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2012年10月 3日

どこでも同じ、民主主義はなかなか決まらないもの…

楓の葉の紅葉が見られる頃に季節が変わりつつあります。

10月1日は暑かったですが、このところ涼しい日が続き…日増しに秋の色が濃くなってくるのが感じられる頃となりました。

過ぎ去ったばかりですが…又、台風が近づきつつあるようです。

最近よく耳にする話題として、地域づくりの話でも、任意の団体の会議でも…政治だけじゃなく「物事を決めることが難しい」と、私の周りでも愚痴をこぼす人たちが多くなっています。

会議に集まる人々が多ければ多いほど物事を決めることが難しくなっているというのです。

今は、いろいろな人がいろいろな意見を述べ、その人たちの意見を尊重しようとすればするほど物事が決まらないようです。

やはり、物事をしっかりと決められるルールづくりが大切だと思います。

多数決は一番手っ取り早い方法ですが、きちんと議論を重ねて、納得のゆく形での多数決ならいいですが…結果に異議を唱える人はどなたでも話し合いが十分では無かったと言います。

今は、多くの人々の総意を得ることがとても困難な時代だと思います。

民主主義とはそもそも物事が決めにくいことだと、初めから割り切ることが大事だと私は思います。

その事を理解した上で、出来るだけ私(個)の立場を離れたところでお互いに議論をすることが大切だと思います。

そうすれば、何を大切にして物事を考えなければいけないかが明確になると思いますし、そのようになってこそ、初めて同じ土俵で話し合いが出来る環境が整うのだと思います。

自己保身に走る内容になることを改めるだけでもかなり距離が縮まると思います。

ほんの少し立つ位置を変えただけでも見える景色は違うものです。

お互いの見える景色が違えば、それぞれの立場を理解していい接点が見つかるかも知れません。

どちらかの主張におさまることなく、違うところに物事が決まることだって在り得ることだと思います。

いい話し合いとはそのようなものだと思います。

そして、民主主義は話し合いの過程を大切に考えることが大事だと思います。

十分に話し合ったという満足感を持ってお互いが決めた事に従うということを疎かにしては成り立たないものだと思います。

私が暮らす大崎市松山地域の子供たちの児童会や、生徒会ではそれを守ってそれぞれの会を運営しているようですので、しっかりしたとした子どもたちの物事の決め方を見習い、この際、大人たちは学ぶべきだと思うのですが…

思いどうりにならないと、不平不満を言ったり、言い分が通らないとすぐに会を離脱したり…大人げない行為を恥じない人は民主主義を語る資格のない人だと思いますし、まして不満を暴力的な行為で表わすなどということは人間として最も恥ずべきで最低な行為(蛮行)だと私は思います。

子どもの頃、母から「我が家はお父さんが絶対で、お父さんが白といったら白で、お父さんが黒と言えば黒のお家なんだからね」と何度も言い聞かせられて…大いに反抗心を募らせながら成長した私ですから、独裁で物事を決められることだけは嫌ですから、いくら困難でも民主的な方法で物事が決まることを支持したいと思っているのですが…

今日のガンディーの言葉「人間は自己の本性を実感し、本性を静見し、その徳目に従うようになって立ち上がる。反対の行動パターンは、自己の下降に引きずられる。」「自分の欲望を限りなく持ち出すことは、罪深いことである。」「心は二面性を持っている。一方は高めようとする。他方は低下させる心だ。我々は適正にその事を映し出そう。そして、一方から一方の心を明確に分離することを学ぼう。」

投稿者 jizai3 : 2012年10月 3日 12:17

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