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2012年10月 4日

「原発の安全を確保するにはその怖さを知ることに尽きる」という言葉を聴いて

台風シーズンは、いつまで続くのかと思うほど次々に発生する台風の情報が流れていますが、日本は、今、異常気象の真っただ中にあるということなのでしょうか?

秋晴れの素晴らしい天気を望んでいる私ですが…今日はお昼頃から午後3時頃までは雨マークがついていました。

でも、もうすぐ午後1時になりますが雨降りの気配はなく、気持ちの良い空気に包まれてきれいな秋空が顔を覗かせています。

風に揺れるススキが秋空に映えて、周りの景色を一層秋色に染めています。

今日は、午後から原子力工学、放射線計測の専門家・住田健二さんの記事を読みました。

東京電力福島第一原発で深刻な事故が起きた事に関して「申し訳なく思う気持ちと屈辱的な気持ちでいっぱいです」と書いてありました。

住田先生は、この原発事故が起きる1年半ほど前に、遺言のつもりで原子力の規制と推進を分けるべきだと提言し、その思いを朝日新聞にも掲載したそうです。

しかし、政官界や原子力業界からは全く反響が無かったそうです。

今回の事故で「世界中から規制が推進と一体だったまずさを指摘されたことが非常に残念であった」と述べていらっしゃいました。

ご自分でもそのまずさを一番懸念していたことだったのでそのように思ったのでしょうが…これは、簡単なたとえで言うと、法を遵守する警察と法を破る泥棒が一体であったということですから、全く話にならない話だと思います。

今後、新しく出来た原子力規制委員会には規制が推進と一体にならない組織であることが一番大事なことだということを強く自覚して原子力の怖さを知る専門性の高い人材を集めてまともな仕事が出来るようにしてほしいと願っています。

チェックする体制が出来ていても、正しく機能していなければ何の役にも立たないのですから。

住田先生は、最後に原子力に携わる人々に対して「原発の安全を確保していくには、その怖さを知ることに尽きます」と結んでいらっしゃいました。

「平和の尊さを確保していくには、戦争の怖さを知ることに尽きます」とも置き換えられる言葉だと思いながら…今現在シリアで起きているTV報道を見たばかりの私ですが、それを知ることとは、身に沁みて知っていることが大切な事だと思います。

原発事故の大災害の怖さを身に沁みているからこそ、安全を確保する努力が出来るというのでなければいけませんし、戦争の怖さが身に沁みているからこそ、どんな事をしても平和を祈る気持ちを大切にして日々の生活が出来るというところまで自分の気持ちを高める必要性があると思います。

今朝の河北新報は、原子力規制委員会が10月3日、原発防災に関して「原子力災害対策指針」原案を示しましたと報道しました。

原発事故に備える防災対策重点地域の見直しを行い、原発の半径10K圏から30K圏に拡大すること決め、安定ヨウ素剤の事前配布は半径50K圏内を目安とすることも検討しているようです。

私たちが暮らす宮城県には女川原発がありますが、30K圏内の自治体となると、女川町、石巻市に加えて登米市、東松島市、涌谷町、美里町、南三陸町も新たに対象となる自治体になりますが…見直しとなるとかなりの広範囲となり、美里町のすぐお隣が大崎市松山地域ですから…不安は大です。

しかも、これだけ広範囲になると原発事故直後に直ちに避難するとなった場合の具体的な避難方法や交通手段、避難場所の確保などが可能なことなのか…今、自分としては想像ができません。

福島における原発事故では国の服用指示の遅れから全く活用されなかったことが、もし再び(考えたくありませんが)原発事故が起きた時には間違いなく安定ヨウ素剤を配れるのでしょうか?

あれだけの原発事故を起こし、検証も不十分なままで、安易に再稼働がされる現実を知った時、私たち国民には大きな疑問と大きな不信感が雪だるまのように固まってしまうだけです。

異常気象が人間の思考回路を異常にしているのか、それとも人間がおかしすぎて異常気象になってしまうのかなどとも思ったりしている私です。

何の結論も出せないままに不安感だけが募る午後となりました。

曇り空にはなっていますが…どうやら今日、午後の雨降りの予報は外れたようです。

今日のガンディーの言葉「果てしない忍耐を持たない人は『非暴力』を観察することは出来ない。」「不真実という毒のたった一滴が、真実の全きミルクのような大洋を毒してしまうだろう。」

投稿者 jizai3 : 2012年10月 4日 16:32

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