した「レコード鑑賞会」


10月27日は、故フランク永井さんの命日です。

小春日和のいいお天気に恵まれた大崎市松山ふるさと歴史館ロビーでは、懐かしいフランク永井さんのレコードを聴きながら楽しいひと時を過ごしました。

松山公民館の職員は、集まった人々のリクエストに応えて、白い手袋をはめて大切そうにフランクさんのレコードをかけてくれました。

レコードには殆どノイズがなく、想像以上のいい音源で聴くことが出来ました。

若い歌声のフランクさんは、いつも私が聴いているCDの歌声とは違ってとても新鮮に耳に入って来ました。

私は「逢いたくて」と「好き好き好き」と2曲リクエストをしました。

今日、私たちはお昼過ぎまで松山ふるさと歴史館にいました。

懐かしい人たちともお逢いしましたし、フランク永井歌コンクールにご出場下さっている方々ともお逢いすることが出来ました。

いつもの雰囲気とは違う松山ふるさと歴史館のロビーは、いろいろな人々で賑わっていました。

「今日一日だけのことですか?」と聞かれましたので「そうです。命日だけのレコード鑑賞会です。」と答えましたが「レコードの音っていいですね!」と感心していました。



フランク永井展示室の廊下にもたくさんのフランク永井さんの写真が展示されていますが…いい笑顔のフランクさんの微笑みの写真がたくさん並べられています。

今の松山地域の求心力になっているフランク永井さんを大切にしなければという思いを強くしたレコード鑑賞会でした。

 

 

 

魅惑の歌声は、永遠の輝きを一層輝かせているようで私の身体の隅々にまで響き渡りました。

今日のガンディーの言葉「音楽は、喉からのみの発声ではありません。それは心からであり、感情であり、心の中からの音楽なのです。」    

投稿者 jizai3 : 15:23 | コメント (0)

2011年10月26日

「良い日本人になりたい」というドナルド・キーンさんの言葉を聞いて…


「東北は必ず復興する!」と力強く発言した日本文学研究者で米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさん(89歳)が、19日講演の為に仙台を訪れたそうです。

東日本大震災を機に日本国籍取得を決意したドナルド・キーンさんは「東北は必ずよみがえる。物事には秩序が大事。でたらめに建物を造るようではいけない。被災地が美しい街として再生することを信じる。」と話しました。

ドナルド・キーンさんは日本の永住権は既にお持ちなのに、大震災を機に外国人の方はほとんどが海外へ脱出しているというのに…この時期に日本国籍を取得しようと決意したドナルド・キーンさんの日本国に対する本気度を考えると本当に頭が下がってしまいます。

ドナルド・キーンさんは、10代で「源氏物語」に接して日本語を学び始めて以来、日本のことを考えない日は一日も無かったとおっしゃっています。

そして「日本国籍取得が認められたら、言うべきことをはっきり発言してゆくつもりです。」と話し、最後に「"良い日本人"になりたいと思っています。」とおっしゃいました。

私はこの「良い日本人になりたい!」という言葉が大変心に残りました。

私を含め、今の日本には日本人はたくさんいますが、良い日本人になりたいと思って毎日を送っている人は少ないと思います。

ほとんどは無自覚のまま日本人としての生活を送っていると思います。

それでも、3.11東日本大震災を経験して、このままではいけないと思い、自分の生きる足元を見つめ直した人は多いと思います。

私の友人も「これからは、より良く生きないと駄目だと思った。」と言いましたし、私自身も大震災後「このままではいけない!もっとちゃんと生きなければ!!」という思いを抱きました。

そして、今日、ドナルド・キーンさんの言葉を知って、私たちが思ったことは「良い日本人になりたい!」という事であったというがはっきりしました。

良い日本人であるという事は、良い先生であり、良い生徒であり、良い親であり、良い政治家であることを…常に心がけてそうなりたいと常に目指すことだと思います。

教師も、生徒も親も政治家もたくさんいますが、頭に「良い」がつくことが大切な事だと思います。

言い換えれば「正しい」という事だと思いますし、良いことは正しいことであり、真面目に一生懸命に生き続けることだと思います。

日本をこよなく愛するドナルド・キーンさんの言葉を聞いて…私は、今こそ、日本で暮らす誰もが一人一人それぞれに良い日本人になるよう努めなければいけない時だと思いました。

今日のガンディーの言葉「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 14:33 | コメント (0)

2011年10月25日

秋の深まりを感じて…


昨晩は、川渡温泉に泊まりました。

息子から誕生日祝いとして温泉泊りをプレゼントしてもらいました。

湯の花のたくさん入った川渡温泉のお湯が気に入ってからは、何度か伺っていますが、越後屋旅館は家庭的でとてものんびり出来…1泊なのに私は5回も入浴しました。

今週末頃が紅葉は見頃を迎えるそうです。

茨城県など遠くからも「お湯が気に入ってね!」といらしていた方々もいらっしゃいましたし、若い男性同士の方々もいらっしゃいました。

昨晩はお客様が少ないそうでしたが…広めのお部屋でのんびり出来ることがいいことですし、移動せずに自分のお部屋でゆっくりとお食事が出来ることが満足出来ることですね。

大震災後、私たちは本当に遠出をしなくなりました。

以前のように出掛けなくなりましたが…あまり出掛けたいとは思わなくなってしまったからです。

これも、東日本大震災の後遺症らしきものなのでしょうね。

主人は昨日越後屋到着後には、珍しく3回も温泉に入り、その合間に読書をして大満足そうでした。

これまでの主人は、TVを見たり、到着後すぐにアルコールを飲んだりして、温泉には朝一度か、全く温泉に入らずにということもありましたのに…今回は4回も入り「温泉はいいね!」と大満足でした。同じ大崎市ということで鳴子や川渡や鬼首の地域が自分たちの身近な温泉地に感じることは嬉しいことです。

天気予報を心配しましたが、一度も雨に合わずに帰宅できました。

たまには、のんびりとお気に入りの湯につかって、たっぷりと流れる24時間を味わうことも素敵なことですね。

温泉のバスディープレゼントをしてくれた長男夫婦に感謝したいと思います。

今朝私は、おかげさまでとても幸せな気分で63歳を迎えることが出来ました。

今日のガンディーの言葉「注意深く観察すれば天国は此処。私共の地球であり空の彼方では無いということが解る。」

投稿者 jizai3 : 12:51 | コメント (0)

2011年10月24日

新たな涙を誘う母子像は、大川小学校の犠牲者の慰霊を願って…


新聞報道や、TVの映像で、東日本大震災の津波で全校児童の7割にもあたる子供たちが死亡したり、行方不明となった石巻市大川小学校に犠牲者の慰霊を願う母子像が設置されて23日に除幕式が行われたことを知りました。

山梨県の彫刻家浜田彰三氏が制作して寄贈したものだそうです。

腕に子供を抱いた慈しみ深い母親の姿を、素朴さを感じる石が丸みを帯びた曲線を前面に出して優しく表現しているものでした。

残されたお母さまたちが、母子像に触れて涙を流している場面を見て、私も涙が出てしまい胸が熱くなってしまいました。

大川小学校での被害については、いろいろな意見が出ています。

あの巨大地震を体験して、何故すぐに子供たちを高台に避難させなかったのかという批判が今でも出ているのです。

普通の避難訓練をしているかのようだったと話す人もいたようですが…この世のものとは思えないような大きな揺れに対して「早く逃げなさい!出来るだけ高い所を目指してそれぞれに逃げ切りなさい!!」と、子供たちに指示すれば、多くの子供たちは助かったのではないかと思っている人は多いようです。

でも「これだけの大津波が襲って来るとは誰も思わなかったのだから…教職員を責めることは止めるべきである」という人もいらっしゃいます。

未来ある子供たちが大勢亡くなってしまったことが残念で残念で堪りません。

この痛ましい教訓を生かして後世に伝える為にもこの母子像が今後果す役割は多いいと思いますし、我が子を慈しんで子育てをしている母親の慰めになれればいい思いながら…いつかは、私もこの母子像に手を触れてみたいなと思っています。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 12:15 | コメント (2)

2011年10月23日

人間修行の第一歩は「人の悪口を言わないこと!」という人の話を聴いて…


今日は、とても冷静で落ち着きのある方の話を聴きました。

宗教家ではありませんが、人間が出来ているなと感じさせる人物の話でした。

欲に関しては「今以上にお金を欲しがるとお金は不思議と逃げてゆくものですよ。自分の為の欲は自分の良い運を逃がすだけ。いい欲は人の役に立つ正しい欲を持つことです」とおっしゃいました。

志を高く持てば目に入るものが変わって見えてくるし、運命が変わります。本当に幸せな人は人をいじめたり、悪口を言ったりしない人で、いい人間性であることが重要ですと言い、自分がとても暗い気持ちになった時には「命があるだけで幸せ!」と本気で思い、生かされていることに感謝することが大切なことですと笑顔でおっしゃいました。

人の悪口を言わないことが大事と言ったことに関しては、言葉には魂があり、言霊と言われているくらいですから、自分の口から発するマイナスの言葉は出来るだけ使わないようにすることが大切で「はじめに言葉ありき」ということは本当の事で、良い人間関係を築く上ではとても重要なことだと言いました。

人の悪口を言わないようにすることは、人間修行の第一歩だそうで、この心がけは自分を向上させるそうです。

子育て中のお母様には特に心がけてほしい事ですと強調し、お母様の笑顔と、お母様が使う言葉が良い子を育てるのですと話しましたが…学生の頃に日曜学校でも牧師さんから同じような話を聴いたことがあったことを思い出しました。

最後に、彼女は、必要以上に老後のことは考えないようにして、今日一日を楽しく有意義にニコニコして一生懸命に生きることを目標にして下さいネと言って下さいました。

私も将来というのは、一日一日の積み重ねだと思って生きてきた人間ですから「他人の将来性」などと、軽々しく口にする言葉は嫌いでした。
でも、正直言いまして、最近は年を重ねることへの少々の不安はありますが…必要以上に老後のことは考えないようにして、一日一日を大切にという事はいい考えだと思います。

今日の話は当たり前と言えば、ごく当たり前のことなのですが…心の持ち方が、人生を大きく左右するのだなと思いました。

彼女は自分の心が沈んだ時には緑色のものを見るようにしているそうです。

緑は、心を鎮める色だそうです。

良く生きるには、自分流のプラス思考の上手な気分転換も大切だと思いました。

今日は、朝からいいお話しを聴いて、お天気もいいし(少し暑いくらいですが...)心がとても晴れやかになりました。

今日のガンディーの言葉「格言の『樹木を見よ』ということは、人の心に止める価値がある。樹木は太陽の心を宿し、涼しい影を我々に提供する。我々は何が出来るだろうか?」

投稿者 jizai3 : 12:53 | コメント (0)

2011年10月22日

命日に開催される「フランク永井レコード鑑賞会」のお知らせ


10月27日は、故フランク永井さんの命日です。

大崎市松山ふるさと歴史館フランク永井展示室ロビーに於いてフランク永井さんのレコードをファンの皆様方とご一緒に聴く企画を大崎市松山公民館がご用意をしましたのでご案内申し上げます。

1975年販売の「フランク永井大全集」より48曲を準備して、皆様方がリクエストした曲をお聴き頂く企画だそうです。

鑑賞会の時間は午前10時から午後4時までですが、時間の許す限りゆったりと昭和の大歌手・フランク永井の魅惑の歌声を、フランクさんの故郷・松山でお聴きくださいとのことです。

鑑賞会のお問い合わせは:大崎市松山公民館 担当間宮まで ℡0229-55-2215

 

今日は朝からどんよりの曇空ですが…間もなく雨が降ってきました。

昨日は、西日本に大雨が降ったようですが、地盤の緩い所では土砂崩れの心配があると不安の声が上がっています。

タイの水害の様子も連日報道されていますが、本当に心配です。

タイは、海抜0m地帯だそうですが、本格的な水害対策が必要だと思います。

タイも、政治の本気度が試される時のようです。

政権争いなどしている時間など無いくらいに切迫した問題が山積している国々の課題解決に向かうには大きな知恵と協力体制が求められています。

「政治力を発揮してほしい!」と、どの国の国民も願っているのですが、政治の中枢にはなかなか届かない様子で国民は歯がゆさを感じています。

昨日はPCのトラブルがあってJK-Blogを発信することが出来ませんでした。

ほとんど毎日発信していますので、ご心配の℡などを頂き大変恐縮しています。

私のとって、PCが開けない世界は寂しく人生の面白みが半減するようでしたが…午後PCの先生に来て頂き見てもらいました。
ハードデスクのトラブルでは無かったので安心しました。

更新プログラムのインストール中に何かのトラブルが発生して、PC内に熱がこもってしまったことが原因のようでした。

時々主人のPCを借りましたが、自分のPCでないと意外と操作はしづらく…自分のPCが使える喜びを感じながら今日はJK-Blogをつくることが出来ました。

決してPC依存症では無いつもりでおりますが、PCが出来ないことに少々のストレスを感じてしまいました。

それにしても、PCに触れられない事がこんなにも寂しいなんて…スマートフォーンに夢中になる若者と同じなのかなと、思ったりもしてみたのですが…

今日のガンディーの言葉「経験を積めば積むほど、人間自身が不幸と同様に幸せの源泉なのだと実感する。」

投稿者 jizai3 : 16:41 | コメント (0)

2011年10月20日

想像以上のスマートフォンの波及効果を見せ付けられて…


最近のTV報道で、スマートフォンの普及によって、歩きながらスマホを使用して、危険なことが次々と発生している事象を各番組が取り上げて報道していましたが、昨日仙台に向かう午前9時少し過ぎの松山発の電車の中での光景は想像以上に波及しているスマートフォンに夢中になる人々の姿でした。

私が乗車した電車の中の横座りの椅子には12人が座っていました。

この中で、8人の若者と中年1人が耳にイヤホーンを入れ、スマホの画面に向かって熱心に指を動かし、1人のおじさんが新聞を読み、2人は居眠りをしていました。

鹿島台駅で主人のお隣の方が下車をしましたので、私は主人の隣に座わり、今度はお向かいの座席を見ましたら、11人の方々が座っていました。

良く見てみますと、一番左側の若い女性が自分の横に大きなバックを置いて座っていましたので、11人しか座れない様子でした。

この女性が何処から乗車してきたのかは解りませんが、私が見た時は夢中になって化粧をしている最中でした。

膝の上に化粧ポーチを置いて、アイラインを引き、マスカラを何度もつけ、ビュラーでまつ毛を上げて、又、マスカラをつけ直すことを繰り返して…国府多賀城駅までこの行為を続けていました。

熱心に見つめていたわけではないつもりなのですが、私のお向かいの女性の行為なのでつい気になってしまい…嫌らしくも観察をしてしまいました。

彼女の耳にもイヤホーンが入っていて、化粧をしながら時々携帯℡に目をやりながら、別のスマートフォンを取り出し操作をして…実に忙しそうに、そして器用に指先を動かしていました。

主人もこの様子を見ていたらしく「二台も携帯を持っている人がいるんだね」と小さな声で私に言いました。

全ての化粧が終わったのは東仙台駅のアナウンスが流れた時でした。

私にとって、こんなにも大胆に化粧に励む若い女性の姿を見たのは初めてのことでした。

電車は勿論混み合っていましたが、私が通勤していた頃と比べると車内の様子はすっかり変化していました。

大勢の人が、ひっきりなしに画面に向かって一斉に指を動かす光景は、本当に異様な感じがあり、誰かと繋がっていないとこんなにも不安になる人が多いのかと思いながら、目の前に広がる光景に一抹の不安を覚えてしまいました。

そんな中で、少しの救いは、私の隣に立つ国府多賀城で下車した男子大学生8人が、学校の話や部活の話をしながら携帯電話やスマートフォン無しに、純粋な会話だけを楽しみながらお互いのコミュニケーションを図っている姿が見られたことで…すごく若者の健全さを感じることが出来ました。

情報ツールはますますの進化を遂げる事だろうと思いますが、このツールに支配されることなく、便利なツールを活用しながらより良き人間関係を構築してほしいと願わずにはいられませんでした。

今日のガンディーの言葉「我々は救いを求める。しかし、多分正確に何を意味しているのか知らない。誕生から死に至る周期から生まれる救出は、数種の意味の内の一つである。」

投稿者 jizai3 : 13:31 | コメント (0)

2011年10月19日

大好きだった叔父とお別れをして…


今日は午前11時から仙台市青葉区本町2丁目の菊葬会館で大好きだった叔父の告別式がとり行われました。

その後には菩提寺の松音寺に行って再度最後のお別れをして拝んで頂き、納骨式を行ってから四十九日までの法要を済ませました。

告別式では、お二人の方の弔辞がありました。

女性の町内会長さんと、仙台いきいきグラウンド・ゴルフの会長さんの弔辞でした。

お二人とも叔父の身近かにいた人らしく、叔父の生き方をとても理解して下さって温かい弔辞を述べて下さいました。

遺影の叔父はいつものベレー帽をかぶり、大好きなチョッキを着て微笑んでいました。

叔父は、男性にしてはとてもお洒落な人で、明るい人でしたので、趣味のお付き合いの友人も多いようで、人に好かれた人物だったようでした。

女の子の孫(もう、二人の子供のお母さん)が、孫を代表してお別れの言葉を述べましたが…「可愛がってくれてありがとう!」と感謝の言葉を伝えて最後のお別れをしました。

今日は、久しぶりにお逢いした方達がたくさんいらして…懐かしさでいっぱいでした。

昨晩の通夜が終わってから、菊葬会館で叔父の隣で眠ったという横浜の甥が、法要の時には私の向かいに座って、子どもの頃のような無邪気な笑顔を見せてくれて嬉しかったです。

甥と一緒に横浜から来た叔母が「こんな時にしか、仙台へは来れなくてね…」と言っていましたが、若い人は孫やひこ孫で、知らない顔の人たちでした。

そして、殆どの人は皆、年をとっていました。

でも、面影はあるものですね。お話をしてみるとあの頃がよみがえってくるものです。

子どもの頃の様子しか知らないでいた子に「大きくなったわね!」と言いましたら「はい、大きくなり過ぎてしまいました」と言われて笑ってしまいました。

寂しさもありましたが、他人に好かれた優しい叔父はきっと極楽浄土へ行ける人だと思いながら、私もしっかりとお別れをしました。

電車での仙台行きは久しぶりでしたので、帰りの電車では主人も私もすっかり疲れてしまい品井沼までぐっすり眠ってしまいました。
寝過ごしても小牛田停まりだから大丈夫と二人共安心して眠ってしまったようですが、乗り過ごしをしないで松山駅に無事到着しました。

今ではもう、故郷仙台よりも「まつやま」の方が落ち着く私になってしまったようです。

今日のガンディーの言葉「人の心が天の光でいっぱいであれば、その人の道に憚る障害物は消え去るであろう。」

投稿者 jizai3 : 18:26 | コメント (0)

2011年10月18日

小中5校で授業再開のニュース!でも、喜べない気持ちも…


7ヶ月ぶりに、自分たちの校舎に子供たちが戻ってきたというニュースを知りました。

福島第一原発事故で緊急時避難準備区域の指定解除を受けた南相馬市原町区小中学校12校中の5校が授業を再開したということでした。

ニュースを聞いたばかりの時には「良かったな!」と思いましたが…5校の児童・生徒の合計は2168人。17日に登校してきたのは計862人だけだったそうです。

他地域で校舎の間借りをして来たことで「戻って来ることが出来て良かった!」という声もありましたが「校舎内だけの除染では心配!」と言って、まだ子供を戻せないという親の気持ちと、友達と一緒に勉強したいという子供の訴えが交錯して苦しんでいる多くの地域住民の姿があるようでした。

学校周辺の除染が進んでいないので、市の教育委員会は野外活動の時間制限をしたり、マスク長袖長ズボンの着用、車での登下校を呼びかけていました。

それでも校長先生や、市の職員たちは「心配はあるが、授業再開を復興への一歩にしたい!」という子供たちを取り巻く地域の大人たちの気持ちは強いようでした。

野田首相は「福島の復興なくしては、日本の再生なし」と言いました。

細野大臣は「総理の言葉の前に除染なくして、福島の復興なし」を付け加えたいと自身のBlogで発信しています。

今、福島の最大の関心事は「除染」だと思います。

私は、除染を勧める前の課題、一時仮置き場や中間貯蔵施設に関するロードマップを作成し、除染された物を安全に保管できるようにする事が最優先課題だと思います。

この件に関しては、事故の収束と除染責任者の立場である細野大臣の力量に期待するしかないと思いますし、私は個人的にはかなり期待していますが、あらゆる関係の自治体と良く考えて十分に話し合って具体的な場所を出来るだけ早く決定して除染が進行する話を国民に向かって報告をしてほしいと思います。

先日、私の友人がブルーシートに覆われた除染された物を見る度に不安でいっぱいになると話していましたが、多くの国民は同じ気持ちでいると思われます。

除染なくしてと言う考えは正しいと思いますが、今回だけは、政治家お得意の先送りの出来ない問題であることを強く自覚して、きちんとしたロードマップを作成してほしいと願っています。

授業再開もある点から見れば、前進とも受け取れますが、くれぐれも将来を託す子供たちが後々苦しむことのないように周りの大人は自分たちの希望を優先することなく、子供たちの将来を一番に気遣って物事を決めるように配慮してほしいと思います。

低線量の放射能被曝が、長期で続くことに関する子供たちの健康被害のデーターがまだはっきりしていない現状を甘く考える事だけはしてほしくないと祈っています。

今日のガンディーの言葉「確かに一つの恐れが存在する。中途半端なものか、あるいは、不誠実な何かを行ってしまう事の恐れだ。」

投稿者 jizai3 : 12:13 | コメント (0)

2011年10月17日

人の命は限りあるもの…覚悟はしていたつもりでも寂しさが…


昨日は、NPO法人小牛田セミナー主催で午後1時半から美里町小牛田公民館に於いて長谷川 公一先生「脱原子力の可能性」の講演会がありました。

会場について受付をしようとした時に、携帯℡のベルが鳴りました。

嫌な予感がしました。

甥の声でしたので「おじちゃん、亡くなった?」と聞きましたら「今朝早くに、少しも苦しまないで逝きました」ということでした。

私は主人と一緒に仙台へ行き、10月4日 仙台国立医療センターの病室でお別れをしてきたつもりでしたので、覚悟は出来ていたつもりでしたが…やはりショックでした。
とても寂しい気持ちになりました。

叔父は、私が小さな頃から、私をすごく可愛がってくれました。
叔父は息子三人だけでしたので、女の子が欲しい叔父は…私のことを本当に可愛がってくれました。

実の父が「俺がお父さんだぞ!」というくらい可愛がってもらいました。

ですから、息子たちにも「お父さんは、京子ちゃんばかり可愛がっていたものね」と大人に成ってもよく言われていました。

「もう、この世には居ない」と感じることは、想像以上に寂しいものです。

友人は、お父さんが亡くなってショックを受け、3年間程体調を悪くして寝込んだり…鬱っぽくなったりしたことがありましたが、気持ちが解るような気持ちがしました。

私は両親とも亡くしているのですが…それ程ショックは受けませんでした。

意外と両親の死はすんなりと受け止めることが出来ましたし、今も時々思い出したり、夢を見たりすることはありますが…特別の寂しさは感じないでここまで来ています。

昨晩は、最後に逢った時の叔父の顔が浮かんできてなかなか眠れませんでした。

叔父の顔は、亡くなる時の母の顔にとても似ていました。
母の弟だからかしらとも思いましたが…本当にあまりにも亡くなった時の母親の顔にそっくりでしたので、これで本当のお別れがやって来たと思いました。

甥の話では、仙台国立医療センターに入院してからは、殆ど意識がなかったそうで、会話はほとんど出来ない状態だったそうです。

あの時、お見舞いに行って私のことを「京子だろう。解るよ!」と言ってもらえて、今は良かったと思っています。

叔父は自分の好きなことをたくさんして、いい人生を送った人だとは思いますが…老人ホームに置いてゆく奥さんの事が心残りだっただろうと思います。

人の死はそれぞれで、人は誰でも一人きりで産まれて来て、そして、一人で死んでゆきます。

死は大変個人的なものだと思います。

でも、誰も避けることの出来ない、万人が通るべき共通の道だと思います。

私たちは、この通過しなければいけない最後の道を胸を張って堂々と通り過ぎることが出来るように毎日を正しく生きなければいけないなと思いながら…午後、私は叔父との思い出を辿りました。

今日のガンディーの言葉「人生とは不確かなものである。死は現実であり、確実なことである。」

投稿者 jizai3 : 14:31 | コメント (0)

2011年10月16日

小牛田セミナー主催「脱原子力の可能性」の講演を聴いて…


Blog写真は「脱原子力の可能性」というテーマで、情熱溢れる講演を行った長谷川 公一先生(東北大学大学院教授・環境社会学)です。

はじめに、小牛田セミナーの佐藤先生の司会でスタートして、主催者を代表して小牛田セミナーの大平さんが挨拶を行いました。


長谷川先生は「小牛田は初めてです」と話し始めました。
先生は、小学校3年生まで山形県最上町にいらしたそうですが…いつかはこの小さな町から脱出したいと思い都会の学校に憧れを持っていたそうです。

古川に憧れ、陸羽東線にも憧れを抱き「小牛田」には、都会に脱出させてくれる乗り換えの駅という印象を持っていたそうです。

今は美里町ですが、小牛田という響きの良さを快く受け止めてくれている長谷川先生の言葉「乗り換えの駅・小牛田」はとても素敵だと思いました。

ですから今日の講演会は、この素敵なネーミングの近隣の地域で暮らす私たちが大震災3.11後どのように生きることが正しいのかを良く考えて生きるべきか、原子力の問題を出来るだけ身近に捉えて長谷川先生の話に耳を傾けたいと思いながら私は講演を聴きました。

講演構成は、1.岐路に立つ日本社会 2.フクシマ事故はなぜ起きたのか 3.脱原子力は可能か 4.何が脱原子力を拒むのか そして、我々は今後どうすべきなのかということを考えることです。

1.岐路に立つ日本社会では、1755年11月1日にポルトガルの首都リスボン(人口27万5千人)を中心に発生した(死者約5万5000人~6万2000人)リスボン大震災(推定M8.5~9.0)85%の建物が倒壊。GDPの3割から5割が失われた。1763年リオデジャネイロ、ブラジルの首都に。1822年ブラジル独立。という経緯を持つ大震災の歴史を紹介しました。
そして、その後にチェルノブイリとシステムの病根と題してゴルバチョフ回顧録をあげました。

ここで、長谷川先生はチェルノブイリをフクシマに置き換えて読み上げて下さいました。
ゴルバチョフは、回顧録の中でチェルノブイリ原発事故を「従来のシステムがその可能性を使い尽くしてしまったことをさまざまと見せつける恐ろしい証明であった」と言っています。

「チェルノブイリ(フクシマ)は、わが国体制全体の多くの病根を照らし出した。このドラマには長い年月の間に積もりつもった悪弊がすべて顔をそろえた。異常な事件や否定的なプロセスの隠蔽(黙殺)、無責任と暢気、なげやりな仕事、そろいもそろいの深酒」最後の深酒部分は少し違うようですが…霞が関住人のこと、原子力ムラのことなどフクシマを通じて明るみになったことは、チェルノブイリで起きたことと同次元的な出来事として捉えることが出来ます。

2.フクシマ事故はなぜ起きたのかでは、夜の森線鉄塔№27の倒壊が一番の原因であると話し、この鉄塔が壊れた為に外部電源の喪失に至ったと明かしました。
津波被害を強調しているがフクシマの命綱であった鉄塔があまりにも貧弱であったことが真の原因と指摘しました。地震津波大国である日本なのに、東京電力会社はその自覚が乏しく地震、津波、冠水が起き、全電源喪失・ステーションブラックアウトに対しての備えが十分でなく、原子力ムラによる過小評価の構造的連鎖による事故発生で事故拡大が起きたとシナリオの甘さを指摘しました。

又、安全と思い込んでいた大前提が狂ってしまったことで混乱が起き、海水注入の決断が遅れ、更にマニアルが無かったことで不注意の連続が起きてしまったと、ノーマルアクシデントでの事故拡大であったと福島第一原発事故を分析しました。

その上で、長谷川先生は「東日本は、これから100年放射能物質と付き合わなければいけない」と会場の私たちにある種の覚悟を促し、そして、3.11以降には解釈の枠組みが変化したことを話しました。さらに、今月5日に亡くなったスティーブ・ジョブズ氏の業績にも触れて自由発想を大事にし、現状に満足せず、自分はこう考えるという事を大切にすべきで、柔らかな発想が大事であると話しました。

3.脱原子力は可能かでは、先生は7項目にわたる提言をして脱原発社会を選択することを決断して発表することが大切であると自論を展開しました。
脱原子力の社会の選択を全ての原子力発電所を年限を区切って閉鎖する。発電所計画は速やかに停止する。浜岡原子力発電所の運転再開はしない。使用済み核燃料の再処理する核燃料サイクル計画は中止し、使用済み核燃料は各原子力発電所の敷地近くの安全な場所で保管する。高速増殖炉もんじゅは運転再開を断念して廃炉にする。プルサーマルは中止するとまとめました。

具体的な日本全体の電源構成などを示しながら、火力発電の利用を引き上げ、再生可能エネルギーに置き換える方法なども考えながら、今夏、国民が積極的に行った節電こそが第一歩であると説きました。課題としての風力発電や、太陽光発電、CO2対策をどう考えるかなどについてもオプション1~3で示しました。

4.何が脱原子力を拒むのかでは、青森県六ヶ所村の再処理工場のことを上げ、使用済み核燃料対策の事に触れ、50年間取り続けている我が国の外交政策大綱について話し、1988年に改定された日米原子力協定で国際的に認められた権益として「核抑止力」の担保であると話し、フクシマの原発事故を機に国民的議論が大切であると言いました。

ドイツは、何故「脱原子力」に転換できたのかという話しを時系列で説明をしましたが、冷戦が無くなり、何と言っても福島原発第一事故後2011年3月22日「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」設置・メルケル首相の手腕だと長谷川先生は評価していました。

*倫理的な、社会正義にかなった、エネルギー供給でなければならないというドイツ議会が出した強い理念が脱原子力への導きに繋がった為だと思いました。

最後は、ヒロシマ・ナガサキが世界を救ってきたように、フクシマは世界を救えるか?が私たちに突き付けられたこれからの課題ですが、脱原子力へ向かう覚悟を持つことがフクシマが失ったものを世界の人々の心に残すことであり、世界を救える可能性を確かなものにする人類共通の哲学を持つことが求められる時だと私は確信しました。

長谷川先生の講演を聴いて、私は脱原発の方向性の正しさをこれからも発信してゆきたいと思いながら帰宅しました。

素晴しい講演会を企画して下さったNPO法人小牛田セミナーの会員の皆様方へ深く感謝いたします。

今日のガンディーの言葉「我々は、心の中の光で照らされなければ、正しいことは何も行う事が出来ない。」

投稿者 jizai3 : 20:11 | コメント (0)

2011年10月15日

土盛りされた上にかけられたブルーシートを見るのはいつまで?


きれいなバラの花束を頂きました。

4色の組み合わせでしたが、グレーの色の花びらが素敵な色でこれまでに見たことのない上品なグレーの色をしていました。

でも、写真にはその色の素敵さは表わせませんでしたので...オレンジ色と黄色と白だけにしました。

薔薇の香りに包まれると華やかな幸せを感じるものです。

昨日、ギャラリーにいらした方が「TVで何度も映す除染された土が積まれてブルーシートがかけられている所を見るのがとても嫌だ!」と言っていました。

放射能を恐れて除染する人々の気持ちは解るけれど、ブルーシートをかけ…いつまで放置するつもりなのか?
ブルーシートの場所が次々に増えてゆくことへの危険性を心配せず汚染された土を次々に一ヶ所に集めてしまっていいのだろうか?

この除染した土壌を最終的に処理する場所を確保することは出来るのだろうかという不安を感じているのは多くの国民の共通の思いだろうと思います。

3・11に起きた福島第一原発事故が、大変な原発事故であったことが明らかになり、いつも優勢に在った地域独占企業の電力会社も頭を痛めていることだろうと思っていましたが…この度、九州電力会社が国へ提出した最終報告書には佐賀県知事の関与には全く触れず、知事責任の記述を避けているということでした。

これでは、問題の経緯や再発防止策を講じたことにはならず、第三者委員会(委員長・郷原伸郎弁護士)が指摘した知事関与の問題を無視した最終報告書になるのではないかと思いました。

このようなふざけた報告書を提出することが出来るのは、電力会社が地域の独占企業として長い間、地域にあって強力な力を見せ付けてきた傲慢さが、福島第一原発事故を起こした後も相変わらず持っているということだと思いました。

「九電のやらせメール問題」の根底には、どっぷりとした関係を示す地域独占企業と地域リーダーの姿があります。

九電の社長は「見解の相違である」と言っていますが、このような言葉で言い逃れをするようでは原発行政への信頼回復の望みは薄く、原発再開への見通しはますます立たなくなると思います。

競争の無い地域独占企業が反省も無いままに突き進むつもりなら、原発事故が起きることは避けられない問題となってしまうと思われますので、国はくれぐれも再稼働には慎重であるべきだと思います。

そして今後は、安全神話が崩れたところを始まりにして、近い将来には脱原発を目指すことが出来るような国民的な議論が必要だと思います。

3・11の大震災は、人口減少や高齢化、過疎の問題など、震災前から抱えていた地域の問題を一層加速させましたが、改めで自分たちが暮らす地域の良さや失ったものの大きさを再認識させ、古里への想いは増すばかりとなりました。

その中で、私たちは本当に重要なものは何かという事を問いながら...東北らしい自分たちの地域を再生させることが出来るように努力しなければいけないと思います。

その為には、はっきりとした目標を定め、決めた事を、即実行に移す自治力が大切だと思います。

まさしく、大震災後は本当の地域自治力が試される時だと言っても過言ではないと思います。

東北出身の大臣が4人もいる現政権の下で、大きく復興への舵を切ることが出来るよう、政治力が正しく発揮出来ることを祈りたいと思っている私です。

今日のガンディーの言葉「幸せいっぱいという事は、不幸を呼び込む。本当の幸せは、悲しみ、そして、苦悩から生まれる。」

投稿者 jizai3 : 18:30 | コメント (0)

2011年10月14日

想像する口惜しさ…


今日は大震災、被災地岩手県出身 衆議院議員小沢一郎氏の2回目の裁判が行われる日です。

小沢氏は、裁判初日の夜には「尿管結石」という病名で緊急入院をしたわけですが…私は、大震災の時に東北の被災地を手助けをするはずの政治家が、苦しんでいる被災地では無く、自分の裁判で裁判所へ出向き、自己弁明をし、自己保身に徹しなければいけない、今置かれている境遇をさぞかし口惜しいと思っていることだろうと想像していました。

「尿路結石」は、習慣性のある病気で、何かの弾みで起こる為に予見は不可能であることが病気の特徴であると聞きましたが…ご本人の苛立った様子からもストレスは最高潮だったろうと思いますし、政治家として現在の自分が置かれている立場を容認することは到底出来ずに起訴への強い怒りをぶちまけたのだろうと思っていました。

人は、それぞれの立場で、時には悔しい思いをしたり、不本意な説明を求められたりして、辛く悲しい思いをしたりすることもあると思いますが、現政治家が民主主義国家を堂々と批判する様子を見て、批判そのものに疑問を感じてしまった人も多いことだろうと思っています。

私には、小沢氏の身の潔白を強く訴える姿が異様に見えてしまいました。

この陳述の後に、イタリアに留学した女子大生が、ルームメイトの殺人で犯人扱いをされ、イタリアの裁判で英語で無実を陳述している場面を見ました。

しかし、ボーイフレンドと共に25年の判決が下り、彼女は出身の米国に再調査を依頼して…2年後再度の裁判で、今度はイタリア語で一生懸命に自分の身の潔白を訴える場面が放映されているところでした。

イタリアの裁判所で彼女は「大好きなルームメイトが殺されて私はとても悲しい。しかし、私たちは殺人には全く関係していません。どうぞお願いです!私たちの未来を奪わないで下さい!!」と必死に訴えました。

裁判の結果は無罪となり、故郷シアトルに戻って出迎えてくれた家族や、応援してくれた地域の方々へお礼を述べるところが映し出されていましたが…彼女の訴えには必死さがありました。

この放映を見た後に私は、小沢氏が、政治家として東日本大震災で被災した人々の為に働くことが出来ずに、この時期に自分の裁判を行わなければならない事が大変に口惜しいと必死に訴えれば「直ちに裁判を打ち切るべき」などという強い言葉よりも、政治家としての悔しさはもっと私たち国民の心に素直に伝わったのではないかと思いました。

疑われた女子大生も、大物政治家である小沢氏も肩書や立場を超えて、人となりだけを見てみますと残るのはその人の人間性だけだと思います。

問題山積状況の現代社会ですが、今後は私たち国民一人一人が、きちんと物事を見定める確かな目を持つことが求められる時代に入ったと感じられる今日この頃です。

いつの時でも「謙虚さ」「素直さ」は、その人が人間らしく生きる為には大切なことであると思います。

今日のガンディーの言葉「他人は、私共の背中を見ることが出来るが、私共は自分の背中を見ることが出来ない。それと同じように我々には自分自身の間違いを自分で見ることは出来ない。」

投稿者 jizai3 : 13:52 | コメント (0)

2011年10月13日

自然は、もう冬支度…


今日は、午前中に用事があって主人の車に乗って鹿島台経由で仙台方面へ出掛けました。

ほとんどの田んぼは稲刈りが済んでいて、自然は、もう一足先に冬に向かっているような雰囲気を感じさせていました。

このところ、朝晩の寒さと日中の寒暖の差は10℃以上もあるようで、気温の差に慣れていない身体は温度調節が大変です。

風邪ひきさんも多いようで…咳き込む人を度々見かけます。


冬に向かう様子が見える風景を眺めながら…仙台方面へ向かいました。

鹿島台地区の丁度真ん中付近で、センターライン近くを自転車を踏んで堂々と走る高齢のおじいさんの姿を見て大変驚きました。

まるで、逆走してくるように見える自転車は正面衝突してきそうな気配でしたので、主人は車を左側へ寄せてウインカーを上げて一時停止させました。

後続の車も、6台ほど次々に止まりました。

おじいさんは主人の車が止まったことで、ハッとした顔をして…「すみません」と謝り、我に返ったような素振りで自転車の走行するレーンに戻って行きました。

人の良さそうなおじいさんで、何か考え事でもしていたのかしらと思えましたが、不注意なことは危険であり、命を落としてしまうかも知れない事ですから…くれぐれも気を付けてほしいと思いました。

どのくらいか解りませんが、何メートル間は、センターライン付近を走行していた様子でした。

クラクションが鳴ったりということは全くありませんでしたので、とっさの出来事に車を運転する人たちは、おじいさんの自転車に気を付けて通り過ぎて行ったのだと思います。

生まれて初めての出来事に、私は胸がドキドキしてしまいました。
主人も「俺も驚いたけど、あのおじいさんもとてもびっくりしたような顔をしていたから、さぞ驚いただろうね!」と言っていました。

考えられないような事ですが、当事者のおじいさんもとても驚いた表情をしていましたので…後から考えて、きっと怖い思いをしたことだろうと思いました。

季節の変わり目は何かと疲れなどが出やすい時期ですので、くれぐれもお互い気を付けなければと思う一日になりました。

今日のガンディーの言葉「顔を洗う時、眼鏡を取り外した。終わったら眼鏡をかけようと思っていた。しかし、かける事を忘れてしまった。何故なのだろうか。他の事に気を取られ、私は不注意になったのだ。危険なことである。不注意と呼ばれるべきである。」

投稿者 jizai3 : 16:06 | コメント (0)

2011年10月12日

今年の松山・大崎耕土の新米を戴いて感じた幸せは感慨無量!


Blog写真は、昨晩、炊き上がったばかりの新米です。

土鍋式の炊飯器で炊いた新米は最高でした。

新米は、大崎市松山新田地区S氏の田んぼで採れたばかりのものですが…今年は大震災後に宮城県も放射能汚染の心配をした経過がありましただけに、放射能物質不検出という嬉しい報告には地域のみんなが喜びました。

幸せ感がいっぱいに漂う我が家の夕べの食卓は格別でした。

今年の新米の味は感慨無量でした。

丁度、男子サッカーの試合もあり、得点がザックザックと入る試合でしたので…気持ちも高揚し、主人も私も珍しくご飯のおかわりをして美味しく戴きました。

今「TPP」のことが話題になっていますが…日本のお米、野菜、果物は最高だと思います。

私たちは、海外旅行の度に「日本の農産物はどこにも負けない。最高だ!」と思い続けていました。

日本のお米づくりは、弥生時代からのものであり、農法そのものが環境に優しく、自然の流れに逆らうことなく環境保全を守りながら日本文化と呼べるまでに育った歴史があります。

後は、この日本の素晴らしいお米の歴史を大切にしながら、強い農業を目指すことが何よりも大事だと思います。

私は、現在、民主党政権が行なっている農家戸別所得補償制度は将来に向け強い農業経営を目指す日本にとって、本当に良いことなのかという疑問を持っています。

これまでの日本の農政は国策として間違っていたのではないかという思いがあるだけに、競争力をつけて、強くて伸びる農業に舵を切る必要性があると思うのですが…でも、私は不勉強でTPPというものが本当はどのようなものなのか、解ってはいませんし、例えばTPPに参加したと仮定した場合、もたらす日本へのメリットが何であるかも解っていないというのが、正直なところです。

世の中の変化のスピードが速いだけに、乗り遅れたら大変という思いだけに捉われて方向性を間違ってしまったら困るなという気持ちもあります。

あらゆる角度からみて仮説を立て、いろいろ試行錯誤しながら最終的には国益を考えて判断することが大切だと思いますが、TPPに関しては、私も私なりにいろいろ調べてみるつもりでいます。

素晴しい秋空の下、これからも、美味しいものを食べて幸せを感じる気持ちを大切にしたいと思う秋日和を満喫している私です。

今日のガンディーの言葉「人間は自己の本性を実感し本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。反対の行動パターンは、自己の下降に引きずられる。」

投稿者 jizai3 : 13:50 | コメント (0)

2011年10月11日

大震災から7か月…


早いもので、3月の大震災から7ヶ月が経ってしまいました。

昨日も昼近くに余震があり、横揺れが少し続きましたので、大きな揺れになったらどうしようと思いましたが、その後揺れはおさまり…一安心出来ました。

あの日以来、揺れには敏感になったままです。

それに、これまでに何度も何度も大津波の映像を見ていますが…私は何度見ても恐怖を感じ、涙が出そうになり、胸が痛くなります。

私の友人も、先日一緒にワイドショーで報道された大津波の映像を見て、涙を流していました。

「この映像は何度も見ているのに、何回も涙が出るのよ!この映像に見慣れることは無いのかしらと思ってしまう…」と言っていましたし、佐世保の三男坊の嫁も「何回も大津波の映像を見ているのですが、いつも涙が出てしまう」と言っています。

本当に今更のように思い出されるのは、3.11前と3.11後の被災地で暮らす人の日常の大変化です。

特に福島第一原発事故で生活が急変した人々の失ったものの大きさを考えると胸が詰まってしまいます。

それから、最近、TVから流れる放射能物質の除染に関する問題の大きさを見せ付けられると、この原発事故が引き起こした問題の根深さを考えさせられます。

「除染」に関しては、年間追加被曝線量5ミリシーベルト以上の地域に加え、1ミリ以上5ミリシーベルト未満の地域でも国が除染には責任を持つと改めたようですが…中間処理場も未定、最終処分場も決まらないままに除染した土壌などがブルーシートを被せられて山積みにされ放置されている現状が、今後ますます増え続けるであろうことには大きな不安を感じてしまいます。

それに、一度の除染で済むのかどうかも疑問ですし、森林の除染などは雨が降ったりしても状況は変化するのではないかと思いますし…莫大な除染費用も大変気懸りなことです。

私から見て大震災からの7ケ月は、アッという間だったような気もしますが…今年の時間の経過は本当に特別です。

仮設住宅で暮らす人々の冬はもうすぐです。

TVから流れる、寒さを心配する避難所暮らしの人々の表情も不安そうですし、放射能汚染を心配して野菜等をセルフ測定所に持ち込む人の姿などを見ることも心配なことです。

家庭菜園でつくった野菜を心配してセルフ測定所に持ち込む人が多いようでしたが…私の周りでも家庭で野菜などをつくることを止めてしまったという人の話なども聞きました。

目には見えない放射能を恐れる人は多くなっているようですが、子どもや妊婦の方達は、多少神経質になっても仕方ないと思います。彼らには、出来るだけ安全な物を安心して食してほしいと思いますが…私たちぐらいの年齢の人たちには、むしろ何でも引き受ける覚悟を持ってもらうことも大切だと思います。

今日のガンディーの言葉「他の誰でも、重荷を軽くする人はどんな人でも価値が無い。」「我々は、何かを差し出そうとする時、自分自身の真なる部分を差し出さねばならない。」

投稿者 jizai3 : 15:58 | コメント (0)

2011年10月10日

高齢者の健康意識が高くなったという「体育の日」を迎えて…


「体育の日」に因んでか、65歳以上の高齢者の体力向上が顕著であるという文科省の年齢別体力調査結果(2010年度)が公表されました。

65歳以上の男女の健康意識が高くなっているということのようですが…とてもいいことだと思いました。

高齢者への調査は、開眼片足立ち、上体起こし、握力など6項目で調査を実施したようですが、65歳から79歳までの男女全てに於いて、1998年度から2010年度の調査発表では全ての項目で体力合計点が上回っていたそうです。(例えば、開眼片足立ち 65歳から69歳男性69.55秒―>85.64秒に65歳から69歳女性65.90秒―>85.21秒に75歳から79歳男性 42.92秒→50.92秒に75歳から79歳女性36.46秒47.23秒に。)

高齢者の方々が日常生活を通して健康への関心度が高く、スポーツを楽しむ高齢者が増えてきているからだと分析をしているようですが…私が通っているプールにもかなり年齢の高い方々が水着を来て入水している姿を見ますが、皆さんとてもいい笑顔で水遊びを楽しんでいらっしゃいます。

私は、整形外科の医師の勧めでプールでのウォーキングを始めたのですが…水中での膝への負担は軽くなるので痛みを感じることなく長時間歩くことが出来ます。

陸上とはまるで違います。

先日は路上を歩き過ぎて膝を痛めたという人に逢いましたが…私の先生は「歩くならプールでね!そうでなければ、早朝の小学校の校庭とかでね!」といつも念を押します。

背筋が強くなると平衡感覚はかなりUPしますし、身体を支える感覚が強くなります。

私も先日の診察で「背筋が強くなった」と褒められました。

「プールウォーキングの効果ですね」と言われたばかりです。

それから、腕立て伏せがとても苦手な私ですが、水中でなら、両サイドのバーを握って、それを支えにして両足を90度に曲げて前に出し、そのまま水の底に足をつかずに足を後ろに真っ直ぐに伸ばして水面に顔が着くぐらいにして共に10秒ずつ、10回繰り返す事が出来るようになりました。

支えとなるのはやはり背筋です。

プールは全身運動には最適だと思います。

プールには、私以上に年齢の高い方々がたくさんいらっしゃいます。

私が初めてプールに行った頃よりも高齢者の人数は確かに増えていると思われます。

プール教室の生徒は殆どが女性で男性よりも圧倒的に女性上位です。

プールは子どもたちも多いのですが、一番多いプール利用者は高齢者だと思っていましたので…今回の文科省調査は頷けるものでした。

元気な高齢者が多くなれば、医療費節減にも繋がりますし、子供たちや中高年者のことを精神面でも支えることも出来ると思いますから、今後、少子高齢化社会へ向かう日本は、元気高齢者をどんどん増やすようにして、地域社会の中ではまだまだ活躍できる環境にあることを再発見して、この高齢者のパワーをうまく活かすことを考えるべきだと思います。

社会的な束縛も少なくなり、時間も十分にある元気高齢者が活躍できる土壌をつくることも地域の重要課題だと思います。

私も高齢者への道、まっしぐらという年齢になっていますが、自分の健康づくりを一番に考えて嬉しい調査結果をきっかけにこれからも体力を維持出来るような日常生活を心がけたいと思います。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 11:44 | コメント (0)

2011年10月 9日

心癒される音楽を聴いて!


Blog写真は昨日の夕方いい音楽を堪能して帰る途中で見た沈みかける夕日です。

鮮やかな夕日はすぐに小さくなり撮影後にはもう見えなくなり付近が少し明るくなっているだけでした。



午後3時から美里町農村環境改善センター(南郷町)で行われた音楽会はリズム&ブルースを中心としたブラック・ミュージックの曲が多かったです。

「あきらめないオヤジ達」と遊ぶ会は音楽性が高く、タイロン橋本さんとヤヒロトモヒロさんのデュオ ・ライブはとても満足できるものでした。

タイロンさん幅のある温かい歌声は会場を包み込み、トモヒロさんのパーカッションも身近に演奏が楽しめるものでした。

後半の3曲はタイロンさんが作曲したものでしたが…ラスト演奏のラブソングは、メロディーが優しくてとても素敵でした。

奏者のお二人がアンコールに選んだ曲は、ルイ・アームストロングの有名な曲「what a wonderful world」でした。

タイロン橋本さんは、3・11以後に、この曲を歌うと胸が詰まって涙が出そうになると言いましたが…♪赤ちゃんの姿も、成長してゆく姿も…生きるって本当に素晴らしい♪と歌い上げる、今を生きている世界の素晴らしさを歌ったあまりにも有名な曲は本当に会場に居た人々の心に深く響きました。

一日明けてから「what a wonderful world」を再度聴いてみましたが…生きる素晴らしさを歌った名曲が胸に迫ってきました。

まだまだ、現状維持すら出来ていない現実の日常生活のことや、フクシマでの除染の問題など考えると本当に憂鬱になることばかりですが、それでも生きるって素敵なことだと信じながら生きてゆきたいものだと思います。

丁度、震災後、情報はラジオだけという時、私は「朝のラジオ体操」の歌を聴いて涙が出ました。

いつもなら当たり前に聴いていた歌詞…「新しい朝がくる 希望の朝だ!」という言葉が、その頃の私には特別なことのように思えてなりませんでした。

昨日の名曲も同じような気持ちで聴きましたが、歌っていると胸がいっぱいになってしまうというタイロンさんの言葉がとても理解出来ました。

辛い時や、悲しい時にもいい音楽は人々の心を癒してくれるものです。

今日のガンディーの言葉「事実、私共の生活の中は音楽でいっぱいであるべきです。それから、甘いメロディーは、唯一私共全ての行動に沁み込むようになっているでしょう。」

投稿者 jizai3 : 12:03 | コメント (0)

2011年10月 8日

松山の元気な秋を探しに…


素晴しい秋空の下で「子どもふれあい祭り」が開催されました。

年に一度、松山地域の大人も子ども楽しい時間を共に過ごせる地域をあげての一大行事がすっかり根を張りました。

子どもたちが喜ぶようなコーナーがたくさんあるので、選択の幅が広がって…今日もいつものように賑わっていっぱいの元気笑顔と出逢うことが出来ました。





いつも会場の大崎市松山公民館に行って思うことですが、子供たちは勿論のこと、子どもに同伴しているお父さんやお母さんたちも…そして、会場で協力をしているボランティアの地域の大人の方々の顔が大変活き活きと輝いていることが最高です。

同じ時間帯を、子どもも大人も高齢者も共に楽しめることが、地域の絆づくりにはとてもいい事だと思います。

合併後、元気を失くし、3・11の大震災で、又、元気を失くしてしまった松山地域ではありますが…今日の松山公民館には元気いっぱいの秋を満喫する笑顔がたくさん見られました。

地域の元気な未来をつくるのは、地域で暮らす人々であることがはっきりと伝わってくる大崎市松山地域の「子どもふれあい祭り」でした。

今日のガンディーの言葉「精神は、善良な人々の仲間がいなければ干上がってしまう。」

投稿者 jizai3 : 11:39 | コメント (0)

2011年10月 7日

内なる声に耳を傾けて生きることが大切なこと!


季節は、変わり行きの雰囲気をいっぱいに漂わせながら一路寒さに向かってゆくことを知らせている今日この頃です。

5日に死去したアップル社 スティーブ・ジョブズ氏のニュースが報道されていますが、大変有名な話、2005年6月にスタンフォード大学の卒業式に招かれたジョブズ氏が卒業生を前にして「三つの話」を語っている映像が繰り返し流されています。

15分間の話は「点と点をつなげること」「愛と喪失」そして「死」の話で、人生を凝縮した内容の濃い素晴らしい演説は今でも多くの人々の心に残っています。

最先端技術を駆使したハイテク産業の先頭にいながら、ヨガや仏教に傾倒していた青春時代を送っていたジョブズ氏は、デジタルの世界に生きながら「日本そば」を愛する人物だったそうです。

最先端で生きる天才は、意外とアナログ的な崇高な精神論を持ちながら、デジタルの世界にチャレンジし続けていたのだと思いました。

「内なる声に耳を傾けながら貪欲であれ、愚か者であれ」という言葉は、周囲の多くの人々と衝突をしながらも自分の信念を貫き、使う人のことを考え続けながら次々と素晴らしい商品を生み出した天才の大いなる共感を得る言葉でした。

米国で、この言葉をお守りのように唱えながら、毎朝会社へ向かったという方の話を聞いて…本当にすごい人だったのだなと思いました。

私が今、パソコンに向かっていられるのも、常に使う人のことを考えてくれたジョブズ氏のPC開発に対する情熱のおかげだと深謝しております。

それから、今朝のほとんどの報道は、昨日の陸山会事件で潔白を強く主張した小沢一郎元代表の初公判のことでした。

小沢氏は起訴への大きな怒りを表明し「直ちにこの裁判を打ち切るべきだ」と訴えました。

「民主主義国家では考えられない事」と言いながら司法へのすごい怒りと批判を強め、語気を荒げた怒りの形相を私たち国民に見せ付けました。

検察審査会の誤った判断で起訴されたのだから、直ちに裁判を打ち切るべきという主張に対してですが、私は以前「この件は、裁判で明らかにする」と公言していた小沢氏の言葉を受け止めていましたので…とても意外な気持ちになりました。

強気の司法批判の態度であることだけは伝わりましたが…国民の素朴な疑問には何一つ答えようとせず、むしろ、ご自身への過大評価が大変気になってしまいました。

69歳になってしまった日本の大物政治家と言われ続けた人物が...素晴らしい演説で人々を魅了したジョブズ氏と比較すると...私には、あまりにも小さく感じてしまいました。

今の私は、ただただ小沢氏に対して「どうぞ、ご自身の晩節を汚さないように!」と願うばかりです。

限りある命を生きるのは、今、生を受けている人、全ての人々に共通することです。

一人の人間として良く生きる為には、今を生きる人一人一人が、自分の内なる声にしっかりと耳を傾けることが大事と思える朝になりました。

今日のガンディーの言葉「人は、知覚と、そして、知覚を超える心の声を授けられている。しかし、両方とも自分自身の分野によっていずれも必要である。」「我々は、心の中の光で照らされなければ、正しいことは何も行うことが出来ない。」

投稿者 jizai3 : 12:19 | コメント (0)

2011年10月 6日

久しぶりのプールウォーキングで…



今日は、久しぶりにプールウォーキングへ出掛けました。

出掛ける時は少し小雨が降っていましたが、帰りは気持ちのいい秋風が爽やかで太陽が優しい顔を覗かせていました。

プールでは30名ぐらいの方達の「水中エアロビクス教室」が行なわれていました。

いろいろな動きを伴いながら、コーチの動きを真似て水中で身体を盛んに動かしていましたが…今日は珍しく中年男性が2人参加していました。

最後の方になると大きな音量で音楽をかけて、その音楽に合わせて身体を動かしますが、見ているととても楽しそうに見えます。

以前、係の方から教室に誘われたことがありましたが「私は、今、膝が痛くてプールに来ているのですが、マイペースでやりたいと思いますので..」と言いお断りをしました。

私はプールの中の水圧の強い所で膝に水を当ててマッサージをしたり、いろいろな歩きをしたり、プールの階段で上がり下がりしたりと自分のメニューを決めて、楽しんでいます。

今日は本当に久しぶりでしたので、約2時間近くプールにいました。

ギャラリーに戻ったら、膝がとても軽くなり、気分も良く、久しぶりの水中ウォーキングはとっても楽しく、主人は2回も採暖室(サウナ)に入り、歩きも軽快でしたが、昼寝の後には「肩がびりびりする」などと言っていました。

「プールの中では1時間、平気で歩けることがいいね!」と言いますが、水中だと無理なく出来る動きもいいと思います。

最近は、いろいろと考えさせられるような出来事も多く、自分が解放される時は「ボディーポテンシャル教室」の時だけと思っていたのですが、久しぶりのプールはBP教室と同じで、自己解放の時間だなぁーと思いましたし…水の中だといつもの自分では無く違う自分と出逢えるウキウキ感があります。

帰りのお買い物では何年ぶりかで昔の知り合いと偶然お店の中でお逢いしました。

「ご主人お元気そうね。大病をした人には見えないわ!あなたがいつも旦那様を元気にしてくれているのね」と弾むような声で褒められてしまいました。

「プールの帰りなんですよ」と言いましたら「そう、いいこと!これからも、お二人で仲良く暮らしていてくださいね」と言って下さいました。

明るいT子さんともお逢い出来楽しい時間を満喫出来てとても充実した一日でした。

今日のガンディーの言葉「自分の身体は楽器に似ている。その又、音、も楽器で忠実に表現される。」

投稿者 jizai3 : 18:26 | コメント (0)

2011年10月 5日

14歳の女子中学生が子宮頸がん予防ワクチン接種後に死亡(国内初)していたことを知って!


先日、或る方からの連絡で、日本国内で初めて子宮頸がん予防ワクチンで14歳の女の子が死んでしまったという事を知り…大変ショックを受けました。

2011年9月13日付の読売新聞に、ワクチン接種との直接的な因果関係は認められないと掲載されていましたが、この女子中学生には突然不整脈を起こす「心室頻拍」という持病があり直接の死因は不整脈と推定されていると報道されていました。

「サーバリックス」のワクチン接種後の死亡は今回が世界で5例目になるそうですが…因果関係がはっきりした事例は無いそうです。

子宮頸がん予防ワクチン接種の副作用で失神多発の記事は以前にも何度か目にしていましたが…国内在住の14歳の女子中学生が7月28日に接種を受け、30日朝に心肺停止の状態で発見されて、その後、死亡が確認されたという事実が本当に残念でなりませんでした。

私はこの新聞報道を見て、突然不整脈を起こす「心室頻拍」という持病がどのようなものかは解りませんが…不整脈の持病があることを知っている医師なら「強い副作用のある子宮頸がん予防ワクチンの接種は止めた方がいい。貴女には、負担の少ない子宮頸がんの検診の方がいいと思う」と、何故言わなかったのかなと思いました。

いつもそうですが…厚生労働省は医療事故が起きると必ず「因果関係は認められない」とよく言います。

でも、単純に考えて、子宮頸がん予防ワクチンを接種する前日までは、普通に中学校に通い、普通に日常生活を送ることが出来ていたのに、接種後に具合が悪くなり、翌々日の朝には心肺停止になり死亡に至ってしまったのであれば、ワクチン接種がこの女子中学生にはかなりの強いストレスになり、持病の不整脈を引き起こすことになって死亡してしまったと推察することの方が自然だと思えるのですが…現厚生労働省専門調査委員会の見解は、ワクチン接種後、すぐにその場で亡くならない限り、因果関係は認められないという事のようです。

親御さんのことを想像しただけでも胸が痛くなってしまいますし…14歳の女の子が自分の死を受け入れるなんて、きっと出来なかっただろうと思います。

その無念さを想いますと胸が潰れそうです。

この子宮頸がん予防ワクチン接種には、不必要でないかと思い、大崎市に対しては古川の内科医 佐藤荘太郎先生と一緒に「子宮頸がん予防ワクチン接種中止の要望書菜の花の広場 学習会)を提出していた経緯があるだけに…残念で残念でなりません。

「子宮頸がん予防ワクチン接種中止の要望書」提出後には、副作用で苦しむ女の子や死亡したりすることが無いようにといつも祈っていただけに…本当に心が痛みました。

女性の人生の中で最も癌になりにくい年齢の女の子・女子中学生が、子宮頸がん予防ワクチンを接種して命を落としてしまうとは…決して、あってはならない事だと思います。

今日のガンディーの言葉「もしも、関連性がなければ重要性のあることであってもその重要性を失います。どんな小さなことであっても、関連性のあることは重要性なのだということです。」

投稿者 jizai3 : 13:54 | コメント (0)

2011年10月 4日

人の命は限りあるもの…


昨日は午後から、仙台国立医療センターへ出掛けました。

入院中の私の叔父(90歳)の容態が急変したということで、駆けつけましたが…高速道路を下りてから少し迷ってしまいました。

道すがら、Blog写真・ススキが群生している川べりを通りました。

辺り一面、秋の気配がいっぱいに漂っていました。

叔父は、多趣味の人で、歌を唄うことが好き、社交ダンスが得意、油絵が上手、旅行が大好き、映画や音楽を愛する人で、楽しい会話が大好きな人でした。

友人も多くいつも叔父の周りには人がたくさんいるというイメージのある人でしたが…大腸がんや胆のうの手術の後もとても元気で、息子と二人で長期の温泉巡りなども行っていました。

「手術後は少し家にいた方がいいんじゃないの」と言ったりもしたのですが…「術後の養生だ!」なんて言いながら、あっちこっちの温泉に行き、鳴子温泉の帰りには私にところにも顔を出して、美味しそうにうどんを食べて元気に帰って行ったばかりでしたので、急変ぶりが信じられませんでしたが、昨日逢った時には本当に弱っていて、意識も混濁している様子でした。

癌の転移ということだそうですが…やはり90歳の高齢だからかしらと思いながらも、私は「解る?」と聞きましたら「うん、解るよ。京子」と答えました。
でも、その後の会話は、話すのも辛そうで、眠そうで、言葉も聞き取りにくいし、あんなに元気だった叔父の姿ばかりが浮かんできて…胸が詰まってしまいました。

病室を出る時には「最後のお別れを」と心に決めて、私は「さようなら」を言ってきました。

帰りの車中では、主人といろいろ話しをしながら、松島付近を通過する頃には「寿命だから…」という気持ちになり「叔父の人生はいい人生だったわよね。あのベッドに寝ている叔父を見て、人間って限りある命を生きているんだなって、つくづく思ったわ」と言いましたら、主人は「命が尽きる時って、突然亡くなる人は違うが、そうでない人は、枯れ木のようになって終わってゆくんだな。これまでに身に着けたもの全てをそぎ落として静かに枯れてゆくんだ」と言いました。

本当に枯れてゆくという表現が的を得た言葉として、素直に私の気持ちの中にスーと入って来ました。

今日のガンディーの言葉「人生とは不確かなものである。死は現実であり、確実な事である。」

投稿者 jizai3 : 17:08 | コメント (0)

2011年10月 3日

NPO法人 小牛田セミナー 講演会「脱原子力の可能性」のお知らせ!


2011年10月16日(日)午後1時30分より美里町公民館2f大ホールに於いて、NPO法人 小牛田セミナー主催の講演会「脱原子力の可能性」が開催されますのでご案内申し上げます。

講師は、長谷川公一氏(東北大学大学院文学研究教授)です。

今や、エネルギー問題は多くの日本国民の最大関心事になっているテーマです。

長谷川先生が、エネルギー問題について、これからの日本社会の在るべき姿を考えながら未来志向的な「脱原子力大国」への政策転換を提言するそうです。

*当日は資料代としてお一人様500円を頂きますので宜しくお願い致します。

*入室の際には整理券が必要です。整理券は美里町近代文学館(図書館)及び河北新報販売所(小牛田駅前販売所・本小牛田販売所・中埣販売所)にございますので、各自持参してから会場へお入り願います。

原子力の問題について、脱原発の方向性を極論だと批判する方々もまだいらっしゃるようですが…これだけの福島での原発事故が起きて、信頼していた安全神話が崩れ去ったことを考えますと国民の心情と致しましては、今後、原子力に頼らないエネルギーをと思うことは当たり前のことだと思います。

日本が何故、原子力を推し進め、核燃料サイクル路線にこれほどまでに固執しなければいけなかったのか。

核の廃棄物の最終処理が不完全なままであることを充分承知の上で、しかも国策として原子力事業を推進してきたのか。

原子力の専門家たちは、一度原発事故が起きればどれほど悲惨なことになるか知っていたのに、安全安全と言って国民を騙して安全神話を作り上げてきたのか。
その事に対して罪は無いのか…

私たちには単純な疑問があります。

3・11の時、震源地に最も近かった現在停止中の女川原発を今後はどのように考えなければいけないのか…検証と具体的な考察が必要だと思っています。

これからの時代を生きる私たち一人一人の問題としてご一緒に「脱原子力の可能性」の講演会を聴きたいと思いますので、是非ご参加願います。

今日のガンディー「無知を隠すことは、無知を増大させることです。しかし、心から無知を告白することは、いつの日か、無知が理知になるだろうという望みを与えてくれるのではないだろうか。」

投稿者 jizai3 : 11:16 | コメント (0)

2011年10月 2日

秋を感じさせる金木犀の香りと食卓に並ぶサンマの秋味…


今年初めて金木犀の香りを嗅ぎました。

夕飯の食卓には、今年も深い秋味のするサンマが並びました。

梨やリンゴや柿、ブドウなどの果物もとても美味しく戴ける季節になりました。

収穫の季節を迎え、いつものように美味しい秋の食べ物が戴けることに、今年は特別な思いで実りの秋の収穫物を目の前にしている私です。

昨日は叔母と久しぶりに長電話をしましたが、意外と声は元気で安心しましたが…3・11以来、身体が揺れる感じが治まらず通院をしているという事でした。

お医者さまからは「精神的な事。必要以上に怖がることをしないように。揺れた時にだけ安心な所に身を置くようにするといいですよ。後は、楽しいこととか、嬉しいことをして人とのお付き合いを大切にして下さい。」と言われると話していました。

高層マンションは、大丈夫と思っても、揺れのすごさに参ると言っている叔母ですが、一部屋だけ何も置かず、安全な部屋を確保しているそうなので、揺れが続くような時にはその部屋へいち早く避難するようにしているそうです。

「お風呂にも以前のようにゆっくりは入れなくなった。」とぼやいていましたが…4月7日、強い余震のあった2回目の夜、私もお風呂に入っていて怖い思いをしましたので、叔母の気持ちはよく解ります。

「入浴中に、今地震が来たら...」と思うことは時々ありますが、私の場合には、その時は、その時と考えるようにしていますし、一度体験しているので、大丈夫と自分に言い聞かせています。

叔母の周りには、3・11で職を失ってしまった若い人たちも多いそうで、倹しい生活をしている人たちのことをとても心配していました。

でも、これまで一度も話したことも無い人たちともよく話すようになったし、マンション暮らしの人たちとの繋がりが出来て、お互いによく行き来をするようになり、協力体制が出来たことが嬉しいと言っていました。

叔母は「これまでは、他人との煩わしい関わり合いだけはご免被りたいと思って生きて来たけれど他人とは助け合って生きることが一番!と思えるようになった。」と言っていました。

結婚を機に、田舎暮らしを選択した私のことをとても心配していた叔母ですが「他人との付き合いは煩わしさがあるぐらいが丁度いいのよ!松山の人たちと仲良くネ!」と言ってくれました。

私は自分の暮らしている松山地域が気に入っていますので、これからもこの地域の人々と仲良く暮らして行きたいと思っていますが…もう少し活気のある元気な地域になればもっといいのにと思っています。

東日本大震災で、物の考え方が変わったと答える人は本当に多いようです。

生き方の根幹を見つめ直す出来事は、人の在り方をも問い正すことになっているようです。

被災地で暮らす人たちは本当に大変な思いを体験しました。

それでも、今は、暗く沈んでいる気持ちの奥底をじーっと見つめて、その暗闇の中から一筋の小さな灯りを見い出せたらいいのにと思っている私です。

今日のガンディーの言葉「局面が本当に難しい時、信仰がテストされる。」「仕事が無い為、飢えている個人がいる限り、誰が単純な心で食することが出来ようか。」

投稿者 jizai3 : 11:17 | コメント (0)

2011年10月 1日

今日から衣替え!新鮮な気持ちで心新たに、新しい自分との出逢いに期待して…


今日から10月。

衣替えの季節に合わせて、新鮮な気持ちで素晴らしい秋空を眺めながら昼食前に大崎市松山文化丁区の裏通りを散歩しました。

庭の木々も紅葉をはじめ、色づいていましたし、小さな赤い実を見つけました。


今朝は、いつも購読している地元紙新聞が来ませんでした。

それは、購読をお断りしたからでした。

マスコミの在り方に大きな抵抗を感じて…Stopを決めました。

特に政治に関してのマスコミの力の大きさは皆さんも感じていると思いますが…実に大きな力だと思います。

政権政党と同じような力、いいえそれ以上の力をマスコミは持っていると思います。

そのマスコミが、時の市長に対して不利なことを一切知らせないという偏った報道の在り方に対して、私は怒りを感じました。

抵抗を表す為に、私は抗議mailを書きましたが、無しのつぶてでしたので…購読中止という判断をしました。

具体的なことは書きませんが…あの件だという事が解る方はたくさんいらっしゃると思います。

大震災前からの大きな問題になっていた大崎市の重要案件です。

原発問題に関してもそうですが、マスコミには物事をチェックするという役割もあると思います。

原子力に関しては、ろくな取材もしないくせに「安心!安全!」と多くの国民を信じさせたマスコミの罪は大きいと思います。

取り返しのつかないような事故を起こした福島第一原発事故を私たち国民は決して忘れないでしょう。

「正しい情報」ということを多くの国民は心から望んでいるのですから。

これらからの私たちは、正しい情報に基づいて将来の日本を背負う子どもたちにとって正しく信じられると思うことを決断しながら生きてゆくことが大切だと思います。

その為には小さなことでも行動を起こす勇気を持ちたいものだと思います。

おかしい時にはおかしいですよと言い、変なことには疑問を持ち、時には問いただす事も面倒がらずに行わなければいけないと思う朝でした。

でも、一生懸命に仕事をする人には心から「ありがとうございます」といつも素直に言える人間でありたいと思います。

今月誕生日を迎える私は新しい自分との出逢いに少しですが、期待しているのです。

今日のガンディーの言葉「自分の本当の価値を理解しようとせず、又、防御出来ることもしない人は、人生の中で、他の何を防御することが出来ようか。」

投稿者 jizai3 : 12:07 | コメント (0)