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2013年4月29日

穏やかな一日を…

今日は、朝寝をしてしまいました。

こんなにもゆったりした気持で、ギャラリーに出てきたのは本当に久しぶりのことでした。

主人は、相変わらずでいつもの時間に家を出ました。

静かで℡などもなく、私は穏やかでのんびりした午前中の時間を過ごしました。

昨日私は、今年3月に旦那様を亡くした方と会い…近況などを伺いました。

忙しい時間帯ではありましたが…結構お話をする時間を持つことが出来て、彼女の話を聞くことが出来たのです。

旦那様を見送ったのは、早春の時期で小雪が舞い散る日でした。

私は、古川の葬祭会館へ主人と伺いました。

その時以来の再会でしたが...「今は寂しくて、一人で暮らせなくなってしまって…仙台の娘のところでお世話になっているの。こんな風になるなんて思ってもいなかったわ。」と涙を溜めておっしゃいました。

私は、旦那様の長い看病生活から解放されて、ホットなさっているだろうとばかり思っていましたので…彼女の言葉には驚いてしまいました。

「とにかく、夕方になると寂しくなるし、風が吹いたり、雨が降っても不安になってしまうし、こんなにも気に入っていた松山なのに、一人でいるのが怖くて…家にいると一番安心するくせに、暗くなると一人で居られなくなってしまって…」と、ご自分の心の変化に大変戸惑っていらっしゃる様子でした。

彼女の家は二階建ての大きな家ですので…お一人だと寂しくなるのだろうとは思いましたが、松山が好きで気に入っているのに一人では暮らせなくなってしまったというご自分の中に芽生えてしまった心の変化を受け止め切れないでいらっしゃるご様子でした。

彼女が帰ってから、主人に耳打ちをして話しましたら…主人は「あんなにも一生懸命に生きてきて、あんなにも旦那様に尽くした人なのに、お気の毒だな-。家が大き過ぎるのも問題だな。俺たちのように小さな家が一番いいのかも知れない...」などと言っていました。

でもその昔、私たちが今のように二人一緒の行動ばかりをしていなかった頃、いくら狭い家でも、主人が社員旅行などで出掛けて、二・三日留守をしますと、やはり一人は寂しいもので、最初の一日はのんびり出来ていい感じですが...もう次の日には早く帰ってきてほしいと思っていましたので…昨日はYさんの話を聞いて、その頃のことを思い出してしまいました。

私たちも平成16年以降はいつも一緒ですし、口喧嘩などをしても行動はほとんど一緒ですから…一人になってしまったら本当に寂しいだろうなと思いましたし、伺った話は全て他人事ではないと思いました。

ですから、今は、お互いが同じ敷地内にいて、それぞれに自分の関心事に向かう時間を尊重し合いつつ、時には会話をしながら一緒にティータイムやお食事やTVを見る時間などを楽しむような一日を過ごすことを大切にした生き方を出来るだけ長く保つようにする事が二人の幸せ時間に繋がることなのかしらなどと思ったりしました。

でも、人の死が個人的なものである以上…どちらかが欠けて、一人になった時のことは…その時に考えるしか無いと思いました。

そして、私の気持ちの根底には、何故か「ケ・セラ・セラ」の言葉がグルグルと回りはじめました。

幼い時からそうでしたが、私は「ケ・セラ・セラ なるようになるわ!後のことなどわからない!」という歌詞が大好きで…困った時の私のおまじないみたいなもので…一種、自己流の開き直りですが…

この言葉は、焦る自分をいつも落ち着かせてくれましたので…この言葉には何度も助けられて、ここまでやってくれたと思っています。

前半の連休の終わりの日は、とてもいいお天気に恵まれてのんびり出来て、穏やかな一日を過ごせそうで私の気持ちは満ち足りています。

今日のガンディーの言葉「身体はいつも丈夫と私は努めています。しかし、自分の精神を知ろうとして、同じような努力をしているだろうか。」

投稿者 jizai3 : 2013年4月29日 13:00

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