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2013年10月 8日

軽率・無知などという言葉がよく使われる時代になって…


最近の大崎市での出来事ですが…当事者たちも、一般の人たちも、口を揃えていう言葉に「軽率」「無知」がありますが、或る人が「軽率や無知の上に乗っかった傲慢は困りますね!」と言いました。

厚顔無恥さだけでもやり切れないのにこの上にある傲慢さは不愉快ですし、始末に負えないと思います。

でも、ここで使った軽率という言葉は自分の無知さを誤魔化す言葉としか私には思えませんでした。

是非とも知らなければいけない立場であり、知って当然の立場にあり、もしも知らない市民がいた時には指導する立場にありながら…問題を起こしてそれが大きな問題になった場合には「軽率でした。」という言葉だけで済ませようとすることは、卑怯な行為だと思います。

人は、勝ち馬に乗りたいという気持ちを持っている人が多いようですが、それよりも正しくありたいと願っている人たちも意外と多いのです。

人間である以上、決して完璧ではありませんし、気を付けていても過ちを犯してしまうことだってあるかも知れません。

しかし、だれもが知っているような不正行為を平気で行い、尚且つ「自分たちだけは特別だ!俺たちを批判することなど出来る奴など一人もいない!!」と思い込んで行う行為には、一市民としてはっきりNo,を突き付けたいと思っている私です。

不正行為であり、間違っている行為に対して…周りの人たちが何も言えないという人的環境にも問題があると思います。

どのような社会でも組織でも…ある一定以上の力を持ち過ぎますと問題は起こりやすいものだと思います。

具体的に何を指すかはここでは言いませんが、私たちの周りを見渡してみますとよくある出来事だと思います。

しかし、大きな力を持たせてしまった側にも問題はあると思いますが…

つくづく謙虚さを忘れてしまってはいけないと思う出来事の中から、私たち一人一人の市民は多くの事を学び、一地域民として少しでもより良き日々を送るように努力し続けなければいけないと思います。

今日のガンディーの言葉「高きより下に流れる水の如く、本来、謙遜である人の謙遜は水の如く世に良き流れを与えているようになる。」「自己中心的な考えの話し方は、いつも間違っていると見られるのは当然だ。」

投稿者 jizai3 : 2013年10月 8日 12:15

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