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2014年12月 4日

人の言行には中庸が大切と思う出来事に遭遇して…

「過ぎたるは なお及ばざるが如し」…この諺は、私が幼い頃から祖母が具体例を出して何度も話してくれた故事です。

真面目なのは良いが、真面目過ぎるのはつまらない。きれいなのは良いがきれい好き過ぎては神経質になってしまう。賢いことは良い事だが、賢過ぎることは小賢しさに繋がってしまって人から嫌われる。繰り返し、何事も度を越さずにほどほどが良いのだと教えられた私ですが…小学生から中学生ぐらいの私は、何かを気にしてしまいますと、すぐにじんましんが出てしまうくらいに神経質な子供でした。

でも神経質なだった私は大人になるにつれて…それが治ってきて…今はむしろ正反対で何事も気にしない人間になってしまったようです。

先日は、祖母が何回も私に話してくれたように、この諺を教えてあげたいなと思う人に出逢いました。

度が過ぎることは足りないことと同じくらいに良くない事。むしろ、いけない事だと教えたくなりました。

~何事もやり過ぎは良くない事~で、害になるのではないかとさえ思ってしまった私ですが…非常に残念なことですがこのような方はまったく聞く耳を持たずの人で、他人の忠告を素直に受け入れることが極端に苦手です。ですから、人間関係上の悪い循環に入ってしまって、最後には孤立してしまうようです。

自分を正当化する為には、すぐにバレてしまうような嘘を平気でつくのですから…本当に「困ったさん」だと思いました。

「物事には中庸が大切だ!」と、主人も良く言いますが…バランスの良い人を見ますと本当にホッとする最近の私です。

このような気持ちで、今の政治などを見てみますと…どこか危なげで、偏り過ぎで、不安定感を抱いてしまいます。

国民が現在の自民党に票を与え過ぎた為に一強多弱の政治を産んでしまったと考えますと、調和のとれた本来の日本の政治に戻すのも私たち国民一人ひとりの投票によるものと思いますが…同時に民主主義の限界などにも思いを馳せてしまいますが…真の民主主義とは少数派の意見にも耳を傾けて尊重することが出来るものであると強く信じたい私です。

今日のガンディーの言葉「どんな小さな悪いことでも、不真実は、一滴の毒がミルクと混合するように人を駄目にする。」「身体はいつも丈夫と私は努めています。自分の精神を知ろうとして、同じような努力をしているだろうか。」

投稿者 jizai3 : 2014年12月 4日 13:47

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