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2011年12月31日

真剣に「今を生きること」の大切さを教えてくれた2011年が幕を閉じようとしている静かな大晦日…


今朝の大崎市は、とても穏やかな雰囲気で一日がスタートしました。

東日本大震災という未曽有の災害に遭遇した特別で忘れられない2011年が静かに終わろうとしています。

この震災での教訓はあまりにも厳しすぎて、思い出しただけで身震いしますが…生涯私たちは2011・3・11の悲劇を忘れることは無いと思います。

巨大地震と大津波で尊い人々の命が奪われ、フクシマで起きた放射能問題と…あまりの不条理に私たち日本国民は戸惑い、苦しみ…悩みは尽きません。今もその気持ちには変わりはないと言った方が正しいのかも知れませんが、同時に政治の体たらくを見せ付けられ二重三重苦の中に陥れられたような気持ちでいっぱいです。

私が大震災後に強く思ったことは「人生は、今を真剣に一生懸命に生きるしかない」ということでした。

12月になってから、主人も私もかけがえのない人を亡くしました。

訃報を知ったばかりの頃は、大震災で生き残ったのに「何故」という思いを持っていましたが…人は誰もが限りある命を生きているのですから「今日という今を生きるしかない!」という思いが強くなりました。

日々の一生懸命さだけが、自分が信じることのできる未来に繋がるのだと思います。

それでも、不意の出来事で或る日突然にお別れをしなければいけなくなるかも知れないのです。

明日のことなどは誰にも解らないし、元の時間に時を戻すことも出来ないのですから、不安であっても私たちは前に進むしかないのです。

悲しんで過ごしても、笑って暮らしても一日一日の積み重ねだけが自分の真実なのですから…

東日本大震災は自分のこれまでの生き方を根本から問いただしました。

恐怖の体験、不自由な生活を強いられて感じたこれまでの当たり前と思っていた利便性の高い暮らし、地域の人々の思いやりと人の優しさ、震災後初めて入浴出来た時の喜び…生きていることの喜びを改めて感じ、当たり前の日常生活の大切さなど…大震災は、本当に多くの事を考えさせてくれました。

多くの犠牲者を出してしまった大震災の年が刻一刻と終わりに近づいていますが、来年こそは復興元年の希望が見える年であってほしいという願いで私の心はいっぱいです。

最後になりますが、今年1年JK-Blogを読んで下さいました方々に心からの御礼を申し上げて今年の締め括りとさせて頂きます。

皆様お揃いで良い年をお迎え下さいますようお祈り申し上げます。

今日のガンディーの言葉「運命と人間の努力との間には、長く続けられる葛藤がある。努力を続けよう。そして、その結果は神に委ねよう。」

投稿者 jizai3 : 12:10 | コメント (0)

2011年12月30日

今年も残すところあと一日だけに…

今朝は粉雪が舞い散る寒い朝でした。

私は自分が歩く分だけの道をほうきで掃いてつくり、ギャラリーに入りました。

自宅の室温は4度だけでしたが、ギャラリーの室温は8度もありました。

Blog写真は「歌えるギャラリー自在窯」営業開始時(正午)10分前の大崎市文化丁表通り・古川警察署松山派出所前の交差点です。

歩道には雪が積もっていますが、メイン道路には殆ど雪が無い状態です。

朝は冷え込んでいましたが、日中はお日様が顔を出しガラス越しの陽射しはポカポカです。

私たちが、年内にしなければいけない事はすべて終わりました。

本日は、今年最後のカラオケ店の営業日です。

「30日は忙しくて来れそうもない」と言っていた人もいましたが…私たちは準備万端整えてお客様に備えています。

いい音楽がいい音響で流れることにとても満足しています。

いよいよ今年も明日を残すだけとなってしまいました。

今年ぐらい早足で新しい年を迎えようとしている年は無かったように感じています。

私の周りでは、3月に発生した東日本大震災で大きな被害を被った東北三県の立ち直りを願いながら…もう、残りわずかな2011年は幕引きのカウントダウンに入りそうな気配になって来ました。

今日のガンディーの言葉「ナナクは言っている。『神はこの世の全ての人は、一つの家族であり、お互いが他の人の為に生きなけれならない』と。」

投稿者 jizai3 : 12:39 | コメント (0)

2011年12月29日

何をやりたいのかがまるで解らないことの難解さ

最近の日本の政治情勢を見て思うことですが、一体何をやろうとしているのか?~全く見えません。

原発事故が収束したと野田首相は言いましたが…嘘だと思っている日本国民が多いのに、平然と嘘をつく「冷温停止」などという言葉は原子炉が健全な時に使う言葉であることは誰もが知っていることなのに…何故、異常な状況にある原子炉に使うのかが私には全く解りません。

増税についても増税をして何をしたいのかが全く伝わってきません。

根本的に現在の政府発表は信じられないのです。

国民に信頼されない政府は本当にお気の毒だと思いますが…これが、今現在の正直な私の気持ちです。

これまでのような経済発展は無理だとしても、国家としての成長戦略は不可欠だと思います。

今年は東日本大震災に遭遇して、これまでの生き方を見つめ直した日本国民は多いと思いますし、悲しく辛い思いをした人々がたくさんいます。

そしてまた、今もその悲しみから抜け出せず、焦りながらも小さな灯りを求めて彷徨っている人たちもいるのです。

本当にこんな状況の時に日本の政治家たちはいったい何をしているのでしょうか?

権力闘争にうつつを抜かし、自己保身にばかり一生懸命で、頼りになる政治家は誰なのかさえ解らないままですし、この人物ならと思える人が見当たらないことも日本国民としては非常に寂しい事です。

政権交代をしても常に主導権は官僚にありということが明確になり、自民党政権も民主党政権も元は同じであることが国民にも解り、頭脳明晰な官僚に立ち向かうことの出来る国会議員が居ないことだけがはっきりした今はあまりおかしな事にさえならなければ由とすることがいいのかななどとも思ってしまいます。

大震災で大打撃を受けた被災地には敗北感だけが漂っているようで…やり切れない気持ちでいっぱいです。

野田政権は果たしてどのような日本を目指しているのでしょうか。

目標が定まらないままに、次々と選挙マニフェストには無かったことに着手する事には不安がありますが、マニフェストに在った事を反故にする姿勢には怒りが込み上げてきます。

選挙マニフェストが日本国民との契約である以上、契約違反に対しての罪は負うべきだと思うのですが…

民主党政権は、路線変更ならきちんと国民に向かって解るように説明をしてから「コンクリートからコンクリートへと路線を変更しました。」と言うべきだと思います。

又、自民党も嘗ては政権政党だったという誇りを失くし「反対!反対!」のただの野党に成り下がったままですし…政治には期待が出来ないという現実が大変恨めしいです。

今は、大阪に期待をするしかないのかなとも思いますが…本当に悲しいことだと思います。

今日のガンディーの言葉「間違っている知識に目をひからかそう。この知識は、真理を止め、真理を離脱させる悪い知識である。」

投稿者 jizai3 : 14:38 | コメント (0)

2011年12月28日

気懸りだった道路が補修されて…

とても気懸りだった我が家の裏通りがきれいに補修されました。

三浦内科・小児科医院と学習塾・東塾の突き当りにある大崎市立松山小学校の道路がきれいになり、大変安心しました。

通学路でもありますし、病院にいらっしゃる方々も多いので…大震災後からずっと気になっていたのですが、年末を機に補修工事が行われて歩きやすい裏通りになりました。

お散歩には持って来いの場所で、意外と人が行き交う道ですので危険な段差が無くなり本当に歩きやすくなりました。

この道には大きなマンホールなどもありましたが、周りがくぼんで浮き上がったような形になっていましたので「夜道は怖くて歩けない!」という声もありましたし、雪が降ると積雪の為に段差が解りづらくなり、ますます怖い道路になっていましたが…やっと、一安心出来ました。

学習塾には歩きの子供たちもいますので「転んだりしなければいいけれど…」と、いつも思っていたので本当に安心しました。

今日は、東塾の先生にも「裏道路がきれいになって安心した!」と言われました。

私たちにとって生活道路は身近ですから、整備をして頂いたことには心から感謝したいと思います。

東日本大震災の傷跡はまだまだ至る所に見受けられますが…少しずつでも修復が出来て、地域の人々が安心して元気に暮らせる日常を大切にできる新年を迎えたいと思っている私です。

今日のガンディーの言葉「良い考えは、香水のようだ。」

投稿者 jizai3 : 15:47 | コメント (0)

2011年12月27日

忘れられない2011年はもうすぐおしまいに…


今朝の起床時の室温は、4度しかありませんでした。

今年一番の冷え込んだ朝を迎えました。

最近の起床時間は6時ですから、これまでよりも1時間早い起床となっています。

温かいベッドから抜け出すことは本当に大変ですが、二度寝をしないように気を付け思い切って飛び起きるようにしています。

ギャラリーは外が氷点下になっても、いつも7度くらいはありますので意外と冷たい感じはしません。

Openしたばかりの店内にはお花がいっぱいで…毎日いい香りに包まれて生活出来ることがとても幸せです。

生花には、人の気持ちを落ち着かせる働きがあるようです。

水やり担当のM氏は毎日通ってきてお花のお世話をして下さっています。

お花のお世話をしているMさんを見てカラオケを歌いにいらした方々が「Mさんはマメだから。野菜などの育て方も上手だから…ネ」などと言っています。

まだ慣れない仕事ではありますが、いい音を聴きながら働けることが嬉しい私です。

東日本大震災という未曽有の大災害に負けたくないという気持ちで年内開店を決めた私たちですが…来年こそはいい年であるようにと祈りながら気忙しい年末を過ごしています。
今日のガンディーの言葉「本当の幸せは外部からは来ない。それは内部からのみ来る。」

投稿者 jizai3 : 10:50 | コメント (0)

2011年12月26日

12月最後の月曜日は雪降りで寒い一日に…


2011年の12月も後5日を残すだけとなってしまいました。

今日は12月最後の月曜日です。

朝一番に燃えるゴミを出し、そのまま大崎市古川にある宮城県合同庁舎へ出掛けて用事を済ませました。

その後帰って大崎市松山総合支所総務課へ行き提出文書をお願いしてから、買い物をしたりしてギャラリーに戻ってきたのは午後1時近くでした。

今日は、或る人から、以前親しくさせて頂いていた人が亡くなったという話を聞き…ショックを受けました。

彼女が入院中だということは知っていましたが…それほど悪いとは思いませんでしたので、信じられませんでしたが、秋口から食事も摂らなくなったそうでだいぶ衰弱したそうでした。

私は、ギャラリーにある奥まった部屋に行き、仲間たちと撮ったK子さんのにこやかな写真に手を合わせました。

K子さんには、私が松山に嫁いできた時にいつも優しく声をかけて頂き、その後、同じ趣味の会で長いことお付き合いをさせて頂いておりました。

具合を悪くしたと聞いてからは一度も逢わずじまいでお別れをすることになってしまいましたことが残念ですが「別れは、ある日突然に…」という言葉がぴったりの状況になってしまいました。

そしてまた、K子さんのことを「歌えるギャラリー自在窯」にお誘いすることがもう出来なくなってしまったと思ったら、急に寂しさが込み上げてきました。

それにしても、初めての金・土・日と三日間の営業を通じて思うことは...陶芸の店だけではお逢いすることが出来ないだろうと思う方々とカラオケを通じて知り合うことが出来たことは大きな喜びでした。

小さな共同体には優しい気持ちの方々がたくさんいらっしゃいます。

それに、お顔だけしか知らない方にも「小野寺さん、カラオケ店の開店おめでとうございます。地域にとってはとてもいい事ですね。頑張ってくださいね!」というような言葉をたくさんかけて頂いています。

今日はカラオケなしで、これからも楽しく頑張りたいと思う気持ちで一日を過ごしながら、K子さんのにこやかな笑顔ばかりを思い出す一日となってしまいました。

今日のガンディーの言葉「人は知覚と、そして、知覚を超える心の声を授けられている。しかし、両方とも自分自身の分野によってはいずれも必要である。」

投稿者 jizai3 : 17:50 | コメント (0)

2011年12月25日

ホワイトクリスマスの朝を迎えて!


今日は12月25日・クリスマスです。

うっすらと雪が積もってホワイトクリスマスの朝を迎えた大崎市松山です。

昨日、いらした方々にも気持ち良くカラオケを楽しんで頂くことが出来て「歌えるギャラリー自在窯」としては満足できる開店二日目でした。

金・土・日と週三回のカラオケ店が定着するまでにはまだまだ時間がかかると思いますが「フランク永井歌コンクール」実行委員会の仲間達は、入れ替わりで顔を出して「歌えるギャラリー自在窯」に集まる人々を温かく見守ってくれますので、私たちはとても心強く思いながら歩き始めたばかりの陶芸とカラオケの仕事に勤しんでいます。

今年は12月30日(金)の営業がラストとなります。

私たちは東日本大震災の被害に遭った年にカラオケ店を開店することが出来て本当に良かったと思っています。

これからは、地域の特性を活かしながら地域を愛する人々が集って、元気な人々が元気な日常を楽しく送ることを一番に考えて生きて行くことが大切なことだと思います。

そして、その中でそれぞれに自分が出来ることを考え、それを実践しながら周りの人々と楽しく活き活きと生きて行くことが良い事だと思います。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 10:55 | コメント (2)

2011年12月24日

開店2日目・今日はクリスマスイブ!

昨晩、ギャラリーから帰る時には雪が降っていましたので積もるかなとも思いましたが今朝は雪のない朝になり、ガラス越しの陽射しは暖かです。

開店二日目ですが、開店初日の疲れも無く、私たちは今朝も元気に起床しました。

開店までの方が大変でしたので...いざ、始まってしまうと意外と流れはスムーズで、あっという間に終了の午後6時になったという感じでした。

 

「歌えるギャラリー自在窯」にはお花がたくさん届き...店内はいい香りに包まれています。

でも、すぐにお水がなくなってしまうので水やりに大忙しです。

主人の同級生のM氏が当店のお花の水やり担当ですが、あまり似合わないところが大受けしています。

上の写真は、いつもお世話様になっている松山地域のA美容室からの贈り物ですが、近づいただけでいい香りに包まれてしまいます。

青いバラの色がすごくきれいで、香りが良く大変きれいにアレンジされています。

今日は、クリスマスイブです 。

「クリスマス寒波」がやって来ると言われていますが…今夜も雪が舞うのでしょうか。

今日も張り切って楽しい一日になることを祈りながら新カラオケ店はスタートします。

今日のガンディーの言葉「事実、私共の生活の中は音楽でいっぱいであるべきです。それから、甘いメロディーは、唯一私共の全ての行動に沁み込むようになっているのでしょう。」

投稿者 jizai3 : 13:16 | コメント (0)

2011年12月23日

歌えるギャラリー自在窯Open!!

天皇誕生日の祝日に大崎市松山地区の「歌えるギャラリー自在窯」がOpenしました。

正午から、午後6時までお客様が次々に来て下さいました。

皆さんニコニコの最高の笑顔で楽しく歌を歌って下さいました。

フランク永井の曲を歌う人、演歌、ポップス、懐メロ…開店初日、多くの人たちと楽しい時間を過ごしました。

今、私たちは歌を歌うことで地域が元気になってほしいという思いでいっぱいです。

今日のガンディーの言葉「人生は、死ぬまで毎日新しくなる。この知識は我々精神向上するよう手を差し伸べるべきである。」

投稿者 jizai3 : 16:06 | コメント (0)

2011年12月22日

喫茶店営業の許可書を頂いて…


今朝早くに、宮城県大崎保健所より電話があり「喫茶店営業の許可書がおりましたので受け取りにいらして下さい」と言われ、午後から保健所へ出向き…頂いて参りました。

7年間の有効期日が記載されています。

いよいよ「歌えるギャラリー自在窯」は、明日開店いたします。

誘導灯も設置出来ましたし、看板の付け加えの文字も目立つようにつけて頂きました。

それでも、何かしらの忘れ物があるようで気持ちが落ち着きません。

何かを行う事は大変だという気持ちはありますが、心がウキウキすることも本当で喜びも感じていて…充実感が何とも言えません。

「フランク永井歌コンクール」の開催地で、皆様方と共に楽しく集える場所を提供できるように努めたいと思いますので宜しくお願い申し上げます。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 17:09 | コメント (0)

2011年12月21日

保健所の検査も済んで!

今日は「歌えるギャラリー自在窯」のOpenに向け、午前10時から大崎市保健所食品衛生監視員の検査を受けました。

一つ一つの項目に沿って喫茶店営業の認可を受ける為に丁寧に見て頂きました。

改めなくてはならないところなどの指摘も無く、スムーズに検査を終えることが出来ましたが監視員からは「何もかも初めての事、前例がないので…」と、又、言われてしまいました。

私は「地元で生まれ育った陶芸家が陶芸店を営み、お客様には陶芸作品を見ながら大いにカラオケを歌って頂くということなのです。何せ此処はフランク永井さんの故郷ですし『フランク永井歌コンクール」の開催地ですから』と説明をしました。

丁度その時、℡が鳴り県外からご出場なさるSさんが「俺ね、コンクールで歌う曲目を忘れてしまって...教えてもらえませんか?」ということでした。

私は、早速プログラムを見て「今回お申し込みの曲目は東京午前三時ですよ」とお伝えしましたが、Sさんは第1回目からご出場なさっていらっしゃる方で、フランク永井さんの名曲をいつも歌い継いで下さっている方です。

「フランク永井歌コンクール」の主役は、フランク永井の曲を歌って下さる出場者の方々です。

ご出場して下さる方は、私たちフランク永井歌コンクール実行委員会の開催主旨を最も理解して下さっている方々なのです。

私の℡の話を聞いて保健所の監視員の方は「フランク永井の故郷でのカラオケ店だからいろんな所からお客様が来るかも知れないですね!」と、最後にはとても嬉しい言葉を残していって下さいました。

私には、まるで早めに来て下さったサンタクロースのように思えてしまいました。

後は、フロアーにもう一つの誘導灯を付けることと、看板に「歌える」と「カラオケ」とつけ加えるだけでOKとなりました。

今日は午前中に地域の鎮守様・羽黒神社お世話役・氏子総代のO氏が「歌えるギャラリー自在窯」の神棚掃除に来て下さいました。

「自在窯&ギャラリー」を建築した大崎市松山地域の大黒工務店には今年中のOpenということで無理ばかりを強いて本当に申し訳なく思っていますが、棟梁が造ってくれた陶芸ギャラリーを充分に活かしながらカラオケが楽しめる場所を提供することが出来そうで、私たちの希望どおり「フランク永井歌コンクール」の延長線上あるカラオケ店としてOpenの日を迎えられそうになりました。

Open前に音響チェックにいらしている方達も皆さん大満足の様子で、主人の同級生などはアルコールなしで歌うことに多少の戸惑いはあるものの、いつもより丁寧に歌っていて、私にはすごく上手くなったように聞こえますから、私は「今まで聞いた中で一番上手いよ!」と褒めていますが…ベロンベロンで歌う歌よりもホント数段上手いです。

こうして私たちは、地域の方々に助けられながら、12月23日(金)正午にスタートする「歌えるギャラリー自在窯」の開店を待つばかりとなりました。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 14:43 | コメント (0)

2011年12月20日

だいぶ雰囲気が変わった松山のギャラリーと来春3月歌コンのチラシ…

大崎市松山「自在窯&ギャラリー」の店内の雰囲気がだいぶ変わりました。

大型のカラオケ用のTVが設置されています。

「歌えるギャラリー自在窯」開店を知らせる新聞折り込みチラシが、今朝地域内の新聞に入りました。

明日は、保健所の検査があります。

今日は、妹が仙台から来てくれてOpenを直前にしたお掃除を手伝ってくれましたし、主人の同級生のMさんと東塾進学教室の塾頭も授業前まで半袖姿で窓拭きをしてくれました。

おかげ様で、とてもきれいになりました。

毎日少しずつやっていたつもりですが…開店を前にして大忙しで、本当に今日は助かりました。

労働の後のお茶はとても美味しく、清々しい気持ちでした。

ここまで漕ぎ着けるのにいろいろな方々の協力があり、76歳と63歳の高齢コンビ経営者は皆さんに助けて頂きながらやっとOpenに辿りつけそうです。

今日「歌えるギャラリー自在窯」には1年延期になった第4回「フランク永井歌コンクール」のポスターも貼り出しました。

昨晩は午後7時から歌コン実行委員会があり、来春3月へ向けてみんなでいろいろな協議をしました。

歌コン実行委員会のスタッフは全員、来春3月を目標に頑張る覚悟でおります。

入場券をもうすでに購入している方は、そのままお使い願いますが…1月5日から前売り券(1,000円)販売を開始することが決まりましたので宜しくお願い致します。

第4回「フランク永井歌コンクール」開催日時は、2012年3月17日予選会・18日決勝大会。会場は大崎市松山体育館です。

1年延期となった第4回「フランク永井歌コンクール」は、被災地宮城県大崎市松山地域から東日本大震災復興祈願として開催することを目標にしておりますのでどうぞ宜しくお願い申し上げます。

今日のガンディーの言葉「喜びも悲しみも、お互いに連続して生じる一組のものであると同様に、人生の中で生じる全てのことの真相である。結果として心の中に本当の平和を持つことにより、反対の組み合わせを克服するに違いない。」

投稿者 jizai3 : 19:44 | コメント (0)

2011年12月19日

「歌えるギャラリー自在窯」12月23日(金)正午12時 Open!

東日本大震災後には、すっかり元気を失くしてしまった大崎市松山地域ですが~"歌でストレス発散!今日も明日も元気で!!~をスローガンに「歌えるギャラリー自在窯」をOpenすることにしました。

「フランク永井歌コンクール」の開催地である大崎市松山地域は、大崎市松山まちづくり協議会主催(フランク永井実行委員会)で、地域の方々の協力を得ながらフランクさんの名曲を次世代へ繋ぐ地域事業に励んでいます。

第4回「フランク永井歌コンクール」は、大震災で1年延期となりましたが、2012年3月17日予選会・3月18日(フランク永井の誕生日)決勝大会を開催することが決まりました。

フランク永井の故郷で、歌が大好きな方々に大いにカラオケを楽しんで頂きたいと思います。

まるで、スタジオで歌を歌っているようないい音響(㈱東北第一興商)で、カラオケを楽しむことが出来ます。

大崎市松山の自在窯&ギャラリーは、地元の誇りであるフランク永井さんが昭和の時代に多くの人々に夢や希望を与えたことを見習い、大震災を体験しても負けないで大好きな歌を歌っていつも元気でいてほしいと思っています。

いい音楽は人々を力づけ、いつも私たちを励ましてくれます。

○営業時間:週三回(金・土・日)正午12時~午後6時まで    

○利用料金:大人1,000円(ソフトドリンク付き)

地域内の小中高生500円(ソフトドリンク付き)

○持ち込みOK! 但し、お持込みした物に関しては全て責任を持ってお持ち帰り願います

○アルコールはOUT/店内禁煙です

*開店記念品進呈=辰砂小杯と当店オリジナルアートカレンダー

お問い合わせ:自在窯&ギャラリー大崎市松山文化丁 ℡0229-55-3735

今日のガンディーの言葉「精神は、善良な人々の仲間がいなければ干上がってしまう。」

投稿者 jizai3 : 17:52 | コメント (0)

2011年12月18日

すけっと役の官僚がいないと何も出来ないという被災地職員の哀れさを知って!

今朝の報道番組を見て知ったことですが、大震災後被災地には多くの霞が関在住の優秀な官僚たちが副市長とか、責任のある重要な職務について働いているようです。

被災地のすけっと隊として働いて下さることには大いに感謝申し上げますが…今日は平野復興大臣の言葉の中に大変気になる文言がありました。

被災地に派遣された優秀な官僚たちは、地元被災地在住の職員たちが、補助金や交付金などに関して「これは、使えるお金ではない。」と判断したものを「もっと知恵を出しましょうよ。」と言って拡大解釈などをして文書を作成して申請し国からのお金を引き出していました。

平野復興大臣もこのような事が出来る官僚の姿を優秀だと認めていらっしゃるようでした。

でも、私はすごく変だと思いました。

復興に関する第三次予算なども、拡大解釈などしないで被災地の裁量でもっと自由に使えるようにすべきだと思いました。

拡大解釈をしたり、文章作成能力でもらえたりもらえなかったりすることの方がずっとおかしい事だと思います。

ずば抜けた作文能力を持つのが官僚たちと言われている所以が浮き彫りになった瞬間だと思いましたが、復興大臣までもがそれを認め、誉めたてるような発言をしたことに私はがっかりしました。

東日本震災で本当に地方の事を解っているのは地方の自治体職員の方で霞が関の官僚たちではないと思います。

自治体職員の誰もが簡便に申請することが出来て、自治体の裁量で復興に対して自由にお金を使えることの方が自治体にもいい事ですし、地域住民は大変助かるのです。

先日、私たちの大崎市松山文化丁区に23年度の松山地域除雪作業についてのお願いという文書が配布されました。

大震災で松山地域も大規模な被災を受けて道路の破損やマンホールの隆起など様々な被災が見受けられ、未だ復旧が落ち着かない状態ですので、このような状況下での除雪作業は大変危険を伴うものですので、市としましても危険を冒してまでの除雪作業をお願いすることは出来ません。その為、除雪が行き届かない箇所が多く出てくるものと思われますのでご迷惑をおかけするかと思いますが、何卒ご理解とご協力を頂きますようにと書かれていました。

地域住民の中で、雪が積もっても歩いて行動する人たちはどうしても歩道を歩かなければなりません。

雪の無い時でも、大震災後のでこぼこ道で転んでしまったという方の話を聞いていましたから、雪道となると本当にどこが凹んでいるのか、隆起しているのかも解らず...考えただけで心配になってしまいます。

東日本大震災前から、地方自治や地方分権の重要性が叫ばれていましたが...今朝の復興大臣の発言を聴いた限りでは地方自治や地方分権は絵空事だと思ってしまいました。

被災地に権限と財源を渡してしまったのでは霞が関の権限が無くなるとでも思っているのかも知れませんが...同時に被災地の住民が頼りにしている自治体職員の哀れさを感じてしまいました。

全てが後手後手と遅れる理由もそのような所にあるのかも知れませんし、合併をして元気を失くしてしまった小さな共同体の悲鳴がますます悲痛なものになるようで忍びない気持ちでいっぱいです。

千年に一度の大災害なのですから、千年に一度の思い切った政策を打ち出す日本政府であってほしいと願っているのですが...

国会議員たちが発する、しわ寄せやツケはいつも国民にという考え方は間違っていると思います。

国民に何かを要求する時には「隗より始めよ!」で、まずは国会議員・自らが身を切ることをやって見せるべきです。

私にとって今回の大震災ではっきりしたことは、悲しい事ではありますが政府や国会議員は信用出来ないという悲しい現実でした。

今日のガンディーの言葉「全てが自分の分野では正しく、そして、適切である。しかし、其れは、自分の分野以外では、全てのことが不適合である。」

投稿者 jizai3 : 17:22 | コメント (0)

2011年12月17日

今年一番の冷え込みを体感して...


今朝は今年一番の寒さでした。

起床時の我が家の室温は5度しかありませんでした。

雪がうっすら積もった寒い朝を迎えました。

木々に降り積もった雪がきれいに輝いていました。

いよいよ本格的な冬が足音を忍ばせて私たちの地域も近づいてきたようです。

寒さが厳しい中で、今「原発の輸出問題」が話題になっています。

私は、この話には大きな疑問を感じています。

確かに利便性の高い生活を享受している私たちが大昔のような日常を送ることなどはもう出来ないことだとは思いますが...今回のフクシマで起きた原発事故は、これからのエネルギー問題を日本人全員が真剣に考えなければいけない事であり、国を形づくる上での重要な問題だと思います。

私たちも大震災後、自分たちの生活の在り方を何度も見つめ直し、節電を心がけたり、無駄なことをしていないかなど...反省もしました。

しかし、3.11の東日本大震災に発生したフクシマの問題は原子力が一度事故を起こせば、9ヶ月以上経過しても事故の収束は出来ずに、原発事故の後遺症に脅えながら日常を送らなければいけない人がたくさん存在することや、どのくらいになるかさえ解らない気が遠くなるような賠償金額の問題、何十年も故郷へ戻れなくなる人の生活の問題や、教育問題や雇用問題、除染や汚染処理の問題、健康被害への危惧...今回の原発問題は日本の国の根幹を揺るがし、今も多くの恐怖を与え続けている大変深刻な問題で、本当に安心して生活出来る日は来るのだろうかと日本中を大不安に陥れてしまった放射能被曝事件だと思います。

まだ何も解決もしていない現状で、他国へ日本の原発を輸出しようなんて本当に無謀な事だと思いますし、このような考えは間違っていると思いますし、輸出など決してすべきではないと思います。

フクシマの人々の苦しみを考えたら...他国への輸出など出来るはずが無いと思います。

身の程知らずというか、恥知らずというか...輸出を考える人は、たとえ頭脳明晰であっても厚顔無恥な人種だと思います。

これからの日本国の原発依存度はきっと下がると思いますし、原発でないエネルギーへのシフトが自然な世の流れだと思います。

勿論、今のままでいいわけではありませんので安心安全への更なる努力は、全ての原発が廃炉へ向かうまで必要不可欠の科学技術だとは思いますが、これだけの大事故を起こした日本は原発輸出はすべきではないと思います。

大震災は春に起こりましたが、季節はもう冬です。

被災地では、大震災後の初めての冬に対して、人々は復興祈願を心に誓いながら目の前に迫っている厳しい季節を受け入れようとしているのです。

真の謙虚さを忘れた日本人は醜い日本人だと私は思うのですが...

今日のガンディーの言葉「人間は自己の本性を実感し、その徳目に従うようになって立ち上げる。反対の行動パターンは、自己の下降に引きずられる。」

投稿者 jizai3 : 11:34 | コメント (0)

2011年12月16日

大崎市にも初雪が…

大震災の被災地・大崎市にも初雪が降り始めました。

午前9時半頃の大崎市松山文化丁区表通りの映像です。

古川警察署松山派出所の駐車場にもうっすら雪が積もり始めていますし、東日本大震災で被害を受けでこぼこになってしまった歩道にも雪が積もり始めました。

寒い夜道などはますます歩きにくくなりそうで…心配です。

今日は朝から大忙しですが…それぞれの仕事をする人たちは、寒さなど気にする素振りも無く手際よく作業を進めています。

あと1週間は忙しい日々が続きそうですが…今は、私たちの新しい人生の第一歩に向かって唯々前進中です。

今日のガンディーの言葉「人生とは、浮かれ騒ぐ事ではない。いや、むしろ、人生は神を理解しようとすることであり、人間性に役立つ為にある。」

投稿者 jizai3 : 10:12 | コメント (0)

2011年12月15日

忙しい一日を過ごして…


12月も丁度半分を過ごしてしまいました。

「今年も残りわずか!」という言葉が真実味を帯びて耳に入って来る時期となりました。

今日も朝は相変わらずの寒さでベッドから起き上がるのに、目は覚めているのにお布団の温かさから思い切って抜け出るのに時間がかかってしまいました。

でも、日中は暖かくてギャラリーのストーブを全て消しても窓越しの陽射しはポカポカで寒さ知らずの半日を過ごすことが出来て、得をした気分になりました。

今日は朝から忙しくて午後5時過ぎ頃になって、やっと人の出入りが無くなりましたが…楽しい人々との会話は弾みとても充実した時間を過ごすことが出来ました。

この季節になると何となく気忙しくなり、落ち着かなくなってしまったりして、やるべき事ばかりが多くなり、一生懸命にやっているのに片付かなくて途端に要領が悪くなってしまったように思うことが多くなります。

今年も、私は気懸りなことを手帳に箇条書きにして、終わったらチェックマークを付けて、自分のすべきことを目に見える形にしておき…出来るだけ焦らない自分でいられるようにしています。

チェックマークが多くなれば仕事が順調に推移していることになるので…それが解ると少しずつ安心出来る私になれるのです。

最近ではチェックマークが少しずつ増えてきましたので、何となく気持ちが穏やかになって来ました。

忙しさに振り回されずに、忙しささえも楽しめるようになったら自己教育力が高まった証拠なのですが…難しいですね。

自己コントロールは決して容易ではありません。

明日も私の予定ではすごく忙しい一日になりそうですので与えられた時間を上手に使って、忙しさの中にもゆとりを感じることの出来るような一日にしたいと思い、明日の為の準備に備えたいと張り切って今日の日のエンディングに向かっているところです。

今日のガンディーの言葉「人は、自分の思うとおりの人間である。」

投稿者 jizai3 : 21:09 | コメント (0)

2011年12月14日

新しい年を迎える準備は…

今朝は、起床時の室温が7度と今年一番の寒い朝を迎えました。

朝7時の室温でしたから、本当に本格的な冬がやって来たという感じで…私は急いで暖房器具のスイッチを入れました。

でも、ギャラリーの窓から入る陽射しは暖かく、しかも、いいお天気で冬空は澄み切ってきれいですし、室内はポカポカで心地良く居眠りには最適な環境となってきました。

午前10時過ぎに松山地域の鎮守様である羽黒神社の禰宜さんが、年末になると毎年必ず持って来て下さるお年神さまの御神徳とお札を届けて下さいました。

毎年私は、このお年神さまのご神徳とお札を目にしますと、新しい年がやって来るのだなという心境になり、気持ちが引き締まるような感覚になっていました。

大年神:スサノウオノオオミコトのお子様で、一年の幸をいただく神さまです。~~と記されています。

きっと、毎年同じことが書かれているのでしょうが…まるで今年はいつもと違う気持ちで御神徳の文章を見ました。

「一年の幸をいただく」という言葉が目に入った時に、私は胸がいっぱいになりました。

そしてまた、同時に素晴らしく謙虚でいい言葉だと思いました。

大震災後の人生を生きる私たちは、何よりもこの謙虚さを忘れないで生きることが大切なことだと思いました。

東日本大震災は、私たちにいろいろな教訓を与え、立ち上がれないかも知れないというような気持ちを抱いてしまうような大変厳しい試練も与えていますが…それでも謙虚な気持ちを失わずに粘り強く生きて行きなさい、過去の先人たちがしてきたようにと…私たちを見守っている大いなる者は言っているような気がしてなりません。

生ある限りは何事にも負けないで、転んでも、転んでも、諦めないで、又、立ち上がって生きて行きたいと強く思う年末を間近にした午後の一日を私たちは愉快な仲間たちと過ごしています。

今日のガンディーの言葉「高きより下に流れる水の如く、本来謙虚である人の謙虚は、水の如く世に良き流れを与えているようになる。」

投稿者 jizai3 : 12:41 | コメント (0)

2011年12月13日

子どもたちがいつも楽しみにしているクリスマスが近づいて…

今年も、子供たちが心待ちにしている楽しい冬の行事であるクリスマスが近づいています。

今年は、春には東日本大震災があり、幼い子供たちもあの巨大地震の揺れを大人同様に体験し、又、大津波に襲われた沿岸部の被害を目の当たりにして、フクシマで起きた放射能の被曝問題を心配しながら移り変わる季節を過ごして来ました。

今、私は子供たちに、せめてクリスマスぐらいは楽しい雰囲気で迎えさせてあげたい気持ちでいっぱいです。

平穏に年の瀬を迎えることが如何に大事なことか、今年ほど思い知らされた年は無かったように思います。

平和な日常が決して当たり前でないことを東日本大震災は私たちに多くの恐怖を与えながら伝えました。

私たちは、この教訓を毎日の生活を送る中で一つずつ活かして行けるような真面目な限りある人生を送らなければいけないと思います。

そして今私は、小さな心ときめく楽しい時間をたっぷりと味わって生きる喜びを数多くの日本中の子供たちに与えられたらいいのにと思う、寒い一日を過ごしています。

 

 

 

今日のガンディーの言葉「『格言の樹木を見よ』という事は、人の心に止める価値がある。樹木は、太陽の心を宿し、涼しい影を我々に提供する。我々は何が出来るだろうか。」

投稿者 jizai3 : 11:28 | コメント (0)

2011年12月12日

生活習慣の中で大事なことは、身体を冷やさないことだそうですが…


今日は、午後から内科の先生の話を聞く機会がありましたが...「特に女性は生活習慣の中で気を付ける事は、身体を冷やさないようすること。身体を温めるキーポイントは食事と運動の二つ。」という事でした。

大きな筋肉を使う下半身の運動がいいですよということですが…簡単にできるのが「もも上げ運動」だそうです。

背筋を伸ばして立って片足を上げる運動。*壁などに手を添えてもいいから左右交互に行う。(10回×3セットずつ)

それから、腕上げ運動。

両手をゆっくり上に伸ばし、下に手を下げた時には手のひらを前に向け目線は真っ直ぐ前を向いて行う事だそうです。(10回×3セットずつ)この運動は背中を丸めないようにするのがコツだそうです。(椅子に掛けて行ってもいいそうですが、目線を下にしないで真っ直ぐにして行うと効果的だそうです)

食に関しては、食材の性質を意識して食べることが大事だそうです。(身体を冷やすものは温めて食べるようにすると良いそうです)

根菜類は、北方産のものが身体を温めるそうです。

硬い食感のあるものが身体を温める効果があるそうです。

酢をとり過ぎないようにして、塩分を上手く摂るようにするといいそうです。

ビール、ウイスキー、白ワインは身体を冷やすので控えめにして、日本酒や赤ワインがアルコールとしては身体を温めるそうですが...飲み過ぎはいけないそうです。

良く考えながら、先生の話を聞いてみますと頷けるところがたくさんありました。

小さなことでも根気よく継続して行う事によって冷えを溜めないようにする事が出来るようですから、私も今日から実践するつもりですが、無理なくできるものが長続きしそうですね。

今日は午後から、お久しぶりに大好きな方々ともお逢いすることが出来て、短時間ではありましたがお元気そうなお顔を拝見することが出来てとてもいい一日の締め括りとなりました。

今日のガンディーの言葉「認識の試金石は、自分と自分をつくってくれた造成主の間の真実な調和の中に存在している。」

投稿者 jizai3 : 16:40 | コメント (0)

2011年12月11日

大崎市松山文化丁区で開催の年末、年始の防火・防犯講話会に参加して…


今日は、午前10時から大崎市松山文化丁区公民館に於いて区主催の年末、年始の防火・防犯講話会が行われました。

参加人数は少なかったですが、今日はあの大震災から丁度から9ヶ月目。

初めに佐々木区長が挨拶をしてから始まりました。

古川消防署からお二人の所員が駆けつけ東日本大震災の記録映像(ノーカット版)を見せて下さいました。

マグニチュード9,0の恐怖が甦ってくる映像は、人々の日常が一時に破壊されてゆく瞬間を捉えていました。

特に、大津波によってのみ込まれてゆく町の様子を見つめることは本当に辛い事ですが、誰もが目を瞠って映像を凝視しました。

雪が舞い散る中で、海上が炎上してゆく様子や、高台へ避難しながら住宅地なのか、海なのかまるで区別がつかなくなっている自分の故郷が破壊される様子をただ見ていなければいけない人の気持ちを思いながらひきつけられるように映像を見つめ続けました。

何度も見ている光景ではありますが…何も出来ない人間の無力さを思い知らされる場面が多く、本当に辛く胸が痛くなりますが私たちはこの大震災の被害を生涯忘れてはいけないと思いました。

南三陸町、石巻、気仙沼、亘理町、名取市、多賀城市と宮城県内の惨状が記録化された映像は、想像を超える大津波の恐怖を映し出し、強烈なメッセージを我々に伝えていました。

続いての映像は「火災」についてですが、高齢者が使う暖房機器の見直しなどについてと、燃えが上がる時間の速さ(部屋全体が炎に包まれる様子)・フラッシュオーバー現象の恐ろしさを火災のDVDは伝えていました。

健康弱者への配慮を欠くと取り返しのつかない事になってしまうことが良く理解出来ましたので、高齢者には住環境の整備なども大切になると思いました。

しかし、火災は、人が注意をすることでだいぶ防ぐことが出来ますので、燃えるところに燃える物を置かないとか、火を使っている時には火のそばを離れないとか人的ミスを犯さないように気を付けることで防げますので、十分に気を付けて火事を出さないようにしましょうと締め括りました。

その後は、日頃身近でお世話になっているお向かいの古川警察署松山派出所の菅井さんが年末、年始の防犯について「備えが大事!」という話しをして下さいました。

8月下旬大崎市松山千石地域で、高窓の鍵をかけ忘れて泥棒の被害に遭った家があったという具体的な事例を出して「こんなところは大丈夫だろう...」などと思わずに必ず鍵をかけるようにと言いました。

鍵を壊すのに5分以上かかるところでは、泥棒は侵入を諦めるのだそうです。

車上荒らしなどでも、窓から見えるところにバッグを置かないことで被害はだいぶ少なくなるそうです。

自転車も必ずツーロックにするなど「油断をせず備えを充分にして犯罪者をつくらないようにしましょう!」と呼びかけました。

それから相変わらずの被害が多い振り込め詐欺についても話し、誰かに相談することや、確かめて再確認をする必要性なども話しました。(特に変更したという℡番号について)

最後は、自転車に対する交通の法規が厳しくなっている現実を話して下さって、くれぐれも注意をして自転車走行をするようにと話して下さいました。

それにしても、警察の菅井さんも「先ほどの激震3.11の映像はショックでした。」と話していました。

私もとてもショックを受けましたが、集まった文化丁区民もかなり衝撃を受けていた様子でした。

私たちは、2011年3.11に発生した過去の出来事を風化させないようにしながら、明日へ向かって力強い一歩を踏み出す為に今日という日を真剣に生きなければといけないと思います。

今日のガンディーの言葉「過去は我々の人生にあるが、我々は過去に存在しているのではない。我々は現在に生きているのだ。我々は未来をつくる人だ、が、未来に存在しているのではない。」

投稿者 jizai3 : 15:09 | コメント (0)

2011年12月10日

仮設トイレ高齢者に負担の記事を読んで…

今日の午後3時頃、やや強い揺れがありました。

震源は宮城県沖でしたが津波の心配はないようです。

最近では、又、地震が多くなっていますので、大震災から明日で9ヶ月を迎えようとしていますが…揺れが強かったり、長引いたりするとすぐにあの日の恐怖に包み込まれてしまいます。

東日本大震災が与えた恐怖はまだまだ私たちの心の奥底に深く刻まれています。

今朝の河北新報ですが、仮設住宅のトイレは和式が多い、段差がある、狭い...仮設に設置されたトイレが高齢者には大変使いにくく、我慢を強いられることになり、それが身体に悪影響を与えているという切実な課題を取り上げていました。

排泄を我慢する事は健康に悪影響と解っていても使い勝手の悪いトイレは高齢者に我慢を強いているという考えもしなかった記事は私の気持ちを暗くしました。

昨日は仮設住宅の使いにくいお風呂のことを書いたばかりでしたので...気持ちは更に沈んでしまいました。

今回の排泄の問題は、健康弱者にとっては深刻で切実な問題だと思います。

トイレを我慢するという事は、なるべく排泄をしないように食べる物を食べないようにしたり、水分を控えたりと、考えただけでも身体の機能が低下してしまい、便秘になってしまうのではと心配です。

排泄の環境を整えることが急務であると結んでありましたが…排泄の問題は命にかかわることですから、早急に個人個人の置かれている立場を検証して正しく対処して頂きたいと強く思いました。

明日で大震災から9ヶ月になろうというのに国会は大事なことは何も決まらないままに閉会となり、国会議員は早々と冬休みとは...これが職務怠慢でなくて何だというのでしょうか。

政治は、混乱の姿だけを私たち国民に見せ付けていますが...本当に悲しいことだと思います。

今日のガンディーの言葉「人の大きさは、心の中にあるもので、頭の中、いわば知力にあるのではない。」

投稿者 jizai3 : 16:07 | コメント (0)

2011年12月 9日

今年一番の寒い朝!


今年一番の寒い朝でした。

でも、日中はお天気が良くなり、雪の心配は無いように思えるようなきれいな青々とした冬空が広がっています。

先日、沿岸部の被災地に伺ったという方から「仮設にはお風呂があるのに入れないで困っている人がいる。つくればいいという考えでつくった仮設住宅だ!この仮設で2年間の日常生活を送らなければいけない人のことなどまるで考えていない。本当にお気の毒で涙が出る!!」と吐き捨てるような怒りの言葉を聞き…お風呂が大好きな私はショックを受けました。

入れないということについて詳しく伺いましたら…入浴する時のお風呂の設置が高すぎて、つかまるところも無く、怖くて入浴出来ないということでした。

主人も大病をしてからはホテル予約などの際にはお風呂場に手すりがあるかどうか確かめますし、温泉の時には家族風呂のある所だけを選ぶようにしています。

大病後には、温泉の大浴場は滑るような気がして怖いと言って入りませんし、部屋のお風呂についても入室後一番に手すりの付き状況を調べます。

年を重ねると転倒が怖いのです。

転んだことで寝たきりになることもあるのですから…私たちも最近では本当に気を付けて生活をしています。

冬場にお風呂に入れないという事は本当に可哀想だと思います。

お風呂の中で手足を伸ばしてゆっくりした気分で、気持ち良く眠れることはささやかではありますが、私たちにとってはとても幸せなことです。

その日常が毎日あるのと無いのとでは…天と地ほどの差があるように思えます。

今回の話を聞いて、私は大震災後に初めて我が家のお風呂に入れた幸せ感は、言葉では表せないほどの感激で、入浴してこんなにも感激できる自分が信じられないくらいの嬉しい出来事だったことを思い出しました。

仮設住宅で暮らす人の中には、週2回のディサービスの時にだけ入浴することを決めた方がいらっしゃるそうですが「仮設に入っていい事は何もない。お風呂があっても入れないなんて、悲しい事だわね…」と話したそうですが…今回の出来事は行政サービスの配慮の無さ、想像力の欠如、仮設住宅で毎日の生活をする人のことを考えないでつくればいいという事だけで仮設を造ったことの証のように思えてなりませんでした。

相手の身になって物事を考えることの難しさは私も十分理解しているつもりでおりますが、改めて悲しく辛い思いをした人の気持ちに寄り添う事の難しさを痛感する出来事を知り、心を痛めている私です。

人間は大変な時ほど、今まで気づかなかったことに気づかされたり、同時に自分の無力さなども思い知らされるものだと思いました。

でも、ほんの小さな喜びなどにも巡り合えることも信じたいと思っています。

今日のガンディーの言葉「我々は最大の努力ということに、どう名づけたらいいのでしょうか。割り当てられた仕事では無く、自分のエネルギーを全て費やすような努力です。成功する事は、一般にそのような清純な努力に通じることです。」

投稿者 jizai3 : 10:49 | コメント (0)

2011年12月 8日

大崎合同庁舎で開催された青色申告決算説明会


70年前の12月8日は太平洋戦争の開戦…真珠湾攻撃が行われた日です。

亡くなった父は、日頃「日本人は終戦記念日8月15日に対して特別な気持ちを抱いているが、俺は戦争の始まり・12月8日を決して忘れるなと言いたい!」と戦争体験を私たちに伝えながら話していました。

「日本は追い込まれて戦争に進んだ。戦うしか選択する道は無かった!」と言うのが父の自論でした。

いつも戦争の話を聴きながら本当に戦争しか道は無かったのかという疑問を持っていたのが、父の娘である戦争を知らない時代に生まれた私の考えでした。

父の生存中、いつも交わらない考え方でしたが…父とは一度も真剣に話し合ったことのないテーマでもありました。

話し合うには私が幼過ぎたのかも知れませんが、怖い父の考えに真っ向から立ち向かうことなどその頃の我が家では誰にも出来ないことでもありました。

我が家の独裁者に刃向える人間は一人もおらず、父はお山の大将的存在でしたから…

そんな父のことを思い出しながら…今日は寒い朝を迎えました。

午後には大崎市合同庁舎1F大会議室に於いて青色申告決算説明会が開催されましたので出掛けました。

例年と比較すると今日の説明会の出席者は多いように思えました。

青色申告の決算説明会は予定通り始まりました。


はじめに税務署の担当官より「平成22年と平成23年は申告内容に変化はございません。」という言葉から始まり「子ども手当と、これまでは高校生から大学生対象の扶養控除が18歳から22歳までだけ(大学生)だけが対象となり高校生は対象外になりましたという点をご注意ください。」という事でした。

後はいつものように決算とはという話しからで、日頃の帳簿整理という決算の手引きに沿って説明会が勧められましたが、丁度、急用の℡が入りましたので私たちは急いでギャラリーに戻りました。

東日本大震災で、大幅に変化した部分があるのかと思って出掛けましたが、減価償却に関する計算方法などは頂いた資料を良く見なければいけませんが…申告内容に変わりないという言葉には少し期待外れという感じはありましたが、いつも通りの記載提出で良いという安心感もありました。

今日のガンディーの言葉「本当の幸せは外部からは来ない。それは内部からのみ来る。」

投稿者 jizai3 : 20:46 | コメント (0)

2011年12月 7日

自在窯&ギャラリー・来年のカレンダーは辰砂壺「時間と空間」


自在窯&ギャラリー2012年のアートカレンダーは、辰砂壺「時間と空間」です。

この「時間と空間」は、学生時代に哲学を専攻した主人の人生に対する思いをそのまま表現したものです。

詳しくはhttp://jizaikama.jpの作品集をクリックして作品選択メニューの「時間と空間」をご覧になって頂きたいと思います。

かけがえのない人生をよりよく生きたいという思いを込めて創った辰砂壺ですが、東日本大震災に遭遇した現実を如何に乗り越えて自分らしく生きるかが問われているようにも思える作品を来年の自在窯&ギャラリーのカレンダーに選んだ私たちです。

主人は、細い螺旋づくりにはだいぶ苦労をしたようでしたが…素焼き前の時間をたっぷりとり、何度も何度も眺めながら素焼きをし、その後に本焼きをして窯から取り出した時の主人の満足そうな顔がとても心に残っています。

焼き上がった時には「まさしく観自在の世界だな!自分の存在を見つめるところからスタートするという壺だ!!」なんて言っていました。

過去現在未来へ続く貴重な時間をどのように大切にして生きて行かなければいけないのかということを知らせるにはあまりにも大きな犠牲を払った大災害ではありますが…人が最も良く生きるには誰を一番大切思い、どのように生きるべきなのかということを一生懸命に考えさせることになった東日本大震災という未曽有の災害に対して、私たちはこれからも真剣に向き合わねばならないということをしっかりと噛みしめながら悲しい過去の出来事が繋がる新しい年・2012年にささやかなる希望を託したいと思っています。

今日のガンディーの言葉「全ての人間の行動は、どのようにあるべきなのかは悩むところではあるが、全てのことは自己の完成に方向づけられてあるべきだ。」

投稿者 jizai3 : 18:22 | コメント (0)

2011年12月 6日

節電の冬がやってきて…

もういつ雪が降ってもおかしくないくらいの寒さがやって来ました。

今朝、起きた時の室温は9度でした。

室温が10度を切ったのは今年初めてのことでしたが…窓のそばに近づくと冷気を感じました。

二重窓が効果的だと言いますが…昨日生協から届いた注文品の中に、頼んでいたアルミの窓用シートが入っていましたので居間のガラス窓にシートを置いてみましたが…効果はてきめんでした。

ガラス窓からの冷気がせっかく暖まった室温を下げてしまうと言うことは本当だと思います。

レースのカーテンの下にアルミ窓用のシートを入れてから、厚いカーテンを閉めると保温効果があり…温度差が違うことが解りました。

「今年の冬も節電を」と、TVから呼びかけていますが、無理をして風邪をひいてしまったのでは何にもなりませんので…積極的に保温効果があるものを取り入れながら大震災後初めて迎える冬に私は備えたいと思っています。

もうすぐ9ヶ月を迎えることになる東北の被災地ですが、寒さが厳しくなると人の気持ちまで更に落ち込んでしまいそうです。

それに最近はひと頃よりも余震が多くなっていますので…不安を訴える人たちの声も多くなっていますが「3・11の時のようなマグニチュード9の巨大地震に襲われることはしばらくの間は無いでしょうから…」と自分に言い聞かせるつもりで他の人たちにも言っている私です。

日本列島全体の活断層が活発化した事だけは確かなようですから…安心は出来ないと思いますが、不安や心配にだけ苛まれることも嫌ですし、得体の知れない恐怖心に包まれないようにして、生きていれば必ず死はやって来るけれど、それまでは出来るだけ心残りの無い人生を送りましょうと思って生きようと思っています。

明るく楽しくなれそうな事を考えながら、この冬の寒さに負けることなく「毎日を元気に!」を合言葉にして必ずやって来るはずの巡る季節を心待ちにしたいと思います。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 20:14 | コメント (0)

2011年12月 5日

若さが持つ素晴らしい可能性!と感受性の豊かさ!!

昨晩は、松山まちづくり協議会教育文化部会が主催する「まつやま青年塾」がまだまだ強風が吹き荒れている午後6時から自在窯&ギャラリーで行われました。

仕事の都合で参加できない若者たちもいましたが…何人かは前回の「フランク永井歌コンクール」を手伝ってくれた若者たちでした。

講演のテーマは「地域を元気にする話」でした。

主人は生まれ育ったこの松山の地域性などを話ながら、小さな共同体の良い所とそうでないところなど具体的な事例を示しながら自分なりに指摘しました。

そして、皆様方と同じ松山中学校を卒業したことから話し始め、農機具販売店経営者の道を選択した事、従業員を抱えることの大変さと責任の重さ、平成10年12月の自主廃業の辛さや、人に顔を見られたくないという気持ちで過ごした日々を経験した事、しかし、温かい松山公民館職員の勧めで開催出来た会社自主廃業後の1ヶ月間に渡る陶芸「個展」それをきっかけにして平成12年6月自在窯&ギャラリーをOpenした事…

その後、平成16年1月に脳梗塞発症、回復するのにフランク永井の歌と陶芸に助けられて今日に至っていることなどを包み隠さずに話しました。

小野寺重一オリジナルの辰砂の赤の色に励まされながら松山の粘土を素材にした作品づくりに今も強くこだわっていることなども話しました。

若い人たちはとても真剣に地域の先輩の話を聴いてくれました。

「まつやま青年塾」の最後には感想文を書いてくれましたが…素直で若い感性が滲み出ている感想文でとても嬉しく思いました。

主人の人生を振り返ってみますと、本当に大変なことがたくさんありました。

しかし、自分を見失うことなくここまでやって来られたのは、いつもいつも主人にはやりたいと思うことがあり、自分のやりたいことには如何なる努力も惜しまず、何でも納得できるまでやり抜く強い精神力と見事なまでの集中力があったからだと思います。

若者たちの感想は「赤の色を出す技術は大変な回数をこなして出たと思います。」「集中力がすごいと思いました。」「地元の粘土を使用したのが良かったことです。」「努力して学んだ事に捨てる知識はない。その言葉に感銘しました。」「色々な苦難を乗り越えた小野寺さんの言葉だったから心に響いたのだと思います。」「松山の為に何ができるかわかりませんが、今できることを一生懸命にやっていきたいと思います。」「海外にも多数の作品を出展したいたことは初めて知り驚きました。」「夫婦の仲の良さ、愛の力を感じることができました。」「松山の粘土のコーヒーカップ、湯呑みを是非お金が貯まったら買いに行きたいです。」などでした。

集まった若者たちは大変素直に主人の話を聴いて下さいました。

質問も活溌で、主人も一生懸命に答えました。

20代の若者と話す機会はとても少ない私たちで、せいぜい孫くらいなものですが…昨晩は楽しい時間を過ごすことが出来ました。

若い人たちが持つ可能性を引き出すのは自分自身であるということと、困難に出逢っても自分の原点を忘れなければ道は何とか開けるものということだけは伝わったように思います。

何よりも私が感心していることは…20代できちんと自分が暮らす地域のことを考えているということです。 私の20代とは比べものにならない視点をしっかりと持っていることでした。

誰かに頼るのではなく、まずは自分が出来ることをして、地域の役に立てれば、それはとてもいい事だと思います。

ですから、その事を今の若い年齢で模索している姿が本当に素晴らしいと思いました。

人口が減って、商店街が寂しくなっても、このような若者たちがいる松山地域はここで暮らす人々一人一人が元気であることが一番だと思います。

昨晩のお世話係のA君や、Hさんも若い時から地域とのつながりの中で自分たちの足元を見つめて活動してきた人たちですし、松山まちづくり協議会教育文化部会のH部会長も大変良い人で、主人の同級生です。

主人の同級生たちは、いつもギャラリーで他の人たちと一緒に松山地域のことを熱心に語り合っています。

昨晩の集まりは、自分の地域を愛する気持ちを大事にして、地域の宝を見つけ、それを大切にしながら地域住民の自治力を高めることが地域の活性化に繋がることを再認識できる「まつやま青年塾」の講演会となりました。

今日のガンディーの言葉「知識とは、唯、自分自身を知ることが出来る事である。他の言葉で言えば、知識とは、自己の実現を意味する。」

投稿者 jizai3 : 11:04 | コメント (0)

2011年12月 4日

昨晩からの大荒れ天気は今日も続いて…被災地には朝からすごい強風が吹き荒れて


明け方に目が覚めて、すごい風が吹き荒れていることを知った私ですが...昨晩も風雨が強く、二日続けての悪天候です。

部屋の中にいる時には陽射しが暖かくて気持ちいいのですが...扉を開けて外へ一歩足を出すことも大変なくらいに強く冷たい風が吹き荒れています。

ピューピューゴォーゴォーと呻るような音を出して強風が吹き荒れていますので、外へ出るのが怖いくらいです。

今日の強風は夕方頃まで続くような雰囲気です。

今夜は延期になった松山まちづくり協議会・教育文化部会主催の「青年講座」自在窯&ギャラリーで行われます。

講師は主人・小野寺重一です。

主人は、この松山で生まれ育ち長年続いた農機具販売店を継ぎ、平成10年12月に自主廃業をし、平成12年6月に自在窯&ギャラリーをopenしました。

その後は地元の松山粘土を素材に赤い辰砂釉を敗者復活戦の縁起の良い自分の色として陶芸家を目指して、今日に至っているわけですが...76歳までの自分の人生を若い人たちに今夜話すそうです。

主人の人生も決して順風満帆ではありませんが、持ち前のタフな精神力と、自分の関心のある事に対する人一倍の努力と素晴らしい集中力は羨ましいくらいで、いつも感服して見ています。

でも、主人の一番いいところは、何と言っても良い方向に物事を考える力と、プラスの受け取り方が出来ることと、あらゆることに対していつも感謝の気持ちを忘れないことだと思います。

私も見習わなければと思うことが度々あります。

地元松山の先輩の話を聴いて何か一つでも若い人たちの人生にプラスになれることがあればいいと思いますが、お話の後には「Q&Aのコーナー」も設けられているそうです。

一見すると、私たちが青春時代を送った頃よりもずっと豊かになったようにも見えますが...実はとても生きにくく厳しい時代だと思います。

ですから私は、今の時代を生き抜くには、打たれ強く逞しく、そして、少々の図々しさなども不可欠だと思っているのです。

地域の若い人たちには、健全な社会環境に恵まれた松山に生まれ育ったことに誇りを持ち、今日よりも素晴らしい明日を見据えて、辛い事があってもそれを乗り越え、自分自身の目指す方向に顔を向け自分らしく力強く歩いてほしいと願っています。

今日のガンディーの言葉「全ての人は、自分の存在の源を探すべきである。」

投稿者 jizai3 : 16:11 | コメント (0)

2011年12月 3日

師走最初の土曜日は冷たい雨が…


今日は朝から冷たい雨が降っています。

東日本大震災で被害を受けた人々が暮らしている仮設住宅の様子が毎日のように報道されていますが、寒さ対策が不十分で結露がひどくて暖房が使えないとか、床の下から寒さがしんしんと伝わってきて熟睡出来ないとか…本当に心が痛くなるような言葉を聞き、憂鬱さが増してしまいます。

2年間だけの仮の住まいだからこのような建て方をしたのだろうかと思いますが、東北の冬の寒さはこの地で暮らす人なら誰もが毎年経験している事ですから解らないはずが無いと思うのですが、「せめて二重サッシにしてほしい!」という切実な思いを聞いてやり切れなさを感じてしまった私ですが...今朝は、第59回菊池 寛賞(日本文学振興会主催)の授賞式で河北新報社と石巻日日新聞が震災報道の使命を果たしたとして表彰を受けたという嬉しいニュースを知り、少し気持ちが軽くなりました。

私たちも東日本大震災翌日の河北新報を読むまでは、何の情報も無く、大津波の被害は全く知らず、河北新報社の新聞報道で恐ろしい出来事が起きたことを知ったのです。

あの頃は、毎朝、新聞が届くことが待ち遠しく何度も郵便受けを見に行き、河北新報を見ると自分の気持ちが穏やかになることを感じながら不安な毎日を過ごしていたことが昨日のことのように思い起こされます。

あの当時、私はすごく新聞に依存していたような気がします。

何せ、PCも出来ず、TVも見られないのですから、いつもの日常が送れないストレスが、ひたすら新聞を読むことで解消されてゆく気持ちを味わっていました。

又、石巻日日新聞は、壁新聞として手書きで避難所などに貼り出して毎日の報道の使命を果たしていたようですが…報道者としての自覚を忘れず、困難にめげず使命感の強さには脱帽です。

私たちは、被災した地域と共に歩む責任感の強い地方紙の存在を大変有難く、心強く思いました。

どんなにネットが流行っても、活字を見ないと落ち着かない人は私だけじゃなくたくさんいらっしゃると思います。

地方紙だからこそ、地域社会で暮らす者の視点を突き詰めてより詳細な記事を報道できることが多々あると思います。

良い世の中を構築する為には、報道が果す役割はとても大きいものと思われますので、これからも頑張って地域貢献を目指す地方紙としての存在を揺るぎないものにして頂きたいと願っています。

今日のガンディーの言葉「恐れないということは、死の恐怖、肉体的傷害、飢餓の恐れ、侮辱される恐れ、社会的に非難される恐れ、悪しき心の恐れ、誰もが持っている怒りへの恐れなど、あらゆる種類の恐れに心捉われないようにすべきである。それらの恐れから開放されるようにし、そして、他のそのような恐れから恐れないように気持ちを持続させることが大事である。」

投稿者 jizai3 : 13:07 | コメント (0)

2011年12月 2日

師走になっての作業は大忙し…


師走になって、そうでなくとも何かと気忙しいのに…今ギャラリーは、あることの為に作業中の箇所があり大忙しです。

お知らせできる時期になりましたらご連絡申し上げますのでもう少々お待ち願います。

何かを始めようとする時には大きなエネルギーを要するものだと思います。

一番大事なことは、それが自分たちにとっていい事だという自信を持って取り掛かることが出来ればそれでいいと思います。

作業をして下さる方々がみんないい方々ばかりで本当に感謝しています。

11月30日にご紹介をした大崎市古川十日町美容室マリークレールさんが、今回のHP作成で得たことは「大きな達成感でした!」と言っていますが…達成感の喜びは本当に明日の新たなる自分への一歩に繋がる素晴らしい感情だと思います。

その達成感こそが次の試練にも立ち向かわせてくれるプラスのエネルギーになると思います。

人生を良く生きるには、辛さや悲しみよりも小さな成功体験を多く持つことがとても大事と言っていた人がいましたが…その通りだと思います。

これからも、自分の心が喜ぶことを大切にして生きてゆきたいと思っている私たちです。

今日のガンディーの言葉「大きな事ではなく、良い事を考えよう。」

投稿者 jizai3 : 10:45 | コメント (0)

2011年12月 1日

主人の同胞・中小企業経営者との悲しい別れ…

主人の高校時代の友人であり会社経営者として共通点の多かった友人との告別式に臨みました。

告別式会場は塩釜市南町の楠会館でした。

会葬30分前ぐらいに到着しましたが、受付で「京子先生ですか?」ときれいなお嬢さんに声をかけられました。

故人の次女で私の教え子だったMさんでした。

花園幼稚園の年長さんの時の顔しか覚えておりませんでしたので…あまりにも綺麗なお嬢さんへの変身ぶりにすっかり驚いてしまいました。

偶然ですが、Mさんのお姉さん・外国で暮らすA子さんも共に花園幼稚園卒園の子供たちでしたが、この子たちのお父様が主人の親友のA氏でした。

ですから、A氏には特別の縁を感じながらお付き合いをさせて頂いておりました。

そのAさんの突然の死は誰もが受け入れがたいもののようでした。

弔辞を述べた方々も口々に「Aさんが亡くなったことが信じられない」と話していました。

宮城製作所の社長は「いつの時も零細企業の我々は苦労が多かった。そんな中でA氏は、鉄工所改革に前向きに努力をしてくれた。組合長として長い間大きな務めを果たしてくれた事に感謝します。ありがとう!」と、お別れの言葉を述べました。

又、中学校の友人は「Kちゃん」と呼びかけ、祭壇の故人へ向かって「小さい頃は良く喧嘩をしたね」と話しかけ「60歳の時には一緒にジープを購入してシルクロードを走ろうと約束をしたのに…果たせないままに逝ってしまって本当に残念だ!」と言いました。その時には「海外で暮らす娘のA子の所にも寄ろう」と張り切っていたそうです。

大手建設会社との仕事が多かったようでしたが、Kちゃんは鉄のように頑固な人物だったそうです。でも、Kちゃんは「頑固のどこが悪い!」といつも開き直っていたそうです。

最後に中学校の友は「感性が豊かで、親孝行な人でした」と大好きだった故人を評価して冥福を祈りました。

優しい奥様と、三人の美人姉妹の娘たちに見守られて主人の同級生は静かに旅立って行きました。

冬の季節を目の前に、往復した晩秋の松島海岸沿いの紅葉は色鮮やかでとてもきれいでした。

今日のガンディーの言葉「先見者は、我々は旅行者だと言っている。そして、実際その通りだ。私共はこの世では本当に少ない日数、命を持っているだけだ。その後、私共は死ぬのではない。家へ帰るだけだ。何とも美しい。そして、それが本当の考えではないか。」

投稿者 jizai3 : 15:28 | コメント (0)