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2012年10月21日

困難な時こそ話し合いを…


日増しに秋色が濃くなって、最近の朝晩の冷え込みには初冬の訪れを醸し出す雰囲気が漂いはじめました。

日本の政治もそうですが、私の周りでも話し合い不足で事が進まずに、困っている人たちの話を最近は本当に良く聞くようになりました。

会議においては、発言が多くてまとまらない。議長進行役の力量で会議の内容が変節してしまい、大事な確認作業が疎かで、結果的には何がはっきり決定したのか理解出来ない…以前は声の大きい人の意見が一方的に通っていたが、それが殆ど無くなって良かったが、調整能力を持つ人が少なくて言いっぱなしの無責任な発言が多くなったと嘆く人の声が多く聞かれるようになりました。

でも私は、如何なる時であっても、声の大きい人の意見だけが通る世の中よりはいいと思います。

面倒だからと言って相手を避け、話し合わないことが一番いけないことだと思います。

誤解をされていることを知りながら何も話さず無視をしているだけでは少しの進展も無いのは当たり前で、いい結果には結びつかないと思いますので、こんな時こそ、じっくりと話し合う時間を設ける地道な努力が大切なことだと思います。

今の政治でいえば、審議拒否状態からは何も生まれないと思います。

国会を開いて議論を戦わせることが一番良いことだと私は思います。

その為には責任のなすり合いをしばし止めて、一日も早く話し合いが出来る環境を整えることにエネルギーを使うべきだと思いますし、政治不信の根本はバッヂを付けている人・全国会議員の責任と考えて、今、戸惑う国民に何がしかの道しるべを指し示すことを急ぐべきだと思います。

現在の余りにも多くの政党の出現も…話し合い不足の結果ではないのかと私は思っているのですが…

地域の話し合いも何でもそうだと思いますが、相手の考えを知ることはとても大切なことだと思います。

相手を知ろうとせずに自分の意見ばかりを通そうとしても、それは無理だとはっきりと悟ることが話し合いをする一番の近道だと思います。

「自分だけが」という考えは対立を強くするだけなのですから…

同じ土俵でお互いが十分な話し合いが出来るようになった時にこそ成熟した人間関係が築けるのだと思います。

その時には、もう少し進歩した民主主義の姿が見えてくるのかと思っているのですが…

人との良き関係を築くことの難しさに悩むことは、私たち人間に課せられた一生のテーマなのかも知れませんね。

今日のガンディーの言葉「我々は、最大の努力ということにどう名づけたらいいのでしょうか?割り当てられた仕事でなく、自分のエネルギーを全て費やすような努力です。成功する事は、一般にそのような清純な努力に通じることです。」

投稿者 jizai3 : 2012年10月21日 12:39

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